雀士咲く   作:丸米

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テッル第二段。コメディにもこんな話にも使えるキャラは貴重。


照、大学生になる編
迷い子、迷いの最中


玉座に座る者は、同じ視座を得られない。

天才と凡人。持つ者と持たざる者。その間には目に見えずとも解る隔絶が存在する。

同じ世界にいるはずなのに。同じ場所に在るはずなのに。

その隔絶は、何処から来ているのだろう?

そんな疑問は、いとも簡単に解が出てしまう。

―――隔絶を、作っている訳ではない。

―――勝手に、周囲が作っているものなのだ。

周囲が作った玉座に座らされ、他者はその煌びやかな玉座に目が魅かれていく。彼等が見ているものは、「インハイチャンピオン」の玉座であり、その証たる「白糸台のエース」という王冠であり―――その玉座に居座る彼女では、ないのだ。

彼等にとって、同一の空間にいるはずの彼女はされど同一の人間ではないのだ。

玉座に居座り、王冠を手にし、虎姫という軍勢を率いた、王様。

それが、当たり前なのだと思っていた。

強者である事の運命であるのだと。

当たり前故に、気にする事すらしなかった。

 

―――お姉ちゃん。

 

それでも。それでも。

かつての自分は―――玉座も無く王冠も手にしなかった自分は、誰かと笑い合っていたはずで。

そんな日々を思い返して、ふと懐かしくて泣きたい気分になったりしたりする時もあったりなんかして。

 

玉座も、王冠も、いつの間にか―――その重さを感じるようになっていった。

 

―――今度は、全力で戦うから。

 

そう言い切った妹の声に、心の底から湧き出た感情は歓喜に満ちていた。

玉座も、王冠も、関係ない。

久方ぶりの家族麻雀は―――試合には勝ったが、勝負には負けた形となった。

なぜならば、凝り固まった心が、いとも簡単にほぐされ、懐柔された。

妹の目的が果たされてしまった。

―――何だかなぁ。

悔しい、という気持ちもある。

何だか自分が、どうしようもない頑固者だったような気がして。

だけど、それは―――臓腑の底に沈殿する気持ち悪い負の感情というよりも、澄み切った青空を見た時の様な爽快感があった。

感情の処理は、姉妹共に苦手だ。

だからこそ―――せめて、嬉しい感情くらい、素直になってもいい気がした。

 

 

彼女は、大学に進学する事に決めた。

誰もが反対したのは言うまでも無い事だった。

今でもプロのトップと張り合える力がある。何の為に大学に進学するのだと幾度も言われた。

―――何の為に、と尋ねたか?

ならば聞きたい事がある。

自分は何の為にプロになるのだ?その目的は誰が定義するのだ?

誰かが定義した目的に沿って、また自分は玉座に居座らなければならないのか?王冠を被らねばならないのか?

自分の人生という名の足跡は、常に他者が用意したレッドカーペットの上を歩んでいかなければならないモノなのか。

―――こんな上等な悩み、かつての自分は持っていなかったのだと思う。

呼吸をするように自分は麻雀をやっていて、魚が水に還るようにプロになっていくのだと。そんな事が「当たり前」に定義されていたのだと思う。

だけど一つ「当たり前」に疑問を投げかけてみる。

その「当たり前」には、如何なる因果も定義も存在しない事に、少しずつ気付いていった。疑問を投げかけ、その波紋をじっくりと読み解きながら、一つずつ理解できて来たのだ。

そうなると、その「当たり前」はプロになる理由にはならなくなった。

―――私は、欲しいんだ。

麻雀をする理由が。その動機が。何でもいい。自分を麻雀に縛り付ける何かが欲しいんだ。

他者が用意した玉座にどかりと座っていたら―――いつの間にか自分は裸の王様になっていた、なんて事態にはなりたくない。

そんな事を、彼女は思っていた。

「そっか、咲はプロになるんだね」

「うん」

電話越しに、妹とお話しする。

こんな時間が、今では日常の一部として存在する事実に何だかビックリする。

「私は―――もっともっと、強い人と戦いたい。麻雀の楽しさが、今ならちょっとだけ解る気がする。だから、プロになる」

「そう。よかった」

「お姉ちゃんは、どう?大学生活は?」

「楽しいよ。文句なく」

色々な人と出会えた。それに麻雀だって、高校よりもより高いレベルで戦いが出来ている。大学生活そのものに、何かしらの不満は無い。

それでも―――まだ、その目的は見つかっていないけれども。

「そっか―――あ、そうそう」

「何?」

「私の知り合いが、今度そっちの大学に行くから、よければ仲良くしてあげてね」

「へぇ、誰?」

「京ちゃん―――あ、須賀京太郎って名前。金髪ででかくて如何にも不良そうな感じだけど、その実ただのヘタレチキンだから安心してね」

ああ、あの男の子か、と少し思い返していた。

「うん、解った。―――知らない仲でもないし」

そう彼女は言った。

「え、知り合いだったの?」

「うん、ちょっとね」

随分前の話だ。少し、懐かしい。

須賀京太郎。

ほんの少しだけ、宮永照は彼の事を知っていた。

 

 

―――あの、咲のお姉さんですよね?

私に妹はいない。

―――えっと----ウチの咲がお世話になっています。

私に妹はいない。

―――本当に申し訳ないんですけど、一度アイツと会ってもらえませんか。喧嘩したって構わないですから-----。

私に妹はいない。

 

全国大会の会場で、彼は幾度もそう頭を下げていた。食い下がる彼に、そう冷たく突き放していたあの時の自分は、傍目に見ても大人げなかったと思う。

何度も何度も、彼は真摯に頼み込んだ。

咲と会ってくれ、と。

幾度突き放しても食い下がった。

―――金髪で高身長な彼は、実はかなり威圧感があって怖かったが、それでも必死に頼み込む彼の姿は何だか大型犬のようで、ちょっとだけ印象に残っていた。

それでも、傍目から見ればそれはインハイチャンピオンにいちゃもんをつける男に見えたのだろう。周りから何をしているんだと男の子が取り押さえられそうになった。

待って、と彼女はそれを制止した。

「君、名前は?」

「須賀京太郎です」

「―――咲に伝えて。勝負に勝てば、考えてあげるって」

根負けし、結局そんな言葉を漏らしてしまった。

その事も―――また、自分の意固地な心に小さなヒビを入れてしまったのかなぁ、と今にして思う。

それが、彼との初めての出会いであった。

 

 

そして、咲と電話をした数日後。

ぽつん、と彼女は街の中にいた。

横を確認。背後を確認。ついでに意味などなくとも上方を確認。

-----見慣れぬ地平に、彼女は立っていた。

ここは、何処だろう。

ああ、そうだ。アレが、アレが悪いんだ。家に差し入れられていた新装スイーツ店舗のチラシに写っていたチョコレートブリュレとキャラメルタルトが余りにもおいしそうだったのが。最寄駅まで(奇跡的に何とか)付いた後に、やけに派手な行列が出来ていたからその店舗に行って心行くまで舌鼓を打ち、その感動もさることながらまたまた最寄りのクッキー専門店の香りに惹かれてフラフラ買いに行き―――気付けば、知らぬ道に迷い込んでしまった。

ふふふ。しかし迷えど狼狽えはしない。こんな事で涙目になるかつての自分はいない、いないのだ!

スマートフォンで近くの友人に連絡を取ろうと、バッグに手を伸ばそうとして、

「アレ?」

バッグが、ない。

ダラダラと、冷や汗が流れ出ていくのを感じた。

----クッキー屋に、置いてきてしまったのか。

と言う事は―――自然と、財布すら現在存在しない事となる。

まずい。

実にまずい。

駅に行くまでも困難だというのに、駅すら使えぬこの現状は―――最早幼子を姥捨て山に蹴り落としたも同然の悲劇だ。

どうしよう、どうしよう。

涙目であたふたと右往左往する中、

「―――何しているんですか、宮永さん------」

そんな声が、かけられた。

何だか、木から降りれなくなった猫を見る様な目でこちらを見やる、金髪の男の子がいた。

「あ」

涙目のまま、そんな間の抜けた声を放つのでした。

 

これが、何とも言い難い、二人の再開。

 

どう続くかは、未だ解らず。


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