こんにちわ。須賀京太郎です。
本日は、皆様方にお聞きしたい事があります。
―――私は一体何をやらかしたのでしょうか?
私とて一人の人間であり生物学上男に分類される存在であります。馬鹿らしい妄想に耽る事もありました。同級生の素敵なおもちに心震わせることもありました。そんな私でありますが、やはり馬鹿らしい男の夢を思い抱いた事もあります。人並みにモテたいという思いもございました。あわよくば何人もの美人を侍らすような存在になりたいなどと思った事もあります。そんな事なんかできる訳ないという大前提で、そんなアホらしい妄想を抱いておりました。神様にモテさせてくださいと言った事もあるでしょう。そいつは天空地に遍在する八百万かも、十字に哀れ掛けられ人類の罪諸共ゴルゴタの上で磔刑を受けた神の子かも解らないですが、どうしてこうも平平凡凡極まる馬鹿な男にその願いの切符を切ってしまったのか。目の前にいるのならば泣きながらその是非を問い質したい。もしくは過度な欲望は身を滅ぼすという腐れ悟り坊主の忠告かも解らぬ。今自身が陥っている状況が、意味不明かつ壮大かつ常識の埒外と言う事もあり、混乱半ば、まるで酩酊しているかの如く考えが纏まらないのです。
ねえ、神様。答えて下さい。貴方、銀貨三十枚で売っ払われる前に仰っていたらしいじゃないですか。男と女は生まれた時から一本の糸みたいに繋がっていて、その出会いは運命なんだって。
ねえ、神様。答えて下さい。どうして、今自分の手中には鮮血の如き深い深い色合いの糸が二本存在するんですか。貴方が作りあげた世界、バグってますよ?解っていますか。このバグをどうしてくれるんですか。この不条理に貴方はどんな解答をもたらしてくれるんですか?海を割ってもいい。いきなり理不尽に復活してもいい。今すぐ俺の眼の前に来て説明責任を果たせ。この世の不条理の因果を説明しやがれ。代理人を立ててでもいい。坊主か神父か牧師か。どんな人間に聞けばいい。解答しやがれ。があああああああああああああ。
いや、解っているんですよ。
この状況がきっとどんな極楽浄土を巡り旅しても手に入らないモノなんだって。
自分のタイプにどストライクな美人二人に文字通り言い寄られているこの状況が、どれだけ恵まれているのか。
だからこそ、混乱しているのだ。
「なあ―――京太郎君」
女の口から、優しい言葉が漏れていく。
その言葉は、どこまでも温かな力に溢れている。善意と好意と厚意で構成された、純真無垢な言葉だ。
ベッドから見える二人は、真っ直ぐに彼を見つめている。
「今日から、ウチ等二人はな、アンタのモンや」
嘘も無い。騙りも無い。
「貴方に助けられた事実を私達は忘れません。そして、その行為とは切り離された―――自分自身の想いにもしっかりと自覚できました」
色合いの違う二つの瞳がこちらを見やる。
「どうか―――私達二人を、貴方のモノにして下さい」
※
取り敢えず、話を整理させましょうと彼は二人に提案した。
ニコリと、その提案を飲み込む。
「えっと----その発言は---?」
「要するにや。二人共京太郎君の事好きだから、二人共好きな様にしてくれ、言う事や」
「そういう事です」
「いや、そこがおかしい。おかしいでしょう。待ってください。流石に、恩返しに一生を捧げる必要まで-----」
「違います」
福路美穂子は、はっきりとそう言い切った。
「二つの心が、在りました。貴方を何とか治してあげたい。その手伝いがしたい。そういう気持ちと―――この日々が終わってほしくない、と思ってしまう気持ち。私達は、恩返しでそんな事を言っているんじゃないんです。ありのままの、私達の願いが、こういう形となったんです」
真摯な言葉だった。嘘の匂いが全く存在しない言葉だった。
その事実に、思わず口を半開きにしてしまう。
「でもな―――京太郎君。これは、あくまでウチ等のエゴや。悲しいけど、エゴはエゴである限り、一方向でしかないねん。京太郎君が拒否すれば、それで終いや」
寂し気に、清水谷竜華は言う。
「ウチ等の事が嫌いなら、はっきりそう言って欲しいんや。ウチ等はな、京太郎君のモノになりたい想い以上に、京太郎君の重荷になりたくないねん。そうやったら、迷わず目の前から消える」
「そんな事はありません!」
状況も構わず、京太郎はそう言った。
ここで拒否すれば、七面倒な事柄は終わってしまうだろう。それでも―――彼は痛い程彼女達の真摯さと惜しみない善意を受け取っていた。彼女達を嫌う事は、決して許されない。
「俺は二人にまさしくおんぶにだっこな状況でした。嫌いだったら、こんな風に甘えられなかったと思います。絶対に、それだけはありえない」
その言葉に、二人は思わず涙ぐみながら手を取り合った。
「ありがとな。京太郎君。本当にウチ、アンタを好きになってよかったわ」
「私もです。うう-------」
その存在そのものを否定されたらどうしよう―――そう彼女達は不安に思っていたのだろう。涙声でそうお互いに言い合っていた。
「いや、けど、それと二股をかけるかどうかはまた別な話ですよ!」
「何でや?ウチ等は一切構わへんで?」
「お二人が構わなくても、周囲が許す訳ないでしょう。プロ雀士二人を囲ったなんてなったら、それこそ二人に迷惑が------」
「その問題は解決してるで。世間体の対策なら、しっかりやった」
そう。そこまで彼女等は想定していた。―――だからこそ、二股に対する世間の嫌悪感以上に、この三人に巡るドラマに対する好意が上回ってくれるように、画策し、実行した。対策はしっかりと打っている。
「それにな、京太郎君―――別に、二人を平等に愛せ、なんて言う気はないんや」
「へ?」
「京太郎君は私達に何かを返す必要はないんです。貴方は十分に過ぎる程のモノを私達にくれました。ただただ、私達が貴方にその分を返す―――愛させてくれるなら、それでいいんです。愛してくれるなら望外の喜びですけど、そこまでは私達は求めません」
「もし、別な愛する人が出来たなら、そっちを優先させても構わへん。そしたら、私達は陰ながら京太郎君を支える」
その宣言を受けて、再び絶句する。
見返りを求めないモノが愛だ、と誰かが言っていた。惜しみなく与えるものが、愛だとも。ならば、本当に彼女達は純然たる意味合いを以て自分を愛しているのか。
「ただただ―――くさい言い回しやけど、ウチ等を傍においてほしいねん。それだけでええんや」
「私達は今が幸せです。貴方の幸せに尽くす事が幸せなんです。―――ただ、そう在れる事だけを望ませて頂けないでしょうか?」
見返りは求めない。しかして惜しみなくその献身を尽くさせてほしい。
そんな在り方を二人は望んでいるのだ。
―――これほど、スケールの大きな愛というモノに須賀京太郎は出会った事が無かった。
拒否する為の言葉は、何の意味も持たない。
彼女達を慮る言葉は、彼女達の在り方によって否定される。自身の愛情の方向の曖昧さすら、彼女達は肯定してくれるという。
何よりも―――シンプルにして強大なその愛に、今の京太郎に抗う力も、意味も、存在しなかった。
だから、こんな言葉しか思い浮かばない。
「俺も、二人に何かを返したい」
そんな、一方向を、双方向にする、そんな言葉にしか。
「ありがとう―――嬉しいわ」
「それ以上に、私も返します」
そして―――二人はぽふり、とベッドの両脇に座る。
二人の肢体が、視界を埋めていく。その香りが、鼻孔を擽る。
「それじゃあ―――取り敢えず、ほんの少しだけ、返させてもらうわ」
「はい。頑張ります」
え、と言う間もなく。
彼はゆっくりとギプスに右腕を吊り下げられながら、ベッドに優しく押し倒された。
後は、言葉も無く―――。
※
病棟から目を覚ました病弱雀士は、その光景を夢の中で見た。
目を覚ますと慣れた感じでナースが様子を尋ねて主治医に報告し、軽い説教を流しながら思索に耽る。
―――ホンマ、常識では測れん親友や。
フッと笑い、窓枠から青空を眺める。
―――ま、お幸せに。死なない程度に愛してやればええ。
そして、再度十字を切った。
この章は取り敢えずこれでおーしまい。