じゃあ、その名目を通せばいいじゃん、とネリーは事もなげに呟いた。
「はぁ、どういう事だ?」
「サトハは父親の干渉がウザいんでしょ?だったら形だけでも誰かと付き合っているフリをすればいい」
父親の干渉をどうにかしたい―――そう相談を受けたネリーは、すぐさま解決策を出した。
「むぅ。しかしその為に嘘を吐くというのもな。万が一ばれてしまえば私はともかく、前回ミスをしでかした部下がな---」
「じゃあこうすればいい。―――まだ付き合えてはいない。けれども気になっている人がいる。だから少し黙ってろ―――って」
「ほう?」
「そうすれば、他の見合いに引っ張り出されない理由も作れる。けれども交際相手の影を用意する必要もない。今自分は恋をしていて、その為に色々とアプローチを仕掛けている。他の男に目移りしている余裕はない。―――どうかな?こういう名目だったら、サトハは麻雀に集中できるし、父親もその進展を見守る形になるでしょ?」
「ふむん。一理ある。―――しかし、相手を教えろと迫ってきた場合は?」
「こう返せばいい。―――相手の事を知ってどうするつもりだ?まさか身元調査をするつもりなのか?そんな事をしてこの恋が御破算になったら、もうこれから絶対に結婚なんてしない―――って。そうなれば、もうこっちのもん。何処か脳内に存在する理想の王子様との恋でも思い浮かべて、粛々とサトハは麻雀に打ち込めばいい」
「------ふむん。成程。貴重な意見、ありがとう。ネリー」
「ううん。いいんだよ、サトハ。―――サトハは何と言ったって戦友だからね」
「-----ネリー」
「サトハがいたから、今自分はここに存在出来ている。それ位はネリーにも解っている。だから、いくらでも相談だったら乗るよ?」
「そうか。―――感謝する。ネリー。この貸しは、いずれ」
「貸し借りなんてどうだっていいってば。―――じゃあ、今度何か儲け話があったら教えてよ。それでいいから」
「ああ、解った。それじゃあな」
またねー、という気の抜けた声を聞きながら、辻垣内智葉は通話を切った。
「------成程な。“交際している”でもなく“恋をしている”か」
実態的な事実が必要な前者に対し、後者はただ自分の内心を偽ればいい。どちらの嘘が判明しにくいかと言えば、当然後者だ。
「ならば、早速実行に移すか」
ふぅ、と息を吐き彼女は即座に父親への弁明の言葉を用意した。
―――これが、後々問題に発展してしまうと、考える事もせず。
★
“投資信託、考えた事はないかな?”
“今の時代、お金の形は銀行に預けるだけじゃない。お金は眠らせるモノじゃなくて、回していくもの”
“ネリーは勿論、XX信託で安心安全だと思うよ。それは三十年の歴史が物語っている―――”
「馬鹿だよねー。信託会社のコマーシャルにネリーを使うなんて。イメージが悪くなる事請け負いなのに」
事務所内。コマーシャルに流れる自らの姿を一瞥し、放たれた言葉がこれである。
「ひでぇ!!」
須賀京太郎は思わずそんなツッコミを入れた。
そんな事お構いも無しに、ネリーは更に言葉を続けていく。
「ただでさえ信託なんて胡散臭い匂いしかしないのに、銭ゲバキャラのネリーを使ってどうするんだか。イメージアップなんて出来る訳ないじゃん。まあ、そりゃそっか。二年連続収益が下がっている会社だし。そんな事まで頭が回らないのか。最後っ屁でネリーにお金をくれてありがとう。絶対にネリーはこんな所にお金を預けたりしないけど」
「おいこら」
「そんなのよりもさー。もっとこう、他にないの?可愛い系のファッション系の所とか、ペット関係とか。久しぶりにネリー、そういう毒にも薬にもならないコマーシャルしたい」
「それこそお前なんか抜擢したらイメージダウンだろ」
「そんな事ないよ。優しそうなイメージの人に優しそうなコマーシャルうった所で、何のインパクトも残せないじゃん。いつもカネカネ言ってるネリーが笑いながら服を着ていたり、ペットを抱いているからこそギャップが生まれて、ひいては視聴者へのインパクトになる訳じゃん。そういう頭のいい人がいないから、ネリーの所に仕事が回ってこないんだよ。全く、馬鹿にしちゃって」
「世の中馬鹿にしているのは間違いなくお前の方だろ!」
吐き出される毒舌は、まさしくネリーの本音なのだろう。腹の底から真っ黒くろすけ。それがネリーという女であった。
「まあ、いいや。―――今度は、こっちの事務所での大仕事があるかもしれないし、コマーシャルなんてやっている暇はないからねー」
「はぁ」
ネリーはその常人離れしたアクティブさと企画能力を買われ、事務所の仕事も請け負っているのだという。金の亡者、まさに極まれり。
「ウチの事務所に所属している雀士って、ネリーとあと数人くらいじゃない?ネリーのおかげで、麻雀関係のスポンサーも増えてきたから、事務所もこれを機に雀士タレントの数を増やしたいみたいなんだー」
「はぁ」
へーそーなんだー。
下っ端の須賀京太郎にしてみれば、それ以外言いようがなかった。逆立ちしても関わる事はないだろうし。
そんな反応に、ジトリとネリーは睨み付ける。
「何言ってんの?キョウタローもしっかりと関わってもらうからね?」
「関わるって----雀士タレント集めに?」
「うん」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。出来るかそんなの。俺は何度も言うけど、マネージャーだからな!」
「まあ、そういう風に今のうちに言っておけばいいよ。―――どうせ後々関わらなければいけなくなるんだから」
―――何を言っているんだ。そう言い返したくなったが、口を閉じる。
ネリーが、笑っていた。とてもとても楽しそうな、無邪気そのものな笑み。
ネリーがあの笑みを浮かべる時、大抵それはロクでもない何事かが行われる時だ。
もしも聞いてしまえば―――本当に巻き込まれてしまうような気がして。せめて、その仔細は聞かないという抵抗を行うのだ。
だが、そんな抵抗は―――大抵が無駄に終わるのだが。
そして、今回も無駄に終わる。
それが理解できたのは―――三日後の休日の事であった。
★
そして、休日。
その日彼は大学時代の友人と酒を酌み交わし、終電を逃した結果近場のカプセルホテルに泊まっていた。久々の二連休ということもあり、少しばかり羽目を外した結果としてこういう形となった。
ホテル内のスパで汗を流し、チェックインを終える。
―――その時。
「お待ちしておりました、須賀京太郎様」
ホテル前に駐車された、一台の黒塗り高級車。
------何だか、既視感のある光景であった。
「お、お待ちしておりましたって----誰が、誰を?」
「辻垣内様が、須賀京太郎様を」
「------」
「------」
「あの------拒否権は」
「当然ございます。さすれば、またの機会にお迎えに上がらせて頂きます」
「-------は、はは」
―――つまり、ついて来なければ何度でも来る、と。
わざわざ今晩泊まったカプセルホテルまで調べ上げて来たくらいだ。次の休日も―――きっと何処に逃げようと調べ上げていくつもりだろう。
「-----」
「-----その。信用して頂けるかは解りませんが、危害を加えない事は、約束いたします。智葉様にとっての、恩人ですので----」
いや、もうその台詞の時点で何だか恐ろしい。
―――しかし、解っていた。
拒否権なぞ、自分には無いという事を―――。
携帯が、鳴る。
ネリーからの、LINEであった。
―――その車は信用してもいい。観念して、ちゃちゃっと乗っちゃえ。
「----------」
この場面において―――最も信用してはならぬ者からの無慈悲なメールを目の当たりにし、須賀京太郎は俯きながら車の中に入った。
そして―――まるで棺桶のような漆黒に染まった車は、走り出した。
その後の運命なぞ、予期もさせぬまま―――。
最近、ヤンジャン連載のかぐや様のミコちゃんが好き。なんか、将来全財産おだててくれる男に貢いでそうな感じが大好き。そういうキャラいそうでいなかったもんなー。