「―――見合いは上手く行ったみたいだね。ネリーは嬉しいよ」
いつものように、車での送迎中、唐突にネリーはそう京太郎に声をかけた。
「アレは上手く行ったとみてもいいのか-----」
緊張しすぎて何を言ったのか、最早覚えていない。
―――辻垣内智葉。
京太郎が今まで会った事のないタイプの女性だ。質実剛健というか、一切の隙が見当たらない―――女傑という言葉が最も似合う人。
ある意味で竹を割った様な人と言えるのかもしれないが、多分義理や貸し借りに関しては恐ろしく厳格な人なのだと思う。「いつでも頼ってくれ」と言ってくれたものの、あれじゃあ安易に頼る訳にはいかない。
「------あのさ。あんな感じだけどサトハは普通にいい人だよ」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。―――少なくとも、サトハが怒った所なんてネリーは見た事ないよ」
「あ、それはいい人だ。間違いない」
本当にごめんなさい。すごくいい人だったんですね、辻垣内さん。
「でしょー-----ってちょっと待って!何でたったそれだけで納得するの!」
「そりゃあ、もう。高校時代、もっと生意気でもっと扱いづらかっただろうお前に一切怒らないなんて菩薩か何かでしかないだろう-----」
きっと。きっとだ。高校時代も金の為に散々我儘放題だったのだろうなぁと想像に難くない。度量の大きさが、こういうのを許容できる方向に働いているのならばそれはそれは「いい人」に該当させるに十分に値する人なのだろう。うん。
「ふん。好きなように言えばいいよ。ネリーは日本に来た時からお金儲けに妥協しなかったからこそ、今がある。まだまだまだまだ、ネリーはお金を稼ぐよ」
ネリーはそう言うとふんす、と息を巻く。
そうだ。この女はとにかく金儲けに妥協しない。
それは、麻雀をプレーする上でも現れている。
ネリーはとにかく積極的かつ攻撃的な麻雀に徹している。それは個人戦であれば余計にその色が濃くなる。トビ上がりのチャンスがあれば積極的に狙っていくし、点差による打ち筋を消極的にすることもほぼ無い。
理由は単純。その方が人気が高くなるし、スポンサーのご機嫌もよくなるからだ。
ネリー曰く「勝負の世界では如何なる時でも“攻撃的”って言葉に人気が出るし“保守的”って言葉に反感を覚えるもの」らしい。実際にそうなのかもしれない。リスクを負って大博打している様には、まさしく緊張感とエンターテイメント性が混ざり合って、人は熱狂するのだから。
現在江口セーラと共に「攻撃的麻雀」の二大巨頭として君臨するネリーは、確かな人気を保っている。
「------江口セーラ。ネリーと人気は互角みたいだけど、人気な層が違うみたいだね」
「そうだねー。江口さんはとにかく同性人気が凄まじく高い。ああいう超絶ボーイッシュキャラは日本じゃとにかく女性人気が出やすいからね」
「------ネリーは、同性人気はさほどない」
「まあ------お前みたいな感じのゲスいキャラは、男受けの方がいいよね」
民族衣装に所狭しとスポンサー広告を入れては、CMにも数多く出ている彼女は、最近特にバラエティ関係のテレビの出演依頼が絶えない。中学生の如き見た目から金への飽くなき欲望を吐き出すそのキャラは、そのギャップもあって世間様に受け入れられたのだ。それと同時に、恐ろしい程のアンチも生み出してしまった訳だが。
「------同性人気も程よく稼いでおかないと、落ち目になると一気に落ちちゃうからねー。そこら辺、ちょっとネリーも考えておかなくちゃね」
「そんなに気にする事かね?」
「そりゃあ気にするよ。アイドルだってそうじゃん。男に明確に媚び売って稼いでいる分、スキャンダルで男に見放されたらもう復活の目は無いでしょ?長くこの世界にいたいなら、同性人気が絶対に必要なの!」
「急に生々しい話に持っていくよなぁ」
「あの-----瑞原はやり、だっけ?あの人もアイドルとして生きていく為にある意味全部を投げ捨てた訳じゃない。あれ位の覚悟が無いとこの世界、生きていけないと思うの。アラフォーになっても、まだまだ現役だし。凄いなぁ。ネリーもあれ位の歳までは稼ぎ続けていたいなぁ」
「ちょっとぉ!はやりんをここで引き合いに出すなよ!失礼極まりないだろ!」
「?-----ネリー、何か失礼な事言ったかな?」
「言ったわ!自覚無しかい!」
今は淡き思い出の青春時代からのファンである京太郎にとっては中々堪える発言であった。違う。断じて違う。あの人はそんな打算で生き抜いてきたんじゃない。本当の意味で純粋だからこそ、こんな事になってしまっただけなのだ。キツイと言われようが痛いと言われようが、それでもあの人は持ち前の純粋さと前向きさで乗り越えてきた。ただただそれだけなのだ。-------あれ、自分も自分で結構残酷な事を言っているんじゃないだろうか?
「―――着いたぞ」
次の仕事場であるテレビ局に到着。ただ車を運転しただけなのにこの疲れよう。年を食えば自分も転職するべきかもしれない。うう------。
「はいご苦労さん。―――ところで、キョウタロー」
「ん?」
「―――色々、気を付けた方がいいよ。この世界に長く居たければ」
それじゃーねー、と彼女は元気よく車を飛び出し、テレビ局へと向かって行った。
「な、何だよ-----いきなり怖い事を言いやがって」
一つ溜息を吐いて、京太郎はまた次の仕事場へと向かって行った。
この世界に長く居たければ―――か。
「------そんなに長く居たいのかねぇ?」
まあ、もしここを首になったら、ツテを辿って今度は協会職員にでもなろうか?それとも龍門渕の執事の修行でも本格的にやるのもいいのかもしれない。それなりにちゃんと道がありそうじゃないか。うんうん、自分としては今の仕事は気に入っているが、いらないと言われても、それでも道が断たれた訳じゃない。
まあ、気楽に構えておけばいいさ。死ぬわけでもないし。
※
「―――お嬢」
「ん-----?」
所変わって、辻垣内家。
次の大戦相手の牌譜を眺めていた彼女は、屋敷の者に声をかけられた。
「オジキが、以前の見合いについて詳しく聞きたいと------」
「------何だ?何か勘繰られているのか?」
「いえ。そうじゃなく―――単に、ようやく結婚も視野に入れるようになったのか、と------それはそれは有頂天の極みと言った様子で」
「ああ------」
智葉は、苦渋に表情を歪めた。
「------ようやく孫の顔が見られるのかと。もし見合いを別にセッティングしたければいつでも良人を紹介するぞ、と」
「------鬱陶しいな-----」
心の底からの声を、ぼそりと彼女は呟いた。
本当に、鬱陶しい。
「------その気はない。必要もない。そう伝えておけ。今の私に勝負以外は必要ない」
そう。今の自分は間違いなく全盛期だ。培った力を思う存分に出し、戦える時期はそれほど長くはないだろう。今の時間を、無駄にしたくない。
「けど、そうなると、何で見合いをしたのか、と間違いなく聞かれるかと-----」
「----あー。確かにな----」
以前の見合いは、部下のミスを帳消しにする為のものだった。須賀京太郎の厚意によって、成り立ったものである。
そういう経緯なだけに、あの見合いの仔細を父に知られる訳にはいかない。だからこそ、勘繰られるような事はなるだけ避けたい。
「むぅ。中々難しい話だな」
辻垣内智葉は目頭を押さえ、一つ溜息を吐いた。
「-------一つ貸しがあるはずだ。ネリーにでも、今度相談するか」
貸し借りは、出来るだけ早く清算しておいた方がいいだろう。そうシンプルに思い、彼女は軽い気持ちでネリーに相談する事を決めた。
―――これが、これから起こるあらゆる事象の端緒となる事なぞ、予想する事も無く―――。