雀士咲く   作:丸米

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マネタリストVSマネージャー 昔気質な女編 

「それで、相談とは何事だネリー?」

「うん、ちょっとウチのマネージャーの事で相談があって-----」

「うん?ああ、あの元清澄の彼だな。どうした?」

「一言でいえばさ―――アイツの見合い相手を見繕ってほしいんだよね」

その言葉に、ふむんと彼女は一つ息を付く。

「正気か?」

「正気だよ?」

「―――ウチは、いわゆる“曰く付き”の家系だが、それも承知の上で?」

「うん、むしろ―――それこそが、狙い」

「-----?」

訝し気な空気が、互いの間に流れる。

「元々代打ち業やってたサトハの家系だからこそ、紹介してほしいの。―――変な虫が中々寄り付けにくくなるし、麻雀関係の仕事から離れにくくなる」

「な、中々えぐい事を考えているのだな------」

「それに、サトハの紹介だったら信用も出来る。麻雀の理解も得られる。元々がどうだったかは知らないけど、今や代打ちも廃れてしまって極道との縁も薄いだろうし----考えうる限りの最善手だと思うけど」

「信用してくれるのは嬉しいし、別に見合いのセッティングだってこちらもやぶさかではない。彼が各方面に顔が利く事は知っているしな。だが、何も知らせないまま見合いをするのは私の信条に反する。見合いに対するリスクや家系の説明に関しては隠すことなく彼には伝えるぞ」

「うん。それでいーよ。別に、ネリーとしては見合いが破談になっても別に構わないの。―――アイツに、一つの基準を作らせることが目的だから」

「基準?」

「そう。この先本気で結婚願望を抱いてアイツが見合いをしようとする時に、まずそこら辺のよく解らないリクルーターがこさえる地雷原から見つけ出そうとするよりも、ネリーやサトハみたいな人脈を使ってセッティングできるんだ、って事をしっかりと頭の中に叩きこんでおく。そして、ちゃんと女を見極める基準を作る。これが一番大事」

「----成程な」

「そういう訳で、取り敢えずよろしくね」

「あいわかった。まあ、期待せずに待っててくれ」

 

 

「というわけで―――今日は君を招待した訳だ。久しいな、須賀君」

「ひ、久しぶりですね----いつ以来でしたっけ、辻垣内さん-----」

「一年前、ネリーと共同でイベントをした時以来だな。-----ところで、何をそんなに怯えている?」

「あ----あはは-----」

何故と?何故と聞きますか?

久方ぶりの休日に惰眠を貪っている時に、社宅の前にずらりと並ぶ黒塗りの高級車に出迎えられ角刈りイガグリのこれまた喪服みたいな厳つい男共に囲まれ車で運ばれた後に、塀がやたら高い和風建造物に運ばれてよく解らないまま正装を拵えられているこの状況に、恐怖を抱かない人間がいるのだろうか。不可解な状況に明らかにカタギの雰囲気を逸脱した人間に囲まれたこの状況を愉しむ度量は無いです。無いんです!

「ネリーから言われなかったか?近々見合いの誘いが来るとな」

「言われました。言われましたよ-----けどこの状況は聞いてないです----!」

「まあ、安心しろ。この連中の装いはある種の伝統みたいなもんだ。昔、代打ち稼業をやっていた頃の名残みたいなものだ」

「はぁ-----」

「とはいえ、元代打ちの家系と関わりを持つ事を快く思わない人間もいるだろう-----何度も言うが、本当にこの見合いは別に破談させても構わない。その事に文句はつけさせない」

「そ、そうですか-----」

いや、そう言われましても-----この異様な雰囲気の中で「気に入らないのでやっぱりやーめた」が通用するのだろうか?

いやぁ-----無理じゃないですかね----。

「しかし遅いな------もうそろそろ先方も到着してもいいはずなのだがね」

そう不満気な声が辻垣内智葉から漏れ出た瞬間―――若い男が青ざめた顔で部屋の中に入って来た。

「お嬢!」

「何だ?先方はもう来たか?」

「いえ------」

彼は事情を説明する。

どうやら、連絡のミスがあったらしく―――先方の女性は本日来れないとの事であるという。

「-------そうか」

「す、すみません!この件は俺がキッチリオヤジに詫びを入れてきます!」

「馬鹿を言うな---お前から言えばタダじゃ済まんだろう。私から言うよ。-----すまない、須賀君。こういう事になった----」

「い、いえ---それは構わないんですが----。あ、あのそれ程気になさらずともいいんですよ?何だか不穏なワードが飛び出しましたが」

「そうはいかない。私達は意図していないとはいえ、客人である君に恥をかかせてしまった。この詫びは入れなきゃいけない―――親父殿はそこら辺に一番うるさいお人だ。アイツにそのまま行かせてしまえば、そのまま首を切られる可能性すらある」

いや、あの。言うまでも無い事ですけど、それは単に「失業させる」事の比喩ですよね?

い、いや、しかし―――たかが自分の事で一人の人間を路頭に迷わせるのは、流石に気が引けた。というか、あってはならないように感じた。

「いや、本当にいいんですよ?流石に俺の事で叱責されるのは気が引けます!」

「ありがとう、須賀君。だがな、代打ち稼業は廃業したとしてもケジメはしっかりつけなきゃならないんだ。君こそ、気に病む必要はない。こちらの不手際なんだから」

そうは言うものの、それでも食い下がる。

「気に病みます―――その、俺も麻雀に関わる人間ですから」

「む----」

「麻雀で戦う人達を支えて、飯を食わせてもらっているんです。----その人も、辻垣内さんも、こんな事で怒られる必要はないんだ」

「いや、しかし------」

「親父さんには、滞りなく見合いは行われたと言えばいいんです。それで終わりじゃないですか」

必死に食い下がる京太郎を見て、辻垣内智葉は、ううむと唸った。

「-----流石にそれじゃあばれてしまう。だが、君の心意気は、嬉しくも思う」

「そ、そうですか-----」

「一応、見合いをしたという実態が伴わないとな-----ああ、そうか」

得心あり、といった様子で、彼女は一つ頷いた。

「どうしたんですか?」

「-----私が責任を取る。その事には変わりはない。だが、少し方法を変える事にした」

「というと?」

「君がこれから見合いをする人間は変更される―――私と、と言う事になる」

 

 

つまりは、こういう事だ。

見合いの相手方がいないのだから、その代わりを用意する。

つまりは、ここで言う所の総括責任者―――辻垣内智葉だ。

広い空間に畳を敷き詰め、長テーブルに挟んだ両者が相見える。

枯山水を思わせる砂利の庭園が見える。―――古風じみた、空気に呑まれそうになる。

「そう、硬くなるな。ここは見合いの場だ」

「いえ------」

いやいや。そりゃあ無理な話だ。

辻垣内智葉。現在若手プロ雀士の中においても急先鋒を走る女性であり、格式高い美人。これを前に形だけといえど見合いをしようというのだ。緊張するなと言われても無理な話である。

「見合いとは、互いの事を知る事だと聞いた―――何でも聞いていいぞ?」

「そ、そうですか-----」

と、言われましても。何でもの範囲を間違えた瞬間、何だか長ドスで斬り殺されそうな雰囲気すらあるというのに、あまりぶっこんだ質問は出来まい。

という訳で、やはり安全な質問となってしまう。

「辻垣内さんは、どうしてプロ雀士に?」

「ふ、愚問だな。―――更なる高みに行く為だ。ならば、一番高いステージに行かねばならないだろう」

「それは―――留学生が多い臨海に行った理由でもあるんですか?」

「ああ。出場機会が少なくなる事は承知の上だった。それよりも、より高い次元で互いに鎬を削る環境が欲しかった。そして、海外の打ち筋を知りたかった、と言う事も理由の一つか」

「―――何だか、カッコいいですね」

「カッコ悪い生き方だけはしたくないからな。昔気質だと言われようとも―――筋の通ってない人間には成りたくない」

彼女の目は、何処までも真っ直ぐにこちらを見ている。

何だか、鷹の目のようだ。いや、目つきが悪いというのではなく―――ぶれる事の無い、視線の軸がそこにある。

「君は」

「はい?」

「どうして、清澄の麻雀部に?言っては悪いが、あまり君にとって良好な環境だったとは言えないだろう?」

女子のみの部活。元々実績すらない高校。この環境で―――どうして麻雀に関わろうと思ったのか?そう、彼女は尋ねたのだろう。

その問いには、何処までも真っ直ぐに彼は答えた。

「いえ。俺にとっては最良の環境でした」

「ほう。何故?」

「一番、俺にとっては熱が感じられる場所でした」

「熱?」

「そう、熱です。―――麻雀を知らない俺でも、あの場所にいた人間がどれ程の熱を持っているのか感じられる場所でした」

「------」

「だからこそ、本気で自分の実力の無さに悔しさも感じられた。自分じゃ到達できない世界がある事も知れた―――あの日々があったから、今の俺があるのだと、思います」

「------今の君とは?」

「ずっと―――麻雀で戦い続ける人たちを見ていたい、という気持ちです」

彼女もまた、彼の目を見た。

彼女の真っ直ぐすぎる程真っ直ぐな視線に、物怖じする事無く今は、見つめ返している。

「そうか」

なんだ。

―――なあ、ネリー。お前の心配は、杞憂に終わりそうだぞ。

―――こいつは、どんな事があっても、麻雀から逃げる事はしないよ。

「中々―――君は、骨のある男じゃないか」

自他共に厳しい彼女が、そう彼を評した。

首をかしげる彼の姿が何だかおかしくて―――微笑みが零れた。

 

 

「重ねて、今日は申し訳なかった」

「いえ。―――あの、お見合い、ありがとうございました」

「ああ。―――そうだ、須賀君」

「はい?」

「折角の縁だ。連絡先位は交換しようじゃないか」

「あ、いいんですか?」

「構わないよ。―――また、困った事があれば連絡すればいい」

「はい。ありがとうございました」

黒塗りの車に送られていく須賀京太郎を見ながら、彼女は一つ笑んだ。

「面白い男じゃないか」

ふ、っと目を細めて。

「気に入った」

―――と、そう言うのでした。




げっろさんが最近魅力的だと気付いた。書きたい。だが書けない。あーあ。ネタが浮かべばいいけどなぁ

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