雀士咲く   作:丸米

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ネリネリ


拝金主義編
マネタリストVSマネージャー プロローグ 


「いい?京太郎」

「何でございますかね。ネリー」

「ネリーのマネージャーたるもの、常に私がお金を稼げるよう全力を尽くすのが礼儀なんだよ」

「うんうん。そうだねー。お前がしっかり麻雀に集中できるようにスケジュールの調整を行うのが俺の仕事ですからねー」

「スケジュールの調整?何を馬鹿な事を言っているの?―――調整でお金が貰えるなら資本主義経済なんて要らないの。プリーズギブミーお仕事、プリーズギブミーマネー。OK?」

「少なくとも俺は調整でお金を貰ってますからねー。マネジメントが仕事であってプロデュースは仕事の範囲外っす」

「ちっちっち。京太郎はだから甘いんだよ。出世したくば―――つまりはよりよいお金を懐に収めたいと思うなら、固定観念に凝り固まった脳味噌じゃあ駄目だよ。頭を働かせてネリーのお金稼ぎに全力を以て支えるの」

「別にその仕事したって業務範囲外ですから一銭も俺の懐には入りませんからねー」

「駄目駄目。そういう事じゃ、駄目。京太郎にはそこら辺の才能はあるんだから、しっかり使わなきゃ」

「何だよ俺の才能って」

「愛想笑いで相手に取り入って虫も殺せなさそうな態度で媚び売ってあれよあれよと年上に気に入られる才能。京太郎、年配の雀士に人気あるよ?」

「おい。その言い方だとまるで俺が最低下劣な野郎みたいじゃねーか!」

「?ネリー、そんなつもりで言ったんじゃないよ。ネリーの故郷じゃ権力者に取り入る能力も大いなるギフテッドの一つだよ。胸を張ればいいとネリーは思う」

「皮肉じゃなくナチュラルにそう思ってたんかい!滅茶苦茶ショックなんだけど!」

スーツ姿の金髪男と、小柄な(というよりかは明らかに中学生にも満たない風貌な)女性が車の中にいた。

彼女は外国人であろうか。日本語は達者であるがやはり多少のアクセントのズレがあり、その身に纏うは異文化の香り漂う独特な装束であった。

「京太郎をマネージャーにしたネリーの眼力は間違っていなかった----協会のツテがあるし、他の雀士のデータ纏めるの上手いし、何より龍門渕のコネがあるし。ネリーはとっても嬉しいよ!」

「ほとんど俺のコネ目当てじゃねーか!」

「コネだって持つ者持たざる者に分かたれる重要な要素----京太郎はとっても優秀。ネリーは心の底からそう思うよ。だから、もっとその能力は有用に使われるべき!」

「嬉しくねー!」

 

大学を卒業し、須賀京太郎は麻雀協会に就職し、その職員として働いていた。

その後―――何を気に入られたのか芸能事務所からのスカウトが届き、転職。この事務所はどうやら龍門渕がスポンサーであったらしく、ハギヨシと懇意であった須賀京太郎がマネージャーとしてスカウトされた、という経緯がある。その後、ネリー・ヴィルサラーゼなる女性に無理矢理マネージャーにさせられ、現在に至る。

金に汚くがめつく、更に言えば吝嗇家。そんな彼女との会話を構成する要素の八割が金である。

彼女のそのお金に対する情熱も、それに比例する様な凄まじさであった。

彼女は自ら母国のテレビ局に対して売り込みを行い所属するチームの試合の放映権を買い取らせチームに対しそのインセンティブを要求するわ、独自の外交ルートを通じ自国首相との対談を実現させるわやりたい放題。その金に対する情熱と行動力は見習うべきものがあるかもしれない。ああはなりたくないとは思うが。

 

「うふふ----ネリーの衣装にスポンサーの商標が追加されていくたびに、インセンティブの金額が跳ね上がっていくたびに、そして振り込まれた通帳を眺めるたびに、ネリーはとっても幸せな気分になる。お給料、インセンティブ、コマーシャル報酬―――とっても素敵な言葉。今度は印税も追加させたいなー。書籍でも書けたら何処の出版社に問い合わせようかな?ちゃんとしたゴーストライター雇わないとなー」

「ゲスい!」

「下衆じゃない。それを言うなら日本が下衆だ!税率が高くておちおち油断もしていられない。優秀な税理士を雇うコストもかかるし、---最悪、何処かに資産をプールする準備もしておかないといけないかもしれない」

「やっぱりゲスいじゃねーか!」

「ふん、好きな様に言えばいいよ。マネーイズパワー。パワーをおちおち勝手にくれてやる気はネリーには無いの」

「この拝金主義者め----」

「今日も麻雀用具のスポンサーからお呼ばれしてコマーシャルのお仕事だし、忙しい忙しい。でもあそこはいい会社だね。用意する弁当がしっかりボリュームがあってお腹が膨れるし。とっても経済的。報酬も悪くない」

「とどのつまり金じゃねーか!」

「京太郎------世の中、金だよ?」

「これでもかってくらいお似合いな台詞を吐くの止めろォ!」

ケタケタと笑うその女は実に目をキラキラさせていた。そう。とっても綺麗な目をしている。宝石が入っているような瞳とはこういう事を言うのであろう。

こんなにも純真無垢な目でカネカネとせびる姿は、最早この世の末をこれぞとばかりに見せつけられているのではないのだろうか。

何故だろう。とっても悲しい気持ちになった。

 

 

社会人となりおよそ三年の月日が流れようとしていた。

色々あったなぁ、と感慨深くなる。

大学に行っている間は龍門渕で執事のバイトもしたし、協会で働いたし、そして今は芸能事務所のマネージャーである。

そして、現在気付けば二十五となった。

惚れた腫れたの繰り返しをいくつかこの男も重ねてきたが、あまり女性関係に恵まれる事無くこの人生を過ごしてきた。

―――アンタ、彼女いるの?

母親に問われる度、いねーよと答えてきた。

―――まさか孫の顔見れないまま死ぬ事はないわよね、私。

気が早すぎる-----が、申し訳ないけれども十分あり得る可能性です、お母さま。

もうね。この仕事待遇いいけど激務なんですよ。その割に出会える女性はレベルが高すぎてお近づきにもなれないんすよ。どうしろと?願えば女性が降ってくる素敵な世界じゃないんすよ。それでもって意外と今のお気楽な暮らしも嫌いじゃないんですよ。

だから、あの、頼むから、お見合いのURL張り付けてメール爆撃するの止めてくれませんかね?スパムかと思って迷惑メールフォルダに格納しちゃったじゃないですか。

―――そんな彼の様子を、ネリーはしっかり気付いていた。

「----」

まずい。

まずい。

もしもだ。この男がお見合いに参加する様な愚挙を犯しそれでいて何処ぞの行き遅れ気味な女をつかまされてしまったとしよう。そして結婚でもしてそんな女と家族となったとしよう。そうなれば―――今のマネージャー業は彼にとって恐ろしく負担の大きい業務になるに違いあるまい。

仕事に理解のある女で旦那の背中を押せるような女が、自分のスペックを切り貼りして初対面の男を因数分解していいの悪いの言う様な世界に顔を売る訳もあるまい。間違いなく、そんな所で掴まされる女は出来損ないの残念な頭の出来をした連中に違いあるまい。そんな女に掴まされ、この優秀なマネージャーを失う訳にはいかない。

ならば、ここで一つの結論を出した。

―――業者がセッティングするお見合いの場なんてクオリティの低い連中しか寄り集まらないのは目に見えている。

ならば、ちゃんと仕事に理解のある「出来た」女を、紹介するのが筋というものだろう。

ネリーは自宅に戻ると、友達に電話をかけた。

「あ、もしもし、サトハ?ちょっと今時間あるかな?」

自分が知りうる限り、色々な人脈を持ってそうな友達は―――この女でしかなかった。

「ちょっとね。ウチのマネージャーに変な虫が付かないように、協力してほしいの。うんうん、そうそう―――」

その顔は、実に嫌らしい笑みに歪んでいた―――。


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