―――宮永咲と大星淡の対決の後、ちょっとした騒ぎとなった。
今年大暴れした期待のプロ新人に見事食らいついた大星淡は、一躍三年後のプロ入りの目玉となったのであった。
「プロ入りかー」
うーむ、と彼女はソファの上で雑誌を読みながら、悩まし気に声をあげた。
その声に、男の声が割り込んでいく。
「どうした?」
コポコポと沸き立つ茶を二人分注ぎながら、須賀京太郎はすっかり日常の一部と化したその姿を見やる。
「いや。多分、このままだとプロ入りするんだろうなー、って」
「え?そりゃあ、まあ、そうなんじゃないの。あそこまで見事に大暴れしちゃったし、そりゃあもう特別待遇でプロ入りだろ」
「まあ、そりゃあこのアルティメット淡ちゃんの力を以てすればプロ入りなんてへのへのかっぱだけどさー。何というか、その-----」
キッチンから二人分の湯呑を持って来た京太郎に、ビシリと淡は見ていた雑誌を突き付ける。
「なになに----。“独白。女性雀士の闇とは?男が出来ない女達-----”」
「--------」
そこで特集されていたのは、「結婚できない女特集~哀しみの女達」であった。いわゆる「結婚しにくい」と言われる社会人女性を職種ごとに分類し、そのインタビューと分析が記されているものであった。その特別篇に、女性雀士が特集されていた。
曰く、「金を稼げる事が仇となって、お高くとまっているように思われてしまい男達が寄ってこない」
曰く、「雀士を足掛かりにアイドルになってしまってアラサーへの道へと邁進してしまった」
曰く、「金にかまけて実家暮らしを延々している内に本当にアラフォーになっちゃった」
------生々しい実体験が、インタビュー形式でそこに載っていた。ああ恐ろしや恐ろしや。
「いや------こう言うのもあれだけど、現在進行形で男が出来ているお前が気にする事じゃなくない?」
「------最初付き合っていた人が、激務のすれ違いで別れてしまう、ってインタビューで書かれてた」
「ああ、-----成程ね」
「こんなの書かれるとさ-----正直、プロでやっていかなくてもいいかな、って」
「そう?」
「------ごめん。嘘ついた。とってもプロになりたいデス。けど、けどさ。それよりも、やっぱりね?」
「うんうん。解ってる解ってる。安心しろって。俺は何があっても離れやしないって」
淡の隣に京太郎が腰掛けると、いつもの通りくしゃくしゃと頭を撫でていく。
「本当?」
「本当だって。人生はじめて出来たこんな可愛い彼女、そうそう簡単に逃がしてたまるか」
歯が浮くようなセリフだが、顔に似合わず純情なこいつにはとにかく効果的である。耳まで真っ赤にして、ぼそりと呟く。
「------不意打ち禁止」
「何だよ。お前だって自分の事自信満々に美少女だ何だって言っていた癖に」
「自分で言うのと彼氏にはっきり言われるのとは違うのー!キョウタローは乙女心が解っていない!」
「いいじゃん。別に悪い気はしないんだろ?」
「むぐぐ-----。そりゃあ、そうだけどさ------」
「それとも、言わない方がいい?」
「------」
「うんうん。やっぱり淡は可愛いなぁ。よしよし」
「むきー!やっぱり馬鹿にしてるー!キョウタローの癖にー!」
「あっはっはっは。叩くな叩くな」
ポコポコと胸元を叩く可愛らしい衝撃を身に受けながら、よしよしとその頭をゆっくり撫でていく。
いつも通りの昼下がりだった。
※
「さてと。淡-」
「うーん?」
「前、二人で旅行したいって言ってたよな?」
「うん!」
もう先程のやりとりは忘れましたとばかりに上機嫌に答える淡に思わず笑ってしまう。尻尾が付いていたらきっと左右にびゅんびゅん振り回しているのだろうなぁ。
「何処に行く?」
色々と計画を練る為に買って来た旅行雑誌をペラペラ捲りながら、京太郎は顎に手を当てうーむと唸る。
「うーん。親父から車借りてきたから、それであちこちドライブで回って行くのもいいし、県外の旅館でも取って観光地巡りするのもありだよなぁ。どうしようかなぁ」
「うんうん。いいねいいね。観光なんていつぶりだろ?行こう行こう!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、彼女もまた雑誌を覗き込む。
「------まあ、互いに学生だし、あまり金をかける訳にはいかないからなぁ。基本線はドライブであっちこっち回るとして、一泊にしようか二泊にしようか------うーん」
「ドライブ------ドライブかぁ。いいなあ、そういうの。どうせなら色々な所を回ろうよ」
「ああ、そうだな。まだ免許取りたてのペーペーの運転だけど、それでいいなら」
「やた。ふふん、精々私の為に頑張りたまえ~」
「はいはい。ま、事故らない事を祈っててくれ」
かくして、この夏休みの間に泊りがけのドライブデートを行う事が決定されたのであった。まる。
※
「------ん?」
そうしてあらかた計画がまとまった所で、ラインメッセージが送られている事に気付く。
「うーん------どうするかなぁ」
そこには、竹井久からのメッセージ。内容は、同窓会の誘いであった。渋谷駅近くの居酒屋をとったから、同窓会をやらないかと。
「どったの?キョウタロー」
「ん?ああ、今清澄の部員が偶然全員東京にいるみたいで、どうせなら同窓会しないかって」
「ふーん------」
「-----やっぱり、不安かな?」
「うーん-------。いや、行ってきなよ。ほら、どーきょーのよしみ、ってやつ?何でもいいけど、こういう機会は中々ないかもしれないし、行った方がいいって」
「いいのか?」
「そりゃあ、あんな女の子だらけの同窓会だし、不安じゃないって言えば嘘になるけど-----けど、多分私も白糸台の皆に誘われたら行くだろうし、キョウタローだけそれに制限かけるのはただの我儘じゃん」
「ん。ありがと」
「いーのいーの。淡様は寛大なのだ。私も久しぶりにスミレと遊んでくるから、いっぱい遊んできなよ。------でも、浮気は駄目だよ?」
「解ってるって。それじゃあ、ごめんな。今日はちょっと出かけてくる」
「うん、いってらっしゃーい」
「はいよ。行ってきます」
少し名残惜し気に頬に口付けをして、京太郎は手提げカバンを握って、家を出た。
―――しかし、まあ他の五人はどうなってるのかね?
淡に悪いと思いつつ、彼は実際他の連中がどうなっているのか少しだけ楽しみにしつつ、駅へと向かっていった。
※
「やっほー、須賀君。久しぶりー」
目的地の周辺で、その人は軽くこちらに手を振っていた。
竹井久。かつての清澄高校麻雀部部長である。
「はい。久しぶりですね、竹井先輩。すみません、わざわざ出迎えてもらって」
「いいのいいの。ここら辺、居酒屋のチェーンなんて腐るほどあるだろうし。------いやー、男前になったわね」
「はいはい。お世辞はいいから早く入りましょうよ」
「む。ノリが悪いわねー。すっかり東京人になっちゃって。解ったわよう。さっさと案内しますー」
わざとらしく頬を膨らませ、彼女は予約した席へと案内する。
鍋が置かれた座敷部屋のテーブルに、見慣れた四人の姿があった。
原村和に、染谷まこに、片岡優希に―――そして、宮永咲。一気に、四人分の視線がこちらに集まる。
「お、久しぶりじゃのう」
「はい。久しぶりですね染谷先輩。相変わらずのようで」
「おー。久しぶりの犬の姿だじぇー。御主人がいなくても元気にしていたか?」
「お前も何もかも相変わらずなようで安心したぜ、タコス。安心しろ。すこぶる元気だ」
「お久しぶりです」
「おう、久しぶり和。----それじゃ、失礼」
丁度空いていた咲の隣に、彼は座る。
「あ、京ちゃん久しぶり------って程じゃないか。前、仕事の時に会ったしね」
「おう。目の前で二人トばしたの見物させてもらったぜ」
あっはっはと両者笑い合うのを見届け、竹井久はパンパンと手を叩く。
「はい、それじゃあ全員揃ったわね。よかったよかった。それじゃあ、最初のオーダー決めましょうか。皆、何を頼む?」
そうして久はそれぞれの注文をメモに取り、店員に伝える。
数分して全員分にドリンクが行き渡った所で、
「それじゃあ―――清澄高校同窓会、これから始めるわよー!かんぱーい!」
そう宣言がなされ、同窓会が始まったのであった。
※
こうして飲み会が始まった。
始めは、それぞれの近況の報告から始まった。
アナウンサーを目指し必死に勉強をしている久、実家の雀荘を継ぐ為に経営学を学んでいるまこ、本場タコス巡りをする為にメキシコに行ってマフィアの抗争に巻き込まれかけた優希、大卒のプロ入りを目指し研鑽中の和、そして―――麻雀プロとして破竹の勢いを以て邁進している咲。その中で、笑いながら、京太郎は麻雀協会で下働きのバイトを行っている事を言った。
「ああ、成程。だから咲さんと会っていた訳ですか」
「そ、そ。雀卓の調整だとかしている間に、結構会う事が多いのよ」
「へえ。そのバイト、中々面白そうですね」
「やってみたらどうだ?和なんか、片手間でサッとやれるバイトだろ」
そう会話をしていく内に、何やら和は違和感を感じていく。
------へえ。須賀君も成長したのですね。
視線が胸に行く癖が、完全に治っていた。大学生になってから、あか抜けたのは外面だけではなさそうだ。
------実の所、必死になって義理の為に視線を向けないようにしている訳だが。
そうして、段々話は色恋沙汰へと誘導されていく。------男日照りが続いているらしい、竹井久によって。
「ほれほれ。皆、隠さず言うがいいわ!どうせ、どうせよ!皆惨めな日常が続いているのでしょう!ほらほら、キリキリ答えなさい------なによう。そんなに私きつそうに見えるのかしら。なによう」
「ほれほれ。暴走すんなや。自分が惨めな立場に立っているからってのう」
「うるさいわね。不快感の共有こそ、女の友情を繋ぐ何より強固な鎖よ!」
「私は別に彼氏はいませんが、その事を惨めだとは思っていませんよ?」
「そりゃあ、嫌でも男が寄って来る和じゃ話が違うわよぅ。―――ねえ、咲?」
「う-----私にふらないで下さい」
「そうだじょー。どうせだったら、男の方の惨めっぷりをいたぶってやった方がいいと思うじょー」
「へ?俺?」
「そうよね。こういう話題なら数の暴力で男の方を苛め抜いてあげましょうか------ほら、須賀君、話すのよ!大学生になっても彼女一人も出来なかったであろう非生産的なバイト三昧な生活を---」
「-----------」
「ん-----?」
「何を押し黙ってるんだじぇ-----?」
「いや、何というか、その------」
しどろもどろになっているその姿を冷たく見据えながら、咲は呆れたように、言う。
「無駄ですよ竹井先輩―――京ちゃん、彼女いるもん」
まるで断頭台の如き冷たく確固とした口調で、そう告げた。
「へ?」
「じぇ?」
現実を受け止めきれずそんな間抜けな声が上げられた後に―――。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
そんな合唱めいた三重奏が、鳴り響いた。
------うん。
------自分は一体、どんな見方されてたのだろう、と少しばかり落ち込む須賀京太郎であった。