雀士咲く   作:丸米

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頑張ったけど闘牌描写は無理です。その残滓だけでも感じながらお読みください----


女の戦い、開始

宮永咲が登場した瞬間、割れんばかりの歓声が場内に響き渡った。

それは彼女が所属するチームのファンが大半であるが、その中には普段全く麻雀なぞ興味もないであろう一般層の人間もいる。

姉妹揃っての新人王の獲得。そしてその後の華々しい経歴。彼女はシーズン初期からレギュラーを勝ち取り、大将の座に居座り続け―――見事、その優勝の立役者となった。

それはアマチュアとの混同試合であろうと―――ここまでの観客を集められるほどの集客力が存在している。

その歓声に、身震いする。

あの時の記憶が、何度も何度も思い返される。

しかし、前を向く。

堂々と、歩いていく。眩いフラッシュも歓声も全部全部無視して、ただひたすらに前だけを向いて。

卓に座る。

前方には、宮永咲の姿。

「----久しぶり」

「うん、久しぶり-----丁度、一年ぶりくらいかな」

力無く、宮永咲は笑う。その笑みは―――かつて蹂躙した敵に向ける笑みではなかった。自信の欠片も無い、笑みだ。

何故だか、苛立つ。-----いや、完全に格下を見る様な不敵な目でこちらを見られてもそれはそれで腹立つのであろうが、それよりもモヤっとした不快感を覚えてしまう。本当に、何故だかは解らないけれど。

「プロでも元気にしてたみたいだね。さっすがじゃん。この淡様を散々に叩きのめしただけあるね」

「そ、そんな事ないよ」

「へ~。それじゃあ、あの時ぼっこぼこに出来たのも大したことなかったから、って言うの?」

「ううん。そんな事ない。―――大星さんは、とても強かった」

「------」

何なのだろう。この不自然なまでの謙虚さは。

別に自分の様にその力を誇示しろとまでは言わないけれど―――どうして、自分が積み上げた実績や結果までも、大したことが無いと断じているのだろう。その感覚が、いまいち解らない。―――本当に、この女は宮永照の妹なのだろうか?

誇らしくないのだろうか?

自分の力で積み上げたものが、その結果としてのこの歓声が。今この場において絶対王者であるこの女が―――どうしてこうも、弱々しく写ってしまうのか。

「本当に―――大星さんは凄いなあ、って思ってたんだよ?プロになって、よく解った」

「何で------?」

「本当はさ、-------ずっと、今でも負けるんじゃないか、って怖くて怖くて仕方がないんだ」

「え?」

「勝ちが、当たり前みたいに期待される-------この状況って、本当に怖いんだな、ってよく解った。この期待が、負けたら一気に失望に変わっちゃうんだ、って。そう思い始めたら、凄く怖くて----。こんな重圧を、お姉ちゃんや大星さんはずっと背負い続けてたんだな、って」

もう一度、宮永咲の姿を見る。

------微かに、震えているのが解った。

そっか、と大星淡は理解し、納得した。

つまるところ―――彼女も、自分と同じだったのだ。

期待が怖い。失望が怖い。敗北が許されない状況が―――怖くて怖くて仕方がない。

その精神性は、例え眼前の化物であっても、変わりはしなかったのだ。

「-------」

その事実に―――何だかよく解らない感情が湧き起こっていた。

憐れみ?いや、違う。それ程彼女は傲慢にはなれない。

怒り?哀しみ?―――どれでもない。

多分、―――共感、なのだろう。

言ってしまえば―――あのとんでもない怪物にも、人の心があったのだ、という安心感というか。そういう部分に、ほどなく共感してしまったというか。

そう思ってしまえば―――眼前の少女に対する忌避感も、薄れていく。

そうだ。どんな化物であっても、その実態は人間なんだ。

だったら、恐れる事は無い。

「だったら、私が勝って―――終わらせてあげる」

一度負けて、向き合って、それで―――大星淡はその重圧を振り払う力を得た。

「―――勝負だ!」

 

 

しかし、その思いとは裏腹に―――淡は苦境に立たされていた。

絶対安全圏の効果などものともせず安定して嶺上牌を確保していき、ダブルリーチの速攻すらも叩き潰していく―――まさしく高校の時と全く変わらぬ構図がそこにあった。

試合が始まれば、変わらぬ姿があった。

淡は何とか他家からの直撃や安手のツモ上がりでその場を凌ぎながらも、しかして宮永咲との間には埋められぬ差が付いている。現在二位の位置につけてはいるが、その差は歴然。

「-----やっぱり、成長している」

「そうなんですか?」

「ああ。------以前までのアイツならば、宮永との差を詰めようとダブリーでの暗カン狙いに徹していただろうな。実際、それが出来るチャンスは幾つかあった。けれども淡はダブリー牌のみで場を流していく事を優先した。-----流さなければ、宮永がアガる可能性の方が高いと判断したのだろうな。実際に、いい判断だ。流さなければより宮永に点が集まってしまう場面が幾つかあった」

ダブリーのみの安手でとにかく流す。勝負を仕掛ける場面を、未だ探っている状態。

「勝負を引く、探る、仕掛ける―――勝負師としての感覚が、ようやく根付いてきたのだろう」

 

その後も、試合が流れていく。変わらず、何とかその場を凌いでいく淡と、猛攻による蹂躙を行う咲という構図が続いていく。

-----これは、逃げではない。

だが、逃げではない事を証明するには何処かで勝負を仕掛けなければならない。

このまま場を流し続けて、宮永咲が他家からの直撃へと方向を転換させ他の雀士の点を吸い上げてもらい、三位以下との点が開いた所でダブリー能力を解除。宮永咲からの直撃にのみ注視しながら、安全圏を利用し―――この場で最も手が回っていないであろう4位のアマ代表から速攻で直撃を取っていく。こういう方法が頭をもたげる。これが、二位の位置につけるには最も可能性が高い方法に思える。宮永の嶺上地獄と淡の安全圏で、最も割りを食らっているのが、間違いなく四位につけているこのアマ代表だろう。成す術もなく足掻いているが、ここに注視していけば、上手くいけばさっさと直撃でトばして順位を確定させる事も出来るかもしれない。

けれども、それでも、

―――駄目だ。それは駄目だ。

どうしてなのか―――そんな戦いの果てには、最後の最後で宮永咲からの直撃による大放出が目に浮かぶ。

逃げに回ったその果てに、最後は断罪でも受けるかの如く敗北の憂き目にあう―――そんなイメージが、頭から離れない。

解っている。

この勝負は、二位で終われたらとか、プラス収支で終われたらとか、―――そういう戦いじゃないんだって。

一位で終われればそれがいい。だけど、なんだったら最下位だって構いやしない。

けど、この戦いで取り戻さなくちゃいけない事がある。

逃げない心。戦う気持ち。恐怖を振り払える力。

過去の残骸が囁きかける宮永咲という恐怖の権現に、逃げずに戦わなくちゃ―――それは手に入らない。

 

―――お前が勝つ事に期待してるんじゃないぜ。お前に、ただ恐れず立ち向かってもらいたいんだ。

 

言葉が蘇っていく。

 

―――お前は頑張ってきたし、変わろうと努力してきたし、悔しい思いに歯を食いしばって来た。その姿に、俺はかなり元気づけられたし、凄いと思うし、尊敬もしてる。凄く単純な理由だけど、----一緒にいて、凄くありがたかった

 

自分にもう一度ここに向かわせてくれた言葉が、その存在が、彼女の思考を一本化させていく。

 

―――ここに来て、とても運が悪かったね。サキ。

 

彼女は笑う。

観覧席の先にある二人の面影に向かって。見えないだろうけど構いやしない。思い切り笑ってやった。

 

―――この席じゃなかったら見えなかった。もうこれだけでも私は運が良かったんだ。

 

そして局が巡り、自らの親番が回ってくる。

ここだ、と確信した。

ここしかない。勝負を仕掛けるのならば、リスクを背負うならば―――ここでしかない。

 

ダブルリーチの能力を、解除する。

―――多分、サキはもうダブルリーチの法則を解っている。山のカドに到達する際に暗カンが成立し、その次からツモ上がりが出来る法則を。

もしこの能力を使用したとて、宮永咲は圧倒的な点棒差がある。ダブリー程度の点棒ならばくれてやっても構わないのだから、こちらの直撃を気にすることなく手を作り、山がカドに到達する前までにツモ上がりすればいいだけだ。いや、そんな事しなくてもさっさとクズ手を使って場を流せばいい。なんなら安全圏の能力の影響によって必死に手を作っているであろう他家に振り込んでしまえばいい。この状況においてダブリー能力は、安手を作る以上の期待値は無い。

 

―――真っ向勝負だ。

 

本気を出す―――それが自分の能力の解除へと直結するなんて、過去の自分からでは考えもつかなかった。

でも、それだけの怪物だった。全霊を込めた能力も、この化物には通用しなかったのだから。

 

今自分にできる事は、この化物から何とか直撃を奪っていく事しかない。

彼女は、何とか期待する。

―――この場で、どんな形でもいい。リベンジしたい。しなければいけない。お願い、どうか―――

 

彼女は、食い入るような目で自らの手を見つめた。

 

最後の戦いが、始まろうとしていた。

 

 


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