まさしく、快進撃であった。
全国リーグでも遺憾なくその力を思うままに振るいながら彼女はひたすらに大会を勝ち進んでいった。
まるで、嵐の様だった。
暴威の様なダブルリーチ地獄に、絶対安全圏。攻防共に最高クラスの容赦ない戦いを演じながら、彼女は勝ち進んでいく。
その様を、ジッと須賀京太郎は見ていた。
その打ち筋やゲーム展開もしっかりと頭に刻みながらも―――何よりも、その姿を。
傲慢さも、極度の不安も、その全てが消え去った彼女の姿を。
―――大きな挫折を味わわされた時、立ち上がれる人間と、そうできない人間がいる。
-----自分は、きっと後者なのだろう。
だからこそ、彼女の姿を見なければならないのだ、と思った。
今彼女は、挫折から這い上がり、リベンジへの道程を歯を食いしばりながら歩み続けているのだから。
頑張れ。
---そう思う事しかできないけれど、それでいいと彼は思っている。応援する事に、頑張ってほしいという願い以外は要らない。それ以上出来る事があるはずだ、と思う事はきっと傲慢なんだ。
その傲慢さが、かつて彼女を苦しめていたのだから。
だから、彼はひたすらに応援する。
頑張れ、頑張れ。
ただただ、そう念じていた。
※
リーグ戦も三日目が過ぎ、残す所八校のみとなった。
二戦目、三戦目と駒が進められていく内に、淡も徐々にレベルが跳ね上がって行く様を感じていた。そうだ。このリーグは、全国の精鋭が鎬を削る場なのだ。そして、こうしてベスト8に名を連ねている者共は、その全員が例外なく強者の中の強者だ。きっと、本気でプロを目指している打ち手もいるに違いない。これからは、そういう次元での戦いだ。
だって―――今眼前にいる存在が、それを如実に現していた。
「------」
むっつりと、こちらを見やる、長い髪の女が一人。控室のある廊下で、その女はジッと大星淡を見ていた。
弘世菫。
―――白糸台の先輩が、現在変わらぬ姿でこちらを見やって佇んでいた。
「久しぶり-----スミレ」
「ああ。久しぶりだ」
彼女はフッと微笑んで、そう言葉を返す。----本当に、変わらない。何となく偉そうで、けど何となく感じるカッコよさがある。佇まいも言葉遣いも、とにかく凛然で端正な、あの時のままの姿だ。
「元気だったか------は、愚問か。あれほど見事な暴れっぷりを見せられたらな。もう、吹っ切れたみたいだな」
「別に。吹っ切らなきゃいけない事なんてなかったし」
「そうか。ま、そういう事にしておくか。相変わらず私には素直じゃないな、淡」
「そんな事ないー!」
ぷっくりと頬を膨らませ、淡は抗議する。----別に、人によって態度を変えていたんじゃない。ただただ、テルーが別格だった、というだけで。
「まあ、心配していたんだ。ちょっと位先輩面させてくれ」
「----」
「正直―――あの時、心の底からお前には悪い事をしたと思っていたんだ、淡」
「どうして-----スミレは、何も悪い事していないよ?」
「いや。あの“宮永照”の後を引き継ぐ、という重みを―――私は、ちっとも考えもしなかったんだ。淡。私は丁度、アイツと同じタイミングで入って、同じタイミングで出ていったからな」
「------」
「そこに照がいるという事が、当たり前だったんだ。何があっても、アイツがいる限り白糸台は虎姫でいられた。私はそのサポートをしてやれば良かった。その立ち位置はな、もの凄く楽だった。お世話係だの何だの言われようと、いざ闘いの場になれば私は常に、アイツが作り出した膨大な点棒を、大崩れさせずに後ろへ繋ぐ事だけに注視しておけばよかった。その在り方がどれほど楽だったのか―――大学で、大将を任されるようになって、よく解った」
弘世菫は、滔々と話している。
しかし、何処か、感情を押し殺しているように感じる。例えばその表情が、例えば淡を見つめるその眼が、本当に悔恨の情に満ちていたから。
「ハコ寸前でこちらに回される事もあった。リスクを承知で高い手を打たねば負けてしまう時もあった。いざ自分がゲームの中で決め手を打たねばならない立場に置かれて、その難しさが理解できたんだ。そして、照が負っていた重圧もな。アイツはそんなもの感じさせないだけの力があった。-----それを、全て全て、負債の様にお前に背負わせてしまった」
「そんなの------」
違うじゃん、と彼女は言いたかった。
宮永照が作り出したモノは確かに自分に凄まじいプレッシャーを与えた。けど、それでも、彼女が作り出した諸々は、形容し難い程素晴らしいもののはずだ。その為に、自分達は頑張ってきたんじゃないか。だったら、それを否定すべきではない。そう淡は言おうとして、それをやんわりと弘世菫は制止した。
「そう、違う。悪いのは照じゃない。私だ。ずっと、先を見据えず安穏としていた私が。お前に全てを背負わせてしまった私が。------照も、お前も、理解しているようでしていなかった」
だから、だから。彼女は―――。
「ずっと、お前に謝りたかった」
頼りがいのある先輩であろうと、自分はしていたと思う。
けれども、結局肝心な部分では誰かに負債を背負わせていた。
その事に、ずっとずっと気が付かないままだったんだ。
すまなかった―――そう言葉が放たれる前に、柔らかな感覚が彼女の身体を包んだ。
「謝らないで、スミレ」
淡の声が、眼下から聞こえてきた。
淡は彼女を胸元から抱きしめていた。
「私ね。ずっとずっと、あの時こう思っていたんだよ」
「何だ------?」
「------スミレが、いてくれたらな、って。テルがいてくれたら、って思ったのと同じくらい。そう思っていた」
「-----」
「失敗しても、しょうがないなって小突いてくれる人が。その後、何処が悪かったのか指摘してくれる人が。正直、ずっと口うるさいって思ってたけど----本当に、スミレは優しかったんだって、思った」
「そんな事は-----」
「ある。あるもん。テルだって、きっとスミレに支えられていたと思っているよ。------こうやって、必死になって“私が悪い”ってわざわざ言うのも、そうじゃん。お前は悪くないんだって、本当にそう思えるスミレだから、きっとスミレは優しいんだ」
抱きしめる力が、強くなる。
それが、何よりもその言葉の真摯さを伝えてくれた。
「私ね。気付いたんだ。勝手な期待をしてくる人間と同じくらい―――心の底から私を見てくれている人がいるんだって。心配して、応援してくれる人がいるんだって。勝手にその事に見て見ぬフリをしていたのは、私だって。だから、スミレは悪くない。悪くないよ」
「淡-----」
「ね?だから、そんな事言わないで。私は、スミレの事好きだよ。大好き。テルーと同じくらい、大好き。だから、そういう風に思って欲しくない」
その言葉が耳朶を通ってその意味を解釈した瞬間―――思った。
本当に、変わったのだと。
いや、成長したのだと。
あの挫折は―――きっと無駄じゃなかったんだと。
「そうか」
「うん、そうだよ」
誰も通らない廊下の中。
抱きすくめられた弘世菫も―――最初は押し返そうとした腕の動きを、止める。
そして、彼女の背中に回した。
「本当に------今更になって素直になって----」
呆れた様な声をあげるが、それでも彼女は嬉しかった。
今、こうして―――挫折を糧に立ち上がってくれた可愛い後輩の姿が。
何故だか、視界がぼやけた。
※
「スミレも、大将なんだね」
「ああ」
「-----ふふ」
「-----はは」
抱きしめていた状態から離れると、お互いにそんなやり取りをした。
「―――ぶったおすから」
「―――やってみろ。かつての私だと思うなよ」
そう、互いに拳を突き合わせた。
かつての先輩後輩が―――これより互いに矛を向け合う。その舞台が、今始まろうとしていた。
餅は餅屋といいます。闘牌描写は私には無理。すみません。ワハハ。つまりです、ごめんなさい。始まりません--------。