雀士咲く   作:丸米

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ひっそり久々更新。



亭午の記⑤〇

 さあさあやって参りました。

 デスマッチです。

 

 デスなマッチです。

 

 親友との邂逅が一転。このまま出会ってしまった瞬間にデスなマッチになること間違いなしの状況下。

 元永水女子麻雀部員かつ現役JDかつパチモン巫女喫茶の実技指導員(時給2000円)である薄墨初美の脳内に流れる時間は、この瞬間──きっと地球上のどの生物よりも遅い時間を得ていた。

 

 石戸霞が大学よりこの喫茶にまで足を運ぶまでの時間、おおよそ1時間であろうと推測。大学からのバスを経由し、電車で四駅ほど。それからおおよそ徒歩十分ばかりの時間を得てこの喫茶まで辿り着く。

 

 

 舐めるな。

 この薄墨初美の頭脳であらば──この程度の苦境、乗り越えて見せる。

 己が蒔いた最悪の破滅への道。きっと粉々にしてくれようぞ──。

 

「いいですか須賀君!」

「は、はい?」

「これより私はニ十分以内に店長に”有休”を申請し、この店からトンズラをこきますー! 君は偶然にも永水出身の私と道端で出会い、霞ちゃんの近況を私に尋ね、そしてぐ・う・ぜ・ん近場にあったこのお店に入った! 私は須賀君と霞ちゃんを気遣い、クールにこのお店を去り、先に会計を済ませていたのです! いいですかー?」

「えぇ...」

「ではでは! 後はごゆっくり!」

 

 そう言うと風が吹く様な素早さで彼女は店のバックヤードに赴くと、店主らしき女性と話しかけていた。

 

 ──そんな道理が通ると思いますか? いいからキリキリ働きなさい。何のために他の人より二百円高い時給をこちらが払っていると思っているの。

 ──いいんですかー? このままここにいたら、私もうこのお店で働けなくなるかもしれませんよー

 ──何を大袈裟な事を言っているんですか。

 

 言い争いの声が聞こえてくる。

 無事に生き残れればいいですね。自分が蒔いた地雷原にわざわざ五体投地するような馬鹿をやった果てであったとしても──。

 

 

 

「.....」

 

 須賀京太郎の胸中は。

 逸る様な感情もありつつ──言葉を選ぶ準備を行っていた。

 

 いつか──こんな時が来るのかもしれないとは、ずっと思っていたのだ。

 

 そして。

 

 少しだけ荒い、ドア鈴の音が響く。

 

 そこには──少しだけ汗ばんだ、かつての姿があって。

 

 京太郎は、少しだけ目を閉じた。

 

 

「は......は、はぁ.....!」

 

 積み重なったものというのは。

 自覚なく己の中に山積していくが故に──その大きさが目に見えなくなる。

 

 そして、ふとした瞬間にその思いの大きさに気付く事もまたある。

 

 石戸霞にとって、この瞬間がそうであった。

 かつてあった思い出の中にいた人物が、たった一枚の写真で送られてきて。

 

 一瞬身体が強張り、時間が止まったように頭の中がストップして。

 脳が現実を受け入れた瞬間より。思考よりも前に、身体が動き出していた。

 

「はぁ.....は....!」

 

 思ったよりも──とても大きなものであったのだと。そう自覚してからは速かった。

 普段は倹約家である霞も。大学前に停まっていたタクシーを躊躇なく使い、駅に向かった。

 駅に着いたと同時に滑り込んできた電車に間に合うように、運動慣れしていない身体に鞭打ち走った。

 

 一刻も早く、会いたかった。

 

 

 ──ずっと会いたかった。

 ──何をしているのだろうと思っていた。

 ──まだハンドボールはしているのだろうか。あの後試合はどうなったのだろうか。高校では何をしていたのだろうか。

 

 そして。

 

 .....まだ。あの時の事を覚えてくれているのだろうか。

 

 止まった時間が動き出したと同時に。

 本当に。色々な感情がそこにあったのだと理解できた。

 

 ずっと積み重ねて。それと同時に埋もれていて。思い出として過去の中に褪せていったものが。

 すっ、と掘り起こされて。色づいていく。そんな感覚に、いてもたってもいられなくなって。

 

「はぁ......は...」

 

 見えてくる。

 写真に添付された住所の建物が。

 

 

 少し慌てて玄関口を開ける。

 そこには──

 

 

「あ....」

 

 

 玄関を開けると共に。お互い、同じ声を同時に上げてしまった。

 

 

 かくして。

 幾年かぶりに、二人は再開を果たしたのでした。

 

 

「.....」

 

 

 こんにちは。薄墨初美でございます。

 現在無理矢理体調不良という事で休みをぶんどり、外から隠れて様子を眺めております。

 

 当然外なので会話が聞こえてきているわけではありませんが──窓から見える霞ちゃんを見る分には、本当に嬉しそうです。

 告白した/されたの関係ではなかろうかと推測していたが。

 それにしては気まずい雰囲気をあまり感じません。

 

「ふふん。──地獄への綱渡りをしてまでキューピッドになった甲斐があったというものです」

 

 その様をまた、窓越しにパシャリ。写真を撮ると同時──その場を離れます。

 これ以上は無粋。

 そして危険。

 何故かは解らないが──何かが抜け落ちているかのような。そんな気がしている。

 今自分は確かに地獄の綱渡りを終えたはずで。か細い綱を渡り切ったという安堵感が確かにあって。

 

 そうやって安心して立っておる地平も──まだ、何かしらのヤバさを内包しているかのような。

 

「考えすぎですよ~」

 

 そう呟いて──その場を離れました。

 

 

「えっと....お久しぶりです、でいいのかしら」

「はい。お久しぶりです石戸さん」

 

 恭しく一礼すると同時に。石戸霞は、対面の席に向かう。

 白装束の巫女──それも改造甚だしい衣装を着込んだ──店員がうよめく店内を、少し困惑したように霞は見ていた。

 

「こ....これはどういうお店なのかしら....?」

「あの....どうやら薄墨さんが好んで通っているお店だそうで」

「へ....へぇ」

 

 もしかして初美ちゃん、こんなお店に通う位に実家が恋しくなってきたのかしら、などと思った。

 

「石戸さん、麻雀やっていたんですね。全国大会見て、凄くびっくりしましたよ」

「え! 見てたの?」

「はい。──俺、実は清澄麻雀部の部員だったんですよ」

「え! じゃあ、あの時会場にいたの!?」

「はい。まあ俺は当然付き添いみたいなものだったんで。気付かなくても不思議じゃないとは思いますけど」

 

 大体控室のモニターで試合の様子見てただけでしたしねー、と頭を掻きながら京太郎は呟く。

 

 .....そうだったんだ、と霞は思った。

 

 自分と同じ部活に入ってくれたという事はとても嬉しい。

 自分の好きなものに。偶然にも興味を持ってくれたということだろうから。

 

 それと同時に、思う。

 

 ──ハンドボールは、どうしたのだろうかと。

 

「それにしても.....不思議なお店ね」

「本当ですよね。でもご飯は美味しいですね。薄墨さんから奢ってもらいました」

「あ、そうなの。──ふふ。後から初美ちゃんにはお礼を言わなくちゃ」

 

 気にはなっても。何となくそこに踏み込めない。

 何かしらの事情があったのだろうと。そう簡単に推測できるから。

 それならば──せっかく年月を経て再会できたのだから。自分と新たに出来た共通項について話した方が楽しいに違いない。

 

「大学でも麻雀続けているんですか?」

「うん。今でもサークルで活動しているわ。麻雀楽しいもの」

「.....良かった」

「.....うん?」

 

 何というか。

 凄くホッとしたような表情を浮かべたものだから。

 少しだけ気になって疑問の声を上げてしまう。

 

「いえ。ただ──」

 

 京太郎ははにかみながら、呟く。

 

「元気にされていたんだな、って」

 

 そう呟いた時。

 少しだけきょとん、としてしまった。

 

「いえ。何となく。──ほら。石戸さん、あの時車に轢かれそうになったのもあるんですけど。何となく、元気がなさそうな感じがあったので」

「えっと....そうなの?」

「あ、単なる俺の印象ってだけですよ? でも──やっぱり。あの時お守り貰った時。本当に力を貰ったような。そんな気がしたんです」

 

 お守り──。

 

 ああ、と思った。

 やっぱりこの人は、あの時の記憶を。ちゃんと覚えてくれていたんだって。

 

「.....嬉しい。あの時の事、覚えてくれていたのね」

「はい。──忘れるわけないです」

 

 そう言うと。

 少しだけ気恥ずかしそうに、彼は財布を取り出した。

 

 そこには。

 あの時手渡したお守りが、くっ付いていた。

 

「あ...」

「ありがとうございます石戸さん。──今でも、大事にさせてもらっています」

 

 ──あの時、ほんの少し邂逅しただけの男の子は。

 今もまだその時の事を覚えてくれていて。そしてその証を、今もまだ大切に持っていてくれていて。

 

 それだけで。本当にここにきて良かったと。心の底から思った。

 

 

「須賀君も、東京の大学に?」

「はい。ここから二駅先の大学ですね」

「あら。。私が通っている所と近いわ」

 

 それじゃあ、と。

 スマホを取り出す。

 

「ここで会ったのも何かの縁。──連絡先を交換しない?」

「えっと....いいんですか?」

「うん。折角だし、また遊びましょう? 須賀君もまだ東京に来て日が浅いでしょう? ──ふふ。私が案内してあげる」

 

 もうお上りさんだった自分はいない。

 もうかれこれ東京暮らしも三年目だ。男の子一人案内できる程度にはこの街にも慣れたはず。こう言う所で、少々お姉さんらしい振舞いをしておきたい。

 

 

「それなら、是非」

「ふふ。──もうスマホだって使いこなせるようになったのよ」

 

 大学でも何度も繰り返したので、連絡先の交換もお手の物だ。

 アプリを起動し、互いのスマホの画面をカメラで写す。これだけで連絡先が互いに手に入る。──どうしてこんな事が出来るのか、未だ不思議だけど。

 

「気軽に連絡してくれたら嬉しいわ」

「はい」

 

 そうして連絡先を交換すると、少し安心してしまったのだろうか。喉が渇いてきた。

 

「せっかくだから、飲み物をちょっと頼んじゃおうかしら」

 

 そういってメニュー表を取り出した──瞬間。

 

「あ」

 

 そう、京太郎が呟く。

 取り出したメニュー表の間。栞のように挟まった何かが、テーブルに落ちる。

 

 そこには──

 

「.....」

「.....」

 

 無言。

 無言の時間がそこにはあった。

 

『当店の巫女娘をご紹介❤』

 

 ──鹿児島系『本職』巫女、”初”

 

 小柄な見た目だが、本格派! 鹿児島の神社にて修行を積み神職の資格も取っているという正真正銘の巫女が、愛嬌たっぷりにお出迎え! 

 

「.....」

「.....」

 

 ──おい、指導員。

 ──必死になって逃げまわった挙句が、この帰結ですか。

 

 ......まあ、何というか。その

 じゃあの。

 

「.....何をやっているのかしら初美ちゃん」

 

 

 ──薄墨初美

 ──処刑確定


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