雀士咲く   作:丸米

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ボッチさん編、はじまりまーす。


ボッチ編
ボッチとボッチ


皆と、離れたくない。

心からそう思っていた。

 

離れたら、もうそこに自分はいられない。

心地いいあの大好きな友達が、もういなくなってしまう。

それは――張り裂けそうになるほどの恐怖だった。

 

自分の人生、誰かと何かをした事なんてなかった。

ずっと、ボッチ。

ずーっと、一人で。

一人で生き、完結し、何も成す事の無かった、人生。

そんな生き方に。そんな自分自身に。何も疑う事無く、自覚無き寂寥を放置し続けた。

 

意味なんてなかった。

意味なんて求めてもいなかった。

 

でも。

一人と繋がり線となり、その一人から二人と繋がり縁となった。

三人四人五人。

幾つもの線が自分を中心に繋がり縁となり、いつの間にやら、円となった。

 

自分が円の中にいる。

点で終わっていたかつての自分に。線が引かれ縁を作り円となって。

 

ボッチだった。

けれども、今は違う。

この円がある限り、自分は一人ではない。

 

ならば、この円の外に出て行ったら、どうなのだろう。

引かれた線も縁も、全て無くなり、また自分はたった一つの点になるのだろうか。

 

――それは、違う。

 

例えこの円から離れていこうと。

自分が歩いた足跡そのものが線となって、ずっと、ずっと、消えない縁。

 

それは自分の誇り。

きっとそれは驕りではないと思う。

 

それだけのものを積み重ねてきた。それだけのものを与えられた。

だから。

だから。

 

――この円の中に留まるだけじゃ、駄目だ。

そうも思えた。

自分は与えられてばかりだった。

あの円の中は、あの素敵な友達に招かれて手に入れたものだ。

 

今度は。

自分の手で。自分の足で。

線を引きたい。縁を作りたい。円を作りたい。

 

自分の知らない世界は何処までも無限に拡がっているはずだ。

この世界の素晴らしさはあの子たちに教えてもらった。

だから踏み出したい。

あの日。ボッチの世界から手を引かれて、新しい世界に足を踏み入れた。

だから。

今度は。

自分の足で。誰の手も借りず。一歩を踏み出したい。

そして――今度は自分が、手を引く側になるのだ。

 

大丈夫。今まで積み重ねてきた事を捨てる訳じゃない。

あの日々を糧に、新しい旅立ちを決めた。ただ、それだけだ。

 

 

「いいか!トヨネよ!」

「うん。衣ちゃん、どうしたのー?」

「ちゃんではない。衣は衣だ。――ではなく、衣を抱きかかえるのは止めろー!」

大学麻雀部部室内。

そこにはいつもの光景があった。

部室内の椅子に持参した座布団の上に座る姉帯豊音。そして――それに抱きかかえられ、膝の上に座らせられている天江衣の姿。

ぎゃいぎゃいと手の中にいる衣は抵抗するものの、心根の優しさゆえに本気の抵抗が出来ない。暴れて万が一手足を相手にぶつけてしまえば、と考えが及んでいるのだろう。

そして、抱きかかえている側の豊音と言えば、ぽやぽやとした雰囲気の中、褒められた子犬のようににへらと表情を崩して衣を抱きかかえていた。

「えー。折角だし一緒に対局を見ようよー。――あ、振り込んだ」

その視線の先には、大学チームメイトがこぞって対局をしている所だった。

場面は最終局面。無事新入生の振りこみにより試合が終了した。

「凄い凄い、衣ちゃん!衣ちゃんの言う通りになったー!」

「ふふん。衣の洞察眼を甘く見るでないぞ、トヨネ」

「どうして解ったの!?」

「ふふん。それ程に知りたいと言うのならば、説明しよう。あの時――」

 

姉帯豊音。

天江衣。

彼女等二人は進学先の大学麻雀部で出会い、――何だかんだで仲良くなっていた。

 

「――うむ。しかしそろそろ空腹になってきた。トヨネは、昼餉は何にする?」

「ん?私?私はねー。今日、学食でエビフライ定食が新しく出来たみたいだから、それを食べるつもりだよー」

「なに!エビフライだと!」

「そうなんだー。それにね、それにね、二尾ついてタルタルソースかけ放題なんだー!」

「二尾もついて、タルタルがかけ放題だと!――よしトヨネ。共に行くぞ」

「うん!一緒に食べよ!」

衣の提案に、満面の笑みで応える豊音。もうそれは餌を貰う前の大型犬と何も変わりはしない。

 

というのも、この両者は様々な要素が真逆故に非常に相性が良かった。

身体が大きいが、反面子犬の如き純粋さと人懐っこさを持っている豊音。

身体は小さいが、高いプライドとそれ故の優しさを持つ衣。

純粋故に偏見を持たず、その反面何かと騙されやすい豊音と、何だかんだで頼られるのが大好きな衣。

相性が悪い訳が無かった。

 

「よし、では行くぞトヨネ!」

「うん!」

そう返事をすると、豊音は抱きかかえていた衣の腰辺りを優しくつかみ、よいしょ、と一言。

そのまま立ち上がり、衣を持ち上げ、自分の首辺りまで持っていく。

衣はその動きに抵抗する事無く、豊音の首に跨る。

「さあ行こう!エビフライが我等を待っている!」

「うん、レッツ・ゴー!」

天江衣。

抱きかかえられるのは正直面白くないが――こと肩車だけは嫌いではなかった。むしろ心地よかった。

何故か?

単純な話だ。

高い所から見下ろすその視座から見える世界が、何とも自分の心を満たしてくれる風景だったからだ。

 

天江衣。姉帯豊音。

実に。実に。相性のいい二人でした。

 

 

売切御免。

「---------」

「---------」

涙目の二人が、その太文字で書かれた四文字の前に佇んでいた。

「-----ごめんねー、衣ちゃん。もう少し早く行くべきだったよー。うぅ-----」

「否。トヨネは何も悪くない。こういう事も、ままある。一陽来復。また、今度の機会を待つほかない------」

ずーん、と落ち込む二人は、上下ともに顔を下げた。

「-----取り敢えず、何かを食べようかー----」

「うむ」

豊音は腰を下ろし、衣を下ろす。

そしてそのまま食券を販売機に入れ、列の中に入っていった。

 

 

「――よし」

そんな失意に沈む二人がいるとも露知らず。

エビフライを手に入れた者がいた。

「いやー、ギリギリのギリだったな。せっかくだったらやっぱり限定品食べたいもんなー」

須賀京太郎。

現在彼は講義を終え、ひとっ走りで食堂に向かい、列を掻き分け、限定品を手に入れた。

それはまさしく戦場の如し。

なくなるかもしれぬ限定定食を手に入れんと、体育会系共の筋肉ゴリラ共の波を掻き分け掻き分け進んだ先。その果てにようやくラストのラストで掴んだ一品だった。

彼は別にエビフライをことさら食べたい訳ではなかった。

ただ限定という文字に踊らされ、試練に挑んだ馬鹿な男が一匹いるだけだ。

いや、むしろその先に試練があったからこそこのようにしたのかもしれない。

二尾のエビフライにたっぷりとタルタルソースをかけ、混み合う学食の席を探す。

「あ------」

盆を置き、椅子に腰かけんとしたその時――対面に座る女性二人を見た。

姉帯豊音、そして天江衣。共に麻雀部の先輩。

現在彼女等二人は野菜炒め定食とハンバーグ定食を前に沈み込んでいた。

「あの------先輩、何があったんですか」

「あ、須賀君---。こんにちわー」

「------」

豊音はいつもの笑顔でそう挨拶を返す。されど、いつもの爛漫さはすっかり影を潜めていた。

衣に関しては、もう挨拶する気力すらも無いといった様相であった。もう泥の中にでも沈んだかのような絶望と沈黙に伏していた。

「今日ねー。一緒にエビフライを食べようって話をしてたんだけどねー。もう、来た時に丁度無くなってたんだ―」

「------うむ」

ああ。そう言えば、天江先輩はエビフライ大好きだったなー。新入生歓迎会の時、周囲の先輩方がエビフライを山盛りにして彼女に差し出していたのを思い出した。

「----あ、須賀君は限定手に入ったんだね。よかったよー」

「そう、か。----気にせず、食すがよい。我等の分まで味わって食べてくれ-----」

いや、あの。

そんな沈み込んだ声で、そんな殊勝な事言わないでくれませんかね-----。

ここで食べる程、肝が据わってないんです-----。

 

「あの----。丁度二尾あるので、二人で食べて下さい------」

 

結局そう言う他なかった。

無理です。

この二人の視線を前に――飢えた子犬の視線を一身に受けながら、上手く飯を食べる精神状態を保つ方法を、自分は持っていない。

「いいのか!?」

「遠慮しなくていいんだよー?」

「いえ、俺は限定品だから何となく注文しただけですから!もう二人で食べて下さい!」

そう言う他なかった。

 

結局、彼女等の定食を半々にし、定食を譲った。そして譲ったら譲ったらで二尾共に衣に与えようとする豊音と折半でいいと言い張る衣のこれまた熱い譲り合いが生じていた。

 

本当、仲がいいなぁ。そう京太郎は思うのでした。




横浜の借金がこのGWに返済されることを祈念し、また令和の幕開けを記念し、新章を記しました。頼みます神様------。

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