雀士咲く   作:丸米

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何かこう、思いついたので。


須賀、マネージャーになる編
ポンコツVSマネージャー①


「いいですか、照さん。状況を再確認します。OK?」

「うん」

「今、貴方はロサンゼルスにいます。周囲のメリケン共は日本語が通じない連中ですし、通りを抜ければ貧民街だって存在します。女性を一人で歩かせるには危険が多い。ましてや、迷子になるなんて言語道断です」

コクコク、と眼前の女性は無表情のまま頷く。

「いいですか?照さん。貴女はプロなんです。これからナショナルチームを組んで国際大会に殴り込みをするんです。日本の麻雀ファンの期待を背負ってこれから戦わなくちゃいけないんです。その重さがどれほどか、俺には解りません。所詮、俺はマネージャー兼水先案内人ですから。―――けどね、流石の俺でも、その重さがね、本場アメリカのハーゲンダッツ店舗の誘惑に負けるくらい軽いものだと、思いたかないんですよ!」

二人は、現在ロサンゼルスの街角にあるアイスクリーム店にいた。

ハーゲンダッツ。日本では小売店舗のアイスクリーム売り場の端っこに物々しい威圧感を放ち存在する高級アイスを指すが、本場アメリカにおいてはそれを取り扱うアイスクリーム店舗が存在する。

その中に、二人はいた。ペロペロと舌先をアイスに這わせながら、泰然自若を貫く無表情な彼女は至極当然とばかりに言葉を紡ぐ。

「須賀君」

「はい」

「おいしい」

「は?」

「アメリカのお菓子は、糖度が高い。日本のお菓子もおいしいけれど、ここにはここのよさがある」

「みんな違って、みんないい、ですね。まあ、はい。言ってることは解りますが。それで------」

「それに、日本のコーンは基本的にオーソドックスなものかワッフルしかない。ここには色々な種類がある。シナモン、カシューナッツ、ココア、------バリエーションが本当に豊か。とてもおいしい」

「はい」

「-----食べる?」

「食べません。そして、照さん。―――貴女自分の状況が解っていますか?」

「……? アイスを食べている……」

「はい―――そしてです。貴女は現在迷子の真っ最中です」

一陣の風が、ロサンゼルスの街角を吹き抜けていった。

ナショナルチーム先鋒でかつエース。宮永照。

彼女は今、会場より十五キロ離れた場所で、現状も解らずアイスを食っていた。

------別に冷たいモノをカッ食らった訳でも無いのに、実に実に実に実に、頭が痛かった。

 

 

「須賀」

「はい」

「宮永照専属マネージャー三か条、復唱」

「はい。第一、移動の際は眼を離すな。第二、菓子の予備を忘れるな。第三、いなくなれば迅速に捜索。以上」

「よろしい。今回、彼女は女子ナショナルチームと帯同し海外へ赴く。彼女等には別に協会から派遣されたマネージャーが付く。よって、大会中、本来であるならばお前にはゆっくり羽根を伸ばしてもらう所だ-----彼女が、人並みのタレントであるのならばな」

「はい」

「------もう、後は解るな」

「はい。これより迅速にパスポートを用意し、ロスに事前に入っておきます。街中のスウィート店舗を見て回り、後はホテルで待機しておきます」

「旅費も出す。宿泊費も出す。手当も出す。―――代わりに、お前に休日の二文字はない、いいな?」

「リスク管理って奴も大変ですね」

「言うな馬鹿。さっさと行け」

 

 

麻雀の競技人口が億を超え、早幾星霜。アラウンド・サーティーがアーリー・サーティーへと移行する時代の最中、元清澄高校麻雀部部員須賀京太郎は大学卒業と共に芸能事務所へと入った。

特に、麻雀関係のタレントが多く集う芸能事務所へと。

彼は元々運動部員から麻雀部員へ移行した人間である。体育会系特有の根性も麻雀の知識も持っており、そして実にマメな男でもある。曲者揃いの雀士タレントをマネジメントする人材としてこれほど適した人間はいまい。それに―――あの大魔王を、高校時代に幾度となく捜索していた実績を買われ、早くもその姉のマネージャーとなったのであった。まる。

それからは、地獄の日々であった。

若くしてその才覚を開花させたあの美人雀士のスケジュール調整をしつつ、餌付けをしながら彼女をコントロールしつつ、彼女がいざ迷子になった瞬間、全ての仕事を放り投げて捜索せねばならない。これらのタスクを処理するに辺りどれだけの労力を割かねばならないのか。足りない頭をフル稼働させられ、彼は死んだように毎晩ベッドに沈んでいた。

そして、今日。国際大会開催前日。チーム合同での作戦会議を行わんとナショナルチームが会場へと乗り込んだ瞬間―――彼女の姿は、存在しなかった。

その瞬間に、須賀の携帯が鳴り響いた。

宮永がいない。捜索求む。

―――迷子癖があるから眼を離すなと言ってこれである。報道陣の前のはきはきとした様相からは信じられないポンコツぶりに、新規のマネージャーはみんな騙されるのだ。

須賀は、溜息を吐きながらホテルを出ていった。

 

 

「------迷子ではない」

「貴女の中で、迷子という言葉がどのように定義されているかは解りません。けれども、貴女の今の状況は間違いなく世間一般で言う所の迷子です。これから、自力で会場に行けますか?」

「馬鹿にするのはいけない。タクシーを呼べば済む話」

「----会場の名前は?」

「あ」

―――あ、じゃないよ。あ、じゃ------。

「いいですか、照さん。貴女の身に何かあったら、俺は死んでしまう」

「----須賀君。そんなに私の事を想ってくれてたの----?」

僅かに差し込む笑みの形が、最高に美しい。だが、それでいて最高極まりない勘違いでもある。ふざけんな。

「勿論、精神的ではなく物理的な意味でです。俺の首が飛びます」

「む。須賀君。そこは嘘でも精神的な意味だと言うべき」

「勿論、精神的な意味でも毎日死にかけていますよ。心配で心配で-----」

「何を心配しているの?」

「何故この文脈で解らないの!?」

とにもかくにも。

須賀京太郎は宮永照のマネージャーである。

 

これからあるちょっとしたお話は、すべからくポンコツの、ポンコツによる、ポンコツの為の、苦労話であり胃痛話である。

 

言うなれば、何処までもくだらない話だ。

 

 


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