ポケットモンスター虹 ~A Aloofness Defiers~   作:裏腹

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Episode.05 青空に翼広げて

『本日よりネイヴュ支部に配属となりました、リンカと申します! よろしくお願い致します!』

 

 ――屈託がなく、活気に溢れたその笑顔は『人材の墓場』と嘲弄される此処にはあまりに不似合いで。ひどく驚いたのを覚えている。

 

『あぁぁぁ間違えたああああ! ごめんなさい! ごめんなさい!』

 

 仕事もできず、犯人も平気で取り逃がす。あまつさえ簡単な雑用すら満足に出来ない。

 オブラートに包まず言ってしまえば、まさに役立たずだ。

 

『志望動機みたいなものは、ないんですけど……』

 

 だが、それによる左遷ではなく、自らここを希望して入ってきたというのだから、もっと驚いた。

 

『この無限に広がる青空を、ただ、守れたらいいなって』

『……青空?』

 

 大層おかしな人間なのだろうと考えていたら、本当におかしな人間だったな、と思い出す。

 

『苦しい時とか、辛い時とか、そういう時に空を見れば落ち着くんです』

『ふうん』

 

 町を取り囲む壁の上で、その整備をしていたある日に、聞いた言葉。

 

『同じように空が見えるどこかで、同じく苦しみと戦い続けている人がいるんだろうなって、思えるから。一人じゃないって、わかるから』

 

 あの時はまるで何を言っているのか理解できなくて、生返事で聞いていたけど。今ならば意味が、わかる。

 空を仰ぎ見て、名前も知らない鳥を追っていた当時の彼女の心情だって、一緒に。

 人が何よりも大切にしたいモノ。人が人で良かったと思える、最高の証。

 

 そっか――――何かを愛するというのは、こんな気持ちだったんだ。

 

 

「――刺し違えてでも!」

 

 それを知った彼女は。きっと。強い。

 殺すだけではない。守る。殺すことしか出来なかった自分が、実際に成せるかはわからないけれど。

 少なくとも、その身を捧げることは出来るだろう。

 

「何かを(いつく)しみ、尊んで守る……結構」

 

 いくら広い公園とはいえ、除雪をすっかり怠っているものだから、雪溜まりだらけ。

 

「素敵な事です。散り際に垂れる口舌もさぞ耳当たりの良いものになるし、晒す亡骸もきっと見目好いものへと昇華するに違いありません」

 

 置き去りにされた二人の行方は、時計台を除いて一体何が見守ってくれるのだろう。鳥ポケモンの止まる針が指すのは、騒動が起こったその時刻で。視認のたび、時さえ凍ってしまっている現状を思い知る。

「そうだ」そうさせた張本人はこの場に在る誰ともない誰かに自分の思い付きを聞かせてやらんと、ばっと手を広げて虚空を仰いだ。

 

「私が目の当たりにした絶命の光景を語り広め、『希望を守って逝った英雄アルマ』のご遺体をそこな時計の針に飾り付け、この地(ネイヴュ)のシンボルとして掲げる。さすればきっと、ラフエル英雄譚すら超える美談が完成するはずです」

「妄想が趣味だったんだね」

「ねえアルマ、いかがで」

 

「しょうか」。よりも先に飛んできた拳を、コジョンドに防いでもらうハリアー。

 アルマが果たして、彼女の言い切りを待つかどうか――その答えなど、これまでのやり取りを鑑みれば言うまでもなくて。

 尤もハリアーこそ、向き直る喜色満面を見るに、最後まで言葉を紡ぐ気満々だったようだが。

 

「自分が惨たらしく死んでいく妄想の方が、実現しやすいんじゃないかしら」

 

 一対五の目に見える劣勢に於いて、尚も彼女を奮い立てるのは、逆境を物ともしない精神か。叶えると誓い立てた願望か。

 

「決定的に論点が異なっています。私は貴女の終末の飾り方を提案している」

「くどい。私は刺し違えてでも倒すと言った」

「愚答……」

 

 事は僅かな意識の合間をぬって、動く。伸びたアルマの影法師から、幽霊よろしく突然にジュペッタが飛び出す。

 

「それこそ、妄想のおはなしでしょうて」

 

 少女は吃驚を隠し切れないまま、目を白黒させた。

 

「……!!」

「さあ、主がお留守ですよ」

 

 続けて雪を赤くさせた。

 一瞬で漆黒の爪(シャドークロー)に削がれた腹部の肉壁が、鮮血の花を咲かせる。

 かふ、と短く吐いた息の音を聞いて、ルカリオが『しんそく』でアルマの傍らへ。火急的に繋げる『アイアンテール』は速度に申し分はなかったけれど、生憎と空を虚しく切った。

 暗影に潜伏し、今度は程なくしてハリアーの影より浮き上がるジュペッタ。爪には手応えと共に赤色の体液が染みついているのがわかる。

 

「うふふ、惜しい。あと数センチ」

「く、う」

 

 そう、あと数センチで血どころか臓物をぶちまけていたところ。貰った本人がよく知っていて。

 皮膚を侵し、下着を越え、上着に滲んだ血液が最後に手袋を濡らし、灯された命の危険信号は、鉄の生々しい臭気を伴う。

 けして浅い傷ではないが、これですらましだと思えてしまうぐらいには、この女(ハリアー)の戦いは、ひたすらに“汚い”。

 ポケモンを用いながらに、『ポケモンバトル』という小奇麗な概念が存在しないし、闘争の結果に『誰かの死』以外を求めていない。

 剣を持って致すのは、いつでもどこでも殺し合い。どちらかが死ぬまで。動かなくなるその瞬間まで。

 そこに大義もなくば、願いもない。そもそんなものは戦いに懸けるものではない。敵が死ねば勝手に罷りが通る話。副産物。

 結局はどこまでも、空虚を欲して突き進んでいくだけ。

 

「なるべくならば、女性らしく胸から上は綺麗なままに。だから」

 

 だからこんなにも躊躇なく、執拗に。

 

「――脚にしましょう」

 

 命をガラクタ同然に扱える。

「ルカリオ!」

 最後の闘士はアルマの必死の発声に応えた。背後より伸びる“何か”をドーム状の波導バリアで防ぐと、今度はその障壁を掌へ凝縮、蒼白の球体に変えて攻撃方向へ打ち出す。

 鮮やかなまま踏んだプロセスが功を奏するのは明白。『はどうだん』が不意討ちのため潜んでいたカクレオンを迅速に捉えたのだ。

 

「……次!」

 

 ぱちぱちと明滅する視界でも。第二波はよく見えている。

 一旦の猛りが腕を回転させ、再度波導の防壁を展開するルカリオ。刹那、彼の眼前で暗黒のエネルギーが爆ぜた。

 さらに続く猛攻が、一つ、二つとバリアとの衝突で弾け飛ぶ。

 

「諸行無常と冠履転倒は表裏一体……人間と云いますものは、特に」

「あなた如きに値踏みされたところで、何の感慨もわかないんだけれど」

 

 苛烈に交わされる攻めと守りの応酬。光と音とが、渦巻く奔流をすり抜けて。

 

「やはりあの日か、或いは新天地か……どこで(たが)えたか」

 

 絶え間なく続くスパーク。もう暫くは、止みそうにない。

 

「徒に早々と命を擲つような、そんな子ではなかったのに」

 

 ハリアーが言うように、物事は不変ではない。そして伴う価値も同様に。

 数瞬だけ歯を食い縛った。いくら堅牢な盾と謳ったところで、延々と防戦一方を続ければ、壊れるのも必定。バリアとしての価値が損なわれるのも、当たり前。

 

「何が貴女を欠けさせたのでしょう。誰が貴女を滅びの道へと(いざな)ったのでしょう」

 

 広がる青と轟音に亀裂が入るにつれ、ルカリオの面持ちも険しくなる。

 

「嗚呼、痛ましい。狂おしい。嘆かわしい。恨めしい。愚かしい。虚しい、哀しい、苦々しい」

「ルカリオ……――」

「そして、忌々しい」

 

 ピシリ。とうとう虫食いのように空いた穴が、攻撃の一端を招いてしまう。

 それはアルマとルカリオの間に落ちて、小さく爆ぜた。

 

「こんな貴女を滅ぼすしかない世界が、ひどく、ひどく」

 

 びりびりと傷口に染みる風が、引き出る痛みが、確かな終わりを呼び寄せる。

 自らの選択だが。いざ身近に迫ってみれば、死という概念は自分にとって思いのほか大きくて。もっともっと前に、背負い込んだつもりだったのに。

 死んでも殺してやると。この身朽ちようが、世界の歪みを焼き払ってやると。

 ――思っていたのに。

 

「だからせめて、(きた)る終末を飾り付けましょう」

 

 今はどうだ。

 こんなにも死ぬのが嫌だ。

 

「ありったけの備えをして。ありったけの趣向を凝らして。燦爛たる破滅を以て、誇り高き肉塊になりますよう」

 

 誰かを愛してしまったからだろう。

 この世界が捨てたものじゃないと、気づいてしまったからだろう。

 空の青さに、惹かれてしまったからだろう。

 

「愚か、か」

 

 開口するアルマ。しかし吐かれるのは、悔恨ではない。

 

「……あなたには、一生わからないだろうね」

 

 仮に悔恨であっても、おかしくはないが。不思議と、やり直したいと思わない。

 

「自分の命をかけてでも、残したいものなんて」

 

 己の決断を悔いる感情が沸かない。

 

「自分の命よりも、大切な人なんて」

 

 それどころか――――力すら湧いてくる始末だ。

 

「……これは?」

 

 遠目で何かを認識するハリアー。よりも少し早くに異変に気付いたコジョンドが、即座にハリアーの隣まで跳び退く。

 そこで漸く明瞭になった防壁越しの全貌に、悪魔は珍しく眉をぴくりと動かした。

 

「凄く、変な話なんだけどね」

 

 あと一歩で破壊できそうな程に穴ぼこになった波導バリアから覗くのは――剣の形をした、オーラ。

 ルカリオの周囲をぐるぐると回っているようだった。

 

「この技は、『つるぎのまい』?」

「私はその人のことを考えると……、どんな絶望が目の前に来ても、立っていられるんだ」

「……いつの間に」

「この体がぐちゃぐちゃに吹き飛んで、心の在処すら世界から無くなって、本当に消えてしまうことになっても――力が湧いてくるんだ」

 

 つるぎのまい。猛々しく力強い舞を踊ることで、攻撃力を“ぐーんと”上げる技だ。

 この“ぐーんと”が、どれほどの度合いかは筆舌に尽くし難いものだが……どのみち、さしたる脅威ではない。

 というのも、『攻撃がいくら上がろうと、この一対多を覆せるまでには至らないだろう』と、考えるから。

 

「今更、ですね」

 

 よって攻勢を今一度構築せんとするハリアーの判断は、正しい。少なくとも常識に当てはめれば、そうだろう。

 

「各自、攻撃をさいか――」

 

 あくまでも、常識ならば。

 刹那、我が身に掛かった影。

 ハリアーがそれに気付くと同時、衝撃が辺り一面に駆け抜けた。

「なんと」。控えめな驚きを見せる眼前にて、置かれた光景――ハリアーに踵を落とすルカリオに、その攻撃を防ぐコジョンド。

 この地響きは、形勢逆転と言わんばかりの様相が、生み出したものであった。

 

「……何故でしょう。この距離を一瞬で詰めるだけの速度」

 

 がら空きになったアルマの傍らを瞥見し、は、とする。発話の中断は、数分前の記憶の再生を行うため。

 ――常識外れの速度を以て攻撃する技『しんそく』を使うルカリオを、思い出すため。

 

「まさか」

 

 しかし、時すでに遅し。攻撃が飛躍的に上がったルカリオは、想定を遥かに上回る速度でコジョンドを雪原に叩き伏せる。

 

「……!」

 

 のを確認した次の瞬間には、カクレオンが次なる壁となっていて。震える躰が先約同様に倒れるのは、何も遠い未来の話ではない。

 腹のダメージで屈むアルマを再び見やった。前髪により瞳こそ隠れているが、にやり覗かせる歯は彼女の言外を如実に伝える。

 お前が教えたんだ。お前のやり方だ。お前の常套手段だ。

 

「私には一つだけ。あの頃のまま、何一つ変わっていないものがある」

 

 そう言わんばかりの、トレーナーへの集中攻撃。アルマが取った手はこれだった。

 

「自分が望む事のためなら、何だって出来るところだ」

 

 勝機なんてない。でもここに残ったのは正気で。そうであることを証明する、たった一つのやり方で。

 長期戦になれば消耗で敗北する。真っ向勝負では当然押し負ける。だから凄まじい手数と、無視できぬ攻撃力を押し付けて短期決戦に持ち込む。

 今にも鋼鉄の拳に押し殺されそうなカクレオンの両腕は、悲痛な叫びを上げていた。

 

「サザンドラ!」

 

 命令、邪魔立て。サザンドラが空気を押し退けると、ルカリオをハリアーの目前から攫っていく。

 尋常ではない勢いで組み付いたせいかおかげか、黒竜は両手の歯で闘士の両腕を噛み潰すことに成功。そしてそのまま積雪へと突っ込んだ。

 直後に巻き起こる衝撃と、純白の粉塵。

 

「片づけなさい、早急に」

 

 中でも声は掻き消えず。

 強引な状況打開に次ぐ人差し指の矛先は、依然アルマに変わりない。

 俊敏な足取りが、無防備たる標的へ容赦なくグロウパンチを運び込む――。

 

「ゴバアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 叶わない。

 真白い壁を突き破る物体が。

 宙空をあてもなく転げる何かが。

 今にも拳を及ばせようとしていたカクレオンに激突した。

 

「……何故……?」

 

 横たわるサザンドラとカクレオン。

 

「両腕は潰したはず、どうやって??」

 

 晴れた視界の向こうで、ルカリオが立っている。

 

「……変、だなあ――」

 

 足から煙を吹いたまま、佇んでいる。

 

「自分にどんな結末が待っていても、受け容れられる気がするんだ」

 

 瞳を爛々と輝かせながら、聳えている。

 ハリアーは、心底理解できないまま、震えた。

 いつもは誰かを震えさせる側の彼女が、臆してしまった。

 少女の今までを知る、いや、今までしか知らない彼女には、想像すら付かなかったその表情に。

 図らずも畏れてしまった。

 

「……ジュペッタ! アルマへ『シャドーボール』!」

 

 意識、無意識は定かじゃない。

 ただ鋭い光を内包したまま、唯一つだけを希求するその純粋な瞳を、あろうことか“恐い”と思ってしまった。

 

「何があっても――――こわくないや」

 

 それだけで、十分だ。

 

「――『しんそく』」

 

 アルマの声の木霊を皮切りに。

 消える。

 現れる。

 蹴飛ばす。

 闇の球体を切り裂くと同時、“蒼の閃光”は音を置き去りに前進した。

 

「っ!」

 

 来る。思った頃には肉迫。

 しかし寸前でシャドーボールの迎撃が通り、どうにか一撃を未然に防ぐ。

 だがどうだ。また消えた。その後に出来ることなぞ、

 

「連打です、近付けないで!」

 

 乱雑と出鱈目を一緒くたにした拡散攻撃だけで。

 されど空しか穿たぬのは、言わずもがな。

 なんと奇々怪々な様相だろう。

 虚ろが、

 無だけが、

 足跡(そくせき)を残して駆けていくのだから。

 視界に捉えても一秒足らずで消失。次に現れても必ず後攻。思考が追い付かない。

 いつでも認識できるのは、空間の残滓だけ。

 

「馬鹿な、速すぎる……!」

 

 跳び蹴り。次は背後から。

 ジュペッタが主以上の反応で対応。シャドークローでいなし、即座に弾き飛ばす。

 ジュアア、と猛りながら逞しい乱舞を見せる。が、それは本人から見える話。

 右、左、上下回転後ろ跳び。

 何度振り被れど。幾度振り下ろせど。

 まるで当たらない。

 

「これではまるで――!」

 

 瞬間移動だ。

 続きの独白が唱えられる時。

 それは子供のお遊戯が終わる時。

 回り込んだ鋼の尻尾、その圧倒的な一発に、ジュペッタは為す術なくノックアウトされた。

 

「ルカリオ!!」

「『バリアー』、重ね掛けなさい!!」

 

 薄桃の四角い障壁は、いつしか最後の一体になっていたオーベムが展開するものだ。

 燐光を伴い、己と主を睨みつける闘士との間に幾重にも繰り出し、隔たらせる。

 矢継ぎ早に形作られていく城壁じみたエネルギーが七枚になる辺りで、再び襲い来る蹴り足。

 ばちばちと迸る電流が、全てを手当たり次第に焼いても。この獣は、止まらない。

 両腕が使えないハンデとか。一対多の劣勢だとか。そんな次元とは程遠い場所にいるから。倒れない。

 

「ぐっ……! うう!」

「グルォオオ……!!」

 

 振り向かない。

 

「――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 引き下がらない。

 

「……いっ、けえええええええええええええええええええええええ!!!!」

 

『インファイト』による力一杯の蹴り上げで、一枚目が破られた。

 

「つっ!」

 

 壁はパリン、という音に次いで、二枚、三枚と破壊されていく。

 四枚目、右の回し蹴り。

 五枚目、左の後ろ回し蹴り。

 六枚目、噛みつき喰い破り。

 そして、七枚目(さいご)――。

 

「『とびひざげり』だああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 ルカリオの最大火力の技で、ついに活路は開かれた。

 あまつさえつるぎのまいで強化された上での威力を、防げる道理はない。

 

「……――!!」

「はあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 エネルギーの破片で傷付いた後で、向き直った世界にあるのは。

 自分を仕留めんとする、あの日の仔兎の瞳だった。

 

 ドォン。

 

 これが、最後に聞こえた音だった。

 

「…………」

 

 舞い散る白雪に飲み込まれて、暫しの静寂が訪れる。

 髪を揺すって、戦場を包み込む柔らかな衝撃は、アルマの屈みっぱなしの姿勢を、さらに低くした。

 視界が不自由ではあるが。勝利の確信はあった。

 ずっとその気だった訳ではない。寧ろ僥倖である、と言った方が自然であった。

 さりとて掴んだ勝ちに。理想としていた過去との因縁との決着に。少女は喜ぶ。

 享受に足る過程があったからだ。

 

 

「嗚呼。死んでしまうところでした」

 

 

 ――それだけに、続いた風景を見て、呆然とするのだが。

 

「……へ……?」

 

 開けた後の視界で真っ先に健在を示したのは、一番あり得ないと踏んでいた存在で。

「そう、驚いた顔をしないで下さい」これでも危なかったのですから。付け足した。

 世辞か否かなど、どうでもいい。問題は、

 

「ゲームはいつでも、公正に。切り札だって公平に」

 

 何故神剣の加護を受けたルカリオの一発が――虫の息のぬいぐるみ風情に、止められているんだ。というところ。

 綺麗にひん曲げられた口が、答えを教えることはない。

 その前に仔兎も気付いたためだ。

 少し目を凝らせばわかる。

 ジュペッタの皮が破れ、中から赤色の“本体”が露出していることぐらい。

 

「とどのつまり……私にも隠し持っている手はあった、というお話です」

 

 有り体に言えば、姿が変わっている。

 アルマは、目を丸くしたまま、真っ赤な手で雪を握り締めた。

 なまじ察しが良く、頭の回転が早いばかりに。そこから連想される事実も、理解してしまったから。

 

「この地方では聞き慣れないかもしれません。が、『メガシンカ』というものはご存知でしょうか?」

「……なんで、あなたが」

「さあ、何故でしょう。私自身も神というものが在るのならば、訊ねたいぐらいです」

 

 右腕のブレスレットにはめ込まれた虹色の石が、発光の余韻を残す。それで照らし出される笑みは『絆を深めねば使えない力』を持つ者とは思えないほど、醜く、酷いもので。

 

「ねえ、ジュペッタ」

 

 非攻撃技をタイムラグ無しに放てる特性“いたずらごころ”を使い、ギリギリのタイミングで『おにび』をぶつけ、ルカリオを火傷させた。

 そうやって落ちた攻撃力から出る蹴りを、メガシンカによって上がった防御力を以て受け止めた。

 これが、現在起こっている事の、真相。

 

「さてさて」

 

 種明かしが終わったところで、ハリアーの挙手に従うメガジュペッタが、ルカリオを拘束したまま暗黒のエネルギーを溜め始めた。

 必死に抵抗する闘士だが、火傷で、これまでの勢いを完全に失っていて。

 上げる鳴き声は苦悶でなく、俯くアルマに「逃げろ」と言っているようだった。

 その様子を尻目に、問い掛けるハリアー。

 

「何か、言い残すことはありますか?」

 

 あるわけないと、即答できる。

「なんで」と問うても、「嫌だ」と鳴いても。

 世界はいつでも変わらなかったし、いつでも自分を殺した。

 そんな中で喚くことなど無意味だと、とうの昔に知ってしまっている。

 

「……か」

「もう少し、大きな声で言いましょう。挨拶と同じですよ」

 

 今だって。

 だがそれでも、声を上げたくなってしまう時は、どうしてもあってしまう。

 どうしようもないことでも、どうしようもないと嘆いてしまう。

 だが皮肉かな、それが何より誰より、備わる人間らしさで。

 

「……ーか」

「申し訳ありません。あまり、死骸には時間を割けないのです」

 

 そしてその人間らしさは。時として、いかなる幸福よりも心地よさをくれる。

 

「だから、」

 

 諦めかけたものをもう一回、手元まで引き寄せてくれる。

 

「……ばーか」

 

 パンッ。

 

 一度の銃声が鳴り響くと、悪魔の肩に、風穴が空いた。

 大事なものを追いかけられないように。

 願わくは、誰かが捕らえるように。

 次に繋がりますように――そう願って、最後に指を操った。

 

 

「――聞き入れました」

 

 

 アルマとルカリオは、一帯をまるごと覆う黒の球体に飲み込まれた。

 

 手放したはずの明日に、全部を託して。


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