ポケットモンスター虹 ~A Aloofness Defiers~   作:裏腹

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Episode.02 討つべきもの

「では――事件発生から一八時間が経過した現時点で、情報共有も兼ねた状況説明を開始します。各自メモのご用意をお願いします」

 

 日が落ちて、森羅万象を照らす明かりが自然のものから人工のものに成り代わる時間。されどネイヴュ支部のてんてこ舞いは、収まることを知らないまま、未だ続いていた。

 庁舎五階、会議室。黒も白も入り混じるその場所に楕円状の卓は置かれ、事の整理が行われていた。

 

「今から約一八時間前、一時三一分に、ホシは見回りに来た看守を格子越しに捕縛。首を絞めて気絶させ、鍵を奪って脱獄したと思われます」

「ちょっと待て」

「なんでしょうか、ギーセ警視」

「いくら牢の中とはいえ、それはイズロードのやつを自由にさせていたという事か?」

「それはねーよ」

 

 出鼻をくじくギーセの出鼻をさらにくじく男。看守長レイドは足を組み合わせながら、口を開いた。

 

「俺達も丁寧に梱包しといたんだ。目をフルフェイスマスクで隠して、脚をベルトで束ねて、腕を何重もの鎖でぐるぐる巻きにして――その辺の運送屋もびっくりしちまうぐれえにな」

「ならば、何故」

「それがわかりゃ、こんなことにはなってねえってな」

 

「そういえば」。

 ギーセ、ソヨゴと同じ応援部隊の隊員、アストン・ハーレィも、二人のやりとりに混じる。

 

「監視カメラの記録映像によれば、脱走の手引きをした侵入者がいると聞きましたが、その人が何かした可能性はないんですか?」

「なくもない」

「断言できない、と?」

「クソッタレなことに、そいつが侵入した時点でカメラもほとんどがパーになってる。確信に至る映像は残ってねえ。どういう仕掛けを使ったかは知らねえが……」

 

 いずれにせよ、只者ではない。それが全員の、共通認識だった。

 

「それから暫くは所内を荒らして回り他の囚人達も解放、発生から一二分後の一時四三分に、刑務所より逃走しています」

「なるほどな。住民は?」

「その二分後に第一級非常事態として、市内全域で避難勧告を発令しています。又、緊急配備も同時に行い、現在は各所の指定緊急避難施設に集められています」

 

 死傷者を出すのは決して許されることではないが――百数十という犯罪者に対し、被害者を二〇と少しという数で抑えられたのは、支部にしてみれば不幸中の幸いだったのかもしれない。

 そこからの説明はトントン拍子。

 事件発生から一二時間後に応援部隊が到着したこと。加えて四時間後に、イズロードとその共謀者を除いた犯罪者が街から一掃されたこと。それらを経てもなお、イズロードが姿を現さないこと。今に至るまでの全ての情報が開示された。

 

「未だ捜索を続けて尚、見つからない、か」

「事件発生からゲートはずっと締め切ったままだし、壁上に数人の見張りを付けておいても、出入りした痕跡はなかった」

「間違いなく、まだ市内にはいる、ってことだね……」

「かくれんぼが好きなんだろうな……大方」

 

 普段ならば「時間の問題」で片づけられるはずではある。

 それが叶わないのは、きっとあの男が一人でも数千、数万の命を地獄に落としかねないような危険人物だからだろう。PGにとって、犯罪組織――『バラル団』というものは、それほどまでに大きな存在になっていた。

 重々しい空気が流れかけたその時、場の全員の耳にガラス玉のように透き通った女声が通る。

 

「お忙しいところ失礼します、門番のリンカです!」

 

 言葉を追いかけるように現れた女性は、此処の厳格な雰囲気には不似合いと感じるほどに小柄で、細身で、寧ろ女性というよりは、少女と呼んだ方がしっくりくるような――、そんな人物だった。

 さりとてここにいる必要も、権利もある。着込んだ白服がそう示している。

 

「なんだ」

「えっと、あの『チョロネコ急便』の方が、お見えでして」

 

 しかし年相応か、リンカの言動はなんともそそっかしく、たどたどしい。

 

「今封鎖状態でどこの誰だろうが入れられねえって言ったろうが。んでお前、トランシーバーどこやった」

「えっ! あ、それは、えと、あの」

 

 レイドの生来の口の悪さに気圧され、さらに言葉を詰まらせるリンカ。頬には冷や汗が伝っている。

 そんな彼女に助け舟を出すように、もう一人の女性隊員が横から姿を見せた。

 

「電波が悪く、携帯電話、トランシーバー共に通じない状況でしたので、口頭伝達せざるを得ませんでした」

「あ、アルマ先輩……!」

 

 外に柔く跳ねさせた髪が特徴的な、リンカより年も背丈も階級も上の少女、アルマだ。

 

「そして先方は『お前らはいつもそうだ。大量に運ばせるくせにいちいち中入る前に荷物確認させやがって。この間の六一個を一時間がかりで調べられたことは忘れてないぞ。でもって今度は門前払いか。ふざけてるのか』と、大変な怒りを見せています。本来の責任者である人物の口利きがなくば、引き下がってはいただけないかと」

「ちっ、めんどくせえな」

 

「じゃあ、僕が行かなきゃだね」。

 そんな臆さぬ提案に快く乗ったのは、日常的に門番としてゲートで人の出入りを管理しており、同時にネイヴュのジムリーダーも務める壮年の隊員――ユキナリ特務だった。

 彼は本来、PGではなくジムリーダーとしての職務が優先ではあるのだが、この非常事態に於いては全く別の話で。この騒動を収める戦力の頭数の一つとして、カウントされている。

 

「というわけで、ちょっと席外します。すぐ戻ると思うけどね」

 

 茶目っ気出して陽気に手をひらひらと振って、アルマとリンカに連れられて退室するユキナリ。

 両手に花だね、などとおどける様子は、悪ふざけを通り越して、ベテランの余裕すら感じられた。

 流れを切る「何故だろうな」とは、ソヨゴの言。

 

「私もああいう場面でああいう事を言っても、あんなに様にならんぞ。これが経験の差か」

「さあ、どうだろう」

 

 アストンはふふ、と笑って、それを数刻挟んで拾い上げる。

 

「少なくとも――来て早々、いい加減な連絡と粗末な人質救出で始末書かかされてる内は、ああはなれないんじゃないかなあ」

「…………」

 

 返った言葉が鋭く胸に突き刺さったのは、彼だけの秘密。

 

 

       ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 バンッ。

 事件発生から二十時間。庁舎地下一階の射撃訓練場で、その音は鳴った。

 

「……ちょっとずれたか」

 

 ゴーグルにイヤーマフという出で立ちで拳銃を構えたまま、アルマは一人呟いた。

 まばたきで今一度視界をリセットしてから、一五メートル先の的に向ける銃口。

 肩を、腕を、手首をそれぞれ微かに動かして、銃身の位置をデリケートに調整する。そしてそれが終わると、

 

『バンッ』

 

 また放つ。次に穴が開いた箇所は、頭の真ん中。

 

「ビンゴ!」

 

 人がしめやかに呟こうとしたものを――はあ。アルマはモノローグでもため息を吐いて、背後に呆れ顔を見せる。ゴーグルを外した先にいる人間は、何の予想も裏切らない。

 

「リンカ」

「はい! ちゃんと見てましたよ、綺麗にド真ん中! 犯罪者もこれでイチコロですね!」

 

 イヤーマフを取れば、忽ちやかましい拍手が出迎える。

「そうじゃなくて」

 一から十まで言わなきゃいけない彼女とのコミュニケーションに、時折辟易とする。今なんて、まさに。

 まだ入って一年にも満たぬ新人で、自分がその教育係を一任されているから、仕方ないと云えば、そうなのだが。

 

「あなた、この後交代でイズロードの捜索に入るんでしょ。少しは体を休めなよ」

「大丈夫です、元気ですから! ほら、この通り! まだ若いので!」

「そういう話じゃないし。私だって若いし」

 

 何一つあてにならないシャドーボクシングに、はあ、とため息を吐いて、つっけんどんに、無愛想に。これがいつも通り。

 割と冷ややかだな、という自覚はある。

 でも自分に弟妹などいなかったし、人に何かを教えたことだってないし。慣れもなければ調子も狂う。だから下手に振る舞いを考える余裕も、彼女にはなく。

 

「あのね。太陽が昇っている時と違うんだよ。防寒着しようが寒いし、寒ければ体力だって奪われる」

「うう」

「そんな時に犯人見つけて『逃がしました』なんて、通用しないよ?」

「ううぐう」

 

 ばつが悪そうに俯き唸るのも構わないで、さらに付け加える。

 

「わかったら」

「――れないんです」

 

 のを、リンカは遮った。頭上に浮かべるクエスチョンマーク。

 

「じっとして、られないんです」

 

 それは、いつの間にかエクスクラメーションマークに変わる。

 いくら、自分がいつも通りでも。周りもそうだなんて、一体誰が言えるのだろう。

 アルマは、『いつも』と違うリンカの笑顔を見て、その苦しく引き攣った表情を確認して、それに気付いた。

 

「どうしちゃったんだろ、あたし」

 

 開口は彼女の方が早くても、先に喋るのは、リンカで。

 するする、と壁に背中を這わせて、気弱に座り込んだ。

 

「……こんなことが起こって、沢山の人がひどい目に遭って、みんなおうちにも帰れないで」

 

「あったかいごはんも、食べられないで」

 冷静に考えてみれば。

 

「そんな人たちを助けるために、先輩方は全力で戦って、全力で走り回って」

 

 こうなる方が、ひょっとしたら、普通なのかも。

 

「それなのに、あたしは」

 

 アルマは、そう考える。

 

「あたしだけは、なんだか、何もできてない気がして」

「…………」

「悔しいっていうか、悲しいっていうか――『いやだなあ』って、思って」

 

 いつもいつも、いつも通りでいられない。

 精一杯に。そのくせ伝わりにくい言い回しで。なのに一丁前に。自分の心境を吐露する。

 周囲から散々「元気だけが取り柄」と云われ続け、ムードメーカーとされてきた彼女は、そこにいなかった。

 凡そ一〇歳が噛み締めるようなことではないといえば、そうだろう。そうでしかないだろう。

 しかし、彼女はそれほどまでに、この世界というものにひたむきなのだ。

 人の善意に魅せられて。人の優しさが作り出す力に救われて。地元を飛び出し、ここへ来た。理想を求めるために、白服(これ)を着た。

 だから、余計に――何もできない現状に、憂いを募らせる。

 

「……えへへ、ごめんなさい。弱音吐いちゃって」

 

 理解できないことはない。けど。

 

「――疲れてるんだよ、きっと」

 

 アルマはそれを、真正面から受け止めることはなかった。

 

「色々なことが、一気に起こりすぎたから」

 

 もっと言うべきことがあったと、知っていても。

 もっと違う言葉を求めていたと、知っていても。

 

「そういうことも、考えちゃうんだと思う」

 

 仮にこれが、自分を信頼して向けてくれた彼女の本音だとしても。

 そしてそれが、もうこの先、自分が聞けないものだったとしても。

 背中で聞いた。背中で喋った。

 

「やっぱり、休んだ方がいい」

 

 ――――「ほら、いつも通り」って、言った。

 

「そう、ですね。お気遣い、ありがとうございます!」

 

 何か言いたげだったけど。何か聞こえてきそうだったけど。全部知らなかったことにしよう。

 遠ざかる足音を聞いて、安心したような。申し訳ないような。

 そんな出来るかもわからない複雑な表情を押し殺し、自分ですら凍ってしまう自分の酷さを持て余して、手中に間に合わせの視線を向けた。

 

「……やな奴だなあ」

 

 わかっていても、やっぱり、自分は。

 自嘲気味の呟きは、いつしか銃身をすっかり冷ましていた。

 

 

       ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

『こちら第七捜さ……ん、D区ろ……ち……らE…………がイズ……はいぜ……見……ず』

「……繋がりませんな」

「ああ、繋がらないね」

「いつも、こんな具合なのですかな? ユキナリ特務」

「とんでもない。むしろこの状態がイレギュラーすぎて、僕らとしても戸惑ってるところだよ。機械系統はすべてそっちと同規格のはずなんだけど……」

 

 ほとほと困る。トランシーバーから聞こえる捜索隊のノイジーな報告を聞きながら、ユキナリがぼやいた。

 事件発生から、二二時間。

 ネイヴュの降雪は、未だ弱まりそうにない。暗んだ空で輝くはずの月すらも覆い隠す長大な雪雲が、この街を闇色に落とし込む。

 おまけに通信機も不調ときているものだから、どうしても不吉な予兆を感じずにはいられない。

 願わくは、このまま穏やかに――その願いは、おそらく今の誰もが持つ共通のもの。

 

「通信機はご機嫌斜めで、雪と宵闇で視界も最悪……捜索隊には頭が下がりますなァ」

「発見連絡が来れば、今度は確保隊(ぼくら)が頭を下げてもらえるよ、きっと」

「同時に親戚や知人一同から、手を合わせられるようなことがなければ、良いのですが」

「気を付けたいよね、お互いに」

 

「ソヨゴ! 貴様!」無礼極まる冗談にギーセがまた怒り、アストンはただただネイヴュの者に頭を下げる。

 

「いいっていいって、こっちの人たちはみんな真面目だからね、これぐらいの人がいた方が楽しい」

 

 趣味の悪い冗談も、ベテランにかかれば笑い種だ。

 

「人と人とが打ち解けるには、冗談は外せぬ要素たりえます。警視殿もいかがか?」

「もう、黙っててください」

 

 言葉でソヨゴの口を閉ざすアストン。

 ――本部の精鋭部隊がネイヴュに到着して、早十時間。イズロード確保の任務遂行をより盤石なものとするため、白服と黒服は共同戦線を張り、伴って部隊も特別に白黒混合で再編成された。

 複数の捜索隊と、少数精鋭の確保隊の大別。これほどまでに完璧な案は、到底付け焼刃などと思えず、支部長が通達を出してまでレイドを総指揮に指名する理由が、わかるというもので。

 拠点たる庁舎内の対策室は険しい空気が流れながらも、食事をする者、談笑する者が幾人か出てきており、本部と支部の垣根の撤廃を思わせてくれる。

 

「…………」

「混ざらないのかい? いい人たちだよ」

「……ユキナリ特務」

「って言っても、お互いの年代的に話は合い辛いか、はは」

 

 そんな中でも無言のまま、隅っこの壁へ背を預けるアルマに歩み寄り、声をかけた。

 当の本人は相も変わらず無愛想を極めており、彼の声掛けであろうが、そのすげない面持ちに変化はない。

 

「今は任務中なので、私語は」

「の割には、心ここにあらずって感じだけど」

「…………」

 

 彼が(ほぞ)を向けるのは、彼女がこまめに視線をやっていた方で。

 

「ちょくちょく窓の外に目をやっている」

「気のせい、かと」

「確か今時間は、リンカの班が捜索に出ていたね」

 

 ぴくり、と眉を動かすと、ユキナリは彼女の憤慨を危惧し「おっと、すまん」と謝った。

 一方のアルマはそういった意図はなく、ただの無意識ではあったのだが。

 

「やっぱり、心配なんだね」

「それは……、人並みには」

 

 余計な尾ひれと()ひれ。リンカの事で口を開けば、必ずついてくる。

 

「ま、余計なお世話かもだけど――たまには、正直になってあげてな」

 

 それを知るからこそ、彼も余計に。余計なものに、余計なものを。

 

「あいつもあいつなりに、きっと君に抱いてるものは、あるはずだから」

 

 捨てるほど乱暴ではないが、ぽんとそう放って、ユキナリは彼女の横から消えた。

 

「――それが出来れば、最初からこんなことにはなっていません」

 

 その際、覗かせた『彼女の』言の葉が聞こえていたかどうかは、定かではない。

 

 

 

「まだなのか!?」

 

 あれから、さらに一時間。途中報告はあっても、「イズロードを見つけた」という一番聞きたい知らせは、未だにない。そんな状況に痺れを切らしたギーセが、思わず声を荒らげた。

 

「どうどう、落ち着いてくださいよ、ギーセ警視」

「ユキナリ特務! そうは言うがな、逃がした魚が魚だ……居るのも、立っているのも、限界がある!」

「あなたがかつて壮絶な死闘の末、ヤツを捕らえたのはわかります。そしてこうやって逃げ出した今、再び自分が捕らえるのだと、意気込んでいるのもわかる」

「私も、私も捜索隊に……ッ」

「今だからこそ、ゆっくり待たないといけない。相手がいくら小規模とはいえ、現に街一つ沈めかねない大事件を引き起こしている。それほどまでに飛躍した発想力と行動力を、相手は持っている。だから」

 

『皆まで言うな』伏した目は、その合図だろう。

 いつどこで何が起こって、どんな形で足元を掬われるかわからない。

 予断は許されないが、油断とて同じ。到底許されるものではなく。頭でわかっているが、というやつだ。

 やり場がないまま鬱屈した気分を、噛み殺す。

 

「こっちはうん百単位で、あっちはたったの二人……なのに、これだけやっても影も形も掴めないとなれば、多少は苛立ちもするよね」

 

 アストンは独り言で同調を示した後、隣の席でPCと睨めっこするソヨゴに気付いた。

 どうせろくなことをしていないんだろう、なんて思いはしたが、されど問う。

 

「少し、資料を覗かせてもらっておりまして」

「さっきの会議に、配布物はなかったですよね……?」

「ええ、ゆえに、個人的に」

 

 小首を傾げたアストンの目に飛び込んだのは、何かのリストだった。

 

「ヘイスル……出。職業、製造業。理由、外出。フラース、入。トレーナー……理由、ジムへの挑戦。屋台マサラヌマラサダ、入……理由、商品販売」

壁の門(ゲート)の出入り記録です」

「なんで、そんなものを……」

 

 人の行動――たとえば市の内外の移動一つであっても、厳重に管理されるのがネイヴュの掟。存在そのものが牢獄として機能する街ならではのものだ。

 何よりも自分が不自然な行動を取りつつも「不自然だ」と断言するソヨゴ。

 

「聞けば、連中は公共施設ばかりか、店にすら立ち寄っていないそうではありませんか。市内には、PG(われわれ)以外の者がいないというのに」

「それは……、発見のリスクを恐れているんじゃないの?」

「だとしても、だ。いくら囚人服にコートを羽織った出で立ちであったとしても――『これだけの豪雪を』『空腹のまま』『たった二人で』長時間凌げるとは、思えんのですよ」

「何が言いたい?」

 

 ギーセが直後にハッとして、火急的に言い直した。

 

「まさか、協力者がいるとでも言うのか!?」

「あり得ない話ではないはずだ」

「そんな、馬鹿なこと」

「『三人集まればメタグロスの知恵』という。たとえ一人の力が弱くても、それがいくつも集まれば、出来ることだって増えていく」

「もう冗談はよせ! いい加減にし」

「『たまたま』支部長と看守長がいない時に」

 

 言葉一つが、空気を大きく裂いた。

 

「『たまたま』協力者が刑務所に訪れ。その時『たまたま』牢の中で拘束を解いていたイズロードが逃げ出して。『たまたま』電波が悪く我々の連携も心許ない中で、その姿を眩ませることが出来ている」

「……!」

「不自然なまでに、出来すぎとは思いませんか」

 

 瞬間、一気にざわつく対策室内。傍からでは長期任務の疲れにやられ、戯言を吐き散らしているようにしか見えない。実際にこの場にいる誰もが、そう見ていた。

 しかしその目は、まるで確かな何かを捉えているようで、いつもの冗談を言う時のそれとは明らかに違って。

 真っ先にそれに気づいたレイドが、試すように問い掛ける。

 

「だがな。事件発生直後からゲートは閉じられている。よしんば何かしら、どっかしらで協力者を獲得できたとしても――出入りできる道理がねぇぞ」

 

 では、こんな話はいかがだろう? 普段から饒舌ではあるが、今日はサービスだと言わんばかりに、さらに舌を回すソヨゴ。

 

「事前に協力者が一般人に紛れて、この中(ネイヴュ)に入っていたとしたら」

「……ほう」

「刑務所外部の彼是を調べ、それを何かしらでイズロードに伝えていたとしたら」

「おもしれぇ話じゃねえか」

 

 この「面白い」は、決して皮肉から出るものではないとわかる。

 彼の説明は、今行っていることに対する質問の、答えにもなっていた。

 

「ユキナリ特務ではないが……相手の思考と行動は、常軌を逸している。良く言えば飛躍的だ」

「……けど、いくらなんでも、話がぶっ飛び過ぎてる……」

「無論、相手がこちらの予想外の動きをするとは限らない――だからといって、こちらの予想通りに来てくれる保証など、どこにもありはしない」

 

 組織による計画的犯行。

 遠回りを重ねたが、ソヨゴが最後に言うのは、それだった。

 なんの根拠もない。ないのだが、本来の所属である組織犯罪対策部署「刑事部第五課」での経験が、幾度とそう告げるのだ。

 

「……よかろう、今だけはお前を信じる。しかし、それでもまだ問題はある」

「ええ、それらしい者が出入りした履歴は、この半年間にはない。そもそも誰もがゲート通過時に身元を照合するので、問題があればその場で引っかかる」

「ああ、その通りだ」

「ですがそれは、『人が人として入れば』の話」

 

 再び怪訝そうに疑問符を浮かべる一同だったが、次の言葉は、そう彼らを待たせない。

 

「人が人として認識されない方法でゲートを通ったなら? 検問のパスは容易なはずだ」

「そんな方法が……」

「たとえば、ネイヴュ内に搬入予定の荷物に紛れてみる……とか」

「チョロネコ急便……!?」

 

 ぱちんと指鳴らし。返答の代替。

 

「そう考え至り、チョロネコ急便の履歴だけを洗い出してみたのだが――直近一週間の中のものだ。五日前、でいいのか」

 

 ソヨゴの指差しには、違和感を指摘する意図があった。

 リストには『チョロネコ急便、入 理由、貨物の搬入 数、71個 配達者、アンゼイ』と表記されている。

 

「ああ、アンゼイさん」

「御存じなのですか、ユキナリ特務」

「御存じも何も……さっき僕が話を付けにいった配達員だよ。なかなか気難しい人でね、ここだけの話、対応も大変なんだ」

「……では、そこな可憐なお嬢さん越しに聞いた、先程の彼の言葉を覚えておりますかな?」

「可憐……」

 

 マナーを疑うレベルの勢いで、指さされるアルマ。当の彼女は心底厭そうな面を作ったが、話の腰を折るまいと流した。

 そしてえっと、と戸惑いを見せるユキナリに、

 

「……『お前らはいつもそうだ。大量に運ばせるくせにいちいち中入る前に荷物確認させやがって。この間の六一個を一時間がかりで調べられたことは忘れてないぞ。でもって今度は門前払いか。ふざけてるのか』」

 

 一言一句、狂いなく、鮮明な記憶をそのままに伝達する。

 

「おお、それか、ありがと。つーか記憶力、凄っ」

「こういう変な事にしか、使えませんけど」

 

 ソヨゴの話は息もつかせないまま、尚も続く。

 

「アンゼイ氏は六一個と言っていたはずなのに、履歴では七一個。単なる手違いにしては、一○という数字はあまりに大きい」

「でもこっちは、毎回トラックのコンテナの中に入って、一個一個丁寧に数えて調べるんだ。間違いはありえない……」

「だが向こうも向こうで、荷物およびその届け先はしっかり記録している。不手際を避けるためだ、考えずともわかる」

「じゃあ、これはどういうことなの? 荷物に足でも生えて、勝手に消えでもしなきゃ――」

 

 アストンの発話が、突然に切れた。

 

 “察した”のだ。

 

 ――ここで、ようやく沈黙が訪れる。

 それは、ここに居る者たちの思考が、寸分の狂いもなく一致したことを意味していて。

 全員が全員、その険しい面持ちを一貫して共通させているのが、その何よりの証明で。

 ドクン。皆の胸が、一斉に打ち叩かれた。人心すら破壊しかねぬ緊張が、一瞬にして走った。

 考えられたが、避けたかったので考えなかったのか。

 それとも。最初から、考えられなかったのか。

 わからない。

 

「私はね。こう考えるのだよ」

 

 わからないけど。

 

「今、我々が向き合っている敵は、イズロードなどという小さいものではなく」

 

 破滅の切っ掛けはもう、とっくに。

 

「――バラル団そのものなのではないか、と」

 

 背後にまで、迫っていた。

 

 

『ズドン』。

 次に人々が聞いたのは、はじまりの地響きの音。

 がくん、と膝をつくほどの、まるで地球に凹みでも出来たかのような強烈な縦揺れが、ネイヴュ全体を襲った。

 

 

「なんだ――ッ!!?」

「地震か……!?」

 

 尋常ならざるどよめき。揺れの収まり。数秒してから立ち上がり、アルマは急いで床に転がったトランシーバーを拾い上げ状況確認をする。

 

「捜索隊聞こえますか、応答してください……!」

『……………………』

「応答してください!」

「連絡です……!」

 

「ダメ、完全に通じない」そう言ったアルマの背中に、捜索隊員の声が当たる。

 

「捜索七隊、口頭、伝達……!」

 

 ――血に汚れた白服隊員の、声が。

 

「先刻、バラル団が、B区八番地にて出現……兼ねてより、どこかに、潜伏していた、模様」

「……!!」

「敵は、中、規模、現在も、交戦中……至急、救、え……」

 

 絶え絶えの息を吐き切り、あるだけの全てを伝えると、力尽き倒れ込んだ。

 

「そんな……そんなっ!」

 

 捜索七隊――それは、リンカの部隊だった。

 それを思い出したとき、いつもの落ち着きが消え失せた。

 いつも通りじゃ、いられなくなった。

 咄嗟に飛び出そうとするアルマ。

「待つんだ」だが、上官がそれを許すはずもない。

 既のところでぐっとこらえたアルマだったが、ワンクッションの動作に窓を見やると、余計にその焦燥を煽られることとなる。

 

「……うそ……」

「あちらさんは、思ったより僕らへの出し物を考えてくれていたらしい」

 

 街中のありとあらゆる場所を這う、巨大な数十の影。それは雪で見辛くなってはいるが――九メートルともなれば、その正体の断定も難くはなかろう。

『鉄蛇ポケモン』ことハガネールの大群が、ネイヴュの街で暴れ回っていた。

 アルマだけではない。どの隊員も愕然とするのは一緒。

 

「お前ら、急いで集合しろ。一度しか言わねえ」

 

 しかし、そんな中でも取り乱すことなく、

 

「ブリーフィングを始めるぞ」

 

 総指揮レイドは、戦士たちに呼びかけた。

 

 

       ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 嵐の前の静けさが、破られる時。

 それは鋼鉄の蛇が、有りもしない月天に吼える時か。

 それとも、世界の歪みが、顕現せしめる時か。

 否。どちらでもあり、どちらでもない。

 これらが同時に起こり、それらが何者かにより操られた時であろう。

 

「進めや、叫べや、(つわもの)や」

 

 万年の白雪ですら覆いきれぬ鈍色がのたうち回る中に、彼女は立っていた。

 

(うぬ)らの猛りに、敵愾及ばじ」

 

 浮つく風にローブを揺らし、振るわす腕にブレスレットを鳴らし。影を帯びたフードから二色の瞳が覗き見る、兵士たちの大行進。

 

「さあ行こう、兵士たちよ。終末の序章を紡ぎましょう」

 

 上背ある建物の屋根から、覗き見る。

 

「我らが同志を、救いましょう」

 

 雪も土も、舞って乱れて、やがて出てきた細面(ほそおもて)

 

「彼らに破滅を――我らに、勝利を」

 

 にっこりと口角を吊り上げ、『嵐』――ハリアーは、楽しげに言った。


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