ポケットモンスター虹 ~A Aloofness Defiers~   作:裏腹

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Episode.fin されど孤高に抗い続ける

 敷地内の、大きな木。晴れた日の昼時には決まって綺麗な木漏れ日を溢す、素敵な木。

 新人でろくな仕事も与えられなかったあの頃は、彼も彼女も、昼休みになると決まってそこにいた。

 

『聞いたよー? また上の人に怒られたんだって?』

『いいや、怒られたのではない。弾圧されたんだ。国家権力の悪用に他ならん』

『まーたまた。すぐ人のせいにする』

 

 話す事は、色々。

 今朝の食事の話とか、通勤中に見かけた面白い人とか物の話とか、最近あったいい事の話とか、同業ならではの共感を得られる仕事の愚痴、とか。本当に色々。

 

『やり方が後手後手で大人しすぎると、言ってやったのさ。攻めの姿勢を微塵も感じない……あれでは被害者が増える一方だ、とも』

『ふーん……』

 

 年齢も考えない体育座りで立った膝に、さらに肘を設置して頬杖を立てる。

 決まった姿勢、興味もないような、いつものポーズ。そして目も合わせないものだから、結果として彼が一方的に喋ってるみたくなる、そんな構図。

 

『されど理想論者と一蹴――、全くもって不愉快だ』

『へーえ』

 

 空いた手は自分のポケモンにかまけて、喉から「心地よい」のサインを引き出す。

 (たてがみ)が眠る様に愛嬌を感じて、彼も幾度と触れてはみたが――生憎、懐いてはくれなかった。

 

『それはまあ、どこの世界にも鼻つまみ者は、必要だろうがね』

 

 一人と一匹から決め込まれる無視。そんな侘しさを感じる頃に、

 

『そうかな? 私は素敵だと思うけどなあ、そういうの』

 

 ほんとは聞いている、というアピール。

 

『望みが薄くても、どんなに押さえつけられても、理想に声を上げて、走り続ける――なんだかヒーローみたいじゃない?』

『ああ……ヒーローほど強ければ、良かったのだが』

『それは、非力なのは、確かに褒められないけど……それよりも心がないと、力だって備わらないでしょ?』

『……!』

 

 初めて噛み合わせる視線と、言葉で、ようやく会話が始まる感覚。スロースタート的な、そんなやり取り。

 マイペースな、彼女らしい。

 

『人はみんな、自分の無力さを知ってしまったら、心が失われちゃうし、』

 

 聞いてないようで、ちゃんと聞いてる。見てないようでしっかり見てる。表に出さなくても、ちゃんと考えてる。

 

『そうやって、自分の理想を諦めてしまう』

 

 あいつはそういう奴だった。

 

『だから、どんなになっても声を上げ続けるそよくんは、凄いと思うんだ』

 

 この手で触れられなくなって。その頬を撫でられなくなって。あの笑顔を見られなくなって。

 より、余計に、冗多に。増えていく、彼女への褒め言葉と、言いたかったこと。後々になって来るから質が悪い。

 

『ねえ、そよくん』

 

 よく出来た恋人だったと――――そう、思う。

 

『みんなの、ヒーローになってね』

 

 

 

 

 

 伸ばした手の先にいたはず彼女は、いつしか空虚とすり替わっていた。

 

「……!」

 

 最初に瞳に映ったのは、天井だった。

 やたら高い、清潔感溢れる、そんな天井。

 まばたき、一つ。記憶のフラッシュバックと、まとわりつく倦怠感と、背中に伝わる柔らかい温もりとを順繰りに体験し、自分は眠っていたのだと気付く。

 

「楽しい夢を見ているみたいだったから――起こさないでやったよ」

 

 出し抜けに耳朶を打つ女の声に、思わず身を起こした。未だ痛むほどの怪我を引きずっているということに、気付かぬまま。微かに表情を歪めるのは、数秒後のこと。

 

「まさか二日弱も眠りこけるとは、思わなかったがな」

 

 首を回し、ベッドから右手を見ると――よく知る同僚の姿があった。

「死んだかと思った」自分に勝るとも劣らないジョークセンスを発揮し、聞き耳を凍てつかせるのは、彼、ソヨゴと同じPG本部刑事五課に所属する刑事『フィール』だった。

 黒の長髪と抜群な体型とで、大変見目麗しい人物なはずなのだが……持ち合わせた悪に対する執念と攻撃性、非情さにより、共に働く人間からは決まって『獄下の狂犬(ヘルハウンド)』と評され、畏れられる。

 延いては仲間内でも彼女を女性扱いする者はいなく、

 

「ああ……まさか、君の顔で目覚めを迎えることになるとはな。いっそ死んだ方がマシだったかもしれない」

 

 ソヨゴもまた、同じく。

 壁に背を預け腕組みしたまま、微笑へ「ハハハ」と笑いかけるフィール。

 おもむろに煙草を取り出し、それをライターで焚いて、悠々と愉しみ始めた。すると臭気で慌てた咳き込みついでに、ソヨゴが口を開く。

 

「ぶはわっ、おい! ここは喫煙許可が下りた場所か!?」

「心配するな、携帯灰皿もある。私は問題ないぞ」

「問題大ありだッ! こちらにはな! 病人だぞ!?」

「甚だ喧しいヤツだなあ、窓は開けているだろうに」

「君はいつでもオンリーワンが好きだな。人と違うことに、人と違う格好に……そのスーツにしたって」

 

 ふっ、とふかされた煙が窓から出ていくのを見ていたら、一瞬だけ言葉が止まった。

 重なる景色。ビル街の風景。どうやら今いる場所と、ここに来るまでに至った経緯を、思い出しているようだった。

 液晶が息の根を止めるテレビ。そこに写る自分は病衣姿で、頭部に包帯が巻かれていた。

 

「……ここは、リザイナ中央病院か?」

「頭打っても、辛うじてのまともさは持ち合わせているようで、嬉しいよ。説明の手間が省ける」

「ネイヴュでの騒動はどうなった……? 最後に気絶して、あれから一体……イズロードは」

「まあ。結論から言うと――――イズロードの奴は、逃走した」

 

 微かな瞠目。手短な報告に返る。

 その後、窓の外へと向き直る。

 

「沢山のバラル団の協力を得た上で。こちら側に、七八名の負傷者を残してな」

「……そうか」

「おまけに。お前がどこまで意識を保っていたかは知らんが、イズロードが逃げた後には、爆撃よろしくゴルーグを空から大量投下したらしい」

「なに?」

「知らなかったか。お蔭でネイヴュは未曽有の大損害を被り……街機能の完全な復旧だけでも最低一年はかかる状態に相成ってしまった」

 

 次々と語られる己が後日談を、黙って聞いてはいるものの。同時に自分の不甲斐なさが浮き彫りになるような感覚も、拭えなくて。

 それを彼がどう御すか。拳を握るでも、眉をひそめるでもなく。ただただ無表情に閉じ込める。やっぱり結局、彼のみぞ。

「ちなみに、嘘っぱちじゃないぞ」そんな注釈。

 

「お前を助けた、刑事一課のお坊ちゃんが言っていたんだからな」

「アストン警視正、か」

「大したものだ。あれほどの大空襲の中を単騎駆けし、敵を幾度と屠り、人命救助までしてみせた。マスターボール勲章は堅いだろう」

「礼を言わねばならんな」

 

 愛想笑いを最後に、話は呆気なく途切れた。この結末のように。

 きまりが悪いとまで思ってはないが、間違いなく納得がいかないのだろう。そんなもの、口惜しさ滲み出して思い耽る横顔を見ていれば、誰でもわかる話。

 

「私は優しいからな……、負けても戦ったお前たちを、決して『無様だ』なんて罵るつもりはないが」

 

 されど彼女、フィールは、彼のお友達や、仲良しこよしのお仲間ではない。

 あくまでも同僚であり、同志であり、共通の敵を討つための協力関係にある戦士である。

 安い慰めなんてあってはならないし、結果を出せなかった以上、ねちっこい労いも一切不要。

 

「ただ今回は、些か――逃がした魚が、大きかったんじゃないのか」

 

 ただ冷静に、淡々と、次を見据えた話をする。まるで聞いているのかわからなくても。サンドバッグのように反応が返らなくても、だ。

 ポケット灰皿に吸い殻を落とす音だけが、空虚に挟まった。

 

「だがまあ、この地にはこの私がいる」

 

 しかして、それをつついて破るのもまた、同志の言葉なのだが。

 

「強い力で氷の牢獄が破られたのならば、こちらがもっと強い力で殴り殺して、死骸を冷凍保存してやるまでだ」

「……!」

 

 フィールが舌をもう一回しして何を申すかと思えば、仲間への仲間がいる、そんな暗示。

 彼女としても、無能を鼓舞するぐらいならば、その無能を我が進撃の折の盾とするまでなのだが。

 どうにも“この男”は、まだまだ利用価値があるようで。

 故に、彼女とて滅多にしないサービスだが。

 

「それで帳消し。だな?」

 

 彼女なりの、僅かに残った善意というやつを、渡してみせた。

 

「君の笑顔を見たら、頭が痛くなってきた。もう少しだけ眠らせてくれ」

「いいだろう、永眠しようか」

 

 尤も伝わるかどうかは、全く別の話。

 

 

       ◆       ◇       ◆       ◇       ◆

 

 

 ぺガスシティの昼は、嘘つきだ。

 夜の煌びやかさを、あるべき姿を、影も形も見当たらないほどに、隠し通すから。

 輝き放つ無数のネオンライトも。欲望胸にうろつくならず者も。夢を掴まんと駆け抜ける若者も。

 今ではまったく鳴りを潜めている。こうなってみれば、隣り合うラジエスともリザイナとも、何一つ変わらない、普通の都市だ。

 そんな変哲もない普通の都市を一望できる場所に、中心に、PG本部の庁舎は聳えている。

 

「申し訳ないっ!」

「あ、頭を下げんでください!」

 

 久方ぶりの快晴。屋上という人より高い位置で日光に照らされながら、ユキナリはギーセに謝罪した。

 その真意は、大方、宿敵を取りこぼしてしまった事への、悔恨だろう。

 勿論ギーセは、怒らない。そんなことで責めても仕方がないと思うし、そもそもユキナリに何かを言うのは、いくら所轄とはいえ筋違いも甚だしい。

 確かに、一度戦ったギーセの方が相手の手を容易に予測できたし、相性有利もあって、結果的にイズロードを捕えられたのかもしれない。だが、そんなものは結果論に過ぎない。それに。

 

「何より私も、あの共謀者の小僧に苦戦して、あまつさえ取り逃した……責任は私にもあるのです」

 

 何も失態を晒してしまったのは、一人だけじゃない。

「ヤツを迅速に片付けて、自分が向かえれば良かった」。そう付け加えた。

 

「聞くところだと、相手方はギーセ警視を執拗に狙っているような言動が見られた、とか」

「ああ……、アストン警視正殿と私の周囲だけ、やたら雑魚が多かったように感じた」

「元より、マークされていたってことか……」

 

 記憶を噛み締めれば噛み締めるほど、相手の計画性を垣間見る。

 厳しいね、どうも。そう言って、落下防止の柵に手を掛け、遠い空を望む。

 ギーセはギーセで、また少し離れた位置で、背中からもたれかかって。

 

「そちらは今後、どうされるのですかな?」

 

 放たれた方針の問いかけに、数舜間を空けてから、開口した。

 

「変わらず、ですかね。まだ罪人が閉じ込めてある氷獄は無事だし、ジムも致命的な打撃は受けていないし、街の主要運営機関も、辛うじて機能してますし」

「むしろ脳にまで至らなかったのが不幸中の幸い、なのだろうか」

 

 確信の持てない感想が、心許なく風に解ける。そうして鳥に、食われて終わる。

 寧ろ今回で甚大な被害を受けたのは、居住区の方だった。それすら、せめて街としての形を残そうと、主要機関を優先的に防衛したという、苦肉の策の果てのものなのだが。

 

「ただ住人だけは、変わらずにはいられない……この件で帰る家を失った人たちの数は、計り知れない」

ぺガス(ここ)、リザイナ、ラジエスと、ラフエル三大都市が快く難民受け入れを買って出てはくれたが――それですら賄えるかは怪しい、とか」

「ええ。かつての歴史の中、難民受け入れによって発展したシャルムが、お手上げになる程の数ときている」

「今はまだ、静かな話ではあるが……きっと難民問題も、いつかは表層化する、か」

 

 誰が悪い訳でもない。しかし、防げなかった悪意は、あまりに大きな傷跡を世界に残していたのだと、再認識する。

 この禍々しく歪な種は、この先、災いの花を咲かせることだろう。

 組織として完全に復活したバラルの兵たちはより勢いづいて、人々を恐怖に陥れていくことだろう。

 それでも、彼らは立ち向かわねばならない。戦い続けねばならない。

 他でもない彼らが、それを望んでいるから。

 

「まあ、お互い大変でしょうが……やれることを、やれる限り」

「違いありませんな。共に、戦っていきましょう」

 

 また、どこかで。

 固い握手が、交わされた。

 時を経て別れる、白と黒。

 離れていても、この意と志は、繋がっている。

 今回でそれを知った両者が、見据える先は――――まだ明るい。

 

 

       ◆       ◇       ◆       ◇       ◆

 

 

 リザイナにいるのは、何もソヨゴだけではない。

 もっと言えば、リザイナの病院に入院しているのは、ソヨゴだけではない。

 

「あーーーー!! 報告書が終わらないです先輩~~~~~~ッ!!」

 

 悲痛な叫びが、病室に響く。

 リンカはベッドの上で、自分の身の丈に合わないノートパソコンと睨めっこし、苦々しい表情を浮かべていた。

 

「病院内は、静かに」

 

 隣のベッドから上がる声。アルマのものだ。

 当の彼女は、とっくに今回の件についての報告は完了している。謎めいた虹のエネルギーで幾分か回復したとはいえ、未だ癒えぬ傷を背負ったまま、書類を纏めたのだ。

 仕事人間らしいと言えば、らしい。

 

「別に、あったことを纏めて書くだけでいいんだよ?」

 

 はあー、と声混じりの溜息を吐くリンカを一瞥し、言葉を掛けるが、彼女はそれが、それこそが難しいのだと、熱のこもった語気で返す。

「自慢じゃないけど作文は苦手でした!」

 聞いていない、全くもって聞いていない。

 

「……まあ、期日まではまだ時間があるし、急がなくてもいいんじゃないかな」

「そですか? ……そですよねー! 療養中は仕事から離れなくては!」

 

 こうして元気に、子供らしい面を出す事は多くあった。

 久方ぶりにそれを見て、アルマは「日常が戻ってきたんだ」と実感する。

 内心に笑みを隠し、本を手に取って、ブックマークを外して、読書の再開。

 しようとしたところに視界外から躍り出る、カットされたモモンの実。見舞いに来たユキナリが置いていったものだ。

 木の実が何なのかというよりは、何故これが自分の口の真ん前にあるのか、という部分こそ、彼女が抱く疑問点なのだが。

 

「……これは?」

「あーん、ですよ! 先輩!」

 

 あまりに予想通り過ぎて、恐る恐る訊ねた時間が無駄になった気がした。

 さすがに一七歳が一〇歳の手から食べさて貰うのは少し――なんて恥も覚えはしたが、目の前で瞳をきらきらと輝かせる少女を目視しているうち、そんなこともどうでもよくなって。

「あむ」と、静かに頬張った。しかし躊躇いは消さない。

 

「おいしいですか? 先輩!」

「……うん、んー」

 

 いざリアクションを求められてみれば、存外照れくさいものだ。眉をひそめてみたり、視線を逸らしてみたり、口をへの字に曲げてみたり、色々やってみたりはするが……胸の奥がむず痒くなるようなじれったさは、暫くは失せそうにない。

 

「よかったー、私もモモン大好きなんですよ~!」

 

 当の本人といえば、ただ満面の笑みを浮かべているだけだというのだから、割を食うのは自分だけ。

 無邪気というのは真に、罪だと思う。

 そっと入る細やかな風が、病室のカーテンを微かに揺らした。それに当てられ、ぼうっと気を取られる二人。外で野生のマメパトが飛んでいた。

 何となしに追う。

 平和の象徴と謳われた存在でも。今では素直に喜べない。

 綺麗な空だと思えても。またいつ汚れるかわからない。

 

「……また来るんですかね。バラル団」

「多分、ね」

 

 けど。先行きが、たとえ暗闇であったとしても。

 

「でも、きっと大丈夫。私たち(・・)は負けない」

 

 この先も、悪い夢が自分を喰い殺してしまいそうになっても。

 大丈夫。大丈夫。

 

「私たちは――、一人じゃないもん」

 

 あなたがいる。みんながいる。仲間がいる。

 

「……はい!」

 

 本当のアルマを聞き届けたリンカ。湛えた微笑に、何を言うでもなく――いつも通り「にっ」と笑み返した。

 

 自由の鳥は、今日も光の切れ間を、飛んでいく。

 

 

       ◆       ◇       ◆       ◇       ◆

 

 

 これは、取るに足らない歴史の一ページ。虹を形作る色彩のうちの、ほんの一色のお話。

 虹として見てしまえば、その明度はきっとちっぽけなものであろう。

 だが、その中であっても――様々な感情が飛び交っていたし、色々な思惑が混ざり合っていたし、銘々の信念が絡み合っていたし。

 確かにそこに、誰かがいた。

 世界があった。

 戦いがあった。

 葛藤があった。

 悲劇があった。

 勝利があった。

 

 物語が、あった。

 

 それは決してまやかしなどではないし、記述者の嘘八百でもない。

 

 謂わば、虹の導の、落とし物。

 

 これは(A)孤高を抱えて(Aloofness)抗い続ける者達(Defiers)の、また一つの英雄譚。

 

 

       ◆       ◇       ◆       ◇       ◆

 

 

「どこにあるんだ」と訊かれれば、「どこか」としか言えない。

「どうなってるんだ」という質問には、「どうにか」としか答えられない。

 どこを調べて、どう探しても、この場所を見つけることは出来ない――住まう者が口を揃えてそう言うのだから、きっとそうなのだろう。

 何人も至れない、日すら届かぬ暗黒の中。ネイヴュを経た者ならば、「刑務所とそんなに変わらないな」なんて、平気な顔して強気に言う。

 此処は――バラル団のアジト。

 その中でも出入りできる者が限られる一室、会議室だ。

 

「……まさか、そんな……!?」

 

 只今、状況は、どよめきを、隠せないでいる。

 

「信じられない……」

「本当に、ボスがお()でになられたというの……!!?」

「……嘘だろ」

 

 室内の壁沿いに並び立っていても、確かな存在感を示す、下っ端のまとめ役たる班長達。

 それぞれが思い思いの、思わず浮く言を口走るからだ。いけないことだとわかっていても、今起こっている事には開いた口が塞がらない。

 

『バラルのボスが、皆の前に姿を現す』

 

 騒ぎを起こすには、この情報一つで十分だった。

 それほどまでに彼ら“救世の兵”にとって『ボス』という人物は大きく、重たい存在となっている。

 長方形の間取りを、縦断するように置かれた長机。そこに仕込まれたライトユニットが、最先端の席――室内最奥に座す存在を、ぼんやりと照らし出す。

 いつもならグライドがいるはずの場所なのだが、今日は別の人物が両手指絡ませて座ってる。

 当のグライドはというと、引き換えに彼が座る椅子のすぐ左に立っていて。

 両手を後ろにし、騎士のような、或いは軍師みたいな。そんな風情を、醸している。

 彼は未だ収まらぬ雑音を前に、苛立った。

 

「構わんよ、鎮めなくても」

 

 ようなのだが、どうもボスと呼ばれるその人物以外には、わからなかったようで。

 

「……左様ですか」

「ああ、いいさ。まだ彼らも来ていないのだから」

 

「おっと、噂をすれば」鮮やかな前言撤回。まさか、言ってるそばから来るとは思うまい。

 機械扉のスライドを越えて来る新たな訪問者は、救世の起点を作り出す功績を上げた、精鋭中の精鋭達だった。

 会議机に歩み寄って。

 四つの影がそれぞれ二対二で並び、一対一で向き合うように座り込む。

 

「揃ったね――ハリアー」

「うふ……お久しぶりです」

 

 そうして整った、

 

「いつもありがとう、ワース」

「あぁ、まいど」

 

 会議の体制。

 

「よく還ってきてくれた、イズロード」

「祝うのならば休暇をよこせ」

 

 揃い踏みする、

 

「調子はいいかい、クロック」

「おかげさまで、ぼちぼち」

 

 バラルの幹部。

「鎮まれ」ここで初めて、グライドは周囲を一挙で黙らせる。

 

「クロックさん、これ、どういうことなんですかね」

 

 静まり返っていくざわめきの中で、どうにも単純な疑問を消せないままいる班長の一人「イグナ」が、上司たるクロックに背後から問い掛けた。

 

「さあ、僕にもよくわかってないよ」

「ボスが出席されるなんて、聞いてませんって……」

 

 しかし解せないながらに、クロックは耳打ちを切る。

 

「ただ――こうなるってことは、だ。事はもう、そういうことなんじゃないかな」

 

 そしてあくまでも曖昧に、抽象的に、やんわりと、小声で、己の見解を述べる。

 今から始まる会議の、邪魔にならないように。

 

 

 

「諸君らに集まってもらったのは、他でもない。我らがイズロードが帰還し、在りし日のバラルの姿を取り戻した今――最も必要なことは、情報と目的の共有、および再認識と考えたからだ」

 

「まず手元の資料を見てくれ」

 幹部たちは、促されるままに数枚の紙が綴じられた簡易的な本の一ページ目を開く。

 

「おかしいな、称えてくれる割には、どこにも俺の功績が記されていないが」

「そちらは、ちゃんとデータベースに入っている。ぜひとも後から覗いてくれ」

 

 身を捨てて入手したネイヴュ支部構成員リスト、並びにネイヴュ刑務所内部構造図のことだろう。察しよくそれを理解するボスは、穏やかにイズロードを宥める。尤も白々しくおどけるその態度に対し、真摯さを宛がう気はないようだが。

 そう、今回取り扱う事はそれではない。いや、イズロード脱獄の件と全くの無関係では、ないのだが。

 場に居る全員の瞳には、

 

「『アイスエイジ・ホール調査結果』……?」

 

 この文言がいの一番に飛び込んだ。

 “アイスエイジ・ホール”――ラフエルに住まうのなら、誰もが知っている土地。

 遥か昔、乱雑の赴くままに宇宙(そら)を飛んでいた隕石の標的となった場所だった。

 ネイヴュの壁外に存在する巨大な縦穴で、万年と云って差し支えないほど、絶えず強烈な冷気が吐き散らされている。一説では、年がら年中雪が降り積もるネイヴュの気候も、此処が原因なのではないか――と唱える学者もいるそうな。

 だがそれまでの存在感を放ちながらも、未だ「一説止まり」で、その全貌と真相を知る者はいない。

 この不気味でうすら寒い事実は、不自然なまでに封鎖された現状に起因している。

 まるで何かを閉じ込めるような。封じ込めるような。恐れているような。

 そんな政府による過剰なバリケードで、誰も彼もが世界の謎の一端に、触れられないでいた。

 だが。

 

「イズロード。君の功績はこちらにはないが――君のパートナーの功績ならば、しかと」

 

 彼はついにそれに迫ることができた。そう云うのだ。

 ポケモンの力を以て。そして、科学の力を以て。

 

「……ああ――、の、ようだな」

 

 机にかけた脚を組み直し、腑に落とす、イズロードの改めの返答。

 彼が先走って開いた次のページに、その証明は、功績は、確かに載っていた。

 

 

 

 

 氷に包まれて眠る、伝説のポケモンとして。

 

 

 

 

 潜伏中のビジネスパートナーにしてもらっていた調査。それが結んだ実は『キュレム』と呼ばれる、最深部にて眠る伝説のポケモンの存在証明だった。

 くすり、と薄ら笑いを浮かべるハリアーも。待つであろう面倒事に前もって渋い顔をするワースも。一驚の下で目を見開くクロックも。

 グライドは今一度ざわつく一同を、再びまとめて黙らせる。

 そしてバトンタッチのように、ボスの代弁を始めた。

 

 

 

「――ラフエル英雄譚の空白の一節は、事実だった」

 

「『氷結の凶獣』は、確かに存在していた」

 

「今後我々は、この力を手中に収めるために、行動することとなる」

 

「さすれば最終目的に至ることができるだろう。宿願を果たすことが出来るだろう」

 

「ラフエルを、甦らせることができるだろう」

 

「今一度、その心身を我らが混沌に捧げよ」

 

 

 

「プロジェクトRR(ダブルアール)――“Raphel Reborn”の始動を、ここに宣言する」




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