Fa#e/also sprach "FAKER"   作:ワタリドリ@巣箱

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宿命の夜(5)

     †

 

 とある男の話をしよう。

 誰よりも重い理想を抱き、それゆえに溺死した男の物語を。

 

 男は正義の味方であろうとした。それはかつて男を救ってくれた師の理想。

〝この世の誰もが幸せであって欲しい〟――そのような借り物の理想を、男はどこまでも真摯に追い続け、その生涯を全うした。私欲を殺し、ただ理想にだけ徹した生き方を終生貫いた。

 

 男は正義を体現する一個の装置であった。〝錬鉄の英雄〟とはそういうモノであった。

 男は己の行為に対して何の見返りも求めなかった。地位や名誉はおろか、感謝の言葉すらも不要とばかりに、ただひたすら戦い続けた。

 元より男の追う理想は人の世の理を超えていて――だからこそその頂に手を掛けられる男は、既に人では有り得ない存在に他ならなかったのだ。

 

 男の人生は報われるものではなかった。誤解と裏切りに終始した一生であった。

 然もありなん、その男は生きながらにして死んでいたのだから。

 かつて未曾有の大災害で多くの命が奪われる中で、幸運にもその男は後の師によって助け出された。だが師に救うことができたのはその男の〝命〟だけであり、この時に喪われた〝心〟だけは永遠に取り戻されることがなかった。

 ゆえにその男は滅ぼすべき私など最初から持ち合わせておらず、ただ公に奉ることだけがその男に残された唯一の機能だったのだ。

 

 血潮は鉄で、心は硝子。

 ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない。

 彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。

 

     †

 

 その夢の果てで、少年は剣の墓標が立ち並ぶ荒野に立ち尽くしていた。

 見渡す限りの剣、剣、剣。その数は優に千を下らないだろう。無銘の数打ちから稀少な銘品に至るまで、古今東西ありとあらゆる剣がその丘に蒐集されていた。

 だが、少年はすぐに気づく。それらはどれ一つとして本物でないことに。意匠はおろか刀匠の理念から担い手の技倆に至るまで余すところなく完全に模倣した、精緻な贋作であることに。

 そして荒野を吹き荒ぶ風の中には、ある種の自嘲が読み取れた。その得物から生き様に至るまでの全てが、他者のそれを真似た偽物に過ぎないということに。

「英雄だか何だか知らないけど……案外バカだね」

 ぽつりと少年は呟きを漏らす。しかし言葉に反して、その声音に侮蔑するような色は感じられない。少年は労るような微苦笑を滲ませつつ、こう言った。

「生きるということに、偽物(うそ)本物(まこと)もあるものか――」

 

     †

 

 目が醒めると、紘人は公園のベンチに横たわらされていた。ご丁寧にも、足許には彼の持ち運んでいた岡持が安置されている。真冬の野外だというのに、不思議とあまり寒さは感じなかった。何か夢を見ていたような気もするが、あまりよく覚えていない。

 どうしてこんなところにいるのかと記憶を辿り―――――慌てて身を起こした。

「そうだ、通り魔! それに――………!」

 ヱミヤ、という言葉は興奮のあまり声にならなかった。ようやく見つけた仇敵。いずれ対決することが約束された宿敵。そして今はまだ力の及ばない強敵――。

 と、不意に体に違和感を覚えて、血が上っていた頭が急に冷める。と言うより、体を動かすことに何の違和感もなかったのだ。全身が傷だらけである上に背中と腹に風穴が空いてしまっていたはずだったのだが、いずれの傷口も跡形もなくすっかり塞がれていた。

「…………」

 一瞬、ここで起きた出来事の全てが夢だったのではないかとも思ったが、襤褸と化した服の隙間から肌を撫でる寒風の感触に、その考えはすぐに否定される。やはりあれは全て現実に起きたことだったのだ。

 とはいえ、誰がこの傷を治療してくれたのだろうか。寝て起きたその間に手術痕すらもなく傷が治されているなど、かの黒ずくめの無免許医も廃業を余儀なくされかねない事態だ。

 いや、それ以前に今は何時なのだろうか。自分はどのくらいの間眠りこけていたのだろうか。

 ポケットの中に入れておいたスマホを手探りすると、妙にざらざらしているというか、刺々しいというか、とにかく奇妙な感触が。よもや、と思いつつそれを引き抜いてみれば、

「……うわ、こりゃ酷い」

 スマホは画面が割れるどころか筐体そのものが真っ二つに折れており、更には紘人の血が流れ込んで赤黒い塊がこびり付いていた。さすがにこのレベルまで破壊されてしまうと、データの復旧も難しいかもしれない。

「一難去ってまた一難、だな」

 空を見上げれば、月が苦笑いを浮かべながら紘人を見下ろしている。その高さからして、もう遅い時間であることは想像に難くない。帰宅が遅く、更には連絡が付かないと来た。正直、これから自分を待ち受けている運命を思うと、帰宅するのが恐ろしくてたまらない。

「とりあえず、何て言い訳するかだけでも考えてから――」

 と、改めてベンチに腰を落ち着かせようとしたところで、視界の片隅に懐中電灯の光を捉えた。同時に、それを手にした警官たちの姿も。

「やべ……」

 先の騒ぎを誰かが通報したのか、それとも見るからに不審な格好でベンチに寝そべっていた紘人が通報されたのか。何にせよ警察への言い訳は、理子へ言い訳するよりもずっと難しくなってしまうことだろう。紘人は音を立てないようにそっと立ち上がると、岡持を片手に、夜の公園から静かに走り去ったのであった。

 

 ちなみに。

 家に帰ると、なぜか真里花までもが目を真っ赤にして紘人を待ち構えていた。

 結局しどろもどろとした話しかできなかった紘人にも非があるとはいえ、二人分の追及とお説教は身に堪えた。

「…………全ての元兇は自分だって、そう言ったよな、ヱミヤ」

 だからこれもヱミヤの所為だと思うことにしよう。実際ほぼ間違っていないのだし。


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