六畳スペースの除霊担当課で机に向かって報告書を作成する。
昨日夜10時頃魚介島の学園前坂で悪霊を捕獲。
『極楽浄土』と達筆に書かれた御札を除霊紙で丁寧に包装する。
特殊な包装を施した紙に報告書を付加する。
トントンとドアを叩く音が聞こえる。
「どうぞ。」
髪をポニーテールにしていて目がぱっちりした女子高生が入って来た。
一瞬誰だ?と思ったが眼鏡のせいか中室だが中室に見えない。
「眼鏡かけてないですが授業大丈夫ですか?」
手には何か弁当箱のようなものを包んだ袋が見える。
「これ昨日のお礼です、お口に合うかどうか分かりませんがどうぞ。」
「ありがとうございます。」
受け取って中を開けると使い捨ての弁当箱に出し巻き卵が入っている。
真面目な顔でこちらを見ている、これは食べてリアクションしたほうがいい雰囲気だな。
割り箸を割って一切れ出し巻き卵を口に運ぶ。
口の中で卵のまろやかさと醤油の濃さが絶妙に合う。
「おお、おいしい・・・ですね。」
と思わず本音がもれる。
真面目な顔はほぐれて少し口角が上がる。
「よかったです。」
「いえいえ、こちらこそ。」
「失礼します。」
中室は退出しようとドアノブに手をかけた時、一応聞いてみた。
「昨日見たこと知りたいですか?」
ドアノブに手をかけて考えたのだろう、ポニーテールが静止画のように見える。
意を決して再びこちらの席に振り返る。
「教えてください。」
「中室さんが見たのは先人の記憶です。」
だいたいの悪霊は人間や動物にとりつく、そしてかつて肉体を持っていた時の記憶を見せてから体に影響を及ぼさせる。体が乗っ取られることもあれば逆に悪霊を吸収して力に変えることもできる、だが後者はなかなかいない。
「菅さんも見れるんですか?」
「僕は下級除霊士だから記憶は見れないんです。ですが死んだ理由は読み取れるんです、まあ御札を通してですが。」
つまり一生憑りつかれることはなく人や動物の記憶も見ることはない、生まれ持った除霊士の資格だがデメリットももちろんある。
「私は崖から海に飛び降りた女性を忘れないでしょう・・・失礼します。」
先人の記憶は消せない、忘れることはあっても心の奥底に眠るだけだ。
「生徒会長なら生徒たちにも口酸っぱく夜は人気のない所に行かないように言っといてください。」
再びドアノブに手をかけて出て行く。
腕時計を見ると五時が過ぎている。
帰って洗濯物部屋干しして仮眠しよう。
夜月明かりが青白く光る頃関島女学院の隣の女子寮で自主勉強する一人の女子高生に危機が迫る。
二人組の寮部屋で勉強する女子高生は石蔵雪子、国立大コース1年A組内地出身である。
髪は肩まで伸ばしていて黒髪で下している、前髪は眉毛を隠して目はぱっちりしている。
数学の教科書を読むために黒のリュックサックの中を探すが1年A組に忘れたようだ。
同じ寮のレベッカはこの時間行方不明で、いつもいない。
寝る時のジャージを着たまま、数学の教科書を取りに真っ暗な学校に戻る。
懐中電灯を点けて歩く夜の学校は不気味だ。
石蔵は学校に夜行くのは校則違反だが100も承知。
行かないと数学の予習が出来ない、隣の寮の女子に借りれば早いが内向的なため、石蔵にとっては取りに行った方が早いのだ。
自分の机の中を手当たり次第あさると数学の教科書一冊だけが出てくる。
安堵の息をついて再び隣の寮に戻る。
中庭を出るとアジサイの花畑からもぞもぞ音が聞こえる。
寮に通じる廊下を出て花壇のほうに行くと、懐中電灯を向けると銛を構えた漁師が出てきた。
心臓が驚いて声も出ず腰も抜かしてしまった。
漁師は石蔵に向かって銛を突こうとしたときであった。
御札が漁師の体に当たり、漁師は気絶した。
アジサイの花畑から今度は島では珍しいスーツの男が出てきた。
しかもスーツに蛍光ベストを羽織り、工事現場で使うようなヘルメットをしている。
ダサいの一言に尽きるが状況が状況なだけにそんなことは口が裂けても言えない。
「上手く説明できないけど、この漁師は無念な死を遂げた足軽に操られてただけだから僕に任せてください。」
石蔵に名刺を渡してから、ダサいスーツの男は漁師を抱えて学校から去った。
嵐のような出来事だった。
しばらく頭が真っ白だったが、立ち上がりジャージについた泥を掃う。
何事もなかった、いや、心にそっと閉じて寮に戻った。
髪の毛が腰まであるパジャマ姿の上級生とすれ違う。
ジャージの泥を見られて、上級生に声をかけられる、
「どうしたの、大丈夫?」
聞き覚えのある声、寮の廊下でパジャマの生徒会長に出会う。
いつもポニーテールで眼鏡のイメージだから声をかけられたとき生徒会長だと気づかなかった。
「はい、教科書を取りに戻った時花畑から物音が聞こえて近づいたらいきなり猫が出て来て転んじゃいました。」
「そう、怪我してない?」
「はい、この時間に学校に戻ってすいません。」
「今度から忘れ物に気を付けてね。」
生徒会長は寮に戻る。
いつものように長く注意されることはなかった。
寮に戻るとジャージのレベッカが編み物を編んでいる。
「ユキ、どこ行テタノ?」
片言で聞かれるが、こっちのセリフだ。