漁船から島が見える。
波止場は地平線まで広がっており、波止場に停泊している数百隻の漁船や小型船が港を占領している。
町にはビルらしいものは見当たらず、住宅が傾斜のせいかひな壇のように並んでいてその奥には緑の山が見える。
漁船は波止場に到着し、島に上陸。
波止場を出て車一台分の古いアスファルトに出る、看板には【ようこそ、魚介島へ】と書かれている。
この島で生きるための全てが入ったキャリーバックを引きずって、役所を目指す。
三角定規の鋭い角度の上を歩くような傾斜坂でカッターに赤リボン・赤チェックスカートの女子高生たちとすれ違う。
多くの女子高生たちは物珍しそうに視線をこちらに向け坂を下って行く。
確かに高校生と作業着を着たおじさんとおばさんしか見当たらない島で、
上下黒のスーツでキャリーバックを引いている男などこの島でただ一人ここにいる自分だけだ。
腕時計で時間を確認すると二つの針が右を差している。
どうやらどこかの高校の下校時間らしいが、そんなことよりも坂の傾斜がきつい。
30分かけて海抜が少し高い役所に到着する。
制服を着たおばさんに話しかける、
「すいません、明日からここで働く者です。菅霊太郎と申します。」
大部屋から遠くの六畳くらいの個室におばさんに案内される。
どうやら除霊士という胡散臭い職業は歓迎されていないようだ。
使い古された仕事机だが、ほとんどここで仕事はしない。
だがこれまでの除霊資料を机の中に放り込み、少しでも荷物を軽くする。
この役所が地方自治として機能しているのだろうか、と思うくらい役人の平均年齢が高い。
挨拶周りを一通りしてから自分の与えられた部屋に戻る。
入口のドアに【除霊担当課】と書かれた紙を貼り付ける。
とりあえず感がすごいがまあ仕方ない、一人だし。
社宅に帰る為再び急こう配な傾斜を降りて行く。
太平洋に沈む夕日を見る。
「おお。」
海は茜色に沁み渡り、なんとも神々しい。
坂を下っているとポニーテールの黒髪でボタンを上まで閉めたカッターに赤リボン・赤チェックのロングに近いスカートを履いた眼鏡をかけている女子高生が仁王立ちしている。
さっき役所に行く途中にすれ違った高校生たちとおそらく同じ高校だろう。
何か感情的な顔でこちらに目を向けているが、無視しよう。
道を譲ろうと眼鏡の女子高生の横を通ろうとするが向かいに立つ。
キャリーバックをゴロゴロ、右往左往して下っているうちに正面で向き合う。
その女子高生は眼鏡をあげた後、腰に両手を当てて、
「あなたが菅霊太郎さんですか?」
「はい、そうですが・・・」
「申し遅れました・・・私は中室正子と申します、私立関島女学院高等学校、体育コースの三年A組生徒会長です。風紀を乱すような行動はやめてくださいね。」
きっと転校してきた男子高校生に間違えてるのだろう。
ここは上手くやり過ごすか、いや本当のことを話そう。
「私は市役所に勤める・・・」
と自己紹介しようとすると、
「知ってます、訳の分からない除霊担当という役員ですよね。」
人の話をさえぎって失礼なこと言うなぁ。
迷惑な生徒会長さんだ。
「風紀を乱すというか、むしろその逆なんですが・・・」
中室正子という女子高生はため息をついて、
「とりあえず、うちの高校の生徒とは話さないでください。」
と言って坂を上りはじめる。
竜巻が目の前を通った気分だ。
社宅の独身寮について、キャリーバックを玄関に置きっぱなしにして渡航の疲れからスーツのまま床の上で仮眠をとる。
一方中室は学校周辺の見回りの後、暗くなった道を下校する。
利き手には懐中電灯を持ち、片方はバッグを持つ。
それくらい魚介島の夜の町は暗黒なのである。
住宅のない坂道にさしかかると、後ろからカタ・カタと革靴が地面を踏む音が聞こえる。
顔をゆがめて振り返り懐中電灯を照らす。
「誰ですか?」
語気を強めにもう一度、
「誰かいるんですか?」
もう一度歩きはじめると、またカタ・カタと音が聞こえる。
もう一度振り返り、懐中電灯を照らす。
道の端から端まで照らすが電柱はなく隠れる場所もない。
不気味に感じ早歩きで坂を下って行くと、
カタカタカタカタと足音が早くなる。
振り向くとゾワーっと黒い影が視界を襲う。
目を開けると実体はとある民家にある。
四角のテーブルに白飯と魚とホウレン草が置いてある。
カレンダーは昭和18年と書いてある。
「何これ・・・」
目の前で着物の姿の男性と女性がご飯を食べている。
「明日戦地に送られる。」
「必ず帰ってきてください。」
女性を触ろうとするが手はなぜかすり抜ける。
「私死んだの?」
受け入れがたい状況だ。
場面は変わる、実体が空中に浮いている。
翌日木造民家がひしめく砂利道で茶色の軍服を着た男性がお立ち台に立っている。
「大日本帝国及び臣民としての務めを果たしてきます。」
見上げる人々は万歳をしていた。
そのはるか後ろではハンカチで涙をぬぐう女性がいる。
「さっきご飯食べてた男の人と女の人?」
またさらに場面は変わる。
四角のテーブルに白飯と魚とホウレン草が置いてある。
カレンダーは昭和25年と書いてある。
「一体そうなってるの?」
すると玄関に軍服を着た男性がいるがその男の人はさっきのお立ち台の人と違う。
男性と話をして涙を流す着物の女性。
最後の場面・・・
そして崖から着物の女性は飛び降りた。
目が覚めて腕時計を確認する。
二つの針は左を差す。
「あ。」
急いで蛍光ベストをスーツの上から着て電灯付きヘルメットを装着する。
寮から飛び出て気配を探す。
近くに悪霊が誰かに憑りついているのを察知。
坂を急いで走って上る。
中室は勝手に体が動く。
「た、た、た。」
自分の体なのに助けてと叫べない、それに勝手に手足が動く。
ガードレールに手をかけ、向こう側に行く。
下は家だが、落ちると十分に死ねる。
息を切らして気配の根源に到着すると、ガードレールの向こう側の髪の長いポニーテールの女子高生が見える。
中室は光のする方向を向くと菅が見えた。
目が合う・・・
スーツから二枚のお札を取り出し、中室に投げつける。
中室は手足が自由に動くようになり振り向き笑顔でこちらを見る、すると強風で中室は足を取られる。
野球もサッカーも苦手だがヘッドスライディングでガードレール下に飛び込み上半身が出る。
間一髪・・・
中室は右手で菅の右腕を掴み、菅も右手で中室の右腕を掴む。
眼鏡が奈落に落ちて行く。
「離して、二人とも落ちる。」
「あきらめてたまるか!俺の初仕事だ!!!」
左手でガードレールを支える棒を持ち、そのまま右手だけで中室を引きずり上げた。
先に立ち上がり、ほこりを払ってから中室の手を取り立たせる。
「夜は危ない、送るよ。」
すると中室は、
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
と恐怖から解放されたのか抱きつかれ泣きじゃくった。
抱きつかれて驚き、女性経験のない自分はどうしていいか分からず、とりあえず頭を撫でた。