不本意にもマスターとサーヴァントの契約に至った神父から宛てがわれた部屋は、以前誰かが使っていたらしい痕跡が残っていた。
「この部屋、前は誰が使ってたんだ?」
興味本位で聞けば、神父はニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、気になるのかとわざとらしく聞いてくる。
「答えたくねぇなら、別に…」
「以前、使っていたのは私の息子だ。もう戻ってくることは無いだろうから適当に使え。」
この神父に息子が居たことにも驚いたが、もう戻ってくることは無いだろうという神父の発言が気になった。
「気になるという顔だな。なに、死んだりはしてないさ。数年前に家を出たきり、戻らないだけだ。」
「あんたに嫌気が差して家を出たのかもな。」
嫌味を込めてそう言った積もりなのだが、神父からは乾いた笑いが漏れた。その反応からして案外、的はずれではなかったようだ。
「司祭の息子でありながら信仰心の欠如した不肖の息子だ。信仰心の無い奴は教会にいらないと言ったら、まさか本当に出て行くとは思わなかった。」
「信仰心ねえ…」
こんな神父に育てられたら、芽生える筈の信仰心も芽生えてこないように思える。神父の息子が此処を出たのは正解だろう。
「何故、貴様がここにいる。」
「俺がいちゃ悪いかよ。神父がここ使えって言ったんだよ。」
金ピカが明らかに不機嫌そうな顔つきで俺を見る。いちゃ悪いかと返せば悪いと言う始末。
「お前にも部屋あんだろ。なんでここに来るんだよ。」
「言峰め、リヒトの使った部屋を犬に宛てがうとは。」
「犬って言うな!リヒトって、神父の息子か?」
リヒト、それが神父の息子の名前らしい。
「もうリヒトが戻ることもないとお前に部屋を明け渡したか。」
フンと鼻を鳴らし、金ピカはどかりとベッドに腰掛ける。そこ、今
は俺が使ってるんだっつの。
「まったく、リヒトもリヒトだ。信仰心が無い奴は出て行けと言われただけで、此処を出て女の家に転がり込むとは。気に食わぬが、此処よりも存外居心地がよいのだろうな、一向に戻る気配が無い。」
らしくもなく、金ピカは一人でぷりぷりしてごちる。神父の息子、家を出て女のところに転がり込むとは甲斐性の無ぇ奴だな。
金ピカの言葉から察するに、神父の息子は遠くへ行ったという訳でもなくわりと此処から離れていない場所にいるらしい。
ふと、興味が湧いた。
「お前がリヒトか?」
「きみ、誰?」
神父の息子は神父とは似ても似つかない優男だった。信仰心が無いって割には、身に纏う黒衣の司祭服は案外よく似合っている。
「あぁ、きみか。ランサーのサーヴァントは。」
「その通り、ランサーのサーヴァントだ。修復作業、ごくろうさん。お前もこき使われて、大変だなぁ?」
「そういうきみは何故僕にわざわざ声をかけたんだい?殺すならさっさと殺せばいいのに。」
リヒトはわざとらしく肩を竦め、俺を挑発する。
撤回だ。こいつ、やっぱりあの神父の息子だ。いっそここで殺しちまうか。
「…お前、やっぱりあの神父の息子だな。」
「キレイを知ってるのきみ?あ…もしかして教会の新入りってきみのことか。キレイが昨日から仕込んでた夕飯食べてくれてありがとね。」
その一言で、今日の悪夢が蘇る。今日の夕飯で神父が出したのは地獄の釜の中で煮立った血の様に真っ赤な色をした麻婆豆腐だった。激辛なんてレベルのもんじゃねえ、舌がものっそ焼けるように熱くなり舌の感覚が未だに戻っていない。
「何でそれを…人に嫌なこと思い出させるんじゃねえ!辛いってレベルじゃなかったんだからな!!」
「ごめんごめんって。でもキレイってば王様と契約済みの筈なのに、何でまた新しいサーヴァントと契約なんか…人に聖杯戦争で贔屓するな、過干渉も絶対にするなって言っときながら何やってんのかな。」
こいつ、俺のマスターが神父であることを察したらしく、あの金ピカと神父がサーヴァントとマスターの関係であることもとうに知ってるらしい。
「サーヴァントはマスターを選べないからなぁ、君には悪いね本当。」
何で俺は初対面の相手に同情されなきゃいけないんだっつの!殺す気だったのが一気に脱力してしまい、興醒めだ。
「僕のこと殺すんじゃなかったの?」
「てめえの所為で興醒めだ!ア〝ーヤメヤメ!!俺は帰る!連戦続きで体もだりぃんだよ!」
「ランサー、今度暇かい?」
「は?」
何だよこいつ?何で俺の予定聞くんだ。思わず素っ頓狂な声が出る。
「なんか美味しいもの奢るよ、今日の夕飯のお詫びだ。さて、僕も一旦戻らないと。」
呆気にとられる俺を傍目に、司祭服を翻しリヒトはいつの間にか姿を消していた。
番外編、オリ主①のフリをしたオリ主②がランサーと初邂逅の話。監督役補佐の仕事中はゼロ峰が来てた司祭服をそのままお下がりで着てる設定。