双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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同性同士のあれやこれのBL表現有りなので注意。


番外編 真夜中のから騒ぎ

うつらうつらとした微睡みの中、不意に夢の様なものを見た。正確には夢ではないけれども。それはぼくであって、ぼくじゃない、誰かさんとキャスターのものだ。

 

 

場面は、いつぞやの全壊してしまった遠坂邸のリビング。姉さんがアーチャーを召喚した直後だと思われる。

 

 

 

姉さんの召喚儀式中、待機してる間にぼくは寝落ちしてしまったのだ。目の前には、不服そうな面持ちで此方を見るアーチャーがいた。ぼくはと言えば、それは大層可笑しそうに笑う始末。

 

 

これ…まさか、アーチャーとの初対面の時では?向こうからして見れば、初対面で急に大笑いされて気分を害したかもしれない。

 

 

 

そういえばアーチャー、姉さんの無茶な召喚で天井をぶち抜いて現れたからリビングが全壊してしまったのだった。

 

 

ぼくは笑いながらも、最初はアーチャーに対して様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた様子だ。

 

 

 

ずっと会いたかった、やっと会えた。けど、彼はぼくをいなかった者として忘れている。会えた嬉しさと、忘れられてしまった悲しさ。嬉しいけれども悲しい。

 

 

嗚呼それでも、ひどく久しい彼がやはり狂おしい位に…ぼくにはその感情が、まだよく分からない。

 

 

その感情は時に、激しいと身を焦がす様だとは言うけれど、確かに胸の辺りが焦げ付いた様に熱くてひどく苦しくなる。

 

 

 

場面は何度か切り替わった。大抵、キャスターもしくは誰かさんがアーチャーと共にいる場面が多かったのだけれど。

 

しかし急に、後ろで腕を縄か何かで、縛られたシロが今にも泣き出しそうな顔をした場面に出くわした時には何事かと驚いた。

 

 

 

天国のお祖父様が聞いたら、卒倒しそうな位にはあまり意味のよろしくない言葉でシロを強く咎め、ぼくはひどく苛立ちを覚えていた。

 

 

君のこと、本気で嫌いになりそうだよ。なんて、絶対ぼくならシロに対して言わない言葉だ。あれ?なんか前、シロに真逆のことを言われた気がする。お前に、嫌われたくないとかなんとか…もしかしてシロがあの時、妙なことを言ってたのはこんなことがあったから?

 

 

 

そして次の瞬間、また場面が切り替わった先で出て来たのはあの恐ろしいバーサーカー。場所は何処かの、やたらと広い屋敷の様な屋内だ。

 

 

共にいたアーチャーはあちこち傷だらけの満身創痍で、ぼく自身も相当消耗していた。けれど、互いに互いを死なせる気は毛頭無くて、互いに互いを絶対生きて帰らせるという思いを込めた強い眼差しを交わし合う。

 

 

まるで随分と長い間、戦場を共に生き抜いてしまったロクデナシの戦友の様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…リヒト?寝るなら、歯磨いてから寝ろよ。」

 

 

耳をくすぐる、頭上からのシロの声。そして目元を撫ぜる、冬の乾燥でややカサついた指先の感触。もう随分遅い時間だから、体の眠気がピークに達して限界だ。

 

 

 

見上げた途端、ぼくを覗き込むシロの顔を見て、不意に抱き締めたい衝動に駆られたのは多分夢の所為かもしれない。

 

 

「おい、リヒト…って、わぷ!?」

 

 

 

おもむろに両手を伸ばし、シロの体を此方へと引き寄せる。無防備だったシロの体は、簡単にぼくの腕の中へポスッと収まってしまう。

 

 

果たしてこれが、単なる庇護欲なのかそれともそういった感情なのか。まだぼく自身、分かり兼ねている所がある。まぁ、今の関係自体がかなり普通じゃないのはぼくも自覚済みだ。

 

 

 

シロが妙に慌てた様子で、離せとか言ってるのをわざと聞き流す。目元をくすぐる様に、指先でそっと撫で上げればシロが大人しくなるのに気づいたのはつい最近のこと。

 

 

「…シロ」

 

「な、なんだよ…?」

 

 

 

腕の中、シロがぼくの呼びかけにぎこちない様子で返事をする。意識は眠気でぼんやりしてるけれど、ふと思ったことを質問として彼に投げかけた。

 

 

「セイバーと、これからも…ずっと一緒に居たい?」

 

 

 

シロは今日、父さんのいる教会までセイバーがこの世に留まれないかとわざわざ聞きに来た。ぼくのこともついでながら、心配してアーチャーと迎えに来てくれたらしいけれど。セイバーの置かれた現状を知り、シロは躍起になってる節がある。

 

 

「それ、お前の方が…じゃないのか。」

 

「…ぅえ?ぼく?」

 

「……気付かなかった俺も我ながら悪かったけど、さ。」

 

 

 

気付かなかった?シロは一体、何のことを言っているのだろう?。ふと、シロの表情が何処と無く辛そうに歪む。

 

 

「俺、応援…するから。セイバーはサーヴァントで、リヒトは生きてる人間だけど。サーヴァント同士でも結構自由な奴らも身近に例がいるし、案外なんとかなるかもしれないぞ。」

 

 

自由な奴らって、キャスターとアーチャーのこと?あれはキャスターが色々好き勝手して、アーチャーがそれに絆されてるだけだから自由にやっているかは甚だ疑問なんだけど。

 

 

「俺は聖杯なんかいらないし、セイバーも過去を変えたいから聖杯が欲しいって言ってるけど…セイバーにも幸せになる権利があると思ってる。だから、リヒトにならセイバーのこと任せられ「ちょっと待って、シロ!」

 

 

 

シロってば、本当に何処まで人が好過ぎるんだと思いかけ、慌ててシロに待ったをかける。

 

 

「だってお前…」

 

 

 

セイバーのこと好きなんだろ?シロの口を吐いて出た言葉に、思わず面食らう。つい今さっきまでの、眠気が一気に吹き飛んだ。ぼくが?セイバーを??何で急に、そんな突飛押し過ぎる発言がシロの口から出てくるのさ?

 

 

「あの、シロさん…?君、また随分な思い違いをされてませんか??」

 

 

 

恐る恐る、シロの顔を覗き込んでまたどうしてそんな結論に至ったのかとシロに問う。すると、シロは顔を俯き気味に何やらボソボソと口にしたが一瞬よく聞き取れなかった。よく聞こえなかったからもう一回言ってと催促したら、シロの顔がぶわっと真っ赤になる。

 

 

「だからキス…!セイバーに、されたんだろ。」

 

「君とだって、何回もしてるじゃないか。セイバーにされたのは頬に一回だよ。お礼だって言われてさ。君に知れたら絶対やきもち焼くと思ったから、黙ってたのは謝る。ごめん。」

 

「何回もって、あっけらかんとお前なぁ…!」

 

やきもちなんか焼かない!と、シロは赤面しながらも反論してきた。絶対、これは今の段階でかなりやきもちを焼いてる。顔にありありとそう出てるから、かわいいなぁと思ってしまう。

 

 

「ぼくがセイバーに反則を承知で、血液提供したり君を差し置いて彼女の看病をしてたから?あの時はなんて言うか…まぁ、命の恩人を見す見す消滅させたくないって思いはあったけどね。」

 

 

シロから見て、思わせ振りな行動を取ってしまった自分にも非がある。

 

 

「ぼくが初めて、セイバーに会ったのは七歳の時だ。もう十年は経ってるけど…セイバーにとってみれば、十年前のことはほんの数日前の様な感覚なんだよ。だから、ぼくは未だにセイバーの中では七歳だった時で止まってる気がするなぁ。ぼくとしてはもう少し、大人扱いして欲しいと言うかね。ぼくにとって、セイバーは命の恩人以上にはなり得ないよ。」

 

 

 

あのキスも、親が子供にする様な意味合いに近い。しかも君だって、似た様な事ことされただろうに。

 

 

「……それを言うなら君こそ、もう一人のぼくにキスされたじゃないか。」

 

「な、何でそれをリヒトが知ってるんだよ…!?」

 

 

 

君だって、おあいこじゃないか。アインツベルンの城で、もう一人のぼくにキスされたこと、覚えてないなんて言わせないよ。こっちが逆に追求すると、途端にシロは慌て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャスターが時折見せる様な、意地悪そうな笑みを浮かべたリヒトに思わぬ追求をされて内心ひどく動揺してしまう。

 

 

「サーヴァントとマスターは、精神的に繋がってる。ましてや、彼もぼくだからね。精神的な繋がりは一層深いみたいだ。ついさっきも、夢で彼と一緒に君が出て来たんだよ。ぼくの知らないところで、結構仲良くしてたみたいじゃないか?妬けちゃうなぁ。」

 

「色々、相談に乗って貰っただけだ…あとは別に、」

 

 

 

俺がやきもち焼くなら兎も角、何でリヒトがあいつに妬く必要があるのさ?やましいことなんて無いのに、つい言い淀んでしまったのは何でなのか。

 

 

「ぼくだって、嫉妬位するよ。ましてや、君がぼくを差し置いてキャスターやもう一人のぼくを頼ったら余計にね。ぼくじゃ駄目なのか?ってさ。本来、中立な立場でこんな気持ち抱いちゃいけないのは分かってるよ。」

 

 

 

頰の熱が、更に上がった気がした。それは、どういう意味なんだと。

 

 

「…リヒトを頼りにしてない、訳じゃないし。」

 

「もしかしてセイバーのこと、ぼくがセイバーを好きだからと思って躍起になってた節もある?君って奴は本当、人が好過ぎると言うか…」

 

 

 

そう言いかけ、リヒトが不意に…これまた時折、俺に見せる様になった優しげな笑みをふわりと浮かべる。そして、頰を撫でられる大きな手の感触。言い知れぬ心地良さを覚え、いけないとは思いつつも身を預けたくなる。

 

 

そろりと瞼を伏せかけると、耳元でキスしてもいいかとリヒトからわざわざお伺いを立ててくる声。つい、頷いてしまう。

 

 

 

すると、瞼に一瞬羽でも掠めた様な柔い感触。間も無く、額にこつりとリヒトの額が当てられる。

 

 

伏せかけた瞼を開けると、女子なら黄色い悲鳴を上げそうな距離で、リヒトの綺麗な瑠璃色の目と視線が交差した。今、猛烈に恥ずかしい。

 

 

 

一成や慎二も、同性ながら整った顔をしていると思うが、リヒトは何と言うか…近寄り難いタイプな顔の整い具合からして、あんまり至近距離だと刺激が強過ぎる。心臓が痛い位、ドキドキした。

 

 

「…なんか急に、シロのおでこが熱っぽくなった。」

 

 

くすりと、可笑しげに小さく笑う声。誰の所為だよと、益々おでこに熱が集中してしまう羽目になる。

 

 

不意に、寒さと冬の乾燥でカサついた下唇をリヒトの指先にそろりとなぞられて心臓が跳ね上がった。手入れしてないのがバレるから、不意打ちで触れるのはやめて欲しい。

 

 

 

「シロ、リップクリームとかでちゃんと唇の手入れしてる?」

 

「いや…塗ってない。」

 

「冬の乾燥でひび割れたら痛いし、メンズ用もあるから、買うなりしてちゃんと塗らないとダメだよ。」

 

 

そういえば、いつもリヒトはきちんと手入れをしているのかキスをされる感触に、気になる様なカサつきは無く、むしろ気持ちが良…そう考え、何をやましいことを考えているのかと、頭の中の不埒な考えを打ち消す。

 

 

今更何をと思うが、どうにもリヒト相手にやましいことを考える事自体が妙な背徳感があり、自分でも無意識に避けようとしている。

 

 

「そういえば、あんまりお前と話す時…下ネタなんかの話題にならないよな。」

 

「あー…それ、クラスの友達にも言われる。お前にそういう話題振り辛いって。ぼくだって、健全な一男子高校生だよ。」

 

 

 

皆、リヒト相手に考えることは同じらしい。お前な、つい最近まで遠坂と同じ屋根の下で暮らしてたけしからん奴が何を言うのやら!

 

 

「……遠坂と一つ屋根の下で、暮らしてた奴が何言ってんだよ。」

 

「むしろ、ぼくと姉さんがどうにかなって欲しかったって言い草だね?ヤキモチ焼きのシロさんこそ、何言ってるのかな。」

 

「ちがっ!遠坂とお前がどうこうなって欲しかったとか、そういう意味じゃない。」

 

 

 

こういう時、何て言えばいいのやら的確な言葉が見付からない。ヤキモチ焼きは認める。言葉が見付からないなら、行動で示すしかないのか。

 

 

「なら、目…閉じろよ。」

 

「目?」

 

「だから!目閉じないとッ、き…キス!できない…だろ。」

 

 

 

最後まで言い切れず、語尾が急激な恥ずかしさでしぼんでしまう。キスの一つでもしたらいいのかと思い、意を決して自分からしようとすると、ひどく恥ずかしい。

 

 

リヒトが俺を見、きょとんとした表情をするから余計にし辛い。けど、直ぐにリヒトの瑠璃色の目が薄っすら閉じられる。

 

 

 

「…ほら、閉じたよ。」

 

 

カサついてんのはまぁ、今回は許してくれ。ゆっくりと、俺からリヒトに軽く口付ける。

 

 

 

あぁ、やっぱりリヒトの口唇はきちんと手入れもされているらしく、乾燥によるカサつきとは無縁で柔らかい。

 

 

ふわりと、リヒトの魔力が体に僅かながら流れ込んで来る感覚。恐る恐る離れようとしたら、突然後頭部をリヒトの手にがっしり掴まれる。まだ足りないとせがまれる様に強く引き寄せられ、離れるタイミングを見失う。

 

 

 

「むぐウッ!?」

 

 

なんともまぁ、色気の無い間の抜けた声が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…シロ、大丈夫?」

 

 

やましいことなんて全くしてませんと言わんばかりに、清廉潔白を装った顔をして、こちらの様子を伺う昔馴染みが非常に恨めしい。ぜぇぜぇと、肩で息をするのが精一杯の自分にも情け無さを覚える。

 

 

 

「ぜはぁ、全然…大丈夫じゃ、ない!窒素するかと思ったんだからな!?」

 

「鼻で息すればよかったのに。」

 

「あ…」

 

 

言われてから、気付く。人体には口の他に、鼻という呼吸器官がもう一つあったじゃないか。

 

 

 

「君の場合、身の丈に合わない大胆さは程々にね。けど…求めよ、さすれば与えられる。何事も、自ら求める姿勢は大事だよ。」

 

「お前はまた、小難しいこと言って…!」

 

俺の思い違いは解消したが、やっぱりリヒトが何を考えているのやら分かりかねる。また小難しいことを言われて、誤魔化された様な気がしないでもない。今日はもう遅い。歯を磨いたら、さっさと寝てしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバー?」

 

 

襖の先、小さく抑えめのあの子の声に呼ばれて薄っすら目を覚ます。リヒト?そう呼びかければ、ただいまとあの子の声がした。

 

 

 

「…おかえりなさい、遅かったんですね。」

 

「うん、もうこんな時間だよ。僕も直ぐに寝るから。」

 

「もう、遅いですし…そうして下さい。シロウがあなたのことを、随分と心配していました。」

 

 

隣で今は寝ているであろう、マスターのことを彼に報告する。苦笑する声がかすかに聞こえた気がした。

 

 

 

「シロにも心配かけちゃったね。彼の怪我も、今は大丈夫だから。」

 

 

彼とは、もう一人のメイガスのことだ。あの黄金のアーチャーが去った直後に、膝から崩れ落ちた彼を思わずあの子の名前で呼んでしまった。

 

 

 

あの子とメイガスを、違えることはそうそう無い。なのに、あの時は何故かメイガスをその名前で呼んでしまった自分が我ながら腑に落ちない。もう一人のメイガスは直ぐ、イリヤスフィールに伴われて比較的軽症だったアーチャーに空き部屋へと担がれたのを見たきりだ。

 

 

「よかったです。では、おやすみなさいリヒト。」

 

「おやすみ、セイバー。」

 

 

 

あの黄金のアーチャー のことは気にかかるものの、今は休息が必要だとからだが眠りを欲している。あの子の声を聞き、少し安心した所為か眠気は直ぐにやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は本当に、あの子のフリが上手いな。」

 

「…まぁ、元本人だし。」

 

 

二人を寝かし付け、隣室で寝ているセイバーに軽く声をかけてから彼は衛宮士郎の自室から何食わぬ顔をして出て来た。そのまま、歩き出した彼の後を私もついて行く。

 

 

 

「体は、平気なのか…?」

 

「イリヤ姉さんのおかげでね。ますます、頭上がらなくなっちゃった。」

 

 

いつも通りの彼で内心、密かに安心したのは内緒だ。するとその時、何者かに背後から容赦無くど突かれた。

 

 

 

「アーチャー♪」

 

背中をさすり、恐る恐る背後を振り返れば…やけに語尾を弾ませ、気持ち悪い位のニコニコした笑みを浮かべた先輩だった。嫌な予感が背筋を駆け巡る。

 

 

 

「さぁさぁ、本官たちに渡すものがあるだろ?凛から目撃証言は得ているんだぞ。」

 

 

目の前に、ズズイッと先輩の両手が差し出される。気の迷いで、あんなものをつくるのではなかった!!

 

 

 

「そういえば今日、聖バレンタインの日だよねー日本では。聖ウァレンティヌスも、自分の記念日が異国の製菓会社にこんな風に利用されてるって知ったらびっくりするだろうね。」

 

 

彼がわざとらしい声で、更なる追い討ちをかけて来る。

 

 

 

「ッ…!冷蔵庫にノンアルの赤ワインと、パルメザンチーズ入りのチョコサラミがあるから取ってくる!待っていろ!!」

 

「「はーい。」」

 

 

つい気の迷いで、ささやかながら二人用に用意したものだ。こういう時ばかり、息のぴったりなあの二人がやや恨めしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖書において、ノアは大洪水の後に農夫としてぶどうを栽培し始めたとある。」

 

 

リヒトから、先輩は酒に弱いと聞いていたからせめてノンアルコールのワインをと用意した筈だった。

 

 

 

「…キャスター、まさか酔ってる?急にそんな話しだして、どうしたのさ。」

 

 

彼が聞けば、先輩はいたく機嫌が良さそうだ。そして、その頬は薄っすら赤みが差し、蜜色の瞳はより甘みを増したかの様にとろりとしている。これは…酔ってるな。

 

 

 

「栽培したぶどうを発酵させ、ぶどう酒をつくり…ある日、彼はそれを飲み、ひどく酔っ払ってしまった。ノアには三人の息子がいたのだが、酔ったノアは末の息子に対して自らを介抱した際に非礼があったとひどく怒り、そして呪いをかけた。子孫累々まで続く様な恐ろしい呪いをだ。全く、酒の力は恐ろしいな?」

 

「シロ、キャスターってすっごくお酒に弱いんだよ。特に、ワインとか。ノンアルだから多分、大丈夫かと思ったら駄目だったか。」

 

彼が深い溜息を吐く。英霊はその逸話によりけりで、思わぬ弱点が生じる場合もある。例えば、かの大英雄は不死身の肉体を得たが唯一の弱点として、踵には不死の力が及ばなかったという。

 

 

 

先輩もまた、自らの逸話ではないにせよ、ルーツを同じくした者の逸話が彼に当てはめられてしまうらしい。

 

 

「生前はこれ程、酒に弱くはなかったんだがなぁ。」

 

 

介抱の仕方を間違えて、私まで呪いをかけられてしまってはたまらない。さてどうしたものかと考えていると、不意にずっしりと伸し掛られた。先輩が私に全体重をかけ、逃げられなくされる。

 

 

「酔っ払いは早々に寝るべきだ…!なぁ、頼むから君も先輩をなんとかしてくれ!!重いッ…!」

 

「面倒だからパス。」

 

 

 

彼に助けを求めた時には、既に彼の姿は無かった。あの悪魔…!!チョコとワイン美味しかったよと、酔っ払いの体と声を借りて、彼は最後に私の耳元で囁いて耳たぶに軽くキスを落とされた。

 

 

 




キャスターの筋力はB設定。

fgo第二部の一章クリアしてきました。ぐだのSAN値がゴリゴリ削られるけど、カドック少年とアナスタシアのやり取りは好き。2章配信待ちながら、1・5部の残りもぼちほちやりたいです。

2018/05/05加筆

以下より番外の更に番外編
【から騒ぎの夜明け】


朝、窓から薄く差し込む朝日の光で目を覚ます。同じ布団にて、まだ穏やかな寝息を立てている昔馴染み。


あぁ、昨晩は雪による肌寒さを言い訳にして二人一緒の布団で寝たのだった。その顔を見たら昨日のことを色々思い出して、一人恥ずかしくなる。



もう何で、あんなことをしてしまったのかと言い訳は出来ない。
天国の親父へ。正義の味方を目指す前に、俺は色んな意味で道を踏み外しかけてます。いや、もう踏み外しているのかもしれないけれども。


昔馴染みのデレがあらぬ方向に振り切れて、最近では昔馴染みの俺に対する態度というか感情がよく分からなくなり始めてる。



ほんの二週間くらい前まで、俺から触らぬ神に祟りなしで極力接触を避けていた程の苦手意識を持っていた筈なのに。


今思えば親父が死に、少なからずも当時の俺は精神的ショックを受けたらしい。そして親父が死んで以来、ぱったりと来なくなった昔馴染みをその寂しさからか記憶の彼方へと押しやった。それはもう綺麗さっぱり。


数年後、俺らは再会を果たした訳だが。



俺は昔馴染みをすっかり忘れており、向こうも親父が死んで以来、うちに来なくなったことに後ろめたさがあり、俺が自分のことを忘れてることを悟ってか自分から俺に話しかけることが出来なかったとか。


まぁ親父のことに関しては、別にもう落ち着いてる。



嫌われては、いないだろう。時折俺に向けられる、その甘ったれた目からして好意を向けられていることは何となく分かる。


それが果たして、友愛なのかそれともと思いかけて思考を半ば強制的に停止させた。多分、それは今結論を出すべきではないと。



本音を言うと、脳裏にあの苦手な神父やら昔馴染みが姉と呼び慕う彼女の顔がチラついたからなのだけれど。本当に、難儀だ。


『一応、忠告しとくけど…あの子、まだ主の所有物だからね?』



昔馴染みそっくり…いや、瓜二つの誰かさんの言葉も過ぎる。うるせぇ、俺だってそれくらいは弁えてるつもりだっつの。って、俺は何で朝から一人こんなにモダモダしてるんだよ。


「シロ?」



不意に、昔馴染みの声に名前を呼ばれる。見れば、まだ眠気が残る瑠璃色の目がこちらを見ていた。


「……おはよ。いま、何時?」



眠そうにリヒトは小さく欠伸をし、手探りで枕元の携帯に手を伸ばす。携帯の場所を探り当て、ぱかりとディスプレイを開いて時間を確認している様だ。


「あと、30分…寝ていい?」



まだ起きるまで、時間に少し余裕があると判断したらしいリヒトは何処か甘える様な声で言う。無理も無い、昨日は深夜まで起きてたんだ。


「まだ寝てていいぞ。俺は「…もう起きちゃうの?」



耳元で囁かれた、起き抜け特有の掠れたテノールの声がよからぬ二度寝の誘惑を引き立てる。今はその、俺を見る甘ったれた目がどうにもタチが悪い。


「〜〜ッ、俺は起きる!」

「…わかったよ、シロのイケズ。」



冬特有の離れがたい布団のぬくさと、タチの悪い昔馴染みの二度寝への誘惑を振り切り、俺はなんとか起きることに成功した。誘惑失敗で、昔馴染みはさもつまらなそうに俺を一瞥するも直ぐに寝直す体制に入る。あ、危なかった。


「げ、」

「サーヴァントの顔を見るなり、何だその反応は?不躾な奴め。」



嫌味ったらしくフンと鼻を鳴らし、浴室前に置いてある脱衣カゴにバスタオルを置くアーチャー相手に俺は渋い表情を浮かべた。


「…悪かったな。風呂、誰か入ってるのか?」

「先輩が…風呂を借りてる。私は先輩が忘れたバスタオルを置きに来ただけだ。」


キャスターの奴、サーヴァントの癖にいつも風呂に入るのを日課としている位には案外綺麗好きだ。どうやら、昨日は入りそびれたらしい。



「あんたも甲斐甲斐しいよな。」

「ふん。濡れた体で、歩き回られても困る。」


この世話好きサーヴァントめ。リヒトや遠坂には過保護気味な世話焼きだが、キャスター相手には何というか甲斐甲斐しくさえ見える。そういえば、以前セイバーにキャスターとアーチャーのやり取りが新婚の様だと言われ、珍しくこいつがたじろいでいた。



「…何か、よからぬことを考えている顔つきだな。」

「何も考えちゃいない。それより、あいつ…大丈夫なのか?ケガ。」

「貴様に心配される程、彼もヤワではない。」

「あんたなぁ…けどそう言うなら、平気そうだな。」


ムカッとはきたが、朝からこいつと言い合いする気力も無いので俺は俺で洗面台にて顔を洗う。どうやら、あの誰かさんのケガも平気そうなので一先ず安心だ。



「それに、あれでクラスがバーサーカーとか見た目詐欺にも程があるだろ。」

「あれは元聖職者の皮を被った、悪魔そのものだ。見た目詐欺なのは誰よりも私が知ってる。」


何やら、この弓兵に妙な自己主張をされた様な。にしてもやっぱりあいつ、前職は神父だったのか。言峰神父とは違う意味で、一癖二癖ありそうだ。すると、浴室から風呂上がりのキャスターが丁度出てきた。



「……おや。二人して、どうした?」


きょとりとした顔で、キャスターは濡れた髪をかきあげる。


「先輩、濡れた髪を拭け。」



アーチャーが慣れた手つきで、キャスターの濡れた髪をばさりとバスタオルで覆い、わしわしと拭き始めた。なにやら、見せ付けられてる気がしてこっちが居た堪れない。


「アーチャー、わざわざタオルを届けに来てくれたのか?忘れたら忘れたで、霊体化すればどうとでもなると言うのに。ありがとう。」

「先輩、そういうのをズボラと言うんだ。風呂に入るなら、タオルは忘れるな全く。」



邪魔者は退散するかと空気を読もうとしたその時、ふとキャスターの白い背中に引っかき傷だろうか?薄く、赤いミミズ腫れになっている幾つかのそれを見つけた。


「キャスター、背中の傷…どうしたんだ?ミミズ腫れになってるぞ。」

「ん?あぁ、それは「ただの引っかき傷だ。」


途端、キャスターの背中は髪を拭いていたバスタオルに覆い隠されてしまう。キャスターの背中の傷なのに、何故かアーチャーがただの引っかき傷だと言うものだから変な気がした。



「アーチャーの言う通り、ただの引っかき傷さ。」


その時の、キャスターの含み笑いが妙に気にはなったものの…余り気にしてはいけないと、勘めいたものが俺に忠告する。歯を磨き損ねたが、朝食の後でいっかと今度こそ邪魔者は退散することにした。

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