「僕はあの子の成れの果てさ。おっきなシロがちっちゃなシロにとって、理想を追った結果の成れの果てである様にね。」
もう一人の弟は自らを、コトミネリヒトという人間の成れの果てだと例えた。あれだけ養父の後は継がないと言っていたのに、まさか軍人を兼職した神父になるなんて。それもまた、弟にとっては有り得ないけど有り得たかもしれない可能性と言えるらしい。
「……まぁ、僕とおっきなシロは有り得ないけど有り得た二人の可能性って訳だ。」
「士郎とあんた、何で揃いも揃って英霊なんかになっちゃったのよ。士郎は知らないけど、あんたの場合は確実にキャスターが一枚噛んでる筈だし。」
もう一人の弟がこんな風になったのは、確実にキャスターが起因してることは間違い無い。すると、もう一人の弟がおもむろに話し出す。
「イリヤ姉さんにも、キャスターにそそのかされたのかって言われたなぁ。イリヤ姉さん、それですっかり怒っちゃってさ。むしろ、キャスターにこうしてくれって頼んだのは僕なのにね?おっきなシロの場合は、生前再会した頃にはもう契約は済ませちゃってたみたいだし。」
「契約を済ませたって…?」
「大昔と比べて、未来は英霊に達する条件がえらい厳しくてね。一度や二度、世界を救った程度だと英霊にはなれないんだよ。だから、超常的存在と自らを対価に契約するのが一番手っ取り早いのさ。」
未来の英霊基準なんて、私が知る由も無いし。一度でも世界を救えば、普通なら英雄扱いなんじゃないの?とすら思えてしまう。
「超常的存在って、つまり神様とか言うんじゃないでしょうね…?」
「僕が元職務上、信仰してた神様とはちょっと違う。あー…でも、聖人指定受けてる人達の幾らかはあれのお陰で英霊になった人もいるのかな?有名どころだと、ジャンヌダルクとか。でもあれは神様とかじゃなくて、人類継続を願う無数の無意識的集合体だ。」
神様じゃなければ何なのかと思えば、恐らく抑止力のことをもう一人の弟は言っているらしい。
「あれはね、世界にとって有益だと判断した魂に契約を持ちかける。キャスターもそうやって、あれと契約したんだ。セイバーは今、契約しかけの状態だけど。あれは人使いならぬ、英霊使いが荒いんだよ。シロもあの性格だから、余計こき使われちゃってさぁ。」
もう一人の弟のその発言は、士郎の性格を理解した上での発言だった。
「キャスターには滅多に、仕事回さない癖にね。おかげでキャスター、すっかり自分は窓際英霊だとか中年サラリーマンみたいなこと言うし。」
付け加えられた例えがニッチ過ぎて、どんなリアクションを返せばいいのやら。そしてもう一人の弟の、盛大な溜息の音。
「……見たんでしょう?おっきなシロの過去。おおよそ、何があったかは察しのいい姉さんなら分かる筈だ。」
その原因を考えた時、ふと夢で見たアーチャーの…二つ並んだ絞首台が頭に浮かぶ。
「“そっちの”私は…何やってたのよ。」
「あっちの姉さんと最後に会った時、自分にはもうあの馬鹿をどうすることも出来ないからあんたにしか頼めないって言われた僕の気持ちが分かる?藤村先生も桜も、シロがいつかは帰って来るって信じてシロを黙って送り出してたっけなぁ。イリヤ姉さんは姉さんで、自分が居なくなったら僕にシロのそばにいて欲しいってさ…なんで僕なのさって話だよ。」
そう言って、もう一人の弟はグシャリと癖毛の目立つ髪を掴んだ。そう言う割には、あいつが死ぬその時までずっとそばに居てくれたんじゃない。それが士郎…アーチャーにとって、どれだけ支えになっていたことか。
「シロの死に方はまるで、聖者の殉教そのものだったよ。己が理想に殉じて、誰も恨まずに彼は死んだ。ある争いの火種を起こした張本人だって、ありもしない罪を問われたのがキッカケだったけど。」
あいつが生前何をして来たのか、夢の様子から何と無く察しはついていた。その中で、多くの知らない誰かの命を救っては奪う場面も多々あったのだろう。
「一人殺せば悪党で、百万人だと英雄だ。数が殺人を正当化する。とある喜劇俳優の映画内での有名な台詞だけど、生前のシロにはまさしくこれがよく当てはまった。シロが殺した人の数だけ、僕が弔いの言葉を手向けてきた様なものだし。」
アーチャーの過去の夢の中で、聞いた祈りの言葉はそういうことだったのかと合点がいった。
「アーチャーの夢で…何度も祈りの言葉を聞いたのよ。私も小さい頃は教会にはたまに通ってたし、それなりに何言ってるのか理解出来たから。」
「……その位しか、僕に出来ることは無かったから。けど終いには、僕も共謀罪に問われてシロと二人して絞首刑の予定だった。なのに、シロは最後の最後に僕なんかを助けて自分一人で死んだ。自分のことはそっちのけで、僕の恩赦を聖堂教会に掛け合ってさ。教会側としても、元とは言え神父が絞首刑なんて体裁悪いからね。結局、僕だけが恩赦で釈放されちゃった。」
まるで、自分も同じ様にして死にたかったともう一人の弟はそう言いたげな口振りだ。
「シロの悪いところってさ、自分が死んでも残された人が自分の分まで生きてくれるって思い込んでるところなんだよ。皆が皆、そうとは限らないのにさ。シロは僕に、自分の後追いをさせたと思ってるみたいだけど。シロのいない天国より、シロのいる地獄に落ちた方がいいって僕が勝手に思っただけなのにね。」
自ら地獄落ちを望んだ元神父は、そう言うなり静かに微笑んだ。何と無く、もう一人の弟がバーサーカーとして現界した理由が分かってしまった気がする。
「ぶっちゃけると、この十年間ずっとおっきなシロが姉さんに召喚されるのを待ってた。確率的には半々だったし、違うアーチャー が来たら来たで別の方法考えてたんだけどね。座の経過時間に比べれば、僕らにとっての10年は割とあっという間だから。」
10年もアーチャー を待ってた?一瞬、ぽかんとした表情でもう一人の弟を見てしまう。
「シロったら酷いんだよ?無茶な召喚で一時的に記憶がトんでたとは言え、すっかり僕のこと忘れててさ。まぁ、キャスターの呪いの影響で僕の存在自体が綺麗さっぱり無かったことになってたし、当然と言えば当然なんだけど。でも、自力で僕のこと思い出したみたいだから正直びっくりしたよ。」
「キャスターの呪いの影響って、どういうことよ…?」
「“契約の代償”だよ。僕がいた世界には、もうコトミネリヒトの痕跡はどこにも無い。全部、無かったことにされて修正されちゃったんだ。キャスターがかつて、神様に反逆して与えられた罰と同じ様にね。」
あっさりともう一人の弟は言ってのけるが、私は内心ショックを隠しきれなかった。リヒトが消える?何れ、弟もそうなってしまうなんて絶対に嫌だ。
「大丈夫だよ、そんな顔しなくとも。あの子は僕みたいにはならないと思うし。姉さん、自分がそんなこと絶対にさせないってあの時言ってくれたじゃないか。」
あの時っていつの時だと、一瞬思案してしまったが間も無く思い出す羽目になる。いつもは私に対し、塩対応なキャスターが珍しく優しかった様な気がしたあの時だ。
「あの時のキャスター、あんただったの!?」
「半分位は僕だったよ?」
「半分位って、何よ!?」
考えてみれば、渋々暫くの訪問を控えさせられた桜にあんなことするキャスターもらしくなかったと言えば、らしくなかったし…あれもまさか、入れ替わってた?
「キャスターがあの子のふりをしてた時、半分以上は僕と入れ替わってたし。」
私としたことが全然、気付かなかった。けれど、無理も無い。元はこちらも、本物のリヒトなのだ。
「僕らがいなくなった後のこと、よろしくね。特に、あの子とちっちゃなシロのこと。ミレイのことはあの二人に任せるけど。」
「なんか後始末押し付けられるみたいで、すっごく癪に触るんですけど…!」
「聖杯戦争が事実上終われば、僕とキャスターは座に帰るか何らかのかたちで消滅すればいなくなる。おっきなシロもね。僕らの場合、このまま残るって選択肢を選んだら、あの子を早死にさせることになるから。サーヴァントを現界させ続ける大変さ、姉さんなら分かるでしょう?」
あんな話をされた後に、二人をよろしくと言われてしまうと…もう引き受けざる得ない。
「最後に、一つ聞いていい?」
「なに?」
「士郎がイリヤスフィールに拉致されて、救出に私とアーチャーとセイバーで行った時…もしかしてあなた何かした?」
「あー…あの時ね。ちっちゃなシロが軽はずみ行動して、あんまりにも頭キタからさ。単身、アインツベルンの城へ殴り込みに行ったよ。結果、痛み分けでアーチャーと二人して命からがら逃げ出すのに精一杯だったけど。」
あのバーサーカー強過ぎともう一人の弟はあっけらかんと言うので、目眩がした。なんてことしてくれてんのよ…!?
「なんてことしてくれたんだって?イリヤ姉さんに、おっきなシロを間接的に殺させたくなかったからだよ。これは僕の完全なエゴだけど。彼女にとっては、おっきなシロだってもう一人の弟だ。」
もう一人の弟はまるで悪びれる様子が無く、完全に開き直っている。
「…愛するのも、憎むのも。戦うにも、和解するのにだって時があるものさ。それがその時だって、僕は思ったから行動に移したまでだ。」
「確かに…バーサーカーについては、私達も殺されかけたし。今更とやかく言うつもりは無いわよ。けど、綺礼にこのことが知れたら真っ先に矛先が向かうのは誰だか分かってるんでしょうね?」
「聖杯戦争の進行に差し支えなければ、あの人にとっては些細なことだ。今はそれより、キャスターのお兄さんの件で手一杯だと思うよ?」
そうだ、あの金ピカのアーチャーの件があったのだった。お父様のサーヴァントだったあいつのこと、綺礼だって知らない筈が無いのだ。
「…遅かったわね?すっかり待ちくたびれちゃったわ。」
「どうしたのさ?まるで、お化けでも見る様な顔しちゃって。」
降り積もる雪にまみれて、なんとか帰宅した玄関先にて。姉さんともう一人、熟睡中のイリヤ姉さんを抱きかかえたもう一人のぼくがわざとらしく、不思議そうに首を傾げた。三人同じ顔が揃い、姉さんが一言。
「……世の中、自分と同じ顔の人間が三人はいるって話だけど。本当に三人揃うと、気味悪いわね。」
「姉さん、それひどくない?まぁ、こうして三人一度に顔揃えるのは初めてだよね。」
もう一人のぼくはそう言って、さも可笑しそうに小さく笑う。いざ、当人を目の前にするとぼくとしてもどんなリアクションを取っていいのやら分からなくなる。
「本官が戻るまで、姿を隠して置けばよかったものを…君って奴は。」
「姉さんと、積もる話もあったからさ。」
「あんた、自分の喋りたいことだけ喋ってただけじゃない。」
キャスターには、もう一人のぼくが姉さんの前に姿を見せたことが意外だったらしい。姉さんは姉さんで、もう一人のぼくをムッと睨む。
なんか、すっかりもう一人のぼくに姉さんも馴染んでいる様子だ。イリヤ姉さんなんか、もう一人のぼくの腕で安心しきった様子で熟睡中だし。
すると、もう一人のぼくは姉さんに対して、肩を竦める仕種を見せた。
「そうだっけ?君もお帰り。まったく、急にいなくなるんだから。」
「……すまない、先輩とリヒトを迎えに行っていた。コイツはミレイを連れて、勝手について来ただけだ。」
「はぁ!?あんたがついて来る分には構わないって「イリヤ姉さんとミレイが起きちゃうから、静かにね?」
アーチャーはアーチャーで、なんかもう色々と察した様子で姉さんともう一人のぼくに対して素直に謝る。
途中、シロが不満げにアーチャーに反論しかけ、もう一人のぼくにそう言われ、慌てて口を噤む。ミレイもアーチャーの腕の中で、やっぱり疲れてしまったのかよく寝ている。
「アーチャー、あんたが士郎と一緒に外へ出るなんて一体どういう風の吹き回しよ…?」
「本当にたまたま、目的が一緒だっただけだ。」
玄関先での、やや騒がしいやり取りの最中、もう一人のぼくの視線が不意にぼくへと向けられ、肩が強張る。
「君が姉さんに話し辛かったこと、大体は話しておいたから。」
「そりゃどうも…あと、はじめましてとか言うべき?」
「必要無いよ、一方的ながらに僕は君を知ってる。」
そりゃあ、もう一人のぼくなんだから知らない筈が無い。まるで、自分のドッペルゲンガーを不意打ちで見てしまったかの様に胸内がザワザワするのは何故だろう。
「アーチャー、ミレイをイリヤ姉さんと一緒に寝かせて来るから一緒に来て。もう遅いし、君らも早く寝なよ?」
ぼくとの会話もそこそこに、イリヤ姉さんを抱えてもう一人のぼくはくるりと踵を返す。その後を気遣う様にして、ミレイを抱えたアーチャーが追いかける。
「…さて?あんた達、特にキャスターに私は山ほど言いたいことがあり過ぎるんだけど。」
残されたぼくとシロ、そしてキャスターを姉さんはジィーッと見つめる。
「大方の事情はあれから聞いたんだろ?今更、本官の口から君に聞かせる程の話も殆ど無いと思うが。」
「あんたねぇ…そりゃあもう、私の頭がキャパオーバー起こしそうな位にはめいっぱいね。」
大方、ぼくが姉さんに話し辛くてずっと黙ってたことはもう一人のぼくが喋ってしまったのだろう。
「……ところで凛、何やら君の背後から甘い匂いがするんだが。」
食べ物限定で嗅覚の鋭い、キャスターの鼻が姉さんが先程から背後に隠している何かを察知したらしい。ぼくもちょっと気になってたけど、敢えて触れなかったのにキャスターがここぞとばかりに姉さんに対し、それを指摘する。
「言っとくけど!私があんたにはあげる筋合いも義理も無いんだから、アーチャーから貰いなさいよね!?今日、あいつが台所でこそこそ何かつくってたの私見たんだから!」
「それはいいことを聞いた。日付的には既に、バレンタインだからな。」
そう言って、キャスターはそそくさとその場から霊体化して姿を消す。姉さんが跡形も無くなったキャスターのいた場所を恨めしげに見ながら、逃げたわねあいつ…!とぼやく。
「……ほら、二人共。これ受け取りなさい。」
すると、気恥ずかしそうな姉さんから渡されたのは、落ち着いた色合いのラッピングがされた箱状のもの。中身はまぁ言わずもがな、チョコレートだろう。
すると、姉さんがぼくらを手招きする。恐る恐る、シロと二人して姉さんに近寄ると不意に手を伸ばされた。
「言い忘れてたけど、お帰りなさい。」
「遠坂…?」・「姉さん?」
何故か、姉さんに二人してぎゅっと抱き締められるというよりは軽めのハグの様なことをされる。シロは何が何やら分からないといった様子で混乱し、ぼくはぼくでもう一人のぼくに何を、どこまで聞かされたのかなと思った。
「そっか、そういえば今日って…バレンタインだったよな。」
「ぼくもすっかり、忘れてたよ。」
何と無く、セイバーが隣部屋で寝ている自室へと直ぐには戻り辛くて…リヒトと一緒に、リヒトの使ってる客間へと来てしまった。
しかし、教会で言峰神父からあんな話を聞かされた手前、リヒトとの間に流れる空気も気まずい。いや、リヒトは隣で呑気に、遠坂から貰ったチョコレートをむぐむぐ食べてるから気まずいのは俺だけだろう。
「シロ、姉さんから貰ったチョコ食べないの?」
見れば、いつも通りの甘ったれた顔のリヒトが小首を傾げて俺を見ていた。言峰教会での、気が張り詰めたあの表情は何処へやら。 まぁ俺にとっても、あの神父は気の抜けない相手ではあるけれど。
「あ、えっと…もう夜中だし、明日食べる。」
「寝る前にちゃんと歯磨きすれば大丈夫。ほら、一個あげる。疲れた体には甘いものが一番だよ?」
リヒトにチョコを一つ、口元にムニっと押し付けられる。渋々口を開けると、そのままチョコを口内に押し込まれた。口内の体温で、チョコがほろりと蕩けて甘みがじんわり広がる。美味しい。
「…ん、なんかお高い味がする。」
「バイト先の店でね、お酒用の付け合わせに出してるチョコと同じメーカーなんだ。美味しいから姉さんにも持ってったら、姉さんも気に入ったみたいでさ。」
去年から、同じメーカーのチョコをバレンタインに貰ってるらしい。そう話すリヒトに、俺以外の学校の奴にそんな話しようものなら後ろから刺されるぞと脅しておく。それは勘弁して欲しいとリヒトは苦笑いした。
慎二の言ってた、いつも遠坂の隣にいるのは自分だという顔をしたリヒトがムカつくという言葉を思い出す。まぁ、何と言うか…遠坂とリヒトの距離って、恋人ではないにせよ家族に近いというのがピッタリ当て嵌まる。
「今年のホワイトデーは3倍返しならぬ、4倍返しかなぁ…姉さんには散々迷惑かけちゃったし。」
「俺も貰っちゃったし、お返し考えないとな。流石に宝石は無理だけど…」
遠坂には何か、彼女の好きな食べ物でもホワイトデーが近くなったら振る舞おう。
番外編に続く。カニファンのせーはい君が言ってた100万殺せば〜のくだりは某喜劇王の台詞と最近知った次第。