双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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第三十八話 深夜の教会にて

「また随分と、珍しい組合せだな。」

 

 

教会の門前にて、キャスターは呑気にタバコを吹かしていた。どうやら俺たちの気配に気付き、一応外で待っていてくれたらしい。

 

 

 

「パパ、タバコくさい。」

 

「全く、こんな夜遅くにミレイまで連れ出して…すまない、ミレイ。今消す。」

 

 

ミレイの手前、キャスターも吸っていたタバコの火を消して携帯用灰皿の中にそれを押し込んだ。

 

 

 

「キャスター…リヒトは?」

 

「神父と話し中だ。もう終わったとは思うが、君も何か神父に用事か?なら、手短に済ませて来てくれ。本官は早く帰りたい。」

 

 

あからさまに早く帰りたいから、用事は早く済ませろとキャスターに急かされる。お前なぁ…こっちの気も知らないで。

 

 

 

「私は此処で待ってる。早く行け。」

 

「中、入らないのか?」

 

 

教会の中に入ろうとすると、アーチャーは此処で待つと一緒に行く気は無いらしい。

 

 

 

「……あの神父とは、余り顔を合わせたくない。私と一緒に来たと言うなよ。」

 

「なら本官も此処で待とう。シロ、ミレイを付けるから何かあったら呼べ。」

 

 

キャスターはアーチャーからミレイを受け取り、俺にミレイを抱かせて来る。ミレイのこと、あの神父に何て説明すればいいんだ…?

 

 

 

「本官がつくった使い魔だと、そのまま説明すればいい。マスターの帰りが遅くなったのを心配して、自分に勝手について来ただけだからと付け加えてな。ミレイ、そのつもりでシロをよろしく頼んだぞ。」

 

 

うわ、出た…キャスターの口から出任せ。ミレイはミレイで、はーいなんて返事してるし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…誰か、来た様だ。」

 

 

礼拝堂に繋がる出入り口の扉を、何者かが開ける音が微かに聞こえた。こんな時間に来訪者とは珍しい。

 

 

懺悔をしようにも、明るい昼間の時間では話し辛い内容を胸に秘め、やってきた誰かだろうか。普段、告解室の開閉時間はきっちり決められている。

 

 

 

「珍しいね、こんな夜遅くに。ぼくが話だけでも聞いて来ようか?」

 

「私が行く。」

 

 

息子にはそう言って、一旦私室を出る。礼拝堂へと向かえば、意外な人物の顔が其処にはあった。

 

 

 

「こんな時間にどうした、衛宮…その子供は?」

 

 

こんな時間に訪ねて来た衛宮士郎は、恐々と腕に小さな少女を抱いていた。その顔は、その瞳は、息子そっくりだ。唯一違うと言えば、髪色は息子とは違い、赤みを帯びていた。そう、丁度その子を抱いた衛宮の髪色と似た色合いの。

 

 

 

「こんばんは、ノンノ。おやすみの時間に来てしまってごめんなさい。ぱぱは何処?」

 

「…ぱぱ?」

 

 

この歳で、ノンノ(おじいちゃん)と呼ばれるとは思わず一瞬だけ面食らってしまった。まだ私とて、四十はいってない。

 

 

 

幼い見た目の割に、その少女の言葉遣いはしっかりしていた。それとは対照的に、衛宮はすっかり話すタイミングを失ってしまったらしく、棒立ちになっている。ぱぱとはもしや、息子のことか?

 

 

「もう一度聞くぞ、衛宮士郎。何をしに来た?それと、息子そっくりなこの子は誰だ?」

 

「あ、えっと…俺はあんたに聞きたいことがあったから来ただけだ。この子はその、キャスターがつくった使い魔だ。リヒトが心配だって、勝手に付いて来ちゃったから仕方無く連れて来た。」

 

 

 

キャスターがつくった使い魔と聞き、ようやく腑に落ちた。ガワは人間そのものだが、中身はホムンクルスのそれに近い。この使い魔にとっては、キャスターも息子も同じ認識の様だ。

 

 

「どんな高等魔術を使ったか知らないが、あのキャスターめ…私でも一瞬、見間違えたぞ。その子供は実によく出来てるな。キャスターはどうした?礼拝堂に居た筈だが。」

 

「教会の門前にいる。あんたに用事があるなら、早く済ませろって急かされた。要は早く帰りたいんだろ。ミレイの何がよく出来てるって?」

 

 

使い魔に名前まで付けるとは。しかも、よりにもよってその様な名前を…キャスターからの私に対する嫌がらせとしか思えない。

 

 

 

「名前まで付けたのか。その名前、私に対する「ミレイ、エミヤに勝手に付いてったら駄目だろ。」

 

 

話の途中、後から来た息子が使い魔を衛宮士郎の手から受け取った。

 

 

 

「ごめんなさい、でも…ぱぱ達が遅いんだもの。」

 

「寂しい思いさせてごめんね。エミヤと父さんの話が終わったら帰るから。あぁ、父さん。名前付けたのはキャスターじゃないよ。ぼくが付けた。ぼくの名前もお祖父様から一文字貰ってるし、父さんから黙ってぼくが拝借したんだ。」

 

 

サーヴァントを生きた人間扱いするのは息子の悪い癖だが、それは使い魔相手にも同じらしい。まるで、娘に接する父親の様な顔をして、息子は使い魔の頭をさも優しげに撫でながら腕に抱く。

 

 

 

「その使い魔の件、報告には上がっていなかったが?」

 

「何せ、生まれてからまだ数日程度だからさ。落ち着いたら、父さんにも話そうと思ってたよ。」

 

 

生後数日で自我を有し、これだけの自立行動が取れる使い魔などそうは居まい。何の目的で、キャスターが使い魔などつくったのかは知らないが。

 

 

 

「なんかあったかい飲み物つくるよ。エミヤ、夜中にコーヒーは…嫌だよね。ココアならあったから淹れてくる。父さんは?」

 

「……私は結構だ。」

 

「じゃあ、エミヤとミレイの分だけ淹れて来るよ。」

 

 

そう言って、息子は台所へ向かうべく使い魔を抱いたまま礼拝堂を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「息子はお前の家でも、あの様な態度なのか?」

 

 

リヒトが俺とミレイ用に飲み物をつくってる間に、俺は言峰の私室らしい部屋に通されて言峰と二人きりで非常に気まずい。何が気に入らないのか知らないが、言峰はしかめっ面をして俺にそんなことを聞いてくる。

 

 

 

「え?家のことはよくやってくれて、正直助かってる。まぁ、聖杯戦争のことに関しては別物ってことで…お互い、それなりに距離感は保ってるけどさ。ミレイとイリヤの面倒も見てくれて、イリヤもリヒトによく懐いてると思うし。」

 

 

事実を述べただけのつもりだった。こいつに下手な嘘吐いたら、何言われるか分かったもんじゃないし。

 

 

 

「お前は少々…いや、かなり息子を信用し過ぎているぞ。私の知らないところで交友があった所為もあるだろうが、私は一応あれを聖杯戦争を円滑に進めるべく、お前の元に監視役として寄越したつもりだ。お前たちの身に起こったことのおおよそは、私も息子を通じて把握している。」

 

 

監視役という言峰の言い方に、かなりムッとした。いや、傍から見れば確かに…俺はリヒトを信用し過ぎてるかもしれない。

 

 

 

「なら、俺が何でここに来たかも少しは知ってんだろ。」

 

「八体目のサーヴァントのことか?その件に関しては息子にも一日、時間を寄越せと言ってある。息子とキャスターに深入りさせると、話が拗れるからな。あのサーヴァントに関しては特にだ。」

 

 

直感的に、言峰の言い方には妙な含みがある様に感じた。

 

 

 

「あのサーヴァントについて、あんた何か知ってるのか…?」

 

「…全く知らない訳ではないさ。リヒトには一日、時間を寄越せと言ってある。追ってまた、リヒトを通じてお前たちにも連絡する。」

 

 

リヒトよりも、この神父の方が全然怪しい。何隠してんだか知らないが。多分、俺がこれ以上の追求をしても、言峰は絶対口を割らないだろうから一先ず聞きたかったことを聞いてしまおう。

 

 

 

「あと別件で…あんたに、聞きたいことがあって」

 

 

言いかけた途端、部屋のドアがノックされる。ドアの向こうから、入っていい?とリヒトの声がして、神父と二人っきりだったからちょっと安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、空気重ッ。」

 

 

客出し用のお盆に二つ分のココアを乗せ、ミレイを連れて父さんの私室にノックして入ると部屋の空気がやけに重い。

 

 

 

「父さん、座ってるだけでかなりの威圧感あるんだからエミヤ相手にもせめて、お手柔らかにしてあげなよ。ごめんね、エミヤ?うちの父親が。」

 

 

多分、父さんがシロを無意識に威圧していたに違いない。二メートル近い巨漢が目の前にどっかり座ってたら、慣れない人なら絶対落ち着かないだろうし。すると、しかめっ面を浮かべていた父さんの顔のしかめっ面具合がより増した気がする。

 

 

 

「…はい、これ。エミヤの分。じゃあ、後はごゆっくり?」

 

 

テーブルの上にココア入りのマグを置き、踵を返そうとしたら後ろから遠慮がちに服の裾を引っ張られる感覚。見れば、やっぱり父さんと二人っきりは耐えられないから此処に居てくれと顔にありありと書いてあるシロに服の裾を引っ張られていた。

 

 

 

「父さん、何かエミヤが父さんと二人っきりは話し辛いみたいだからやっぱりぼくもいるよ。ぼくに聞かれて、まずい話でもないでしょう?」

 

 

父さんから構わないというお言葉を頂いたので、このまま居座ることにした。父さんの私室には三人がけのソファータイプの椅子と単椅子が二つあるので、ミレイを膝上に乗せてぼくは単椅子に腰掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程から、先輩は退屈まぎれにオレの傍らでまたふかし始めたタバコで煙の輪っかを幾つもぷかぷかとつくりながら遊んでおり、なんとも呑気なものだ。

 

 

「まさか、君があの子達と来るとは思わなかった。」

 

「……また、朝帰りされても困るからな。」

 

「あまり本官達の帰りが遅いと、あれが消えてしまうと思ったのか?どうやら、姫から魔力の提供を受けたらしい。だから夜が明けたとしても、まだ多少の余裕はあっただろうに心配し過ぎだ。」

 

 

 

目的を見透かされ、平静を保つべくタバコを一本くれないかと先輩に言うのが精一杯だった。先輩は真新しいタバコをオレに手渡し、口に咥えろとジェスチャーした後にオレを手招きする。

 

 

応じれば、不意に先輩が私の咥えたタバコの切っ先に火の点いたタバコの切っ先を押し当てた。ジュッと鈍い音を立て、私の咥えたタバコにも火が灯る。これはどうにも、心臓に悪い。

 

 

 

「傭兵にタバコを貰う時は、火をまた点けるのが面倒だからといつもこの様にして貰っていた。つい本官も癖になってしまってなぁ。吸う銘柄も、傭兵が吸っていたものと同じで無いと、落ち着かなくなってしまったよ。」

 

 

生前、切嗣はタバコを嗜んでいたか。まぁ精々、一日に数本程度で収まっていたからオレも程々になとしか言わなかった。昔はもっと吸ってたらしいが。

 

 

 

道理で、先輩が傍らでタバコを吸うと懐かしい感覚がした訳だ。

 

 

「セイバーと違って、随分気が合っていたんだな?親父と。」

 

「本官の半分はあれだからな。傭兵も薄々、あれの存在に勘付いていたのか…本官を邪険にはしなかったよ。妻と娘を失い、自身も抜け殻の様になってしまったあの男を放っては置けなかった。」

 

「……あなたも案外、お節介焼きだな。」

 

 

 

もしかしたら、オレが子供の頃にも先輩の姿は見えなかっただけで、彼が家に来ていた時には先輩も親父のすぐそばにいたのやも知れない。

 

 

「話は変わるが、兄上が迷惑を掛けたな。」

 

「今日になって、やっとあの言葉の意味が分かった。」

 

「何れにせよ、兄上が行動を起こすことは分かっていた。それに加え、まぁ色々とフラストレーションが溜まっていたんだろう?まさか、対柳洞寺のキャスター用に仕掛けておいた結界が役立つとは思わなかったが。一度きりの発動に限られるから、もう使えないのが残念だ。あの結界が無ければ、屋敷が半壊で済んだかどうかだったぞ。」

 

 

 

いつもさらりと先輩は、後になってから恐ろしいことを言ってのける。

 

 

「これ以上、自分をセイバーに会わせぬつもりなら…彼を殺してでも連れて行くと。」

 

「兄上はあいも変わらず、物騒な事この上無い。途中、セイバーの介入が無ければどうなっていたことやら。」

 

「…まるで、全て見ていた様な口振りだな。」

 

「あれと本官の意識は同調している。何があったか、離れていても手に取る様に分かるさ。凛に、兄上のマスターが半身なのではと疑われて弁明してくれたことには感謝している。」

 

「彼が立ち聞きしていたのか…!?」

 

 

 

先輩がにやりと、人の悪い笑みを浮かべる。

 

 

「一つ、本官の口から言える事実は兄上のマスターは半身ではないということだ。」

 

 

 

先輩は敢えて、兄とやらのマスターが誰であるかをオレに言わなかった。リヒトでないのなら、他に…そう思いかけ、教会を見やる。教会とは本来、もっと神聖であるべき場所だ。しかし、ここの空気は清浄なそれでは無く、何処か淀んでいて重苦しい。

 

 

先輩も大概だが、あの神父もまた…どうもきな臭い。

 

 

 

「アーチャー 、」

 

 

ふと、先輩がオレを呼ぶ。なんだと返せば、先輩は人の悪い笑みをより深くさせてオレの耳元で囁いた。

 

 

「絶好の機会を何故逃した?ミレイとて、留守番していろと強く言えば貴殿らに無理にでもついて行くことは無かったというのに。」

 

 

 

先輩の言葉の意図を察し、自らオレにあいつを殺させはしないと言いながらも、オレにそんな言葉を投げかけるとは。

 

 

「……さぁ、何故だろうな。」

 

「全くつまらないなぁ、実につまらない。」

 

 

 

心の底からそんなこと、微塵にも思ってもいない癖に、先輩はつまらないなどと言うから可笑しなものだ。だからオレは、先輩にこう返した。

 

 

地獄の果てまで、あなたと彼が共に堕ちてくれるなら、自分殺しなどさぞつまらんことは辞めにする。そう決めただけだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人が生きてたら、また違ったのかなぁ。」

 

 

すっかり無防備に熟睡中のイリヤスフィールの頭を撫でながら、ぽつりと元リヒトはこぼす。

 

 

 

「それ、誰のことかしら?」

 

「切嗣さん…シロとイリヤ姉さんのお父さんだよ。」

 

 

またしてもあっさりと、元リヒトは多分軽々と口にしていいのか分からない様なことを言ってのける。このもう一人の弟、余程私の頭をキャパオーバーに追い込みたいらしい。

 

 

「元々、切嗣さんは聖杯獲得の依頼を受けてアインツベルンに招き入れられたんだ。アインツベルンはマキリや遠坂と比べて、魔術系統が戦いには余り向かない一族だし。切嗣さんはアインツベルンの女性を妻に迎えて、その人との間に女の子が生まれた。案外、冷酷無慈悲な魔術師ってことを除けばあの人は…至って普通の父親と、何ら変わらなかったよ。」

 

 

 

リヒトは士郎の義理のお父さんに、聖杯戦争の最中に命を救われたらしい。セイバーが自分の命の恩人だとリヒトは言っていたけれど、そういう意味だったのかと今更知ることになるなんて。

 

 

「アインツベルンの女性って、つまりはホムンクルスでしょう?ホムンクルスと人間の間で子供が出来るなんて、私だって初耳よ。」

 

 

 

元々、ホムンクルス自体が命を育む為に必要な機能を有していない筈だ。

 

 

「イリヤ姉さんはホムンクルスと人間から生まれた、結構なレアケースだから。通常のホムンクルスよりも高次な存在って言うかさ…多分、あと最低百年かけてもイリヤ姉さんみたいな存在はそう何度もアインツベルンだってつくれないだろうし。」

 

 

 

それだけ、アインツベルンは今回の聖杯戦争を本気で優勝を狙いに来てたのはよく分かる。

 

 

「まぁ、それも…今回で終わりだね。この通り、イリヤ姉さんはもうアインツベルンのマスターじゃない。千年も妄執に囚われた一族の未練がましい責務なんて、イリヤ姉さん一人が背負うべきものじゃない。」

 

 

 

如何にも清々したと言いたげに、元リヒトは言う。リヒトのマキリ嫌いは知ってたけど、アインツベルンに対してもリヒトはあまりよくない感情を抱いていたらしい。

 

 

「…っていうか、イリヤスフィールは義理とは言え自分のきょうだいの命を狙ってたことになるじゃない。」

 

「実の父親が自分を置いて、遠い国で知らぬ間に養子を迎えてたんだ。挙げ句、勝手に死なれてイリヤ姉さんとしては怒りの矛先を何処にどう向ければいいのか分からなくなっちゃったんだよ。ぼくも生き別れた義理の妹がいるから、思う所あり過ぎてさ。」

 

 

 

リヒトからそんな話、私は聞いてない。生き別れた義理の妹?

 

 

「姉さん知らなかったっけ?父さんに結婚歴あるの。父さんも僕に言うつもりは無かったみたいだけど、キャスターから聞いたんだ。」

 

 

 

そもそもあいつに奥さんと娘がいたなんて話自体が初耳だ。じゃあ、奥さんはどうしたのかと疑問に思った。

 

 

「奥さんと死に別れて、実の娘は何処かの教会に預けたって話。そりゃあ僕にも言えないよね?父さんからしてみればさ。」

 

「……ショックじゃなかったの?よりにもよって、キャスターからそんな話聞いて。」

 

「父さんに対して、不信感は抱いたよ。何で僕は引き取って、実の子は手元に置かなかったんだってね。でも、父さんなりに事情があったのかもしれないし…気軽に聞ける様な話でもないから黙ってた。」

 

 

 

綺礼とリヒトの間に横たわる、わだかまりは其処から端を発している様にも思えた。リヒトが一人で抱え込んでたものは、思った以上に大荷物らしい。

 

 

「貴方まさか、桜とその義理の妹のこと重ねてた?」

 

「全く重ねてなかったって言ったら嘘になるけど、桜とその子のことは別だよ。」

 

「結局…その義理の妹さんとはどうなったの?」

 

 

聞かなくては、いけない気がした。

 

「会えたには会えたんだけど、その頃には…もっと早く会えてればって思う様な逢い方しちゃった。」

 

 

会いに行くって選択肢を選んだのは、実にリヒトらしい。例えその結果、どんなことが待ち構えていようともあんたは全て受け止めるって分かってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロが教会に来た理由は、まだ死んでない状態のセイバーを英霊にさせないか、もしくはこの世に留まらせる術を父さんなら知ってるかもしれないという理由らしかった。

 

 

一番方法を知ってそうな某氏は、尚更教えてくれないだろうし。そして、ぼくは切嗣さんがセイバーに聖杯を壊させたというシロの話を聞いて、アイリスフィールによく似た誰かが言っていたことを思い出す。シロは直接、その話をセイバーから聞いた様で。

 

 

 

『貴方ならあの男の様に、イリヤを壊したりはしないわよね?』

 

 

切嗣さんがセイバーに、聖杯を破壊させただなんてぼくは知らない。

 

 

 

切嗣さんは自分の大切な人を犠牲にしてまで、聖杯を欲しがった筈なのに、それを壊した?どうしてそんな、矛盾することを。

 

 

それにセイバーからして見れば、あと少しで手の届きそうだった聖杯を自ら壊す様なことを命令されて、彼女の絶望は計り知れなかっただろうに。彼女からすれば、切嗣さんのしたことはひどい裏切りだ。

 

 

「…壊さざる得なかった、とかじゃなくて?」

 

「リヒト、急に何を言い出すつもりだ。」

 

「何か、やむを得ない事情があって…聖杯を壊すしかなかったんじゃないの?切嗣さんがセイバーにさせたことは、明らかな彼女に対する裏切り行為だけどさ。聖杯に触れるのは、サーヴァントだけだ。なら、壊せるのもサーヴァントだけってことでしょう?」

 

 

キャスターの言っていた、聖杯の中身という言葉の意味も気にかかる。キャスターは、あれの言葉には耳を傾けるなと言っていたから、恐らくあんまりよくないものなんだろう。

 

 

 

「リヒト、今更親父を庇い立てする様なことはしなくていい。親父がセイバーを裏切ったのは変わらない事実なんだし。」

 

 

シロもぼくが切嗣さんを擁護する必要は無いと言うけれど、考えられるとしたらそれしかなかった。切嗣さんは聖杯を壊さざる得ない何かに、直面したとしか。

 

 

 

「エミヤ、あの人は大切なものを犠牲にしてまで聖杯を欲しがってた。それを壊しただなんて、よっぽどの事情があったとしか思えないんだよ。」

 

「お前が親父を悪く思いたくない気持ちも分からなくは…ないけどさ。確かに、親父はお前のことも息子同然に思ってただろうし。」

 

「……ほぅ?私の知らないところで、随分とお前は衛宮切嗣に可愛がられていた様だな。」

 

 

父さんの棘を含んだ視線がぼくに向けられる。まぁ、自分の知らないところでぼくが元敵マスターの魔術師の家に出入りしてた訳だし。

 

 

 

「衛宮切嗣は、私よりも父親らしかったか?」

 

「…父さん、エミヤの前でそういう話やめてくれる?」

 

 

ぼくが切嗣さんを擁護する様な発言が気に入らなかったのか、父さんはわざとそんなことをぼくに聞いてくる。よりにもよって、シロの前で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リヒトにそういうこと言うなよ。」

 

 

言峰がリヒトに対し、明確な悪意を持ってわざと親父と自分を比較させる様なことを聞いたのに我ながらひどく腹が立った。

 

 

 

俺が口を挟んで来るとは思わなかったらしい、リヒトが呆気に取られた顔で俺を見る。

 

 

「リヒトにとっての父親はあんただろ?血が繋がってないって話は聞いたけど…リヒトにわざと、親父とあんたを比べさせる様なこと言うのはやめろって言ってんだ。」

 

 

 

我ながら、何でこんなことを衝動的にも言ってしまったのやら。ただ無性に、リヒトが目の前で傷付けられるのが嫌で、見ていられなかった。

 

 

すると、言峰が興醒めだと言わんばかりにつまらな気な顔をして俺を見る。

 

 

 

「驚いたな。まさか、お前にその様なことを言われるとは…随分とらしくないことを言うじゃないか。」

 

 

らしくないって何だよ!?まるで、俺がそんなことを言うとは思わなかったと言われている様だった。すると、リヒトの膝上で大人しくしていたミレイが言峰をムッとした顔で見ている。

 

 

 

「ノンノ、ぱぱにわざといじわるなこと言うのはやめて。ままの言う通りよ。」

 

 

言峰の前でもミレイはあいも変わらず、俺をまま呼びだった。明らかに、言峰が変な表情を浮かべて俺を見るから居た堪れない。

 

 

 

「…衛宮、その使い魔にお前が母親だと思われているのか?まるで刷り込みだな。」

 

「わ、悪いかよ!?そりゃあ、男の俺がままとか呼ばれるのはおかしな話だとは思うけど!ミレイにとって、俺がままならそれでいいだろ!」

 

 

一々、ムカつくことばかり言われてすっかり頭に血が上りそうだ。でも、ここで俺が怒ったらリヒトにも迷惑をかけることになるし。

 

 

 

「…まぁいい、話が大分脱線してしまった。セイバーについては、一時的にでもこの世に留まらせたいのであれば聖杯を手に入れ、その中身を無理やりにでも飲ませればいい。それが出来ないのであれば、あれは何れキャスターの様になるだけだ。息子もお前と同じく、セイバーをキャスターの二の舞にはさせたくない様だがな。」

 

 

リヒトが俺やセイバーに肩入れする理由の一つに、どうやらセイバーをキャスターの様にはさせたくないという思いがある様で…リヒトなりに、キャスターの境遇に対して複雑な感情を抱いているらしい。

 

 

 

確かに、十年も自分と同じ顔の奴と一緒だったら情も湧くだろうし、リヒトにとってはキャスターも大切な存在だってのはよく分かる。本人は至って、呑気なものだが。

 

 

「案外、キャスターやあの金色のアーチャー みたく…サーヴァントが受肉するって珍しい話でもないのか?」

 

「例外中の例外だ。そう簡単に、奇跡が何度と起きる訳が無かろう。息子の様に、サーヴァントの現界を長期間に渡り、維持出来る魔力量を持つ人間も異常だがな。まぁ、息子の場合は生まれる前より“調整”を受けていたらしき痕跡はあったが。」

 

「その話って…」

 

「昔、子供を一人引き取った。その子供は名前も与えられず、ただ儀式に使われる道具として生を終える筈だった。当初は空きのある孤児院にでもと思っていたのだが…魔術の贄にされかけた子供と聞いて、何処の孤児院も気味悪がって一向に貰い手が付かなくてな。その子供を哀れに思った祖父が私の息子にしてはどうかと言ったから、私はその子供を引き取ったまでだ。」

 

 

リヒトを見れば、一瞬目が合ったものの直ぐにフイと逸らされてしまった。その反応からしてもリヒトはあんまり、俺にそのことを知られたくなかったらしい。

 

 

 

「魔術師の中ではよくある話だ。あぁ、それと…あのキャスターの場合は受肉ではなく、正確には“寄生”に近い。あれは何れ、息子の魂を終には食い潰すぞ。サーヴァントの本質は魂喰いだからな。」

 

 

そう言って、言峰は皮肉げに口元を歪めた。 すると、リヒトがため息混じりに言峰の言葉を制する。

 

 

 

「……父さん、あんまりエミヤを脅さないでよ。食い潰すって言っても、そんな直ぐにぼくの魔力が尽きる訳じゃないし。まぁ、このままキャスターの依り代を続ければ普通の人の寿命よりも早く死ぬだろうけどさ。エミヤ、父さんの言うことはあんまり真に受けないでね。ミレイも、そんな顔しないで。」

 

 

リヒトは何のことも無さげに言うけれど、ミレイは少し不安そうにリヒトを見上げた。そんなミレイをあやしながら、リヒトは言峰を恨めしげに見る。

 

 

 

「使い魔に感情まで持たせて、どういうつもりだ?あのキャスターは。」

 

「キャスター、意外と凝り性でさ。何かに取り組み始めたら、普段が物臭な分、スイッチ入ったらとことん手は抜かないから。」

 

 

遠坂曰く、使い魔を人間そっくりに似せる事自体は熟練の魔術師なら割と容易いらしいけど感情も付与するとなるとかなり骨が折れるらしい。使い魔をより人間に近付ければ近付ける程、魔術師の手腕が試されるって話だ。

 

 

 

「その使い魔、時計塔の魔術師共の目に触れたら収集対象にもなり兼ねんぞ。精々、人間らしく振る舞える様に躾けて置くことだな。」

 

 

それは忠告なのか、またしても脅しなのか。二人のやり取りを見ていて、俺が思ってた以上にリヒトと言峰の仲は拗れている様にも見えた。それも、かなり複雑に。

 

 

 

「半身!もう時計の針が一時を回ってしまうぞ。」

 

 

その時、待ち兼ねた様子で扉の外から呑気な声が聞こえたかと思えば、部屋をノックするでも無くキャスターが部屋に入って来た。

 

 

 

「キャスター、君って奴は…わかったよ、もう話は終わりにするから。」

 

 

キャスターに根負けし、リヒトが帰り支度を始める。

 

 

 

「リヒト、例のサーヴァントの件について一段落ついたら早急に荷物をまとめて衛宮の屋敷から出ろ。もう監視は必要ない。」

 

「…わかった。」

 

 

言峰の言葉に対し、リヒトふゆっくり頷いた。リヒトも近々、俺の家を出るのは分かりきってたことだ。八体目のサーヴァントについて、ある程度の解決目処が立ったら遠坂との協力関係も終わりにしないとならない。

 

 

 

結局、セイバーをこの世に留めるにはやっぱり聖杯しか手立ては無い様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、君がシロと一緒に来るとは思わなかったよ。」

 

 

どういう風の吹き回し?と、頭に積もりかけた雪を払いながらリヒトは首を傾げる。

 

 

 

「付いて来る分には構わんと言ったら、あいつが勝手に付いて来ただけだ。ミレイも君と先輩が不在で…寝付けなかったと見た。」

 

「それに加え、“彼”が怪我してイリヤ姉さんもそっちにつきっきりだったから?その子なりに、かなり不安だっただと思うよ。」

 

 

リヒトは私の腕の中でスヤスヤと熟睡中の、その子を見遣る。移動の為、私が抱き上げた時には既に、いたく眠そうだった。

 

 

 

「……件のサーヴァントを前にしても、決して臆することは無かったのに。嵐が去った途端に彼に縋り付き、ひどく泣きじゃくる様は年相応の幼い子供そのもので戸惑った。」

 

「ある意味、彼が見逃されたのはミレイのお陰もあるかもね。」

 

 

リヒトは妙なことを言って、眠るミレイには聞こえていないだろうがありがとうとお礼を言う。

 

 

 

「あの神父は何と?」

 

「一日、時間を寄越せってさ。キャスターにも首を突っ込ませるな、事態が却って悪化するとか言われた。あの人、自分にとって都合が悪くなったらぼくには一切関わらせてくれないから。」

 

 

親とは、自分に都合の悪いものを子供には見せたがらないものだ。あの神父にも、そういった一面があることを意外に思った。

 

 

 

「それより…大丈夫なの?彼の怪我。」

 

「立っているのすら危うい位、酷い怪我だったが…イリヤスフィールのおかげで持ち直したらしい。」

 

 

ほんの一瞬、リヒトは安堵の表情を浮かべる。サーヴァント相手に、怪我の心配とはおかしな話だ。

 

 

 

「アインツベルンの錬金術による治療魔術って、サーヴァントにも有効なんだね。」

 

「アインツベルンの治療魔術の精度も去ることながら、それはイリヤスフィールの力量によるところが大きい。」

 

「キャスターから彼が怪我したって聞いた時、父さんに診せたら?って言ったんだ。父さんも、治療魔術が得意だから。そしたら、キャスターが断固拒否してさ。父さんに借りを作るのだけは、絶対嫌だって。キャスターと父さん、仲悪いんだ。」

 

 

何と無くではあるが、先輩があの神父を余り好ましく思っていないことは分かっていた。それは確かに、先輩も断固拒否するだろう。

 

 

 

「あの神父は彼の存在を……把握していたのか?」

 

「そうみたい。彼のこと、ぼくとは極めて別人に近い別人だってさ。」

 

 

極めて別人に近い別人とは言い得て妙な、表現だ。

 

 

 

「君の口振りからするに、彼の正体を知っていると私は判断してもよいのかね…?」

 

「まあ、ぼくもさっき知ったばっかりなんだけど。」

 

 

そう言って、リヒトは苦笑する。この子の順応性の高さには、正直恐れ入るし、察しの早さも尋常じゃない。

 

 

 

「君が前に言ってた、キャスターのそっくりさんと同一人物なんでしょう?正直、びっくりしたよ。」

 

 

リヒトは敢えて、彼が自分の一つの未来の可能性であるとは言わなかった。

 

 

 

「……先輩から彼について、秘匿にされていたことを怒ってはいないのか?」

 

「キャスターの隠し事は、今に始まったことじゃないから。正直、キャスターが何処まで知ってるのか…ぼくも把握しきれない位にはキャスターって何でも知ってる。おいそれと、喋れないことまでさ。ある意味、隠すことで自分が矢面に立ってると言うか。シロとは違う意味で、キャスターも自己犠牲の塊みたいな性格だし。」

 

 

君とて似た様なものだろうとは思ったが、ここで言うことでもないかと口から出かかった言葉を喉奥へと押し戻す。

 

 

 

リヒトは先輩から隠し事をされていたのを、怒っている訳ではないらしい。

 

 

「キャスタークラスとマスターは互いに互いが魔術師であるが故、自滅に陥り敗退するケースが多い。キャスターも魔術師だけど、あんな奴だし。ぼくは魔術は使えるけど魔術師自体があんまり好きじゃないから。」

 

 

 

彼が先輩を、リヒトは甘やかしていると言っていた。しかし、リヒトと先輩はそれ相応の信頼関係があるからこそ…多少先輩が好き勝手やらかしても、大丈夫な部分があるのやもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し離れた距離で、俺より先を歩くリヒトとアーチャーが何やら話している。

 

 

「前を見ながら面白くなさげな表情をして、どうした?シロ。」

 

 

 

隣を歩き、呑気にたばこをくゆらせていたキャスターがわざとらしく尋ねてきた。そしてちらりと二人の方を一瞥し、浮かべたのはあの人の悪そうな笑み。

 

 

「……あぁ、そういうことか。昼間の君は、まだそこまであからさまじゃなかった気がするが。半身と本官が留守にしている間に、何かあったらしいな。」

 

「うるさいっつの。あと歩きタバコすんなよ。それよりあんた、あの金色の方のアーチャーと面識あるんだろ?セイバーから聞いたんだからな。」

 

「もう少しの間は大人しくしていると、本官も予想していたんだがなぁ。君とセイバーが真っ向から挑んでも、到底勝てない相手だ。」

 

 

 

やっぱりあいつ、相当強いらしい。セイバーですら、勝てなかった相手だ。

 

 

「なら、どうすればいいんだよ…?」

 

「本官が此処に留まった理由には、あの人も多少含まれている。サボっていた分の仕事はこなすさ。」

 

「キャスター、お前まさか…げほおっ!?」

 

 

 

途端、キャスターにたばこの煙を近距離で吹きかけられて変な声を上げてしまう。何事かと、前方の二人がこちらを振り返る。

 

 

「すごい声聞こえたけど、シロ大丈夫?」

 

「…やかましいぞ、ミレイが起きてしまうだろ。」

 

「すまない、すまない。誤って本官のたばこの煙をシロがもろに吸い込んでしまっただけだ。」

 

 

何のことも無さ気にキャスターが素知らぬふりをして言うものだから、強くむせながらも睨みつける。こんの野郎…!!二人は気が付かなかった様子で、また歩き出す。

 

 

 

「そう怖い顔で睨むんじゃない。本官とて、これ以上長居する気は無いし、だからその分の仕事はしようというだけの話だ。神父から色々と吹き込まれた様だが、あまり間に受けるなよ?あれの言っていることが全て、真実という訳でもないからな。」

 

 

キャスターの言う仕事に、何やら不穏なものを感じた。これ以上は長居するつもりが無いとは、つまりこの聖杯戦争が終わる頃にはキャスターが自ら消えると言ってる様なもんだ。

 

 

 

「けほっ…!置いてくのかよ、リヒトとミレイのこと。」

 

「君とリヒトと…姫がいれば、ミレイは心配無い。半身も、君らがいれば本官がいなくともやっていける。もう半身とて、小さな子供じゃないんだ。」

 

 

そう言って、キャスターは小さく笑った。あんた、ずるいしひどい奴だよ。けど、何故か嫌いにはなれない。

 

 

 

 

 

 




赤い弓兵さん、英霊になっても相変わらず神父は苦手。

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