第三十五話 待ち人いまだ帰らず
知らないサーヴァントが現れた。その報せを姉さんから携帯越しに聞いた時、内心ではあぁやっぱりと恐れていたことが現実になってしまう。
聞けば、そのサーヴァントはセイバーが目的だった様だ。しかし、興が削がれたと間も無く何処かへ行ってしまったらしい。
『リヒト、キャスターそばにいる?』
「いる…けど?」
ぼくのそばで待機していたキャスターが無言で、携帯を寄越せと手を差し出して来たからキャスターに携帯を渡す。
するとキャスターが代わるなり、この距離からでも姉さんの怒号が聞こえて来た。キャスターがものすごーく渋い顔をして、ぼくも思わず耳を塞いだ。
「兄上が出しゃばって来た以上…面倒なことになるぞ。」
まだ耳鳴りがするらしい、片耳を抑えながら自分だって出しゃばりの癖にキャスターが白々しいことを言う。
姉さんによれば、謎のサーヴァントもとい王様の目的はセイバーだったらしい。確かに、セイバーにご執心なのは知ってだけどさ。
「騎士王の次なる聖杯戦争への参戦は、兄上も識っていた。だからこそ兄上は十年、騎士王を今度こそ我がものにしようと待ち侘びたのさ。」
キャスターは語る、セイバーの在り方は王様のたった一人の友に何処か似ていると。
「十年も本当に来るか分からないアーチャー待ち続けた君だって、王様と似た様なもんじゃないか。君らって顔は全く似てないけど、変なところで似てるよね。」
「…アーチャーが君に、余計なことを言ったな?」
珍しく、バツが悪そうにキャスターがぼくを見た。キャスターと王様は顔こそ似てないけど、変なところで似通ってる。
「ついでに、いつぞやの君の言う通り…アーチャー の生前、君そっくりの相当親しい間柄の人が居たって話も聞いた。」
アーチャーの正体については、薄々そうなんじゃないかとは思っていた。アーチャーからキャスターのそっくりさんの話を聞いた時は、内心かなりの衝撃を受けたけど。
「他人の空似はよくある話じゃないか。世の中、自分と同じ顔の人間が三人はいるらしいぞ。」
「変に隠そうとしないでよ。キャスター、今シロの家にいる君そっくりの誰かさんは一体誰?」
姉さんから、報せと共に妙なことを聞いた。ぼくと一緒にシロの家を出た筈のキャスターがアーチャーと一緒に謎のサーヴァントと戦闘になり、負傷したのをイリヤ姉さんが別室で手当てしていると。
『キャスターが置いてった分身にしては、自我がハッキリし過ぎてるのよ。イリヤスフィールのこと、あんたみたいにイリヤ姉さんとか呼んで…キャスターらしからぬと言うか。だからあんたにキャスターと一緒かって聞いたの。』
シロが言っていた、キャスターだけどキャスターじゃない誰かの特徴と姉さんの話していたその誰かさんには幾つか共通点がある。
「勘のイイ君なら、もう欠けたパズルピースは全部揃えきっている筈だ。」
キャスターは敢えて答えを言わず、回りくどい言い回しをしてはぐらかす。
「あれはもう、誰でもない。自らの願いを叶える代償に、自分そのものを宛てがった結果だ。」
キャスターは小さな声で呟く、精々君は繰り返すなよと。何でみんなして、ぼくにそんなことを言うんだろう。何度も言ってるのにさ。
「それ、アーチャーにも言われた。言ったでしょう?ぼくは父さんやお祖父様みたいには、絶対なれないって。」
ぼくをこんな風にしたのは、君と王様じゃないか。すると、キャスターはニヤリと笑ってぼくが考えていることを見透かした様に言って来る。
「意図的にそうさせたからな。さて、兄上の件…神父になんと報告する?」
イリヤ姉さんの件、何故私に一言も相談しなかったと父さんに咎められて、今回の使いっ走りを申し付けられた経緯がある。
バーサーカーに関する報告も、ぼくがわざと報告するのを長引かせていたのを父さんはとっくに勘付いてるだろうし。いっそ監督役の補佐になんて、ならなきゃよかった。
「いっそ、君はシロか凛に聖杯を与えてしまえば全て丸く収まるんじゃないかと思っているだろう。」
「姉さんやシロなら、聖杯を悪用することもないよ。アーチャーも恒常的な世界平和とか無茶言ってたらしいけど、案外無欲そうだし。セイバーだって…ねぇ、セイバーの願いは未だ変わらず?」
「変わらんさ、セイバーの願いは今も尚な。」
聖杯を手に入れ、滅んだ祖国を救う。王様らしい、セイバーの願いだ。つまりは、歴史の改竄になり兼ねない願いだけれど。
その為にセイバーは英霊となり、聖杯を手に入れたら彼女はキャスター曰く彼の“同胞”になる。
「セイバーが今は死んでないって話、前に聞いたけどさ…セイバーが聖杯を手に入れたら、彼女の死は確定となり彼女そのものが歴史の改竄でいなくなることも有り得るって話だよね?」
「要するに、本官の様になる可能性もある訳だ。」
彼女を救えないだろうかと、心の何処かで考えてしまう。しかし、それはぼく自身のエゴであって彼女の為にはならない。
「…何て言うか、救われないなぁ。」
「いっそ、君が聖杯を手にいれるという方法もあるんだぞ?おすすめはしないがなぁ。」
「やめてよ、ぼくは聖杯なんかいらない。聖杯を欲しがって、いっぱい無関係な人まで死んでいくのを間近で見せ続けられたぼくの身にもなってみてよ。」
「賢明だ。君はそのままでいい。昨日の夜、本官の留守を狙ってよからぬ者が来ただろう?」
キャスターが言っているのは、昨晩の夢に出て来たアイリスフィールそっくりの誰かのことを言っているのか。
「ぼくの願いはなんだって、しきりに聞いてきた。アイリスフィールそっくりでさ、キリツグさんに自分は裏切られたんだってぼくに…そんな筈無いのに。」
「器を通じて中身から君に語りかけてくるとは、驚いたなぁ。君はどうしてそう、面倒な者に魅入られるのやら…あれの言葉には耳を貸すなよ。傭兵はアインツベルンこそ裏切ったやも知れないが、妻子のことは致し方無かった。捉え方は君に任せる。」
中身?キャスターに中身って何さと聞いたら、やっぱりはぐらかされた。とりあえず、あれにはやっぱり気をつけた方がいいらしい。キリツグさんとアインツベルンの因縁は、ぼくも触り程度しかキャスターに聞いてないけど相当に根深いのだろう。
「王様を追うかは…キレイに相談してからにする。また勝手なことして、余計な用事押し付けられても嫌だもの。」
「恐らくは神父も、兄上の単独行動までは把握しきれていなかっただろうな。」
教会に向けて歩き出す。キャスターなら王様の居場所も知ってるんだろうけど、絶対教えてくれなさそうだし。というより、今キャスターと王様が顔を合わせたら一触即発は目に見えてる。
「あ…雪、降ってきた。道理で冷える訳だ。」
白いものが視界をちらつき始めていたので上を見上げれば、どんよりしていた曇り空は雪模様へと変じていた。降って来る雪は大きめだし、これは積もるかも知れない。
「遅い!」
そろそろ帰って来ていい頃合いなのに、リヒトが未だ帰らず不機嫌マックスの遠坂。いつものリヒトなら、何かあれば直ぐに帰って来そうなのに。
「まさかあいつ…あのサーヴァントの行方を追って「あんたみたいに無鉄砲なことはしないわよ。大方、その件で綺礼に相談しに行って遅くなってるとかじゃない?」
あぁ、そういうことか。リヒトは死にたがりだけど、俺みたく無茶なことはしない。
「…いつまで待っててもあれだし、私は先に寝かせて貰うわ。キャスターだけどキャスターじゃないあいつのことも気になるけど、イリヤスフィールに手当て中は部屋入るの禁止って言われちゃったし。」
謎のサーヴァント襲撃に対し、アーチャーと一緒に迎え撃ち、負傷した誰かさんはイリヤが別室で手当てしてる最中だ。
アーチャーはと言えば、俺の部屋でミレイを寝かしつけてる。アーチャー は誰かさんに比べれば比較的、傷の具合も軽く、手当ては直ぐに終わった。
遠坂はひらりと手を振り、部屋を出て行く。後に残されたのはセイバーと俺。
「シロウ、このままリヒトとメイガスの帰りを待つのですか?」
そのつもりだけど?と返せば、セイバーは自分も付き合いますと言ってくれる。
「あんまり遅くなる様だったら、セイバーは先に寝ててくれ。」
「貴方こそ…幾らリヒトが心配なのは分かりますが、あまり無理はしないで欲しい。」
「お、俺は別にあいつの心配なんて…!リヒトにはキャスターがいるだろ!?」
「シロウは分かり易過ぎます。」
分かり易いって何のことだよ…?セイバーに全部お見通しだという顔をされ、どう言葉を返せばいいのか困ってしまう。
「なぁ、セイバー…あいつ、大丈夫かな?」
「イリヤスフィールが手当て中の、もう一人のメイガスのことですか?」
こくんと頷く。リヒトのことも、まぁ心配ながら…あの誰かさんのことも心配だ。あいつ、間違い無く俺たちを助けようとしてあの黄金のサーヴァントと戦闘になったんだ。
「…シロウ、以前から彼と面識が?」
セイバーにそう聞かれたら、もう包み隠さずに話すより他無い。
「ほら、俺がイリヤにさらわれた時。あいつと、初めて会った…散々何やってんだって怒られたけど、何だかんだ言ってあいつ、俺がイリヤにかけられた術解いてくれたんだ。」
俺からその話を聞いて、セイバーも驚いている様だった。まぁ、あの時のキャスターはリヒトと屋敷に残っていた訳だし。
「メイガスはリヒトと一緒に、屋敷へ残っていた筈です。あそこに現れる訳が無い。」
「だから変だと思ったんだ。その後から時々、話をする様になって…あいつ、普段はキャスターの中にいるって言うか。変な言い方なんだけどさ?まるで、キャスターと人格が入れ替わる様に話すから。」
「サーヴァントの中には…一つの体で、複数の人格を有する者も少なからずいます。しかし、キャスターは確かに今日、リヒトと一緒に屋敷を出て行った筈です。先程、凛とも携帯で話していた様でしたし。リヒトがメイガスのフリをすれば、直ぐ凛にバレます。」
じゃあ、あのキャスターは誰なんだ?って話になる。此処とは違う、別の場所に同一人物が存在してるってまるでドッペルゲンガーだ。
「以前のキャスターに…あの様な人格交代はありませんでした。何か、キッカケがあったとしか思えません。」
セイバーも何が何やらと、腕を組みながら考え込んでしまう。以前というのは、前の聖杯戦争のことだろう。
「なぁ、セイバー…前回の聖杯戦争にも参加してたんだよな?キャスターとはいつ会ったんだ?」
「とある宴席です。あぁ、そういえばあの黄金のアーチャーも一緒でした。一度だけ、幾人かのサーヴァントと集まり聖杯に関する問答をしたことがあったんです。皆、好き勝手なことばかり言って…私には大変、不愉快な記憶しか無いのですが。メイガスなど、途中で酔い潰れて寝てしまいましたからね。」
今、セイバーが物凄く大事なことを言った様な…?って言うか!あいつ、あのサーヴァントと面識あったのかよ!?
「セイバー…あのサーヴァントの手がかり、キャスターなら知ってるんじゃないのか!?」
「知ってたとしても、メイガスが話してくれる保証がありますか?」
「ない…な。」
あの隠したがりのサーヴァントが真実を話してくれる確証は無い。掴みかけた手がかりが立ち消えとなり、深い溜息が漏れる。
「…ちょっと、あいつの様子見て来る。」
「行ってらっしゃいませ。」
手がかりを握ってそうな肝心のキャスターは留守だし、あの誰かさんならもしかして話してくれるだろうか。まぁ、話せる状態であればだけど。
「セイバー、もう一つ聞いていいか?」
「何ですか?シロウ。」
「もしかして、セイバーの前のマスターって俺の親父じゃないよな?」
鈍い俺だって、何と無くそうなんじゃないかと思ってた。前、リヒトが言っていたことがキッカケで、もしかしてそうなんじゃないかと。
『正義の味方がぼくを助けてくれたんだ。』
親父も以前は魔術師だった。なら、冬木の聖杯戦争に少なからず関係していたんじゃないかと。それに、親父も昔、正義の味方を目指してたなんて死に際で俺に語っていた。リヒトはわざと、俺に対してあんな言い方をしたらしい。
「リヒトが貴方に、話したのですか?」
セイバーから、否定の言葉は無かった。リヒトから聞いたのかと言われ、首を横に振るう。
「違う、あくまで…俺の憶測だったんだが。」
「貴方の憶測通り、貴方の父親、衛宮切嗣は私の前回の聖杯戦争でのマスターでした。」
今更、驚くことでも無い。リヒトが親父と知り合ったキッカケだって、聖杯戦争以外で考えられないんだ。
セイバーから今さっき聞いた話に、心がどんよりと昏く沈んでる。聞かなきゃ良かったって訳じゃないけど、少なからずショックを受けていた。
リヒトも、知ってたんだ。親父がどういう人間だったのか。セイバーは言っていた、親父はリヒトの前で、リヒトの祖父さんを殺した犯人を容赦無く撃ち殺したと。
そして、セイバーには令呪で命令して彼女にとって何よりも手にしたかった聖杯を彼女自身の手で破壊させ、彼女を裏切ったことも。
とりあえず、誰かさんがイリヤに手当てを受けている部屋に向かう。
「イリヤ、いるか?」
「シロウ?どうしたの?」
部屋の前にたどり着き、とんとんと襖を小さく叩いてから中のイリヤに呼びかける。誰かさんの怪我の手当ては終わったかと聞けば、今丁度終わったところだと中から返答がした。
「入っていいか?」
「…いいわよ。」
ゆっくり襖を開けると、上半身半裸で素肌の上から包帯を巻かれた誰かさんが布団の上で横になっており、イリヤが丁度寛げていた自分の服を着直し…て?はいっ!?
「あの、イリヤ…さん?この部屋で、何をなさってたんですか…?」
「何って、バーサーカーの残存魔力が不足してたから私のを少し分けただけよ。マスターとサーヴァント同士ならこの位、常識でしょう?おかしなシロウ。」
小さい女の子に何させてんだよ、こいつは!?って言うか、普通にはんざ…完全に、頭がパニックになる。
「…イリヤ姉さん、ちっちゃなシロには刺激が強過ぎる。」
「そういうこと?シロウって案外お子ちゃまね。私たち、やましいことは一切してないわよ。バーサーカーにはアーチャーがいるし。」
幼いイリヤにお子ちゃまと言われ、俺がまるでやましい想像をしてたんじゃないかと指摘されてる様で頰がブワッと熱くなってしまう。というより、イリヤはこいつとアーチャーの関係も把握済みだった様で。
「バーサーカーって、まさか…」
「名前が無いと不便でしょう?彼、この見た目でも一応のクラスはバーサーカーだから。」
この誰かさん、てっきりキャスターと同じキャスタークラスかと思えばバーサーカーだったらしい。
「バーサーカーって、普段から凶暴なのばっかりじゃないのよ。」
バーサーカーと聞くと、専らあのヘラクレスのイメージが強いから拍子抜けしてしまう。まぁ…この誰かさんのあの時の戦いぶりを見るからに、強さそのものは狂戦士と呼ぶに相応しいものだった。
「僕に何か、聞きたかったんじゃないの?」
誰かさんことバーサーカーは、自分に用があったんじゃないかと聞いてくれたけど今はそれどころじゃない。童貞臭い俺には刺激が強過ぎて、悪かったな!?イリヤは幼い女の子の筈なのに、この時だけは表情がやけに艶めいて見えて目のやり場に困った。
「また出直す!!早く怪我治せよ!」
とんだ目に遭い、バーサーカーに聞くチャンスを自分から駄目にしてしまった。俺の馬鹿ッ!!
部屋をそろりと覗き込むと、いつも眉間に寄せられたしわは何処へやら…随分と優しげな表情をした弓兵が幼い少女を寝かし付けていた。
「ミレイ、寝たか?」
恐る恐る、アーチャーに声をかける。すると、急に鋭い視線が俺に飛んで来るものだからびくりと肩を震わせ、驚いてしまう。どんだけ俺、嫌われてるんだよ。
「今さっきな…大分グズっていたから、寝かし付けるのに苦労した。」
謎のサーヴァントが去った直後、負傷した誰かさんにミレイは一目散に駆け寄り、パパ消えたらやだとひどく泣きじゃくって大変だった。その前まで、謎のサーヴァント相手にパパとママをいじめるなと無茶して飛び出して行き、気丈なまでの態度だったのに。
「……誰かさんも、ミレイにとってはパパなんだな。」
「当たり前だ。何より、彼はミレイの名付け親だからな。」
え…?ミレイという名前はどうやら、誰かさんが名付けたらしい。それは、初耳だった。
「聞いて、いいか?」
「なるべく手短にしろ。」
「何で、ミレイなんだ?」
ふと、わいた疑問。何故、この子に誰かさんはミレイと名付けたのか。名前には、親から子供への願いが込められている。
「漢字で書くと、美しいに礼と書くらしい。」
美礼?なんか…似た様な名前を何処かでと考え、あの神父のことをふと思い出す。
「言峰の下の名前みたいだな。」
「全く…よりにもよって、何故あの神父から一文字取ったんだ。」
驚いたことに、由来はあの神父の名前らしい。けど、割とすんなりああそうかと納得してしまう。
「リヒトも、名前の一文字はお祖父さんからもらったって聞いた。」
「たまたま、彼はそれに倣っただけの話だ。深い意味は無い。」
「そうか?」
「何が言いたい?」
アーチャーに強く睨まれてしまい、それ以上何かを言うのはやめた。やっぱり誰かさんは…そう思いかけ、気付かないふりをする。
「…私は先輩とリヒトを迎えに行く。不本意だが、この子はお前に任せる。」
急に何を言い出すんだこいつは!!お前だってケガしてる癖に!
「はぁ!?お前もケガしてむごっ!「たわけ、大きな声を出すな。」
抗議の声を上げる前に、アーチャーのがっしりした手に鼻ごと口元を押さえ付けられて窒息するかと思った。
「まったく…十二時半ば、玄関前に来い。」
突然、アーチャーから待ち合わせの約束みたいなことを言われる。何のことだと聞き返す前に、アーチャーが矢継ぎ早に付け足す。
「一分でも過ぎたら置いて行く。」
つまり、付いて行っていいということの様だ。
夜の十一時を過ぎてもまだリヒト達は帰らず、とうとう俺はセイバーに、早く寝てくださいと部屋に押し込められた。
部屋ではミレイが一人でぽつんと寝ており、イリヤはまだ戻っていない様だ。あんな場面に出くわした手前、これ以上は深く考えまい。
部屋の片隅にある二組の布団から一つを引っ張り出し、とりあえずそれを敷いて俺も横になる。普段は隣にリヒトがいるから、妙な感じがして落ち着かない。
「…一人寝が寂しいとか、そんなことないからな。」
あの人よりやや高めのぬくい体温が恋しいとか、仕方ないなぁと甘ったるい顔をして、朝に俺を揺り起こす相手が隣にいないことに、どうしようもない寂しさを覚えてしまうなんてそんなことは。
「まま、ぱぱ達…遅いね。」
いつの間に起きていたのやら、ふっと気が付けば待ち人と同じ瞳の色がジッと此方を見ていた。
「ミレイ、起きちゃったのか?」
すると、何を思ったのかミレイがむくりと起き上がる。そして、俺の布団をペロリとめくるなり、もそもそと中へ入って来たではないか。
「ぱぱが帰って来なくて、まま寂しそうだから。」
「俺じゃなくて、それはミレイだろ?イリヤが中々戻って来なくて、寂しいのは分かるけどな。」
その赤みを帯びた髪を、梳く様に撫でてやる。寂しいのはミレイだろと俺は言い訳をした。
「イリヤお姉ちゃん、今日はぱぱ達が帰るまでケガしたパパに付き添ってあげたいからって言ってたもの。」
「ミレイは付き添ってやらなくていいのか?あいつに。」
「ミレイはままのそばにいてあげなさいって。まま、ぱぱの帰りが遅くなって絶対寂しがるだろうからってパパとイリヤお姉ちゃん言ってたわ。」
小さいもみじの葉っぱの様な、幼いその手が俺の手をそっと握ってきた。ミレイに、ままと幾度も呼ばれて母性本能じゃないけど、何と無く愛着がわき始めていることは認めよう。というか、俺はあのバーサーカー(仮)とイリヤに何だと思われてんだ。
「…聖杯戦争が終わったら、リヒトだってこの家から出てくんだ。ミレイもついてくだろ。」
「このまま、このウチの子になったらダメ?」
彼女からの不意な申し出に、えっと声が漏れた。もしもミレイがウチの子になったら、藤ねえや桜になんて言えばいいんだ…?
「ミレイにとって、おうちは此処だけだもん。」
「そう言ってくれるのは、嬉しいけどさ…?リヒトに迷惑かけたら、だめだろ。」
「ぱぱならいいって言ってくれるわ。ままは言峰ミレイと衛宮ミレイ、どっちがいい?」
この子、本気でうちの子になるつもりだ。ミレイにどちらの苗字がいいかと聞かれ、藤ねえと桜に対する言い訳を今から考えねばなるまいと思った。
行ったのはレアルタ式の魔力供給で、イリヤさんは中身が18歳以上なのでセーフ。UBWのアニメで遠坂嬢が魔力の受け渡しをやってたアレをご想像ください。