双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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第三十話 身に覚えの無い既成事実

「イリヤ姉さん、一つ約束してくれないかな。」

 

「…なに?」

 

 

姉さんがジッと、僕を見上げる。今の姉さんなら、バーサーカーはもう居ないし、そんな事は二度としないと思うけど。

 

 

 

「シロやあの子を殺そうとするのは、もうやめて欲しい。確かに、イリヤ姉さんにとってはキリツグさんを取られたみたいで…もうキリツグさんも居ないし、他に憎しみのぶつけ先が無いのかもしれないけど。二人とイリヤ姉さんが殺し合う様な真似は、二度とさせたくないんだ。」

 

 

イリヤ姉さんは一瞬、躊躇いがちに僕から目を逸らす。

 

 

 

「……もう、バーサーカーはいないし。あの二人の命を狙うなんてことはしないわ。リヒト、貴方になら聞いてもいい?何でキリツグはイリヤのこと迎えに来てくれなかったの?やっぱり、イリヤはいらなくなった?だから…イリヤは棄てられ「それは違う!」

 

 

イリヤ姉さんは長い間、ずっと自分の中でため込んでいたらしい疑問を僕に投げかけて来た。イリヤ姉さんはずっと、キリツグさんに棄てられたと思っていたのか。

 

 

 

「違うよ、キリツグさんは…イリヤ姉さんのこと、何度も迎えに行こうとしてたんだ。」

 

 

姉さんが何処まで信じてくれるか分からないけど、僕が知ってることをかい摘んで、イリヤ姉さんに話した。

 

 

 

「……それ、本当…?」

 

「信じる信じないは、イリヤ姉さんの自由だから。」

 

 

イリヤ姉さんは僕に話した内容が本当なのかと一度聞いたきり、暫くの間黙り込んでしまった。沈黙が痛い。暫くして、イリヤ姉さんが徐に口を開く。

 

 

 

「なんだ…私、棄てられた訳じゃないんだ。」

 

 

イリヤ姉さんは少しだけ、安心した様な声で呟くなり僕の胸元にぽすんと小さな体を預けて来た。

 

 

 

「ねぇ、リヒト。もう一つ聞いてもいい?」

 

「…なに?イリヤ姉さん。」

 

「あのアーチャー、一体誰なの?私が知らない英霊はいない筈だもの。貴方や、キャスターみたいな例外はいるかもしれないけれど。」

 

 

どう答えたらいいものか…最悪の場合、姉さんはその正体に気付かない侭、直接的ではないものの彼を殺してしまう可能性すらあった。

 

 

 

「バーサーカー言ってたもん。貴方とアーチャー、長い間ずっと一緒に戦ってきた戦友みたいに息が合ってたって。」

 

 

あのバーサーカー…狂化されてた割に見てるところはしっかり見てたらしい。

 

 

 

「あのアーチャー、リン達を庇って自分は消えるつもりでバーサーカーに向かおうとしてた。けど、貴方が現れた途端に、顔付きが変わったのよ?」

 

 

キャスターが見えないところで、ニヤニヤしてるのが腹立たしい。

 

 

 

「…本官たちの口からわざわざ言わせなくとも、君なら遅かれ早かれ彼の正体も分かる筈だ。」

 

「キャスター…!?」

 

 

僕の口から彼の正体を明かすのも何だか野暮な気がするので、イリヤ姉さんの直感に任せる事にした。姉さんなら絶対、すぐ分かる筈だ。キャスターにさっとバトンタッチして、僕は引っ込ませて貰う。キャスターは軽々と、イリヤ姉さんを抱き上げた。

 

 

 

「さて…そろそろ朝食の時間だ。居間に行くぞ?君の今後についても決めねばなるまい。」

 

「教会は嫌よ!シロウやリヒトも此処に居るなら、あんな所なんか行きたくないもの!」

 

 

キャスターの腕の中で、教会には行きたくないとイリヤ姉さんがジタバタ暴れ始めた。キャスターが暴れる姉さんを抱き竦め、安心しろと姉さんに言い聞かせる。

 

 

 

「君が二人の命を狙う様なことさえしなければ、本官とて君を教会に放り込む様な事はしない。むしろ君が此処に居れる様、取り計らおうじゃないか。」

 

 

イリヤ姉さんが半信半疑で、キャスターを見る。キャスターならその辺り、うまい事やってくれるだろうから任せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、弟と士郎の距離感がやたらと近い。台所で隣り合う凹凸差のある二つのエプロン姿は今にも肩が触れそうな程の距離にて寄り添い合うかの様で、見ているこっちが居た堪れなくなりそうだ。それをげんなりして見遣る私と、微笑ましそうに眺めるセイバーはひどく対照的だ。

 

 

「……セイバー、あなた何でそんなに微笑ましそうに見てられるの?」

 

「あの二人が仲良くしていると、私も嬉しいので。」

 

 

 

セイバーにそう言われてしまうと、返す言葉が無い。リヒトはリヒトで長年、色々あって士郎に距離を置かれていた反動もあってかあの有様だ。士郎もリヒトとのわだかまりがすっかり無くなって、あの通りリヒトにべったりだし。

 

 

「見せ付けられるこっちの身にもなってよ。アーチャーとキャスターで、もう私はお腹いっぱいよ。」

 

 

 

どうしてこう男連中は揃いも揃って、仲が良過ぎるのよ…キャスターとアーチャーに関しては、既に出来上がってるし。昨日だって、キャスターが付きっ切りで一晩中アーチャーの看病…とかこつけて、何やってたんだか。

 

 

「シロ、アーチャー用の朝食リゾットにしたんだけど…ちょっと味見て欲しい。ささ身とホワイトソースで作った。」

 

「美味そう…どれどれ。」

 

 

 

何気無くリヒトが士郎に朝食の味見を頼み、それを士郎が当たり前の様にリヒトの差し出した味見用スプーンを…男同士の食べさせ合いを見せられる私の身にもなって欲しいんだけど。

 

 

桜にも知れたらと思ったものの、多分桜はセイバーとおんなじ様な反応をする気がした。

 

 

 

「ちょっと士郎!二人の世界に浸り合ってる所、悪いけど…あんた、これからどうする気よ。」

 

「ばッ…!?二人の世界になんか浸ってな……え?どうするって、なにが?」

 

 

あの馬鹿、自分が連れて来た物騒な子どものことスッカリ忘れたなんて言わせないわよ。丁度その時、廊下が急に騒がしくなった。

 

 

 

「自分で歩けるわ、子供扱いしないで!」

 

「こらこら、暴れるんじゃない。」

 

 

キャスターとイリヤスフィールの声だ。妙な事に、キャスターは怪我人のアーチャーの看病も程々にして朝からイリヤスフィールの様子を見に行っていたらしい。まだイリヤスフィールから完全に危険要素が取り除かれた訳じゃないから、あいつが付いてれば彼女も下手な事はしないだろうけど。

 

 

 

間も無く、キャスターが腕の中で暴れるイリヤスフィールを姫抱きしながら、居間に入ってきた。

 

 

「…あぁ、皆もう起きていたか。朝から姫が元気過ぎてなぁ。」

 

「私を猫か何かみたいに言わないでよ、失礼なサーヴァントね!」

 

 

 

キャスターが揃った私達を見、呑気そうに声を上げる。昨日はあれだけ士郎がイリヤスフィールを連れて来たことに対して嫌そうな顔してた癖に…いや、あれも嫌そうなフリだったと考えられる。

 

 

私達が嫌だと思う事を、逆に面白がるこいつの事だ。今のこの状況すら愉しんでる可能性があるから怖い。というかこのキャスター…どうやってイリヤスフィールを手懐けたのか、やけに距離が縮まってる様な気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫の身柄は、此処にて匿う方向で話はまとまった。」

 

「…そうか。」

 

 

イリヤは衛宮邸にて、匿うことが決まったらしい。むしろ、その方がいいだろう。イリヤが教会に保護されようが、此処に匿われようが、大して危険性は変わらないし、教会が絶対安全という訳でもない。

 

 

 

「どうやって皆を…その達者な口で丸め込んだ?」

 

「丸め込んだとは心外だな。教会に預けるより此処に教会関係者がいるのだから、その関係者に監視役として姫の面倒を見させた方が早いじゃないかと言っただけだ。」

 

 

 

先輩はそう言って、持ってきたリヒトお手製のささ身入りホワイトリゾットを土鍋から取り皿に取り分ける。

 

 

「貴方と言う人は…」

 

「半身も自分から、姫の面倒を見ると言ったぞ?何だかんだ言って、あれも姫の事情をそれなりに知っているからな…彼女を放って置けなかったと見える。」

 

 

 

リヒトは自分から、イリヤの面倒を見ると言ったらしい。サーヴァントを失ったマスターの保護は教会関係者の役割故に、彼が自分からその任を引き受ける事自体に何ら不自然さは無いだろう。

 

 

「あの神父が姫の面倒を見るとは到底思えないし、あんな所に姫一人を行かせる気は毛頭無い。」

 

 

 

昨日まではイリヤを殺す気さえあったこの先輩が…一体どの様な心境の変化だ?

 

 

「よく凛とセイバーを説得出来たものだ。あの二人なら絶対に反対する筈だ。」

 

「貴殿には話していなかったが…騎士王と姫も決して、無関係の間柄ではない。昨日、騎士王も姫の事情を初めて把握したらしい。てっきり、全て知っているとばかり思っていたのだが。リヒトがシロと一緒に面倒を見ると言ったら、反対はしなくなったぞ?凛も最終的には折れてくれた。」

 

 

 

先輩はセイバーに一体、何を吹き込んだのやら。凛に関してはリヒトにとことん甘いし、彼女も何だかんだで人がいいから折れてくれたのだろう。

 

 

「ほら、口をあけなさい?ミレイ。」

 

 

 

すると先輩がらしくもなく優しげに、先程からお腹を空かせていた少女をミレイと呼んだ。それがその子の、名前らしい。

 

 

「…ミレイ?」

 

「もう一人の半身が名付けた。」

 

 

 

名付け親は彼の様だ。その響きは、彼の養父であるあの男の名前を彷彿とさせる。彼とあの子の元の名も、祖父から一字を頂いたからと彼もそれに倣って名付けたのだろうか。

 

 

「何と呼べばいいのか分からなかったから、助かる。しかし、あの神父の名前と似てやしないか?」

 

「不満か?」

 

「いや…彼はてっきり、父親嫌いだとばかり思っていた。」

 

「あれの名前も祖父から一字を取って、神父が名付けた。それに倣って付けたんだろう?」

 

「ミレイ、この名前好きよ?」

 

「この子も気に入ったらしい。ほら、ゆっくり食べなさい。」

 

 

 

取り皿からレンゲでリゾットを掬い上げ、少し冷ましてから先輩はミレイにそれを与える。ミレイは雛鳥の様に口を開け、リゾットを美味しそうに食べ始めた。

 

 

「自我を持たせるのに、予定ではあと数日程かかる筈だったんだが…この子は成長が早い。」

 

「…一晩で本物と違わぬ写し身の少女をつくり出すなど、やはり貴方は魔術師ではなく魔法使いだったのか?」

 

「神代の魔術師を侮るな?なに、昨晩は思ったより貴殿が協力してくれたから「子供の前だぞ!?」

 

 

 

思わず、大きな声が出てしまった。ミレイが少しびっくりした様子で、瑠璃色の目を見開きオレを見てくるものだから、慌ててすまなかったと宥めすかす。

 

 

「……すっかりママだなぁ?婿殿。」

 

 

 

にやにやと、先輩が愉しそうにオレを見てくるから恥ずかしい。ママ呼びと婿殿呼びはやめて欲しいしアーチャー呼びでいいじゃないか。

 

 

「貴方がママと呼ばせたのか。」

 

「ミレイが自分の知識に応じて、そう呼んでるんだ。本官が呼ばせたつもりは無いぞ。なぁ?ミレイ。」

 

 

 

先輩が同意を求めると、ミレイはもぐもぐと小さい口を動かしながらこくりと頷く。

 

 

「先輩…この子は本当に、普通の少女と何ら変わらないな。」

 

「これでも、並以上の使い魔の力は有してる。抑止力に抵触しない程度に、力は落として調整してあるが。」

 

 

 

見た目はこんな幼い少女に、そんな力がある様にはとても見えない。

 

 

「この子は…成長するのか?」

 

「成長もするし、学習もする。しかし一定の姿まで成長すれば、姿はその後変わらないだろうな。この子は英霊でも、守護者でもないからなぁ。最終的にどうなるかは、実のところ本官にもはっきりとは分からないんだ。」

 

「……そうか。」

 

 

 

親というのはよく分からないが、子供の将来を気にかける親の気持ちとはこんな感じなのだろうか。少し、複雑な気分だ。

 

 

「パパ、もうお腹いっぱい。おいしかった。」

 

 

 

すると、ミレイはもうお腹がいっぱいだと言って食べるのをやめてしまった。しかし、まだ鍋の中にはリゾットが残っている。

 

 

「もういいのか?まだいっぱいあるぞ。」

 

「…ママにあげて。ママ、何も食べてないでしょう?」

 

「貴方と違って、この子は食い意地が張ってなさそうだ。」

 

 

 

先輩と違って、ミレイは少食らしい。見れば、先輩が気まずそうにわざとらしい咳払いをした。

 

 

「ミレイ、ぱぱがデザートにつくったみかんゼリーがあるからそっちも食べるか?」

 

 

 

デザートと聞き、彼女がパッと瞳を輝かせる様子はなんとも子供らしい。先輩がまた食べさせようとすると、彼女は自分で食べられるとゼリー容器とスプーンを先輩から受け取り、自分で行儀よく食べ始めた。

 

 

「なんだ、もうスプーンの使い方を覚えたのか。これならあと二日位で、大抵のことは自分で出来そうだな…という事で、アーチャー?貴殿も少し、腹に何か入れたまえ。本官が食べさせてやろうじゃないか。」

 

 

 

 

先輩は最初からそのつもりだったのだろう、わざとらしい笑顔を浮かべてオレの口元にリゾットを掬ったレンゲを近付ける。ミレイがジッと見ている手前、拒否し難い状況に追い込まれてしまう。渋々、口を開けざる得ないのが恨めしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝からイリヤスフィールの事があって、キャスターにアインツベルンの城での件を聞きそびれてしまった。アーチャーの静養してる部屋にいるだろうと出向いたら、事件が起こった。

 

 

襖を開けると、丁度アーチャーが食事中だった様でキャスターに食べさせて貰ってる所にお邪魔してしま…キャスターの膝上で、見知らぬ幼い少女が先程キャスターの持ってったゼリーを行儀良く食べているのを見て硬直した。アーチャーの顔色も真っ青になる。

 

 

 

「キャスター、その子誰…?」

 

「り、リヒト…!これはだな…!?」

 

 

誰も何も、その子の顔はキャスターとぼくそっくりで赤みを帯びた髪は癖っ毛が目立つ。すると、ゼリーを食べ終えたその子が空になった容器をぼくに見せてとんでもない事を言う。

 

 

 

「ぱぱ!ゼリーおいしかった。」

 

 

ぱ…?ぱぱ!?確かにその子は、ぼくをぱぱと呼んだ。ちょっと待って欲しい、ぼくはまだ子持ちになった覚えは無い!くらりと、強い目眩がした。




以下、なんか増えた子の簡略設定

名前:ミレイ

漢字にすると美礼。由来は愉悦神父から一文字取った。
赤い弓兵とオリ主②の肉体を構成する遺伝子情報みたいなのを
採取した後、ごちゃ混ぜに再構成して、使い魔レベルに落とし込んだ存在。見た目の年齢は4歳程度。

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