双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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いつもよりBL要素八割増しにつき注意。


第二十六話 ぼくの特別と君の特別

次に視界が開けた時、不意に襲った立ち眩み。セイバーに少し多めの血を与えてからの…キャスターをバーサーカーへのクラスチェンジがよくなかったのか。

 

 

「帰らなきゃ…シロのとこ。」

 

 

 

朦朧とする意識の中、帰らなければと思った。また、姉さんに怒られちゃうしシロ達が待ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お前の家は此処ではないか。」

 

 

気が付くと、見知った浴槽の中に浸かっていた。

目元に水気で張り付いた前髪を、そっと耳にかける手付きはひどく優しい。

 

 

 

浴槽はあたたかいお湯で満たされ、張り詰めていた気持ちが嘘の様に和らいでいく。見慣れ過ぎたビジョンルビーの双眸に見下ろされ、呼び慣れた呼称を口にすれば、その人は応える様に綺麗に笑った。

 

 

「……おうさ、ま?」

 

「気がついたか?リヒト。そうだ、兄は此処にいる。うわ言の様に、帰る帰ると言いおって…此処がお前の“家”であろうに。」

 

「……他に変なこと、言ってないよね?」

 

「さて、どうだったかな。」

 

 

 

王様はわざとはぐらかし、意地悪な笑みを深める。どうやらぼくは教会に連れて来られ、王様に風呂へ入れられたらしい。見れば、王様はきちんと服を着ている。

 

 

「共に入りたかったが、何分この浴室は狭い。」

 

 

 

いや、入らなくていいです。キャスターが一緒に入浴する分には全然いいんだけど、王様との入浴は色々な意味で身の危険を感じるのでご遠慮願いたい。いや、脱がされて風呂に入れられた時点で色々と遅いんだけど。

 

 

「狗がお前たちを連れ帰ってきた時、ひどい有様だったぞ。お前、あの服はもう着れないな。」

 

「やっぱりあれ、ランサーだったのか…助けて欲しいなんて、言ってないのに。」

 

 

 

すると、王様が途端にムッとしたかと思えば額をばちんと小突かれた。王様、痛い。

 

 

「昨日は愚弟に宝具並みの魔術を使わせて、今宵は無茶な戦いをしおってからに…直接、我が出向こうとしたら言峰が狗を向かわせたのだ。」

 

 

 

要するに、ぼくは無茶な魔力消費による疲労で倒れる寸前だったらしい。

 

「お前に死なれては、愚弟も現界を維持出来なくなる。」

 

 

 

何だかんだ言って、王様はキャスターが大事なんだ。思わず、謝罪の言葉が口を吐いて出た。

 

 

「ごめんなさい…王様にとって、キャスターは唯一無二の弟だもんね。」

 

「何を言うか、お前と愚弟の二人で一人の唯一無二の弟だ。」

 

 

 

王様は濡れるのも構わず、両腕を伸ばしてぼくを自分の方へと抱き寄せる。ぼくと王様、今は背丈も然程変わらないんだけど、王様の方が意外と体つきはガッシリしてる。なんか悔しい。

 

 

「リヒト、今年で幾つになった?」

 

「……17」

 

「我にとっての十年などあっという間だが、お前にとっての十年は長かったろうな?すっかり、愚弟と瓜二つではないか。」

 

 

 

王様の両手に、ムニっと両頬を挟まれる。いつの間にやら、ぼくとキャスターはぱっと見では見分けが付かない程そっくりになってしまった。

 

 

「キャスターが17の時って、どんなだった?」

 

「我の片腕として、国の政事に携わり始めた頃合いか…あれも昔は生真面目な性格でな、休めと言わないと無理をするから大変だったぞ。」

 

 

 

昔は15歳位でもう成人年齢だったと言うし、キャスターはぼくと同い年位で難しいことをしていたらしい。あのキャスターが生真面目…全然イメージ湧かない。

 

 

「我としては多少の幼さがあるお前の方が…可愛げはあって、愛でやすい。」

 

 

 

口元を掠める様な、軽い口付けの感触。拒むことすら億劫で、もう王様の好きにすればいいと思った。無抵抗なぼくを不思議に思ったらしい、王様がぼくの顔を覗き込む。

 

 

「今日はやけに素直だな?」

 

「…つかれた。でも、シロのとこ戻らないと。」

 

 

 

シロの名を口にした途端、王様の紅玉の目がゆらりと物騒に揺れた気がした。

 

 

「随分と親しげに呼ぶではないか…セイバーのマスターの名か。言峰の前では素っ気無く、呼んでいた様に記憶していたが。」

 

「そうだっけ?」

 

「愚弟が何処ぞの弓兵に執着する様に、お前もセイバーのマスターに少々肩入れが過ぎる様だが?やめておけ、肩入れし過ぎてもロクなことにならないぞ。」

 

 

王様はまるで、アーチャーの様なことを言う。ぼくは無自覚な内に、シロに対してかなり執着していたらしい。まぁ、放って置けないし傍に居たいって気持ちはある。

 

 

「…かと言って、いつぞやの面倒を抱えた娘か時臣の娘というのも業腹だ。」

 

「王様、何の話…?」

 

「お前にはまだ早い話だ。」

 

 

 

王様はぼくの前では何かと、色事の話題を避けたがる。たまの休日にぼくを夜な夜な繁華街へ連れ出す癖に、おかしな人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いねぇと思ったら…あんた、タバコ吸うんだな?」

 

 

煙草を嗜む様には見えなかったんだが…英霊もわりと見掛けによらないもんだ。偽キャスターの姿が見えなくなったものだから、気配を追った先は教会の屋根の上。後ろ姿に声を掛ければ、偽キャスターは煙草に火を点けている最中だった。

 

 

 

「…教会では酒も煙草も、悪徳ではないからな。わりと、ヘビースモーカーな神父もいるくらいだ。」

 

「へぇ…知らなかった。なぁ、一本くれよ。」

 

 

丁度、口寂しかったから一本くれないかとねだれば、偽キャスターはシガレットケースから一本新しい煙草を取り出して手招きする。近寄れば口に煙草を差し込まれ、偽キャスターのお綺麗な顔が不意にゼロ距離位まで近付いて来て面食らう。

 

 

 

ジュッと熱そうな音がして、俺の咥えた煙草の切っ先にキャスターの吸っていた煙草の先端が押し付けられた。

 

 

「どうした?ランサー殿。急に呆けた顔をして。」

 

「…あんた、いつもそんな感じなのか。」

 

「ん?何の話だ??」

 

 

 

無自覚かよ!?こいつ…花を贈る程の好いてる相手がいるらしいが、そいつも絶対こいつの“こういう所”にヤキモキしてるに違いないと踏んだ。

 

 

「いいのか?大事なマスター放ったらかしにして。」

 

 

 

金ピカがリヒトを風呂に入れて来ると、やけに甲斐甲斐しかった。あの金ピカが、だ。リヒトが無抵抗なのをいい事に、よからぬ事でもしてんじゃねぇかと勘繰ってしまう。

 

 

「兄上なら半身を悪い様にはしないさ。多少、スキンシップの度合いがおかしな時もあるが。」

 

 

 

それをあんたが言うかと思ったが、余計なことは言うまい。

 

 

「ところでよぉ、あの花束…どうだった?」

 

「効果てきめんだったよ。ついでに、花言葉の意味を教えて貰った。愛の告白とは中々情熱的だな。」

 

 

 

餞別にと気持ち程度のルーンをかけてやったら、中々の成果だったらしい。橋渡し程度の役割を果たせたら何よりだ。

 

 

「そうかい、そりゃあよかった。あんたが花を贈ろうと思った位だ。大層いい女なんだろうな?」

 

「料理上手で気配りは出来る気立ての良さだ。少し皮肉屋な所が玉に瑕だが、其処がいい。」

 

 

 

べった惚れじゃねぇかよ。半神とは言え神様に愛されるたぁ、好かれた相手も大変だなこりゃあ。

 

 

にしても…相手は誰だ?なんかこいつとリヒトはセイバーのマスターの元に、イレギュラー過ぎる居候をしていると聞いた。アーチャーのマスターも一緒だとか。

 

 

 

それと、最近金ピカが不機嫌なことが多い。恐らく、大事な弟を誰かに取られてご立腹と見た。

 

「なぁ、最近金ピカの機嫌がやたら悪いのってまさか…」

 

「兄上が迷惑をかけて済まない。十中八九、本官の所為だろうな。」

 

 

 

やっぱりそうかよ!あの金ピカ、大分拗らせてやがる。

 

 

「兄上には生前も本官に持ちかけられた縁談は悉く破談にさせられ、時には寝取られた事すらあった。だが今思えば、本官に近づいて来た女性は皆、権力争いに熱心な者達の息がかかっていた。生涯、妻を取らないで正解だったやもしれない。」

 

 

 

推測するに、原始の時代に王なんぞしていた金ピカの右腕的な立場であったらしい偽キャスターは周りから見れば政治的に利用し易い格好の立場にいたと思われる。それにあやかろうとした者も数多くいただろう。時には自分の娘を差し向けた奴もいたかもしれないし、それをよく思わなかった金ピカが…飽く迄も推測の域だ。

 

 

「要するに、女運が悪いんだな?あんた。」

 

「そんなところだ。美しい女性を愛でるのはいいが、兄上に取られてしまうやも知れないと思うとその気になれず二の足を踏んでしまう。」

 

今何と無く、妙な事を聞いた気がした。女だと金ピカに取られるだと?

「おい、あんたの好いてる相手って…まさか、」

 

「本官は一言も、女性だとは言ってないぞ?安心したまえ、貴殿をそういう対象としては見ていない。」

 

 

 

この偽キャスター、実は男もいける口らしい。吸っていた煙草を落としかけた。

 

 

 

「…神父には内緒だぞ?」

 

「言わねぇよ!」

 

 

皮肉屋と聞いて、思い当たる節があり過ぎて敢えて聞かなかった。人間もそうだが、英霊も分かんねえもんだな。

 

 

 

あの神父と不本意な契約を交わし、教会に来た先で時折訪れる奇妙なサーヴァント。こちらの事情を知っているのかいないのか、分からねぇが多分こいつは俺なんかよりもあの神父が何をやろうとしてるのか恐らく知っている。

 

 

「いいのかよ?俺にそんなこと話して。」

 

「貴殿なら、神父に野暮ったい事などわざわざ話さないだろう?」

 

 

 

信用されているのかいないのか、やっぱりこいつ分かんねえわ。今のところ此方に敵意は無さそうだが、こいつは神父の目的に加担する様な性格でもないだろう。

 

 

「ランサー殿、本官は残念に思っているんだ。貴殿とは別の形でお会いしたかった。さすれば、友人位にはなれたやもしれぬ。」

 

「どっか別の場所で、馬鹿話しながら笑い合うのも悪くないかもな。その時があったら…まぁ、宜しく頼むわ。今日助けた借りは、前にリヒトがメシつくってくれた分でチャラだ。」

 

 

 

偽キャスターの方を見た時には、もう教会の屋根の上に奴の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間桐慎二はどうした?」

 

 

風呂から上がり、通された先はキレイの自室。キレイがぼくにコーヒーを出す時、わざと牛乳の割合を多くして出してくる。昔、初めてコーヒーを…しかもエスプレッソの特別に濃いやつを飲んで、悶絶して以来、ずっとそうだ。なんか、未だに子供扱いされてる様で嫌だ。

 

 

 

「キャスターがしまっちゃったから、一週間は戻って来ないよ。父さん、僕のコーヒーに牛乳いっぱい入れて出すのやめてよ。もう小さい子供じゃないし、ブラックで飲める。」

 

 

キレイがあからさまに顔を顰めた。キャスター曰く、マキリを教会に保護させたらロクでもない事になると自らの宝具にマキリを丸々一週間取り込ませたのだ。

 

 

 

あれは非戦闘向きだが、聖書の原典において七日六晩の大洪水を耐え抜いた奇跡の名を語るに相応しい絶対的な防御を誇る。人も収納可能だけど、デメリットで取り込ませたら一週間出て来れない。

 

 

「お前が命令したのか。」

 

「身柄を保護した事には代わり無いでしょう?あと一週間もあれば、この聖杯戦争も決着が着いてるだろうし。」

 

「…誰の返り血とも分からない血まみれの状態で帰って来て、一体何があった。」

 

「バーサーカーのマスターとちょっとね。彼女がマキリを殺そうとしてた真っ最中、乱入したのがよくなかった。」

 

 

 

詳しい事の経緯を話せば、キレイは黙ってぼくの話を聞いていた。彼女はぼくのことを知っていたみたいだし、彼女がぼくやシロに対して抱いている感情は複雑かもしれない。

 

 

「その前に、バーサーカーのマスターと接触があったのか。」

 

「昼間にばったり…丁度、キレイが教会の手伝いはもう結構だってぼくを追い返した日だよ。昼間の彼女は無邪気で幼い少女そのものだ。お母さんそっくりでびっくりしたよ。」

 

 

 

キレイの表情に、僅かながらの変化があった。

 

 

「前の聖杯と、そう言えばお前は面識があったんだったな。」

 

「娘を一人、残して来たから寂しいって言ってたよ。ぼくなんかにも優しくしてくれたし。お母さんみたいだった。」

 

 

 

キレイにも昔、奥さんがいたらしいけど奥さんが病弱で若くして亡くなったらしい。キレイから直接聞いた訳ではなく、キャスターから聞いた。

 

 

「キャスターから聞いたんだけど、父さんも昔に一回だけ結婚したことあるんでしょう?」

 

「その様な話…あいつに話したことは一度も無いが。」

 

 

 

キャスターは何でも知ってる。下手したら、聖杯が喚び出したサーヴァントに授ける以上の知識がある。

 

 

「あれ?キャスターに直接、話した訳じゃ無いんだ。」

 

 

 

子供も居たとも、ぼくは聞いた。でも、キレイは奥さんと死別して直ぐにその子をとある教会の孤児院施設に預けたって。何でその子を手放したんだと、ぼくの口からは聞いてはいけない気がして聞けなかった。

 

 

「妻が居たのは昔の話だ。今の私には、お前以外の家族は居ない。…それを飲んだら支度をして、早く帰れ。報告はもういい。」

 

 

 

キレイは余り、その話をしたくない様だった。出されたコーヒーに口を付けると牛乳の味が強過ぎて、コーヒーの味が余りしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

支度をして来ると息子が言って、部屋を出て行った後でキャスターが何処からか現れた。

 

 

「本官にはブラックを出す癖に、息子にはミルクを多めに入れたコーヒーを出すのは相変わらずだな。いつまでも、あれとて小さな子供じゃないぞ。」

 

「キャスター…息子に余計な話をするな。」

 

「貴殿が元妻帯者だったという話か?別に今更だろ。あの子は貴殿に別の家庭があったからと言って、ショックを受けた様子は無かったぞ。流石に、貴殿の妻の死因までは話せなかったが。」

 

 

 

こいつは何処まで知っている?私はこのサーヴァントに、自らの身の上話をした記憶は一切無い。

 

 

「知ってたよ、僕に義理の妹がいたってことも。」

 

「またお前か…」

 

「何で手放したんだとか、野暮なことを聞くつもりは無いし。貴方にも育てられない事情があったんだろうから。でも、その子を手放さないで僕のことも普通の子供として育ててれば…案外人並みの幸せはあったかもしれないよ?」

 

 

 

キャスターの忌まわしい黄金色の目が見慣れた青に切り替わる。人並みの幸せなど、私には不要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰っちまうのか?泊まってくと思ったら。」

 

「帰る…また姉さんに怒られちゃうからさ。」

 

 

支度をして玄関に向かおうとした時、目の前にランサーがいた。

 

 

「前から不思議だったんだけどよ…お前、何であの嬢ちゃんのこと姉さんって呼ぶんだ?」

 

「三年間だけ、小さいころ一緒に暮らしてたんだ。その時の名残り。」

 

「ふーん。」

 

 

何か言いたげに、ランサーがジッとぼくを見る。何?と聞けば、別にーと気の無い返事がした。変なランサー。

 

 

 

「ランサー、助けてくれてありがとう…一応、お礼言っとく。」

 

「いいっていいって、使いっ走りにされたのは気に食わねえがな。」

 

 

ランサーも結構サッパリしてる。

 

 

 

「気いつけて帰れよ。ま、キャスターがいれば平気か。」

 

 

ランサーはなんだかんだ言って、ぼくを教会の前まで見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでそこに居るのよ?早く寝なさい。」

 

「………遠坂」

 

 

士郎はさっきから、玄関前でずっとこんな調子だ。セイバーが消えるかもしれないって、彼が追い詰められてる気持ちは分かるけど。

 

 

 

セイバーは士郎の部屋の隣に寝かせてある。魔力切れ寸前の危険な状態で、誰かさんが応急処置程度の血を一定量与えたらしく、今は比較的落ち着いているけど数日もすればそれも危うい。

 

 

「リヒトなら、今さっき教会を出たって私の携帯に連絡があったわ。慎二の身柄も確保したから心配無いって。」

 

「…じゃあ、まだ待ってる。」

 

 

 

士郎もかなり頑固だ。リヒトが帰って来るまでは待ってるつもりらしい。何処の駄々っ子よ?全く、もう知らないんだから!

 

 

「勝手にしなさい。私はもう寝るからね!」

 

「おやすみ、遠坂。」

 

「……リヒトが帰って来たら、早く寝なさいよ。」

 

 

 

詳しい話は士郎から聞いたし、疲れてるリヒトから無理に話を聞くまでもないから私は寝ることにする。連日の騒動でリヒトも対応に追われて、相当疲れも蓄積してる筈だもの。倒れなかっただけマシと言うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただい…シロっ!?びっくりしたぁ。」

 

 

どうせ誰もいないだろうけど、ただいま位は言おうとして鍵を開け、玄関扉を開けたら電気も点けずにシロが玄関先で座り込んでたから驚いた。

 

 

 

「あ、リヒト…おかえり。」

 

 

シロはひどい顔だった。ひどく、何かを思い詰めた様な顔。こんな顔のシロ、初めて見た気がする。

 

 

 

「…まさか、ずっとぼくのこと待ってたの?」

 

 

シロがこくりと、小さく頷いた。座り込んでいたシロの手を取ると、すっかり冷え切っている。

 

 

「とりあえず、居間に行こう?シロ、セイバーは?」

 

「今は落ち着いてるって、遠坂が…でも、数日後にはどうなるか分からないって言われた。」

 

 

 

姉さんのことだ。直ぐにセイバーがどんな状態か察してくれ、ある程度適切な処置を取ってくれたらしい。シロを立たせて、手を引きながら居間へ連れてく。不意に、シロにキュッと手を握り込まれた。

 

 

「シロ?言いたい事があるなら言って、言わないとぼくも分かんないよ。」

 

「遠坂から、セイバーに消えて欲しく無かったら…令呪使って、セイバーに人を襲わせろって…そんなこと、出来るわけない……」

 

 

 

シロもセイバーも、人を襲わせることも襲うことも出来っこない。現実的な手段とは言え…姉さんも、もうちょっと伝え方があると思うんだけど。

 

 

シロの令呪が浮かんだ手を見れば、令呪は残りニ画。仮に、シロがセイバーに人を襲わせたとしても其処で令呪を使い果たしちゃうかもしれない。

 

 

 

セイバーの対魔力は相当高いし、令呪一画だけだとセイバーが拒否して御しきれないと思う。シロが令呪を使い果たしてしまえば、最悪のシナリオにもなりかねない。どうしたもんかなぁ。

 

シロを居間に連れて行き、居間のストーブの電源を点ける。シロに断りを入れて、台所を借りるこにした。

 

 

 

台所の隅を見遣れば、藤村先生のだろう、中途半端に残った飲みかけの日本酒の瓶がある。冷蔵庫には卵もある…ふむ、卵酒でもつくるか。アルコールをしっかり飛ばさなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい、卵酒。体があったまるよ。」

 

 

目の前に卵酒を出され、おずおずと手に取った。卵の甘い匂いがふわりと、鼻腔をくすぐる。少しだけ口に含めば、優しい味がして少しだけ気持ちが和らいだ。

 

 

 

「美味しい…」

 

「よかった。」

 

 

リヒトの奴、きっと無理して帰って来たんだ。遠坂がリヒトの事を心配するし、俺やセイバーの事も気掛かりだったからと。

 

 

 

「少しは落ち着いた?それ飲んだら、ぼくたちも早く寝ないと。」

 

「ん、セイバーや慎二のこと、ありがとな…」

 

「セイバーには未だに恩返し出来てなかったし、マキリのことは…腐っても桜の兄さんだからさ。」

 

 

本当、お前…慎二に対しては一言多いよな。リヒトも少し、疲れている様子だったけど。不意打ちで、ほんわりとリヒトに微笑まれて頰が熱い。きっと、卵酒の所為だ。少し、酔いが回ったのかもしれない。出された卵酒を飲み切り、体がほかほかする。

 

 

 

「俺…お前に迷惑、かけっ放しだな。」

 

「いいんじゃない?ぼくはぼくのやりたい様にやってるだけだし。出来る範囲内でさ。」

 

「リヒト、あんまり…俺なんかに優しくすんのやめてくれ。お前に…依存しそうになる。」

 

 

今日だって、セイバーの事やらで不安な気持ちでいっぱいになり、早くリヒトに帰って来て欲しいと思ってしまった。

 

 

 

「お前にはもっと…お前のこと、必要にしてる人がいると思うし。」

 

 

リヒトは優しい。このままだと、リヒトの優しさにつけ込んでしまう様な気がして良くないと思った。

 

 

 

「シロ、迷惑だなんてぼくは思ってないよ。君のこと、放って置けないし出来るだけ傍に居たいって思ってる。これって、おかしい?」

 

 

だからお前はそうやって…!何で、勘違いさせる様なことを平然と言うんだ!!リヒトはやっぱり、ずるい。

 

 

 

「…になる。」

 

「ん?」

 

「勘違い、しそうになる…だから、やめてくれ…」

 

「何の、勘違い?」

 

「まるで、俺のこと特別だって…思われてるみたいに、勘違い…しそうになる。だから…」

 

「勘違いじゃないよ。シロはぼくにとって、特別だもの。」

 

 

リヒトの声がいつもより、一際優しくなる。やめて欲しい、これ以上、俺に勘違いさせないで欲しい。リヒトが俺を見る目は柔らかい。どくどくと、心臓が早鐘を打つ。セイバーのこと、看ないといけないのに。

 

 

 

「もう寝ようって言ったよね?シロ。まだセイバーの看病するつもりなら、無理にでも寝かせるよ。」

 

 

まるでキャスターみたいに、リヒトは俺の考えてたことを言い当て、早く寝ろと言う。

 

 

 

「…シロ?」

 

 

耳元、リヒトの声をとても近くに感じて肩が強張る。これ以上は駄目だと、理性が警鐘を鳴らす。

 

 

 

「ぼくにとって、シロが特別みたいに…シロにとってはセイバーも特別でしょう?だから、傍に居てあげたいって気持ちは分かるよ。でも、今日はもう寝ないと。」

 

 

いつの間に伸ばされたのか、リヒトの指先に目元をそっと撫でられ、とろりと瞼が重くなる。セイバーも確かに、俺にとっては特別だ。でも、リヒトだって俺にとっては…

 

 

 

「リヒト…俺にとってはお前だって…特別、なんだからな…?」

 

「シロのそういうとこ、ぼく好きだよ。」

 

だからお前はそうやって、そう言いかけて意識を手放した。多分、リヒトに強い催眠系の魔術をかけられたんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教会に行っていたのか?」

 

「…まぁな。」

 

 

ふらりと何事も無さそうに戻って来た先輩は、失敬して来たリヒト手製の卵酒をちびちび飲んでいる。私も少し分けて貰うと、優しい甘味があって美味しかった。

 

 

 

「バーサーカーのマスターが丁度、マキリ少年を殺そうとしていた最中に乱入してしまったから、獲物を横取りする様な真似をしてしまった。あのバーサーカー、一体どんな体をしているんだ?一度即死レベルの傷を与えてやったと言うのに、次の瞬間にはアンデットの様に蘇っていた。」

 

「イリヤと戦り合ったのか!?」

 

「あぁ、白雪の姫は君にとっても義理姉だったな。いっそ、あれを真っ先に標的として狙った方が早かったが…半身はその様な戦いを好まない。」

 

 

先輩はわざとらしい溜息を吐く。この先輩単独なら、恐らくはやりかねなかったかもしれない。思わず強く睨み付ければ、先輩は嘘だ間に受けるなと元の間が抜けた表情に戻る。

 

 

 

「バーサーカーの返り血がひどくてな?半身を風呂に入れなければと教会に寄ったのさ。シロの家を汚す訳にもいかないだろ。」

 

 

キャスターがバーサーカーに即死レベルの傷を与えるなど、滅茶苦茶な話だ。しかし、この先輩なら可能だろうから恐ろしい。

 

 

 

「最弱クラスのキャスターでありながら、あなたは一体何々だ…バーサーカー相手にして無傷など、本来なら有り得ない話だ。」

 

「不可能を可能にするのが魔術師だろう?キャスタークラスとは、そういうクラスだ。どんな変わり種を持っているか、分からないから楽しいのさ。」

 

 

クスクスと、先輩はさも愉しげに笑う。

 

 

 

「あなたは敵に回したくないタイプだ。」

 

「もし、本官が貴殿の敵になる時があるとしたら…それは貴殿が自分殺しを完遂しようとした時だけだ。」

 

 

実際、この人の実力は未知数だ。敵に回せば、恐ろしい結果になることは間違い無い。

 

 

 

「ところでアーチャーよ、凛は半身の部屋に入って何を調べていた?」

 

 

やはりこの男、千里眼スキルが確実にあるのではないか?凛の不法侵入事件はやはり先輩に筒抜けだったらしい。

 

 

 

「熱心に調べたところで、破廉恥な本の類は無いぞ?ベターにベッド下を覗いてもある訳が無い。」

 

「何で、そこまで知ってるんだ!?オレは止めたからな!」

 

「なんか、僕が大事にしてた昔の絵本を読んでたみたいだけど…あれにキャスターは出て来ないよ。」

 

 

彼が小さく溜息を吐く。確かに、先輩にまつわる様な手がかりは何一つとして見付からなかった。

 

 

 

「キャスターが存在していたことを覚えてるのは、当時の神々とキャスターのお兄さんとその友達位だったよ。キャスターのこと、他の人達はみんな忘れちゃったんだ。最初から、いなかったみたいに。それがどんなに絶望的か、君に分かる?」

 

「…想像、できない。」

 

「僕も分かんないなぁ。でも…キャスターはそれを受け入れて、数千年ずっと一人ぼっちに近い状態だったんだ。まぁ、僕が来てからは多少マシになったって本人言ってたけど。」

 

 

数千年の孤独など、想像を絶する。先輩はそれが自分に与えられた罰だと、受け入れてしまったのだからそこが先輩の怖い所だった。

 

 

 

「聖杯戦争が終わるか、君の消滅が確定すれば…君とキャスターの眷属契約も完了する。まぁ、キャスターの眷属になったからって何かが特別変わるって訳じゃないからあれなんだけど。君の本霊には確実に影響を及ぼすだろうね。」

 

「…大丈夫なのか?影響と言うのは。」

 

「それは眷属契約が完了してみないと分かんないなぁ?」

 

 

彼はわざとはぐらかす。怖いことを言わないで欲しい。

 

 

 

「話は変わるが、セイバーは…大丈夫なのか。」

 

「僕の口からは何とも言えないよ。全部、シロ次第かな。君もセイバーのことやっぱり心配?妬けちゃうな〜でも、彼女は君のセイバーじゃない。残念だけどね。」

 

 

そんなこと、誰よりもオレが分かってる。彼女はオレの知ってるセイバーじゃない。オレが救えなかった、セイバーではないのだ。

 

 

 

「妬く必要は無いだろ?オレにはもう、君と先輩しかいないのだからな。此処には、オレを知ってるのも君らしかいない。」

 

 

いっそ、君らがいれば後は何も要らない。珍しくオレから口付ければ、彼は呆気に取られた様にぽかんとした表情を浮かべる。それが妙に、可笑しかった。




オリ主が神父に引き取られた時系列は神父が奥さんに先立たれてから、一年以上は経過してる設定。

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