双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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第二十話 青い悪魔は愉快に嗤う。

衛宮邸へと帰って来ると、シロやセイバーの他に珍しい気配がした。あれは…会長か。半身が会長と呼ぶので、本官も彼のことは会長と呼んでる。

 

 

会長と半身は中学の時からの生徒会やらの付き合いで、まぁまぁ長い。顔を合わせれば挨拶ついでに、気安い会話をする程度には仲も良い。イナンナの娘は会長と顔を合わせる度、嫌味の応酬を繰り返しているがよく飽きないなと思う。

 

 

 

居間からシロと会長の談笑の声が聞こえて来たので、そのまま本官も居間へと向かう。

 

 

「あれー?会長、来てたんだ。」

 

「言峰!?何故お前が此処に…?」

 

「きゃす…リヒト!せめてただいまって言えって!」

 

「おかえりなさい。シロウの言う通り、帰って来たならただいまと声を出して下さい。」

 

 

 

会長は本官の顔を見るなり面食らい、何故お前が此処にいるんだと驚いてる様だ。シロとセイバーがあからさまに、会長に対して本官のことを何と言い訳しようかという顔をしているから愉しくて仕方ない。

 

 

「ただいま、はい言ったよ?二人共。会長はシロのお見舞い?」

 

「あぁ、そうだが…」

 

 

 

見れば、シロの傍らには大量のリンゴが入った紙袋。会長はシロを心配して、見舞いに訪れたらしい。

 

 

「会長、なんで僕が此処にいるんだって顔だね。シロに念の為のセイバーの通訳頼まれてさ?彼女、日本語にはそんなに苦労してないんだけど一応ね。彼女が帰国するまでの間、此処で僕も寝泊まりしてるんだ。」

 

「な、成る程…そういう訳か。お前が普通に帰って来たから多少面食らってしまった。衛宮、言峰に頼み事をする程度には打ち解けたんだな。間桐もさぞ面白くないだろうよ。」

 

 

 

会長は本官の適当なでっちあげに納得した様子で不意にマキリ少年の話題を出す。

 

 

「あいつめ、何故か此処最近はかなりイラついている様だ。見ていて何をしでかすやら、危なっかしくてな。」

 

「リヒト、今日は慎二とケンカなんかしてないよな?」

 

「やめてよ、シロ。自分から、今にも爆発しそうな爆弾をつつきに行く様な真似はしないよ。マキリがそろそろ、問題起こす前に〆た方がいいなら別だけど?」

 

 

 

シロがいつもの調子で本官にマキリ少年とケンカはしてないかと釘を刺す。半身も薮から棒にマキリ少年を刺激する様なことはしないだろう。

 

 

「言峰!間桐限定の、その血の気の多さはお前の悪い癖だぞ!大事な時期なのだから問題は起こすなよ!?」

 

「…とりあえずお前も座れよ、リヒト。」

 

「会長、僕のお母さんじゃないんだからそんなに口煩く言わないでよ。分かってるって。」

 

 

 

シロが助け船を出してくれたので、一先ず本官も腰を下ろす。半身もそろそろ、進路とやらの大事な時期らしい。

 

 

担任からお前の今の成績なら、進路選択の幅は広いし推薦も受けられるぞと言われているのを前に聞いた。神父は息子の進学に対して、口煩く言うつもりは無いらしいが決めるなら早くしろと急かしている感じはする。

 

 

 

「お前…進路はどうするんだ?俺は卒業後は頭を丸めるつもりだが、お前も神父になるのか。」

 

 

会長は寺の息子らしく、卒業後は頭を丸めて本格的に仏門へ入ると言う。半身は…さて、自分の身の振り方をどう考えているのやら。交友のあるとある時計塔講師からも、その気があるなら自分の教室に迎え入れる準備があると打診が来ているのを…半身はイナンナの娘にも話していない。

 

 

 

「少なくとも、父さんの後を継ぐつもりは無いよ。会長からすれば親不孝にも見えるかもしれないけどね。進路はまだ考え中。」

 

 

適当に話をはぐらかす。半身のことをとやかく言うつもりは無いが、半身が神父の後を継がないのは確実だ。

 

 

 

「お前は人の話をそうやって…「会長、このりんご少し貰っていい?」

 

 

それよりも今は無性に、アップルパイが食べたくなった。アーチャーならきっと、さぞかし美味なものをつくってくれるだろう。今は恐らく、遠坂邸にまだいる筈だ。

 

 

 

「む?衛宮の為に持って来たものだが、なにぶん多く買い過ぎた。構わないか?衛宮。」

 

「あ、あぁ…俺はいいけど。」

 

「6個ほど貰うよ。じゃ、ちょっとまた出かけて来る。」

 

「おい、言峰!まだ話は終わってないぞ!!」

 

 

りんごを抱え、さっと居間を抜け出す。短気な会長が追いかけて来たが、精々玄関までだろう。口煩い会長の説法を聞いてる時間は惜しい。悪いな、会長。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャスターは帰って来るなり、一成の口煩さをいなしてりんごを何個か抱え、そそくさと部屋を出て行った。滞在時間は30分も無かったと思う。

 

 

熱くなった一成がキャスターを玄関まで追いかけて行き、セイバーと二人で居間に残されてしまった。セイバーはすっかり呆れ顔だ。

 

 

 

「シロウ、メイガスは今すぐにでもりんごが食べたかったのでしょうか。」

 

「…その可能性は否定出来ない。あからさまに食い意地張ってるからな?あいつ…ったく、キャスターの奴。」

 

 

キャスターの視線はずっと、りんごの紙袋に注がれていた。恐らく、どうやって食べようかと考えていた節がある。夕飯前には帰って来るだろうから、心配はいらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段は滅多に鳴る事が無い、来客のベルが鳴る。誰?こんな時間に。マキリが戻って来たってことは無いだろうし…思いかけ、まさかと玄関へ向かおうとすれば、姉さんに引き留められた。

 

 

「ちょっと、リヒト!?どうせ訪問販売よ。居留守使いなさい。」

 

「姉さん、キャスターだよ。わざわざチャイムなんか鳴らさないで、使い魔なんだから霊体化して入ってくればいいのに。」

 

「なんでキャスターが来る訳?今日はずっと衛宮くん家にいる筈でしょ。」

 

 

 

姉さんにキャスターが来たと言えば、今日はずっとシロの家にいる筈だと返って来る。キャスターの奴、休みの日などは何処かに出掛ける割合の方が高いから家にずっと居る方が考え辛い。

 

 

「半身、居るなら居るで早く鍵を開けてくれたまえよ。」

 

 

 

ぶすぅっとムクれた顔をして、噂のキャスターがひょいと顔を出す。

 

 

「あんた、何処から入って来たのよ!?」

 

「普通にドアからだ。君たちが中々鍵を開けてくれないから、勝手に入った。アーチャー!いるかー?」

 

 

 

見れば、キャスターはスーパーで買い物をして来たらしい。リンゴが幾つか入った袋と、薄っすらビニール袋から透けて見えたのは冷凍のパイ生地だ。

 

 

「なんだ騒がしい…先輩?どうしてあなたが此処に「アーチャー、アップルパイをつくってくれるだろうか。会長がシロの見舞いに持って来たリンゴを幾つか分けて貰ってな。」

 

 

 

キャスターが台所から出て来たアーチャーにズズイッと距離を詰める。目的はそれか。つまり、キャスターはアーチャーにおやつをつくって欲しいとわざわざねだりに来たらしい。

 

 

「…八つ時は疾うに過ぎたぞ?先輩。」

 

「アーチャー、材料はこうして買って来た。本官は貴殿のつくったものが食べたいんだ。アーチャー、頼む!この通りだ。」

 

「二人の前であまり引っ付くんじゃない!貴方は幾つだ!?」

 

 

 

まるで子供が駄々を捏ねる様に、キャスターはアーチャーにガッシリと抱き着くなりアーチャーお手製の焼き菓子をねだる。

 

 

180cm超えの大の男がこれまた、180cm以上はあるアーチャーに駄々を捏ねる様子は異様な光景だった。アーチャーもぼくらの手前、恥ずかしいやら何やらで赤面しながらキャスターを引き剥がそうと必死だ。

 

 

 

「…アーチャー、色々見てられないから作ってあげれば?夕飯前に間に合えば大丈夫だし。たまにリヒトが使う程度だったけど、うちに古いオーブンあるし。」

 

「凛がそう言うのなら…」

 

 

渋々と言った様子でアーチャーはキャスターのおねだりを聞く気になったらしい。キャスターにとっては鶴の一声だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ、本当アーチャーにベッタリよね。アーチャーも何で拒否らないんだか。」

 

 

台所から甘くて香ばしい匂いがただよってくる。アーチャーがキャスターの用意した即席の材料でアップルパイを焼いてる最中、姉さんはジト目で台所を見遣りながらぼくに話しかけて来た。

 

 

 

「普段、夜とかアーチャーのことほったらかしだし。あの捻くれ屋を構ってくれる分には有難いんだけどね。」

 

「キャスター、アーチャー大好きだから。アーチャーもすっかり絆されちゃったみたいだし。」

 

 

姉さんの手前、あの二人の関係を言うに言えない。

 

 

「昨日ね、キャスターがアーチャーに花なんか寄越して来たのよ。」

 

「花?」

 

 

何でキャスターってば、アーチャーに花なんか…姉さんが更に話を続ける。キャスターは昨日、ただ花を買ってきたのではなく、明らかに誰かへ贈る為の花を買って来たと。

 

 

 

「あいつ、使い魔の癖に知能は高いし、おまけにあんたが感情機能も付与してるみたいだし?顔はあんただけど、性別は無いようなものだしね。」

 

「あの、姉さん…それはどういう意味ですか?」

 

 

姉さんの顔をまともに見れない。シリマセン、ボクハ、ナニモシリマセンヨ。

 

 

 

「あいつ、アーチャーのこと「姉さん、キャスターからアーチャーのこと遠ざけないで。」

 

 

キャスターは自分から、何かを望んだことは無い。滅多に、何かに執着を見せたことも無い。彼はいつも、あっさりと何もかも手放すのだ。

 

 

 

そんなキャスターが現世に残った理由は、義理兄が横暴なことをしない様にってストッパーとしての役割と、ぼくをキレイと義理兄に任せたら、ロクでも無いことになるからという理由の二つだった。

 

 

「姉さんがキャスターのこと嫌いなのは知ってるけど、お願いだよ。キャスターも、道ならぬ感情だって自覚はあると思う。」

 

「ちょっ、リヒト…!?何であんたがそんな必死になるのよ!」

 

 

 

自分でも無意識な内に、本気でキャスターからアーチャーを引き離さないで欲しいと姉さんに頼んでいた。はたと我に返り、慌てて姉さんと距離を取る。

 

 

「……あのキャスターにすっかり絆されてるのはどっちよ。」

 

 

姉さんに呆れられ、頰が熱い。あぁ、キャスターが大好きなのはぼくの方だった。彼には幸せになって欲しいと思う程度には、ぼくもキャスターのことは好きだ。

 

 

「あー…ごめん、忘れて?何でも、無い。」

 

「弟にそんな顔されて頼まれちゃったら、私だってあの二人にとやかく言う気は無いわよ。」

 

 

 

姉さんに深いため息を吐かれてしまった。面目無い。

 

 

「アーチャーがいずれは座に還るってこと、キャスターは理解してるのよね?」

 

「…キャスターも、サーヴァントが何たるかは知ってるよ。」

 

 

 

そもそも、キャスターも同じサーヴァントなんだけど。というか、あの二人の場合は元締めが一緒だから二人して還る可能性もある。聖杯戦争が終わったらキャスターはどうするのか、聞くのが怖くてまだ聞けていない。

 

 

『君は、先輩がもしいなくなったらどうするんだ?』

 

 

 

とある日、不意にアーチャーに言われた言葉。あの時、覚悟は出来てると言ったが、実際にキャスターがいなくなったらぼくはどうなるんだろう。

別に、特別何かが変わる訳ではない。キャスターがいなくなっても、ぼくは死ぬ訳でもないし。

 

 

けど、キャスターと一緒に居るのが当たり前過ぎて、彼がずっと一緒に居てくれるとすら思っていた節がある。

 

 

 

「私が聖杯を手に入れれば、アーチャーを受肉させることも可能かもね。サーヴァントが聖杯戦争に参加するのって、専ら聖杯の力を借りて受肉して第二の生を得る為なんじゃないの?まぁ、あいつは第二の生とか興味無さそうだけど。」

 

「アーチャーの願い、姉さんは知らないの?」

 

「あいつ、もし願うとしたら恒久的な世界平和とか言ったのよ?正義の味方じゃあるまいし。」

 

その願いを、ぼくは以前にも願った誰かを知っている。あの人だけじゃないんだ、そんな途方も無いこと願う人って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは無理な願いだよ、切嗣さん。父さんが言ってた、人は原罪を生まれながらに背負っているから争いは絶えないって。』

 

 

切嗣さんから聖杯に賭ける願いを聞いたとき、それは無理だよと子供ながらに口をついて出た。

 

 

 

『リヒトはもう聖書が読めるのかい?そうだね、聖書にはそう書いてある。』

 

 

切嗣さんがぼくの頭を撫でる。あれは確か、ぼくの身柄が聖堂教会に引き渡される日の前日だったか。

 

 

 

『……切嗣さん、世界平和より…アイリススフィールや娘さんはいいの?聖杯戦争が終わったら、一緒に暮らしたいとか、そういう願いじゃなくていいの?』

 

 

時折、切嗣さんはひどく苦しそうな表情をする。切嗣さんが大事なアイリスフィールを犠牲にしてまで、叶えたい願いに救いはあるの?

 

 

 

『リヒト、これはね…僕とアイリの間で何度も話し合ってきたんだ。アイリは僕の願いを理解してくれているし、彼女とはもう…共にアインツベルンの城へ帰ることは出来ない。』

 

 

切嗣さんは悪どい人なのか、いい人なのかよく分からなかった。でも、魔術師をやってる時点で善人とは程遠いし、ぼくの目の前でお祖父様を殺したあの人を更に凄惨な殺し方で部下の人に殺させた。時臣さんが言ってた、魔術師としての誇りもへったくれもありゃしない。

 

 

 

『リヒト、君にだって叶えたい願いはあったんじゃないのかい?聖杯は一度、君をマスターに選ぼうとした。』

 

 

あるにはある。けど、子供心に僕の身勝手な願いで後先どうなるかって考えたら、気安くはそんなこと願えなかった。

 

 

 

『切嗣さん、魔術師にとって聖杯は至高の品なんでしょう?ぼくは子供だから、そんな大変なものどうやって使えばいいか分かんないよ。』

 

『君って子は…君をあの神父の元に置いておくのはよくないな。いっそ、僕の手元に置けたら一番良いんだけどね。』

 

 

切嗣さんは冗談交じりに、僕とアイリの息子にならないか?なんて、ぼくに聞いてきた。父さんがいるから、駄目だよと言えばそうだねと切嗣さんは苦笑したのが懐かしい。割と本心で言ってたみたいだから、冗談じゃなかったのかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急になんなんだ、全く。オレの焼いたアップルパイが食べたいだなんて。」

 

 

ぴったりとオレのそばから離れず、先輩は興味津々でオレがアップルパイをつくる様子をしげしげ観察している。こうもくっ付かれると、やりにくい。

 

 

 

「焼きリンゴでもよかったんだがな、本官としてはアップルパイの方が好きだ。」

 

「あなたの好みを聞いているのではない。」

 

「半身がマキリ少年に心無いことを言われて、傷心中の様だったからな甘いものでも食べれば気も紛れるだろうと思った。丁度、気を利かせた会長が大量にリンゴをシロの元へ差し入れてきたからな。」

 

 

恐らく、この人は千里眼スキルでもあるんじゃないかと思われる。それも、未来の可能性すら見えるレベルの。

 

 

 

この人はオレが衛宮士郎と殺し合いを行う可能性を言い当て、その可能性は自分が潰すと、よりにもよって俺自身に脅迫めいたことを言ってきたのだから。たまったものではない。最高位の座に位置する魔術師は優れた千里眼を持つという話だが、まさかな。

 

 

「そろそろ、マキリ少年には一度痛い目に遭ってもらうとするか。さて、どうしてくれようかな。」

 

「目が怖いし、口が笑ってるぞ先輩!リヒトじゃなくて、君が腹を立ててどうする!?」

 

「誰が魔術師くずれだって?これでも始まりの御三家の直弟子ってブランドは持ってるんだけど。魔術回路すら持たない一般人風情にとやかく言われる筋合いは無いよ。本当、今も昔も中身全く変わらないよねマキリって。」

 

 

 

吐き捨てる様に彼は舌打ちした。あぁ、これが周囲からすればまるで聖人扱いの元神父か?あり得ないだろ普通に。凛みたく、何重にも猫被り…いや、あれは猫なんてかわいいものじゃない。赤い悪魔と並んで、オレの中では密かに青い悪魔と呼んでいた。

 

 

「…君も最近、地が出て来たな。」

 

「いつもこんなだったろ?キャスターがあの子に甘過ぎるんだ。僕の時はそんなに過保護じゃなかった癖に。マキリもさぁ、姉さんへの邪さも混じった思慕なのか、魔術師に対する羨望に限り無く近い憎悪なのか、どっちかにして欲しいよね。」

 

 

 

いつまで経っても、彼と間桐慎二…いや、慎二が分かり合えることは無かった。彼は慎二が一番望むものを持っていて、慎二は彼が一番望むものを持っていた。だからこそ、お互いがお互いをひどく嫌っていた。

 

 

「……半身が傷心中なら、彼は怒り心頭の様だな。」

 

「もう直、パイも焼ける。糖分摂取するなりして気を沈めたまえ。即席だからあまり期待はするなよ?先輩。」

 

 

アップルパイ自体、冷凍のパイ生地を解凍させる時間とオーブンを余熱であたためる時間さえ確保出来れば、然程調理時間はかからない。パイ生地から作るとなれば、もう少し時間はかかるが。

 

 

 

「貴殿のつくったものなら何でも美味い。期待するな等と、言ってくれるな。」

 

「……このたわけ。」

 

 

先輩はあっけらかんとそんなことを伝えて来るから、多少気恥ずかしい。この人の真っ直ぐ、偽りない言葉は毒の様にオレの中へとじんわり染み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、キャスターにそういう意味でモーションかけられてるの?」

 

 

アップルパイの消費は先輩に任せ、後片付けをしていると背後から赤い方の悪魔の声がした。 背中にぶわっと嫌な汗を掻く。

 

 

 

「…な、何の話だね?」

 

「とぼけないでよ。使い魔が思慕の情だなんて、俄かに信じ難いけど…一連のキャスターの言動自体がそもそも隠す気なさ過ぎなの。」

 

 

やはり…あの花束事件辺りで凛にはバレていたに違い無い。女の勘は恐ろしい。

 

 

 

「性別は無いにせよ、リヒトとおんなじ顔で黙ってれば選り取り見取りでしょうに。キャスターもよりにもよって、何であんたなのかしら。」

 

「私も全く同じことを言ったよ。それでも、先輩がしつこくてな。」

 

 

見れば、凛は面白く無さそうな顔をしてる。さて、何と言えばよいのやら。

 

 

 

「自覚してるわよね?あんたも。自分がどういう存在か。まぁ、あの使い魔も人間じゃないから報われ無さは多少マシになるだろうけど。」

 

 

思慕の情など、サーヴァントには不要だ。そして、いずれ私は受肉でもしない限り聖杯戦争が終われば消える。元より、受肉する気など最初から無いが。

 

 

 

「……先輩も私も“同じ”だ。だから、結局最期は同じ末路を辿ることになるさ。」

 

「それ、どういう意味よ?」

 

「共に、疾うに腹は決めたという意味だ。」

 

「…重ッ。」

 

 

凛からは一言、重いと言われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロー?」

 

 

夜。いつまでもシロが外へ出たっきり戻って来ないから、土蔵まで様子を見に行けば案の定だ。

 

 

 

「うわ、やっぱり…こんな寒い場所でよく寝れるよね?君。」

 

 

シロの奴、寒々しい土蔵の中で部屋着一枚で寝ていた。土蔵でボーッとしてる間に、寝てしまったらしい。

 

 

「シロ、起きてよ…風邪引く。」

 

 

軽く揺さぶってみたが、シロは中々起きてくれない。もういいや、ぼくがシロの自室まで運ぼう。

 

 

起きないシロを仰向けに転がし、脇の下に手をやってシロを起こすとそのまま抱き上げる。

 

 

「よっこいせと…おも。」

 

 

 

シロは無防備な顔でくぅくぅ寝てる。シロを抱き上げ、土蔵を出ようとしたその時。入り口近くにひどく懐かしいものを見つけた。

 

 

「これ…あぁ、まだ残ってたんだ。」

 

 

 

土蔵の入り口近くに刻まれた、一つの魔方陣。昔、アイリスフィールが刻んだものだ。まだ、残ってたんだこれ。

 

 

ふと、セイバーの魔力の気配が…ほんの僅かに魔方陣から感じられる。まさか、シロってば此処でセイバー喚んだの?

 

 

 

「聖杯が数合わせ面倒臭くて、たまたま君をマスターにしたのか。それとも、これも運命ってやつなのかな?まさかね。」

 

 

腕の中で、眠りこけるシロに聞いても返事は無い。シロがマスターにならなければ、誰かしらマスターになってたとは思うけど。

 

 

 

「……んーっ…」

 

「あ、シロってば…やっと起きた。」

 

 

すると、シロが身じろぎして小さく唸り声を上げる。どうやら起きたらしいけど、まだ寝ぼけてるらしい。ぽやーっとした目でシロがぼくを見るなり、首にぎゅうっとシロの腕が回された。

 

 

 

「…シロ?ちょっ、苦しいから腕緩め「やだ。」

 

 

やだって、君も小さい子供じゃあるまいし。困ったな。シロってば、急にどうしたのさ。

 

 

 

「何が嫌?ぼくにも分かるように教えてくれないと、わかんないよ。」

 

 

シロの耳元で、ぼくにも分かるように教えてと気持ち優しめに耳打ちする。すると、シロはぼそりと呟く。

 

 

「…また急に、来なくなったら…やだからな。」

 

 

 

それ、またぼくが此処に来なくなったらいやだってこと?それは無い。あの頃は父さんがぼくをあちこち海外に連れ回して、何のつもりか自分の仕事をぼくに手伝わせ始めたからやたら忙しかった。

 

 

「ごめん、急に来なくなったことは謝る。」

 

「……遅いんだよ、ばか。」

 

 

 

シロがぼくの肩口にぽすりと顔を埋める。今夜のシロは一回りくらい、精神年齢が幼くなっている気がする。

 

 

「少し前まで、ずっと君に嫌われたかと思ってた。ぼくが切嗣さんのお葬式に行かなかったから、シロ怒ったんだって。」

 

「嫌うわけ、無いだろ…」

 

「なら良かった。けど、ぼくは行かなかったから…切嗣さんが死んだって自覚したくなかったんだ。キャスターはこっそり、お葬式行ったみたいだけど。」

 

「昔、親父の葬式で…知らない、神父が来てたんだ。言峰じゃ、なかったと思う。」

 

 

 

何やら思い当たる節があったのか、シロは切嗣さんのお葬式で、見知らぬ神父を見かけたという。仏教形式の葬式に神父は目立ったに違いない。

 

 

「それ、多分キャスターだよ。喪服が無かったから、キレイの服を無断で拝借して行ったのぼく見たもの。」

 

 

 

君が行かないなら自分が行くと、キャスターはわざわざ切嗣さんのお葬式に神父服を着て行ったのには驚いた。後で綺礼からお叱りを受けてたけど、のらりくらりとかわしてたし。

 

 

「キャスター、意外に親父と…仲良かったのか?」

 

「悪くは無かったと思うよ。あの二人も不思議な関係だったから。」

 

「今日、あいつから…色々と親父のこと聞いた。あと、聖杯戦争が終わったら、リヒトと二人で…親父の墓参り行けって。」

 

 

 

シロの声は何処か不満気だ。キャスターが今日、色々とシロにお節介を焼いたらしい。

 

 

「そういえば、一回も行ってないんだ…ぼくも。一緒に行く?」

 

「お前が一緒なら…いく。」

 

 

 

シロの額にこつりと自分の額を重ねる。今日、姉さんから魔術回路を開きっ放しにする為に特別製の魔力が込められた宝石を飲まされたらしいが額から伝わる体温は微熱程度だ。

 

 

酷い熱なら、キャスター手製の下熱剤でもあげようかと思ったけど大丈夫そうかな。それに約束したなら、聖杯戦争が終わっても、彼が無事であります様にとつい祈りたくなる。

 

 

 

「私は貴方方の為に立てた計画をよく心に留めている、そう主は言われた。それは平和の計画であり、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものだ。君のこれからに、幸多からんことを。」

 

 

自分でも無意識に、十字を切って彼に対する祈りの言葉を口にしていた。

 

 

 

「今の…なんだ?」

 

「聖書の一節。どんな辛い過去があっても、それは将来の希望へと繋がってるって意味…ほら、もうお休み。」

 

 

気付けば、シロはぼくの首に縋り付いたまますっかり寝ていた。シロが落ちない様に抱え直し、土蔵から出たところでアーチャーに出くわした。

 

 

 

「アーチャー!?いつから…」

 

「信仰心が無いと言う割に、他人の為なら祈りの言葉を口にするのだな君は。」

 

 

皮肉げにアーチャーが口元を歪ませる。あぁ、この顔は全部見てた顔だ。

 

 

 

「また、シロに対する執着は捨てろって?キャスターが君に執着してるのと多分同じ理由で、ぼくもシロを放って置くことは出来ないよ。」

 

「君たちはどうしてそう……同じなんだろうな。」

 

 

アーチャーが何か言いた気に、こめかみを抑える。頭でも痛いの?と聞けば、アーチャーに溜息を吐かれた。

 

 

 

「アーチャー、キャスターはね…前は何かを自分から望んだりしなかったんだよ。キャスターはいつも、何もかもあっさり手放しちゃうから。自分の事に関して、興味関心が薄いんだ。」

 

「先輩が?」

 

「多分、君はキャスターの兄さんと友人以来の特別枠にカテゴリ付けされたんだと思うよ。だから、キャスターのことよろしくね。」

 

「…私に、あの男の面倒を押し付けるな。」

 

 

だって君、誰かの世話焼くの嫌いじゃないだろ?そう返せば、アーチャーから全くの不本意だと返されてしまった。

 

 

 

「君は、それでいいのか。」

 

「え?」

 

「先輩をあっさり、私などに明け渡していいのかと聞いてる。」

 

「ぼく、ナルシストじゃないし。そろそろシロが風邪引いちゃうから、戻るね。あとはお二人でごゆっくり。あ、あとセイバーがアップルパイ美味しかったって。」

 

「あれを私のつくったものだとセイバーに言ったのか!?」

 

 

 

アーチャーが明らかに動揺する。君、何故かセイバー絡みになるとムキになり易いよね。

 

 

「ダメだった?余ったのお土産にしたら、みんな美味しいって完食してくれたよ。」

 

「もういい!」

 

 

 

アーチャーはフンとそっぽを向くが、その顔は満更ではなさそうだ。

 

 

「じゃあ、おやすみ。おっきなシロ?」

 

 

最後にほんの冗談で、アーチャーをおっきなシロと呼んだ。だって、色々そっくりなんだもん。今日、姉さんからアーチャーの聖杯に賭ける願いを聞いて、尚更そう感じた。

 

 

アーチャーはおっきなシロみたいだ。シロがあんな捻くれ屋になるのは、ちょっと嫌だけど。

 

 

 

その時、更に動揺して大変な事になっていたアーチャーにぼくは気付きもせず、さっさと屋敷の中に入ってしまったから残念で仕方無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ気が動転している中、いつもの定位置に戻ると、先輩は無心でシャクシャクとリンゴを齧っている。

 

 

「…バレた?あーあれはちょっとした冗談だ。半身は君とシロがよく似ていれど、所詮は他人だと思っている。なに、気にするな。」

 

「冗談にしても、心臓に悪い!」

 

 

 

先輩は人の悪い笑みをニヤリと浮かべ、貴殿も食べるか?ともう一つ、赤いリンゴをオレに差し出してくる。気を紛らわせる為、それを受け取り、ヤケになって噛み付いた。

 

 

「イナンナの娘に本官たちのことがバレたら、接見禁止令でも出されるんじゃないかとヒヤヒヤしたんだ。半身が親身に頼み込んでくれて、よかった。」

 

「あなたとオレを遠ざけないでくれと、あんな頼まれ方をされたら困ると凛が言っていた。」

 

 

 

予想外にも、凛から公認の許可が降りた。聖杯戦争に私事を持ち出さないのを条件にだが。凛も甘いが、リヒトはとことん先輩に甘い。

 

 

「何れ、リヒトはその甘さが命取りになるぞ。」

 

「あと数年もすれば、プライベートと仕事はきっちり分ける程度に甘さを捨てられるさ。青い悪魔の誕生にはもう少しかかるな。」

 

 

ギクリと、肩が強張る。オレの中での密かな呼び名さえ、すっかり先輩には知れていた。

 

 

「君、僕のことそんな風に呼んでたんだ。姉さんは兎も角、仮にも元神父を悪魔呼ばわりはひどくない?」

 

 

 

「君に散々な目に遭わされたことを忘れたとは言わせないぞ!?」

 

「君が致死率100%の地雷原に自ら飛び込んでく様なこと何度もしたんだから、容赦無いとこっちが死んでたよ。僕がピンチになっても、君は絶対僕を切り捨てて他を助けただろうし。」

 

 

青い目が呆れの色を宿して、オレを見る。お互い様だと言われてしまい、返す言葉が無い。

 

 

 

「君が僕を切り捨てるなら、悦んで僕は君に殺されるよ。それこそ僕の本望だ。」

 

「言ってることが矛盾してるぞ?死にたがりめ。」

 

「それだけ君のことが「言わなくていい」

 

 

彼からは重苦しい程の好意がひしひしと伝わって来るから、一々言葉にしなくていい。

 

 

 

「…先輩のことをよろしくとも、リヒトに言われてしまった。」

 

「なら、僕のこともよろしくってことだよね。」

 

 

青い悪魔が口端をニィッと吊り上げ、笑みを深くする。オレはとんでもない奴をリヒトから押し付けられてしまったのではと思ったが、既に遅い。

 




アーチャーさんの焼いたアップルパイは皆さんで美味しく頂きました。

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