双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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それぞれの変化
第十七話 贈答品に得意分野は避けるべし


「メイガス、こんな時間にまたどこへ?」

 

 

夕刻。鍛錬も終わり、居間へと向かう途中で玄関先にてメイガスを見かけた。ちゃっかり、リヒトの私服と靴を借り、これからまた何処かへ出かけるようだ。確か、昼間も何処かへ出かけていた筈だ。

 

 

 

「やぁ、騎士王。ちょっと買い物に行ってくる。」

 

「……貴方、お金は持っているのですか?」

 

「半身から月一万円でやり繰りしろと、小遣いは渡されてるさ。」

 

 

マスターから小遣いを貰うサーヴァントなど、聞いたことが無い。首から提げた青いガマ口財布を私に見せ、メイガスは何処か得意気だ。

 

 

 

リヒトはやはり、シロウの様に私たちを人間扱いしてる節がある。それは決して、嫌なものではないが。メイガスはメイガスで、現代の暮らしにすっかり適用してしまっている。

 

 

「メイガス、貴方には英霊としての自覚があるのか甚だ疑わしい。」

 

「貴殿にそう言われてしまうと手痛いな。我ながら、現代の生活にすっかり馴染んでしまったことは反省している。しかし、この世はこの世で中々に愉快だぞ?騎士王よ。」

 

 

メイガスは苦笑しながらも、この世は愉快だと言う。サーヴァントには属性なるものが存在するが、彼は恐らく中立属性だ。基本的に目立った悪さはしないので、善属性が更に付与されると思われる。

 

 

 

「貴殿は第二の生に興味は無いのか?」

 

「私は第二の生に興味はありません。私が望むものは別にある。」

 

「貴殿は相変わらずだな。まだ悔いているのか?」

 

 

メイガスは小さく溜め息を吐き、まだ悔いているのかと言う。メイガスは、聖杯に賭ける私の望みを知っている。

 

 

 

しかし、敢えて願うことをやめろとは言わない。以前、私にそんな願いは捨ててしまえと諭してきたサーヴァントが居たが、私の何が分かると言うのかと、ひどく腹立たしく感じるだけだった。

 

 

「貴方とて、生前に後悔の一つや二つあるでしょう?」

 

「あると言えばあるが、今更どうしようもないからな。それに、後悔したことをもし無かったことにしてしまったら…半身がいなくなってしまう。」

 

 

 

メイガスの言う半身とは、リヒトのことだ。後悔したことを無かったことにしてしまうと、リヒトがいなくなる?それは私も嫌だ。

 

 

「それは本官としても本意ではない。だから、後悔を後悔とは思っていないよ。」

 

「……貴方は相変わらず、割り切りが良いのですね。」

 

 

 

メイガスは意外と、さっぱりした性格をしている。これでもう少し、食わせ者なところがなりを潜めれば好人物なのだけれど。

 

 

「割り切りの良さだけが本官の長所だからな。ではな騎士王、土産に貴殿好みの茶菓子でも買って来よう。」

 

 

 

そう言って、メイガスは鼻歌交じりに靴を履き、玄関を出た。今日のメイガスは随分、機嫌が良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目当ての本を本屋にて無事手に入れ、セイバー用の手土産も買い、何の気なしに商店街を歩いていた時だ。

 

 

ふと、商店街に軒を構える花屋の前で足を止める。季節は冬だというのに、色とりどりの花々が並ぶ様は不思議だ。

 

 

 

赤い花を見ると、アーチャーを彷彿とさせる。イナンナの娘も赤いが、あれは花というより宝石の赤いルビーの方が連想させるイメージは強い。

 

 

他者に花を贈ったことは殆ど無いのだが、気まぐれを起こして花を買いたくなった。アーチャーは料理用品の方が喜ぶのかもしれないが、人に物を贈る際にはその人の得意分野は避けた方がよい。

 

 

 

半身には余り無駄遣いをするなと言われているが、貯金が出来る程度にはいつも余るから大丈夫だろう。

 

 

「よォ、そこのお兄さん。花をお求めかい?色々揃ってるぜって…なんだ、あんたかよ。」

 

 

 

昨日ぶりに聞き慣れた声がして、顔を上げると青のランサー殿が居た。何でランサー殿が此処に?それは向こうも全く同じことを思ったに違いない。

 

 

「これはこれは、青のランサー殿。昨晩振りじゃないか。こんな所で何を?」

 

「もう上がるが、バイト中だ。あんたこそ、マスターほっぽり出して何呑気に買い物してんだよ。」

 

 

 

バイトするサーヴァントなんて聞いたことが無い。まぁ差し詰め、ケチ臭いあの神父が自分の生活費は自分で稼げとランサー殿に言ったのだろう。

 

 

「半身に呼ばれれば、いつでも行けるようにはしてある。今日は私用だ。」

 

「おぉ、そうかい。で、花買うのか?買わないのか?俺も早く帰りてぇんだよ。」

 

「買う積もりで見てたんだよ。二月の旬の花は何だ?あまり花には詳しくないから、オススメがあれば是非教えて欲しいな。」

 

 

 

ランサー殿は本官が花を買うのがそんなに珍しかったのか一瞬、目を丸くするも直ぐにニヤリと笑う。

 

 

「へぇ〜あんたが花を買うとはねぇ。案外、見かけに寄らず隅に置けないな?あんたも。店内にも色々種類があるから、じっくり見てけよ。」

 

「早く帰りたいのではなかったのか?」

 

「面白そうだから、ほんの少しサビ残してやるよ。」

 

 

 

ランサー殿こそ、案外気の良い人だ。聖杯戦争とは関係の無い、別の機会に出逢っていれば…もう少し違う接し方が出来たかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろシフト交代の時間が近づいて来て、さて帰り支度でもするかと思いかけた時だ。花屋の店先で、ディスプレイ用の花を熱心に見つめる長身のフード姿の男。

 

 

声をかけると、男がゆっくり顔を上げた。フードの中から、エキゾチックな顔立ちと神秘めいた色合いの蜜色の双眸が現れる。

 

 

 

「…なんだ、あんたかよ。」

 

 

偽キャスターだった。サーヴァントが呑気に買い物とは驚いた。見れば、商店街の書店の袋と誰かへの手土産だろうか?洋菓子屋の菓子折りを抱えている。

 

 

 

「これはこれは、青のランサー殿。」

 

 

聞けば、偽キャスターは花を買いに来たと言う。金ピカみたく黙ってれば、大層お綺麗な顔してるんだ。花なんて贈って気を引かずとも、この男なら女の方が放っておかない筈だ。

 

 

 

偽キャスターは素直にオススメの花があれば教えて欲しいと言うので、気分良く接客出来る。これがあの捻くれた気に食わねえ赤い弓兵だったら、そうはいかないだろう。

 

 

「この時期ならチューリップなんてどうだ?二月の誕生花なんだぜ。」

 

「チューリップは春に咲くのではないのか?」

 

「まぁ、そうなんだけどよ。結婚式のブーケなんかではこの時期に使うのがぴったりなんだよ。」

 

 

 

偽キャスターにチューリップの花を勧めてやれば、どうやらお気に召したらしい。ジッと、店内の何色かあるチューリップの花々を品定めしてる。

 

 

「どの色にする?黄色や黒は意味がよくないから、切り花としては置いてないんだが…他はどれも贈る花としては意味合い的にも悪くないぜ。」

 

「花言葉というやつか?女性が好きそうだな。余り、そういう類には疎くてなあ…よし、赤色をくれないか。」

 

 

 

思わず口笛を吹いてしまった。この男、見かけに寄らずかなり情熱的だ。一体、誰に贈るのかは知らないが。

 

 

「あんた、見かけに寄らず情熱的だな。そういうとこ、嫌いじゃないぜ。」

 

「……赤色はどういう意味なんだ?」

 

「あっさり言っちまうと面白くねえから、教えてやんね。」

 

「意地が悪いなぁ、貴殿は。悪い意味ではないんだろう?なら別に、教えて貰わなくとも結構だ。これを贈る用に包んで欲しい。」

 

「へいへい、畏まりました。つまんねぇな。」

 

 

 

偽キャスターが誰に花を贈るのか教えてくれるなら、教えてやろうかと思っていたら肩透かしを食らった。意外とこの男、サッパリした性格をしている。花を包むべく、赤いチューリップの花とアクセントに使用する小花をサービス用に取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな時間まで、どこをほっつき歩いていた?」

 

見慣れた長身の人影が衛宮邸の正門をくぐるのが見えて、屋根から降りる。声をかければ、先輩はオレの方をゆっくり振り返った。

 

 

 

「商店街まで行ってきた。ただいま、アーチャー。」

 

「あぁ、おかえり。今は聖杯戦争中だというのに、あなたは呑気なものだな。」

 

「半身は放任主義なんだ。人様に迷惑をかけぬ程度に、あとは好きにしろと言われてる。呼ばれれば、直ぐに駆け付けるがな。」

 

 

見れば、先輩は書店の袋と洋菓子屋の菓子折り、赤いチューリップの花束を持っている。

 

 

 

「……随分と、統一感の無い買い物をしてきたな。」

 

「この花束は貴殿にだ。いつも本官の無駄話に夜な夜な付き合ってくれて感謝してる。いつもありがとうな?アーチャー。」

 

 

そう言って、先輩は赤いチューリップの花束をオレに差し出す。女性に花を贈るなら兎も角、何故オレに買ってきた!?

 

 

 

「普通に礼を言えば、済む話だろ!?何故、オレの様な男に花を買ってきた!…渡されても、どうしたらよいか困るだろ!」

 

「イナンナの娘の部屋にでも飾って貰え。本官が気まぐれを起こして買ってきたものだから、扱いに困るとでも言ってな。さすればイナンナの娘なら、花瓶に生けてくれるさ。」

 

 

先輩の言った通りに言えば、凛ならしょうがないと言って花瓶に生けてくれるだろうことは察しが付く。先輩は妙なところで、凛の扱い方をよく分かっている。

 

 

 

「最初から凛に渡せばいいじゃないか。」

 

「イナンナの娘は花というより、磨けば光る美しいルビーの原石だ。」

 

 

先輩はオレに花束を一方的に押し付けると、荷物を置いたらまた来るとスタスタと玄関先の方へと歩いて行ってしまうから渡された花束の扱いに困る結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのよ?その花束。」

 

「…先輩が気まぐれに買ってきたものを押し付けられて、扱いに困った。」

 

 

珍しく、アーチャーが困り顔で私の部屋を尋ねて来た。アーチャー曰く、キャスターが気まぐれに買ってきた花束を無理やり押し付けられたらしい。

 

 

 

「赤いチューリップ?また季節外れな花を買ってきたわね…あいつも。」

 

 

気まぐれに買ってきた割には、花束は綺麗に包装されていた。どうやら、キャスターは何故かアーチャーに渡すつもりでその花束を買ってきたと思われる。

 

 

 

「このままでも花が可哀想だから、君の部屋に飾ってくれないか。」

 

「何で、他人が貰った花を私の部屋に飾らなきゃいけないのよ?…まぁいいわ、仕方ないから飾ってあげる。士郎に花瓶が何処にあるか、聞かないとね。」

 

 

アーチャーはほっとしたような顔を見せた。アーチャーから花束を受け取り、ふっと気がついたことがある。

 

 

 

「にしても…あいつ、赤いチューリップの花言葉知っててあんたに渡したのかしらね?」

 

「花言葉?」

 

 

魔術では触媒に花を用いることもあるから、花の種類を勉強する内に、私も花言葉の意味もそれなりに覚えたつもりだ。アーチャーがきょとんとした顔を見せる。

 

 

 

「その顔からして知らなそうね…赤いチューリップの花言葉はね。」

 

 

アーチャーに赤いチューリップの花言葉を教えてあげると、途端にアーチャーの顔が真っ赤になった。ちょっと、何であんたが顔赤くすんのよ。

 

 

 

「あの男は…!凛、誤解しないでくれ!!あれは本当に気まぐれで買った花を、私に押し付けただけなんだ!」

 

「そんなの知ってるわよ。あんた、一杯食わされた訳でしょう?あのキャスターに…そんな風に、あんたが顔を真っ赤にすることないじゃない。」

 

「そ、それもそうだな!私は見張りに戻らせて貰う!」

 

 

アーチャーは妙に挙動不振な態度のまま、見張りへと戻っていく。私の手の中には、アーチャーから受け取った花束がぽつんと残された。

 

 

 

やっぱりあのキャスター、本当いけ好かない使い魔。けど、花に罪は無いから早く生けてあげないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、お前なんかと似てないんだからな!」

 

「…なんだと?」

 

 

夜、突然現れたアーチャーに難癖付けられてカッとなる。ふと昼間のリヒトとのやり取りを思い出し、俺はお前なんかと似てないと強く言い返す。

 

 

 

すると、アーチャーの顔付きが急に変わった。呆気に取られた様な…そんな顔だ。

 

 

「リヒトが…言ってたんだ。お前に、俺が似てるとか変なこと言って。」

 

「リヒトが?フン!似てる訳がな「そうか?本官は似てると思うがなぁ。」

 

「「キャスター!?・先輩!?」」

 

 

 

当人こそがそっくり、いや瓜二つの闖入者が気配も無しに現れるから驚いた俺たちの声が見事なタイミングでハモった。キャスターが吹き出して、笑い出す。

 

 

「アッハハハハ!!声を上げるタイミングまで被ったぞ?君たちはとても息が合うな。」

 

「妙な茶々を入れないでくれないか!?先輩!私とこいつの何処が似てて、息が合うと言うのだ!忌々しい!!」

 

「そっくりそのまま同じ台詞を返してやるよ!キャスター!!妙なこと言って、引っ掻き回すのはやめてくれ!」

 

 

 

キャスターは他人の争い事に好き好んで首を突っ込み、火に油を注ぐきらいがある。

 

 

「貴殿たちは本当に…くくっ、愉快だなあ。実に愉快だ。アーチャー、あまりシロをいじめるな。彼に助言をする積もりならならば、もう少し手柔らかにしてやれ。誤解されるぞ?」

 

「助言…?」

 

 

 

こいつが俺に助言?一体何で?そんな事をされる義理は無い。すると、アーチャーは急に取り乱した様子でいきなりキャスターの腕を掴む。

 

 

「これ以上、余計なことを言わないでくれ!衛宮士郎!この口数が減らない男の言動は全て、聞かなかったことにしろ!!」

 

 

 

アーチャーはそう言って、キャスターを引きずりながら闇に溶ける様に消えた。あいつ等、結構仲良いんだな。意外だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼むから!!余計なことは今後一切、衛宮士郎の前で喋らないでくれ!」

 

 

オレ達以外は誰も居ない屋根の上、先輩は未だに愉しそうな顔をしてオレの隣に腰掛けている。

 

 

 

「とうとう煮え切らなくなって、貴殿がシロに助言を与えようとするとは驚いたよ。やっぱり、君は優しいなぁ?アーチャー。」

 

「……衛宮士郎がまさか、あんなことを言うとは思わなかった。リヒトの奴、何を妙なことを言い出すんだ。」

 

 

気が付かれるのも時間の問題か。いや、先輩はとうの昔に気が付いているのだろうが。彼も、昔からやたら勘が鋭くて隠し事が出来なかった。

 

 

 

「似てるも何も、君たちはムゴッ「もう貴方は黙ってくれ。」

 

「…わかった、余計なことは言うまいよ。」

 

 

先輩はため息まじりに余計なことは言わないと了承する。やはり、この人に俺の正体は完全にバレてる。

 

 

 

「……先輩、リヒトの事は好きか?」

 

「…ん?好きだぞ?大事な半身だ。」

 

「あなたたちの関係は良好的過ぎる程だな。」

 

 

先輩はリヒトのことを好きだと言う。俺と先輩は似ている様で、決定的に違う部分がある。先輩はあの子を肯定しているが、オレはどうだ?

 

 

 

「そういう君はあの子が嫌いなんだろ。君は過去を全部、無かったことにしたいのかい?僕とのことも?」

 

「なっ…!?そんな訳があるか!」

 

 

不意にらしくもなく先輩が…いや、彼が不安気な表情をする。そんな訳が無いと、慌てて否定する。

 

 

 

全部、無かったことにしたいとは思わない。ただ、今に至るまでの過程で、自分の存在が忌々しいのだ。いっそ、自分の存在を消したいとすら思っていた…以前までは。本当に、先輩と君の所為だ。凛が衛宮士郎と同盟を組んだ辺りから、狂い始めたと言ってもいいが。

 

 

「そんな…訳があるか。ッ、全部…君らの所為で、何もかも予定が狂ってしまった。」

 

「それはよかった。最悪の可能性だと、君はあの子と殺し合う場合だってあった。まぁ、そうなったらそうなったで…僕がそんなこと絶対させないけど。」

 

 

 

不安気だった表情を一変させ、彼がそれはよかったと綺麗に笑う。折角、冬木の聖杯戦争に召喚されたと言うのに、とんだ邪魔者が居た訳だ。

 

 

「君は今も昔も働き過ぎなんだ。生前の記憶が磨耗するくらい、頑張り過ぎて…それが全部裏目に出ちゃって、すっかり捻くれちゃってさ。」

 

 

 

気付けば、彼に抱き締められていた。まるで幼い子供が親に縋る様にぎゅっと、彼はオレを抱き竦める。

 

 

「キャスターみたく、何千年と守護者やってると割り切れちゃうらしいけどね。」

 

「……先輩とオレを一緒にするな。経験も何もかも違い過ぎる。」

 

「そうだね…ごめん。けど、何でこうなっちゃったのかなぁ?僕は姉さんみたいに完璧真人間ではなかったから、君を矯正させるつもりは無かったよ。桜みたく、君の全部を受け入れるような深い寛容性があった訳じゃないし。セイバーみたいなに真っ直ぐ君と向き合うひたむきさがあった訳でもない。かと言って、藤村先生みたいに器が大きい訳じゃないし。君の共犯者になること位しか、僕には出来なかったんだ。」

 

 

 

そういう君こそ、オレなんかを何処までも追いかけて来た執念深さがあるじゃないか。

 

 

「……あの子も、何れは君の様になってしまうのか?」

 

「それは無いと思うよ?君が心配し過ぎなんだ。ほんっと、何でぼくに対しては過保護なのさ君。」

 

 

 

そんなつもりは無い、筈だ。しかし、何処かでオレはあの子に幸せになって欲しいと願っている。

 

 

「ぼくに対して、勝手に申し訳ないとか思ってる訳?僕がこうなったのは、自分の所為だとか自惚れないでよ。これは僕の意思だ。」

 

 

 

時折、あの子に対して申し訳ない気持ちになっていたことはとうにバレていたらしい。おもむろに彼を見れば、珍しく彼がムクれた表情だ。

 

 

「君のそういう面倒臭いところ、好きだけど嫌い。僕は自分から望んで、キャスターを介してこうなっただけだ。汚れ仕事は昔からやってきたし…従軍時代も精神衛生上、非常によろしくないものはいっぱい見てきた。」

 

 

 

彼はオレの様に、昔からどこか壊れていた。それは生前、彼と再会して行動を共にする様になってから…より顕著になっていた様な気がする。

 

 

彼はオレと再会する前まで、紛争地域にて従軍神父なる職に就いていたことをぼんやりながら思い出す。あれだけ神父は考えてないと散々言っておきながら、結局養父と同じ仕事に就いた彼は皮肉としか言い様が無い。

 

 

 

「諦めなよ、××。昨日、君に言っただろ?これからは地獄の果てまでずっと一緒だって。」

 

 

生前、彼がオレに言った言葉をふと思い出す。どこまで堕ちてでも、付いていくと。それは不幸に満ち足りた末路を約束し合う、ロクでもないプロポーズの様な言葉にも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覗き見は感心しないぞ?アーチャー。」

 

「何の話だね…?」

 

「白々しくとぼけるな。それは本官の専売特許だぞ。今朝の話だ。何を見た?」

 

 

先輩が何かを察した様子で、オレにそう尋ねてくる。マスターとサーヴァント同士は時折、繋がったパスを介して記憶を共有するが、サーヴァント同士も出来るとは知らなかった。それも、よりによってあんなものを見させられたオレの身にもなって欲しい。

 

 

 

「今朝…あれは夢と言うか、貴方と“君”の過去の記憶が見えた。」

 

「はて?君とは誰のことだ。」

 

「それこそ白々しいことを言うな、貴方の中にいるもう一人だ。」

 

「まるで本官を二重人格者の様に言うじゃあないか。」

 

 

その通りだろう。どういう訳か、先輩の中にはもう一人いる。それが、俺の知ってる彼であることは間違い無い。

 

 

 

「貴方に、君が助けてくれと縋る記憶を見た。あれは…」

 

「彼は最期に、最初で最後の神頼みをしたのさ。その末路はまるで本官と同じことの繰り返しになってしまったのが皮肉なことだが。必ず、願いは叶えてやろうと思っただけだ。本官も元は、その端くれだからな。」

 

 

意外にも、先輩は彼についてあっさりと白状した。神頼み?願いを叶える?ここに来て、分かりかけていた先輩の正体がまた分からなくなる。

 

 

 

「先輩…あなたはやはり何者なんだ。」

 

「兄上が相当な無理を言って、とある神に血を分け与えて貰い、本官を半神の成り上がりにしたんだ。万能の願望器程ではないが、他者の願いを叶えてやる力は本官にも多少はある。その分、代償は高く付くがな?」

 

 

たまに先輩は、さらりとすごいことを言う。先輩の兄というのは本当に何者なんだ。いや、先輩の今までの話を聞いていると何と無く誰だか把握は出来るのだが…

 

 

 

「…彼は何を、貴方に願ったんだ?」

 

「それを本官の口から言わせるな。」

 

 

貴殿なら分かってるはずだと、先輩は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

「アーチャー、貴殿は記憶喪失だと言っておきながら今は殆どの記憶を思い出しているではないか?」

 

「誰かさんがいつの間にか勝手に、オレとパスを繋げた所為だろ。忘れていたものが溢れ出て来る様に鮮明になっていくから、頭が痛い位だ。」

 

 

昨晩のことを思い出してしまい、頰がじんわり熱い。しかし先輩は昨日の今日で、何事も無かったかの様に平然としているから腹立たしい。

 

 

 

「ならいっそのこと、もっと早く貴殿をモノにしてしまっても良かったな。貴殿がひどい怪我を負ったとき、一瞬このまま手を出してしまおうかとも考えだが…手負いの者に無理を強いるのは酷だなとやめておいたんだ。」

 

 

この男は何を言い出すんだ!?先輩を言っているのは、オレが先輩に魔力供給の真似事めいたことを受けた時のことだろう。

 

 

 

「ッ…このケダモノ!!神職者にあるまじき発言だぞ!」

 

 

ジェネレーションギャップ所の話ではない。時折、先輩は色事に関して明け透け過ぎるのだ。聞いてるこっちが恥ずかしくなる。昨晩だって…いや、これはやめておく。

 

 

 

「昔の神職者は貴殿が思ってるほど、極端に禁欲的ではなかったぞ?むしろ、神との交わりを積極的に求める淫蕩さがあった方が好まれていた程だ。本官とて「それ以上言うな!」

 

 

残念な何とやらという言葉があるが、先輩もまた…正にそのタイプだ。凛は先輩のこの性格を察しているのか、先輩を苦手としている。

 

 

 

「アーチャー、貴殿は奥ゆかしいな。貴殿のそういうところが実に本官は好ましい。」

 

「……先輩、あの赤いチューリップの花も意味を分かっててオレに渡したのか?」

 

 

この英霊たらしめ。しれっとそんなことを軽々しく口にする先輩は、腹立たしくも憎めない。土産だと渡された花の意味も、分かってオレに渡したのかと聞けば、先輩は小首を傾げた。

 

 

 

「ん?花屋で旬の花は何だと聞いたら、おすすめはチューリップだと言われたんだ。丁度赤色が貴殿の様だったから、赤にしただけだよ。そしたら花屋の店員に情熱的だなと囃されてなぁ、どういう意味があるのか貴殿は知ってるのか?アーチャー。」

 

 

先輩は素直に分からないから教えてくれとオレに赤いチューリップの花の意味を聞いてくるからタチが悪い。その花屋の店員を呪ってやりたいとすら思う。

 

 

 

「オレとて花の意味など知らなかったさ。凛に言われて、初めて知った位だ。」

 

「イナンナの娘も乙女だなあ。花言葉の意味は知っているのか。して、意味は何だ?貴殿も勿体ぶらないで教えてくれ。」

 

 

その意味をオレに言えと?先輩はやたら真摯な目でオレを見つめてくる。そんな目でオレを見ないで欲しい。しかし、言わないと多分先輩はオレを解放してくれないだろう。

 

 

 

「…だ。」

 

「ん?アーチャー、今何と?」

 

「あ、愛の告白だ!このたわけ!!もう二度と言わんからな!」

 

「……無知とは恐ろしいな。」

 

 

先輩はプッと、小さく笑って吹き出した。どうしてオレがこんな恥ずかしい思いをしなくてはならないんだ!!もう何度、先輩の前で赤面したか数知れない。

 

 

 

「や〜…花など人に贈ったことが無かったから、気まぐれに不慣れなことはするものではないな。愛の告白か、そうか。我ながら、らしくもないことをしてしまった。」

 

「凛に何と、言い訳したらいいか困ったオレの身にもなってくれ!」

 

「アーチャーよ、本官と今の貴殿の関係は言葉で言い表すとすれば何と言えばよいのだろうな?」

 

 

先輩がまたしても意地の悪い顔をして、オレに妙なことを聞いてくる。全く、この男は…!

 

 

 

「恋仲と言うには、まだ貴殿と本官は出会って日が浅い。生前の彼と貴殿は…彼が表向き、信仰していた者の手前、彼も実に曖昧な態度だったろうから、貴殿も散々煮え切らない想いをしてきたのだろう?」

 

 

否定は、出来ない。彼は結局、最後の最後までオレに随分と煮え切らない想いをさせてくれた。

 

 

「友達からでは、その、だめ…か?」

 

「もう貴殿と本官は友人だろう?」

 

「そういう意味じゃない!こ、これは…断り文句の場合もあるが、前向きな意味での使い方にも適用される!これ以上、言わせるな!」

 

 

これはオレなりの最大の譲歩だ。それを先輩はもう自分達は友人の筈だと恥ずかし気もなく口にする。だからどうしてオレがこんな恥ずかしい想いを何度もしなくてはならないんだ!!

 

 

 

「……そうか。」

 

 

返ってきた先輩の反応は案外あっさりとしたものだったが、心なしか先輩の頰は赤い。まさか、あの先輩が照れるだと?先輩の照れる基準がまるで分からない。

 

 

 

「先輩、照れてるのか…?」

 

「…その様だ。赤面したのは何千年ぶりだろうなぁ?いやはや困った、中々に恥ずかしいぞ。」

 

 

先輩曰く、何千年ぶりかの赤面らしい。先輩に一矢報いることが出来たらしいが、妙に実感が湧かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、メイガスは何か悪いものでも食べたのでしょうか?」

 

「はい?」

 

 

バイトから帰宅すると、シロが居間で紅茶を淹れ、セイバーが洋菓子屋の菓子折りを目の前にまだですかシロウ!とそれを待ち兼ねていた。

 

 

 

聞けば、キャスターがセイバーの為に手土産を買ってきたのだという。あのキャスターが?中身はカスタードたっぷりのバニラビーンズがよく効いたシュークリームで、シロの淹れた紅茶とよく合って美味しい。ぼくもついでに頂く。

 

 

セイバーがシュークリームを堪能しながら、キャスターは何か悪いものでも食べたのかと妙なことを聞いて来る。

 

 

 

「今朝もキャスターはごはんをよく食べていました。きっとその時、悪いものを食べたに違いありません。」

 

「セイバー、今日の飯当番は俺の筈だったんだが…悪いものを作った覚えは無いぞ?」

 

「シロウのごはんが悪いとは言っていません!メイガスの様子がここ最近おかしいんです!!昔のメイガスはあんな風に笑うことは、まずありませんでしたよ!」

 

 

セイバーはここ最近のキャスターの変化に、ただならぬ違和感を覚えているようだ。恋は人を変えると言うけど、ぼくの前ではキャスターはわりといつも通りだ。

 

 

 

「セイバーの言う昔って、いつなんだよ?リヒト。」

 

「えー?彼此…10年くらい?」

 

「10年!?」

 

 

シロがぶちゅりと、持っていたシュークリームの中身のカスタードを卓の上へと、無残に飛ばす。慌てて、シロはティッシュでそれをふき始めた。

 

 

 

「昔のメイガスは、リヒトの前では分かりませんが…私たちの前では笑顔を見せた記憶は皆無です。」

 

「キャスターの奴…随分前から使い魔やってるんだな。」

 

「まぁね。10年も一緒に居れば、大して変化なんて気にしないけど。」

 

「リヒトには…メイガスの様子は変わり無く映りますか?」

 

「アーチャーが仲良くしてくれてるからね。最近は楽しいんじゃない?」

 

「リヒト、さっきアーチャーと会ってきた。いきなり難癖付けられて、散々だったんだからな。」

 

 

シロがむっとした顔でアーチャーとのやり取りを話し出す。シロはアーチャーに、自分たちは似てないとハッキリ言ったらしい。

 

 

 

「アーチャーがシロウに似ていると?」

 

「似てる訳ないだろ?セイバー。リヒトが変なこと言うのが悪いんだからな!」

 

「ぼくの所為?ひどいなぁ。」

 

 

シュークリームを食べ終わり、ティーカップを手に流し目でちらりとシロを見遣ればまだ腹を立てているらしい。

 

 

 

「…そうだね、君たちはまるで似てないよ。変なこと言ってごめん。」

 

「まったくだ!カスタードで手がベタベタになったから、手洗って来る。」

 

 

シロはぷりぷりしながら台所の流し台へ手を洗いに行った。居間にはセイバーとぼくだけが残される。

 

 

 

「リヒト…シロウはああ言ってますが、私もあなたたちとアーチャーとメイガスは似てると思いました。」

 

「ん?何でそこにキャスターが出て来るの?」

 

「今日のお昼頃、あなたたちが昼食の準備をして並んで台所に立っていた後ろ姿が…早朝、メイガスとアーチャーが一緒に洗濯物を干す後ろ姿に似ていたんです。それをメイガスに言うと、私を目敏いなと言って…彼は笑いました。」

 

 

セイバーは不思議そうな顔をする。もしかしたら、キャスターはアーチャーの真名も既に把握しているのかもしれない。会ったことさえ無かった真キャスターの正体さえ知ってた位だ。

 

 

 

「ぼくたち二人とあの二人が似てる?ぼくとキャスターは兎も角、アーチャーとシロは別人だよ。セイバーまでおかしなこと言わないで。」

 

「……それもそうですね。」

セイバーはまだ、何か言いたげだったがシュークリームを平らげるのに専念することにした様で黙々と食べ始めた。

 

キャスターにアーチャーのことを問い詰めても、多分のらりくらりと躱されるだけだ。キャスターがアーチャーに執着を見せる理由もアーチャーの正体に関わりがありそうな気はするけど、無粋な真似はしたくないしそっとしておいてやりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロにわざわざ起こしに来て貰うのも悪いから、ぼくもここで寝るよ。いいかな?セイバー。」

 

「待て!何で俺じゃなくて、セイバーに許可を取るんだ!?」

 

「私は構いませんよ?」

 

「だってさ、シロ。」

 

「うぐっ。」

 

 

真夜中、リヒトが布団一式を手に、俺の部屋に来たときは驚いた。自分もここで寝ると言い出したのだ。

 

 

 

「ありがと、セイバー。シロに許可取るよりセイバーに取るべきかなって思ったから、よかったよ。じゃあおやすみ。」

 

 

リヒトはそう言って、さっさと布団を敷くなり寝てしまった。こいつは布団に入り、横になるとすぐに熟睡する特技でもあるんだろうか。

 

 

 

小さい頃、リヒトが泊まりに来るとリヒトの使ってた客間で一緒に寝たのだが、リヒトはすぐに寝てしまい、俺としては非常につまらなかった思い出がある。

 

 

「リヒトはおやすみ3秒ですね。シロウ、私たちも今日はもう寝ましょう。」

 

 

 

セイバーは熟睡するリヒトを見て、和やかに微笑む。笑うとセイバーって、年相応の女の子なんだよなぁ…本当。リヒトはずるい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………さむっ。」

 

 

深夜、底冷えする部屋の寒さで目が覚めてしまった。今何時だと枕元に置いた携帯を手探りで取り、見れば夜中の2時を過ぎてる。ふと、隣で寝ているシロを見る…と、どうやら夢見が悪い様だ。

 

 

 

夜目に慣れて来ると、シロがうなされて、苦しそうにしてるのがうっすら見えた。

 

 

ほっとく訳にも行かず、起き上がりシロの額にかかった髪をよけてやれば、部屋は寒いのにシロはじっとり汗を掻いてる。

 

 

 

シロの部屋のタンス、タオルあったっけ?一度電気を点け、シロの部屋のタンスの小さい引き出しを開けると…ハンドタオルがあった。

 

 

タオルを見つけたら、豆粒電球だけ残してあとの電球の灯りを消す。

 

 

 

「…シロ、大丈夫?」

 

 

額に掻いた汗をそっとタオルで拭ってやる。すると、ぼくの声に反応し、シロの目がうっすらと開いた気がした。暗いからちょっと見えづらい。

 

 

 

「リヒ…ト?」

 

「うん、ぼくだよ。怖い夢見た?」

 

「う…火事の夢、見た。」

 

 

シロが言っているのは、冬木の大火災のことだろう。あれはひどい火事だった。

 

 

 

ぼくも、遠目がちに轟々と激しく燃え盛る一面の地獄を、キャスターに縋りながら、恐ろしい思いで眺めることしか出来なかった。

 

 

シロはあの火事で、士郎って名前以外は全部失くしてしまったんだ。まだ、あの頃のことはシロの記憶の奥深くに、痛々しく刻み付けられている。

 

 

 

「お水飲む?待ってて、今…「行かないでくれ。」

 

 

一旦部屋を出ようとして、不意に伸ばされたシロの手に寝間着の裾をくいっと掴まれた。シロは寝ぼけているのか、妙に口調が幼い。

 

 

 

「…わかったよ、行かない。今夜は君のそばにいる。」

 

「ん、リヒト…そっち、行っても…いいか?」

 

 

甘えるように、シロがぼくの方へ行っていいかなんて聞いてきたときには目眩がした。シロってば、相当寝ぼけてる。いつものシロならこんなこと、絶対に言わない。

 

 

 

「…ダメか?」

 

「……ほんと、君って奴は。」

 

 

不安な様子で、シロがもう一度聞き返す。ぼくがダメって言わないの分かってて、聞いてるの?そんな顔されたら困るよ本当。布団に入り直し、一人分スペースを確保する。

 

 

 

「ほら…来ていいよ、シロ。」

 

 

シロは小柄だから、一緒に寝る分には多少狭いけど問題無い。問題無い、が…ぼくらはもう高校生だ。同じ布団で寝るのはちょっと、しかしシロにいいよと言ってしまった手前、もういいやと諦めた。

 

 

 

シロはもそもそとぼくの布団に入って来るなり、ぴったりと寄り添って来る。あの、シロさん?

 

 

「やっぱり、リヒトはくっついてると…あったかいな。お日さまみたいで、安心する。」

 

 

 

…ぼくは昔から、基礎体温が人より少し高いらしい。姉さんからは夏場、暑苦しいと嫌がられるのだけど。

 

 

利き腕でシロの背中にゆるく腕を回し、背中をとんとんと叩いてやる。ぼくの夢見が悪かったとき、キャスターによくしてもらったことだ。

 

 

 

この後、キャスターは自国の言葉でまじないを刻み、ぼくの瞼にキスをしてくれた。これがよく効くもので、朝までぐっすり眠れる。

 

 

拙いながら、キャスターの言葉を思い出して復唱し、シロの瞼に軽くキスをする。シロがくすぐったいと小さく笑った。

 

 

 




黄色いチューリップの花言葉は実らぬ恋。
黒いチューリップは私を忘れて。かなりよろしくない。
ランサーのバイトはきっと日払い制

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