双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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番外編 姉の心、弟知らず

「イリヤスフィールのこと、姉さんやセイバーに言うの?」

 

 

帰り道、リヒトがイリヤのことを二人に話すのかと聞いてきたので首を横に降る。

 

 

 

「なんか…言い辛い。昼間のあいつ、マスターじゃなかった。」

 

「ぱっと見、年相応の幼い女の子だよね。君、あの子に殺されかけた割には妙に懐かれてたし。」

 

 

本当は二人にも話すべきだが、彼女のことを二人に報告するのが躊躇われた。

 

 

 

「君が言わないなら、ぼくも黙ってる。イリヤスフィールのこと、今日は敵だって思いたくないんだろ?シロのお人好し。でも、彼女がバーサーカーのマスターだってこと忘れちゃ駄目だよ。」

 

 

リヒトに俺の心中はすっかり見抜かれていた。お人好しと言われ、返す言葉が無い。

 

 

 

「俺はお前の適応力がこわい…とりあえず、お前が居てくれて本当に助かった。ありがとな?」

 

「今日の彼女には敵意が無かったようだし、最善の行動を取っただけだよ。」

 

 

礼を言われるまでもないと、リヒトはすたすた歩き出す。

 

 

 

「…にしても、お前って子供の扱い慣れてるよな。なんか意外だ。」

 

「日曜のミサの日とか、結構小さい子も来るからね。扱いには自然と慣れた。」

 

 

仕事柄ってやつか。リヒトが小さい子と接する場面をあまり見たことがなかったから、リヒトの意外な一面が見れて嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、リヒト…一週間後には帰るんだよな。」

 

 

帰宅後、キャスターが干した洗濯物を取り込み、シロもセイバーとの鍛錬に行く前に手伝うと一緒になって洗濯物を畳んでいるとシロがぼそりとそんなことを言う。

 

 

 

キャスターは読書は飽きたと呑気に昼寝、セイバーは体を慣らして来ると、先に道場へ向かった。

 

 

「姉さんも桜との交換条件とは言え、急に決めちゃうからさ…まぁ、あんまり長居するとシロ達にも迷惑かけるしぼくも帰るよ。」

 

「俺は迷惑じゃないし…もうちょっと、居てもいいんだぞ?あと一週間って言わないで。」

 

 

 

急にどうしたのか、ちらっとシロはぼくを見て、まだ居てもいいなんて言ってくれる。

 

 

「どうしたの?シロ。急にぼくが帰ることになって…寂しくなっちゃった?」

 

「ばっ、違う!そ、そういう…意味じゃなくて、だな。」

 

 

 

まさかなと思い、寂しくなっちゃった?とシロに軽いいたずら心で聞いたつもりが…割と本当にシロは寂しいらしい。

 

 

洗濯物を畳んでいた手が止まり、シロの顔が恥ずかしそうにじんわり赤くなる。もう少しイジワルしたくなり、シロの近くに身を寄せた。

 

 

 

「相変わらず、シロは寂しがり屋だなぁ。そんな顔しないでよ。一週間後に戻り辛くなる。」

 

 

シロの両頬に手を伸ばすと、むにっと柔い感触がする。近くで見れば、シロは童顔で実年齢より余計幼く見えた。

 

 

 

彼はこの童顔を気にしているようだけど、ぼくは好きだ。何事かと、シロが肩をわななかせ戸惑う様が面白い。でも、嫌がる様子は無いからシロの額に自分の額をくっ付ける。シロの額はすっかり熱くなっていた。

 

 

「ちょ、リヒトッ…ちか、近い!俺がどんな顔してたんだよ!」

 

「行かないでって、子犬みたいな顔。君、昔からぼくが帰るって時になるといつもそんな顔するんだもの。」

 

 

 

昔、ぼくが帰るときシロはぼくの着てる服の裾を掴んで離さなかった。おまけに毎度、そんな捨てられた子犬みたいな顔されたら帰り辛くて仕方無かったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、リヒトの俺に対するデレが凄まじい。

 

 

数年間、俺に避けられて腹を立てたリヒトは俺に対する態度も当初はツンツンしてて刺々しかった。それがこの数日で見る見る内に軟化して、この有り様だ。真っ直ぐな好意を向けられている感じで悪い気はしないけど、こっちが恥ずかしくなる。

 

 

 

「お前、本当にリヒトか?キャスターと入れ替わって、俺のことからかってるんじゃあ…!」

 

「そんな事ないよ。」

 

 

困ったような笑みを浮かべ、リヒトはさも愛おしげに俺の額へ自分の額をすり寄せる。

 

 

 

大型犬が飼い主に大好きだと、全力で愛情表現をする様に似ているのは気の所為か。リヒトの睫毛の長さまで確認出来る程、リヒトの顔が近過ぎて何が何だか分からなくなる。

 

 

「シロ、ぼく嬉しいんだ。こうやってまたシロと話せるようになって。前はあからさまに君がぼくのこと避けてたから、すごく悲しかった。」

 

「それはお前が慎二に対して、容赦無いからだろ…!俺がすっかりお前のこと忘れてたのは悪かったけどさ。」

 

「編入早々、マキリがぼくにケンカ吹っ掛けて来たのがいけないんだよ。ぼくは悪くない。」

 

 

 

俺の知らぬ間に、そんなことがあったのか。何やってんだよ慎二の奴。それよりも、程良く彫りの深い甘やかな顔立ちは近過ぎる距離で見ると目の毒だ。

 

 

最近、桜が徐々に女性らしく色っぽくなってきたことにドキドキしていた俺だがリヒトはリヒトで小さい頃はあんな可愛らしかったのに、今でも中身は昔とさして変わらないが見た目は完全に大人の男だ。

 

 

 

それも、妙な色気があって同性の俺すらたまにドキリとしてしまう。遠坂はこいつと二年、何事も無く一つ屋根の下で暮らせていたのが或る意味すごい。

 

 

「…リヒト、せっ、洗濯物!早く畳むぞ!!俺もこれ終わったら、鍛錬戻るから!」

 

「そうだね、早く終わらせようか。にしても…」

 

「な、なんだよ!近いって…!」

 

 

 

まくし立てる様に早口で洗濯物を早く畳んでしまおうと言うと、リヒトは俺の両頬を両手で挟み込んで、尚離さない。ジッと俺の顔を覗き込んで今度こそ俺の心臓が保たないからもう勘弁してくれ。

 

 

「シロの照れ顔、誰かに似てるんだよね…あ、アーチャーに似てるんだ!そっかそっか、やっとスッキリした〜!」

 

「アーチャーって、遠坂のサーヴァントの…?そもそも俺、遠目でちらっとしか見てないし。」

 

「見てくれは君と似ても似つかないよ。でも、何でかな?初めて会った気がしないんだ。不思議だよねー。」

 

 

 

何で遠坂のサーヴァントの話が出てくるんだ?リヒトは一人で納得して、何と無く腑に落ちない。一人納得して満足したらしいリヒトは俺をあっさり解放し、洗濯物を畳む作業を再開する。俺は腑に落ちないし、まだ心臓がドクドクとうるさいから早く収まって欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一番風呂はやはり最ッ高だなあ。はあ〜よきかなよきかな。」

 

 

夜、バイトがあるから先にお風呂を使わせて貰う許可を家主のシロに頂き、お風呂に入ろうとしたところで自分も入るとキャスターが乱入して来て現在に至る。

 

 

 

ちゃっかり、キャスターは一番風呂を堪能して上機嫌だ。全身浴槽に満たされたお湯に浸かり、キャスターの白い肌がほんのり赤くなってる。

 

 

「遠坂邸ではいつも、イナンナの娘に先に入られてしまうのだ。一番風呂を堪能出来るこんな機会、またと無いからな。」

 

 

 

そういえば、お風呂沸かす当番は交代制だけど一番風呂は姉さんの特権だった。キャスターはずっとそれが不満だったらしい。別にぼくは一番だろうが、二番だろうが、あんまり気にしないのに。

 

 

キャスターはお風呂大好きで、ぼくが入るときはキャスターも一緒に入るのが常だ。教会にいた頃はキャスターと王様でどっちが先に入るかしょうもない言い争いが日常茶飯事だった。

 

 

 

「……ところで、白雪の姫に会ったのだろう?」

 

「イリヤスフィールのこと?うん、まぁ。」

 

「白き聖女に瓜二つで驚いたか?アインツベルンの乙女たちは皆、一つの鋳型から造られる。だから皆、同じなのだ。丁度、君と本官の様にな。」

 

 

キャスターは何故か、遠坂やマキリ、アインツベルンの事情にやたら詳しい。それ、ぼくも知らない話なんだけど。同じ鋳型ってつまり…彼女たちには大本のオリジナルが居て、そのオリジナルと同じ遺伝子情報から造られてるということか。

 

 

 

「ユスティーツァ・フォン・アインツベルン。始まりの御三家の、聖杯戦争の基礎を作ったアインツベルン家当時の当主で白き聖女と白雪の姫のオリジナルだ。さぞかし美女だったんだろうに、一度はお目にかかりたかった。」

 

 

残念だとこぼし、キャスターは湯船に深く身を沈める。恐らく、そのユスティーツァって人はキャスターの好みど真ん中だったんだろうが、呆れ果ててしまう。

 

 

 

「…アーチャーに言付けちゃおうかな。」

 

「それはやめてくれ。」

 

 

アーチャーも何でこんな奴に引っかかっちゃったんだろう。生前は聖人君子だったらしいけど、今のキャスターは俗っぽくて軽薄だし、はっちゃけ過ぎだ。

 

 

 

「それはさておき、君はシロが白雪の姫のことをあの二人に報告しないと言ったら黙ってると言ったな。まぁ、君があの二人に白雪の姫のことを話すのもおかしな話だ。姫がシロの義理姉だということも本人には黙ってるつもりか?」

 

「それ言ったら、多分シロはイリヤスフィールと絶対戦えないとか言いだすよ。今でもただでさえ彼女に情が移りかけてるのに。っていうかあの子、シロにとって妹じゃないの?」

 

 

浴槽の縁に手をかけ、キャスターはにやりと愉しげな笑みを浮かべている。イリヤスフィールはアイリスフィールと切嗣さんの娘だ。その事実を、ぼくはシロに言い辛い。

 

 

 

「白雪の姫は此度の聖杯戦争に備え、生まれる前から様々な“調整”を受けて居た様だからな。その影響で、既に彼女の成長は止まっているのさ。もうあれ以上、彼女が成長することは無いし老いることも無い。」

 

「彼女もその内、アイリスフィールの様になってしまうの?」

 

「だろうな。ホムンクルスに要らん情は向けるなよ。彼女らは元々、生きる為に生まれて来た者達ではないのだからな。」

 

 

キャスターに釘を刺されて、何も言えなくなってしまう。無言で体と髪を洗い、ぼくも湯船に浸かる。シロの家の浴槽は広いから、ぼくとキャスターの二人でも浴槽には余裕で収まる。体の芯から温まるようで、気持ちが良い。

 

 

 

「……そういう意味では、ぼくと同じだよね。」

 

「半身よ、悪い癖が出ているぞ。」

 

「今日ね、教会でランサーに言われたんだ。お前はその加護の所為で、簡単には死なないぞって。君の義理のお父さん、なんて余計なことしてくれたんだ。」

 

「そう言うな。親の心、子知らずとはこの事だなぁ全く。親とは子供の幸せを願うものだ。」

 

 

キャスターに頭をグリグリ撫でられた。そういうものなの?と聞けば、そういうものだと返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰宅すると、浴室の方からドライヤーの音と小さい子供がはしゃぐ様に楽しげな声が聞こえてくる。恐らく、キャスターとリヒトの声だ。私より一足先にリヒトは戻って来たらしい。

 

 

「リヒト?先に帰って来…ッ!?あんた達、なんて格好して髪乾かしてんのよ!!」

 

「姉さん!?お、お帰り…!ごめん!キャスターもすぐ上、着替えさせるから!」

 

「なんだ、帰ってたのか?イナンナの娘。ただいまの一つ位、言いたまえ。」

 

 

 

リヒトとキャスターが浴室にて、ドライヤーで髪を乾かしながらふざけ合っていた。リヒトは辛うじて下着の上からシャツを着ていたからまだいい。

 

 

しかし、キャスターはスエットの上から半裸姿で何かの術式が刻まれた鮮やかな青いタトゥーが目に入る。強い魔力反応があり、不思議な模様のタトゥーだった。

 

 

 

「凛の前で、なんて格好してるんだ?先輩…そこの服は貴方用か?」

 

「ん、本官用だ。ただいまの一つも無く、急に現れたのはイナンナの娘の方だろう?それとおかえり、アーチャー。」

 

「…ただいま。」

 

 

霊体化していたアーチャーが呆れた様子で現れ、近くに置いてある着替えを手に取るなりキャスターに無理やり着せ始めた。

 

 

 

しかし、意外なことにキャスターは抵抗する事も無く、されるがままにアーチャーに服を着させられる。キャスターがおかえりと言えば、あの捻くれ者のアーチャーが素直にただいまと言う様は変な感じがした。

 

 

「アーチャー、ありがとう…キャスター、自分の服くらい自分で着なよ。君いくつ?」

 

「人をまるで子供の様に…先ほどまで、本官と一緒にふざけていたのは何処の誰だ?君も早く、下を履け。」

 

「わかったよ。」

 

「まったく、君たちは…子供じゃあるまいし。」

 

 

 

まるで子供の言い合いだ。そう言えば、こうして二人が揃っているところを見たのは初めてな気がする。

 

 

リヒトとキャスターは見れば見る程に同じ顔で、生き別れの双子の様によく似ていた。多少の違いがあるとしたら、瞳の色とキャスターの方が少し背が高い位か。

 

 

 

「あんた達…二人でお風呂入ってたの?」

 

「ずっと前から二人で入ってるぞ?」

 

 

あっけらかんとキャスターが言うものだから、返答に困ってしまう。キャスターの言う、ずっと前からとはいつのことなのか分からないけどリヒトとキャスターは相当仲が良いようだ。二人でお風呂に入る程度には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん、ぼく今日もバイトだから遅くなる。夕飯、帰ったら食べるからぼくの分取っといて。」

 

 

外行きの服に着替えを済ませ、玄関先で靴を履きながらリヒトはこれからバイトに行くという。すると、リヒトが不意に間桐君の名前を出してきた。

 

 

 

「そういえばさ、今日マキリ見かけた?」

 

「え?何で、間桐君が出てくるのよ。やたら何かに苛立ってる感じで、ブツブツ独り言言ってたわ。」

 

「あー…それ、相当キてるね。昨日、マキリに夜襲かけられてさ。」

 

「はぁ!?何でもっと早く、そういうこと言わないのよ!」

 

 

 

昨日、リヒトはバイト帰りに間桐君に襲われかけたらしい。何でもっと早く言わないのかと怒ると、リヒトは淡々と言葉を続ける。

 

 

「返り討ちにしたよ。マキリもさぁ、ぼく相手だったからよかったけど他相手だったら確実に殺されてたよ。そういうところ、ほんと短慮だよねアイツ。」

 

 

 

リヒトは間桐君をひどく嫌ってこそいるが、今の発言は何処となく間桐君を気にかけているようにも聞こえた。

 

 

「……あんたどうしたのよ?さっきの言い方、間桐君のこと心配してるみたいに聞こえたんだけど。」

 

「このまま行くと、下手したらあいつ死ぬよ?正規の魔術師でもないあいつが…そもそも聖杯戦争に参加すること自体が自殺行為なんだ。あんな奴でも、死ねば桜が悲しむ。」

 

 

 

リヒトは間桐君を心配しているのではなく、間桐君が下手を打って死んでしまえば桜が悲しむと危惧しているのだ。リヒトの行動理念の根底には、桜の影が見え隠れしてる。

 

 

「話は変わるけど、私に合わせて、一週間後に帰らなくてもいいわよ。士郎も桜も…あんたも連れてくって言ったら、残念そうな顔してたから。」

 

 

一瞬、リヒトは何を言われているのか分からないと言った顔できょとんとした。

 

 

 

「キャスターが帰りたくないって言ったのよ!いっそのこと、士郎の家の子になりたいとか言い出して…」

 

「キャスターがそんなこと言ったの?あいつ、姉さんを困らせたくて言ったんだよ。そういう奴だから。あんまり、真に受けない方がいい。」

 

 

……何で私はこんなに、一人で気を荒げているんだろう?リヒトは私なんかと違って比較的人当たりもいいし、あの二人にはいたく好かれてる。

 

 

 

「だから、あんただって帰りたくないなら無理して帰らなくてもいいわよ。」

 

「姉さん、そういうの要らん気遣いって言うんだよ。」

 

「はぁ!?アンタねぇ…人が折角「ぼくも帰るって言ってるの。」

 

 

リヒトは少しだけ気分を害した様子で、形のいい眉を顰めて私を見た。

 

 

 

「姉さん、なんか面倒臭いこと考えてるでしょう?」

 

 

リヒトが眉を顰めたのは一瞬の事で、今度は何処となく心配気に私の顔を覗き込む。リヒトの青い瞳に何もかも見透かされているようで、やや気恥ずかしい。フイと、視線を反らす。

 

 

今朝の、キャスターと桜の玄関先でのやり取りがちらついて、ヤケになる。リヒトは絶対、自分から私にあんな事しないし。

 

 

 

「姉さん?何かあった?」

 

「うるさい。」

 

 

 

抱きしめると言うより、しがみつく様になってしまった。腕を回したリヒトの背中は、思ったより筋肉がついてるものの、腰はほっそりしている。

 

 

リヒトの着てるよそ行きの服からは、ほんのり高そうな香水の匂いがして、この匂いは絶対リヒトの趣味ではないことを薄々感じる。誰から貰った香水付けてんのよ、本当にいけ好かなくて大事な弟。

 




UBWの遠坂嬢の攻略主人公ぶりを見るからに、ヒロインは士郎で。姉弟愛なのか違うのかは遠坂嬢のみぞ知る。

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