双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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プロローグ

一昔前、代行者の任務の折に不本意にも人を助けてしまったことがある。

 

それも、放っておけばすぐ死んでしまうような矮小な存在だ。

排斥対象を狩り、彼らが違法に所持する聖遺物を回収してしまえば、それで終わるはずの仕事だった。

 

 

足元に転がる人だったものたちのすぐそばで、それは私を静かに見上げた。

 

 

「ーーー···?」

 

 

言葉を知らぬのだろうか幼子は私を見るなり、言葉を成していない声を上げ、誰だと首を傾げたようだ。

 

 

こちらを警戒する素振りも無く、その青い瞳で無邪気に私を見上げてくる。下手をすれば、自分の置かれた状況すらも理解っていなかったのではなかろうか。

 

目前に広がる死屍累々の光景を見て恐怖し泣き叫ぶ訳でもない。

 

 

その部屋の大部分を占めるのは、巨大な魔方陣。一体、何を喚ぼうとしていたのやら。

 

 

推測するに、この幼子は贄としてその命を終える予定だったらしい。

贄としてその命、終わることができればむしろ幸せであったろうに。

 

 

いっそのこと、ここでこの幼子を殺してしまおうか?そうも考えた。しかし、それではあまりにも…いや、無益な殺生は主も望まない。

 

 

「おまえ、名は?」

 

「ーーー?」

 

 

気まぐれに名前を尋ねれば、幼子は首を傾げたまま一向に自分の名前を答えようとしない。口が利けないから言えないのか、もしくは名前自体が無いのか?生まれてから、洗礼すら受けてはいないのだろう。

 

 

「まあいい、名前の一つくらい…後で適当にくれてやる。どうやら洗礼すら受けていないようだからな。」

 

 

来いと言えば、意外にも幼子はすんなりと付いてきた。

歩調を合わてやるのは面倒だ。近くまで付いてきたところで抱き上げる。最低限の食事は与えられていたらしく、まあそれなりに重い。

 

 

幼子は私が抱き上げた時、驚かせてしまった様で抱き上げた途端、ひしとしがみついて来た。あぁ、なんと小さい手か。見れば、戸惑っている様子でその時初めて幼子の表情に機微を見た気がする。

 

子供を余り抱いたことが無いから、扱い方がよく分からない。

サポーターから目的の聖遺物は既に回収済みだと先ほど、連絡を受けた。さて、この幼子のことは何と報告しよう。

 

 

口が利けないのだ、聴取をしたところで大した情報が取れるとは思えない。

聖堂教会の管轄下にある孤児院なら幾らか空きはあるだろう、一度父上に相談してみようと思う。

 

 

いつの間にか、幼子は私の腕の中ですうすうと寝息を立てて眠ってしまった。自分の置かれていた状況も知らず、呑気なものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない大人がぼくを見下ろしている。はて、誰だろう?気がつけば、ぼくは血だまりの中にいた。

 

ああ、動かなくなったあの人たちは死んでしまったのか。多分、この人が殺した。ぼくも殺されるのだろうか、なら早くして欲しい。死ぬ為に生まれたのだから、大差無い。

 

 

 

「おまえ、名は?」

 

 

これから殺す相手に名前を聞くだろうか?変な人。しかし生憎、ぼくは告げる名前を持ち合わせていない。死ぬまでの必要最低限の衣食はあの人たちから与えられたが、名前は終ぞ与えられなかった。

 

 

まぁ道具に名前をつける人は居ないし、当然と言えば当然だ。

 

 

「まあいい、名前の一つくらい。後で適当にくれてやる。」

 

 

来いと、知らない大人は急に歩き出す。ここに残ったところで多分みんな死んでるし、この人はぼくを殺す気は無いようだ。さて、困った。

 

 

ついて行くしか、今は無さそうだ。知らない大人は歩くのが早い。

小さい足では追いつくのも一苦労だ。やっとの思いで、追いついたと思ったら体がぶわっと宙に浮いた。

 

 

知らない大人がぼくを抱き上げたのだ。

 

 

強面の顔が近くに迫り、ほんの少し怖い。誰かにこうして、腕に抱かれたことは無い。反射的に、知らない大人の服裾を掴んでしまう。

 

 

 

粗雑な扱いだが、知らない大人はぼくの扱い方に困りかね、どこかその手つきはぎこちないようにも感じられた。ひどく扱ってくれても別によいのだけれど。

 

 

知らない大人の身体はどこもかしこも堅くてごつごつしてたけど、人肌ってあったかいのかとこの時初めて実感した。

 

 

 

その後、ぼくはキレイから洗礼を受けると共に名前を貰った。適当に名前をくれてやると言った割には、お祖父様の文字から一文字取って、リヒトなんてぼくには随分と勿体無い名前を。


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