双つのラピス   作:ホタテの貝柱

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教会組と!


仲良きことは美しきかな
第十四話 何処で育て方を間違えたのやら


「……報告ご苦労。キャスターと戦闘になり、ほぼ無傷とは…精々、お前の片割れに感謝することだな。」

 

 

深夜、ぼくが報告を終えるなりキレイは息をするように自然と毒を吐く。確かにキャスターが居なかったら、正直ぼくもどうなってたか分からない。

 

 

 

「今後はどうするの?キャスターの行いは明らかにルール違反だけど、聖杯戦争に大した影響が無ければ貴方は黙認するんだろうね。」

 

「そのつもりだが?」

 

「……言うと思った。聞いたぼくが馬鹿だったよ。引き続き、柳洞寺のキャスターに関しては監視を続ける。」

 

 

キレイは聖杯戦争の進行に影響が無ければ、キャスターの行いは黙認すると言った。まぁぼくらなんて、飽く迄も第三者的立場でしかないから直接的な聖杯戦争への介入は責任事項にはない。

 

 

 

「思いの外、お前が監督役補佐の仕事に対して誠実に取り組んでいることには私も驚いてる。多少の公私混同は見受けられるがな。」

 

「…急に何?」

 

「その誠実さ、多少は主への献身と奉仕に傾けたらどうだ?さすれば主も「やめてよ。ぼくが真面目にやってるのはその後は好きにしろって、貴方が言ったからだ。」

 

 

その話はうんざりだ。ぼくはどうせ、キレイやお祖父様みたいにはなれない。

 

 

 

「そうだったな。監督役補佐の仕事を全うしたら、辛うじて繋がってる私との親子の縁も切るか?」

 

 

キレイの顔が愉悦に歪む。マキリの単純な煽りと違って、キレイがぼくを煽る言葉はいつも本当にタチが悪い。

 

 

 

「それならせめて、高校は出てからにして欲しいものだな。高校中退の息子を勘当同然に追い出したなどと周りに思われては、私も体裁が悪い。」

 

 

体裁を気にするなんて、キレイが絶対思ってもいない言葉を使うのが可笑しくさえ思える。キレイなんか嫌いだ、大ッ嫌いだ。面と向かって言ったら、キレイが悦ぶだけだから絶対に言わないけど。

 

 

 

「……仮眠取る。聖堂のベンチと毛布借りるよ。」

 

 

募った苛立ちでキレイの私室のドアを乱暴に閉めそうになったのをなんとか抑える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどい顔だな。」

 

 

聖堂に向かおうとしたら、今までのやり取りを見ていたらしい王様が現れて声をかけられた。

 

 

 

「おいリヒト、何処へ行く?」

 

「……寝る場所が無いから、聖堂スペースのベンチで仮眠取る。」

 

「あの様な粗末な場所でお前を寝かせられるか。いいから来い。」

 

 

強く腕を引かれ、王様について行かざる得ない。辿り着いた先は王様の自室兼寝室。

 

 

 

「言峰にまた毒を吐かれたのか。何を言われた?この兄に申してみよ。」

 

 

何処かで聞いてた癖に、王様はなんだか妙に優しい声でぼくの耳元でキレイに何を言われたのかと問う。

 

 

 

「聖堂教会を抜けたら、親子の縁も切るかって。キレイなんか大嫌いだ。」

 

「その言葉、直接言峰の前で言ってやれ。」

 

 

意地の悪い顔をして、王様がぼくに囁きかける。王様はそう言うけど、キレイの前でぼくが絶対そんなこと言わないって分かってる筈だ。

 

 

 

「いやだ…キレイが悦ぶだけだから、絶対言わない。」

 

「よく分かっておるではないか。お前が憎しみや拒絶の言葉を向ければ、それは言峰の愉悦になる。」

 

 

キレイは人が人らしく在ろうとする中で、わざと逆に在ろうとする。いや、最初から逆にしかなれないんだ。それにいつから気付いたんだろう。あぁ、この人に父親としてのまともな役割を期待するのはやめようと。

 

 

 

「義理とは言え、親と子の縁とは厄介だな。愚弟とその実父さえそこまで拗れてなかったぞ。」

 

 

王様は小さい子供にするみたいに、ぼくの頭を一際は優しく撫でるから子ども扱いはやめて欲しい。何故か、今日の王様は機嫌がいい。

 

 

 

「不満そうだな。幼子のように愛でられるのは嫌か?今、我はお前のことをとんと甘やかしてやりたくてたまらない。」

 

「…そういうのやめてよ。」

 

 

王様は調子に乗って、ぼくをぎゅっと抱き竦め、軽く頬ずりまでしてくるから酔ってるのかと思ったら、素面のようだし面倒臭い。

 

 

 

「愚弟も余り、我に甘えることは無かったな。」

 

「キャスターは生まれて直ぐ…君に差し出された時点で色々スレちゃったみたいだよ。」

 

「天上神め、最初は我の元へ赤子など押し付けおって何の真似かと思ったが、終ぞ彼奴の思惑通りになならなかった。」

 

 

王様は愉快そうに笑う。元々、キャスターが王様に差し出されたのは訳ありらしいがぼくには神様の考えることなんて分からない。

 

 

 

「ところでリヒトよ、狗がお前の仕事先に来たようだな。」

 

 

王様の腕の中でうとうとしてた時、不意にランサーの話題が出た。そういえばランサー、王様にあれ渡してくれたのかな。

 

 

 

「差し詰め、お前にちょっかいでもかけに行ったのだろう?今回はお前からの献上品で手打ちにしたが、次は無いぞ。」

 

「献上って…お口に合った?」

 

「うむ。」

 

「…そっか。それは、よかった。」

 

 

多分、手土産無しだとランサーが王様に最悪殺され兼ねないから持たせて正解だった。もう眠い。

 

 

 

「今日はもう寝ろ。」

 

「…そうする。」

 

 

不意打ちで額に王様の形の良い唇が寄せられ、くすぐったい。ひどく眠気を誘われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

 

 

気が遠くなるような大昔のある日、とある場所の遥か遠く果てにある河口の川べりに女がいた。

 

 

女は手に、大きな籠を抱えている。中身は何だ?子供だ、まだ小さな、生まれて間もない赤ん坊は母の乳を飲み終えたばかりで満足気に眠る赤ん坊。

 

 

 

女は抱えていた籠を川の流れに乗せ、その手から離した。籠は赤ん坊を載せて、下流へとゆっくり流されていく。籠が流されて見えなくなる前に、女はひどく泣きながら早々にその場を離れた。

 

 

赤ん坊を載せた籠は暫く川を下り、とある川辺のふもとに流れ着く。

 

 

 

目が覚めた赤ん坊は既にいない母を求め、泣きじゃくっている。すると其処へ

 

 

「泣き声がすると思えば、まだほんの赤ん坊じゃあないですか。」

 

 

 

美しく愛らしい、高貴な出で立ちをした幼い子供が、流れ着いた籠の中の赤ん坊を覗き込む。子供は大勢の従者を伴い、水浴びに訪れていたらしい。

 

 

「王よ、恐らく上流から…誰かがその子を籠に入れ、流したのでしょう。どうしますか?」

 

「可哀想に、捨てられたんですね。運が悪ければ、川の流れに呑まれていたかも知れないのに。ひどい親だ。」

 

 

 

子供が泣きじゃくる赤ん坊にそっと手を伸ばす。子供が赤ん坊の小さな頭を優しく撫でてやれば

しばらく赤ん坊は泣きじゃくっていたが、次第に泣き声は小さくなる。

 

 

そしてまた、穏やかな寝息を立てて眠ってしまう。すると、子供はそばに居た従者に何かを耳打ちした。途端に、従者はひどく動揺する。

 

 

 

「…し、しかし王よ!」

 

「もう決めました。乳母の手配をお願いしますね。」

 

 

くすくすと笑いながら、子供は籠の中から赤ん坊をそっと抱き上げる。そして、眠る赤ん坊のまろやかな頬に頬ずりをして

 

 

 

「ふふっ、初めまして?ボクの名前はギルガメッシュ。君の名前はどうしましょうか。」

 

 

遠い遠い昔の夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝台の上でぴったりとくっついて寝る、金ピカと神父の息子を見た時ピシリと固まった。何でこいつがここに居るんだ。

 

 

私が朝のミサを執り行う間に、ギルガメッシュを起こして来いと神父が言うものだから渋々起こしに来たらこれだ。

 

 

 

金ピカの自室兼寝室は、朝っぱらから何とも淫靡な雰囲気に満たされていた。神父は息子を信仰心が欠如した不肖の息子だと言っていたが、この金ピカが堕落させたんじゃねぇの?

 

 

聖職者の息子を誑し込んで自分好みに仕上げるなんて背徳的なこと、本当に趣味が悪くて如何にも金ピカが好みそうだ。

 

 

 

「…ん、」

 

 

その時、神父の息子が身じろぎした。ゆっくりと、透明感のある瑠璃色の瞳が気怠げな光を映して開かれる。俺の姿を見、起きぬけで掠れて出たテノールの声が妙に色っぽい。

 

 

 

「らんさぁ?おはよ、」

 

「おぅ、朝っぱらから風紀が乱れまくってるじゃねぇか。」

 

「王様、いつも寝るときは裸だし…朝はいつもこんな感じだよ。ちょっとスキンシップの仕方が妙なだけで。」

 

 

嬢ちゃんの時のようにあからさまな否定はせず、神父の息子がゆっくりと身を起こす。神父の息子の白い肌には、キャスターの肌に刻まれた美しく青い刺青は無い。すると、神父の息子の起きる気配に、金ピカも目を覚ましたらしい。

 

 

 

「……王の寝室に無断で入るとは不敬であるぞ。」

 

 

金ピカが起きぬけで至極機嫌悪そうに、こちらを睨み付ける。

 

 

 

「直に食事の時間だからお前を起こせって、神父に言われたんだよ。」

 

「リヒト、我はお前がつくる朝食を所望する。一宿一飯の恩義をとくと果たせ。」

 

「え〝ー!……らんさぁ、今冷蔵庫の中って何がある?」

 

 

面倒臭そうに声をあげるものの、神父の息子は金ピカに甘いのか俺に現在の冷蔵庫の中身を聞いてくる。

 

 

 

「今日の朝食当番は君?」

 

「あぁ。」

 

「……じゃあ君がつくった王様の分、代わりにぼくに頂戴?王様の分はぼくがつくるよ。これで一宿一飯だ。」

 

 

とりあえず、今日は金ピカ用の食事がむなしく廃棄されることはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼくはキレイやお祖父様のようには絶対なれないから。あの堕落っぷりを見るからに、そう思うだろ?君も。」

 

「……だろうな。」

 

 

冷蔵庫の中を物色しながら、神父の息子は自嘲気味に笑う。神父は朝のミサ中で、まだ戻らない。

 

 

 

「特に、亡くなったお祖父様はお嘆きになってるだろうね。ぼくがキレイの跡を継いだとしても、生臭神父になる予感しかないから将来的に神父は考えてない。」

 

「その方が賢明だぜ。魔術師にでもなるか?」

 

 

生臭神父とは…自分で言うか?普通。しかしこいつの場合、多分聖職者よりも魔術師の方が遥かに適性がある。

 

 

 

「魔術師と言えば、魔術協会だけど…一応、コネが無い訳じゃないけど、あそこは未だに血統主義が主流だから面倒臭いんだよね。ぼくみたいな無名の魔術使いには生き辛いかも。」

 

 

コネあるのかよ。わりとしたたかな神父の息子の一面を意外に思う。魔術師ってやつは血統が命だと聞く。

 

 

 

「まぁ、なんとかなるよ。聖杯戦争が終わるまでぼくが生きていれば、の…話だけど。」

 

 

手慣れた手つきで割った卵の中身をボールの中に落としながら、神父の息子はしれっと物騒なことを言う。

 

 

 

「お前、ちょっとやそっとじゃあ死なねえぞ?その加護、相当強いしな。」

 

「キャスターの仕えてた太陽神が過保護過ぎるんだ。王様にも相当、甘かったって話だし。」

 

 

何故か神父の息子は迷惑気だ。偽キャスターからすれば、その太陽神とやらは仕える主神であり義理の父親ということになる。なんだかややこしいな。神父の息子は話を続けつつ、フライパンをガス台の上に置き、火をかける。

 

 

 

「本当の我が子でもないのに、自分を大事にしてくれたからその太陽神だけは嫌いになれないってキャスター言ってた。キャスター、神様大嫌いなんだ。」

 

 

何と無く、神父の息子が信仰心の薄い理由が分かった。にしてもあの偽キャスター、元は神官してたとか言ってなかったか?

 

 

 

「元神官だった癖に神様嫌いなのかよ?」

 

「キャスターの場合、気まぐれで身勝手な神様たちに対する長年の鬱憤が溜まりに溜まって溢れ出して反逆起こしたからね。神様たちもまさかキャスターが裏切るって思わなかったから、相当な痛手食らったみたい。」

 

 

あの偽キャスター、一体何やらかしてんだよ。そりゃあ神罰を食らう訳だ。

 

 

 

「……あいつ、神性高い癖に何でこっち側じゃないのかと思ったらそういうことかよ。」

 

「ガイア寄りかアラヤ寄りかって話?キャスターも反逆さえしなければ、そっち寄りになれたろうにね。」

 

 

こいつ、抑止力や英霊の種類に関しても何と無く分かってるらしい。あの偽キャスター、太陽神から血を分け与えられたとなれば神性もそれなりに高いだろうに“こっち寄り”の英霊ではなさそうだったから、妙だと思ったんだ。

 

 

 

「本来、アラヤ寄りの奴らは霊格が低い奴らがなるもんだ。」

 

「その方が使役し易いから?キャスターがアラヤは偶にしか仕事を回さないから座は暇過ぎるって。」

 

 

「……飼い殺しだな、そりゃあ。」

 

 

 

霊格の低い奴らならアラヤもこき使えるんだろうが、下手に霊格が高い英霊だと、やはり扱いに困るのだろう。

 

 

「ブラック上司も付き合いが長過ぎると、それなりに情が湧いちゃうから割と気にならなくなるってキャスター言ってた。」

 

「そういうの社畜って言うんだぞ。」

 

 

 

あの偽キャスターが今の俺が置かれた立場に似てるから、少し同情してしまう。あーあ…俺のマスターがあの糞神父じゃなくて、こいつだったらわりかしマシだったろうに。太陽神の加護を得ているし、相性も結構良さそうだ。

 

 

「なぁ、リヒト。いっそ、お前が俺のマスターにならないか?」

 

「は?何、急に…ちょ、火止めないでよ。」

 

 

 

ガスの火を止め、キッチン台の縁に手をかけてリヒトに顔を近づける。リヒトは動じる様子も無く、綺麗な瑠璃色の目を真っ直ぐこちらに向けてくる。

 

 

「それ、キレイから君を奪えって言ってるの?」

 

「そうさな、あいつよりお前の方が相性は絶対いい筈だ。お前には太陽神の加護がついてる。それに俺の二つ名知ってるか?光の御子だぜ。」

 

「そういえば、聖杯戦争が始まる少し前…監督役補佐かマスターか、どっちか選べってキレイに言われたんだ。マスターになるならそれなりにお前とも相性が良さそうなサーヴァントを別に用意してあるってキレイに言われた。そっか、君のことを言ってたのかキレイは。」

 

 

 

やっと納得が行ったという顔でリヒトは俺を見る。うわっ、本当に何でこいつマスターにならなかったんだよ。

 

 

「今からでも遅くないと思うんだがな、どうする?それに、お前の魔力の方があいつより美味そうだ。」

 

「ぼくのこと口説いてる?君も中々、悪食だなあ。なら、味見でもしてみればいいよ。」

 

 

 

そう言って、神父の息子は自分の指先を口元に持って行き、おもむろに口を開け犬歯で指先を噛み切った。そして、血が滲む形のよい指先を俺の口元に近付ける。ごくりと、喉が鳴った。

 

 

「いいよ、ランサー。」

 

 

 

俺は犬かよ、内心悪態をつきながらもその指先を迷い無く口に含んだ俺も相当堪え性が無い。やはり、太陽神の加護付きの魔力は実に上質で俺の霊器によく馴染んだ。

 

 

血液に含まれた魔力は、ほろほろと柔らかく溶けるように喉奥へと消えていく。足りないと含んだ指先をカプリと甘噛みすれば、神父の息子の頰が薄紅色に染まる。あ、これはやばいと思いかけた瞬間だ。

 

 

 

「…お前まで我が息子を誑かす気か?クーフーリン。さぞ私のより、息子の魔力は美味かったろうな。」

 

 

背後に、ぬらりと黒い影が差す。あ、やべ…振り返れば、薄っすら侮蔑の表情を浮かべた神父の顔がそこにあった。

 

 

 

「父さん、サーヴァントの躾くらいしっかりしてよ。」

 

「こいつは待てが効かなくてな。まったく、堪え性のない飼い犬だ。」

 

 

神父の息子は俺を見、さも呆れた様な物言いをするからその時初めて自分がハメられたことに気付いたがもう遅い。あれ全部、演技だったのかよテメェ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝のミサを終え、食卓へ向かうとランサーが息子を誑かしている最中だった。息子を誑かすのはギルガメッシュだけで充分だ。

 

 

あいつのお陰で、リヒトの信仰心はますます遠のく結果となった。

 

 

 

やたらと息子は人外的存在に好かれ易い。元々、あれの片割れが超常的存在に近い立ち位置にいた所為なのかは知らないが。

 

 

差し詰め、マスター権の移行をリヒトに持ちかけていたに違いない。一度はランサーのマスター権をリヒトに譲渡して、事を進めるのも悪くないかと考えたが、リヒトは結局監督役補佐の方を選んだからつまらない。

 

 

 

我が手の内で、望まぬ殺し合いに身を投じて苦しむ息子の姿を見るのも一興かと思ったが当てが外れた。

 

 

「何をしている?」

 

「見て分からない?王様の食事の準備。」

 

 

 

何食わぬ顔をして息子は手を洗い、朝食の準備を再開する。聖堂に姿が見えなかったから、とうに今の居住先へと戻ったとばかり思っていた。

 

 

出て行く前は、偏食気味なギルガメッシュの食事は大抵息子がつくっていた。息子が出て行って以来、ギルガメッシュは私の出す食事は出されれば黙って平らげるようになった。

 

 

 

ランサーのつくったものは文句を言って殆ど残してしまうため、いつも廃棄せざる得ないのだが。

 

 

聖堂に息子の姿が見えなかったのも、恐らくはギルガメッシュが帰って来た息子を自室に連れ込んだのだろう。

 

 

 

「父さん、味見て。」

 

「どれ。」

 

 

ギルガメッシュ用の食事をつくり終え、何気無く息子が私に味見を求めてくる。何ら代わり映えのしない、普通の父と息子のやり取りは実につまらないし滑稽だ。しかし、味の悪くない料理に罪は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、我に何か隠し立てをしてないか?」

 

「……何の話?」

 

 

キレイが病院訪問に出かけるらしく、王様の自室で準備をしていると妙に機嫌の悪そうな王様がぼくに突っかかって来た。

 

 

 

「愚弟のことだ。生前、女の趣味はとことん我と合わなかったが、まさか男の趣味まで最悪とはな。」

 

 

キャスター、王様にものの一日でバレたよ?アーチャーのこと。キャスターもバレるのを承知で、ぼくに黙っとけって言ったのか。

 

 

 

「王様に知れたら面倒だから、黙っとけってキャスターが。」

 

「愚弟め、あの様な者に執着して酔狂にも程があるぞ。」

 

「王様、会ったことあるっけ?」

 

「凡夫から英霊へと成り上がったことには及第点を与えるが、後は全て気に食わぬ。会わぬとも分かりきったことではないか。」

 

 

準備をしていたぼくを無理やりソファーに座らせ、王様も隣にどっかりと腰を下ろす。結局、全部気に食わないんじゃないか。

 

 

けれど凡夫から英霊に成り上がったってことは、生前のアーチャーって極々普通の一般人だったってこと?それは確かにすごいけど。

 

 

 

「……王様、生前のキャスターに恋人っていなかったの?」

 

「彼奴に情人だと?フハハハハ!!色恋のいの字も知らぬ様な堅物で、神々に求められた通りの聖人君子ぶりを演じていた男であったからな。彼奴に取り入ろうと、近付いてきた良からぬ女は我が片っ端から食い尽くしてやったさ。」

 

 

最後の辺り、とんでもないことを聞いてしまったかもしれない。王様はさもあり得ないと言いたげに、高らかに笑った。とりあえず生前のキャスターはやっぱり絵に描いたような聖人君子ぶりで、恋人はいなかったようだ。

 

 

 

「何故その様なことを聞く?」

 

「いや、王様の話聞いてるとますますキャスターのキャラが分からなくなったと言うか…」

 

「ふん…まぁよい。精々、短い蜜月を享受すればいいさ。」

 

 

でもやっぱり王様は、面白く無さそうだ。聖杯戦争が終わればアーチャーは座に帰るだろうし、キャスターはどうするつもりなんだろう。

 

 

 

「好きとか愛してるって感情は、ぼくにはまだちょっと分からないなぁ。」

 

「何処の誰とも知れぬ女に、お前が愛を囁く様など想像するだけで今にもその相手を八つ裂きにしたくなる。その様な感情、お前はまだ知らなくてよい。」

 

 

 

王様はぼくの肩口に頭をグリグリと押し付けてきて、物騒過ぎる言葉を吐く。この人の愛情は少々…いや、かなり過激過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう言う風の吹き回しだ?お前が私の職務に同行するなどと。学校はどうした。」

 

 

とある病院の廊下内を、私と共に司祭服姿の息子が

肩を並べて歩く姿はなんとも奇妙な光景だ。

 

 

 

「気が変わった。今日一日、貴方の言う主への献身と奉仕ってやつに費やすことにしたよ。午前中に学校には欠席連絡入れといたし。一日くらい休んでも平気だよ。」

 

 

これは私に対する息子の“嫌がらせ”だと理解した。

 

 

 

病院訪問に出かける前、ランサーに中庭の草むしりと花への水やりを頼んだら、作業着用のツナギを着て息子もそれを手伝っていたのはそういう訳か。そして、職務の一環で私が病院訪問へと向かおうしたら、いつの間にか支度を済ませた息子が仕事用の車の前で待っていたのだ。

 

 

「一日と言わず、これからずっとその心掛けを貫いたらどうだ?」

 

「やだよ。」

 

「ふん、敬虔な信徒の皮を被った不心得者め。」

 

 

 

気まぐれに拾い、適当に名前をくれてやった幼子は私の望まぬ成長を遂げた。何処までも私の思い通りにはならず、いずれは育てた恩すら忘れて私に牙を剥くかもしれない。まったく、何処で育て方を間違えたのか。

 

 

「おや、言峰神父ではありませんか。今日は息子さんもご一緒ですか?」

 

 

 

途中、廊下で病院の院長と出くわした。普段は軽い挨拶程度で終わるのだが、今日は息子も居たからなのか院長は足を止める。

 

 

「こんにちは、院長先生。今日は父と一緒に参りました。」

 

 

 

無駄に外面だけはいい息子は人好きのする笑顔を院長に向け、挨拶をする

からなんともおぞましさすら覚える。

 

 

時折、教会で執り行う冠婚葬祭の手伝いとしてバイト代をダシに息子を駆り出すのだが、そちらでも息子は無駄な外面の良さを全面的に押し出しすものだから信徒からの息子の評価は悪いものではない。なんとも不本意だ。

 

 

 

こいつには決定的に、信仰心が欠けているのだ。後は申し分無いというのに、天に召された父はさぞお嘆きになっていることだろう。

 

 

「今日はどうしても私の職務に同行したいと息子が無理を言いまして…学業を怠るなと叱ったのですが。」

 

「おやおや、そうでしたか。しかし、若い内からお父様の仕事の手伝いをするとは立派な息子さんではないですか。言峰神父もさぞ鼻が高いでしょう。」

 

「院長先生、ぼくも父を深く尊敬しています。こうして欠かさず、こちらの病院に入院されてる信徒の方への定期訪問も行なっている真摯な姿はぼくの手本です。」

 

 

 

こいつは…思ってもいない言葉をつらつらと人前で口にしてからに忌々しい。したくもないが、息子の頭に手を置き、院長には心にも無い言葉を私まで言う羽目になる。

 

 

「愚息ではありますが、本当に将来が楽しみですよ。」

 

 

 

院長と別れた後、息子が白けた視線を私に向けたままぼそりと口にした言葉と、私の不意に漏れ出た言葉が重なった。

 

 

「「よくも心にも無い言葉を」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルガメッシュから聞いたぞ。お前が今は衛宮切嗣の邸宅だった屋敷に居座ってると。」

 

 

病院訪問も終わり、キレイは仕事用の車に乗り込み今更そんな事を言う。姉さんから聞いてないの?とぼくは聞き返す。

 

 

 

「凛め、お前を匿っていることを黙認してやったらこれだ…」

 

 

ぼくが教会を出た後、キレイは幾らでもぼくを連れ戻すことが出来たのに結局それをしなかった。そもそも、関心が無いのだと思っていたのだけれど。黙認していたとはまた白々しい。

 

 

 

「あそこに居た方が被害予測の規模も予想が立てられて、効率がいいんだ。マスターが二人もいるからね。」

 

 

苦しい言い訳だと思うが、意外と事実だ。姉さんとシロが居るから、戦いの場が何処でどの程度の被害予測があるか見込みがつくし、此方も最小限の被害で抑えきれるように先んじての対策を立てやすい。

 

 

 

「お前は監督役補佐よりも、マスターとしての方が適正もあると言うのに。お前は敢えて、マスターよりも補佐役を選んだ。」

 

「ぼくがマスターになればよかったって?そもそも、監督役の息子がマスターだなんて不公平だよ。あなたという前例はあったけど。」

 

 

ぼくを助手席に乗せ、キレイは車のエンジンをかける。ぼくはキレイみたいに器用に立ち回れるとは思えない。

 

 

 

「私と同じ轍は踏みたくないと?」

 

「キャスターもぼくも聖杯なんていらない。聖杯にかけるような、願いもぼくらには無いから。」

 

 

昔、王様の召喚に引きずられてキャスターが不本意な事故で喚び出された際、聖杯は最初、彼をキャスタークラスとして喚んだサーヴァントの頭数に入れようとした。

 

 

 

けれどぼくがそれを拒み、キャスターも願いなど無いと一蹴して、彼ははぐれサーヴァントとなり、聖杯に喚び出されたサーヴァントからあぶれてしまったのだ。

 

 

「お前の片割れは知らないが、お前は人の子だ。叶えたい願いの一つや二つあるだろう?間桐へ養子に出された間桐桜を解放することだって出来るし、片割れの呪いとて解けるやもしれない。」

 

 

 

キレイがぼくに問いかける声は実に愉しそうだ。キャスターの呪いは解くにしても、人工物の聖杯では不可能だ。でも、桜のことなら出来なくはないだろう。けれど…

 

 

「それ、誰かを殺したり陥れてまで叶える願いじゃないよ。だったら、自分で方法を考える。キャスターの呪いに関しては、人工物の聖杯で解ける程度はたかが知れてるし。」

 

「………つまらん奴め。」

 

 

 

キレイが舌打ちするのが微かに聞こえた。ぼくはどうせ、つまらない息子だよ。桜だって、誰かの犠牲の上で自分が間桐から解放されたなんて聞いたら、絶対悲しむ。キャスターは…ぼくはただの人間だから、彼の呪いは解いてやれない。

 

 

「残念だったね、父さん。ぼくはあなたの望む聖杯戦争の演出には役不足だよ。」

 

「……新都の駅前までは送ってやる。」

 

「え?でも、まだ仕事残ってるんじゃ…「お前の嫌がらせはもう結構だ。」

 

 

 

そう言われてしまっては仕方無い。ぼくのキレイに対する嫌がらせは午前中で終了してしまった。

 




仲が悪い訳じゃなくて、ただ反りが合わないだけ。そんな感じ。教会組好きだよ。私が最初に見たfate関連の動画がそもそもゼロの愉悦組関連だったからどうしようもない。

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