双つのラピス   作:ホタテの貝柱

10 / 55
第七話 親子のかたち

「大丈夫よ、リヒトも一緒だから。」

 

「なんでさ!?」

 

 

昨日の今日で一緒に住むことにしたと突然、大きな荷物を持ってきた遠坂がリヒトも一緒だとニッコリ笑う。

 

 

 

学校のアイドルと一つ屋根の下なんて、やっぱり制約が付いてくるに決まって…あ、リヒトは制約ではないけど。って、あいつも一緒なのか!?

 

 

「リヒトの都合も考えず、勝手に決めるなよ!あとあいつ、監督役の補佐してるんだろ!?中立の立場がそんな…」

 

 

 

「それに関しては保護者から了承取り付け済みだから。あいつ、訳あって帰る家が無いのよ。実家は追い出されちゃったもんだし…一人で遠坂邸に置いてくのも気が引けるから連れてきちゃった。」

 

 

見れば、玄関先で相当申し訳無さそうな顔をしたリヒトが少ない荷物を抱え、ぽつんと立っていた。

 

 

 

「シロ、姉さんがごめん…ほんといつも勝手に色々決めてきちゃうから。」

 

「お前が謝ることないだろ?え、でも…ってことは、お前ら今まで一緒に暮らしてたのか!?」

 

 

此処に来て、トンデモナイ事実が発覚した。遠坂とリヒトが二人暮らしをしてたという、余り知りたくない事実を。

 

 

 

「私とリヒトが一緒に暮らしてたって話…学校のみんなには内緒だからね。言ったらどうなるか分かってるわよね?士郎。」

 

 

神に誓って言いません。俺はまだ、親父の傍には行きたくない。あと遠坂、いつの間にか俺のこと下の名前で呼んでる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、お前は部屋どうするんだ?」

 

 

遠坂が張り切って他人の家の客間を改装中、リヒトは借りて来た猫の如くうちの居間の隅っこに座り込んでいた。お前は部屋どうする?と聞けば、珍しくリヒトは戸惑っている。

 

 

 

「リヒトは昔、泊まったときに使ってた客間をそのまま使っていいし。」

 

「…いいの?なんかぼく、無理やり姉さんに連れて来られた感じなんだけど。」

 

 

 

聞けば、リヒトは家賃三万という破格の下宿費で遠坂の家に今まで居候していたらしい。

 

 

「お前、実家を追い出されたって遠坂から聞いたけど…あの神父と何があったんだよ?」

 

「追い出されたって言うか、ぼくが進んで家出したんだ。まあ色々とね。」

 

 

 

リヒトが言葉を濁す。自分から家を出た?リヒトがそんな素行不良な奴だとは思えない。学校でだって、こいつは優等生そのものだ。

 

 

「学校でのコトミネリヒトは学校での姉さんと同じ、猫被りだよ。まぁ、姉さんほど何重にも猫被ってる訳じゃないけど。」

 

 

 

俺は今まで、リヒトの何を見てたんだろう。昔馴染みだったこともすっかり忘れて、完全に遠い存在だと眺めてばかりだった。まるで、今のリヒトの発言は俺の感想を見透かされたような感じだ。

 

 

「なんか…お前も苦労してるんだな。」

 

「シロほど波乱万丈じゃないけどね。」

 

リヒトも俺の半生をそれなりに知ってる。俺が元孤児だってことと、親父に拾われたことも。

 

 

 

「リヒト、部屋は決めたのですか?」

 

「あ、セイバー。シロが昔、ぼくが泊まりで使ってた部屋をそのまま使っていいってさ。」

 

 

あと、これも素朴な疑問なんだけれどセイバーとリヒトは明らかに初対面じゃない。居間にやってきたセイバーがリヒトに気兼ねなく、部屋は決まったのかと話しかける。

 

 

 

リヒトと話す時のセイバーの表情はいつもより柔らかいし、リヒトもセイバーにはよく話す。

 

 

「なぁ、セイバーとリヒトって知り合いなのか?初対面じゃあなさそうだし。」

 

 

 

これはヤキモチでも何でもないぞ、俺を差し置いて二人がちょっと仲良さげに話してるなーとか思ってないんだからな。

 

 

「セイバーはぼくの命の恩人だから。」

 

「命の…恩人?」

 

やっぱり、俺はリヒトのことをまるで知らない。

 

 

 

「シロウ、あまりこの話は…リヒトには酷な話です。何れ機会があれば、私から話します。」

 

「いや、もう大丈夫だよ?セイバー。流石に…「駄目です。」

 

 

リヒトはもう大丈夫だと言いかけたが、セイバーに駄目だと押し切られた。リヒト相手だとセイバーはなんだか過保護だ。でも、本人にとって酷な話なら俺も聞かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどく不機嫌そうだな。」

 

 

屋敷の外、屋根の上で見張り中に来るかと思えば、やはり来た。不機嫌な私とは違って、先輩はとても楽しそうだ。

 

 

 

「イナンナの娘、他のマスターと協力関係になるのは勝手だがあまり半身を巻き込まないで貰いたいものだ。」

 

「それは心からの言葉か?」

 

「あぁ、そうともさ。」

 

 

どうにもそうは聞こえない。凛は突然、セイバーのマスターと協力関係になったから遠坂邸をしばらく離れると言い出した。リヒトまで無理やり連れ出し、此処に転がり込んだのだ。

 

 

 

「しかし、新しい居候先がまさか此処とはなぁ…あの傭兵、今ごろ彼岸の向こう岸でほくそ笑んでいるやもしれない。」

 

 

先輩にはこの場所は何か、所以があるらしく思うところがあるようだ。傭兵とは誰のことだろうか。

 

 

 

「君たち、此処に以前来たことがあるのか?」

 

「昔、半身の顔馴染みが居てな。元傭兵の魔術師だった。以前の聖杯戦争で不本意ながら、半身がそいつに命を救われて…それ以来、半身が傭兵にすっかり懐いてしまったからな。それから養父に内緒で、たまに来ていたんだ。」

 

 

あなたと言うものがありながらリヒトは命の危険に晒されたのか?そう聞けば、先輩は珍しく苦々しい顔をした。

 

 

 

「あの子の祖父が…あの子の目の前で殺された話は君にしたか?その時さ。殺したのは当時の聖杯戦争に参加していた魔術師だった。本官の気配を察したのか、下手に動くとお前も殺すと幼いあの子を脅して拐かしたのさ。運悪くその日、あの子が教会にいたばかりに起きてしまった。」

 

 

聖杯戦争に参加していたマスターが監督役を殺した?しかし元々、監督役を殺してはならないなどのルールは無かったはずだからありえない話ではない。

 

 

 

「その魔術師を殺したのが傭兵だ。またしてもあの子の目の前で惨たらしく殺してくれたよ。あの子の情操教育に著しく支障を来すから、本官はお手柔らかにして欲しかったんだがね。」

 

 

そうは言いながらも、先輩は如何にも清々したという顔で口元には笑みすら浮かんでいたのは本人も無意識なのか。

 

 

 

「…先輩、顔が笑ってるぞ。」

 

「おっと失礼。それであの子は養父の元に無事、帰された訳なんだが…養父は開口一番に何とあの子に言ったと思う?」

 

 

ここで、先輩が妙な問い掛けをする。親ならば、いなくなった子供が生きていれば普通ならこう言うのではないのか?

 

 

 

「生きてて良かったじゃないのか?」

 

「そんな親として当たり前なこと、あの養父が言う訳ないだろう?あの神父はこう言った。」

 

 

一句違わず、先輩は当時リヒトが養父相手に言われたことを私相手にに復唱する。

 

 

 

「生きていたのか、悪運の強い奴め。はぐれサーヴァントを飼い慣らせるだけの魔力は余らせてるお前のことだ。父を殺した魔術師のサーヴァントのていのいい魔力供給源にされたとばかり思っていたぞとな。神父、言峰綺礼はそういう男だ。」

 

 

小さい子供に対し、親が言うべき言葉ではない。感じたのは言い知れぬ怒りであった。

 

 

 

「普通の子供なら親にそんなことを言われれば人間不信になるだろうが、そもそもあの子は最初からあれに親としての期待をしていないからな。」

 

 

結論から言うと、リヒトと神父の親子関係はどうにも歪んでる。

 

 

 

「アーチャー、親子のかたちは色々あるのだよ。君にも親はいただろう?」

 

「もう殆ど忘れてしまった…」

 

「そうか。まぁ、君を見るからに親から充分な愛情は注がれていたようだな。あの神父も愛情が無い訳では無いんだろうが、もう手遅れだ。」

 

 

 

先輩が匙を投げるレベルなら、あの神父とリヒトの関係はもう修復不可能なところまで溝が広がってしまっているのか。

 

 

「話が横道に逸れてしまったな。ところでアーチャー、一杯どうだね?」

 

 

 

見れば、いつの間にか先輩の手にはビール缶とグラスが二つ。この男は他人の家で何をしてるんだ!?

 

 

「立派な窃盗だぞ!?今すぐ、そのビール缶とグラスを元の場所に戻して来い!」

 

「もう開けてしまった。」

 

 

 

プルタブの子気味良い音が聞こえてしまい、頭を抱える。仕方なく、先輩からグラスを一つ受け取った。

 

 

「冷蔵庫の中に何本かストックされていたのを一つ失敬してきた。飲まなきゃ君もやってられないだろう。」

 

「家主にばれたらどうするんだ?」

 

「一本くらい大丈夫さ。」

 

 

 

凛からは夜の見張りを頼まれていたのだが…まぁビール缶半分くらいなら大丈夫か。先輩もいるし、何かあれば真っ先にこの人が気がつく。

 

 

「酌をしよう。」

 

「あぁ…」

 

トクトクトク…グラスの中にビールが注がれる。先輩と私で半分ずつ注いで分け合う。

 

 

「プハーッ!久々の麦酒は美味いなぁ。本官としては瓶の方が好きなのだが、贅沢は言えないからな。」

 

 

 

鼻の下に白い泡を付け、いつにも増してテンションの高い先輩はどうやらビールがお好みらしい。私も飲めなくは無いが、酒はそんなに自分からは飲まない。

 

 

「あなたが酒を嗜むのは意外だな。」

 

 

 

「ん?本官の時代には既に、麦酒も葡萄酒もあったぞ。本官の場合は祝い事の席でしかこっそり飲めなかったからなぁ。今の時代が羨ましい。」

 

 

彼の場合、いつも好きな時に酒が飲めるわけでは無かったらしい。今の時代が羨ましいと言う先輩の姿が意外だった。

 

 

 

「存外、あなたも人間くさいところがあって安心した。」

 

 

自然と、笑みがこぼれた。誰かと飲む酒は久々で、まんざら悪く無い。

 

 

 

「アーチャー、貴殿は不機嫌な顔よりも笑った顔の方がいいぞ。初めて本官の前で笑ってくれたな。」

 

「なっ…私は笑ってなど、」

 

「あまりかわいい顔をするな、虐めたくなる。」

 

「ビール缶半分で酔いが回ったのかね?」

 

「酔ってはいないさ。まだ飲める。だが、今日は半分で我慢だな。」

 

 

先輩は珍しく上機嫌で笑いながら、グラスに残っていたビールを飲み干した。

 

 

 

「君は飲み過ぎると手に負えなくなる。我慢して正解だ。」

 

「アーチャー、よく知ってるな。本官が飲み過ぎると手に負えなくなると。」

 

「あ、いや…リヒトに聞いた。」

 

 

生前、彼によく似た誰かと酒を飲み交わしたら大体最終的には私が介抱する羽目になったような気がして、ついその誰かに言うかのような口調になってしまい、慌てて誤魔化した。彼は一瞬目を丸くしたが、直ぐにクスリと笑う。

 

 

 

「…そうか、半身に聞いたか。しかし、人前で酒を飲み過ぎるなと兄上にもしつこく窘められていたからな。君の前ではこれ以上飲まないさ。」

 

 

今、私の前ではと言わなかったか?まだ飲むつもりか。先輩の義理の兄というのも、中々世話焼きなのかもしれない。

 

 

 

「アーチャー、本官は出かけてくる。朝には戻るよ。」

 

「まさか…何処かで飲み直してくる気じゃあ「留守を頼んだぞ。」

 

 

この人は…!私の前では飲まないとはそういう意味か!!慌てて止めようとしたら、その時には先輩の姿は既に無かった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。