武内pが訳あってアイドルデビュー   作:Fabulous

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年越えちゃいましたね。

いろいろあったんですよ! 
俺は悪くねぇっ!
俺は悪くねぇっ!

はい、と言うことで次話にパッションが出ます。


変わる日常

「律子さん、これどうしますか?」

「うーん……微妙ですよねー」

 

 765プロ社内で秋月律子と音無小鳥は頭を悩ませていた。原因は、今から5分後毎日同じ時間にきっかり出社してくるアイドルのことであった。

 

「律子。小鳥と一緒に何悩んでるのよ」

「あぁ伊織、実はね……」

 

 既に事務所に来ていた伊織に律子は簡単に問題を話した。

 

「何よそれ。そんなの本人に直接聞けば良いじゃない!」

「まぁそうだけど……」

「そろそろ武内さんが来る頃ですが……あっ!」

 

 突如765プロの窓から道路を見ていた音無が声をあげた。

 

「どうしたのよ小鳥、そんな大きな声だして」

「出待ちがいるんですよ!」

「いつものことじゃない。今更驚くことぉ?」

 

「伊織ちゃんたちの出待ちじゃなくて! 武内さんのよ!」

 

「「あ……」」

 

 律子と伊織が顔を見合わせると、出待ちのファンたちが大きくどよめいた。

 

「きゃーっ! 武内さんが来たわよ~!」

「本当に!? どこどこ!」

「サインお願いしまーす!」

「キャー武ちゃーん!」

「武内さーん!」

「武内くーん」

 

 

 いつも通りの時間に出社してきた武内は、ばか正直に正面入り口に現れ当然のようにファンたちに捕捉された。

 

 武内はファンたちが自分を目当てにしているとは最初は気づかなかったが目の前に彼女らが押し寄せ黄色い声援を浴びてようやく事の重大さに気づいたようだった。

 

「それにしてもアイツ、女の子に結構人気あるじゃない」

「765プロにはいなかったタイプのアイドルですからね♪ 真ちゃんとの絡みも期待してますぴよ

「タイプと言うか……あ、男性のファンもいるよ……う……ね……?」

 

 律子が指差した方向にはアメリカンバイカーの集団のような厳つい人相と服装の男たちが隊列を成して一斉に武内に向けて野太い声援をかけていた。

 

「おうおう! オメーら武内さんや会社に迷惑かけるなよ!」

「押忍! 了解です(ヘッド)!」

「スゲェ! モノホンの武内さんだぜ!?」

「本当だ! リアル武内だ! 彼女に自慢できるぜ!」

 

 彼らの中の一人が漏らした言葉をリーダーは聞き逃さなかった。

 

「バカ野郎! 武内さんを呼び捨てにしてんじゃねぇ!」

「グハァ!? スンマセンッ(ヘッド)! 武内さん!」

 

 リーダーの鉄拳制裁で己の違法スレスレの単車ごと吹き飛ばされた手下は、大きく腫れた頬も気にせずリーダーと武内に謝罪の土下座をした。

 

 そのやり取りを見て律子たちが若干引いてる中で、武内は彼らに近寄り土下座をしている男の傷を心配して声をかけた。

 

「うおおお! 武内さんがこんな近くに!?」

「ヒェェ……やべぇよやべぇよ~」

「不義理働いちまった俺を気づかってくれるなんて……ッ。 惚れました! 今日さっそく彼女と別れます!  

 

「せーの……」

 

「「「渋いぜ~~! 武内さーん!」」」

 

 

 

 

「……たしかに男性ファンは個性的ね」

「これまでの765プロにはいなかった新たなファン層の獲得だって社長が喜んでいました」

「新たって言うか……」

 

「そ・れ・で! 肝心の武内はどうしてるのよ! ファンにデレデレしてるんじゃないの!?」

 

「さっきまで765プロの前の道路で見慣れたスーツ姿の武内さんがファン対応をしてるのが見えたけど……あ、ダメだ。完全に出待ちのファンに飲み込まれて消えたわ」

「それもう出待ちじゃないですよね……私、助けに行ってきます」

「私も手伝いますよ。彼にファン対応のこと教えてなかったのは私の責任ですし」

 

 律子と小鳥はファンの海に沈んだ武内を救出するために外へと出ていった。

 伊織は窓辺からその様を見ながら小さく悪態をついた。

 

「なによっ……こんなので調子に乗っちゃって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お二人とも助かりました。ありがとうございます」

 

 

 救出された武内の姿は凄惨だった。

 

 彼のトレードマークのスーツは全身ヨレヨレで所々破けていたりボタンが引きちぎられていたりと、さながら追い剥ぎの被害者のようだったが、バイカー集団から親愛の印で受け取ったであろうサングラスや革ジャンも手にしていた。

 

「あんた、何か盗まれたりしなかったの?」

「鞄は無事でしたので大丈夫です。貴重品は全てそこにしまっていますので。ただスーツのボタンとネクタイはいつの間にか無くなっていましたが……」

 

「随分なファンだこと!」

 

 伊織の怒りを含んだ皮肉に武内は首に手を回して困り顔をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「動画……ですか」

 

 ボロボロになったスーツを着替えた後に、私は律子さんに言われて事務所のパソコン画面に表示されている自分のライブ映像を眺めていた。そこには先日の降郷村での私のライブ映像が有名な動画配信サイトに載っていた。

 

「765プロの公式チャンネル動画では無いですよね?」

「そうなんですよ。多分降郷村の人がアップしたと思うんですけど……」

 

 音無さんと律子さんが困っていた理由は私もよく分かることだった。

 

 ライブと言うのは基本的には撮影禁止が殆どだ。理由としてはライブの希少性を保つためやネットの流出による安易なネガティブキャンペーン防止や海賊版販売を防ぐ等がある。

 写真や動画が簡単に撮影出来てしまうと今の時代、一瞬で世界中に情報が拡散していくことはアイドルにとって利点でもあればリスクも多分に含まれている。デジタル化された動画がインターネット上で誰でも手軽にでライブを見れてしまうとチケットの売り上げに深刻な影響を与えかねない。

 更にライブの後、公式は資金回収のためにライブの映像を収めたDVDや写真集を販売するのが通例だ。その販売前に個人が無断で海賊版を無許可で売り捌く行為もプロダクションの利益を損なってしまう。

 おまけに情報社会が発達したせいでアイドルに対する賛否も猛烈な勢いで流動している中で、易々とそう言った映像が出回ってしまうと、そのアイドルをよく思わない人達にすれば格好の批判材料に悪用される恐れすらあり多くのプロダクションではライブでの撮影には慎重な姿勢を示している。

 最近はアーティストが個別で写真撮影を解禁することもあるが今挙げたマイナス要因が必ず発生してしまい現在の日本においてはそれが正解と言い難い現状がある。今回の件も小さなイベントとは言え動画と言うのもかなりグレーな範囲だ。

 

「降郷村でのライブは撮影OKだったのでしょうか?」

 

 私の質問に律子さんと音無さんが困り顔で口を開いた。

 

「実はその辺曖昧なんですよね。最初に降郷村でライブをした時はまだ765プロも弱小だったので少しでも知名度が上がれば良いと思って撮影は黙認してたので今さら禁止とも言いづらくて……」

「ドームライブとかはしっかり対応してたんですけどお祭りですからね。少しくらいは多目に見てたんですよ」

 

「……ならプロダクションとしてここはしっかりと対応すべきではないでしょうか。あまりグレーな対応を続けると収集がつかなくなってしまう恐れもあります」

 

「……それが……その~」

「あんた……再生数の所よく見てみなさいよ」

「再生数ですか?」

 

 伊織さんの指摘通りに動画欄右下の再生数を数える。

 

(一、十、百、千、万……じゅ……十万……百万……)

 

「ひゃ、100万……!?」

 

「気づきました? 降郷村のライブからまだ一週間も経ってないのに既に100万再生突破。とんでもない再生数なんですよ。武内さんのライブ」

「まさか……こんな……」

 

 346時代、

 私はマーケティング等にも気を使いアイドルの知名度上昇を目指し徹底的にどうすれば売れるのかを研究した経験上、この再生数がどれだけの事なのかは理解している。100万再生となればその影響力は強大だ。単純に考えて100万人が私を知ったと言うことだが恐らく既に複数の転載がされ拡散してしまったはずだ。実際の数字はもっと上だろう。そうなるとこの動画サイトだけではなくTwitterやInstagram等の通信アプリでも引用されるはず。この事を取り上げるメディアも現れるかもしれない。     

 

 私は目眩がした。

 

(分相応ではない。……だがプロデュース視点で見ればこれはまたとない千載一遇のチャンスであることも事実だ)

 

「……そうですね、見る限り好意的な評価が大半ですので……今回に関してはこのままでよいのではないでしょうか」

「そうですか? そう言っていただけるとこちらも武内さんの宣伝になりますからね。これだけ再生数が跳ね上がると削除依頼も出しづらいんですよね」

「と言うよりも765プロで早急に公式動画をアップロードした方が良いと思います」

「なるほど! 武内さんの言う通りですね、早速作業に取り掛かります!」

 

 音無さんはすぐさまパソコンを立ち上げ動画編集ソフトを開きキーボードを叩いた。

 

「あんた、これから大変よ」

「? どういうことでしょうか伊織さん」

 

 伊織さんはため息を吐き愚か者を見るような目で私を見た。

 

「あんたほんとに346のプロデューサーだったの? 自分のことに関してはてんでダメね。ま、そのうちすぐ気づくわよ」

 

「はぁ……そうですか」

 

 

 

 それから数日後に、私は伊織さんの言っていた意味を理解することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある夜、765プロから自宅のマンションに帰宅するとメールボックスに見慣れない封書がちらほらとあった。初めは近所の商業店の宣伝紙かと思ってすぐゴミ箱に入れようと手に取るが、妙な違和感を感じた。それらは紋切り型の無機質な封筒ではなくそれぞれが送り主の人間性を物語る物だった。これに私は見覚えがあった。

 

 ──ファンレター。

 

 346時代、全国各地のファンから所属アイドルやタレントに対して贈られるプレゼントやファンレターの整理を入社当時はよく雑用として担当していた。

 雑用といっても責任は重大だ。贈られた物の中には悪質なファンからの中傷文や酷い物では剃刀入りの封筒や脅迫めいた手紙も届く。

 このご時世、全ての人からアイドルが好かれることは残念ながら不可能でありどんな人気アイドルにも一定数の批判は存在していた。トップアイドルたちはそういった批判と上手く付き合っていくことも求められるが、まだデビュー間もないアイドルたちはたった一言の中傷や暴言でメンタル面に大きなダメージを受けてしまう場合がある。

 事務所としてはそう言ったリスクを回避するためにアイドルの目に触れる前にあらかじめ危険な物とそうでないものとを分別をしておく必要があるのだ。

 

 もちろん大半の贈り物は純粋にアイドルを応援するための物だがある時は手作りケーキやチョコレート等の食品が贈られてきた時もあり、安全の観点から泣く泣く処分することもあった。

 

「これは……間違いでしょうか? しかし宛先は間違いなく此処だ」

 

 そして今、私の手にあるそれらは所謂ファンレターと言う物だった。

 手紙は全部で3通あった。

 

 自室に入り机に向かうと先ずは一通目の可愛らしいデコレーションシールが貼られた封筒をペーパーナイフで開ける。

 

(……うっ!? な、長い……尋常ではない枚数と文字数だ。軽く見ても10枚以上ある……)

 

 その封筒は開ける前から他二通とは圧倒的に厚みが違っていたので覚悟はしていたが、手紙には私に対する送り主の非常に()()()な評価と激励が酷くエキセントリックかつ長大な文章で果てしなく綴られており、読んでいく内にだんだんと頭が痛くなったが要約すると恐らくこうだ。

 

 

「さっすが私の武内きゅん★ 世間のみんなもようやく武内きゅんの良さに気づいたってカンジかな~! ファン1号としてとっても嬉しいよ~~♪ 

 でもでも! 私が武内きゅんの1番のファンなのは変わらないからねー。二人は相思相愛だもんね~! これからも、応援してるよ! 

武内きゅんの1番のファンより♥️」

 

 

 少女的なポップ字体でびっしりと埋め尽くされた計17枚の手書きのB4便箋を、若干の恐ろしさも感じながらその熱意を十分に私の心に深く刻み、机の引き出しの奥の奥にしまいこんだ。

 

 

 二通目は差出人の記載があった。送り主はなんと千川さんからだ。

 

 

「プロデューサーさん……いけない、今はアイドルでしたね。まずは始めに謝っておきます。武内さんの住所、会社に残ってた貴方の書類を見て勝手に手紙を送りました。電話にしなかったのは落ち着いて自分の言葉を言える自信が無かったからです。

 恥ずかしいかもしれませんが武内さんのライブは社内でも評判です。勿論良い意味です。武内さんと同僚だった彼や今西部長もとても喜んでいましたよ。

 私も、あのライブはとてもいいものだったと感じています。変な言い方ですが、武内さんの笑顔を見て、少し悔しいなと感じました。武内さんのあんな笑顔、しばらく見ていませんでしたから。

 あのライブで、武内さんの今の居場所は346ではなく、765プロなんだなと、はっきり思いしらされた気分になりました。

 誤解しないでくださいね? 私は、武内さんの幸せを願っています。

 だから、また武内さんの歌を聴かせてください。

千川 ちひろ」

 

 

(私のライブが346の皆さんに……いや、既にあれだけの再生数だ。それも当然か)

 

 千川さんの言う通りあの降郷村ライブの映像や吉澤記者の記事によって私の存在は少なからずアイドル業界や世間で認知された。若干の気恥ずかしさもたしかにあるが。

 

 それにしても千川さんからこのような手紙を頂くとは思ってもいなかった。千川さんは346時代から大変お世話になった事務員だ。新人だった私に会社や男の私に異性のアイドルの気持ちをアドバイスもしてくれた頼れるお人で、退職を決意した時も今西部長と同じく随分と慰留してくださってくれた。

 

 346プロの皆さんからの激励と思って、私はアイドルとは何なのかを探求する更なる決意を固めた。

 

 

「最後のファンレターだ」

 

 三通目の差出人は一通目と同じで記載がない。

 

 

「ネットで、ですがライブを見ました。貴方がとてもキラキラ輝いている姿が、画面越しからでも十分に伝わってきました。不思議ですね。私がいつも見ていた貴方とはまるで違っていました。でも、そこにいる貴方は、ステージに立つ貴方は、アイドルなのだと悔しいですが納得しました。

 貴方と初めて出逢った時からずいぶん日が経ちましたが、今でも私は感じるのです。

 貴方を見た瞬間、私ははっとするようにハートが高鳴るのです。そのひた向きさに心惹かれるのです。

 

 ですが駄目ですね。

 私は卑しい人間です。

 本来なら喜ばしいことですが、貴方にファンが出来ることは私にとって不安でもあるのです。

 ですが今は、そんな貴方を陰ながら応援しています。

 

 いつかまた、貴方に逢うその日までは

貴方のファンより」

 

 

 

 三通の内一通は千川さんからの手紙だったが残りの二通の手紙の送り主については皆目見当がつかない。最初の手紙は今時の女子高生が好みそうなポップな字体やデコレーションに彩られており文字通り衝撃的な存在感と文体に若干呑まれてしまった。一瞬だが、城ヶ崎さんならとも考えた。しかしまさか彼女がこんなファンレターを私に送る訳がない。その可能性を私は直ぐ様捨てた。

 

 最後の手紙については本当に誰が送ったのか分からない。上質な紙の上に記されている落ち着いて上品な文体は高い知性と品性を感じる。が、だからと言ってそれが誰なのかを私が知るすべはない。

 

(とにかく……ファンレターが届いたことはつまり私もある程度有名に成ったと言うことだろう。私も少し前まではプロデューサーとして活動していた。きっと一部の熱心なファンが何らかの手段でこの住所に送ったに違いない)

 

 三通の手紙の内最初の手紙以外を大切に自室の戸棚のファイルに綴じると明日の仕事の準備を整える。今日もその打ち合わせで帰宅が夜遅くになってしまった。

 

 

 明日は貴音さんと一緒に交通事故防止イベントのキャンペーンアイドルとして、主催元である地区の警察署を訪問する予定になっている。

 

 

 アイドルの仕事は歌って踊るだけではない。

 

 

 様々な企業や自治体の企画するイベントに広告塔として出演するのも重要な仕事だ。特に今回のような警察関係の仕事は芸能プロとしては喉から手が出るほど獲得したいオファーの一つでもあった。

 

 通常、民間と官界からのオファーでは圧倒的に民間の方がギャランティが高い傾向がある。官界の場合はある程度の予算が決まっておりその枠を逸脱したような報酬は制度的にできない体制になっているのに対して、民間は自由に裁量ができるため報酬と言う点に限って言えば民間からのオファーの方が利益になる。

 しかし企業利益やアイドルの利益を考えれば何も金銭だけが全てではない。それは青臭い理想論ではなく、国の行政機関、それも警察のような治安維持組織から仕事を受注できる、オファーされる、と言うのは実はそのプロダクションやアイドルにとって非常に大きな利益をもたらす。

 

 客観的に見れば、警察組織からの依頼を受けている芸能プロダクションは真っ当な経営体制に違いない。そこに属しているアイドルも然りだ。

 

 その事実は今西部長曰く、お上御用達のブランドを得ることであり何千万の広告費よりも価値ある称号とのことだ。

 

 元プロデューサーとしては四条貴音と言う不世出のアイドルだからこそのオファーなのは分かっているが、これまで睡眠時間を削り試行錯誤していた自分の営業の苦労が鶴の一声で上回られるのは悔しいやら情けないやらと複雑な胸中でもあった。

 

 

 

 貴音さんが以前その警察署の1日警察所長を務める中で一人の悪質パパラッチを自ら逮捕するお手柄を挙げたことは有名だった。

 その当時貴音さんは週刊紙で、765プロからの移籍騒動が報じられワイドショーで騒がれていた。

 

 私も貴音さんの事務所移籍報道が取りざたされた時は、事実無根であったならば火消しには相当の労力がかかるだろうと思っていたが、貴音さんはスキャンダル報道後もそれまでと全く変わらず仕事をし続けた。この毅然とした対応には流石に驚いた。

 

 通常、アイドルのスキャンダルが報道されたならば事実はどうあれ事務所としては一旦そのアイドルの露出を抑える傾向がある。スキャンダル直後は世間の関心が寄せられるためマスコミや一般人などのあらゆる目が向けられる。例えアイドルが無実であったとしても日常全てに渡って監視されれば発言や行動に不適切なものが一個や二個は気をつけていてもめざとく発見されてしまうからだ。そうなれば本来のスキャンダルとは関係のない第2第3の炎上に繋がり結果的にアイドルのマイナスイメージが広まってしまう。

 

 だが貴音さんは様々な憶測が飛び交う中も芸能活動を続けた。

 私の同僚は日々売り出しに悪戦苦闘していた担当アイドルがいたため嫉妬も込みで「頼むから少しは休んでくれ」と冗談混じりに言っていたのに対して、私はこの当時の貴音さんを見て四条貴音と言うアイドルはとても意思が強いのだと感じた。

 あれだけ報道が加熱すれば嘘か真は別に事務所がアイドルを守護るために仕事をセーブするが、それでも活動を続けていると言うことはそれはアイドル自身の強い希望なのだろうとプロデューサーとしての経験から察した。

 

 その後貴音さんは件の警察署での大捕物の瞬間がメディアによって拡散し、一時期は世界レベルで話題となった。それにより事務所移籍騒動を吹き飛ばす結果となるばかりか更なる人気上昇に繋がった。

 その姿は同僚やあの今西部長も口を揃えて「こんなアイドルは見たことがない」と言わしめたほどだった。

 

 明日はその貴音さんと、彼女がパパラッチを撃退したあの警察署でのイベントだ。

 もっとも、メインは当然貴音さんであり私は言うなれば彼女の付き添い、露骨な言い方をすればバーターだ。

 売れているタレントと一緒に売り出し中のタレントを事務所が抱き合わせでテレビやイベントに参加させる行為はある種仕方のない手法だ。単体では絶対に取ることができない大きな仕事もこの方法なら手っ取り早く取ることは会社としてもアイドルとしても願ってもいない機会だ。

 問題は、抱き合わせの新人アイドルが果たしてその仕事に見合うだけの仕事ができるかと言うことに尽きる。

 

 イベントには近隣の幼稚園児や小学生たちが参加して私たちは進行役を任されている。だがここで問題が生じるのだ。

 

(……やはり……怖い、か?)

 

 鏡に写る自分の顔を眺めた。

 

 私は子供に対して少し苦手意識を持っている。

 昔からのことだが私は、周囲から自分の容姿についてあまりよろしくない評価を受け続けてきた。

 

185センチを越える身長、

 白眼の多い据えた三白眼の目付き、

 起伏の乏しい表情、

 低音の声色、

 

 それらは今まで対峙してきた人に威圧を感じさせてしまってきたようで、学生時代は女子生徒に怖がられ、ボランティアで訪れた幼稚園では園児に怖がられ大泣きされるなどありこの容姿はある種のコンプレックスとして私は認識していた。

 

 子供は特に私を見て怯える。346プロにいた時も子役の子供に怯えられ、監督から仕事にならないと訴えられスタジオを追い出されたこともあった。

 

 だがだからと言って仕事をキャンセルするつもりはない。あの降郷村でのライブで私は765プロのアイドルとしての自覚を持つことができた。仕事の選り好みなどしない。常に全力で挑むことがプロとしての責務だ。

 

「よし、明日も早い。今日はもう寝よう」

 

 鏡に写る自分に向かって活を入れ、床に着いた。直前までの不安が嘘のように驚くほど早く深い睡魔に私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 夢の中、私を追いかけてくる城ヶ崎さんから必死で逃げる夢を見たことは謎だったが。




城ヶ崎さんごめんなさい。

ラストまでが遠いですね。
最近は武内pと赤羽根pが歌ったりして制作意欲が向上しました。

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