武内pが訳あってアイドルデビュー   作:Fabulous

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武内iが皆好きなようで嬉しいです


ステージの重さ

 レッスン教室での特訓も一旦終わり服部さんやトレーナーさんと別れると、今度は765プロ総出でステージ曲とダンスのレッスンが行われた。皆さん決して余裕は無いはずにも関わらず多忙な合間を縫って指導してもらい、そのかいあってなんとかギリギリ前日までに納得のいく出来映えに漕ぎ着けた。

 

 

 

「はい武内さん、そこでターン!」

「……ッッ!」

 

 そして今、765プロのレッスン室で律子さんと複数のアイドルの指導の下最終レッスンが行われている。

 

「足下ばかりに意識向けないで全身に気をつかって下さい!」

「はいッ!」

 

 律子さんの指導は苛烈を極めた。双海姉妹が律子さんは鬼軍曹だと称していたがそれは冗談でも誇張でも無かった。来る日も来る日もヘトヘトになるまで動き続け連日連夜自宅に帰ると疲労でベッドに死んだように眠った。

 

 

 

「はい、終了です」 

「あ……ありがとう、ござい……ましたっ」

 

「武内さん、765プロに来た頃と比べて随分成長しましたね」

「そーそー真美達が最初に見た時からだいぶレベルアップちたね」

「亜美達としては~笑いどころが減って残念ですな~」

「本当に上手くなりましたね。明日のライブも大丈夫ですよ、武内さん!」

 

 

「あ、ありがとうございます。は……春香さん」

 

 私が疲労でその場から動けないでいると、高木社長が現れた。

 

 

「さぁ! いよいよ明日は降郷村夏祭りライブだよ武内君!」

「はい……そうですね」

 

「元気が無いぞ武内君、いよいよ君の初ステージデビューなのだからね!」

 

 高木社長の言う通りここ数日の私は緊張の連続で胃が重たかった。昨日も連日のプレッシャーから逃れるために深夜まで自主トレをしていたため疲労が溜まっていた。

 正直なところかなり不安は残るがライブは待ってはくれない。

 

「ちょっとあんた! またつまんない顔してるわね! 言っとくけど私達が行けないからってくだらないライブやったら只じゃおかないわよ!」

 

「伊織! 余計なプレッシャーをかけちゃダメでしょ!」

「いえ、伊織さんの気持ちはもっともです」

 

 そうなのだ。今回の降郷村夏祭ライブは765プロと銘打ってはいるが全員参加は出来ない。

 

 考えてみればそれも当然のことだ。音無さん曰く、初めて765プロが降郷村で行ったライブはまだ竜宮小町すら世間に認知されていない時期だったため765プロ全員が出演すると言う降郷村の規模では考えられない超豪華ライブだったとのことだ。

 

 今年のライブも春香さん達としては参加したかったが、皮肉なことに765プロが躍進したことでスケジュールの都合上どうしても参加できないアイドルが出てしまった。

 

 今回参加できるアイドルは、

 

 天海春香さん

 秋月律子さん

 萩原雪歩さん

 

 そして私と言う少人数だ。

 

 元プロデューサーとしてこういう事態は大変悩ましいことだと分かる。

 

 昔からの馴染みの営業はアイドルのモチベーションを上げる大きな要因だ。それにこういったイベントはファンとアイドルが非常に近しい場合が多く人気の増減に大きく影響することもある。

 だがその他の営業も当然あるわけで、その場合はアイドル個人とも相談して受ける仕事を選んだりすることもあるが今回は非常に運が悪い。

 

 本来は喜ばしい事ではあるか他の参加できないアイドルの方々は皆ドラマの主演や特番生放送の収録、或いは他の馴染みの営業のオファーで降郷村を諦めざるをえなかった。

 

「皆さんの分も含めて、明日は頑張ります。765プロの名に泥は塗りません」

 

「ほらー伊織がそんなこと言うから武内が緊張しちゃったぞー」

「伊織は思いやりが足りないんだからなー。武内さん、明日は気楽に気楽にリラックスしていきましょう♪」

 

「なっ! む~~。わ、私だってあんたに頑張ってほしいだけなんだから……」

 

「すみません伊織さん。最後の部分よく聞き取れなかったのですがなんと?」

 

 

「うううっうるさいっうるさいっうるさい! とにかく頑張りなさい!」

 

 何故か怒られてしまった。

 

「はーい、そこまで。皆も明日は仕事があるんだから今日は早めに帰りましょう。武内さんは特にですよ」

 

 

 律子さんの言葉の後、明日に向けた簡単な打ち合わせを行い私たちは765プロを後にした。口々にかけられる激励の言葉に、私は内心の不安を押し殺しつつ笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 765プロから出た後、私は近くにある公園へと向かった。

 最近はこの公園で納得いくまで自主練をするのが日課になっていた。

 

 

 携帯の音楽ファイルから今回ステージで私が歌って踊る曲『エージェント夜を往く』を再生した。

 

『エージェント夜を往く』

 

 菊地真さんが主に得意とし765プロを代表する楽曲の一つでもある。

 当初高木社長は私専用の曲を用意するつもりだったそうだが765シアター建設に多額の資金を投資したため律子さんと音無さんからストップがかかり既存曲の中から男が歌ってもそれほど違和感が無い物と言うことでこの曲を歌うこととなった。

 更に今回は男である私の担当曲と言うことでダンスが男性仕様となりオリジナルのダンスよりも激しくダイナミックになっている。

 

 

「……っあ!」

 

 

(これで5回目の失敗……くっ!)

 

 

 だがステージ前日のこの日に限ってこれまではなんとか形になっていたダンスがまるで精細を欠いていた。

 

(何故だ? どうして? ……とにかくこんなことでは駄目だ。いっそ今夜は徹夜で練習を……)

 

 

 

 

 

 

「はぁ……やっぱり今日もやってるか」

 

 

 呆れ顔の律子さんがそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 私と律子さんは公園のベンチに隣どうしに座っていた。

 

「……いつから其処に?」

「うーんそうですね……ここ数日ずっとでしょうか」

 

「数日……ですか」

 

 驚いた。てっきり今日初めて私を公園で発見したと思っていたらまさか最近の自主練習の殆どを知られていたとは……。

 

「私、何度も言いましたよね。自主練習はほどほどにって。特に今日は体を休めてくださいって」

 

 律子さんの言葉は穏やかだったが口調は明らかに怒りが含まれていた。

 

「申し訳ありません。オーバーワークには気を付けていますが……その……どうしても不安で……練習すればそれも紛れると思ったのです」

 

 

 体力や筋力は日々の鍛練によって鍛えられるのは常識ではあるがやりすぎは反って非効率になってしまうことは現代でもようやく認知されている事柄だ。

 負傷し疲労すれば更なる回復と増強を繰り返す人の肉体にも限界がある。スポーツ科学では当たり前のオーバーワークの弊害。

 

 事実ここ最近は疲労が溜まり体の節々が軋んでいた。

 

(分かってはいた。……これが決して正しい行為では無いことを。自分を苦しめていることを。分かっていたことだが……)

 

 私は律子さんからの叱責を覚悟した。

 

「何て言うか……本当に真面目ですね武内さん。私にそっくり」

 

 律子さんはフッと砕けて笑いかけた。そこには怒りや失望と言うよりも別の感情が見えた。

 

「武内さん、私が最近になってからアイドル活動を再開したの知ってますか?」

 

「存じています。確か……以前まではプロデューサー業を優先して行っていたと」

 

「そうです。アイドルを目指すのはもうやめて別の道に行こうとしました。でも結局プロデューサーっていうアイドルに関わる仕事を選んじゃったのは未練だったんでしょうね」

 

 ドキりとした。自分もまた、プロデューサーを辞めてアイドルをしている。

 

「でもある日急にライブに立つ機会が来ました。最初は怖じけちゃって出ないつもりでしたけど前任のプロデューサーに上手いこと説得させられちゃいました。それで今の武内さんみたいに毎日練習漬けでこの公園でも一人で練習してたんですよ、私」

 

「この公園で、ですか?」

 

「そうなんです。偶然ってすごいですね。だからですかね、武内さんの今の気持ちは私、分かると思います。不安ですよね。いくら毎日練習しても、皆から励まされても、結局やるのは自分ですから」

 

「……はい。その通りです。もっと良い方法が何かあるんじゃないかとずっと考えていました。ですが、見つかる訳もなく、それで……」

 

「身体を動かして忘れようとした。分かります分かります」

 

「律子さんは……その……初めてのステージはどうだったのでしょうか?」

 

 言葉にしてから少し後悔した。トップアイドルに対して流石に不躾な質問だろうか? 

 

「アハハッ、もう酷いものでしたよ。ガチガチに緊張して歌詞は間違えるわ飛ばすわ汗が止まらないわで大慌て。気付いたらライブが終わってました」

 

 意外だった。私の中で秋月律子と言うアイドルは完璧主義で妥協を許さず765プロのリーダーのような存在だと思っていた故に、自分の弱さを語る姿など想像していなかった。

 

「他の皆も大体そんな感じでしたよ。春香なんてステージでおもいっきりスッ転んでたんこぶ作ったり雪歩も途中から殆どを泣いてましたからね。これ、皆には内緒にしてくださいね。伊織とか怒りそうですから」

 

 律子さんは悪戯っぽく笑い首を傾けた。

 

 

「ですが……だからと言って失敗は出来ません」

 

「当然です。今年の765プロは規模も質も落ちたなんて言わせません。武内さん、私達を信じて下さい」

 

 律子さんはキッと目付きを鋭くして人差し指を立てながら言い放つも最後の部分は優しく語りかけた。

 

「え?」

 

「デビューしていきなりライブをするなんて無茶苦茶なことだって私達が一番よく分かっていますよ。だからこそ今日まで皆があなたに協力したはずです」

 

 今までのレッスンが頭の中で呼び起こされる。

 

「私達の指導は不十分でしたか?」

 

 口を開くよりも早く私は思い切り首を横に振った。

 

「ありがとうございます。でも嘘ですね。私も、あの娘達も、皆忙しい中協力して武内さんを指導しましたけどとても完璧とは言えませんでした」

 

「そんなことは……」

 

「どうしても教え残してしまったり妥協せざるを得ない部分が残ったのは私達の責任です。ステージが終わった後できっちり貴方に謝ろうと思っていたんですけど逆に不安にさせちゃいましたね。すみませんでした」

 

「り、律子さん……頭を上げてください!」

 

 ここが夜の公園で良かった。トップアイドルである律子さんが深々と頭を下げる光景などとても人には見せられない。

 

「皆さんの方がスケジュール的にも私の何倍も忙しいはずです。ここまでしていただいただけでも感謝こそすれ責めるつもりなど私にはまったくありません」

 

「……そう言ってくれると皆も安心してくれると思います。それに私達もプロですから、しっかりお客さんに見せれるレベルには仕上げました。謝っておいてなんですけどそれだけは信じてほしいんです」

 

 

 状況的には何も変わってはいない。

 結局のところ私の実力は上達しなければ明日のステージも予定通り行われる。

 だが、律子さんの言葉を聞いて私の胸中を支配していた氷が溶けたような気がした。 

 それこそ気がしただけだが、今はそれが何よりも嬉しかった。

 

 

「色々偉そうなこと言っちゃってすみません。なんなら一曲だけ通して踊ってみますか?」

 

 彼女の優しさが胸に沁みた。

 

「いえ、今日はもう帰ります。明日に備えて身体を休ませないといけませんから」

 

「……そうですか……そうですね。お休みなさい。武内さん」

「お休みなさい。律子さん」

 

 

 挨拶をして、私と律子さんは公園を後にした。足取りは少し軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は今、社長が運転する車に乗り込み降郷村に向けて移動していた。

 

 

 

「高木社長、わざわざすみません。運転なら私も出来るのですが……」

「はっはっはっ! 大事なアイドルに運転などさせられぬよ。君達は今日のステージに集中したまえ。それにアイドルを乗せて仕事場に向かうなど久々で実に新鮮だよ! あっはっはっは!」

 

 

「相変わらず社長は元気ね」

「うぅ……安全運転でお願いしますぅ……」

「皆で行けなくて残念だなぁ」

 

 助手席に座る私の後ろで律子さん達が思い思いに過ごしている。皆さん流石トップアイドルなだけに実に平常としている。私など昨晩律子さんと話して大分楽になったがやはり今夜ステージに上がると思うと内心とても冷静ではいられない。

 

 

「さぁそろそろ到着する頃だぞ」

 

 そして車はとうとう降郷村に到着してしまった。

 

 

 

 

 

 

 降郷村の率直な感想を言えば実にステレオタイプな田舎だった。

 一面に広がる森と畑。澄みきった青空と空気。どこかで鳴き声を上げる家畜達と人当たりの良い住人達。

 

 そんなのどかな雰囲気に満ちた村、ここが私がステージに立つ場所だった。

 

 

 

 

「今年もようこそ降郷村へ! 7()5()6()プロさん」

 

 

 

 私達を出迎えたのは昨今の田舎では珍しい筋骨粒々のたくましい青年達だった。どうやらこの村はまだまだ活気に溢れているようだ。

 

「社長の高木です。今年は全員参加出来ずに申し訳ありません」

「いえいえ! 7()5()6()プロさんも今や飛ぶ鳥を落とす勢いですから来てくださるだけでありがたいですよ」

 

「今年も村民一同心から楽しみにしてますよ!」

 

「雪歩さん! 今年もアレ、よろしくお願いしますよ! 村の名物ですからね」

「は、はい! 任せてください!」

 

 

 どうやら村の雰囲気も良いようだ。人数が減ってしまい心配だったがこれなら大丈夫そうだ。

 

「そちらの方は新しいマネージャーさんですか?」

 

 青年の一人が私の存在に気付いた。

 

「初めまして。私は……」

 

「よくぞ聞いてくれました! 彼は我が765プロがこれよりこの場から世界に売り出す期待の新星アイドル武内君です!」

 

「……武内です」

 

 

 どうやら高木社長の中には遠慮と言う文字は無いようだ。

 

「へー! それは凄い! 早速村の皆に宣伝してきますよ。ステージ楽しみにしてます!」

「他のイベントもありますからそちらも是非参加してくださいね!」

「分からないことがあれば俺達に聞いてください! それでは!」

 

 

 

 そう言って彼らは去っていった。非常にエネルギッシュでまさに男らしい男達だ。

 

「さぁ武内さん。私達もうかうかしてられませんよ! ステージの準備もしないといけませんしリハーサルもしませんと!」

「分かりました。ステージ準備でしたら任せてください」

 

 

 ここは元プロデューサーやイベント設営の経験を生かす絶好の機会だ。

 

 私は腕を捲りタオルを頭に巻き機材の山に突っ込んだ。

 

 

 

 

「うひゃー流石武内さん。男手があると捗るわね」

「電子機器の知識も詳しいですから本当頼りになりますね」

「社長は早々に腰やっちゃいましたからね~」

 

「ウググググ……諸君……申し訳無い」

 

 高木社長はアイドルばかりに肉体労働はさせられないと手伝ってくれたのだがスピーカーを一人で持ち上げようと無理をしてしまい現在救護室で静養中だ。

 

 

「うぅ……逞しいなぁ……でもやっぱりカッコいいかも……はっ! いけないいけない私には真君が……」

 

 

「あれ? このスピーカー、配線が足りないですね」

「なら私が担当の方に聞いてきます」

 

 私は担当の人を探すため会場である降郷村の学校校舎を歩いていると、近くで女性の会話が聞こえてきた。

 

「だからぁ……今年は756プロさんは全員来れないのは仕方ないんだよ婆ちゃん」

 

 会話をしているのは二人の女性だった。一人は私と同年代くらいでもう一人はかなり高齢の方のようだ。

 

「……全員来ないならわたしゃいいよ。帰って寝るよ」

「そんなこと言わないでさぁ。村の皆も全員くるんだし、それに今年は新しい男のアイドルさんも来るんだよ? 見に行こうよ」

「男なんて知らないよ。わたしゃあの娘達全員の歌をききたかったんだよ」

「あっ、ちょっと婆ちゃん待ってってば~!」

 

 

 二人の女性はその場から去っていった。だが、私はしばらくその場から動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……当然だ。どんなに取り繕っても私は所詮なんの実績もない新参者だ。すんなり受け入れられると思ったら大間違いだぞ武内)

 

 

 

 

 私は重い足取りで機材を持ち帰った。

 

 

「遅かったですね。探すのに手間取りました?」

「ええ……まぁ」

 

「設営は武内さんの持ってきてくれた配線を繋げば完成ですので終わり次第リハーサルをしますよ」

「分かりました律子さん」

 

 

 

 設営も終わり私達はリハーサルをするためステージの上に上がった。春香さんと雪歩さんが律子さんのテキパキとした指示に従っている間に、私はそのやり取りを話し半分で聴きながらステージの上で動揺していた。

 

「これが……ステージ」

 

 

 なんの変哲もない、悪く言えば粗末な急造のステージだった。

 だが私はそこに立っただけで世界が違うように感じた。後数時間に、自分がここでライブをする。その事実は重く肩にのし掛かった。

 

 

「それじゃあ最初に春香が出て司会進行をお願いね」

「任せてください!」

「雪歩はあの衣装に着替えてあれよろしく」

「うぅ……恒例行事になっちゃいましたぁ……」

 

「それと武内さんの出番は私達の前座と言う形で最初になります。大丈夫ですよ! 最悪、いつでも春香と雪歩がヘルプに入れますから!」

 

「……はい」

 

(任せてください……と言えないのが今の私か……)

 

 

 

「それでは皆さん! 今日のステージ絶対に成功させましょう!」

 

「「おー!」」「おー!」

 

 律子さんの掛け声に春香さんと雪歩さんも呼応した。私も及ばすながら声を上げたがなんとも情けないひきつった声が出てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ち、すでに辺りは薄暗くなり祭りの太鼓や住民達の笑い声が辺りを満たし始めた頃。

 

「はーい皆さんこんばんわー天海春香で~す!」

 

 ステージに上がった春香さんの司会によって私達のステージが始まった。

 

 

 春香さんのオープニングトークの後、私の名前を読んだときが出番だ。予定ではもう10分も無い。

 

 私はステージ裏で出番を今か今かと直立して待っていた。夏とはいえの額には既に大粒の汗が滲んでいる。

 

 

「武内さん……大丈夫ですか?」

 

 雪歩さんが心配そうに私を見上げた。

 

「……大丈夫ですよ」

 

 大丈夫ではなかった。

 

 本当は今すぐこの場から逃げ出したかったがその思いをグッと呑み込もうと私は紙コップに入ったお茶に手を伸ばした時だった。

 

「あっ」

 

 紙コップを地面に落としてしまった。

 

 コップからお茶がこぼれ地面を濡らす。

 痛い沈黙が私と雪歩さんの間に生まれてしまった。

 

「すみません雪歩さん。少し……一人にさせてください」

「……分かりました。何かあったら直ぐに呼んでくださいね」

 

 

 雪歩さんが視界から消え周りに誰も居なくなったことを確認して、私はその場にうずくまった。

 

 

 

(震えが……止まらない!?)

 

 

 私の初ライブはまだ終わらない。

 




所謂ふみふみピンチ

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