アイドルとは何だろう?
解らない……今はまだ。
「さ、とりあえずは基礎能力の確認をしよう」
あの後、高木社長は驚くお二方を尻目にレッスン室へ私を連れてきた。
しかし……だ。
秋月さん達の反応は最もだ。765プロは基本的に女性アイドルしか居ない。女性専門プロダクションではないと記憶しているがそれでもプロダクションの社風と言うものがある。765プロと言えば天海春香や星井美希と言った女性アイドルを多くの人達が思い浮かべるはずだ。そこに来て私と言う異物にも似た存在が社長の一存でいきなりデビューなど大丈夫なのだろうか。
CEOともなれば多少の豪腕はまかり通るかもしれないが私のせいで事務所に軋轢が生まれるのはなんとしても避けなければ……。
「ささ! ここが765プロ専用レッスンルームだよ」
階段を上がった先には立派なレッスン場があった。高木社長は元気よく扉を開けて私に入室を促す。
「あれ? 社長じゃん。どったのー?」
「そっちの大っきな人は?」
なんとレッスン室にはあの双海亜美、双海真美が居た。ドームライブで歌っていた本人達とこれほどの近距離で接していることに私は気分の高揚を感じた。
「双海くん達、今何のレッスンをしているんだい?」
「今ならダンスの練習だけどー?」
「ふむ、ちょっと私達に見せてくれないかね?」
「別にいいよー」
「あっ分かった♪ そっちのおっきい人は新しいトレーナーさんでしょ!」
「いえ私は……」
「なるほど~ではでは真美達のキレキレダンスを見せてあげましょう!」
「亜美達のコンビネーションに驚くなかれ~」
訂正しようとしたが勢いに負けてしまい新しいトレーナーとして双海姉妹のダンスを見学することになってしまった。
正直驚いた。双子であることのコンビネーションを差し引いてもダンスのキレや技は346に所属していたどのアイドル達をも凌駕している。
音楽が始まり直ぐに二人のリズムが同調したのが分かる。あれだけエネルギッシュな二人がダンス時はピタリと息を合わせるのは至難の技のはずだ。
それに驚くべきはコンビネーションだけではない。ダンス自体も今この場でと高木社長からのお願いに応じた物とは信じられないほどのハイレベルだ。とても346で新人アイドルには教えられない難易度だ。それを彼女達はまるで遊びのように踊っている。
何より……二人は笑っていた。快活に陽気になんの邪念もなくただひたすらダンスを楽しんでいるのが見てとれる。
間違いない。彼女達は正真正銘のトップアイドルだ。
「ドヤァ……」
「ジャーン」
私は自然と双海姉妹に拍手をした。
「素晴らしいダンスでした。今のはアリーナライブの振り付けですね、感動しました」
私の称賛を受け彼女達は得意気になる。
「おやおや~真美達高評価ですな~」
「そうですな~こりゃ惚れられちゃいましたかな~」
「いや、双海くん達ありがとう。では武内君、今のをやってみようか」
「……え?」
いきなり何を言っているのだ?
ダンスなどしたこともない……ましてや今の彼女達のダンスを見せられたあとではどんなに頑張っても恥をかくだけだろう。
「おお~早速新しいトレーナーさんの実力披露?」
「さぞかし凄いんですな~ウシシシシッ!」
「高木社長……最初に言っておきますが私はダンスの経験は……」
「はっはっはっ。もちろん私もいきなり双海くん達を越えろとは言わないよ。君の今ある実力を見せてくれたら良いさ」
……やるしかないか。どのみちアイドルとして活動していくならばダンスはほぼ必須技能だ。ここで自分の実力を知っておくのも良いだろう。
「分かりました。やらせて頂きます」
「ッッ……ッ!」
だ、駄目だ……全く再現できない。
実はアリーナライブでの彼女達の動きは脳裏に焼き付いていて忘れておらず、ひょっとしたら踊れるかもと思っていたが実際に踊ってみてその淡い希望は打ち砕かれた。振り付けは覚えているがどうやっても体が追い付かない。それだけでなく細かなステップやリズムの取り方もまるで出来ない。体力に自信はあるがそれだけでは決して再現できない部分がある。
ダンスの知識はプロデューサーとして幾分かの心得があるが机上の空論もいいとこだ。これほどのダンスを彼女達はたった今苦もなく行ったのか……あの大観衆のアリーナライブで行ったのか……。
遠い……余りにも遠い。いったいどれだけの時間を掛けたのだろうか。どれだけの汗を流したのだろうか。何故これほどまでの成功を得たのだろうか。双海姉妹と彼女達は何が違うだろうか……。私と彼は何が……、
「アチャー、ノロノロだねー真美」
「そうだねーグダグタだね亜美」
「フム……やはり私の目に狂いは無かったか」
確かに双海くん達の言う通りとてもステージに立てるレベルではない。ない……が振り付け自体は殆ど間違っていない。仮にたった今見た躍りをその場で再現しているのなら大した記憶力だがそうでなく以前から知っていたとしても誰にでも出来ることではない。
それにダンスは素人なら確実にバテるが彼は息は乱してはいるがしっかりと芯を保って踊っておりその強靭なフィジカルが伺い知れる。
そして何よりも彼のダンスからは熱意を感じる。ダンスを通して彼が胸に秘めている熱情がこちらに伝わっている。
間違いない。彼には才能がある。多くのアイドルを見てきた私の勘がそう告げている。
「ありがとう。もういいよ」
「ッ……すみません。とても真似できませんでした」
「社長ーこの人新しいトレーナーじゃないの?」
「全然ダメだったよー?」
「ぐっ……」
流石に心に来るものが有った。
「では次は発声練習といこうか」
「発声……ですか」
「なるほど♪ ボーカルトレーナーだったのか」
「人が悪いですなー社長」
……もう何も言うまい。こうなればとことんやってみよう。
「よーし武内君、ドレミの発音だ。やってみよう!」
それならば簡単そうだ。346でもまずアイドル達にボーカルトレーニングをする際に行っているトレーニングの一つだ。
「あ! あ、あっ、ぁ、ぁあぁ~!」
今日は本当に情けない限りだ。自分でも分かる。酷い出来だ。
「「あひゃひゃひゃひゃ!」」
双海姉妹は大口を開けて爆笑している。自分の顔に血が登ってくるのが分かる。しかし笑われてしまうのは仕方ないだろう。私だって笑えるなら笑いたい。
「初めはこんなものさ。さ! ドンドンいくぞ」
「ぁ、ああ、あ! あ~ぁう、……オエ」
「「 アヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャ‼」」
気付けば既に30分が経過していた。
その間私はずっと双海姉妹に笑われ続け途中何度か泣きかけた。
「アハハ! もう無理、おっきい人面白すぎる~」
「真美達笑い死んじゃうよ~あひゃひゃ!」
「……申し訳ありません」
無邪気な双海姉妹の言葉が私のちっぽけなプライドを抉り続けている。いくら当然の結果とはいえ倍以上も年の離れた少女達に露骨に嘲笑されるのはさすがに傷つく。沸き上がるのは怒りではなく羞恥と涙だ。
まさかこんな基礎的なレッスンがこれほど迄に難しかったとは……。346ではいつもアイドル達のレッスンを見ていたがこんなにも大変だったとは……城ヶ崎さんや高垣さんはそつなくこなしていたが、改めてあの二人の才能に驚嘆する。
「大体の能力は分かったよ、ありがとう武内君」
「お恥ずかしい限りです」
「確かにお世辞にも良いとは言えないが君はずっと堂々としていたよ。そこは素直に素晴らしいと言えるさ」
「ねえねえ社長、結局この人誰なの?」
「そうそう、新しいトレーナーじゃないよね」
「おっと、伝えるのが遅くなってしまったね。紹介しよう。彼は武内君。我が765プロ期待の新人アイドルだよ!」
「いえ、期待などと……」
ご覧の通りの実力しかない私だ。あまり過度に期待をされても困ってしまう。
「またまた~エイプリルフールはもう過ぎたよ~」
「流石に亜美達も騙されませんぞ~」
……確かにそもそも私がアイドル、と言うこと事態信じられないか。無理もない。こんな低レベルなパフォーマンスしか出来ないアイドルが765プロに、自分達の後輩になるなど彼女達にとっては業腹だろう。
「本当だとも。契約もしたし来週にでも事務所のホームページで発表する予定さ!」
「……マジ?」
「ホンマでっか?」
「うむ」
彼女達は固まっている。きっと私に幻滅しているのだろう。
「大ニュースじゃん!」
「男のアイドルデビュー!」
「喜んでくれると思っていたよ!」
「?」
双海姉妹は私に駆け寄り両手を掴み興奮ぎみに質問する。
「すごいすごい♪ ねーなんでうちでデビューしようと思ったの?」
「やっぱり、世界中のお姫様を幸せにするためとか?」
「チャオ♪ とかキメゼリフ言うの?」
「おお、そのキャッチコピーはナイスアイディアだね。双海くん」
「え? いや、あの……それはちょっと……」
予想外の反応に戸惑う。どうやら双海さん達にとっては私のレッスンより新人アイドルという事実の方が興味を引いたようだ。しかしそのキャッチコピーはなんとしてでも止めて貰いたい。広報は重要なアイドル人気のファクターだが私にそれは似合わない。ギャップもあるがとにかくそのキャッチコピーは嫌だ。それと憧れのアイドルと触れ合っていることに密かな幸せを感じているが私は断じてそういった趣味は無い。あくまでも双海姉妹だからだ。
「早速みんなに教えてあげないと!」
「賛成賛成~歓迎会だー!」
そう言って双海さん達は出口へと消えていった。そういえば私の存在は社長や事務員の方を除いてまだ三人しか765プロのアイドルに知られていない。
いくつか気になるワードが有ったが大丈夫だろうか……。
「きっと明日にでもみんなにしれわたるだろうね。紹介が楽しみだよ」
「挨拶の口上を考えておきます」
「はっはっはっ。君らしいね。だがそれほど気張る必要もないよ。彼女達はきっと君を受け入れてくれるはずさ」
「はあ……秋月さん達は動揺していたようですが……」
私は先程の反応を思い出す。歓迎……と言うより明らかに戸惑っていた。他の方々も恐らく同様だろう。
「なにぶん彼女達にとっても765プロでデビューする男性アイドルは初めての事なのだよ。それに少し前に彼女達のプロデューサーも長期の休業に入ってしまったからね」
「え? あの人がですか?」
「おや、知り合いだったのかね?」
「えぇ、まあ……。ご病気ですか?」
「いやいや、研修のために海外に行っているのだよ」
私はライブ準備で出会ったあのプロデューサーを思い出す。私にとってのプロデューサーという存在の最高峰。その頂が彼だった。彼にもう一度会い忌憚の無い意見交換をしたいと思っていた。765プロに行けば彼にまた会えると思っていたが海外研修とは……つくづく自分と彼のプロデューサーとしての差を感じる。
「彼が研修に行ってしまって皆元気がなかったからね、君が新しく765プロの一員になってくれて本当に感謝しているよ」
「……高木社長にお訊きしたい事があるのですが」
「何かね?」
「何故……何故、私をスカウトしたのですか?」
ずっと聞きたかった。どこをどう探しても私にアイドルとして相応しい要素などない。歌やダンスはからっきし、社交的でなく見てくれもよくスカウト中に不審者として職質を掛けられたことが何度もある。なのに何故、社長は私にアイドルとしての道に誘ったのだろうか??
「……長いことスカウト業をやっているとよくその質問をされるよ。ま、君の場合は面構えだよ」
「え? 面……ですか?」
意外だった。まず無いであろう要素で私はスカウトされたと言うことか?
「芸能界は不思議なものだ。必ずしも強者=勝者とはならない。大女優が年端もいかない少女に負けることもある。才能溢れる金の卵がいつしか黒く淀み死んでしまうこともある。そんなとき私が重要視するのが面構えだよ」
「第一印象……と言うことですか?」
「おお、そうとも言うね。とにかく私は君に可能性を感じたのだよ」
「失礼ですが、買い被りなのでは……」
「はは、よく言われるよ。だが今は信じて欲しいとしか言えないね。そこがプロデューサーとして辛いところだが」
「私は……」
「だからこその私達プロデューサーでもあるがね」
「?」
「プロデューサーは自分を信じてくれたアイドルに証明をしないといけない。自分の言葉が嘘でないことをね」
「証明……」
「もちろん生半可なことではない。プロデューサーやアイドルが共に傷付き苦慮するだろう。だがそれでも、アイドルを支え導くことこそプロデューサーだ」
「なら、私はやはりプロデューサー失格です。私はアイドルを傷付けプロデュースを途中で投げ出した半端者です」
「さあどうだろうね。こればかりは私の持論だから君に当てはめるのは酷と言う物だよ。それに偉そうな事を言ったがその理論に当てはめれば正確には私もプロデューサー失格だよ」
「どういう事ですか?」
「私もかつて理想に燃えアイドルをスカウトした。1から育て彼女ならアイドルのトップに立てる、それほどの才能と確かな実力を持った娘だった。二人で業界を駆け抜けた。多くの困難や成功を体験し共に成長し……そして挫折した」
「!」
「若かった。そう言ってしまえばそれまでだが私は余りに未熟だった。そのせいで一人の少女の夢を叶えることができなかった。その責任は今でも私の背中にのし掛かっている」
高木社長は悲しげに語っていた。そこにはいつもの陽気な素振りは無く心から悔いている様子だった。
典型的な成功者でカリスマ社長と思っていた高木社長がまさか私と同じ経験をしていたとは思ってもみなかった。
「夢を諦めるのはまさに自分の人生の一部を失うような気持ちだ。それが他人の分もあればその重さは計り知れない。それまでの努力、払ってきた犠牲、得た喜び、全てが無になるあの感覚は出来れば二度と御免だよ」
私もそうだった。彼女達と過ごした期間は心血を注いだと言っていいほどの時間だった。あの自分の全てが否定された感覚は今でも夢に悪夢として呼び覚まされる。
「君は若い。若さは未熟でもあるが夢を叶えるチャンスがまだいくらでもある証拠だ。私もいい年をしてアイドルに関わり続けている変人だ。よく分かる。君はプロデュースを諦めていない。むしろ強く深く渇望している。プロデューサーに戻りたいのだろう? しかし君はその自信が無い」
高木社長の言葉は図星だった。確かに、346を退職してからも私の中ではその思いが燻っていた。何をしていてもアイドルやプロデュースの事が気になっていた。
「私はプロデューサーがそのアイドルの一番のファンだと思っているのだよ。応援するアイドルの力になりたい。ファン心理として当然だろう」
それは私もそうだ。彼女達の成功を願っていた。誰よりも。彼女達を知りその魅力をもっと広く広めたかった。それこそ私の仕事であり使命だったからだ。
「やはり……やはり私はアイドルとしてもプロデューサーとしても半端な男です」
私の言葉に高木社長はフッと笑う。
「はじめからアイドルたる存在などいないよ。プロデューサーもしかりだ。それにアイドルやプロデューサーが終着点である必要は全く無い。私はそうも考えているよ」
私にとってプロデューサーと言うものはただの職業ではなかった。社会に出て初めて自分が、自分のしたことで誰かの役にたてる。アイドルやファンの人達の笑顔の為に働けることを誇りに思っていた。あの日までは……、
私がしたことで彼女達を不幸にしてしまった。あの時こうしていたら、ああしていたら、そもそも私がプロデューサーで無かったなら……、そんな後悔が絶え間なく今も沸き上がってくる。
プロデューサーとしてすらなんの答えも出せない私ではその後などまるで考えられない。
「我が765プロには悲願がある。先代社長である高木順一朗がこの765プロを創業して以来の夢がね」
「夢……ですか?」
「これまで多くのアイドルを世に送り出してきた765プロだが永年の目標である伝説のアイドルは未だ誕生していない。だが私はね武内君、春香君達や君なら行けると思うのだよ。伝説のアイドルと言われた、彼女の所まで──」
「……買い被り過ぎですよ。天海さん達はともかくとして、私とあの方ではこの世界に足を踏み入れた瞬間から天と地ほどの差があります」
誰もが知り、誰もが認める最高のアイドル。あの方と闘い勝ったアイドルは一人としていない。己の敵すらも魅了し誰からも愛されたその伝説の生きざまは今も色褪せず輝きを増し続けている。そんな方を私が越えるなんて……控えめにいっても有り得ない。
「そうだろうか? 我が765プロは業界最弱と言われた時期もあったが今やアイドル業界の台風の目となっている。その原動力となったのはこの前までアイドルの卵だった13人の少女達と一人の青年の飽くなき意思の力によるものだった。今の君と何が違うのかね?」
「……私にはまだそこまで考えられません」
「だろうね。そればかりかこれから考えていけばいいとも。最後に、君に老婆心ながらアドバイスをさせてほしい。君はこれからアイドルとして様々な現場に赴くだろう。そしてそこで君は多種多様なアイドル達に出会うはずだ。彼等彼女等は皆、人に愛され人を愛する天才達だ。どうかそんなアイドル達を目に焼き付けてほしい。アイドルは何故アイドルなのかを。そして考えてほしい。君自身のアイドルとしてのあり方を」
「私に……出来るでしょうか」
「その時は一緒に考えよう。その為のプロデューサーだよ」
その時の社長の笑顔に私の不安はかきけされた。
その後2、3事務的な会話をし、私は事務所を後にし帰路に着くため駅前へと向かった。
正直高木社長の言ったことはよくわからない部分が多くあった。それが経験の差と言われてしまえばそれまでだが今の私にとってはそれが歯痒かった。だが最後に見せたあの笑顔で、私はこれから先もやっていけると無根拠ながら思えたのも事実だった。
その時、眼前を黄金が通り抜けた。
つい目で追うと少女の金色の後ろ髪であった。普通ならばそれで終わる事だがこの時の私はどうかしていた。僅かな時間ではあったがチラリと見えた横顔を私はしっかりと捉えていた。そして気付けば私は彼女に声を掛けていた。
「すみません」
「む? なんなのお兄さん。ナンパなの?」
振り返るその素顔は、眼鏡と帽子で些か不明瞭だが間違いなく美少女であることが伝わってくる。多くの少女を見てきた私の経験則から、彼女は間違いなく逸材だと確信する。
だがそこまで考えたのち、自分が今アイドルでありプロデューサーで無いことに気付く。
「いや、あの……その……」
「? ……変なナンパさんなの。それじゃあね」
そう言い放ち、彼女はその場から立ち去ろうとする。このまま彼女を行かすのが正しいだろう。だが、彼女ほどの逸材をここで逃すのは余りにも痛いと私は思った。だからこそ、
「ま、待ってください! ……アイドルに興味はありませんか?」
「ほえ? アイドル?」
咄嗟に出たのはつい最近までいい続けていた言葉だった。彼女は困惑している。当然だろう。いきなり見知らぬ男に声を掛けられしかもアイドルにスカウトされたのだ。誰でも当惑してしまう。
「お兄さん、私のこと知らない?」
「もしかして既にプロダクションに在籍していますか?」
言われて初めて気付く。彼女のような美少女を他のスカウトマンがほおっておくわけがない。どこかの芸能事務所に所属しているのがむしろ普通かもしれない。それに彼女の服装もよく見れば変装のようにも見える。だとしたら惜しい、余りに惜しい。
「んーそうだなぁ……お兄さんスカウトの人?」
「いえ……その……違います」
「? ……やっぱりナンパさん?」
「それも違います! 私は……」
「私は?」
アイドルです……と名乗って良いのだろうか。私はまだ世間に認知されていない存在だ。それにアイドルとは何かを知るまではとプロデュースを辞めているのに、今の行いは筋違いだ。
君はプロデュースを諦めていない。むしろ強く深く渇望している。
社長の言葉を思い出す。
私は……プロデューサーではない。今はもう。だが、本質は自分でも情けないほど……もう一度プロデュースをしたい、そう思っている。
「私は……私は……スカウトマンではありません。プロデューサーでもありません。ナンパでもありません。ですが、私は貴女をスカウトしたいと考えています。こちら私の名刺です。興味がありましたら是非ご連絡をお願いします」
「名刺……! ……ふーんそっか♪ 分かったの。明日にでも会社に行ってみるの」
「本当ですか、ありがとうございます!」
殆どダメ元だったがまさか了承を貰えるとは……しかも会社にまで来てくれるなんて、一度のスカウトでここまでこれたのは346に居たときでもなかったことだ。
「ところでお兄さんは何者なの?」
不思議と少女の瞳が悪戯っぽく歪む。
私は自信無く少女に問いかける。
「あの、すみません。貴女は私がアイドルに見えますでしょうか?」
「全~然♪ 可愛いクマさんだと思うの!」
「そうですか……」
シンデレラキャラも後々登場させる予定です。