訳あって、アイドルになる。
そんなことは当たり前だ。自己実現のため、興味本意のため、果ては生活のため、アイドルによってその理由は様々であり私も仕事上多くの訳を見てきた。むしろ訳もなくアイドルになる方が珍しい。
勿論全てのアイドルが最初から明確な理由を持っている訳ではない。スカウトやプロデュースにおいてはアイドルとしての原動力を見出だし、育て、アイドルの魅力を引き出す必要がある。
だが……まさか私が……アイドルになるなんて……。
大学卒業後、私は346プロに就職した。芸能関係には以前から興味があり私もその担い手の一人になりたかった。入社からしばらく経った時に新興のアイドル事業部のプロデューサーとしての職務を与えられた。担当アイドルを複数割り当てられ私は大役を任されたことに会社からの信頼の現れだと思い意気込んだ。さらにプロデュースという直接アイドルを生み育てることに不安もあったが一層やる気がでた。私の担当アイドル達はまだまだ粗削りだが皆才能を感じさせる原石だった。私は彼女達をトップアイドルにするため全力で仕事に取り組んだ。
私は情熱に燃えていた。燃えていた筈だった……。
切っ掛けは今でもよく分からない。だがきっと些細なものだったのだろう。気づくことが出来なかった。彼女達の心が徐々にすり減っていたことに……。
気づけなかった……他でもないプロデューサーの私が……。
結果、数名の離脱者が出た。その旨を直接彼女達から告げられたとき、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。
信じられなかった。私は全力で彼女たちをプロデュースしたつもりだった。寝る間も惜しみプロデュース計画を立て様々な業界関係者に働きかけ、彼女達の未来を思い描いていた。346のアイドルに相応しいトップレベルの仕事を彼女達に与え、トップアイドルの階段を上がってほしい。私の思いは伝わっていると思っていた、そうでなくとも仕事にやりがいや将来性を感じてくれていると思っていた。
だが全ては砂上の楼閣だったことを彼女達からの告白で分かった。
今西部長や同僚からは仕方ない、気にすることはないと励まされた。
だが、そんなことはない。仕方ないではすまない。短い間だったが私は彼女たちの人生を預かっていた。それに見会うだけの価値を彼女たちに与えてあげたかった。与えなければならなかったのに……。
私は辞表を提出した。今西部長はそれまで見たことがないほど険しい顔だったのを今でも鮮明に覚えている。引き留められたが私の決意が固いことを伝えると、なら他の担当アイドル達の引き継ぎがすむまでは、と言われ了承した。勿論私としてもいきなり仕事を投げ出して会社を去るつもりは無かったため今西部長と話し合い、私のプロデューサー業は今月までとなった。
それからというもの多くの同僚や上司、果ては担当外のアイドル達から考え直してほしいと引き留められた。こんなにも私のことを考えてくれている人がいるということに密かに涙したが、私の心は変わらなかった。
今日も私は引き継ぎ業務に追われていたがもうこれでお仕舞いと考えると日に日に重荷から解放されるような心地になり後ろめたさを覚えながらも仕事は順調だった。退職を決意するまではまるで刑の執行を待つ罪人のような気分だったのに比べれば幾分かマシだ。
「プロデューサーいる? 私だけど……」
聞き慣れた声で呼び掛けられ在室を伝えると、デスクのドアが開かれる
「城ヶ崎……さん」
城ヶ崎美嘉、私が担当している……もとい、既に別のプロデューサーに引き継いだから厳密には違うが私が担当した彼女たちの中の一人だ。
「会社……辞めるんだって? みんな言ってるけど嘘だよね……?」
「城ヶ崎さん。嘘ではありません。私は今月一杯で退職します」
「そんな……どうして、どうして辞めちゃうの? みんなで決めたよねっ……トップアイドルに成ろう、みんなで成ろうって! なのに……どうして?」
彼女の言葉はナイフのように私の心を突き刺した。
「今回の一件で私にはその資格も能力も無いことが分かりました。城ケ崎さんや他の皆さんには本当に申し訳ないと思っています」
「そんな言い訳聞きたくない! 私だって……私だって……一緒に頑張ってきた娘達がいなくなって辛いよ。でも仕方ないじゃん……結局はあの娘達が選……」
「仕方なくありませんッ!」
「ひっ……」
叫んだあと我に返った。
見れば彼女は怯え目には涙が浮かんでいた。
「あ……あんし……」
そう言いかけ口を塞ぐ
私は彼女になんて声をかければいい? 安心しろ? 大丈夫だ? もうすぐ彼女を置いて去る自分が?
今更プロデューサー面をして何になるんだ。
(私は最低のプロデューサーだ。未来ある少女達の夢を壊し目の前の彼女も救えない)
「どうか彼女達を責めないで下さい。全ては私の至らなさです。だからこそ私が責任を取ります」
「そんなのおかしいよ! それって、逃げるだけじゃない。それに……悪いのはプロデューサーだけじゃない。私も……私も悪いよ」
「そんなことは……」
「私も、皆で頑張ろうって言ったくせに自分の事で手一杯で……あの娘達のこと気遣ってあげられなくて……。結局全部プロデューサーに押し付けて……」
「……それは……それは城ケ崎さんの責任ではありません。その義務は私にありました。そして私はそれを怠り誤ったプロデュースを彼女達に行いました」
「でも……でも……何も辞めることないじゃない! 今回のことは絶対に忘れないで次に生かせば……」
「私はそうかもしれませんが彼女達に次は無いかもしれません」
「……」
「会社員として、プロとして、それが正しいかもしれません。ですがどうしても自分が許せないのです。彼女達には才能があります。今でもトップアイドルになれる。そう信じています。ですが私は彼女達のアイドルになる夢を壊し人生に傷をつけてしまった」
「勿論これで彼女達のアイドルになる可能性が断たれたとは思っていません。機会はいくらでもあります。いつの日か彼女達がステージの上で輝くアイドルになれることを願っています」
「本当に辞めるの?」
「はい」
「もうどうにもならないの?」
「……なりません」
彼女は踵を返しドアを開け、振り替える。
「今までありがとう。さよなら、プロデューサー」
頬には涙が伝っていた。
私は椅子に沈むようにもたれる。結局私は彼女も不幸にしてしまったのか? 私がプロデューサーをやめなければ或いは……
そこまで考え頭を振り払う。
何を未練がましい……今の私に何が出来る? 上辺だけで何も言えないプロデューサーに一体何が出来るのだ。
いよいよ退職日が来た。
既に引き継ぎ業務はあらかた完了しこの日は簡単な手続き書類に署名捺印する程度。最後の仕事としては代わり映えしないが無心で行えるから都合がいい。
するとデスクのドアが開かれる。
「やあ」
「今西部長……御挨拶に伺おうと思っていました」
「今日で……退職します」
「野暮な引き留めに来た訳じゃないよ……君が自分で決めたことだ。尊重するさ」
「今までお世話になりました。そのご恩に報いれず申し訳ありません」
「君ばかりの責任じゃないさ。私も気配りが足りなかったよ」
「元はといえば私が……」
「もうよそう……せっかくの君の門出だ。明るく行こうじゃないか」
「はぁ、恐縮です」
「それで……これから何処に行くのかね?」
行き先ではなく魂のことを聞いているのだろう。
「実家に帰ります。幸い両親が健在ですので」
「そうかね……達者でね。もう一度やり直したくなったらいつでも連絡してくれて構わないよ。アドレスは消さないでおくからね」
つくづく部長は人格者だと感じる。わたしでは遠く及ばない人だ。
「今まで本当にありがとうございます。それでは」
「あぁ。気を付けてね」
去っていく彼の背はとても小さく見えた。初めて彼と出会った時とは比べようもなくやつれていた。
才能ある若者だ。熱く、情熱に燃え、理想に満ちていた。将来必ず大きなことを成し遂げると思わせるほどの男だった。
この仕事をしていると、きらびやかなほうにばかり目が向いてしまうが現実は残酷だ。嫌でも夢に破れ去っていく人間を見ることになる。それが共に歩んだ者ならより辛い。どれだけ年や経験を積んでも慣れないものだ。仕方の無いこととはいえ情熱を注いだ分、若い彼にはあまりに酷だったかもしれない。
どうか彼がこのまま潰れないことを今は祈るしかない。
私は都内の実家に久しぶりに帰って来た。両親からはいつも、たまには帰ってこいと言われていたがまさか退職して帰ることになるとは流石に気まずかったが両親は温かく迎えてくれた。詳細は伝えていたが拍子抜けするほど仕事については何一つ訊かれなかった。それが両親の気遣いなのは直ぐに分かった。
私の生活費は自分の貯金から両親に支払っているがいつまでも親の脛をかじる訳には行かない。再就職先を早く見つけなければならなかった。
それからしばらくして私は派遣社員として様々な職場を転々とした。オペレーターやデスクワークといったインドアや交通整理や土建業といったアウトドアな仕事などなるべく幅広く仕事をした。
とにかく働いた。無我夢中で働いた。まるで何かを忘れるように。
結局……私はどの仕事も馴染めなかった。嫌いではなかった。大学卒業からずっと346プロで働いていたため改めて全く経験したことの無い仕事を一から覚えるのは辛くもあったが貴重な経験だった。
しかしどうしても脳裏を過るのはアイドルのこと、プロデュースのことばかりなのだ。何をしても過ってしまうのだ。
だが悪いことばかりでもなかった。
派遣社員として働いて分かったのは、私は全く世間を知らなかったことだ。アイドルになる訳は様々だが派遣会社や派遣先の人達も皆様々な訳で働いていた。
事務員の佐藤さん。今は替えの利く会社の歯車だがいつか、憧れている社内の社長付き秘書のようなバリバリのキャリアウーマンになるため必死に勉強していた。
ホテル従業員の鈴木さん。以前はなんと子役で映画やドラマにも出演していたそうですが天才子役が現れ自分ではその天才子役には絶対に勝てないと悟り、見切りをつけて引退して今の生活をしているそうです。同僚と結婚が決まり、とても幸せそうだった。
土建業の高橋さん。前科があると告白された時は驚いたが話を聞くとアルコール依存症になり生活苦で万引きや引ったくりを繰り返していたところを婦人警官の鉄拳制裁を受けたが、拘留中の間にその婦警が親身に話を聞いてくれて出所後のアルコール依存治療の慈善団体も紹介してくれ、唯一自分を気遣ってくれた婦警さんのためにも心を入れ替え働いていた。
他にも……本当に、本当に沢山の人や訳に出会った。
彼等に出会い私は自分と向き合った。彼等は皆、自分の人生をより良いものにしようと必死で足掻いていた。その様を私は美しいと感じた。
私はどうなのだろうか? 私は自分の人生をどんなものにしたいのだろうか……? 分からない……今の私にはまるで分からない……。
そんな答えのでない日々を送るある日、会社から急病で派遣先に行けなくなった社員の代わりに数日間働いてくれないかと言われた。特に予定もなかったので了承の旨を伝える。
「ほんとかい? いやぁ助かるよ。人気芸能プロダクションだから仕事をドタキャンするわけにいかなくてね」
「! ……芸能プロダクションですか?」
嫌な予感がした。この仕事をするに当たって私は芸能関係の派遣は意図的に避けてきた。万が一にも346プロの方々と顔を会わせたくはなかったし何より何の答えも出ないうちに派遣とは言え芸能関係の仕事をするのは筋が違うような気がしていた。
「そうそう。まあ派遣先はプロダクションじゃなくて外部のイベント制作会社だけどね。武内君は前の仕事で慣れてると思うからひとつよろしく頼むよ。765プロアリーナライブの設営準備」
そう告げられ電話は切られた。
765プロ……アイドル業界で現在最も勢いのあるプロダクションだ。所属アイドル達は国内外問わず高く評価されており346プロのアイドル部門を立ち上げる際に私が最も参考し研究したプロダクションでもある。
退職以降、346プロの話題を聞くのが辛くテレビやネットニュースなどはほとんど見ていなかったがそれでも765プロがアリーナライブを行うという話題は世間で持ちきりだったことを思い出す。
346プロでなくて良かったと思うべきなのか……それとも……。
アリーナは現在ライブの準備のため大量のスタッフが出入りをしておりその規模の大きさが伺い知れる。ライブまで間もないためか皆忙しないがその顔には確かなやりがいが感じられる。
私の仕事は各作業場の手伝い。裏方の裏方だ。だが手を抜くつもりはない。元プロデューサーとして765プロのアイドル達がどれだけライブを成功させたいかは痛いほど分かる。私のような仕事がライブを支えていることもよく分かっている。だからこそ全力で仕事に取り組む、個人的な感情は後回しだ。
前職でノウハウは大体分かるのでひとつ頑張ろう。
「そこの君! 頼んだ物品は何時到着するんだ?」
「その物品でしたら一時間後に第三搬入口に到着します」
「おーい、この機材運ぶの誰か手伝ってくれ!」
「私が手伝います」
「弁当は何処に持っていけばいいんだ?」
「各設営ごとに此処と此処とこの場所に纏めてください」
「おい! この機材壊れてるぞ!?」
「直ぐに代わりの機材を発注します」
前言撤回だ。ライブ設営は私の想像を遥かに越えて恐ろしく大変だ。次から次へと仕事や問題が発生する。いつもライブ設営が済んだ後にアイドルを伴って会場入りしていたがこれほど多忙だったとは……スタッフの方々、ありがとうございます。
「それでは今日はお疲れさまでした! また明日からも設営はありますがライブ成功のため我々皆で頑張りましょう!!」
終了の音頭をとったのは765プロのプロデューサーだった。聞くところによると彼は度々時間を見つけ設営スタッフ達を見舞い、士気を高めていると言う。
その効果はてきめんだろう。
プロデューサーはスタッフ一人一人に労いの言葉を掛けて廻っておりプロデューサーの人間性が一目で分かる。彼はとても好い人だ。彼のためにも頑張ろうと思わせられる。
女性スタッフの間では密かなアイドルになっているほどだ。
彼は私の元へもやって来た。
「今日はお疲れ様です」
「いえ……仕事ですので。恐縮です」
「アイドル達の為に頑張りましょう!」
「……何故貴方はそこまで直向きに頑張れるのですか?」
つい口に出してしまった。
「え? うーん、そうですねぇ……やっぱり俺も見たいんですよね、あいつらがステージでおもいっきり輝く姿が」
「輝く姿?」
「ええ。あいつらがこのライブの為に努力をしているの俺が一番知ってますから。だから俺は俺が出来ることを精一杯やる……それがプロデューサーですから」
「ですが……それが結果的に仇となってしまうことも……っすみません不躾でした」
「あはは……いいんですよ。実際俺も最初の頃は空回りしてアイドル達に迷惑掛けちゃったこともありましたしね。でもそれで気づいたんです。アイドル活動を全部プロデューサーが面倒みるだけじゃダメだって」
「な、何故ですか? プロデューサーたる者アイドルを導いてこそっ……」
「俺も最初はそう思ったんですよね。でもそれって実際アイドルを蔑ろにして俺の思いだけで振り回してるだけなんですよね」
「私はそんなことっ!」
「ど、どうしたんですか?」
「いえ……すみません。続きをお願い出来ますか」
「え、えぇ。……それでアイドル達に言われたんですよ。私達を信用してくれって。それで気づいたんですよ。自分のアイドルが信用できないなんてプロデューサー失格だなあ、てね」
「765プロのプロデューサーさん! ちょっといいですかー!」
「はーい! すみません俺はこれで。ライブ、皆で成功させましょう!」
彼は颯爽と去っていった。私は暫く固まっていた。
アイドルを信用していない? そんな馬鹿な……私は彼女達の為を思ったからこそ……。
「プロデューサー。私……アイドル辞めます」
「理想と違うっていうか楽しくないんだよね……ごめんねプロデューサー」
「向いてなかったんだよプロデューサー。私がアイドルなんて……」
彼女達の最後の言葉を思い出す。
私は彼女達のことをトップアイドルにしたかった。それが彼女達の望みでもあった。いや、
本当にそうなのか……?
思えば彼女達はトップアイドルを本当に望んでいたのだろうか? そもそも彼女達にとってのトップアイドルとは何か、私は真剣に考えたことがあったのか?
いやしかし……そんな……私はただ……ただ……彼女達のことを……
あの日、765プロのプロデューサーに言われた言葉に愕然とした私だがいつまでも落ち込んでいるわけにはいかなかった。
何故ならば今日はアリーナライブ当日だからだ。私の役目は観客席での観客誘導。まだ開始前だと言うのにも関わらずアリーナは男女問わず多くの765アイドル達のファンが駆けつけておりほぼ満員だ。会場内は異様な熱気で包まれていた。
「そろそろ開始5分前だ。皆、気合入れていくぞ!」
無線によるチーフからの激励によって緊張が高まる。私がこの有り様なのだから主役であるアイドル達は私の比ではないだろう。私に出来るのは目の前の仕事をし、少しでも彼女達のサポートをすることだ。
その時……ライブの幕が上がった。
圧倒された。一瞬仕事を忘れ観いるほどに。すぐさま我に帰るが他のスタッフや観客も皆我を忘れステージで踊る彼女達に瞳を奪われていた。
其処には確かに私が目指していたトップアイドルとしての姿があった。
「これは……?」
頬に何かが伝った。泣いているのか? 私は?
思えば最近泣いてばかりだ。だがこの涙は悲しみではない。感動の涙だ。ステージの上で輝いている彼女達を見て……心から私は感動していた。
765プロのアイドル達は研究対象ではあったがファンではなかった。だがそれでも私は今この時彼女達の歌声を聴き涙を流した。魂を揺さぶられるとはこういうことなのか……?
アイドルとはこんなにも力を持っているのか? 彼女等の歌やダンスにはどれほどの可能性が秘められているのだ?
知りたい……もっと彼女達を……アイドルを……アイドルとは何なのかを……。
ライブは大喝采で幕を降ろした。
私はその片付け作業に駆り出されている、私の中ではまだライブの興奮冷めやらぬ勢いだ。
「ご苦労様」
「貴方は……高木社長!?」
声かけられ振り替えると其処には765プロ社長、高木順二郎氏が立っていた。何故……私のような一介のスタッフに?
「ライブ中、君をふと見掛けてね。正直に言おう……ティンと来た!」
「……は?」
その出会いが私の人生を変える事をこの時の私はまだ知らなかった。
高木社長と別れその後の後片付けも終わり、私はその足ですぐさま会社へと戻り辞表を提出した。何の後悔も無かった。
そして現在。765プロ。
「いやー早いもんだよねぇ真美、兄ちゃんがハリウッドに行っちゃってもう一ヶ月かぁ」
「そうそう。最初の頃は皆元気なかったもんねー亜美ー」
「そう言うあんた達だって暫くはいつもより静かだったじゃない」
「「ゲッ!? リッチャン!」」
「全く……プロデューサーはハリウッドで研修中なんだから貴女達もしっかりしないと駄目でしょ?」
「そう言う律っちゃんだって落ち込んでたじゃん」
「な!? ……あーなーたーたーちー?」
「うわー逃げろー!」
「まったくも~‼」
「でも実際ようやく皆いつも通りになりましたよね。律子さん」
「小鳥さん……確かにそうですよね」
プロデューサーが抜けた影響は少なくはない。事前に伝えていたとはいえ皆プロデューサーとのアイドル活動が当たり前だった。当初は皆生活のリズムが狂ってしまい大変だった。
「ウオッフォン! そんなわけで新アイドルを発表することになったよ!」
「社長!? 何時の間に現れたんですか!」
「ついさっきだよ」
「と言うか新アイドルってどう言うことですか? アイドル候補生のあの子達はまだ本格的なデビューは先ですよ?」
「いやいや。シアターアイドル達とは別だよ。私がスカウトした新たなるアイドルだよ!」
「そんな急に……」
「無茶苦茶だわ……」
「律子君は大変だと思うからプロデュース業は久しぶりに私が行うよ。しかも今回は我が765プロ始まって以来の男性アイドルをプロデュースすることになったよ」
「男性ピヨ!? それに社長がプロデュースですか!?」
「私も久しぶりだが大丈夫だよ。なにせ新アイドルはプロデュース業の経験があるようだからね」
「それって律子さんみたいな元プロデューサーですか?」
「うむ。実は今日は事務所まで彼に来てもらっているのだよ。おーい! 入ってきてくれたまえ」
「……ハイ」
事務所の扉が開かれる。そこからは律子達の想像以上……いや、想像外の男が入室してきた。
「……はじめまして。私、御社のアイドルとして活動させていただきます、武内と申します。どうぞよろしくお願いします」
目の前のスーツ姿の彼は社会人として完璧な所作で名刺を取りだし私たちに差し出した。
[765プロ所属アイドル 武内 ]
「「……え~~~~‼??」」
その日一番の悲鳴が事務所に轟いた。
私は本当の意味でアイドルを理解していなかった。いや、理解したつもりだった。
理解しなくてはならない。アイドルを。プロデュースではだめだった。ならば方法は1つ。そう……
私自身がアイドルになる事だ─────
神は言っている。その理屈はおかしい。
武内Pにナイトメアブラッドを着させたい