ちなみにTSはなんでか知らないけどマーリンの方は書けてしまった。
教室の掃除と、制服の血抜き。それから色々な細々としたことをやって、彼を家まで運ぶ。掃除とかそういうのは全部魔術を使えばすぐに終わるし、彼を運ぶのだってそんなに苦にならない。
部屋は……いつものところでいいかな。ああ、そうだ。この前買ってきたファ〇リーズがあるからそれを使っておきましょうか。彼はなぜだか分からないけれど、ファ〇リーズがすごい好きだから。
あとそれから、やらなきゃいけないのは……連絡よね。
「この時間だとお義母様はいないはずだし……電話を掛けるのも、ね。んー、手紙がいいかな」
彼のお義母様は何かと忙しい人だから、家に帰ってくるのは稀だったりする。彼は一人で放っておくと食事とかを面倒くさがってしなくなるので、昔からわたしの家に招いたりしていた。だから、多分お義母様は彼が向こうの家にいなかったらこっちに来てるんだなくらいで済ませて寝ちゃうと思うのだけど、それでも一応置き手紙くらいはあった方がいいでしょう。
そんな考えのもとに手紙を置いて家に戻り、洗面器とタオル、リンゴと果物ナイフを持って彼の寝ている部屋に行こうとした時。ちょうど帰ってきた綾香とばったり出くわした。
「あ、おかえり綾香」
「うん、ただいまおねーちゃ……ん?」
あれ、ちょっとこれは不味いかな。綾香が違和感を覚えたらしく顔を顰めてる。このままいくと――
「……お兄ちゃんに
「違っ! 違うのよ!!」
威厳のあるお姉ちゃんとしての立場が……! なんとかしないとまた隠してあった本が見つけられた上に机にきっちり並べられることに……!
「もう知らない!」
「ああ……」
どうしよう。彼に
「うう……とりあえず、看病よね」
やや現実逃避気味にではあるけれど、彼の看病をすることにする。いや、別に綾香に負けたとか、そういうわけじゃないのだけど。
そう思いながら、扉を開けると。
「「あ」」
ドアノブに手を掛けようとした体勢の彼が立っている。その顔色が悪いのは、結構な量の血を噴き出したからかな。ついでに少しふらついているし、しばらく寝かせておかないとダメね。
……ぅ、で、でもなんていうか、さっきまでは全然気にならなかったのに、今こうしてちゃんと面と向かうと――
(と、途轍もなく恥ずかしい!)
ど、どうしようどうしよう。いつもどういう感じで喋っていたんだっけ? あ、そうだ。何でここに来たかとか、そういうことを話せば……
「……あ、その、目が覚めてよかったわ。いきなり倒れるからすごく心配して、それで……」
つい髪の毛を触ろうとして、両手とも物を持っていることを思い出す。慌てたせいで彼に恥ずかしい姿を見せてしまって、更に慌てるという悪循環。いっそのこと『やり直し』をしようかとすら考えたほどの慌てぶり。
わたわたと意味のない動きをしているわたしに対して、彼はいつも通りの表情で――けれどどこか困ったように――話を始める。
「え、あ、なんか、迷惑? 掛けたみたいで悪い……」
『いつものことだけど、倒れて迷惑かけるのはどうにかしたいな……』
……いつだって彼は、人を頼るということをしない。彼の中では誰かに頼るということは迷惑をかけることだという認識があるようで、どんなことでも自分でやってしまおうとする。実際そうできるだけの力があることも相まって、彼は本当に必要な時以外頼ってくれることがない。けれど、わたしとしてはもっと頼ってほしいし、なんなら全部わたしに任せてくれてもいいくらいなのだけど……それはまた今度ね。
今は、迷惑を掛けた、と申し訳なく思っている彼の目を見て、しっかりと伝える。
「それは全然いいの! わたしのせいであなたを傷つけてしまったもの」
「沙条のせいってわけじゃないだろ……半分体質みたいなもんだし? むしろ、沙条にはいつも感謝してるというか、なんというか」
『……ほんと、いつも感謝してるよ』
「え……と、それなら、いいのだけど」
――き、気まずい! 感謝している、なんて面と向かって言われるのは初めてで、つい動揺してしまって、うまく会話を繋げることも出来なかった。
彼の方も顔を赤くして目線を彷徨わせているところを見ると、言おうと思って言ったわけでもないのだと思うけど……どっちにしたって恥ずかしいのには変わりない。
「……あ、お父さん」
「愛歌。……と、君か」
ふと気配を感じて振り向くと、お父さんが下から上がってきたところだった。
その声に反応したのか、彼も顔をこちらに向けてお父さんのことを確認していた。
「……あ、おひさしぶりです。広樹さん。ごぶさたしてます、はい」
『まじかよ……また付き合わされるのか?』
「倒れたと聞いていたんだが……もう少し休んでいくといい。ついでに、一緒に夕食でも摂ろう。……綾香も寂しがっていた」
「ぐ……っ」
『完全にいつも通りのパターンか……』
お酒の入ったお父さんは面倒くさい。変な絡み方をしてくるし、かと思うと飲みすぎてトイレに駆け込むし、駆け込んだと思ったらすぐ寝るし。
なんてことを考えていると、彼がやや言葉に詰まりながら返答していた。危ない危ない。考え込んでしまうのは悪い癖ね。
「じゃあ、やすませて、もらい、ます。はい」
『……まあ、綾香だけが理由ってわけじゃないけどさ……』
「ああ、そうするといい」
お父さんがそのままいなくなると、ゆっくりとベッドに向かって糸が切れたように倒れこんでしまう。やっぱり無理をしていたみたいだった。あれだけ血を出していたのだから当然なのだけど、こうして実際に彼の辛そうな姿を見ると心が痛む。
さっき色々とやりすぎてしまったのは確かだから、わたしがその責任を取って看病するのも当然よね。一回あのことは忘れて、彼の看病に集中しないと。
まずは……そうね。リンゴでも剥きましょうか。
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