非常に――非常に、不服ではあるけど。アレの言う通り最近、わたしと彼との間に会話が少なかったのも事実。だから、まあ。アレの言うことに従った形になるのは非常に不本意なのだけど、屋上に行くことにした。
屋上は風が通り抜けて結構涼しい。昼間一緒に来たときにはまだまだ暑いと思っていたのだけど。なんとなくベンチに座って、最近のことを振り返る。
……確かにおかしくなっている。『無意識の好意』で動いていた彼がわたしから離れようとするなんて。まさか沈めたことに何か問題が起きたとは思えないし、変化があったのは彼の心なのでしょうね。だとすると、一体何が原因か、という話になってくるわけで――
「それはやっぱり、あのラブレターが発端としか思えない……ううん、やっぱり
邪魔だし。何と言っても邪魔だし。とはいえまた彼の記憶を弄ったり、っていうのも嫌だな。ああでも、どうしよう……本当に扱いに困るものが出てきたわ。
なんて考えていると彼に動きがあって、ここに向かっているらしいことが分かる。……自慢じゃないけど、半径20キロの範囲だったら彼がどこにいるのか、どんな動きをしているのかは手に取るように分かる。結婚した時に夫を支える良き妻としていられるようにするための準備だ。
やがて屋上の扉を開けた彼はぽかんとした、可愛らしい表情を浮かべてわたしを見た。……けれど、その理由はアレがいると思ったらわたしがいたから、というもの。ああ。許せない。どんな理由があっても、どういう状況でも、彼の心を動かしていいのはわたしだけ――やっぱり殺そうか。
「……なんでここにいるか、理由くらいは知りたいでしょう?」
「ああ、そうだな。なぜ俺がここに来るか……というより、なぜ俺がここに人を呼び出したことを知っているんだ、
……沙条、ね。もう、名前で呼んでくれないの? どうして? やっぱりアレの、あの肉袋のせいなの?
ああダメだ。『いつも通りの沙条愛歌』でいようとしたのに――壊れてしまう。歪んでしまう。剥がれてしまう。あとに残るのは、泣きたくなるほど無力な少女。
「本人が教えてくれたの。あなたに呼び出された、って」
「はっ……どうやって聞き出したのかは聞かないでおくが、これは俺と彼女との問題だ。沙条、お前が出てくる幕はない」
彼の目つきが鋭い。こんなこと、今までに一度もなかったのに。分からない。分からない。未来を視ていないわたしは、これからどうすればいいのか、どう動けばいいのか、その正解が分からない。
……いやだ。あなたがいない、あなたが隣にいない、そんな未来はいやだ。そんなことになるんだったら――こんな世界いらない。
……。
「……そう。そうなるのね。これは
「何の話か知らないが、そろそろ時間だ」
前に視たのは夕暮れの教室で話すわたしたちの姿。あの様子だと険悪な様子もなかったのに、何かを失敗してしまって未来が変わってしまったのか。ならどこで? 何を? どうすれば? そんな、わたしが本当に知りたかったことを知るためには一から十まで全部視る必要がある。
けれどそれでは、彼の言っていたとおり、そして出会う前のわたしのように、『夢を描くこともなく生きる』ことになる。……それはそれで、いやだった。
……でも、本当に大切なものは何かと言ったら。それは……。
覚悟を決めよう。わたしは――沙条愛歌は、彼が好きだ。愛している。何よりも、誰よりも、彼さえいるなら他の全てが死滅したっていい。
だから。だから――わたしは未来を視て、彼の心を覗いて、邪魔するもの全てを殺そう。
「――あなたがそう来るなら、わたしもなりふり構わない。終わったら教室に来て」
そう告げた時、彼の顔は今にも泣きだしそうになっていて。手が上がってわたしの方に伸ばされていた。けれど、伊藤さん(今ちゃんと思い出したから、これが本当)のことを考えてか、拳を握ってわたしを見送る。
わたしたちの間の壁を象徴するように屋上の扉が閉まって。わたしはズルズルと座り込んでしまう。……伊藤さんには悪いけど、遠回りになる向こうの扉から来てもらおう。
「……そう、出来たならどんなに良かったでしょうね。でも、でもね。あなたが教えてくれたから、あなたが気付かせてしまったから。もう、わたしには出来そうもないわ」
未来を視ようとしても心のどこかでブレーキをかけてしまう。だからほんの少しの未来しか視れない。
心を覗こうにも無意識に遠慮してしまう。だから心の表面的なもの、最も思考の割合が大きいものしか分からない。
邪魔するもの全てを殺すのは――まあ、なんの制限もないのだけど。それでも綾香や美沙夜ちゃんたちを巻き込みたくないと考えるわたしがいて。
「……弱く、なっちゃったかな」
……それすらも彼の影響だと思うと嫌じゃないと考えてしまうあたり、結構重症なんだろうなぁ。
やさしいおねーちゃん(根源接続者)の出来上がり
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