幼馴染が根源の姫だった件   作:ななせせせ

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書きたくなったから書いた。
基本的にこっちはあまり更新しないとは思いますが、書きたくなってしまったものはしょうがないので……

10/12 修整


第1部 ファントム(ノーズ)ブラッド


 夕暮れ時、橙色に染められた教室。部活や勉強、遊ぶため、様々な理由から生徒たちが出ていった教室は閑散としている。

 二度目(・・・)の俺は、高校って確かにこんな感じだったなぁ、なんて昔の高校生活に思いを馳せる。正直、精神年齢的にはこんなところにいるのは犯罪じゃね、とか思ってしまうのだが、肉体的には俺も高校生なのだ。

 これで可愛い彼女とこんな雰囲気のある教室にいたならば、そういう(・・・・)空気になり、この教室でイケナイことでもしていたかもしれない。

 

 けれど。実際はそんなことはなく。可愛い彼女どころか恐らく人間ですらないような少女と二人きり。

 

 

「……ねえ? ここでシてみましょうか?」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 

 くすくすと嗤いながらソイツが距離を詰めてくる。

 俺は後ずさる。しまった、そういえば今日はファ〇リーズをしていない。いや、するのはアイツの方だったか?

 奴が詰める。

 後ずさ……壁だ。なんてこった。

 

 

「それで、誰を選ぶの? 私か、綾香か……それとも、美沙夜ちゃんかしら」

「おまっ、それ以上近づくと……!」

「……近づくと?」

「……死ぬぞ」

 

 

 主に俺が。誰か来ても社会的に死ぬ。来なくてもきっと物理的に死ぬ。

 壁を背にしたことでいよいよ逃げられなくなった俺と、そんな俺の顔を上目遣いに見つめてくるこの女。

 形勢は不利。いや、不利というかもはや敗北寸前だが、ここで諦めるわけにはいかない。

 

 

「……ふふっ。あなたに殺されるなら、私はそれでもいいけど……?」

「ちょ、やめっ、ひぃ」

 

 

 突然つま先立ちになって首筋を甘噛みされたことで腰から力が抜ける。奴がへたりこんだ俺にのしかかり、更に距離を詰める。お互いの息がかかるほどの距離まで詰められ、ほぼ反射的に顔をそむける。

 だがそんな抵抗を許す女なわけもなく、頬に手を当てられ無理矢理正面を向かせられる。手の冷たさと柔らかさに、抵抗しようという気持ちが急速に消えていく。

 

 何かがおかしい、と叫ぶ理性は段々と薄れていき、熱に浮かされたような心地で目の前の少女を見る。

 制服の隙間からちら、と覗く白い肌、瑞々しい唇、さらりと流れる髪の一束一束、その全てが心を揺らす。

 

 

「あなたが好きな人は……一体誰?」

「俺が好きなのは――」

 

 

 

 

 ――と、ここで突然だが、Fate/prototypeという作品を知っているだろうか。

 Fate/stay nightの原型の物語。その前日譚こそ書籍化されたものの、本編はアニメはおろか書籍、ゲームとしても出ていないという幻の作品である。

 主人公である沙条綾香が聖杯戦争と呼ばれる、過去の英霊を用いて戦う戦争に巻き込まれていく――という物語のはずである。残念ながら本編が存在しないために想像することしかできない。

 

 さて、1900年代後半にそんな知識を有しているこの俺がただの人間であるわけがない。

 

 まあ、まさか自分がそうなるなどとは思わなかったが、どうやら俺は生まれ変わったらしいのだ。死んだときの記憶もちゃんとある。タバコを吸い過ぎたことによって出来た肺ガンでぽっくりと逝ったのだ。

 それはいい。自分が一度死んだのも、生まれ変わったのも、サブカルチャーに触れてきた身としては納得できる。

 

 ただ唯一にして最大の問題は、幼馴染の少女。

 お隣さんということで引き合わされた時、まだ幼女であっても飛びぬけた美貌を持った彼女と幼馴染であることを喜んだ。美人の幼馴染がいて、高校生くらいになってその子とのラブコメが始まる――だなんて妄想もしたさ。

 

 絶望というのは希望が大きければ大きいほど大きくなるものだというのは有名な話だったと思う。実際俺もそうだった。

 

 

 ――沙条(さじょう)愛歌(まなか)。自己紹介をする彼女の口から放たれたその名前が耳に入った瞬間の衝撃は筆舌に尽くしがたい。

 沙条愛歌といえばFate/prototypeにおけるラスボス。絶対無敵おねーちゃん。半ゾンビ。根源の姫。色々あるが、とりあえずこの女性がいると東京は大変なことになるのだ。

 

 名前は一緒で、見た目も酷似しているがそれだけならまだ別人だと言い張れたかもしれない。だが、その後ろからちょこちょこついてくる綾香という名の妹が産まれてしまってはもうどうしようもない。

 ついでにその数週間後に玲瓏館という家があることを知った。泣いた。

 

 で、どうにかこうにか今現在の高校生まで生きてこれているわけだが、そもそも『俺』という存在しなかった人間のせいで、もとの物語の記憶なんて役に立つはずもないとこの前気付いた。

 ということは、だ。恐らくは聖杯戦争が起こるであろう前に東京を離れ、田舎の山にでも籠るしか生き残る道はない。

 そう、そのはずなんだ。だからここは誰も好きではないと答えるべきだ。

 

 けれど――

 

 

「俺は……」

 

 

 なんて答えればいいんだろうか。

 その潤んだ瞳に、紅潮した頬に、上気した肌に、熱い吐息に。

 

 

 俺はどうしても口を開けない。

次の話は?

  • スイート
  • ノーマル
  • ビター
  • デーモンコア

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