“ニセモノ”が“ホンモノ”に変わるとき   作:似非恋

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ハジマリ

 

 桜が散り、梅雨が過ぎ、もう季節は暦の上でも夏の季節。

 

 俺こと比企谷八幡は大学受験を終え、地元千葉の人気私立大学に進学して、既に数ヶ月が経過していた。実家から通っているが親父から追い出されそうなので必死に抵抗する毎日だ。

 大学生活だが高校と変わらずボッチライフを送っている。周りが変わったところで俺の性格や社交性が変わることはないし変わる気もない。何が言いたいのかと言うと部活やサークルに入る気はサラサラなかったということだ。

 

 

「比企谷君。帛紗(ふくさ)捌き間違ってるわよ」

 

 

 どうしてこうなったのだろう。

 俺は今『茶道部』に入っている。こんな事実を周囲に知られれば腹を抱えて笑うこと間違いない。そんな事になれば軽く死ねる。耐えられるのは心臓が三つあるバーン様ぐらいだ。

 茶道部に入った経緯は簡単だ。就職を視野に入れた(もちろん働きたくはないのだが)上で、サークルなどの課外活動をしている者は圧倒的有利だ。面接に使えるというのも一つあるのだが何より履歴書に書ける事が大きい。

 学生運営委員会という高校でいう生徒会は最初から頭には無かった。だから俺は俺に合うサークルを探していた。読書サークルや文芸部などの比較的人との関わりがないものを。だがそれは夢のまた夢で、中を覗いてみればウェイウェイ勢の集まりだった。文武両道を掲げるこの高校染みた大学で、読書サークルや文芸部は形だけを取り繕うのに最適だったのだろう。ただのリア充の巣窟で飲みサーだった。

 そして辿り着いたのが『茶道部』だった。人数は比較的少なく、人との関わりが少ない。それに興味があったこともある。あるミステリー小説で『雪月花式』のトリックがあり、その舞台も大学だったという事もあり気にはなっていた。

 

 

「雑。やり直して」

 

「・・・うす」

 

 

 だが現実とは厳しいものだ。

 興味本位で入った部活がバリバリの熱血系という展開は良く見る(漫画)。だがまさか『茶道部』がこんなに厳しいとは思わないだろう。入部を決めた少し前の俺を殴りたい。上条さんでも呼んで過去の俺の茶道部に対する幻想を壊してもらいたいレベル。

 まぁ過去の俺に対しての愚痴はここまでにして、そろそろ隣で俺に厳しく作法を教えてくれている同輩を紹介しよう。

 

 宮本るり。

 身長は140ぐらいだろうか。眼鏡とポニーテールがトレードマークの女の子。眼鏡を外したら美人だと思えるほど顔は整っている、それ故にかなり冷めた性格に見えるが、初心者の俺を見てくれていることから面倒見はいいのだろう。あと超が付く程の毒舌。バッサバッサ切っていく。

 

 

「二人とも、ひと段落したらこちらにおいで。一服()てるから」

 

「はい、ありがとうございます。比企谷君、基本を綺麗に出来たら行きましょう」

 

「・・・あぁ」

 

 

 帛紗(ふくさ)捌きとは茶道における基本中の基本動作の一つだ。

 帛紗(ふくさ)とは茶器を取り扱うときに用いられる布である。お運びの時は点てる時とは違う古帛紗(ふくさ)という物を使う。

 慣れると簡単だと宮本は言うのだが、如何せん俺は不器用な部類に入る。それに帛紗(ふくさ)が新品なので型が付いておらず非常にやりづらい。

 帛紗(ふくさ)を捌いて(なつめ)を優しく拭き、もう一度帛紗(ふくさ)を捌いて茶杓を清める。そして最後に帛紗(ふくさ)を腰に吊るす。この手順の間、隣の宮本はそれはもう性癖が捻くれた者からしたら御褒美に近いほど冷たい視線を浴びせてくる。だが俺はノーマルなのでただ怖いだけだ。

 

 

「ふぅ・・・」

 

「まぁ及第点かしら。では行きましょう」

 

 

 宮本の最低合格ラインは取り敢えず乗り越えたらしい。

 先輩が一服点ててくれるというので宮本と俺は帛紗(ふくさ)挟みを持って立礼棚(りゅうれいだな)の右側へ正座で座る。

 帛紗(ふくさ)挟みは帛紗(ふくさ)を含めた茶道において必要な小道具を入れている袋のことだ。その中にはお辞儀をする時や床の間を拝見する時に使う扇子、お菓子を取り分け受け皿にする時に使う懐紙、茶菓子をいただく時に使う菓子切り(黒文字)などが入っている。

 

 

「お菓子をどうぞ」

 

「お先に頂戴いたします」

 

 

 先輩が運んできてくれた茶菓子は塩大福だ。

 先輩の言葉に宮本が返答し、俺に軽く先礼するとお菓子を箸で自身の懐紙に置く。置いた後は懐紙の右上で箸を清め元に戻す。

 茶菓子というのはお客が偶数であっても奇数数で入れなくてはならない。今回は宮本と俺だけなのだが三つ入っている。

 宮本に習い同じ手順で丁寧に行っていく。箸の取り方、清め方、黒文字で菓子を切り分け一口ずつ戴く。お菓子を戴くだけでかなりの集中力を使う。

 

 食べ終わった頃には先輩はお茶を点て終わっており、宮本が立礼棚(りゅうれいだな)に取りに行っていた。元の位置に戻るとお先に、と宮本が俺に先礼する。

 

 

「お点前頂戴いたします」

 

 

 宮本は先輩にお辞儀し、左手に茶碗を乗せ右手を添えて、押し戴く。その後は茶碗の正面を避ける為に二度右に回し静かに戴く。最後は音を鳴らして吸い切る事が良いのだそうだ。

 先程と同じく宮本の見よう見まねでお茶を戴く。お菓子の甘みばかりだった口内に熱い抹茶が流れ込む。入った当初はなぜ最初にお菓子を戴くのか分からなかったが最近は何となくわかってきた。お菓子は抹茶の美味さをより引き立たせる物なのだと。

 

 全ての作法が終わり、今日の活動は終わりの運びになった。先輩や宮本は片付けに勤しむ・・・が俺だけは動けなかった。

 

 

「はぁ、比企谷君。あなたそろそろ正座に慣れなさい」

 

「いやそうは言ってもだな・・・」

 

 

 そう長時間正座をしていたせいで足が痺れているのである。茶道部に入って一番辛いのがしびれた後の立ち上がる時だ。チクチクするわ、足の感覚がなくなって変な歩き方になるわで散々だ。

 痺れが取れた時にはもう殆ど片付けの作業は終わっていた。申し訳ない気持ちで一杯なのだが動けないものは動けない。

 

 

「じゃあ今日はこれでおしまいね。来週は教免の講座があるから私は来れないの。宮本さんと比企谷君はどうする?」

 

「私は使わせてもらえるなら少しだけでも慣れておきたいです。ずっと表千家でやってきたものですから」

 

「あー俺も用事が────」

 

「比企谷君は用事なんて無いでしょう。一人でやるのもアレだし付き合いなさい」

 

「・・・はい」

 

「ハハハ・・・じゃあ戸締まりとかきちんとしてね。宮本さんお願いね?」

 

「はい。問題ないです。お疲れ様でした」

 

 

 この会話を最後に解散の運びとなった。先輩はスクールバスなので時間がないらしく走って向かった。残され た俺と宮本は普通のバス停まで歩く。

 

 

「比企谷君。来週はお菓子買ってきてもらえるかしら?」

 

「経費で落ちるんだったか・・・だがどんなのがいいのかわからん」

 

 

 宮本は俺の言葉に少々思案したようだ。そして思い付いたのか呟く様に疑問を口に出した。

 

 

「比企谷君。あなたはリア充をどう思う?」

 

「滅べばいいと思う」

 

「即答・・・まぁいいわ。じゃあ小さい時に結婚を約束した異性が違う異性と付き合ったらどう思う?あなたはどうする?」

 

「その問いに何の意味があるか知らんが・・・所詮は子供の頃の口約束だろ。それを自己責任が生じる歳まで想い続け、勝手に希望を抱いて失望する奴が居るのなら呆れる。押し付けがましい渇望心を異性に充てた所で自身の自己満足だからな。それと俺ならどうするという問いについては、そんな経験したことないから知らん」

 

 

 どうして宮本がそんな事を聞いてきたのかを知る由もないが、おちゃらけた雰囲気を許さない声のトーンは否が応にも真面目に答えざるをえなかった。

 

 

「そう・・・じゃあ最後の質問。あなたにとって人と人の関係はどう在るべきだと思う?」

 

「どう・・・か。人との関係の正しい在り方の答えは、一生涯悩み続ける問題なのだと思う。たとえその関係が“ニセモノ”であったとしても人との関係の一つの形であって唾棄すべき物として否定はできない。だからと言って“ホンモノ”なんぞ存在するものかどうか分からない。渇望し、渇求し、誰もが陶酔する様な関係がこの世にあるとは思えないからな」

 

 

 そう結局は何が正しい答えなのか俺も分からない。

 高校時代はあるかも分からない“ホンモノ”という一つの像に縋った。あの場所が、大切だと思えたあの関係が、“ホンモノ”だったのなら壊れる事もなかっただろう。だから俺は“ホンモノ”が何なのか未だにわからないのだ。

 

 俺の答えに宮本は足を止め、こちらを見つめる。その瞳は何かに迷っている様に揺れていた。

 

 

「あなたならもしかしたら・・・」

 

「なんだよ」

 

「いえ忘れて。比企谷君、今から時間はあるかしら?」

 

「今からは────」

 

「ないわね。今から和菓子を買いに行くわよ。私の知己が働いている店で、数が多くて安上がりだから私も和菓子を買う時はそこで買っているわ」

 

「助かるが・・・俺には拒否権というものが存在しないの?」

 

「ごちゃごちゃ言わずに行くわよ」

 

「はぃ・・・」

 

 

 宮本に付いて行く形でその和菓子屋へ向かう。どこか足取りが重いのは気のせいではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー!あ、るりさん!」

 

「こんにちわ春」

 

 

 和菓子屋“おのでら”。

 宮本に案内されたその店は綺麗な内装に包まれた感じの良い店だった。月並みの言葉で悪いが和テイストの雰囲気は好きだ。うん。

 入店した俺たちを出迎えて来てくれたのは天真爛漫という言葉が良く似合う美少女だった。髪を右に流しアホ毛ツンッと立っている。店の制服なのだろうがとても良く似合っていた。

 

 

「舞子先輩・・・じゃありませんね。そちらの方は?」

 

「同じ茶道部の部員よ。ほら挨拶」

 

「お前は俺の母ちゃんか。・・・比企谷八幡だ」

 

「比企谷さんですね。はい、覚えました!」

 

 

 この子ええ子や・・・腐った目が洗浄されて綺麗になりそう。

 

 

「春、悪いけど小咲呼んでもらえる?話があるから」

 

「えっと・・・まさかお姉ちゃんを比企谷さんと会わせるんですか?えっとその・・・目がちょっと不安なんですけど」

 

「オイ、この目はデフォだ」

 

「だそうよ。比企谷君は目こそ腐っているものの中身は 捻くれているだけだから問題ないわ」

 

「宮本さん?フォローになってませんよ?」

 

 

 前言撤回。

 ただの小悪魔だコイツ。追い討ちを掛けるように宮本も毒吐くし。だが何となくこの子とは同じシンパシーを感じるのはなぜだろう。

 宮本に春と呼ばれている少女は不承不承みたいな顔で姉を呼びに行った。なんかごめんねと思わず謝ってしまうレベルで申し訳ない。悪いのは全て宮本なのに。

 

 

「こんにちわ、るりちゃん。えっと・・・そちらの方は?」

 

「比企谷八幡だ。大学一回生の茶道部の部員」

 

「あっそういうことなんだ。小野寺小咲です。同い年だね」

 

 

 店の奥からやって来たのは濃い目の茶髪で左側のサイドの髪が長い、妹とは真逆のアシンメトリーな髪型が特徴のまたしても美女。

 

 

「ちなみに小咲は短期大学の調理・製菓学科よ」

 

「まぁ和菓子屋の娘となると納得だな」

 

 

 ちなみに俺の通う私立大学は短期大学もあり、調理・製菓学科の他にスポーツ学科もある。多種多様な学部学科があるのも人気の一つだ。

 

 

「で、るりちゃん。今日はどうしたの?」

 

「あ、そうそう。彼に茶道で使う和菓子の種類を教えてあげて。干菓子とか主菓子。季節物とか」

 

「うん、わかった。比企谷君だよね?今から教えるけど大丈夫?」

 

「あ、あぁ問題ない。メモ取るから少し待ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして俺は小野寺小咲と出逢った。

 

 彼女と出会ったことで俺の運命が大きく変わることになるとはこの時知る由もない。

 

 

 

 

 




一話です。お読みいただいた方に感謝を。

楽しんでいただけたら幸いです。

八幡とニセコイのクロスはそこそこ見ますが大学生活篇は無いと思ったので。それに私が茶道をやっているという理由でこの様なクロスになりました。

茶道について丁寧に書いたつもりですがわからない点があれば教えてください。直しますので。


ではまた次の話で。感想や評価を頂けると本当にやる気が出ます。お願いします!

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