ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『隣り合った私と貴方が見ているものは同じ。しかし客観的事実と実際に観測されるものとが必ずしも一致するとは限らない』


(ツローデ=ゼン)


挑戦者は語る

「手を緩めるなジャローダ! 『リーフストーム』だ!」

 

 空風吹き荒ぶ荒野の果て。

 高度な戦いを繰り広げるポケモンたちに対して人間のいかに脆弱なことか。

 

 特攻を大幅に下げるリスクを伴う大技だがクロックの指示に迷いはなかった。

 ジャローダが放った尖った葉が奔流となって嵐を巻き起こし、既にボロ雑巾と化しているヤシオと彼のポケモンに更なる猛攻を仕掛けた。

 

「うおっ! っていうかジャローダに手はねぇべ!」

 ここまでの戦いで目が慣れていなければ指示どころか自らの反応すら間に合っていなかったに違いない。

 

「『リーフストーム』は茎頂で形成されるものとはパワーが違う。この葉の一枚一枚が君たちを確実に蝕むんだ」

 

 その言葉に嘘はない。タイプ一致で放たれた技のパワーは二本の足に依存する人間には到底耐えられるものではない。ヤシオはその場にうずくまることでなんとかやり過ごした。

 

「よーくわかった。あんたつえーよ。バラル団なんかやめてプロトレーナーを目指しゃあいいがね」

 

 流れ弾となった葉が頬を撫で一筋の血が流れた。状況からみてその程度で済んだのは幸運なのだろう。

 

 いささか虫のよい考えではあるがツキに見放されたというほどでもない、と脳内をクリアにした。

 

 そしてさらに続けた。

「んー。オレにはどうにもあんたのことが分がんね。真っ当にやってるようにも見えるんなぁ」

 

 ミカゲにソマリとこれまでに遭遇したバラル団員は悪と狂気に支配されていた。その点クロックはどうだろうか。

 

 話しつつ時間を繋ぎ、ポケモンのダメージを確認。一旦ボールに戻した。

 一方、クロックは血走った瞳で彼を睨み付けている。

 

「ジバコイル、シザリガー、それにムクホーク。僕が鍛えに鍛えたポケモンたちをここまで破ったのは見事だったよ。だが君にはもう後がない。せめて後悔しないエンディングを選ぶといい」

 

 バラル団幹部としてのクロックは言うまでもなく腕利きのトレーナーなのだが、今回は少々事情が異なる。

 ヤシオはPGでもなければ直接バラル団の作戦を邪魔したこともない。本来であればクロックにとって無視して差し支えないような取るに足らない存在だ。

 

 だとすれば何が彼をここまで昂らせるのか。この時のヤシオに知る由もなかった。

 

「最後だ。君の全てを僕にぶつけてみせろ」

 

 クロックはジャローダをボールに戻した。そして新たなボールを手に取った。それが下がった特攻を戻すためなどではないことをヤシオは本能的に理解していた。

 

「いけ――ガブリアス!」

 

 マッハの地竜がクロックの意思が形を持ったかのように降り立った。その雄叫びが放つプレッシャーはその場を支配してしまうほど。

 

 クロックは触れずともその場の全てを圧迫していた。

 

 しばらく沈黙したヤシオ。それでも自らを奮い立たせ、最後のボールを手に取った。

 

「いんやあ。すんげぇ鍛えられ方をしてる。たしかルシエもドラゴンタイプのジムらしいしいい特訓になんね。うんうん」

「御託はいい! 僕もガブリアスも戦いに飢えている!」

 

 髪を逆立てて叫ぶクロック。話が通じねぇなぁとヤシオは頭をかいた。

 

 ぶつかればどちらかが倒れる。そしてそれがどちらになるのかは些末な問題なのかもしれない。

 

「まあいいや。オレはあんたに勝ってルシエに行ぐ。そんだけだ」

 

 ヤシオは6つめのボールを手に取った。

 さすがに震えが止まらないかと懸念したが、そこは場数。ハハ、とそれなりに根拠のない、それでいて陽気な笑いがこぼれた。

 

「最後の最後でミオすけにあやかることになるとは思わんかったが、出せるもん全部で戦うのがトレーナーってもんだ! いぐぞ!」

 

 そう、この出会いがもたらしたものはきっと負の領域に留まるものではない。

 交錯する想いが共鳴して、響きあって、繋がっていく。

 

 そして投じた最後のボールから――――

 

 

 

 

 

「君、聞いているのかね!」

 

 突っ伏して眠っていたヤシオは慌てて飛び起きた。

 

 寝ぼけた頭で周囲を確認する。居眠りは数十秒のはずだが去年の夏から1年以上寝ていたような気さえした。

 狭い部屋に向かい合わせの椅子と机。そして即座に自分がルシエ署に来ていることを思い出した。

 

 そして額に皺を寄せてこちらを睨み付けている中年男性がPGで、色々と話すことがあったことまで頭が追い付いたところで一息つく。

 

 やっとのことでルシエジムに到着し、しばらくぶりにアルナとの再会を果たしたヤシオだったがすぐにジム戦というわけにはいかなかったのだ。

 彼の捜索の必要がなくなったことをPGに伝えなければならなかったし、様々な経緯についても彼が貴重な情報を持っているであろうことは明らかだった。

 

 複数のバラル団事件に(直接かというと怪しいが)関わり、しかも幹部であるクロックと交戦したとなればPGが彼から情報を得ようとするのは当然のことといえる。

 

「まったく。困るんだよ、こっちはただでさえバラル団で忙しいっていうのに」

 

 情報提供者のはずのヤシオに対してPGは何故か横柄な態度をとっていた。それを怪訝に思わない彼は正直なところややおめでたい。

 

「じゃあ改めて事件のことを話してもらおうか」

「いやぁ、あの時はオレも必死で必死で……」

 

 実はこの場においてヤシオと中年PGにとって不幸なすれ違いがいくつかあった。

 

 ひとつ、最近ルシエシティで下着泥棒の被害が多発していたこと。

 ふたつ、つい先ほど逮捕された下着泥棒の背格好とファッションがヤシオに酷似していたこと。

 みっつ、署の奥で待機していたヤシオがこのPGの早とちりで取調室に連れ込まれたこと。

 

「君は自分が何をしたか分かっているのかね!」

「分かってますよ! いい特訓だと思ってたら(ガブリアスが)虹色にプァーりなって、そんでもってこっちが手を出そうとしたら」

 

 言い切る前にPGが机を両手で叩いた。そして掌が痒くなったのかもう一度叩こうとして手を膝におろした。

 

「特訓だと? 虹色(の下着)だと? 押収されたなかにそんなものはなかったぞ! さては別に隠しているものがあるんだな、さっさと白状しろ!」

 

「隠してないがね! オレは(ポケモン勝負の時には)常に出し惜しみせず全力でやってんです! っていうかそれがトレーナーとしての性でしょうが!」

「そんなこと(下着泥棒)にトレーナーの性があってたまるか!」

 

 この場に冷静に状況を分析できる者がいないのが悔やまれる。売り言葉に買い言葉で両者はさらにヒートアップした。

 

「あるったらあんですよ! おまわりさんも昔はそうだったはずです! 基礎に戻ったらどうなんです! Simple is best!」

「ふざけるな! 私は法と秩序を守る者だ! そんな劣情にまみれた君と一緒にしてもらいたくはない! あと無駄に発音いいな!」

 

「とにかく! 虹色になったらそれまでと全然違ったんです。ノーマルからメガになった時点でもう凄かったのに、そっからはなんかもう爆発的というか」

 

 こうなってしまえばもう止まらない。

 

「爆発的って! さては外(下着)だけでなく中(その着用者)にも何かしでかしたんだな! こういったケースでは被害者が泣き寝入りしてしまって被害届が出ないこともある、あらためて調査が必要ということか。言え、他には何をした!」

 

「そりゃあ外(屋外)だけでなく中(室内)で(勝負を)やることもあるでしょう! だいぶ前だけどネイヴュのユキナリさんとは室内での一戦でしたよ!」

「ユキナリ……ユキナリ特務か! 室内で一線を越えた? 私は研修時代にあの人のお世話になったんだ! そんな彼に狼藉をはたらくなどもう許せん!」

 

 この不幸な勘違いに二人が気がついて、事態が正しい方向へと収拾していくのにはもう少し時間を要するようだ。

 

 

 

 さて、意味のない仮定ではあるがもしもホヅミが職を亡くして求職に走ることになった場合その履歴書は難儀なものとなるだろう。

 

 シンオウ地方の平凡な家庭に生まれたホヅミはキャリアとしてシンオウ警察に勤めるも僅か1年で辞め、その後は数々の職を転々としていた。しかも本人がその理由をあまり語らないとなれば誰もが良くない想像をするに違いない。

 

 ……表向きには。

 

 

 ホヅミにとって久しぶりとなるルシエシティはどこか華やいでいた。

 

 街のいたるところに開催が迫っているポケモンリーグのポスターが貼られ、町行く人々もどこか熱に浮かされているように見える。

 

 しかし彼女の向かう先はそんな受かれたムードの対極に位置するような場所、PGのルシエ署だ。

 

 活動がより活発になったバラル団に加え、ラフエル地方に存在する他の犯罪組織も連日ワイドショーを騒がせている。

 負の連鎖がそこにあることは疑いようもなく、エネコの手すら借りたいような状況だった。

 

「ラフエルオフィスサービスより参りましたミヅホと申します。担当の方をお願いできますでしょうか」

 

 いつも通りの営業スマイルにいつも通りの営業トークを取り繕う。

 そう、今の彼女はバラル団による組織犯罪対策特設チームのホヅミではなくオフィス用品を取り扱う営業として働くミヅホなのだ。

 

 もちろん無断で特設チームとの副業をしているわけではない。ここは彼女の潔白のためにも説明の必要があるだろう。

 

 カネミツによって率いられるこのチームには2種類の人間が存在する。ラフエル地方の組織から引き抜かれた者とそれ以外の者だ。それだけなら出身の違いなのだが両者にはさらに別の相違が存在する。

 

 後者の人間、つまりホヅミを含む者たちは籍はあれど『いない』とされているのだ。バラル団との因縁があるラフエルの組織から出向してきていれば当然敵からも知られている可能性がある。そこで表向きに発表されているメンバー以外の人員を秘密裏に補充し陰からも捜査にあたらせているというわけだ。

 

 ミヅホ、いやホヅミが在籍するラフエルオフィスサービスはその隠れ蓑のひとつということになる。これはバラル団との高度な情報戦を象徴しているといえるのかもしれない。

 

 そして、シンオウ警察時代から特殊な組織犯罪の対策チームとして活動してきたことでホヅミの奇妙な経歴が出来上がってしまったというわけだ。

 

 やって来た担当者はもちろんホヅミをオフィスサービスのミヅホと信じて疑うことはなく、奥の応接室へと通した。

 

「わざわざルシエまですみません。窓口の机とパイプ椅子が古くなってしまいましてね、ぜひそちらで調達させていただきたいんです」

 

 商機あり、とセンサーが告げる。

 

「ありがとうございます。こちらカタログになります」

 

 カバンから出したタブレットにはところ狭しと椅子やら机やらの写真が載っている。

 

「窓口用でしたらこちらの机はいかがでしょう。椅子と合わせてお安くご案内いたします」

 

「うーん。私個人としてはいいんですけどね、これだとちょっと豪華過ぎちゃうんですよ。最近はそういうのにうるさくてねぇ」

 

 市民の声がチョクでこっちに届くってのはいいことなんでしょうけどね、と担当者は肩をすくめた。

 

 

 

 

「キミねぇ、そろそろ帰ってくれないと困るんだよ。こっちだって忙しいんだから。下着泥棒と勘違いしたのは謝るからさ」

「んなこと言われてもオレはありのままを言ってるまでで!」

 

 声が廊下にまで響いてくる。

 

「取り調べ中でしたか」

 

 彼は禿げ上がった額をハンカチで拭きつつため息をついた。

 

「あーいやいや、あれは取り調べなんかじゃないんです。あの男性は捜索願いが出されていましてね、無事見つかったはいいんですがどうやらバラル団と揉め事を起こしていたらしいんですよ」

 

 バラル団という単語にホヅミは敏感に反応した。

 思わぬ収穫があったかもしれない。

 

「それで?」

 

 気まずそうな様子から難儀な事情を見てとった。

 

「そのあたりの事情を聞いたんですけどどうにも要領を得んのですよ。砂漠で穴に落ちたーとか峡谷で川に落ちたーとか雪に埋もれたーとかって。しかも虹色のポケモンにやられて死にかけたところからあなぬけのヒモで帰ってきただなんてどっかで頭でも打ったんでしょうなあ。こっちとしては聞くことは聞いたしもうお帰りいただきたいんですけど……」

 

 ホヅミが取るべき行動は一つだった。

 

「彼がみなさんのお仕事の妨げになっているようでしたら私が連れていきましょうか? こういうのは慣れていますので」

 

 なるほど、彼から見て前線で営業活動を行うミヅホはクレーマーの類いにも強そうに思えた。

 どうせオフィスサービスから備品を購入することだし少しくらい面倒を押し付けてもバチは当たるまい。そのような思考に行き着くのも当然といえる。 

 

「ありがとうございます。我々も犯罪者の取り調べには慣れているのですがこういったケースにはどうにも……お願いできますか」

 

 バラル団騒動でただでさえ忙しいPGからすれば無駄に居座ろうとする情報提供者にかまっている暇はない。ホヅミが隠れた同業者であることは幸運かはたまた不幸か。

 

 ホヅミはつかつかと歩み寄り、なんとかその場で粘ろうとしている男の首根っこをひょいと掴んだ。

 

「ラフエルオフィスサービスの者です。ちょっと来てもらいますよ」

 

「えーとどちら」

 

 体格に差はあれど最低限の訓練をこなした自負がある。男が新手の登場に面食らっている間にホヅミは彼の腕を掴み、文字通りルシエ署から引きずっていった。

 

 

「……あの、ジムに行きたいんですけども」

 とうに日が落ちた夜の喫茶店。ホヅミはロズレイティーをオーダーした。

 

「何か飲みますか? ここは私が持ちます」

「タピオカミルクティーで」

 

 飲み物が届き、ホヅミはいよいよ本題に入った。

 

「ヤシオさんといいましたか、さっきルシエ署でしていた話をもう1回してもらえますか」

「はい? あなたもPGの方なんですか?」

 

「し・て・も・ら・え・る?」

「へ、へぇ」

 剣幕に圧された男はラフエル地方に来てから今までのことを全て語った。脇道に逸れるだけ逸れるような相当長い話になったがホヅミはメモをとりつつ最後まで聞いた。

 

 砂漠でバラル団が何らかの活動を行っていたことはアルナという少女から通報があった。ハルザイナの森での一件についても居合わせた四天王がバラル団班長を撃退したと報告されている。

 

 つまりこの場での問題は峡谷での決闘ということになり、ホヅミが疑問点をピックアップした。

 

「つまりバラル団幹部のクロックという男は虹色のポケモンを使ったということ?」

 

「んと。正確にはボールから出てきた時には普通のガブリアスだったんです。んだけど戦ってる最中にブァーり光って」

 

 ただ光っただけではなく、能力の大幅な上昇がみられたらしい。もしやと思う節はあったがそれよりも身近な可能性を潰そうというのがホヅミのやり方だった。

 

「それって例えば『つるぎのまい』のような能力を上昇させる技によるものとは違うの?」

 

「オレも最初はそう思いました。でもなんか違ったんです。トレーナーが技を指示した様子はなかったし、そもそもオレと同じくらいあいつもガブリアスの変化にびっくりしてましたから」

 

 あくまでも戦局におけるサブプロットに過ぎなかったというのがヤシオの弁だった。

 

「それでガブリアスの『じしん』で足元が崩れて峡谷を流れる川に落ちたと」

「そうです。まあ落っこちてなくても負け試合でしたけどね」

 なはは、とヤシオが笑った。

 

 バラル団幹部のクロックについてはホヅミら特設チームでも情報が共有されている。

 

 幹部としては若く、言動からも他の幹部のような悪の秘密結社の重鎮としての圧を感じることはなかったと記録されている。むしろ好青年であるかのような印象が強かったとさえ語る者もいた。

 

 しかし与しやすい相手ではないことは間違いない。

 ひとたびポケモンを繰り出せば苛烈なまでの強さを誇り、これまでに逮捕を試みたPGたちが何人も返り討ちに遭っている。

 あの雪融けの日には刑事部第五課のソヨゴ警部と交戦、勝負の軍配こそ僅差でソヨゴに上がったが余力を残して撤退しバラル団全体としての作戦を完遂してみせた。

 

(私だったら瞬殺されてた、か) 

 

 しかしホヅミは腑に落ちない。

 

 バラル団が一般のトレーナーを理由もなく襲ったケースは報告されておらず、クロックがラフエル放送局の人間に扮してまでヤシオを付け狙ったのは不自然に思えた。

 

「もしかして、以前にクロックと何かあった?」

 

 となると私怨によるものという可能性を探るのが道理だがヤシオは首を横に振った。

 

「ない……はずです。っていうかあいつはオレに対して特に思い入れがないように感じたんだいね」

 

 クロックは全力でヤシオを挫こうと向かってきたが、その目線の先には何か違うものが映っていた。うまく言葉にならなかったのでホヅミにどれだけのニュアンスが伝わったのかは分からない。

 

「それじゃもうひとつ。ガブリアスが虹色に光ったって言ってたけど。私が思うにそれはReオーラによるものじゃないかしら」

 

「りおーら?」

 

 ラフエルの地下には莫大なエネルギーを伴ったオーラが血液のように巡っている。そしてあるタイミングでトレーナーとポケモンに作用し、不思議な力を与える。

 

 不定形かつ不可視のエネルギーであるため観測が困難で、雪融けの日以降学者たちが日夜頭を捻っているがその全貌は掴めていない。

 

 しかしこれまでの観測によってサンプルは徐々に集まっており、バラル団と同様そちらもある程度共有されている。

 

「Reオーラがあなたとあなたのポケモンに作用していたら結果は逆だったかもね。よりにもよって悪人に味方してしまうなんて……」

 

「ヤシオでいっすよ。あと、オレにはあのクロックがどうにも悪人には思えないんです。騙し討ちで危害を加えるつもりならいくらでもチャンスがあったしなぁ。本当にオレと戦いたかっただけだったりして」

 

 

 

 

「そんじゃ、オレはジムに行きます。あんまし役に立てなくてすみません」

 

 喫茶店の前で別れを迎えるその時に沸いて出たそれは紛れもなく彼の本心だった。

 

「案外そうでもないかも。これ、ポケギアの番号。何か思いついたこととか気がついたこととかあったらいつでも連絡してきて」

 

 教えたのはラフエルオフィスサービスのミヅホではなくホヅミの方に繋がる番号だった。捜査にあたる者としてはぎりぎりの行為だが、この男からは他にも何か有用な情報が得られるような気がしたのだ。

 

「いい。この通りの突き当たりを右ね? そこまでは絶対に曲がっちゃだめ」

 

 ここまでの話を聞いて分かったこととして、彼のドタバタは全てその方向音痴だった。同じルシエにある施設ですら辿り着けるか確証はない。

 

「はい! タピオカごちそうさんでした!」

 

 分かっているのかいないのか。

 小走りに駆けていく背中を見つめることはせず、ホヅミは別件に対処するためその場をあとにした。

 

 実は後悔がひとつあった。ヤシオにあえて伝えなかったことがあったのだ。

 

 CeReSが発表した最新の見解ではReオーラはこの大地に染み込んだ英雄ラフエルの波導とされている。

 つまりあの場でラフエルの遺志に選ばれた(・・・・)のはクロック。ヤシオではない。

 

 リーグをかけて最後のジムリーダーに挑もうとしている彼にそれを伝えるのはあまりにも酷だった。

 いずれCeReSの見解が知れ渡った時に彼はそれを受け止めることができるだろうか。

 

 

 ホヅミを撫でる夜風を彼女が妙に冷たく感じたのは温度差だけではないのかもしれない。


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