ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『自らの立ち位置に悩む必要などない。移ろうこともまた自由なのだから』

(エベルハルト=セヒク)


在る箱亡い箱

 港からリザイナシティまでの配送を担当する陸運業者は今日の受け取りがいつもと違うことに気がついた。

 

「こちらリザイナシティ"CeReS"行きの荷物になります。……今日はいつもの方はお休みですか?」

 

「そうなんですよ。なんでも風邪ひいたとか。あっ、ハンコはどこに押せばいいですか?」

 

「ご冗談を。AIで管理されてるからそんなのいりませんよ」

 

 高度に進歩した科学は魔法と区別がつかないとはよくいったものだ。学園都市として名高いリザイナシティは最先端の科学技術を備えた未来都市でもある。

 

 もちろん運輸業も高度な技術で管理されており、職員たちの間では自分たちの社長はコンピューターだというのが定番のネタだった。

 

「そ、そうでしたっけ。あははは」

 

 臨時の代打ゆえ手慣れないところがあったのだろう。よその部署から急遽こちらを担当することになれば戸惑うのは当然だ。

 この時の彼はそう考えた。

 

 

 これはちょっとした騒動の前奏。しかしそれを看破できる人間はこの場に存在しなかった。

 

 

 

 

 

「……お疲れ、ジュカイン」

 

 カズヤは力尽きたパートナーをボールに戻した。

 これで彼の連敗記録がまた伸びることとなった。

 

 トレーナースクールではこのような模擬戦が頻繁に行われる。ここリザイナシティが高度な技術を蓄えた都市である事実は揺るがないが、それでもその技術を扱うのは人間であるという理念が街に行き届いているのだ。

 

 実践を大切にする教育はポケモン勝負を愛する子どもたちには好意的に受け取られているが、カズヤは別だった。

 

「はいみんな拍手。二人ともよく頑張ったネ。今日の授業はここまでだ。回復装置の場所は覚えているかな。帰る前にポケモンを休ませてあげてネ」

 

 スクールの先生の言葉に嘘はなく、クラスの仲間たちの拍手も彼らの本心に間違いない。

 しかしそれが分かっているからこそカズヤは自己嫌悪に陥ってしまうのだった。

 

 グラウンドの準備室を出ると正午のチャイムが鳴った。

 わいわいと騒ぎながら帰っていくクラスメートたちの輪に入ることはできず、カズヤは彼らと別の方向へジュカインと歩き出した。

 

「また負けちゃったな。ごめん」

 

 このトレーナースクールに入学してから数年。他のトレーナーの卵たちと数えきれないほど勝負をした。しかしカズヤの戦績に白星が刻まれたことはこれまで一度もなかった。

 しかも今日の相手は入学したばかりの生徒ともなれば精神的にもきつい。

 

 うなだれるジュカイン。

 

「ごめんな。おまえはとても強いのに。勝てないのは俺の責任だ」

 

 単なる慰めではなかった。

 このジュカイン、かつて亡くなったカズヤの父のパートナーとして幾多の強敵と戦ってきた。実力でいえば折り紙つきなのだ。

 

 PGとして活躍していた父とジュカインは幼い頃のカズヤの憧れそのものだった。

 

 その実力を引き出せない責任は全て自分にあると悩むことで余計にナーバスになってしまうという悪循環にカズヤは呑まれていた。

 

 今日は半日授業。いわゆる半ドンなのだが、どうにも帰る気分にはなれなかった。

 

「うん。森に行くか」

 

 気分が晴れない時には少し歩いてハルザイナの森に行くのがカズヤの習慣だった。

 

 薄暗い森は考え事をするのに最適の環境であるうえに上質な木の実を採集することもできる。草タイプのジュカインにとっても落ち着くようだ。

 

 

 ハルザイナの森の奥。少し拓けた場所があり昔からのカズヤとジュカイン御用達の場所なのだが今日は先客があった。

 

 木の根に腰かけた男が一心不乱に何かを口に運んでいる。赤い帽子にリュックサックの出で立ちから旅のトレーナーなのではないかとカズヤは考えた。

 

「何してるんですか?」

 

 カズヤの本能が気晴らしを欲していた。好奇心が警戒心に勝ったのは当然の結果だった。

 

 男は朗らかに笑いながら水玉模様のキノコをもいでみせた。その異様な振る舞いに周囲の野生ポケモンたちがドン引いているが気にならないようだ。

 

「キノコよキノコ。ここ何日か何も食ってなかったかんね、これがまた旨いのなんのって」

 

 男は生えているキノコを手当たり次第口に運んでいる。

 

「それだいぶカラフルですけど食べて大丈夫なやつなんですか?」

 キノコについて特別な知識があるわけではないカズヤでも、色彩の豊かさと警戒色は緩めのイコールで結ばれることを知っていた。

 

「へーきへーき。チリソースをブチューりかければ食えないものなんてないってばあちゃんも言ってたし」

 

 謎の理論を提唱しながらチューブ状の容器に入った赤い液体をキノコにかけた。マトマの実100%と書いてあり、味わわずとも辛さが伝わってくる。

 

 カズヤはこの男を変人、むしろ変態にカテゴライズされるかもしれないが悪人ではないと判断した。

 

「あの。俺もここ座っていいですか」

 

「いいよぉ。兄ちゃんもキノコ食うけ? 通販でチリソースいっぱい頼んでおいたから好きなだけ食いなね」

 男が小脇に抱えた白い箱。中身は全てチリソースなのだろう。

 

 さすがにこの誘いは丁重に断った。しかし妙に聞き上手なこの男にカズヤは堰を切ったかのように話し始めた。

 

 1時間ほど語り合っただろうか。二人は互いの名前と身の上だけでなく最近のブームについても情報を交換した。

 

「ヤシオさんはすごいですね。ジムを巡ってリーグに挑戦してって俺からしたら雲の上の世界ですよ」

 

 ヤシオはからからと笑った。

「そんな大したもんでもねぇって。バトルマニアが高じてってかんじよ。勝負ってやるのも見るのも楽しいし、人ともポケモンともコミュニケーションできるし。難しいことは抜きにして楽しければいいじゃんか」

 

 勝利という結果だけを求めていた、そのことに初めて疑問を持った瞬間だった。

 

 すっかり打ち解けた二人だったがそこへ思わぬ闖入者があった。

 

「ふぅ。ここまでくればひと安心――おぉ!?」

 

 箱を抱え葉っぱと枝にまみれた男がよろよろと藪から這い出してきた。

 

「げげーっ! なんでこんなところにガキがいやがる!」

 

 ヤシオとカズヤに気がついた男は頭を抱えた。

 その服装はリザイナ配送センター職員のもの。しかし森に入ってくるのは不自然だった。

 

「見られちまったなら仕方ない。お前らまとめて蹴散らしてやる!」

 

 カズヤもヤシオも呆気にとられて何も言葉を発していなかったのだが、なぜか焦っている男はボールからバオッキーを繰り出した。

 

「このサンプルを先方に届ければ俺の口座の残高がぐぐーんとアップ。邪魔なんてさせるか!」

 

「なるほど泥棒か。ジュカイン!」

 カズヤはジュカインをそのまま戦闘に出した。

 

「『ほのおのパンチ』!」

 火炎をまとった拳がジュカインをとらえた。

 

「あ、あぁ……」

 炎にまかれ苦しむパートナーの姿がカズヤにパニックを引き起こした。口が渇き、頭が真っ白になり行動を指示することができない。

 

 慌てて『でんこうせっか』を指示したが遅かった。

 

「そのまま押しきれ! 『アクロバット』!」

 身軽さと木々が生い茂るフィールドを活かした奇襲。これも効果は抜群で、たった2発でジュカインは地に膝をついてしまった。

 

「取引場所には誰も近づけるなと言われてるんだ。これ以上痛い目を見たくないならガキはさっさとママのところに帰るんだな」

 

「くっ」

 

 勝負となると体が縮こまってしまい、うまく指示が出せない。スクールの外での戦いでもやはりダメだったのだ。 

 お気に入りの場所を守ろうとしたささやかな正義感も自分には過ぎたものだったのかもしれない。カズヤは再び自己嫌悪に陥ろうとした。

 

「『はじけるほのお』!」

 しかし勝負を急いだのかここでバオッキーはコントロールミス。技はカズヤを狙ったものとなった。

 人間の体で食らえばそれなりのダメージになる。カズヤは回避行動をとろうとしたが避けきれるものではない。

 

「ジュカイン!」

 ギリギリのところでカズヤに降りかかろうとした炎を振り払った。

 

 傷だらけのジュカインは自らを指して何かを伝えようとしていた。

「そうだよな。戦っているのは俺だけでもお前だけでもない。当たり前のことすぎて忘れてたよ」

 

 この一種の開き直りがカズヤのスイッチだった。

 

「『リーフブレード』!」

 小さく頷いたジュカイン。木の葉の刃を作り出し、流れるような動作でバオッキーを切りつけた。

 

「へっ、くさ技を食らったところで痛くも痒くもない。なぁバオッキー?」

 

 ダメージにはなったもののバオッキーは体を震わせてまだ戦うスタミナがあることをアピールした。

 

 顔にこそ出さなかったが、カズヤは初めてまともな勝負ができたことに興奮していた。

 

「いやいや、次の一撃でバオッキーはダウンだよ」

 

 喜びも束の間、今度はカズヤと同世代くらいの少女が現れた。タイミングからして味方ではないことは明らかだがその根拠がもうひとつあった。

 

 その少女の奇特なファッションはカズヤもよく知っていた。最近ニュースで話題となっているバラル団だ。

 

「あんまり遅いから受け取りにきたよ」

 

「ひっ、すみません! 暗くなるまで森に隠れてそれから渡そうとしてたらこいつらに邪魔されて」

 見たところカズヤと変わらないくらいの年頃にもかかわらず男は最敬礼し、彼女を本気で恐れているように見えた。

 

「それじゃあ遅い。私たちは暇じゃないんだ、手を煩わせないでほしいね」

 

 バラル団の少女はカズヤたちを一瞥した。

 

「欲しいのはサンプルだけって言ったよね。余計なのを連れてこいだなんて頼んでないんだけど?」

 

 その目は冷ややかで男を目的を果たすためのモノとのみ認識していることを暗に伝えていた。

 

「ち、違うんですって! に、荷物はここに置いておくんで。し、失礼しましたぁ!」

 恐怖が限界を迎えた男は箱を置いて一目散に駆けていった。

 

「まあいいか。目があるなら潰せばいいよ。」

 

 握ったボールからカクレオンが現れた。

 

「やるしかないか、いけるかジュカイン?」

 バオッキー戦で苦手な技を連続で受けているだけに心配ではあるが、カズヤの手持ちは1匹のみ。

 

 さらに問題がもうひとつあった。 

 

「ヤシオさん! 何しゃがみこんでるんですか、戦ってくださいよ!」

 

「まあまあ。跳ね橋は不定期で開閉するからヒウンアイスでも食べながらのんびり待とうや」

 ヤシオは焦点の合わない目で虚空を眺めている。その目には彼にしか見えない跳ね橋が映っているようだ。

 

「は?」

 

 話が噛み合わない原因は明らかだった。

 バオッキーを倒したあたりから様子がおかしかったがヤシオはキノコの作用で幻覚を見ているらしい。この状態では戦力として数えるのは厳しそうだ。

 

「ちょヤシオさん! しっかりしてください!」

 

 頬をはたいても肩を揺すってもヤシオはうわ言のように幻の景色について呟くだけ。戦力どころか足手まといと化していた。

 

「そっちのお兄さんは面倒そうだったけどそのまま休んでいてもらえるならありがたいね。カクレオン、『きりさく』!」

 

「『リーフブレード』!」

 先ほどの戦いで多少の勝負勘がついていたのが幸いした。

 ジュカインはカクレオンの鋭い爪を防ぎ、返しの一撃を食らわせた。

 

「よし、もう1回だ!」

 勢いに乗って敵を叩きたいところだったがここで突然カクレオンが姿を消した。

 

「姿を消すなんて便利な能力だよね。私も欲しいくらいだよ。さあ、カクレオンを見つけられるかな?」

 

 この姿を消す能力、腹のギザギザ模様は隠せないという欠点があるのだがここはうっそうと茂った薄暗い森。目視で探すのは不可能に近い。

 

「『かげうち』」

 頭上から、背後から、はたまた足元からカクレオンがじわじわと攻撃をくわえていく。

 

「『エナジーボール』!」

 なんとか反撃を試みるも姿なき挑戦者を討ち果たすことなどできない。

 

「あればあちゃん。こんなどこ来てどしたん? あるって来たんけ?」

 

 どうやらヤシオの幻覚に件の祖母が現れたらしく、親しげに話している。ところが彼の目の前にいるのはパラセクトだ。

 

「唯一の味方はのんきにキノコ遊び。このまま倒すのはわけないんだけど、ちょっと気が変わったんだよね」

 

「何を言っている?」

 

「この森には迷子以外にも何かに疲れた人間が多くやって来るんだ。だから絶好のスカウトスポットってわけ。どうだろう、あんた、バラル団に入ってみる気はないかな」

 

 ここで少女は初めてカズヤに微笑んだ。緊迫した場面に似つかわしくない、ファンシーさがそこにはあった。

 

「バラル団に? 俺が?」

 

「そう。何も特別なことをする必要はないんだ。これまで通り生活してくれていい。時々私たちを手伝うくらいのことでじゅうぶんさ」

 

「もちろんあんたにもメリットはあるよ。バラル団には腕利きのトレーナーがたくさんいる。そいつらがあんたをもっと強くしてくれる。リザイナのトレーナースクールだっけ? そんなところにあんたの理解者なんていない。バラル団は言葉だけの公平の陰にいる弱者や落ちこぼれの味方なんだ」

 

 この甘い言葉に惑わされた人間がこれまで数多くいたのだろう。そしてカズヤも今日この森に来るまではその1人になり得た。

 

 しかし彼の目にはこの絶望的な状況にあっても決意の炎が燃え盛った。

 

「落ちこぼれだって何だっていいさ。俺はコイツと、ジュカインと上を目指すんだ!」

 

「なぁばあちゃん。チリソースあるけど食うか? ほら、ちょうどここにキノコがあるから。あらま。最近のチリソースは黒い石ころなんだなぁ。ははは」

 間抜けを晒しているヤシオがなんとも痛々しい。

 

「交渉決裂ってことかな。残念だね、カクレオン!」

 

「あんれ、このキノコ抜けねぇなあ。ばあちゃん悪いんだけどそっち持ってくれっけ?」

 パラセクトの体からキノコを引き抜こうとするヤシオ。これには温厚なパラセクトもついにトサカにきてしまった。

 

 そんなことは露知らずカクレオンの爪は真っ直ぐにカズヤを狙っている。人間のスピードではもはや逃げることもできない。

 

「『きりさく』!」

 

 姿を消したままカズヤの眼前に迫ったカクレオンだったが、突然姿を現してその場に固まった。

 

「何!?」

 

 よく見るとキラキラと輝く粉が宙を舞っている。

 パラセクトが怒りに任せて放出した胞子によって動きが鈍ってしまっているようだ。草タイプのジュカインには効かないことも幸運だった。

 

 この一大チャンスを逃す手はない。倒れ付したジュカインは最後の力を振り絞って起き上がった。

「『リーフブレード』!」

「『きりさく』!」

 

 両者の激突が衝撃波となってあたりの木々を震わせ、木の葉を巻き上げた。

 

 そして視界が晴れた。立っていたのは――――カクレオンだった。

 

「惜しかった。惜しかったよ。何かひとつのズレで勝敗は逆だったかもしれない」

 

 少女はカズヤの健闘を称えた。彼女の勝利がほんの僅かの差だったことは本人が一番理解していたのだ。

 

「ここまでか」

 カズヤが諦めかけたその時、頭上を飛び越えて大きな影がカクレオンの前に立ち塞がった。

 

 どっしりとした体つきのポケモン。カズヤはその名前を知らなかった。

 

「ブリガロン、『アームハンマー』」

 

 女性の声で指示が飛んだ。

 そのポケモンは太い腕を振るってカクレオンを一発でノックアウトした。

 

「誰だ!」

 

 少女は次のモンスターボールを手に取った。

 が、また懐に戻した。

 

「しょうがない。助っ人が来たんじゃ私は帰るよ」

 落ちていた白い箱を拾い上げて少女は森の奥へと消えていった。

 

 緊張が解けへたりこむカズヤ。

 そこへ茂みをかき分けて女性が現れた。まともな援軍の到着は天からの助けにも思えた。

 

「君、大丈夫?」

「はい。 危ないところをありがとうございました」

 正直今日はこれ以上女性を見たくないと思っていたカズヤだったが、その顔を見て飛び上がった。

 

「も、もしかして四天王のハルシャさんですか?」

 

 

 

 そしてさらに数時間後。カズヤたちはリザイナシティに戻ってきていた。

 PGの詰所での取り調べはあっという間に終わり、今は黄昏の街を歩いているところ。

 

「本当にありがとうございました。助けてもらっただけじゃなくて特訓もつけてくれるなんて」

 

 四天王によるエキシビションマッチ形式での特別授業を野良で受けることがどれほど幸運なことか。

 

「いいのいいの。若いうちは何事も経験なんだから。これからも君の心のノートにたくさんレポートを書いてほしいな」

 講師としての顔も持つハルシャの言葉はカズヤの胸に強く響いた。

 

 ハルシャはきょろきょろと周囲を見渡した。

「あれ? そういえばヤシオくんは? さっきまで一緒にいたよね」

 

「あの人はああいう人ですから」

 

 今思えば幻覚のタイミングはあまりにも都合がよかった。もしかしたら自分の成長のためにあえてあのような演技をしつつ、ピンチのところでパラセクトにダル絡みしたのではないだろうか。

 ここまで考えてカズヤは買い被りが過ぎると苦笑した。

 

「バッジ、あと1個らしいですしルシエに向かったんでしょうね。あそこのジムリーダーが相手じゃさすがにそううまくはいかないと思いますけど」

 

 朝日や夕日にバッジをかざすのは絵になるとはヤシオの言。

 

「コスモスちゃんは容赦ないからね」

 カズヤに同調しつつもハルシャはヤシオに対して妙な胸騒ぎを感じていた。それはアカデミー講師としてでも四天王としてでもなく、ただのトレーナーとしての勘。

 

 トレーナーの才を見抜く彼女の慧眼は彼に何を見たのだろうか。ハルシャはそれを言葉にしなかった。

 

 

 

 

 

 深夜、超常現象:CeReSに予定時刻を大きく過ぎて例の荷物が運び込まれた。

 

「カイドウさん。例のサンプルが届きました」

 

「ああ、そこに置いておいてくれ」

 リザイナジムリーダーにしてこの機関のトップであるカイドウ。PGから盗難事件のあらましについては聞いていたが、検分を終えてその日のうちに手元に届くとは思っていなかった。

 

 スクールの見習いトレーナーとカイドウが今でも頭があがらない相手である四天王のハルシャの活躍で無事に取り戻されたとPG職員は話していた。

 

「そういえば帰り際に話してましたけどもう1人変なヤツがいたらしいですよ。妙な訛りで喋る赤い帽子の男。PGは最初そいつを犯人と勘違いしたとかで。でもバラル団はそいつが持ってたチリソースの箱をサンプルと間違えて持っていったっていうんだから笑っちゃいますよね」

 

 結局ただの通りすがりだったらしいですけどねと笑う助手。カイドウはその男に強烈な心当たりがあったが、あえて何も言わなかった。

 

 カイドウは仏頂面を保ちつつ荷物を開封し中身を確認した。

 

 この時間はカイドウと2人だけ。自分から喋らないと重苦しいムードに支配されてしまうこともあってこの時間の助手は饒舌になる。

 

「それにしてもそのサンプル、一体何なんです?」

 

 箱から出てきたのは黒い石のような物体。地質学の分野で扱われる類いのものに見える。

 

「これはアローラ地方で採取されたネクロズマの体の一部だ。ヤツは強いパワーを持っていたんだが、まだ不完全な形態である可能性が示唆されている。バラル団が目をつけたのもそのあたりの事情があるんだろう」

 声がわずかに大きくなった。それだけ楽しみにしていたようだ。

 

「あっ、それニュースで見ましたよ。国際警察も動いたほどの事件だったらしいですね」

 

 助手は最近契約したアンバサダーのマシンで2人分のコーヒーを淹れた。

 サンプルを前に集中モードに入ってしまったカイドウ。こうなるとテコでも動かない。少しでもリラックスしてもらおうという涙ぐましい心遣いだ。

 

「このネクロズマ研究が実ったらここもウルトララボラトリーですかね?」

「パワーアップ版だからといって安易に『ウルトラ』をつけるのはどうかと思うがな」

 

 カイドウは仏頂面を崩さず、達観した様子で呟いた。




(あくまでもカイドウさんの意見です)

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