ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『君が苦しい時、敵も同じように苦しいのだ』




(ヨシノ=ヤイコー)


ラフエルリーグ準々決勝最終試合 クロック対ヤシオ

「それにしても解せんな」

 イズロードの視線はここしばらくスタジアムの様子を捉えたモニターから動いていない。

 

「どうしたよ?」

 記者の変装を解いたワースはそれがどうにも面白いようだ。

 

 ワースは幹部ではあるが事務方を自称していた。積極的に表に出ることを良しとせず現場で他の幹部とやりとりすることは珍しい。

 

 だからこそイズロードも彼に応じた。

「クロックの奴だ。どうにもあれからはバラル団幹部としての矜持を感じない。正直したっぱ以下だろう。交渉要員としてもせいぜい班長がいいところだ。ボスに意見するつもりは毛頭ないが、なぜ幹部が務まるのか皆目見当もつかん」

 やむをえないことだ、と一定の理解はある。

 投獄期間があったことからイズロードは他の幹部と比べてクロックとの接点が薄い。

 

「それなら簡単だ。あいつの価値は『強いこと』だ」

 

「確かに腕はある。それでも強さだけで幹部というのは……」

「あんた、俺が思っていたより真面目なんだな」

 

 モニターの中でガブリアスがバシャーモの攻撃をかわし、手痛い反撃を食らわせた。

 

「俺達は全能でも万能でもない。ガキの頃言われただろ? 助け合い補い合いましょうってな」

 

 イズロードがフンと鼻をならした。

「もし旦那がクロックと戦ったとして勝てると思うか?」

「無論だ。トレーナーとしての実力が高くとも、いなすのは容易い」

 イズロードの脳裏に先程のカネミツとの小競り合いがよぎっていたのは想像に難くない。

 

「俺も同意見だ。ハリアーもグライドもそうだろうな」

「それなら」

「じゃあここでもうひとつクエスチョンだ。今奴がプライベートで楽しんでやがるラフエルリーグのルールでと戦ったらどうだ?」

「それは無意味な質問だ。我々が行儀よく戦ってやる道理などない」

 

 今度はバシャーモがガブリアスを撥ね飛ばした。

 

「ちっちっち。それは答えになってないぜ旦那。ちなみに俺はノーだ。申し訳ないがあんたを含め他の幹部連中もそれに近いだろうな」

「何を根拠に」

「執念だ。それも超弩級のな」

 

 

 

 

「まさかここまで追い詰められるとはね」

 クロックは両手を広げた。

 

「見事なものだよ。ジャローダも、チャーレムも、ムクホークも、ジバコイルも、シザリガーも。みんな君との再戦を見越して鍛えていたのに」

 

 クロックの言葉に呼応するかのようにガブリアスが吼えた。一本一本の毛先がびりびり震え上がる咆哮を受け、バシャーモも静かに全身を纏った炎を揺らめかせる。

 

「褒めるのはオレが勝ってからにしてもらいたいね。バシャーモ! 『フレアドライブ』!」

「寄せ付けるな! 『いわなだれ』!」

 

 タイプ相性の有利こそあれ『もうか』が発動した状態で技を受ければ危ない。ガブリアスは岩をぶつけてバシャーモの進路を妨害する。

 

「モッさんのガブもそうだったけど岩ぶつけ作戦には参っちまうね」

 このような場合において進路を塞ぐというのは最もシンプルかつ有効な手段だ。コスモスもクロックも近しい見解に至ったのだろう。

 

「『じしん』!」

「まじぃ、こっちも『じしん』!」

 

 バシャーモも強く地面を揺らすが、ガブリアスのそれをなんとか防ぐのが精一杯だった。

 

「どうした? 守りに入っている余裕はないんじゃないのかな」

「だったら素直にやられてくれよな」

 

 今度は『ブレイブバード』で重い一撃を狙う。しかしそもそものスピードに差があった。

 

 ガブリアスは攻撃を紙一重でかわすとその両腕をバシャーモの背中に突き立てた。

「『どくづき』だと!?」

 

 回避と攻撃、その両方が組み合わさった無駄のない動きだった。ヒトがその動作を再現しようとすれば体が千切れてしまうだろう。

 

「フェアリー対策もあるけどこういう使い方もあるんだよ。特性が発動したバシャーモは厄介だけど逆に考えれば体力はもうない。交代するかな?」

 

 相性を突かれたわけではないが苦しみ具合から毒をもらったことは疑いようがない。

 

「今だ、『フレアドライブ』!」

「そうくるか」

 さすがのガブリアスも触れた状態からの攻撃には対応できない。至近距離からの技が決まった。

 

「フィールドごといぐぞ! もっかい『フレアドライブ』」

 

 しかし流れがヤシオに傾くことはなかった。スピードに勝るガブリアスはすぐさまバシャーモから距離をとる。毒状態になった今、同じ速さで追う体力はもうない。

 

「さっきの反動も相当なはずだよ。そのバシャーモ、まだ立っているのが信じられないくらいだ」

「そこはワカチコンだべな。ガブには申し訳ないけど相討ち上等で詰めさせてもらうかんね」

 

 互いに互いが戦況をどのように認識しているのか探りあっている。ヤシオにも、クロックにもある結論が出たようで。

 

「それは違うな」

 クロックの左腕のブレスレットが激しく輝きだした。そしてそれはヤシオには馴染み深い光景だった。

 

「メガシンカか。まあ切るならここだんべな」

 正午の鐘を聞くかのようなテンションで呟いた。

 

 バシャーモは立ち上がろうとするが足腰に力が入らないとみえ、もがき続けている。それはクロックにとってヤシオの作戦に思われた。

「どれほどの策を講じてこようが、その悉くを挫くのがこのガブリアスだ――」

「そっけ。そんなら是が非でも倒さなきゃな」

 

「言っていろ。君の熱意、夢、誇り……すぐにその全てが僕にとっての冗談となる」

 ブレスレットから溢れた光がエネルギーとなってガブリアスと共鳴する。それは何色でもあると同時に何色でもない。

 虹を一色で表現したような光の膜がドーム状になってガブリアスを包む。トレーナーとポケモンとがシンクロする瞬間だ。

 

 クロックが左腕を突き上げる。

「我が呼び声に応え()(なら)せ、ガブリアス――!」

 ガブリアスが今日一番の雄叫びをあげた。

 

「今こそ叶え! “メガシンカ”!」

 光が弾けて消えた。そしてそこに立っていたのは先ほどまでのガブリアスではなかった。

 

「ほー。大迫力だべな」

 これはシンカであって進化ではない。種族として最終形態となったガブリアスのリミッターを外なる力によって解放した生命エネルギーの極致だ。さらにトレーナーと感覚をリンクすることで両者の結びつきが最大となる。

 

 元々頑強だった全身の筋肉がさらに滾り、体を覆う鎧となっている。両腕の爪は翼と一体化してさらに巨大化しその姿はまるで――

 

「死神の大鎌」

 陰から見つめるホヅミの呟きはアルナにしか響かなかった。

 

 ヤシオは頬を掻いた。

「とんでもねぇのが出てきちまったな。シンカ取消を要求したいんだけど」

「それはできない相談だよ。『じしん』!」

「『オーバーヒート』!」

 

 炎ポケモンが使う炎技は体内のエネルギーを直接熱に変換して放つものだが、『オーバーヒート』はそのなかでも異色な技だ。それはどういうことかというと、技を放つ過程で多量のエネルギーを急激に変換するため体に負担がかかり、特攻が大きく下がってしまうのだ。

 

 凄まじい炎がフィールドを捲り上げながら唸りをあげる。ここは『オーバーヒート』がわずかに上回り、ガブリアスにしっぺ返しを食らわせた。

 

 一撃ノックアウトすら狙える技だが、ガブリアスは倒れてすぐに起き上がった。

 

「いい技だ。それを連発されたら正直しんどいかもしれない」

「それができないのを分かってるくせによく言うぜ」

 特攻ダウンの都合上あの威力で『オーバーヒート』が撃てるのは1度きりだ。

 能力の低下を戻すには交代するしかないが、バシャーモの体力を考えると悠長な手はもうとれない。

 

「こんままだ! 『フレアドライブ』!」

「『ドラゴンクロー』!」

 空気が裂けるほどの衝撃と熱が技の威力を物語る。ここまで火力では押されつつあったガブリアスが逆に押し返す展開となった。

 

「やっべぇパワーだ。もうかすら押し返されちまうか」

 

 幾度の激突のあと、再び『フレアドライブ』を撃とうとしているのかバシャーモは炎を起こそうとするが、その体からは白煙が激しく噴き出すだけだった。

 

「それにしても残念だよ。今回こそは君の本気が見られると思ったのに」

「や、オレ超本気なんだけど! 本気と書いてホンキと読むくらいにはマジなんだけど!」

 

 ホンキなのかマジなのか統一することから始めたほうがよいだろう。当然クロックは無視。

 

「その首のチョーカー。僕には分かるよ。そこに仕込んでいるのはキーストーンだ。君も使い手(・・・)なんだろう?」

 

 ヤシオは口を尖らせた。そして悪戯がバレた子どものような顔をした。

「よく見てんな。バレてるなら仕方ないか。やってくる相手にだけ使うと決めてんだけど、そっちがやるなら伏せとく理由もねぇべ」

 

 首に手をやった。さっき見たことを自分でもやろうという腹積もりのようだ。

「こうしてやるのは照れちまうけどこっちも切り札を出すぜ。使える手は全部使う主義なんでね」

 

 クロックの左腕と同じようにヤシオのチョーカーが輝きだした。光が渦を巻いて煙の中へと流れていく。

 

「メガシンカ!? ヤシオも継承者だったの?」

 だったら砂漠で使っておけよという言外のニュアンスを滲ませつつアルナが驚嘆を漏らす。

 

(メガバシャーモならガブリアスのスピードを素で超えられる。体力がもうないのがネックだけど……)

 ホヅミは黙って見守ることしかできなかった。

 

 フィールドは一瞬の逡巡。過去には黙々とメガシンカを行っていたが、男子のロマンを心から愛するヤシオとしてはクロックに対抗する意味も込めてメガシンカの口上にはこだわりたいところだった。

 

 脳内に広げたくしゃくしゃの原稿用紙に文字が浮かんだ。

「我が剛き理想、冴ゆる真紅の闘魂よ!」

 

 少々置きにいった感は否めない。

 

「いってみんべ! メガシンカ!」

 

 ガブリアスに起こったのと同じ現象が発生したことが煙の中でも気配で分かった。しかし、メガシンカを果たしたバシャーモが飛び出してくる様子がない。

 

「あり? 不発?」

 アルナはコガネで人気の新喜劇もかくやというポーズでずっこけた。

 

 クロックが嗤う。

「バシャーモはメガシンカしたものの、ダメージの蓄積で動くことができないか。せめてもの情けだ、ガブリアス、楽にしてやるんだ」

 

 『ドラゴンクロー』を展開したガブリアスが煙の中へ飛び込んでいく。

 もはや攻撃が当たらなくとも戦闘不能になるくらいの状態だ。それでもクロックは手を抜かない。

 

「これで勝負はこちらに」

「……決めつけるのはいぐねぇべ」

 

 ガブリアスが煙の中から弾き飛ばされてきた。

 

「ッ!? 煙の中に何が」

「だから、思い込みはダメってこと」

 

 晴れた煙の中に立っていたのはバシャーモではなかった。たしかに体は紅いが――

 

「そいつは……」

「宣言通りメガシンカしてやったぜ。なぁハッサム?」

 

 メガハッサムが鋏を振り上げていた。

 

「なるほど」

 クロックはこのカラクリを理解した。

 

「今手に持っているのはバシャーモ入りのボール。そしてそれは能力ダウンを補う交換ではなく、戦闘継続不可能による選手交代というわけか。戦闘不能のバシャーモを目隠し役にするとはなかなか悪いことを考えるね」

「ずっと前からこの作戦については手持ちのみんなと話し合ってたさ。それにバシャーモはあくまでレンタル移籍だし無理はさせらんねぇ。メガストーンも持ってねぇんだもん」

 

 種明かしをするヤシオは心底楽しそうだ。

 

「だから君はバシャーモのポテンシャルをうまく引き出しきれなかった、と」

「そんなに褒めんなって。『バレットパンチ』!」

 

 鋏が最短距離で虹の軌道を描く。そのまま弾丸のような速さで鋏がガブリアスの顎を打った。

 

「『ドラゴンクロー』」

 

 ただでやられるガブリアスではない。今度は大鎌が連撃でハッサムの胴を据えた。

 

 

「砂嵐はもう止んでる。『すなのちから』は発動させねぇぞ」

「分かっていないね。メガガブリアスの強さを」

 

 『いわなだれ』がハッサムを襲う。『いわくだき』でもギリギリ防ぐのがやっとだ。次の弾丸を放つ余裕はない。

 

「メガガブリアスにとってとくせいはおまけだよ。スピードを削ってまで実現したこの破壊力こそ真骨頂なんだ」

 

 たしかにバシャーモとぶつかり合っていた時よりもいくらか動きは見えるようになっている。しかし、技の威力は桁違いになっておりヤシオたちにとってむしろ対処が難しくなっているのだ。

 

「『バレットパンチ』!」

「『ドラゴンクロー』!」

 力と力がぶつかり合い、生まれたインパクトが離れたスタジアムの壁面をも凹ませた。

 

 

 そしてその余波は離れた場所にいるホヅミとアルナにも及んだ。

「『リフレクター』!」

「『ニードルガード』!」

 ゴチルゼルとマラカッチの力を借りてそれぞれ飛散する瓦礫を防ぐ。

 

 

 

「警視、どうするんですか。パンデュールの正体はバラル団幹部のクロックですよ!」

 飛んできたパイプ椅子で頭にたんこぶをこしらえたツキミが喚く。

 

「もちろん最優先で確保しなくてはならんが……」

 戦いが激しすぎて近づけない。さらに飛行船から送られてくる敵の新手にも対応しなければならない。

 

「フラン。とりあえず奴らに戦いを止めるよう言ってこい。お前なら『ドラゴンクロー』は乱数2発ってとこだろ」

「戦いより先に私の心臓が先に止まってしまいますが」

 

 

 

 豊穣を司る3体との戦いは熾烈を極めていた。その中でもミントはフィールドでの戦いが気になるようだ。

 

 ピジョットが、フシギバナが、ドータクンが、ツンベアーが、キノガッサが絶え間なく技を放ちフィールドのほうへ敵を通さないよう抑えている。

 

「ヤシオ、思ったよりやるわね」

「そりゃまあ俺に勝ったトレーナーだしな」

 ジュリオが胸を張る。

 

「パンデュールくんもイイ感じ。若いトレーナーが躍動するっていいわねぇ」

「若いってあんたいくつだヒィッ!?」

 コウヨウに睨まれるテスケーノをオトギリは黙ってやり過ごした。

 

 

 

 ヤシオの額の包帯に血が滲んでいる。アバリスにやられた傷が開きつつあるようだ。それすら意に介さずクロックはたたみかける。

「この状態のガブリアスに加減なんてものはない。『じしん』!」

「やべぇ、飛ぶんだ!」

 飛行タイプでないハッサムは羽ばたいて空中に逃れるしかないがそうなると当然無防備になる。

 

「逃げ切るのは無理だべ。『いわくだき』!」

 とくせいが『さめはだ』でなくなったのは物理的直接攻撃を得意とするハッサムにとっては追い風かもしれない。

 

 威力こそ『バレットパンチ』に劣るがこちらには防御力を下げる追加効果が見込める。ガブリアスは迎撃態勢を整えていたが、それでもまともに食らってしまった。

 

 きりもみしながら後方へすっ飛んでいく最中に『いわなだれ』で牽制する。追撃を狙うハッサムは体よりも大きな岩をぶつけられ、後退を余儀なくされた。

 

「『ドラゴンクロー』」

 踏み込みや腕の付け根の筋の動きから大鎌の動きを読み、ギリギリのところでかわしていく。

 ルシエジムでコスモスのジャラランガがやってのけた絶技の一部をハッサムが再現していた。

 

「いいぞハッサム! 経験が活きてるべ!」

「本当にそうかな?」

 ガブリアスの膝がハッサムの重心を僅かにずらした。そしてそれだけで十分だった。

 

 『ドラゴンクロー』がハッサムを袈裟斬りにした。

 

 少し気を抜けば意識が飛びそうになるほどの痛みが駆け抜ける。

「はーっ! そうこなくっちゃ!」

 目が充血しているのか額の血が垂れてきているのかもはやヤシオ自身にも判別が突いていない。

 

「痛すぎて気持ちのいい一撃だ。覚めた目がまた覚めちまった」

 

 続く『ドラゴンクロー』をガブリアスの股下をくぐって回避し、その背後に回り込む。

 

「『じしん』!」

「そうくると思ったぜ! 『ダブルウイング』!」

 重い羽根の連撃が炸裂した。

 

「『バレットパンチ』!」

 ガブリアスは大鎌をスキーのストックのように使いあり得ない姿勢から回避した。

 

「あと一歩だったんになぁ!」

「それなら歩んで見せろ。そのあと一歩とやらを」

 ガブリアスがハッサムの脚を踏みつけた。

 

「『ドラゴンクロー』!」

「『バレットパンチ』!」

 片足を封じられては力も半減してしまう。大鎌がハッサムをズタズタに切り裂いていく。鋏でガードしているがそれでも攻撃の全てを防ぎきれていない。

 

「君は十分強かった。僕にメガシンカを使わせ、あまつさえ制御すら危うくなるほどの全力を引き出したんだ」

 大健闘だよ、と呟いた。語気が強いあたりクロックも昂っているようだ。

 

 大鎌を力任せに振るいつづけるガブリアスと攻撃を受け続けるハッサム。それがそのままクロックとヤシオに重なる。

 

「でも、君がどれほどの高みを目指そうと絶対に超えられないものがある。君だけじゃない、誰だってそうだ。大きくても、強くても、抗えない凄まじい力というものが確かに存在する。真にどうにもならないことは、立ち向かおうとする気すら起きないものだよ」

 

「だから――勝利を前提として」

「やっかましいわ」

 

「ペラッペラペラッペラと。よくもまあそんなしゃべれるもんだ。あんちょこでも用意してんのか」

 

「こんなに楽しい勝負、しょっぺぇ終わらせ方はさせねぇぞ!」

 ヤシオの瞳が何かを捉えた。そしてそれはここまでクロックが何度か味わった彼が何かを仕掛ける時の目だった。

 

「まずい! ガブリアス、一旦距離をとれ!」

「逃がすかい。ハッサム、『ものまね』!」

 

 飛び退いたガブリアスを追いかける。そして鋏を振りかぶった。

 

「いってみんべ!」

 鋏のスイングから繰り出されたのは『バレットパンチ』でも『いわくだき』でもない。

 

「散々味わって体で覚えた成果を見せてやれ! ハッサム、『ドラゴンクロー』!」

「何ッ!?」

 

 ガブリアスにとって予想外の方向から弱点を突かれる形となった。フィールドを見渡す高さから一瞬で地面に叩き落とされた。

 

「『いわなだれ』!」

「もっかい『ドラゴンクロー』だ!」

 完全に読みきっていたハッサムはガブリアスの胴体をポールのように掴んで攻撃をかわし、『ドラゴンクロー』のダメージを倍加した。

 

 さらにおかわりを狙ったが今度はガブリアスが大きく跳躍してかわした。

 

「いやいや、今のは効いた……いや、本当に」

「こいつは芸達者(テクニシャン)だかんな」

 

「たしかに『ものまね』は誤算だったよ。でもかくし球ってのはそうそう使える手じゃない」

 

 ハッサムが顔をしかめた。鋏から熱した金属を急激に冷やしたようなピシピシと音がする。

 

「本来覚えることのできない技は使うだけで大きな負担となる。決着を早めたい時や格下の相手を千切る時に使うのが定石だろうね」

「あんたには隠せないか。オレのハッサムには氷技とフェアリー技の持ち合わせがねぇんだもん、これしかなかったんだ」

 

 『いわなだれ』を牽制に放たれた『じしん』をかわすことができず今度はハッサムが地を這う。

 

「そこまでして勝とうとは恐れ入るよ」

「どの口が言ってんだい。だいたい、オレたちにとっても苦渋の選択だったってことは分かってもらいてぇとこだな。これくらいしないとダメージレースでの不利はひっくり返せないがね」

 

「『じしん』!」

「『ダブルウイング』!」

 素早い動きでハッサムがガブリアスを叩き伏せた。しかし『いわなだれ』による反撃を受けた。

 

「食い下がるか。君にはまだ分からないのかな。絶対的に至れないと確信する瞬間が、弱さを自覚する瞬間が、自分を蝕んでいくことを」

「うっせぇ! ダメな部分があるならそれは伸び代だ! 若いくせにじじむさい感傷に浸ってんじゃねぇぞ!」

 

 『じしん』を食らったハッサムが『いわくだき』で反撃した。

 

 そしてトレーナーたちも覚悟が決まったようだ。それはこのやりとりののちに立っていたほうが勝者となることを意味していた。

 

「決着が近いようだ、赤帽子(ヤシオ)!」

「ずりぃぞ、それこっちが言おうと思ってたのに!」

 

 両者地面を抉れるほど強く蹴り一直線に相手を目指す。今回は回避や防御など一切考慮していない。

 

「これで終わらせる! 『ドラゴンクロー』!」

「決めるぞ! 『バレットパンチ』!」

 

 鋏と大鎌が相手を刈り取らんと最後の唸りをあげた。一番シンプルな攻撃こそ最大最強の必殺技となりえる。

 

 トレーナーたちの視覚がポケモンと結び付く。

 

 ガブリアス(クロック)は見た。ハッサムの動きが徐々にゆっくりになるのを。

 ハッサム(ヤシオ)は見た。ガブリアスの動きが徐々にゆっくりになるのを。

 

 どちらもトレーナーとの勝利のため最後の一歩を今まさに踏み出そうとしていた。そして思考を巡らせる。

 

 遅い。目の前の相手よりも加速しろ。なんでもいい。体の中に残っている力を一滴残さずまだ動く腕に集中しろ。力だけでは足りない。関節の捻りだ。相手を貫く為の理想的な力の流れだ。加速だ。回転だ。

 

 これは勝利のための一撃だ。

 

 ――叩き込めッ!

 

 

 

 爆発のような衝撃がフィールドを根こそぎ吹き飛ばした。砂埃の陰でガブリアスとハッサムの体が力なく宙を舞う。

 

 アルナがホヅミの体を揺する。

「ハッサムは!? ヤシオは勝ったの!?」

「分からない。でも最後のは……」

 

 

「ハッサム!」

「ガブリアス!」

 ヤシオもクロックも結論を見届けるためにそれぞれのポケモンのもとへ駆け寄った。

 

 ガブリアスとハッサムが倒れている。

 しかし相討ちではない。

 

「ハッサム!」

 ハッサムはメガシンカが解けている。つまり完全な戦闘不能だ。

 

 メガガブリアスがゆっくりと起き上がった。そしてスタジアムが震えるほどの咆哮で勝ちどきをあげた。

 

 これが初めての敗北ではない。しかし受け入れるのには多少の時間を要した。トレーナーの性だ。

 

「ごめんな。ぜんぶオレのせいだ。みんなあんなに頑張ってくれたんに……」

 ヤシオは6つのボールを抱き抱え、がっくりとうなだれた。

 

 ガブリアスのメガシンカが解けた。

「まさかここまでとはね。君のことは嫌いだけど僕に倒されたトレーナーの中では最上位かもしれないな」

「そんなん嬉しくねぇよ。あーあ、まともにやって負けちまった。やっぱりあんたは強くてすげぇよ。悪者なんかしなくても十分やっていけるだろうに」

 

「君こそバラル団に入ればそれなりの待遇で迎え入れられる。僕だけじゃない。永遠に望む強敵と戦い続けられるよ」

「オレはそっち側にはいかねぇよ。やるようにやって強くなるのが清く正しいトレーナーだ」

 

 

「なぁ、あんたはなんでそんなに強くなりたいんだ?」

「変なことを聞くね。世界最強、誰もが憧れる響きだと思うんだけどな」

「そりゃそうだ」

 

「……昔カントーを旅していた時に赤い帽子のトレーナーにそれはもう酷くやられたことがあってね」

「なんだ帽子にこだわるのはそのせいか。フラれた女の子の特徴だとばかり。そんじゃあオレに何かあったとかいうわげじゃねぇんだな」

「いや君のことは大ッ嫌いだ」

「あんれま」

 

 吐き出すだけ吐き出してクロックはヤシオに背を向けた。

「――僕はもう行く」

「そっけ。とっとと行っちまえい」

「認めたくはないがいい勝負だった」

「ああ、そうだな。対戦ありがとうございました」

 

 会釈するヤシオに頷き、クロックがガブリアスに掴まった。そのまま上空の飛行船へ飛ぶつもりなのは明らかだった。

 

「バラル団は次の段階に入る。まあ、君にとっては関係のないことかもしれない」

 

 ここでやっとフィールとホヅミがクロックを確保するために動いたが、その顛末はやはりヤシオにとってもはやどうでもよいことだった。

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 そろばん教室から帰ってきた子どものような気楽さでクロックが帰還した。

 待機していた幹部たちは思い思いに過ごしている。

 

「戻りました、じゃねぇよまったく。こっちが超過勤務してるってのに趣味を満喫しやがって。どんだけあの赤帽子と遊びたかったんだよ」

「まあまあ。それで、みなさんの首尾はどうです?」

 

 これ以上は無駄と察したワースが状況を伝える。

「フリック市長は例のリザードン使いに奪還された。あいつ、相当派手に暴れたぞ。高ぇ機材もいくつかやられた」

「それなら作戦は成功じゃないですか」

 

「そりゃそうだが……つーかあいつ準決でお前と対戦するんじゃないか?」

「次の試合にノコノコ出ていったらお縄ですよ」

 

「気楽なものですね。まあ私も束の間の逢瀬を楽しめたので良しとしますが。あぁ、今度は私が焼いて差し上げたいもの」

「わぁついていけない世界」

 ハリアーの嘆息は先が焦げた髪のせいだろうか。

 

「私も姫を拐う大魔王の役ができたのはよかったな」

「オッサンがオッサンさらっただけじゃないかな」

 イズロードもどこか楽しげだ。

 

「おいおい! お二人さんも思わぬストレス発散かよ。バラル団幹部の福利厚生の充実具合たるや」

 

 最後の1人が指令室にやって来た。

「そういうお前が一番楽しんでいたのではないか?」

 

 グライドの一言に何やらモゴモゴと呟き、ワースは静かになった。

 

「いよいよ俗世の愚かな者共も我々の崇高な志を理解することとなるだろう」

 

 

 

 こうしてラフエルリーグは準決勝を残して大会継続が不可能になったため終了した。

 ベスト4にはミント・コウヨウ・シンジョウが確定することとなったが、準々決勝最終試合に関しては正体が露呈したクロックが失格扱となりヤシオが準決勝進出を決めた。

 

 しかしヤシオから運営へ自身の敗北とパンデュール(・・・・・・)の勝利の申告があった。緊急事態で審判すらその場にいない状況ではあったがホヅミが残していた映像記録が彼の申告を裏付けた。

 

 優勝者のない大会は前代未聞のことであるが世論はそれどころではなかった。

 

 飛行船から戻ってきたフリックは暴獣とバラル団の脅威から自身の危険を顧みずに一般人を守りきったことで評価をさらに高めた。

 政府は彼にバラル団対策における非常時大権を認める法案を可決し、フリックの権勢は市制の域にとどまらないものとなった。

 

 逆にPGとバラル団対策特別室はみすみす計画の実行を許したことで厳しい視線に晒されることとなる。


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