(ジェフ=クベンカ)
パンデュールは顔に薄く張っていたマスクを剥がし、丁寧に畳んでケースにしまった。
そしてそこに立っていたのはもはやパンデュールではなかった。
「よう、久しぶり」
予想通りと言わんばかりにヤシオが笑った。そしてまるで仲の良い友人にするようにひらひらと手を振った。
「ちょっと君を勘違いしていたみたいだ。思ったよりよく見ているんだね」
クロックは大仰なジェスチャーでヤシオへの賛辞を露にした。
「それにしてもよく分かったね。どこで気がついた?」
「試合を見た時。そりゃ分かるって。あんた、変装はしてっけどパンデュールというまっさらのトレーナーを演じる気がなかったべ? ガワだけ誤魔化してそれだけって感じ」
ヤシオにとってはたいした問題ではなかった。猜疑もペテンも彼の世界にはさほど必要のないものだったから。
「ならPGにでも通報すればよかった」
反射的に何かを言おうとして、ヤシオの唇は動いて、別の言葉を紡いだ。それは彼が口にしてはいけないことだった。
「怪しい動きをしたらすぐにでもそうしたろうね。でもパンデュールはただのリーグ挑戦者でオレの対戦相手だ。リベンジの機会は逃したくないしな」
クロックはリーグに挑戦に来たトレーナーという役を演じている。ヤシオも同じだ。
そしてそれはあてがわれた役ではない。だからこそ裏切ることはできないのだ。
何処かで何かが弾けるような音がした。
ヤシオはリーグ会場のあちこちで戦っているバラル団とPGたちに目をやる。
「部下を手伝わなくていいんか? いや、オレが言うのも変な話だけど」
その瞳は真っ直ぐにヤシオを見据える。
「いい。僕の目的は君だ。他の団員にも手を出さないように言ってあるから安心してほしい」
「いやオレそういう趣味はねぇんで」
気まずい沈黙が流れた。
「ここに来たということはやることはひとつだろう?」
「そうだいね」
互いの視線が交差した。
人間をコンピューターで例えるなら目はマウスでありキーボードだ。自身を構築するものに直接働きかける。
お互いの肩書きも演じる役も今は関係ない。クロックもヤシオもボールを手に取った。
「オレは勝つ。そのために来た」
「奇遇だね。僕も君を全力で叩き潰すために来たんだ」
正面の相手を全力で倒すべき存在と認めた者同士の滾りが周囲にまで作用する。身体中の血がピリピリと泡立つような感覚にヤシオもクロックも高揚した。
しかし見ている側はたまったものではない。物陰から眺めていたバラル団たちは思わず姿勢を正した。
2つのモンスターボールが投じられた。
「いけ――ジャローダ!」
「アーボック、いってみんべ!」
ホヅミが暴獣によるリーグ急襲の一報を受けたのはアルナと合流してすぐのことだった。すぐにでも会場に向かおうとしたが残念ながら彼女には高速で移動する手段がなかった。
唇を噛み締めていたところ、思わぬ助け船がアルナからもたらされた。彼女は峡谷で発掘した『ひみつのコハク』を持っていたのだ。プテラの力を借りるためガラルで化石の復元に関する研究を行っている知り合いに連絡をとったというわけだ。
生まれたてのプテラによるしばしのフライトの後、会場の外でヤシオを探しているプリスカに遭遇したのも幸運だった。
地中にいたとしてもアルナのポケモンたちなら容易にヤシオを発見することができた。簡単な治療を施し、壊れたボール開閉スイッチを直してやるところまでできたのだ。
運にも助けられて珍しくキレのある動きを見せたホヅミだが、今は頭を抱えていた。
(やられた!)
イズロードの手際が良すぎたのだ。会場内でも警備が薄い場所をピンポイントで狙い、そしてまんまとフリックを誘拐せしめた。
カネミツから断片的に得た情報も頭痛の種となった。
アルナによってリーグ会場を覆っていた暴風雨は払われた。これで豊穣を司るポケモンたちともなんとか戦えるだろう。PGの援軍も向かっていると報告があった。そうなれば会場内のバラル団も片付く。
しかしそれだけでは根本的な解決にならない。敵の飛行船に乗り込んでフリックを救出する必要があるうえに、存在が確認されているバラル団幹部を可能な限り撃退・捕縛しなくてはならないのだ。
つまり敵は逃げを打つだけで勝ち。こちらはそれを阻みつつVIPを取り返さなくてはならない。状況は依然不利に違いなかった。
フリックの救出はリザードンに乗って飛んでいったトレーナーとPGの空挺部隊に頼るほかない。
だからこそホヅミの願いは今まさにクロックと戦おうとするヤシオにあった。
「相手は幹部。勝てるの……?」
「勝つよ!」
アルナだ。会場全体に吹き荒らした『すなあらし』を終えて肩で息をするポケモンたちを連れてホヅミのところに引き返してきた。
口の横に両手をあて、力いっぱい叫んだ。
「ヤシオーっ! リーグで優勝するんでしょ? 絶対に勝ってー!」
その声は戦闘に脳が切り替わったヤシオに届かない。
「『リーフストーム』!」
「『ダストシュート』!」
いきなり大技の撃ち合いとなった。尖った葉と毒の塊が互いに相殺し合う。
クロックは何が面白いのか笑っていた。
「前に見た時よりも技が磨かれているようだね」
「そいつはありがサンキューだ。モッさんとの試合でもよく頑張ってくれたし――」
「『リーフストーム』だ」
「こんにゃろ人がいい気になっているのに、『ダストシュート』!」
相性でいえばアーボックに分があるが、『リーフストーム』の威力が上がっており今回は圧されてしまった。
「『あまのじゃく』け。そんならフストムは撃ち得ってわけだ」
「フストム?」
元よりスピードでアーボックを上回るうえに、今のジャローダは特攻が4段階上昇した状態ということになる。もはや相性の不利など問題にならないだろう。
「そんなら。『ほのおのキバ』!」
普段はあまり使わないが、アバリスがワルビアルに指示するのを見てこの技のイメージは掴めていた。
燃える牙がジャローダの胴を狙ったが、そうやすやすと捕まる相手ではない。ひょいと飛び上がり決死の一撃を難なくかわしてしまった。
「ジャローダ『へびにらみ』!」
アーボックもジャローダも視線だけで相手を麻痺させてしまうこの技を持ち合わせているのだが、先にカードを切ったのはクロックだった。
目が外界との窓口なのはポケモンも同じだ。そこを支配されてしまえば生物など脆い。
かわす余裕はなかった。アーボックの体が麻痺し強張ってしまった。
「かぁーっ。そうきたか」
悔しがると同時にヤシオはどこか嬉しそうだった。
「交代したらどうかな。そっちにはハッサムもいるだろうに」
「オレもそのジャローダと同じくあまのじゃくなんでね。言われたら逆のことがしたくなんのよ」
鼻息荒く強がるが、タイプ相性を加味してもクロックの言うとおりではあった。
「それならいいさ。ジャローダ、『みがわり』」
ジャローダは体力を削って分身を作り出した。こうなると麻痺も相まって本体に攻撃を通すのは難しくなる。
「代理を立てるなら専用番号にコールして担当者を引っ張り出すまでだべ。なぁアーボック?」
再び『ダストシュート』を放とうとするアーボックだが技が途中で止まってしまった。
麻痺、ではなく体力の消耗によるものだった。
一方のジャローダは『みがわり』で体力を削ったはずなのにあまりそれを感じさせない。
「どったの、急にバテちまって……いや違ぇ。『やどりぎのタネ』か!」
アーボックの胸の模様に重なるようにやどりぎが展開していた。これではトレーナーが気がつくのが遅れるのも無理はない。
「君にしては気がつくのが遅かったね。僕たちは最初の撃ち合いから『タネ』を仕込んでいたんだよ」
『リーフストーム』のごり押しが主戦と見せかけたクロックの巧さ。
ヤシオは乱暴に頭をかいた。
「始末が悪いべ……」
「なんというか疲れる戦い」
ホヅミはあくまで犯罪者の確保のためにポケモンを鍛えている。公式戦については一般的な知識がある程度だった。
「特性を利用して技の威力を上げる作戦と見せかけてスリップダメージを稼ぎながら体力を回復する作戦だったんだね。『へびにらみ』もアーボックに対抗するためではなく効果のカモフラージュのため。実況も審判もいないからこそとれる認知のズレを利用したってこと」
指をピンと立ててアルナが語った。
「アルナさん詳しいのね」
「まあこないだはあたしが解説してもらう側だったし」
ヤシオは交代をしない。あくまでもアーボックでジャローダを相手取るつもりのようだ。
痺れて動きが鈍くなったアーボックの体力がじわじわと削られていく。
「痺れてるとこすまん! アーボック、『ほのおのキバ』!」
苦し紛れの攻撃だが『みがわり』を破壊するには十分だった。分身は掻き消え、やっと本体に攻撃が通る状態にもってこれたが麻痺かつ体力が削られ続けるアーボックに対してジャローダはほぼ全快にまできていた。
クロックは一瞬で思考を巡らせる。
(『みがわり』でもいいがあまり長引かせてハッサムやトゲキッスが出てきてもつまらない)
「ガーり突っ込め!」
指示に愚直に従い、アーボックが突っ込んでくる。平常時の半分のスピードしか出ていないが毒タイプの技が驚異なのは間違いない。
直線的に向かってくるのであれば狙うのは容易だ。
「自棄になったか。『リーフストーム』」
しかし技が出ない。
(まさかジャローダも麻痺、いやそれはない。連発していないから『いちゃもん』でもない)
「『ダストシュート』!」
(そうか、これは)
クロックの第六感が悲鳴をあげた。
「ジャローダ、『みがわり』で立て直すんだ!」
しかし距離が詰まっていた分、『みがわり』の生成が間に合わなかった。渾身の『ダストシュート』が決まった。効果は抜群だ。
「ジャローダ!」
どさり、とジャローダが崩れ落ちた。誰の目にも戦闘の継続は不可能だった。
クロックはジャローダをボールに戻した。そしてそのボールに語りかける。
「ごめん。一番手を買って出てくれたのに」
アーボックを、そしてヤシオを順番に見つめた。
「まさか『かなしばり』を仕込んでいたとはね」
「そういうこと。アーボック、ナイスファイトな。休憩してくれ」
アーボックはボールに戻っていく。
「多分タイミングは2回目の『リーフストーム』の時かな。『やどりぎのタネ』を受けたけど、アーボックは『かなしばり』で『リーフストーム』を使えなくしていたということか」
ヤシオは小さく頷いた。
「相性にあぐらかいてちゃあ無理な相手だってのは分かってっからね。ちーっとコスい気もすっけど峡谷でもずいぶん手酷くやられてっからこれでトントンだべ」
一瞬目を丸くしたクロックだが、くつくつと笑みを漏らした。
「そうか。じゃあもっと楽しませてもらおうかな」
「そうこなくっちゃ!」
またそれぞれボールを手に取った。
「チャーレム!」
「いぐべ! バシャーモ!」
蛇対決から格闘対決となり、第2ラウンドのゴングが鳴った。
「『フレアドライブ』!」
先手を譲る道理はない。
バシャーモの体が高熱に包まれ、一気に燃え上がる。トオルのブースターには及ばないが着火の瞬発力は相当のものだった。
地面を蹴ってチャーレムに迫るまでわずか一拍。技が決まったかに見えた。
「これもいい技だね。当たっていたらチャーレムでも危なかった」
チャーレムは寸前で信じられないような柔軟さで仰け反り、攻撃を回避した。
「えっそれ避けちゃだめだがね」
バシャーモは慌てて飛び退くほかない。
「そこだ、『バレットパンチ』!」
今度はチャーレムが動いた。残心を超える速さと精度で一撃を見舞ったのだ。
「受け止めろ!」
ブロックしようとしたバシャーモだが、そのまま地面に叩きつけられた。
「チャーレム深追いはするな!」
クロックはこれを好機とみなさない。
腕の炎を地面に噴射することでバシャーモは崩れた体勢を立て直した。
「『ブレイブバード』!」
スピードは互角。今度はバシャーモがチャーレムを弾き飛ばした。
「前の試合では出していたのに。峡谷では戦わなかったポケモンだ。あの時は温存していたのかな?」
「出す前にオレはドンブラザーズしちまったんだよ!」
納得したかどうか。
「『とびひざげり』!」
「シンプルに殴りに来たか。『フレアドライブ』!」
互いに全力をかけてぶつかり合った。威力は互角、もしくはバシャーモに分があった。
「えっ!?」
大ダメージを受け、バシャーモはフィールド反対側の壁に叩きつけられた。
ホヅミは拳を握り締める。
「全然歯が立たないじゃない。あのバシャーモ、相当鍛えられてるのに」
「チャーレムは第六感がとても発達してるから、オーラを察知して攻撃を読めるんだ」
ただぶつかっているように見えて、実は敵の攻撃の威力を逃がすことができる角度から膝をいれている。だから打ち負けることがない。
バシャーモ決死の反撃もチャーレムはその全てをひょいひょいとかわしていく。
「じゃああんなにパワーが出るのは?」
ホヅミはプライドを捨て、教えてアルナ先生モードを展開した。
「チャーレムの『ヨガパワー』は物理攻撃の威力を倍にする特性。相手の攻撃を先読みでかわしつつどえらい高威力の技を刺していけば自然と勝てちゃうってわけ」
ホヅミは目を覆った。
「そんなの無理じゃない。攻撃が当たらないうえに大ダメージを受けちゃうなら打つ手なしでしょ!?」
ダメージを受けてふらつくバシャーモをクロックはもう驚異と捉えていなかった。
「前の試合では大活躍だっただけに実に惜しいね。僕のチャーレムは特別なことはしない。ただ、元々できることを極限まで磨いた」
チャーレムが尻餅をついたバシャーモの額を指で押さえた。体格では勝っているはずなのに立ち上がることができない。
「重心をとられればそんなもんだよ。チャーレム『サイコカッター』」
「っ! バシャーモ戻れ!」
ジャローダを倒したことで勢いに乗れるかと思ったがそうはいかなかった。
ヤシオのアドバンテージは崩れ、焦りが見え始める。
「マッギョ! いぐべ!」
戦いは続く。続いてマッギョを繰り出した。
「『ほうでん』!」
ここは攻めるしかない。
アルナはうんうんと頷いた。
「これはいい判断だね。平べったいマッギョなら攻撃をもらいにくいし、遠距離からバチバチできるよ。なんせ、コスモスのサザンドラとも渡り合ったんだから」
「なんだか海外のラジオを聴いてる気分ね」
「『あくび』!」
「『サイコカッター』」
搦め手すら捌く。ヤシオはため息を漏らした。
「『あくび』ってなんかのんきな技ね」
「あっそれにはちょっと同意かも」
ギャラリーがのんきなやりとりをしている間にもクロックとチャーレムは敵の先を読む。
「マッギョから離れるんだ!」
「逃がすかよ。『ねっとう』!」
水流を逆方向に放つことで得難い推進力を生む。ぐんぐんと距離を詰めて本来埋められない速さの壁を超える。
「『バレットパンチ』!」
追いつかれるのは計算のうちだった。振り向き様の拳がマッギョを狙う。
「『どろばくだん』!」
泥の塊で即席のクッションを用意した。
「甘いなぁ」
チャーレムのヨガパワーが『どろばくだん』ごとマッギョを打ち抜いた。泥が弾け飛ぶ。
「馬鹿力すぎんだろ!? 嘘べ!?」
「ならもっと見せようか。『とびひざげり』!」
「真下に『ねっとう』!」
今度はマッギョが完全に攻撃をかわした。
勢いあまってチャーレムは地面に激突し、膝を押さえて苦しんでいる。
「うまい! 『とびひざげり』は外したら自分が大ダメージを受ける。チャンスだよ」
アルナの声は聞こえていないはずだが、ヤシオも当然同じことを考えていた。
「今だ! 『ほうでん』!」
電気を体一杯に溜め、マッギョのフルパワーがチャーレムを倒さんと収束していく。
「撃て!」
ヤシオも、アルナたちも勝利を確信した。
ところがそうでない者もいた。クロックがほくそ笑む。
「『とびひざげり』!」
無事なほうの脚で地面を蹴ったチャーレムがそのまま膝を叩き込んだ。
強力な一撃はマッギョの体力を天蓋へと運び去った。もう跳ねる力すら残っていない。
「マッギョをワンパン。いやこの場合ワンキックか。今のは逆の膝で打ったんだべ?」
「そう。僕のチャーレムは両脚で『とびひざげり』を出せる。もちろん同じパワーでね」
人間と同じようにポケモンにも利き手・利き脚がある。つまりこれはとんでもないことなのだ。
「峡谷でやんなかったことすんなよなぁ」
ぼやきながらもヤシオはマッギョを優しく撫で、ボールに戻した。
「仇はとってやるから。ゆっくり休んでくれな」
これで互いに1体ずつ倒した形になる。
「チャーレム。いったん休もうか」
クロックは続投を避け、次のポケモンを繰り出すようだ。
「えぇ。チャーレム対策考えてたのに」
「そうはいかないよ」
観念してヤシオも次のボールを手に取った。
「トゲキッス! いってみんべ!」
「ムクホーク」
飛行タイプのマッチアップになった。
「こっちからいくよ。『すてみタックル』!」
ムクホークは翼をすぼめてトゲキッスに向かって飛び込んでいく。
「もらうな! 上昇!」
回避に専念することでトゲキッスはなんとか攻撃をかわした。
「『エアスラッシュ』!」
空気の刃がムクホークを突き刺していく。
「『ブレイブバード』」
灰翼の猛禽の全身全霊がくる。トゲキッスは攻撃の直後でかわす余裕がない。
しかし手がないわけでもない。
「受け止めろ!」
「くっ」
『ブレイブバード』を受けたトゲキッスだが、そのままムクホークを両翼で捕まえた。
それを見たアルナが手を叩いて喜んだ。
「このパターン見たことがある!」
「えっ」
「『マジカルシャイン』!」
強い光がムクホークを包む。
「『インファイト』」
技を食らう寸前で翼と爪の連打を浴びせ、ムクホークは拘束から脱出した。
「『とんぼがえり』」
そのままトゲキッスを蹴飛ばしクロックのもとへ帰っていく。
「あっ! ずりぃぞ!」
「ズルなもんか。ジバコイル!」
ジバコイルが登場し、挨拶代わりの『10まんボルト』を放った。
「距離はある。よく見てかわせ!」
さほど難しいことではなかった。トゲキッスは旋回し苦手な電気技から逃れた。
「『ラスターカノン』!」
今度は鋼タイプの技だ。フェアリータイプを併せ持つトゲキッスにはこちらも痛手となる。
再び回避に集中するしかなくなってしまう。
「トゲキッス『はどうだん』」
「よっしゃ! 『はどうだん』なら必中! 体勢が整わなくても当てられる!」
テレビで相撲を観ている時の祖父に似ていると思ったがホヅミは言葉にしなかった。
相性をついた攻撃だったがジバコイルは冷静に『10まんボルト』で『はどうだん』をかき消した。
「『アナライズ』け! デタラメな火力してら!」
「ジバコイルはあえてスピードを伸ばさない育成をしているんだ。速いポケモンを全部まとめてカモにするためにね」
それを聞いたヤシオが手を腰にやったのをクロックは見逃さなかった。
「トゲキッス、戻っ――」
「『ボルトチェンジ』だ」
トゲキッスに代わり現れたバシャーモに一撃を与え、ジバコイルは引っ込んでいった。
「読まれたか」
「交代先に圧をかけるのは定石だよ」
再び現れたムクホークがバシャーモを睨み付けている。
「さっき見た顔だな」
「そっくりそのままお返しするよ『ブレイブバード』」
「っと、『フレアドライブ』!」
複数回の激突はいずれも互角。反動を嫌わず持てる火力をぶつけ合った。
「『すてみタックル』!」
「『ブレイブバード』!」
飛んでいる相手には飛行タイプの技のほうが都合がよいこともある。スピードでは遅れをとっているがなんとか対応していく。
「このムクホークは『すてみ』だ。反動の分攻撃力が上乗せされる」
「だろうな。『いかく』じゃなくてよかったべ」
バシャーモがムクホークを蹴りあげた。
「まずい、『ブレイブバード』!」
「飛びものなら用意がある。『オーバーヒート』!」
地上より空中を攻めるのに適した技だ。
凄まじい勢いの火炎が空に逃れたムクホークを焼き、バシャーモにKO勝ちをもたらした。
「ムクホークもやられたか」
「いよいよ本気ってか?」
「僕はもとから本気だよ。そっちも同じはずだ」
「まあな」
再び勢いに乗りたいところだが無理はしない。
「バシャーモ、もっかい休憩な。シフトまでどうぞごゆるりと」
「アーボック! もっかい頼むぞ!」
「ジバコイル。ここからだよ」
最初のジャローダもそうだが、特殊攻撃で攻めてくる相手に対してとくせい『いかく』のアーボックはどうしても苦しくなる。そのうえジャローダ戦の傷も癒えていない。
「押せ押せだべ、『ほのおのキバ』!」
「なんとまぁ……」
ホヅミは驚嘆を過ぎてもはや呆れの境地にいた。
(相手は幹部。技の出し惜しみなんかせず使えるものは片っ端から出せばいいのに)
「地面に『めざめるパワー』」
ジバコイルから放たれたエネルギーがフィールドを凍結させた。
「うぇぇ。そっちのめるパは氷け」
「めるパ?」
這って移動するアーボックにとってフィールドのコンディションはかなり大きい。ただでさえ麻痺している。ジバコイルに近づいたところで滑ってしまった。
「『10まんボルト』」
かわす余裕はない。まともに食らってしまった。黒焦げになったアーボックがばたりと倒れる。
「油断ならないね。ここまで食い下がるとは」
「じゃあそれこそ油断だっぺよ」
アーボックがジバコイルに巻き付いた。
「どういうことだ!?」
黒く焦げた方のアーボックの体がパリパリと崩れていく。
「『みがわり』でも『かげぶんしん』でもない。これは脱皮だ。ジャローダの時に始まるかと思ったけどちょっと後ろにずれちまったな」
「だから交代しなかったのか」
「そそ」
「っ、『10まんボルト』!」
ジバコイルの高圧電流にもかまわず『ほのおのキバ』がクリーンヒットした。さらに地面に突き落として『じしん』。攻撃の手を緩めない。
「『ボルトチェ』」
「させっかい。『ほのおのキバ』!」
アーボックの牙が炎を纏う。
「いげ!」
しかし『ほのおのキバ』が炸裂することはなく、アーボックはそのままのびてしまった。
「アーボックごめんな。お前に甘えちまった。でも活躍は無駄にしないからな」
ヤシオはアーボックを戻し次のボールを手に取った。
「いやあ、危なかったよ。ダメージの蓄積がなかったらかき乱されていたのは間違いなかった。とはいえジバコイルに無理はさせたくない。こっちも交代としよう」
「スターミー! 巻き返すべ!」
「叩き潰せ、シザリガー!」
水タイプながら対極に位置する2体の対決となった。
「『アクアジェット』!」
鈍重そうな見た目に反してシザリガーは出の早い技を備えていた。
「『ちいさくなる』」
今一つとはいえわざわざ当たりたくはない。スターミーは文字通り体を小さくして攻撃をかいくくった。
「あれ。フルアタでこないんだね」
「オレはニシキノ先輩をリスペクトしてんだ。完全には真似できんからオレなりのアレンジをくわえてだな――」
「『りゅうのまい』」
「ここにきて積むか! 『10まんボルト』!」
ジバコイルほどの威力はないがそれでもシザリガーにとって苦しい攻撃であることには間違いない。
「嘘べ!?」
シザリガーは『りゅうのまい』を止めない。その表情は苦しげだが技を止める素振りがない。
「荒々しい気合い注入をどうも。シザリガー、『はたきおとす』だ」
「やべぇ、『ちいさくなる』!」
攻撃力とともに素早さも上昇していたシザリガーの動きにスターミーはついていけなかった。
「水タイプなのに!」
「『てきおうりょく』だよ。シザリガーの水と悪の技は威力が跳ね上がるんだ」
このヤマが終わったらバトルの勉強をしようとホヅミはひそかに決意した。
スターミーはなんとかこらえたがコアにヒビが入り、体に力が入らなくなっている。次にかすりでもしたら一巻の終わりだろう。
「スターミー戻れ!」
交代の判断をし、ヤシオはトゲキッスを繰り出した。
「『マジカルシャイン』!」
「いけ――ジバコイル!」
まさかの交代合戦となった。クロックはシザリガーを下げてジバコイルを送った。
「なんで!? 能力を上昇させたんだからそのまま戦ったほうがいいのに」
「多分ヤシオもそう考えると読んだからだよ」
「えっ」
「ジバコイルの電気技のほうがここは攻めやすいんだよ。マッギョはやられちゃったから全員に効くしね」
シザリガーを狙った『マジカルシャイン』がジバコイルに命中したが、ほとんどダメージはない。
「『はどうだん』!」
「それしかないんだな! 『ラスターカノン』!」
有効打も相殺されてしまったら意味がない。
「めげるな! 撃ちまくれ!」
トゲキッスは『はどうだん』を連射ししつこくジバコイルを狙う。
「『10まんボルト』」
そしてその悉くが打ち消され、煙となって消えていく。
「まだまだ! おかわりをくれてやれ!」
「ここにきてワンパターンだね」
しかしクロックもそこまで能天気な性格ではない。
(ジバコイルのスタミナ切れを狙っている? いや、それならタイプ一致でない技を連発しているトゲキッスのほうが先にバテるはず。ということは適当なタイミングで交代するつもりか。ならばそこを狙って『ボルトチェンジ』を入れれば……)
「トゲキッス、正面に回り込め!」
「10ま、いや『ボルトチェンジ』!」
トゲキッスは攻撃をギリギリでかわし、ジバコイルの視界から消えた。しかしジバコイルが対象を見失うことは絶対にない。
(『はどうだん』は目眩ましか。でもジバコイルにはレーダーが備わっている。どこに隠れようがこっちが先に見つけられる!)
「別にジバコイルとかくれんぼしようってんじゃねぇよ。でも、トレーナーにはレーダーなんて搭載されてないべ?」
ジバコイルはトゲキッスを補足しているようだがクロックは肉眼で追いきれない。
「灯台もと暗しってな。トゲキッス、ぶちかませ!」
トゲキッスは相手の底面に潜んでいた。強力な一撃でジバコイルの巨体が真上に吹っ飛んでいく。
「ジバコイル!」
墜落したジバコイルはそのまま倒れ付した。
「『はどうだん』じゃああはいかない。今の技は『きあいパンチ』か。ポケモンとトレーナーの認知のズレを利用されるとはね」
「オレだってライブキャスターは7年前のモデルを使ってる。便利すぎるとそれはそれで合わないもんだべ」
「それとこれとは別の話だけどね」
クロックはチャーレムを繰り出した。
「そうだまだチャーレム残ってんじゃん。終わしといた妄想をしてたのに」
「じゃあ現実を見てもらわないと。チャーレム『サイコカッター』」
「かわして『エアスラッシュ』!」
トゲキッスが放つ技はチャーレムに届かず、距離を取れば『じこさいせい』で回復してしまう。
「『きあいパンチ』!」
回復している隙を狙ったが、チャーレムの動きのほうが速かった。
「『バレットパンチ』!」
猛スピードの一撃がトゲキッスを地面に叩きつけた。
なんとか起き上がろうとしたトゲキッスだが、ついに力尽きてしまった。
「トゲキッスお疲れさん。ゆっくり休んでくれな。スターミー、仇を討つべ!」
バシャーモを読んでいたクロックには少々意外な選出だった。
「『じこさいせい』」
「『サイコカッター』」
コアを修復しようとするところを『サイコカッター』が襲うが、ここはスターミーの回復のスピードが上回った。
「『10まんボルト』!」
「『バレットパンチ』」
このスピードの厄介さについて痛感していたヤシオだがそれでもここは退けなかった。
「『れいとうビーム』!」
「やけになったか。かわせ!」
直線的な攻撃であれば難なく回避できる。チャーレムの背後に氷の塊が精製された。
「『バレットパンチ』!」
やはりスターミーはかわすことができない。威力こそ抑えられたがバウンドしながら転がっていく。
「『れいとうビーム』!」
それでもスピードなら上だ。チャーレムの背後に回り込んで放ったがこれも空振りに終わった。新しい氷塊をこしらえただけ。
「『サイコカッター』!」
これもまともに受けてしまった。
「スターミー、いったん氷の陰に隠れて回復すんべ!」
「させないよ。『とびひざげり』」
よろよろと氷の陰に逃れようとするスターミーをチャーレムの膝が粉々に打ち砕いた。
「粉々!? チャーレム、そっちは氷に映った偽物だ!」
チャーレムがまた膝を押さえて苦しんでいる。
「受けてみろ。担当者本人の『れいとうビーム』だ!」
チャーレム自身も氷像となってその場に倒れた。ダメージも相当で戦闘は不可能だろう。
「あとはなんとかする。よく頑張ったよ」
クロックはチャーレムにラムの実を与え、ボールに戻した。
「シザリガー、いけ」
登場するなり鋏を大きく振り上げて力をアピールした。トレーナー同様昂っている。
「『10まんボルト』」
相性を突くセオリー通りの攻撃だがシザリガーは避けようとすらしない。
「『クラブハンマー』」
大きな鋏が電気を振り払った。
「そんなんありけ!?」
「もちろん。『アクアジェット』」
「『ちいさくなる』!」
一瞬で体を極小まで縮めた。
「それを待ってたよ。『りゅうのまい』」
「えっ」
シザリガーの舞が渦を巻き、小さくなっていたスターミーを掬い上げた。
「『りゅうのまい』は攻撃技じゃない。でも体が小さくなったポケモンが巻き込まれれば……」
「さらに能力上昇もある。どえらい作戦だね」
『クラブハンマー』が今度こそスターミーのコアを砕いた。こうなってはもう戦えない。
「くーっ。なんとも憎たらしい鋏だ」
「そりゃどうも」
「まあ赤い鋏対決ってんならあえて乗ってやる。ハッサムいってみんべ!」
最後の1体を投入した。
これでヤシオの手持ちはフルオープンとなった。
ハッサムとシザリガーが睨み合う。
「予想はついてたけどあの時と同じ面子なんだね」
「同じってことはねぇな。オレたちはあん時より強くなってる」
「そうか。『クラブハンマー』」
素早さが上昇している。大振りな攻撃が最短距離で飛んできた。ハッサムはなんとか両腕で受け止めた。
「避けないとは舐められたね。シザリガー、そのまま潰せ!」
「投げ飛ばせ!」
シザリガーの体が持ち上がり、浮き上がった。そして反対側の壁まで放り出された。
「馬力は認めよう。シザリガー、『アクアジェット』!」
「ハッサム、『バレットパンチ』!」
先制技どうしの勝負は一瞬でついた。
赤い鋏を大きく掲げたのはハッサムだった。
喜ぶ間などない。
「ハッサム、交代な。バシャーモ頼んだ」
現れたバシャーモは見るからに様子が違った。
体の炎が青白く燃え盛っており、離れているクロックにもその熱気が伝わるほどだ。
「なるほど。バシャーモは『もうか』が発動している。いよいよ追い詰められてしまったわけだ」
「そんな気なんかないくせによく言うべ!」
ヤシオは目を二等辺三角形にして捲し立てる。
「疑り深いね。僕は悪人にはなれない質みたいなんだ。嘘はつけないんだけどな」
クロックが握る最後のボールから何が飛び出すのか、ヤシオはもう考えることすらしなかった。
「どっちでもいい。オレはあんたに勝つ!」
その目には確固たる意志の姿があった。
まごうことなき、それは勝利への渇望に満ちた表情だった。
自分も同じ表情をしているのか気になったクロックは頬に手を当てた。
結論は出ない。しかし意味がないわけでもない。
「こんなに楽しい勝負、終わらせたくないんだけど。まあしょうがないよね」
クロックがボールを放った。
「いけ――ガブリアス!」