ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『年賀状をクリスマス前に書いたのに普通の葉書で出してしまった』


(コフ=マカッツァ)


凍てつく熱気、燃える凍気

 暴風雨がスタジアムを覆うなか、ボルトロスの『かみなり』が地上を襲った。

 

「来るぞ!『つららばり』!」

「『ラスターカノン』!」

「『タネばくだん』!」

 

 オトギリのツンベアー、ジュリオのドータクンに加えてテスケーノのキノガッサがなんとか攻撃を凌いだ。

 

「嫌な雨だ」

 

 降り注ぐ雨は雷を導く羅針盤となる。このフィールドで放たれる『かみなり』は必中で敵を捉えるのだ。

 

 オトギリは袖で額の汗を乱暴に拭った。

「さすがに伝説のポケモンは手強いな。三人がかりでも軌道を逸らすのがギリギリってとこか。二人とも、恩に着る」

 

 ジュリオはカラカラと笑い、テスケーノは膝が笑っていた。

「お互い様さ。それよりもこの暴れ雷をどうするかだ」

「そそそその通り。こういう場に暴力を持ち込むのは許せないしな」

 

 バラル団を見て真っ先に突っ込んでいったオトギリだったが、さすがにイッシュの神話に語られるボルトロスを相手取るのは苦しかった。

 そこへヤシオ戦の反省会を通して意気投合したジュリオとテスケーノが助けに入る形となったのだ。

 

 決勝トーナメント出場トレーナーたちと肩を並べて戦っていることに感激の涙が溢れそうになったが、テスケーノは年長者らしく胸を張った。

 

「ここはキャリアの長い俺が突破口をひらいてやる。キノガッサ、もっかい『タネばくだん』だ!」

 命中したがボルトロスは怯みすらしなかった。

「現実見せるのやめろよな!」

 

 

 周囲を見渡すとトルネロスとランドロスの他に飛行船から降下してきたバラル団のしたっぱたちがPGと交戦している。

 

 本来であれば難なく撃退できるはずなのだが、彼らは暴獣の攻撃から民間人を守るためかなり消耗してしまっている。伝説のポケモンにまで構っている余裕がないのだ。

 

 空気そのものが凍る音がした。

 ポケモンの技『ぜったいれいど』の恐ろしさについてはもはや語るまでもない。

 いわゆる一撃必殺として知られる技で、冷気によってエントロピーとエンタルピーを最低値に調整し絶対温度の下限を擬似的に再現するというものだ。

 範囲が限られるため狙って当てるのは難しいが、対象が密集した場所でならその限りではない。

 

 特にこの通路なら。

 

「他愛もない」

 大会委員長特別室前のフリックの護衛とそのポケモンたちが折り重なるようにして倒れた。

 彼らは突然乗り込んできたイズロードに対して勇敢に立ち向かったが、それすら敵の思惑通りだった。

 

 自分に向かって倒れかかってきた護衛を突き飛ばし、イズロードは扉を蹴破った。

 

「失礼する」

 部屋の中央でフリックは動じるでもなくかといって抵抗するでもなく賊を見つめていた。

 

「こちらの自己紹介は不要だろう。さて、フリック市長。我々のボスが貴方との会談を求めている。これからのラフエルの話を御所望だそうだ。付き合ってはもらえないだろうか」

 

「断るといったら?」

 

 イズロードは大げさに肩をすくめた。

「手荒な真似は私の好むところではないが、人体の氷像をご覧にいれようか。今なら製作サイドにフリーザーもいるのでな」

 外に倒れている者たちに目をやる。

 

 命は何事にも代えがたいというのがフリックの持論だった。彼は彼を守ろうとした者たちを逆に守ることでその地位を築いてきた。

「分かった。抵抗はしない。連れていきなさい」

「そうこなくては」

 

 投降の意思を示し、フリックはイズロードに促され部屋を出た。

 

 

 

 裏手の非常口からスタジアム外に出たフリックとイズロードに待ったをかける者があった。

「そう易々とはいかんぞ!」

 

 カネミツだ。その右手にはいつでも相棒を呼び出せるようボールが握られている。

 

「フリック市長。申し訳ないがあと少し堪えてください。ここは私がなんとかします」

 

 存在を忘れかけていた最後の砦の登場にフリックの表情も和らいだ。

「カネミツ室長。警備の方も護衛の方も皆やられています。周囲にこの男のポケモンが潜んでいるようです。気をつけてください」

 

 言うまでもないが裏口の警備にあたっていた者たちもフリックの護衛と同様にイズロードがこの裏口から侵入する際に軽く捻られており、今もカネミツとイズロードたちの間に倒れている。

 

「これはこれは室長殿。PG以外にも我々の熱烈なファンがいるとは聞いていたがこんなところで会えるとは」

 

「暴獣を利用して警備の混乱と消耗を誘うとはよく考えたものだ。しかしそれももう終わりだ。お前もそろそろネイヴュに帰りたいだろう? 私が送ってやる」

 

「面白い。やってみろ」

 

 マニューラがカネミツの目前に現れ、その鋭い爪を突き立てんとする。

 それを良しとするカネミツではない。即座にノクタスを繰り出し『ニードルガード』で防御した。

 

「不意討ちか。悪党らしい手だな」

「それがこちらのやり方なのでね」

 

 イズロードにはボールを手に取る動作がなかった。つまりフリーザーを含む彼のポケモンたちはボールを介して彼と繋がっていないということになる。

 ポケモンを悪事に利用するイズロードがなぜそのように信頼されているのかカネミツには理解ができなかった。

 

 ノクタスの『ニードルアーム』をマニューラは後方への宙返りで回避する。そして返しの爪の一振りでノクタスを弾き飛ばした。

 

 この間イズロードは一切発声していない。

 

「ぺガスの遊園地でお前と交戦した少年の記録があった。直接の指示以外にもポケモンとスムーズに意思を共有する手段を持っている、と」

「研究熱心なことだ」

 

「だが悪党との読み合いならこちらに分がある。ノクタス!」

 

 いくらカネミツに鍛えられているとはいえノクタスとマニューラでスピードを競えばどうしてもマニューラのほうが速い。

 足運びにも無駄がない。マニューラにとってノクタスは止まっている的に等しい。

 

「『ニードルガード』!」

 『れいとうパンチ』がノクタスを打ち抜く直前、ノクタスは再び『ニードルガード』の展開を試みたが技を発動することができなかった。

 

 『ちょうはつ』。相手に補助技を出せなくする技だ。これによりノクタスは防御の術を欠いたまま戦わなければならなくなる。

 

「堅実な戦いもできるというわけか」

「敵のやりたいことを封じるのは定石だろう?」

 

 連続で攻撃を受けたことでダメージが蓄積し、ノクタスの重心が安定しなくなってきた。好機とみたマニューラがさらに『れいとうパンチ』を見舞う。

 

「今だ。『ふいうち』!」

 予想外の攻撃にマニューラも対応が遅れた。殴り付けられ、尻餅をついた。

 

 イズロードが嗤う。

「思わぬところに悪党がいたな。だがそう何度も使える手でもあるまい」

「なんとでも言え。これが悪タイプの戦い方だ」

 

 体勢を立て直し、マニューラが再びノクタスに迫る。先ほどの場面の再現に思えたが――――

 

「ノクタス、『きあいパンチ』!」

 ノクタスが集中力を高める。一方のマニューラは攻撃と見せかけて『かげぶんしん』を使った。

 

 高まった集中力が拳に収束し、ノクタスは超威力のパンチを繰り出した。これは効いた。

「なっ!?」

 

 効果は抜群だ。さすがにマニューラの戦闘継続は困難だろう。

 

「『ふいうち』を嫌うことくらい読める。『きあいパンチ』は攻撃を食らうと失敗する技だ。どうする? まだ続けるか?」

「そうか。ならプランBだ」

 

 フリーザーが一声鳴くと、倒れた警備員たちの真上に巨大な氷塊が生成された。

 

「何だと!?」

 

 カネミツは自身の吐く息が白くなっていることに気がついた。

 マニューラの放つ氷タイプの技によって周囲が冷えていたのだろうと考えていたが実際はそうではなかった。

 

「マニューラしか姿が見えないとは思っていたが、そうか。他のポケモンたちがじわじわとこの場を冷やしていたんだな」

「その通りだ。だが気がつくのが遅かったな。ではさらばだ」

 

 フリーザーはフリックとイズロードを掴み、そのまま飛行船へ飛び去っていった。

「待て!」

 

 創造主を失った氷塊は重力に従うほかない。

 カネミツは追跡を諦め、対処にあたった。

 

「サザンドラ『だいもんじ』! ドンカラスは『ねっぷう』!」

 

 晩酌のロックアイスとは比べ物にならないほど質の高い不純物の少ない氷だ。炎タイプの技を浴びせてもなかなか溶けない。それでもそこで防ぎきらなければ人命に関わる。

「ゾロアーク、『かえんほうしゃ』」

 いずれもタイプ一致ではない。それでもこの場では有効であることに代わりはない。

 

 3体の投入をもって氷塊がようやく溶けていく。

 最後の一欠片まで溶けきったのを確認して、カネミツは空を見上げた。フリーザーはとうに豆粒ほどの大きさになっている。

 

「読まれていたのはこちらだったか……」

 

 サザンドラもドンカラスも、そしてゾロアークも継続して技を出し続けていたこともあり、一時的なスタミナ切れを起こしてしまっている。

 

 炎技を扱える手持ち3体を費やしてなんとか氷塊を溶かしきったが、それは同時に空を飛んでフリーザーを追うことができるポケモンたちを地上に留まらせ逃げる時間を献上することを意味していた。

 

 無線を会場スピーカーに接続し、スタジアム全体の音響を使って訴えかける。彼にはそれしかなかった。

「こちらカネミツ! フリック市長がイズロードに拐われた! フリーザーで空に逃げるつもりだ! 誰か動ける者はいないか! 誰か!」

 

 

 スタジアムでカネミツの声を聞いた者たちはそれぞれが思う行動をとった。

 

「フシギバナ、『つるのムチ』!」

「ピジョット、『ぼうふう』!」

 

 コウヨウとミントの猛攻がランドロスとトルネロスを押し戻した。

 

「シンジョウくん、ここは私たちに任せてフリーザーを追って!」

「トルネロスごとき次期チャンピオンの私だけで十分。とっとと市長を取り返してきなさい」

 

 伝えたい内容は同じなのにこうも受ける印象が違うものか。シンジョウは何か言おうとして、やめた。

 

「分かった。二人ともくれぐれも無理はしないでくれ」

 

 リザードンに飛び乗りフリーザーを追う。

 人間二人を抱えて飛んでいることにくわえて、リザードンも飛行能力にかけては相当の自信がある。ぐんぐんと距離を詰めてついに近くまで迫った。

 

「イズロード、待て!」

 

 返事よりも先に『れいとうビーム』が飛んできた。フリーザーの背に乗ったオニゴーリの仕業だ。

 

 新たな挑戦者をイズロードはどこか面白がっているように見えた。

「つくづく人気者だな。ただ今はタクシー役に徹せねばならんのでな。ここらでお帰りいただこうか」

 

 フリーザーは振り向くことなく強烈な冷気を尾羽から放った。技というほどではないが生身のシンジョウには相当堪えた。

 

「くっ!」

 手足の関節が凝り固まり、リザードンの背中から振り落とされてしまった。

 

 主人(おや)を助けようとしたリザードンだが『れいとうビーム』の軌道に邪魔をされてしまう。

 

 リザードンの助けが間に合わない以上、別の手持ちを繰り出して地上に技を放つことで着地の衝撃を和らげるという方法がシンジョウの脳裏をよぎった。

 しかしそれは無理な相談だった。この暴風雨は炎技のクッションをかき消してしまう。

 

「そのまま落ちろ。跳ねっ返りが」

 

 しかし道理に背かない者が見捨てられることはない。

 シンジョウの自由落下は何かに受け止められることで終わった。

 

「おー間に合った!」

 その声には聞き覚えがあった。赤いサンバイザーにも見覚えがあった。

 

「アルナ!」

 アルナがニッと笑った。

 

「今度はあたしが助ける番ってね。あっ、リザードン! こっちこっちー!」

「すまないな」

「いいんだよ! ジム戦を観戦した仲でしょ!」

 

 もちろん空中に突然アルナが現れたわけではない。

 

「すごいでしょ。この子、私がプレゼントした化石から復元したプテラ。ホヅミさんの知り合いでそういうのをやってる人がいてね」

「ホヅミさん?」

「あー、紹介はあとで」

 

 前回アルナの手持ちにはいなかったポケモンだ。ここに至るまでには語るべきことが大いにあったことが予想される。色々と聞いてみたいことはあったがそれはこの状況を打開してからだ。シンジョウはそう脳内を切り替え、迎えにきたリザードンに再び飛び移った。

 

「よーし、プテラとの実戦だ!」

「悪いが別に頼みたいことがあるんだ」

 

 張り切るアルナだったが一瞬で肩を落とした。

 

「そうだよね。あたしが行っても戦力にはなれないよね……」

「そういう意味じゃない。アルナにしかできないことなんだ」

 

 シンジョウはアルナに非常にシンプルな注文をした。何を言われるか身構えていたアルナだったが、逆に拍子抜けした様子で地上へ降りていく。

 

「任せて! そうだ、助っ人も来てるからこっちは大丈夫だよ!」

 ドップラー効果とともに声が離れていく。

 またしてもクエスチョンが沸き上がったがそれはそれ。シンジョウはもう一度イズロードを追った。

 

「しつこいぞ――――だがいいことを教えてやろう。君にも熱烈なファンがいるようだ。ここはそちらに譲ろう」

 フリーザーは飛行船の収容口から中へ飛び込んでいった。

 

 リザードンもそこから中へ侵入しようと試みたが、『りゅうせいぐん』に阻まれた。

 

「御挨拶だな」

「あら。ジム戦を観戦した仲でしょうに」

 

 サザンドラに乗ったハリアー(破滅の令嬢)がにんまりと笑みを浮かべた。

 

 

 

 パンデュールにとって暴獣もフリックも豊穣の神もどうでもいいことだった。つい今しがたプテラに乗って降りてきた少女も大した問題ではなかった。

 

「よーし! みんな出ておいで!」

 アルナが6つのボールを放り投げると彼女の手持ちが勢揃いする。

 

「じゃあいくよ。最大パワーで『すなあらし』! あっ、マラカッチは『おさきにどうぞ』ね」

 

 パンデュールには彼女が砂のエキスパートであることなど知る由もない。

 突如巻き起こった砂嵐がスタジアム規模で暴風雨を吹き飛ばしたことも、飛び交う砂が若干不快に感じたくらいで気にならなかった。

 

 しかし砂嵐と暴風雨が晴れたあと反対側の入場口から駆け込んできた者には目を剥いた。

 

 そこにはパンデュールが待ち続けた男がいた。

「あれ? オレもう不戦敗け? やーこれはいかんね。いちちち……くっそあのハゲ茶瓶……」

赤帽子(ヤシオ)!」

 

 恐縮していそうでそうでもなさそうに男は頭をかいた。

 泥だらけなうえに包帯と絆創膏でやや分かりにくいが紛れもなくそこに立っているのはヤシオだった。

 

「待たしちまって悪いんね。パンデュールくん。いや、バラル団幹部のクロックくん(・・・・・・・・・・・)

 


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