(ジャン=ズーシー)
自然とともに息づく街、サンビエタウン。この街の一角にポケモン育て屋が存在する。
かつては一部のトレーナーの間でしか知られていなかったが現在ではすっかりメジャーな存在となった育て屋。読んで字の如くポケモンを預り育てる業務を行う人々のことである。
利用した経験のある方も多いかもしれない。しかし、その詳しい実態について知る機会はあまりないのではないだろうか。
今回我々はここで育て屋を営むシーヴ氏の一日に密着した。
育て屋の朝は早い。午前5時には着替えを済ませ、預かっているポケモンたちを見回る。
――朝、早いですね。
「大切なポケモンをお預かりしていますからね。これくらい当然ですよ」
そう語るシーヴ氏の目は真剣そのもの。常に強い責任とともにある。
母の後を継いで始めた育て屋。体当たりながらも自分にとっての天職だと信じている。
「おはよう。調子はどうかな」
庭に出ると預かっているポケモンたちが出迎える。
既に起きて活動しているポケモン、まだ寝ているポケモン。私たち人間と同じように生活リズムは様々だ。それを把握し一匹一匹に声をかけながら、健康状態を確認していく。
時間をかけてポケモンたちとやり取りしたシーヴ氏は彼らの状態をノートに細かく記録し、今度はそれぞれのフーズを用意する。
――どうでしたか。
「みんな元気そうです。食欲のない子もいないですしとりあえずよかった」
ポケモンたちにフーズをやり終えると、今度は自分の朝ごはん。サンビエの幸が顔を揃える。
「この仕事は体が資本ですから。どんなに忙しくてもご飯はしっかり食べるようにしています。食べないと朝がきた感がないですし」
――ここまで朝が早い生活を続けているとさすがに堪えそうです。
「もちろん私もそこまで無理はしていません。夜を跨いでポケモンを預かっていない時はちょうど今ぐらいに起きてます」
体調管理も仕事のうち。トレーナーがポケモンを預けに来るタイミングは予測不可能だ。いつ忙しくなってもいいように備えている。
――利用される方の層というのは。
「オーソドックスにしばらく預かってほしいという若いトレーナーの方が一番多いです。あぁ、あとタマゴを探している方もいらっしゃいますね」
ポケモンを預ける目的も多岐にわたる。そのすべてに対応すべくシーヴ氏は日夜研鑽を重ねている。
「そこまで大したことはしていませんよ。私がしているのはほんのお手伝い程度のことですから」
そのお手伝いに助けられているトレーナーやポケモンがたくさんいる。謙虚な姿勢の裏には仕事への誇りがあるのだろう。
――ジョウト地方のウツギ博士のタマゴ研究によるタマゴブームがありました。
各地方の育て屋で2匹まで預かるスタイルが一般的にはなったのもちょうどそこからだ。
「実は私もタマゴが現れる瞬間をこっそり見ようと頑張ってみたことがあったんです。でも何度やっても人間が見ているのが気配で分かるらしくて、絶対に出てきてくれませんでした。神秘ですよね」
茶目っ気たっぷりに笑う。未だ尽きないポケモンへの興味関心も彼女の原動力になっている。
朝食後、洗濯物を干したら次の行動に移る。
――このあとのご予定は?
「木の実をとりに行きます。自然由来のものも食べてほしいので。日中陽に当たりすぎると熟しすぎてしまうのでこのぐらいの時間に採りにいくのがいいんです」
種類に合わせて味や成分が調整されているフーズはポケモンたちにとって優れた栄養源だが、それ一本にならないように気を遣っている。
「私たちもいくら栄養があるといってもカロルーメイトだけじゃ味気ないでしょ。土壌がよくて作物が育ちやすいサンビエですからおいしいものを食べてもらいたいんです」
育て屋の裏手にある小高い丘を行くと、そこは天然の果樹園。あたり一面に木の実がなっている。サンビエの人たちはよくここで木の実採りをするらしい。
「これはオレン、モモンにカゴに……うん、ラムもある」
後から来る人のことも考え採りすぎないように必要なものを選りすぐるシーヴ氏。
人間に採られなかった木の実は野生のポケモンたちにとっての思いがけないごちそうになったり、地面に落ちてこの土地の栄養になったりする。
「ここのは新鮮ですから丸かじりでもいけますよ。みなさんもいかがです?」
ご厚意に甘え撮影スタッフもいただくことに。……美味しい。市販のものと鮮度が違う。
育て屋に戻って木の実をしまっていると、時計のアラームが鳴った。いよいよ開店の時刻。
髪を結わえて服を着替え、扉のプレートを裏返したところで今日最初のトレーナーがやって来た。
「いらっしゃい。どの子を預かる?」
トレーナーが差し出したモンスターボールの中にはジグザグマ。そわそわと落ち着かないところからおくびょうな性格のようだ。
いくつかの必要事項を確認する。
「はい、確かに。いつでも迎えに来てね」
トレーナーは足早に去っていった。
――思ったよりあっさりしていますね。
「これくらいでちょうどいいんですよ。預ける側にも事情があったりしますし、あまりしゃっちょこばるのもね。もちろんお預かりの上で大切なことはきちんと確認していますよ」
預かったジグザグマを連れて庭へ。
すると大きな物音が聞こえてくる。
――何かあったんでしょうか。
「どうやらケンカしてるみたいです」
性格の違うポケモンたちを預かっていると時にはこういうこともあるらしい。
「とりあえず止めましょう。やりすぎてケガに繋がってしまうこともありますから」
ケンカしているのはマンムーとトドゼルガ。いずれも大型のポケモンだ。シーヴ氏はどうやって止めるのだうか。
「ガルーラ、おねがい」
庭の端から駆けてきたのはガルーラ。一昨年のワールドレートで選出率トップを飾ったバトル好きにはたまらないポケモンだ。
シーヴ氏は自らのポケモンも庭に放しておくことでこうした事態に備えている。
トドゼルガが吠えた。マンムーも負けじと雄叫びをあげる。
「この子たちは同じトレーナーのポケモンなんです。預かった時に仲が悪いとは聞いていましたが……」
まずはまわりにいるポケモンたちを離れさせる。ケンカの余波に巻き込ませてはいけない。
相当気が立っているのか、2匹は決闘の邪魔をしようとするガルーラに矛先を変えた。
2匹分のふぶきがガルーラを襲う。少し離れた撮影スタッフにも伝わるほどの冷気だ。
ガルーラは脚を踏ん張ってじっと耐えている。
――反撃しないんですか?
「技と一緒にストレスを吐き出してもらうのが大事なんです。それにガルーラはやせ我慢をしているわけではないんですよ」
ガルーラをよく見ると体が薄く光っている。『まもる』で攻撃から身を守っているようだ。
「そろそろいいかな。ガルーラ、ほえる」
ガードを解いたガルーラの咆哮が響き渡る。
ほえるは相手の戦意を奪い戦闘を強制的に終了させる技。吹雪を撃ったことでイライラが解消した2匹に効果は抜群だ。
すかさず2匹に木の実を食べさせるシーヴ氏。流れるような動作だ。プロの技が光った。
「さっき採ったリラックス効果のある木の実です。一般的には寝る前に食べるものなんですけどね」
木の実の効果もあってかマンムーもトドゼルガも落ち着きを取り戻したようだ。これでひとまず安心だろう。
「ジグザグマ、びっくりしちゃったみたいですね。後でまた様子を見に来ます」
落ち着いたのも束の間。シーヴ氏のところへまた別の来客が。赤い帽子を被り、赤い麻袋を抱えたなんとも色の揃った青年だ。
「こんちは! ゼルドス先生の薬、持ってきました」
「わざわざありがとう。このクッキー、よかったら持っていって」
「はーい!」
スキップしながら帰っていく彼を見送り、すぐに袋の中身を確認する。
――薬、ですか?
「はい。この町にゼルドスさんというお医者さんがいるんですけど、時々薬をいただいてるんです。今日は代わりの方が届けてくれたみたいで助かりました」
見せてくれた薬はなんとパラセクトの胞子に由来するもの。天然のものであれば安心だ。
時刻はちょうどお昼時。
シーヴ氏もレジャーシートを広げ、ポケモンたちと一緒に庭で昼食をとる。
「今日はいい天気なので外でお昼にします。ポケモンたちの様子も見られますし一石二鳥です」
たしかにまわりにポケモンたちが寄ってきている。彼女からオーラのようなものを感じるのだろうか。
レジャーシートを敷いてバスケットの中から取り出したのはサンドイッチ。これもサンビエの幸だ。
「地産地消というと大げさですかね。地元のものでお腹を膨らませられるのは幸せなことですよ」
このリラックスタイムこそ本音を聞き出すチャンス。取材にも熱が入る。
――この仕事、苦労も多いのでは。
「母を見ていたのでノウハウについて悩むことはありませんでしたね。でも実際にやってみると頭も体も追いつかないことが多くて戸惑いました。当たり前ですけどポケモンは生き物なので理屈だけじゃ通用しません。まあ正直なところどうしようもなく辛いと思うことはそうはないんですけどね」
昼食後再び育て屋受付へ。
――待っている間、退屈しませんか?
「ははは。そんなことありませんよ。ほら」
見せてくれたのは分厚いファイル。
「育て屋協会に送る書類です。任意ではあるんですけど仕事について報告しています」
集められた情報はポケモン研究に役立てられるとのことだ。
ペンを走らせること2時間。
ここで本日二人目のトレーナーが現れた。彼はポケモンを引き取りに来たようだ。
庭で休んでいたポケモンを呼び、ボールとともにトレーナーに返す。
「じゃあ、また来てね」
トレーナーとポケモンのちょっとした再会を見届けることもシーヴ氏の喜びなのだという。
庭からポニータが駆けてきた。シーヴ氏のエプロンをくわえ、何かを主張しているようだ。
「あっ、きたみたいです」
ポニータの意図を察したのか庭へダッシュするシーヴ氏。速い速い。スタッフも必死で追いかける。
――どうしましたか?
「タマゴです。さっきの2匹から見つかったみたいで」
指差した先には仲睦まじくタマゴを見守るマンムーとトドゼルガ。
あれほど仲の悪かった両者の間にタマゴができるとはなんとも不思議だ。
「雨降って地固まるってことですかね」
発見したタマゴについてはトレーナーが戻ってきた時に渡すことになっている。そしてトレーナー自身の手でかえしてもらうのだ。
「タマゴをかえすには元気なトレーナーが連れて歩くのが一番です。外部からの刺激が孵化に必要なのかもしれません」
孵卵器の技術も進歩しているが、やはりトレーナーといるほうが何十倍も孵化が早い。外部の条件を敏感に察知しているのだろう。
「さて、この時間くらいから忙しくなりますよ」
その言葉通りラッシュの時間帯が訪れた。
せっかちなトレーナーたちをうまく宥めながら一つ一つの業務を丁寧にこなしていく。
ここで撮影スタッフは邪魔にならないよう移動。
すっかり日も暮れて閉店直前。最後のトレーナーがやって来た。なんと、このトレーナーは。
「待っていたよ。マンムーとトドゼルガの間にタマゴが見つかったんだ。渡しておくね」
彼は2匹、いや3匹とともに帰っていった。その満ち足りた表情にシーヴ氏も満足げだ。
「普段命というものについて考えることってあまりないですけど、タマゴをきっかけにそんな機会をつくってもらえたらなと思いますね。」
ポケモンが生まれるタマゴは卵焼きなどでお馴染みのあの卵とは本質的に違うものなのではないかという学説がある。
そもそもポケモンは卵生ではなく私たち人間と同じ胎生で、タマゴとは生まれてくるポケモンがまわりの環境を探るための一時避難場所だというのだ。
――タマゴという存在には謎が多いですね。
「仕事柄タマゴに関わることは多いんですけど、分からないことだらけです。育て屋協会と学会が共同発表したタマゴグループについても正直そこまでは理解してませんし……」
最後のトレーナーを見送ったあと、扉のプレートを裏返してもう一度庭のポケモンたちを見回る。
「ジグザグマも他のポケモンたちと打ち解けたようです。とりあえず大丈夫そうですね」
こうして彼女の長い一日が終わる。遅めの夕食をとったら、明日に備えてすぐに休むことを心がけているそうだ。
「夜中でもガルーラが何かあったらすぐに知らせてくれるんです。とくせいはやおきってすごいですよ」
寝ている間に何かあってもすぐに対応できるように枕元に着替えを用意しておくことも忘れない。
寝ている間もプロとしてポケモンたちのことを頭から離さない。
――最後にお伺いします。この仕事のやりがいはどんなところでしょうか?
「ポケモンとトレーナーの間に立つことで両者がよりよい関係になれたらと思いますし、お預かりした数だけポケモンとの出会いがあります。同じ種類のポケモンでも個性があって発見また発見の毎日ですよ」
明日もシーヴ氏はトレーナーとポケモンを繋ぐために奔走する。
「いらっしゃい。今日は、どの子を預けるんだい?」
――来週の『プロフェッショナル~仕事の奥義~』はなんと人間をも鍛え上げるトレーナー育成のプロ、育成屋のダンデ・ローズ氏に密着します。お楽しみに。
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サンビエ某所の医院。
この街の開業医、ゼルドスはチャンネルをまわした。
「ヤシオー、テレビ始まるで!」
「はーい」
ヤシオがパタパタと階段を降りてきた。
彼がここにいる事情は単純明快だ。
テルス山を抜けてルシエを目指していたヤシオだったが、道に迷ってサンビエ側に出てきてしまった。
途方に暮れていたところをゼルドスに拾われ仕事を手伝いながら数日の居候をしていたというわけ。
間抜けといえばそれまでだが事実なので仕方ない。
「あれ、スポーツニュース終わっちゃいました?」
「安心しとき。結論から言うとキャモメーズはムクホークスに惨殺されとる。うんうん、やっぱり時代はエレブースやな」
「……えごってぇ」
分かりやすく落ち込むヤシオ。ゼルドスは申し訳程度の年長者の気遣いとして話題を変えた。
「それにしてもツイてるやっちゃな。いきなり転がり込んできたと思ったらたまたまおつかいに行った先でテレビに映るなんて。しかもプロフェッショナルとか全国ネットやんか」
冷蔵庫から缶のビールを2つ持ってきて1つをヤシオに手渡す。
「どうせ映るなら髪をもっとパサーりしときたかったですけどね。最近のテレビは毛穴までクッキリ映るんで」
落ち込むのも早ければリカバリーも早い。
ビールを受け取りつつ、髪を気にするヤシオ。ファッションに無頓着な彼でもテレビに映るとなると話は別らしい。
そして2人はスモークチーズを肴に飲み始めた。
「乾杯! それにしても俺にも取材の話が来たらなぁ。おっさんなのが運の尽きやなあ」
「そっすねぇ」
「いや否定せんのかい! あっ、やっと始まる。これでしばらく育て屋の姉ちゃんは街の有名人やな」
目的の番組が始まろうというまさにその瞬間、突然画面がテレビ局のスタジオに切り替わり、アナウンサーがアップで現れた。髪も若干乱れ、心なしか慌てているように見える。
【『プロフェッショナル~仕事の奥義~』の時間ですが予定を変更してただいま入りました臨時ニュースをお伝えいたします】
「あれ?」
「あらま?」
人気番組を潰してまで流れる臨時ニュースにゼルドスは何かを感じ取り、飲みかけのビールを机に置いた。
【ネイヴュシティでバラル団による大規模な奪還作戦が実行され、収監されていたバラル団幹部のイズロードが脱獄しました。他にも収監されていた凶悪犯が脱走したとのことです】
「あのイズロードが⁉」
ゼルドスは驚きを隠せない。
「いずろおど? 悪い人なんです?」
ニュースの重大さをあまり理解していないヤシオは聞き慣れない単語にぽかんとしている。
「あぁヤシオは知らんか。何年か前に捕まったバラル団の幹部で、たしかギーとかセーとかいうPGのあんちゃんの大捕物だったんや」
イズロード脱獄がいかに重大な事態か話して聞かせるゼルドス。しかし残念ながらヤシオはピンときていないようだ。
「バラル団なら砂漠で見かけて戦ったけどそんなに大した連中には見えなかったど。1人ヤバそうなのはいたけども」
吹き荒れる砂嵐のなか、見上げるほどのゴルーグが振るった拳は記憶に新しい。
彼らを相手取って勇敢に戦ったのは自分ではなかったはずだが自らの記憶を編集してしまったヤシオ。そのあたりの都合のよさも人生には必要なのかもしれない。
「バラル団にも色々いるらしいで。ほんまもんの悪党から中にはフレンドリィショップの商品を並べ替えたりするようなセコいヤツもいるとかって話や」
「そんな面白い人もいるなら会ってみたいような……」
ここでキャスターが画面外から渡された原稿を受け取った。スタジオも相当バタバタしているようだ。
【えー、対策にあたったPG、そしてネイヴュシティに深刻な被害が発生したとの発表がありましたが依然その程度については明らかになっていません】
テレビの画面がネイヴュシティ上空からの映像に切り替わった。
街のいたるところから立ち込める煙と倒壊した家屋が被害の大きさを物語っている。
「これが人災って嘘だべ……」
「まったくやな」
ガレキと所々の炎、そしてバラル団が放ったポケモンたちが陸路での取材班の進入を拒んでいるようだ。
ワイプで映っていたキャスターがさらに新たに原稿を受け取った。
【ネイヴュシティ居住エリアにも甚大な被害があったため、家をなくした人々の受け入れ先についても今後各自治体が協議していくとのことです】
「人口が多い街だけじゃあれだけの人数は受けきれないやろ。サンビエにも来るかもしれんなぁ」
ゼルドスはチャンネルをまわしたが、どの局もネイヴュの事件についての臨時ニュースを放送していた。
諦めてテレビを切る。そしてスモークチーズを口いっぱいに頬張るヤシオに向き直った。
いつの間にか呑んだくれの顔から腕利きのトレーナーの顔になっている。
「ヤシオ。ゆっくりしていってくれとは言ったんやけど、リーグを目指すなら急いだほうがいいかもしれん」
「えっと?」
「ラフエル地方で何かよくないことが起ころうとしている。俺たちラフエルのもんだけやない。君ら旅のトレーナーにとっても、な」
ゆっくりと。
ゆらゆらと。
静はそっと動へと変貌を遂げようとしていた。
ふぁぼ職人(@suirannnn)様よりシーヴを、
ザキ@創作する(@Gnct2cM)様よりゼルドスを、
ゆめじん(@uxizeru51)様よりダンデ・ローズを、
それぞれお借りしました。
ありがとうございました。