ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『近くにスーパーがあるといい。ドラッグストアもあるといい。もっというなら駅も病院も近くにあってほしい』


(パイク=マディソン)


インファイターズ・メソッド

 リーグに出るようなトレーナーたちにとって闘志の薫りとは心地のよいものである。

 一般に伝わりやすいように言えば『より強く、高みを目指そうとする者たちの熱意がぶつかる空間は心地よい』といったところか。

 

 そしてそれは中一日で試合当日を迎えたヤシオも例外ではない。気持ちが高ぶったまま歩いているところに暗がりから男が現れ声をかけてきた。

 

 派手な服装ではないがギラギラとした印象のこの男はラフエル地方における影のお祭り男として知られているのだが、イッシュから来ているヤシオは当然知らない。

 

「やぁお兄さん! この後の試合に出るんだろ?」

「そうですけど。関係者の方ですか?」

 

 ヤシュウ節も咄嗟には出ない。

 

「俺はメリウス。通りすがりの博徒だ。どうだろう、誰がこの大会の優勝トロフィーを手にするか賭けてみないか? 一攫千金も夢じゃないぜ?」

「えぇ。こないだゼルドスさんに勧められて勝ったトキワ記念の馬券で大負けしたばっかなんだよ。やるわけねっぺや」

 

 負けたといっても小銭をスッただけのことなのだが負けず嫌いのヤシオはそれを引きずっていた。

 

「そこをなんとか」

「つってもなぁ」

 埒があかないところだが調度よく予選A組の2人がやってきた。テスケーノもプリスカも試合直前のヤシオを応援するために駆けつけたのだ。

 

「俺は賭けるぜ! たくあんコーラ代の120円、もちろんヤシオの優勝にベットだ」

「私もです! ヤシオさんに夕飯代50円賭けます!」

 

「いや夕飯もっといいもん食いなね! テスケーノのおっちゃんはよく分からんもんを飲んでないでプリ嬢になんか食わしてやってくれよい……ってなんか2人ともオレが負けたときのために保険かけてっぺ!?」

 

 ワチャワチャとした騒ぎがもう1人を引き寄せた。

「楽しそうな話をしているな。俺も混ぜてくれよ。賭け先は中に書いていれておいたからさ」

 

 目付きの鋭い男が現れ封筒をメリウスに手渡した。

 

 封筒の中身を確認してメリウスは上機嫌になった。

「勝負に出たね。いいよいいよ! そういう度胸、俺は大大大好きだ! お兄さんもこのあと試合かい?」

「あぁ。このヤシオと戦うんだ」

 

 

 

 

 それから時間が経ち、トレーナーズサークルに入ってからもヤシオには気になることがあった。

「ジュリオさん、あん時どんな賭け方をしたんです?」

「秘密だ」

「けちぃ。まあいいや。よろしくお願いします」

「あぁ。お手柔らかに」

 

 フィールドの両側でのんびりと会話する2人だが、その様子は観客席及び中継を見ている者全てに晒されている。

 

 試合開始を控え、レフェリーがトレーナーズサークルの2人に呼び掛けた。

「この試合の使用ポケモンは5体。それ以外は予選同様にリーグ公式ルールに則って行います。それでは両者最初のポケモンを決めてください」

 

「カイリキー、頼むぞ」

「いってみんべマッギョ!」

 

 ジュリオはカイリキー、ヤシオはマッギョを繰り出した。特に相性の有利不利はない対面だ。

 

「試合、はじめ!」

 

「『ほうでん』!」

 マッギョの放つ電撃がカイリキーを捉えた。ジュリオは何を思ったか回避の指示を出さなかった。それどころかカイリキーをそのまま突撃させる暴挙に出た。

 

「ほ、いや『どろばくだん』!」

 今度は弾丸のような泥がカイリキーに直撃した。それでもカイリキーは止まらない。

 

「『クロスチョップ』だ」

 腕が4本なら威力も倍加する。『どろばくだん』の構えを解かなかったマッギョはフィールドにめり込むほどの大ダメージを受けた。

 

 

「あーもう、ヤシオ何やってんの!」

 観客席にはA組以外にもヤシオをハラハラしながら見守る者たちがいた。

 ヤシオの試合より先に圧倒的な実力で決勝トーナメントの1回戦を突破したミントとシンジョウだ。

 

「これはジュリオが一枚上手だったな。彼はヤシオをよく研究している」

「どういうこと?」

「ヤシオはああ見えて慎重で生真面目な奴だ。カイリキーの特性が『こんじょう』か『ノーガード』かで対策を考えているんだろう。ジュリオはヤシオがそういうものの考え方をすることを予習している。もちろんどちらも強力な特性なのは間違いないしその発想は至極全うではあるが……つまりはポケモンというよりトレーナーを対策しているということだ」

 

 昨今、複数の特性を持つポケモンはカプセルによってその入れ替えが可能になった。前回の戦いでどうだったかはもはや参考にならないのだ。

 

「ふーん。まあどうなろうと最後にガツーンとかましてやればいいのよ」

 ミントは横綱相撲に理解のあるタイプのようだ。

 

 

 そしてシンジョウの指摘通りヤシオは冷や汗を流していた。

 

(もし『こんじょう』ならマッギョの状態異常を絡めた戦法はまじぃ。かといって交代してやっぱり『ノーガード』でした、じゃ目もあてられんし)

 

「『クロスチョップ』」

「『どろばくだん』で凌ぎきれ!」

 

 腕の振りを至近距離からの『どろばくだん』連発でなんとか抑えた。

 

 しかしカイリキーはそれでも止まらない。

 

「『ばくれつパンチ』!」

 パンチならチョップのさらに倍になる。4つの拳が正確無比にマッギョに遅いかかった。

 

「マッギョ!」

 最初のクロスチョップに加えてかなりのダメージを受けてしまっている。混乱してしまっていることもあり戦闘の継続もなかなか厳しい状況だが、得るものもあった。

 

「4発全部当てたな。そのカイリキー、『ノーガード』だべ。それさえ分かっちまえばやりようはある」

 

 ジュリオが笑った。

「正解だがもう少し早く分かっていればよかったな。『ばくれつパンチ』」

「今だ! 『じわれ』!」

 

 幸運なことに混乱はすぐに解けた。

 満身創痍のマッギョが迫るカイリキーに一撃必殺を放った。『ノーガード』では回避できない。

 

 誰もがマッギョの大逆転を想起した。

「カイリキー、危なかったな」

 

 なんとカイリキーはフィールドに『ばくれつパンチ』を連打して『じわれ』を食い止めていた。

 

「あれを防ぐか。馬鹿力すぎんべ」

「カイリキー、いったん戻ってくれ」

 

 ここでジュリオはカイリキーを引っ込めた。慌ててヤシオもマッギョをボールに戻す。

 

「ムクホーク。このまま流れを作るぞ」

「させっかい。トゲキッス!」

 

 一転飛行タイプの対決となった。

 

「『ブレイブバード』!」

「『エアスラッシュ』!」

 

 飛行タイプの物理と特殊がぶつかり合った。それだけに素の威力の高い方が押し勝つことになった。

 

「トゲキッスだいじか?」

 ダメージを抑えることはできたようで、翼を振るって応えた。

 

「休む暇を与えるな。ムクホーク、『すてみタックル』!」

 トレーナーもポケモンも反動を全く考慮していない。よって技に迷いがない。

 

「食い止めるべ! トゲキッス着陸!」

 空中では攻撃の軌道が読みにくい。ヤシオはムクホークの動きを捉えることを最優先に考えていた。

 

 地上のトゲキッスに対してムクホークは急遽照準を修正した。

 

「『マジカルシャイン』」

 その隙を見逃さなかった。虹色に輝く光の束がムクホークを軽く弾き飛ばした。

 

「いい技だ!」

「あざます!」

 

 トゲキッスは再び上昇してムクホークを追った。なんとか背後をとって攻撃しようというのだ。

 しかしムクホークは飛行の軌道が自在でなかなか追うことができない。

 

「『ブレイブバード』」

「『エアスラッシュ』」

 

 次の激突は互角だった。

 

「今だ! 『はどうだん』!」

 

 波導によって放たれるエネルギー弾がムクホークを襲った。タイプ一致でこそないが必中の技が決まった。

 

「飛び道具では向こうに分がある。ムクホーク、トゲキッスを追うんだ」

「なら振り切る! 『マジカルシャイン』」

「それを待っていた」

「ぷぇっ!?」

 

 ムクホークはトゲキッスの真上でわざと『マジカルシャイン』を受けた。虹色の光でムクホークの姿が見えなくなる。

 

「『ブレイブバード』!」

 今度はトゲキッスがまともに技を受けてしまう。

 

「そのままの距離を維持しろ!」

「来てくれるなら待つまで。土手っ腹に『エアスラッシュ』!」

 

 眼前に迫るムクホークに渾身のエアスラッシュが決まった、かのように思えた。

 

「『とんぼがえり』」

「な!?」

 当然ここは『ブレイブバード』もしくは『すてみタックル』がくると踏んでいた。

 

 ムクホークはふわりと宙返りをし、紙一重で攻撃をかわした。そしてそのままの華麗な動きでトゲキッスの頭を蹴り飛ばしてボールに戻っていく。もはや追撃は不可能だった。

 

「トゲキッス戦闘不能。ムクホークの勝ち」

 

「トゲちゃんありがと。次の試合もあるからゆっくり休んでな」

 ヤシオはトゲキッスをボールに戻した。

 

 

「頼むぞぉ、ハッサム!」

「ドータクン!」

 

 次は鋼タイプが並び立った。

 

「『バレットパンチ』」

 目にも止まらぬ速さで突き出された鋏が鈍い金属音を響かせた。

 

「『どろぼう』! おかわりも狙え!」

 ムクホークにやられたことをハッサムがやり返す。相性を突いた技のラッシュがさらにダメージを上乗せした。

 

「よしここでもっかい――」

 突然ハッサムの動きが遅くなった。先ほどまでの連撃が嘘のように体の冴えがなくなってしまっている。

 

 不可解な現象だが跳ねた石がゆっくりと落ちる様を見れば嫌でも分かる。

「『トリックルーム』か。どうも素直にやられてくれると思ったら仕込みがあったんけ」

「摩訶不思議空間へようこそ。家主のドータクン共々歓迎しよう」

 

「嫌な物件なこって。『バレットパンチ』」

「『てっぺき』」

 

 今度の『バレットパンチ』は満足なダメージにならなかった。

 

「かってぇ!」

「それだけじゃない。『ボディプレス』!」

 

 再びの金属音はさらに重く響き、一撃でハッサムは膝をついた。

 

「『トリックルーム』で素早さを逆転して『てっぺき』で攻防一体。あとはタコ殴りにして隙を見て『トリックルーム』を再展開する。ドータクンより遅い特殊型のポケモンを出さない限りパターンにハメられることになる、か」

「悪くない戦法ね。まあ私には通用しないけど」 

 タカビーとはこういうことを言うんだろうなと思ったシンジョウだが女難の経験からそれを口に出すことはしなかった。

 

 

「『バレットパンチ』!」

「『てっぺき』!」

 ハッサムは出の早い技でなんとかドータクンに食らいついていく。しかし攻撃はなかなか通らず、逆にダメージを受け続けていた。

 

「『バレットパンチ』!」

「効果が薄いことは分かっているだろう。いい加減交代したらどうだ」

 

 ひたすら同じ指示を出し続けるヤシオにジュリオも呆れていた。

 

「オレはあまのじゃくなんだ。交代しろーり言われたら絶対やんねぇ」

「ならばせめて楽にしてやる。『ボディプレス』」

 

 

「あー。あれをもらったら終わりね。ヤシオ、完全に浮き足立っちゃってる。口だけの男じゃない」

「いや。そうでもないかもしれないぞ」

 

 ハッサムがドータクンにしがみついた。

「いいぞ! そのまま放すなよ!」

「『トリックルーム』の時間切れを狙うつもりか? 無駄なことだ!」

「そこじゃないんだなぁ」

 

 ドータクンがぷるぷると震え出した。よく見るとしがみつくハッサムの体から煙があがっている。これはたまらない。

 

「ハッサムは体も筋肉も金属でできてんだ。その羽は飛行じゃなくて熱を逃がす体温調節のためのものだんべ。つまり羽ばたかずに戦ってれば体はどんどん熱くなる。その熱ならカチカチになったドータクンにも有効ってことだがな」

「ドータクン振り切れ!」

「ムクホークの時はそっちが引っ付いてきたのに都合のいいこったな」

 

 ここで『トリックルーム』が消えた。

 

「鬱憤を晴らすぞ! 『どろぼう』!」

「『トリックルーム』」

 

 摩訶不思議空間の再展開とはならなかった。 

 高熱で体力を奪われていたところに『テクニシャン』補正のかかった悪タイプの技。

 これは勝負あった。

 

「ドータクン戦闘不能。ハッサムの勝ち」

 

「ドータクン。すまなかった。ゆっくり休んでくれ。カイリキー、また頼む」

 

「ハッサムはいったんクールダウン。ここで目立ってやれスターミー!」

 

「『ストーンエッジ』」

「『ハイドロポンプ』」

 

 回避の許されない技のぶつかり合いとなった。スターミーのコアが早くも点滅を始めた。一方のカイリキーも肩で息をしている。

 

「粘られると面倒だ。『ばくれつパンチ』!」

 『ストーンエッジ』が急所に当たったのかスターミーは動けない。

 

「あれ?」

 ここでカイリキーも停止した。体からパチパチと音がする。

 

「麻痺!? 『ほうでん』が効いていたか!」

「しめた、『じこさいせい』!」

 

 スターミーは奪われた体力を急速に回復した。ダメージを受けやすい分回復も早い。

 

「今度こそ『ばくれつパンチ』だ!」

「『サイコキネシス』!」

 

 回避ができなくても当たる前に攻撃してしまえば問題ない。ヤシオはエスパータイプの技でごり押すことだけを考えた。

 

「カイリキー、戦闘不能。スターミーの勝ち」

 

 

「スターミー。このままいくぞ」

「ならこっちは……」

 

 ジュリオはカイリキーを戻して再びムクホークを繰り出した。

 

「『ハイドロポンプ』」

「縦に宙返り」

 

 高速で飛行するムクホークはなかなか的を絞らせない。

 

「『れいとうビーム』!」

「360度ロール」

 

 同じく飛行タイプを併せ持つトゲキッスならともかく点の攻撃ではなかなか捉えられない。

 

「『ブレイブバード』」

 そして回避から攻撃へと転じた。スピードのあるスターミーでも反応できなかった。

 

 しかしヤシオはそれも覚悟のうえだった。

「捕まえたぞ! 『サイコキネシス』!」

 カイリキーの時のように強い念力がムクホークを押さえ込む。

 

「『インファイト』」

 しかし翼と足を激しく振るうことであっさりと抜け出した。

「そんな使い方ありかよ!?」

 

 

「距離をとれば技が当たらない。近づけば強力な技で攻められて搦め手も通用しない。ヤシオにとって苦しい相手だな」

「わざと攻撃を食らって反撃するとかしかないんじゃない? 残りの体力だと厳しいかもしれないけど」

 

 

「『ハイドロポンプ』」

「そのまま急降下」

 

「『れいとうビーム』!」

「真横に、いや今のはフェイントだ。構うな『ブレイブバード』!」

 

 一直線に突っ込んで来るムクホークに氷の塊が降ってきた。

 

「先に放った『ハイドロポンプ』を『れいとうビーム』で凍らせたか。いいぞ、あれならムクホークの動きを止められる」

「あんたヤシオとシンクロしてんの?」

 

「よし、『れいとうビーム』」

 しかしヤシオの指示がスターミーに届くことはなかった。

 

 『ブレイブバード』がヒットする鈍い音がスターミーの幕を降ろした。

 

「スターミー戦闘不能、ムクホークの勝ち」

 

「そんな。今のは」

 氷の塊が体に当たったにもかかわらずムクホークは技を当てることを優先した。

 

「見くびるな。俺のムクホークはそのくらいじゃ止まらない」

 

 次のボールを手に取った。

「そっけ。スターミーの敵討ちだハッサム!」

「ならこっちはドータクンの敵討ちだ」

 

「『バレットパンチ』」

「『ブレイブバード』」

 

 真っ向からのぶつかり合いになった。その力は互角。

 

「『すてみタックル』」

「そのまま投げ飛ばせ!」

 

 攻撃を受けつつもハッサムはムクホークと組み合った。そして地面に叩きつけた。

 

「『インファイト』」

「『バレットパンチ』」

 

 鋏が翼を掻い潜ってムクホークに届いた。

 

「垂直に上昇して距離をとれ!」

「ハッサム戻れ! マッギョ、もっかい!」

 

 ヤシオはここで交代を決断した。

 

「『ほうでん』」

「垂直降下から『すてみタックル』!」

 

「『あくび』!」

 予想外の技が命中した。ムクホークは時間差で眠ってしまうことになる。

 

 上空に逃れさせようとしたジュリオだったがよりよい解決策を捻り出した。

 

「『とんぼ」

「『ほうでん』!」

 

「『あくび』による眠り状態は時間差で訪れる。そして『とんぼがえり』なら眠る前に攻撃しつつ交代できる。そこを突いたいい読みだ」

「それなりに考えているってことか。うんうん、それでこそトレーナーよね」

 

 

 苦手な電気タイプの技をまともに食らったムクホークはついに力尽きた。

 

「ムクホーク戦闘不能、マッギョの勝ち」

 

 

「ムクホークお疲れさん。いい手だと思ったがあそこのとんぼは甘えだったか」

「いやこっちもアドレナリンが耳から漏れそうですがね」

 

 

「エレキブル、スタンバイだ」

 ヤシオはマッギョを戻さない。互いに相手に対しての手はあった。

 

「『どろばくだん』」

「『れいとうパンチ』」

 

 大きくジャンプしたエレキブルが冷気を纏った拳でマッギョを打ち据えた。

 

「『じわれ』」

「『じしん』」

 

 地面の亀裂同士がぶつかって消えた。

 

「電気タイプが地面技使うの反則じゃないんけ?」

「ブーメランだ」

 

 エレキブルの攻撃を跳ねて回避しつつ反撃を狙おうとはしているが、コスモスのサザンドラの時のようにマッギョは防戦一方だった。

 

「ヤシオはマッギョにもう4種類の技を指示している。ダメージは『どろばくだん』か『じわれ』でしか与えられない」

「もうマッギョはヘロヘロでしょ。私なら交代するけど」

「残す手持ちはヤシオが3体でジュリオが2体。数では有利だがマッギョとハッサムは連戦でかなり消耗している。だから最後の1体は少しでも温存したいということなんだろう」

 

「『れいとうパンチ』!」

「『どろばくだん』!」

 

 苦手な技に構わずエレキブルがマッギョに決定打を叩き込んだ。

 

「マッギョ戦闘不能、エレキブルの勝ち」

 

「マッギョ。無理させてごめんな。うまくやるからゆっくり休んでくんな」

 

 ヤシオは残りのボールに目をやった。

「ニィニィのタイだ。気張るぞハッサム!」

 

 再びハッサムを繰り出した。ドータクンとの戦いで相当体に負担をかけてしまっているためかなり辛そうだ。

「『バレットパンチ』!」

「『まもる』」

 

 反応が難しい速度での攻撃も『まもる』の前には形無しだ。弾かれたハッサムはよろけてしまう。

 

「ハッサムを捕まえろ」

 エレキブルの2本の尻尾がハッサムに絡み付く。自慢の鋏もこれで使えない。

 

「抜け出すんだ! 『どろぼう』!」

「無駄だ。エレキブルの体内には街1つ分の電力が貯まっている。それが高圧電流として流れる尻尾がこいつの武器だ。金属でできているハッサムには効果覿面だろうな」

 

 さらにドータクンとムクホークから受けたダメージも大きい。想像もできないレベルでの感電にハッサムは苦しめられている。

 

「もっと電圧を上げろ! そのまま倒しきるぞ!」

 

 唇を噛んでいたヤシオだったがここで顔をあげた。

 

「逆に考えりゃチャンスだ! そのまま投げ飛ばせ!」

 エレキブルの体が持ち上がった。

 

「焦ることはない。エレキブル、電圧を上げろ。ハッサムの体力はもう限界だ」

「そっけ。じゃあ見ててくんな」

 

 ハッサムはフルパワーでエレキブルをフィールド反対側の壁まで放り投げた。

 

「なんだと!?」

 

「『バレットパンチ』! ボコってやれ!」

 今度こそ鋏の一撃が決まった。そしてハッサムは連続攻撃の手を緩めない。

 

「畳み掛けっぞ!」

「攻撃に備えるんだ! 『まもる』!」

 

「そこだ! エレキブルの足元に『ぎんいろのかぜ』」

「『ぎんいろのかぜ』!?」

 

 ミントが吹き出した。

「ラフエルリーグはいつからコント大会になったの?」

「俺も公式戦でハッサムに使わせるトレーナーはネットの動画でしか見たことがなかった。ある意味貴重な経験をしているのかもしれないな」

 

 ダメージにこそならなかったが牽制にはなった。

 

「『バレットパンチ』!」

「『ワイルドボルト』!」

 

 先制技のスピードと反動ダメージが味方した。

 エレキブルの巨体が倒れた。

 

「エレキブル戦闘不能、ハッサムの勝ち」

 とはいえハッサムも鋏を杖にしてなんとか立っているにすぎない。

 

「さすがに強いな」

「いやいやジュリオさんの猛攻もしんどいですよ」

 

「そうか。でも勝つのは俺だ。とっておきでいかせてもらう」

 ジュリオはバシャーモを繰り出した。

 

「ほーん。バシャーモか。ハッサムどうする?」

 ハッサムは眼差しで戦闘の継続をアピールした。

 

「そっか。まあそうだんべな。ならやっぺ。『バレットパンチ』!」

 鋏が空を切った。技を放つ前にかわされたような感覚という無茶な表現でしか言い表せない。

 

「はっやいな。それなら『つばめがえし』!」

 これなら狙いを外すことはない。

 

 残りの体力からは信じられないスピードで鋏がバシャーモを捉えた。

「いい技だ。それに適格な判断だ。だが――」

 

「そこは、俺たちの距離だ」

 フィールドを転がったのはバシャーモではなかった。

 

「ハッサム戦闘不能、バシャーモの勝ち」

「嘘べ!?」

 

 

 

「あの『つばめがえし』は最善手だった。しかしバシャーモはそれを捌ききった。相性じゃない、体術でハッサムを上回ったんだ」

「ふぅん。面白いじゃない。ジュリオが決勝に勝ち上がってくるってのもアリかもね」

「ナチュラルに俺を敗退させないでほしいが」

 

 

 

「くぅ~っ! やっぱりリーグってのはこうでなくちゃあ!」

「楽しそうだな」

「そりゃあもう! ジュリオさんもそうでしょ?」

「まあな」

 

「こうなったらこっちも出すしかない。いってみんべ、バシャーモ(・・・・・)!」

 

 

「なるほど。ヤシオから感じる不思議な炎タイプの気配はバシャーモだったか」

「私からしたらその探知能力のほうが不思議なんだけど」

 満足げに頷くシンジョウをミントはナゾの実でも見つけたかのような視線で刺した。

 

 

「まさかバシャーモ対決とはな」

「オレもびっくりですよ。心置きなくやりましょうや」

 

「『ほのおのパンチ』!」

「『ブレイズキック』!」

 

 炎を纏った拳と蹴りが交差した。爆ぜるような匂いが漂う。

 

「距離を離すな! 打ち続けろ!」

「こっちも打ちまくれ!」

 

 至近距離での打ち合いが続いている。互いにパンチとキックをかわしつつ、しつこく有効打を狙っている。本来なら僅か数寸の間合いではこのように技に勢いを乗せることができない。体重移動と関節の捻りを巧みに操ってありったけの力を込めているのが見てとれた。

 

 

「ヤシオのバシャーモはダッキングでジュリオのバシャーモはウェービングか。見ていて飽きないな」

 漫画ならば目がキラキラと輝いていたことだろう。

「この格闘オタク」

 

 

 

 ここでヤシオがキックの打ち止めを指示した。

「『じしん』!」

「『ブレイブバード』」

 

 今度は相性を突いた技がぶつかった。2体のバシャーモはそれぞれ後方に回転し、間合いをとった。

 

「『ブレイズキック』!」

 ヤシオのバシャーモの右脚が空を切った。

 

「遅い! 『ブレイブバード』!」

 ジュリオのバシャーモの反撃が決まった。反応できるスピードではなかった。

 

 

「『かそく』か。あれは厄介だぞ」

「私のサンダースより速くなってから粋がってほしいけどね」

 

 

「もっかい『じしん』」

「地上に留まるな。飛べ!」

 

 バシャーモが大きく飛び上がった。もう1体もそれを追う。

 

「そこだべ! 『ブレイズキック』!」

「叩き落とせ! 『インファイト』」

 

 ヤシオのバシャーモが連続で見舞った蹴りを全てかわし、逆に拳と蹴りの応酬を浴びせる。

 たまらず墜落しかけたところでなんとか立て直して着地した。

 

 ヤシオは頭をかいた。

「どんどん速くなってんな。参っちまうねこりゃ」

「それだけじゃない」

 

 急降下するやいなや一瞬で間合いを詰めてきた。

「『ほのおのパンチ』」

 

 ノーガードの腹にまともに入った。地面を蹴って制動を掛けることで追撃を逃れた。

 

「バシャーモ! やっべぇ殺される」

「えらくビビるな」

「こっちにも事情があるんで。『ブレイズキック』!」

 

 しかし当たらない。ジュリオのバシャーモは止まっていないと目で追えない程になっていた。

 

「『インファイト』!」

 虚空から拳や脚が生えてくるようなラッシュ。ヤシオのバシャーモは僅かに軌道をそらすのがやっとだった。

 

「俺は武道を嗜んでいる。戦いの基本は単純な動きの反復にある。そしてそれを近距離で正確に再現することをポケモンたちと徹底的に鍛えてきた」

「でしょうなぁ。5体ともボコスカ殴ってくるんでたまんねぇ。なんかトレーナーのオレも体バッキバキですもん」

 

「光栄だ。それなら最後までボコスカさせてもらおうか。『ブレイブバード』!」

 

 ムクホーク戦から何度も見ている技だがやはり反応できなかった。

 

「バシャーモ!」

 ヤシオのバシャーモは仰向けに倒れた。ノックアウトは免れたようで小さく震えながらなんとか起き上がろうとしている。

 

「バシャーモの怖いところはまさにアレだ。『かそく』でどんどん速くなるんだ。敵の攻撃をかわしつつ一方的に攻めることができる」

「ヤシオこそ『トリックルーム』を使うべきだったってことね」

「それができない以上スピード以外の方法を探るしかない。炎タイプが持ち合わせている熱がカギになるだろうな」

 

 

「ヤシオ。俺は最後まで手を抜かない。そっちのバシャーモが倒れるまで徹底的にやる」

「だってよ。バシャーモ、そろそろいいんでねーの」

 

 バシャーモがすっくと起き上がった。

 その体から青白い炎がオーラのように立ち上る。

 

「これを待ってましたよい、と。発動に条件があるってぇのが難ありだいね」

 

 『かそく』でないヤシオのバシャーモは『もうか』。ピンチの時の炎タイプの技の威力が桁違いになる。

 

「そっちも全開か。でも『もうか』が発動したということは限界が近いはずだ。それに技の威力は上がってもスピードとは無関係だ。俺のバシャーモに攻撃を当てられるか?」

「まあ無理でしょ。だからこうする。『ブレイズキック』!」

 

 今度は一味違う。バシャーモの脚からさらに炎が太く伸び、フィールド全体を焼き払った。

 

「さすがの火力だ。飛べ!」

 先ほどと同様にジュリオのバシャーモは高く飛び上がった。

 

「どうする。さっきの再現をするか?」

 

 ヤシオに逡巡の色はなかった。

 

「バシャーモ、『スカイアッパー』!」

「受け止めろ!」

 

 元は空中の相手を狙うための技だ。地上では難しくともこのような場面なら当てられる。今回ばかりはジュリオも回避は厳しいと判断した。

 

 ジュリオのバシャーモは『スカイアッパー』をブロックし、さらに高く飛び上がった。

 

「いけっぺや! バシャーモ!」

 

 青白い炎が螺旋を巻いて、燃え上がる。ヤシオのバシャーモもロケットのような勢いでさらに上空へと飛び上がった。

 

「決めにいぐぞ! 『Flare Blitz』!」

「迎え撃つ! 『フレアドライブ』!」

 

 トレーナーの叫びが木霊して全身全霊の大技同士が炸裂した。

 スタジアムは轟音とともに青と赤の炎に包まれた。

 

 

 観客席も、そしておそらく中継の向こう側の人々もこの対決を口をあんぐりと開けて見守っていた。

 

「さっき言ってたカギってこういうこと?」

「いやさすがにここまでやれとは」

 シンジョウが言いたかったのは彼が得意とする熱気を利用した防御壁のことだったのだが、別解があったようだ。

 

 

 炎と煙が晴れ、2体のバシャーモが地上へ降り立った。そしてそれぞれトレーナーへ歩み寄る。

 

 ヤシオのバシャーモはゆっくりとヤシオの方へ向かったが途中でその歩みが止まった。

 

「よく頑張ったな。次の試合もお前に」

 ジュリオはそれを横目で確認した。そして戦い抜いたバシャーモを労る。その労いの言葉をにこにこと聞いていたバシャーモだったが、笑みを浮かべたまま崩れ落ちた。

 

「バシャーモ戦闘不能、バシャーモの勝ち。よって勝者、ヤシオ選手」

 

 長く張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。

「よっしゃあ!」

 

 ヤシオは喜びを爆発させてすぐさまフィールドのバシャーモに駆け寄った。そしてボールに戻した。

 

「バシャーモ、マッギョ、トゲキッス、スターミー、ハッサム。ナイスファイト! アーボックも応援ありがとな。次はお前の力が必要になるからよろしく」

 

 バシャーモと、そしてボールの中のポケモンたちと喜びを分かち合った。

 

 そこへ最後のボールを手にしたジュリオが歩み寄ってきた。

「ありがとう。いい勝負だった」

「こちらこそありがとうございました」

 

 敗退にも関わらずジュリオの表情は晴れ晴れとしていた。自分はそのように振る舞えるかヤシオは少し考え込んでしまう。

 

「まさか『フレアドライブ』一撃でもっていかれるとはな。近接戦では負けないつもりでいたんだが」

「オレもジュリオさんと戦うための作戦を考えてたんです。技が当たらないなら面積も体積も根こそぎ焼ききるしかないんじゃないかって。あとは『インファイト』を耐えてくれたバシャーモのおかげですよ」

 

「磨いてきた近距離戦が仇となったか。俺ももっともっと修行しなければいけないな。ヤシオ、改めてありがとう。君と君のポケモンなら優勝だって夢じゃない。いつかまた勝負しよう」

「はい!」

 

 がっちりと握手する両者に観客席から惜しみ無い拍手が送られた。

 

 こうしてヤシオはなんとかベスト8入りし、準々決勝に駒を進めることとなった。

 しかし彼はまだ知らない。このスタジアムを取り巻くのが熱気の渦だけではないことを。そして、彼を捉えて放さない狂気じみた視線を。


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