ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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私は同じ服を必ず三着買うが、着るのはそのうち一着だけなのです。

(ベリトランス=クァドラン)


似て非なる

 市井の生活はいざ知らず、今もラフエル政府は大きく揺れていた。

 

 バラル団の暗躍とそれに伴うならず者たちの活動激化が四方八方で騒がれる。これは地方全体の治安維持を危うくするには十分すぎる事態だった。司法が傾けば立法にも行政にもまずいい影響は期待できない。

 

 だからこそラフエルオフィスサービス(特別対策チーム)を任せられたカネミツの手腕には期待がかかっていた。

 

「入ってくれ」

 書類を持ってきた秘書官はネクタイがややくたびれ、目の下にうっすらと隈ができていた。オフィシャルな組織でない以上設立目的以外の規定は一切ない。しかし生真面目揃いの対策チームのメンバーにはそう気が休まる状況などないということをカネミツは理解していた。

 

「バラル団幹部ハリアーと接触した他地方のジムリーダーからの報告です。ホヅミ捜査官が纏めたものが先ほど到着しました」

「ああ。ご苦労だった」

 

 たまたま部下のホヅミがルシエに行っていたのが幸いした。PGと特別対策チームとは目的を同じくする組織同士だが、それゆえの対立軸も存在する。初動で遅れをとっていたら情報を完全に得ることは困難だっただろう。

 

 肝心のホヅミはこちらに戻ることなく調査を続けているようだが今のカネミツにはデータの奔流を処理していくことが全てだった。

 

 手渡された書類はミリ単位の狂いもなく束ねられていた。

「……紙媒体のみですが」

「かまわない。今回に限ってはハッキングに対して臆病でないといけないからな」

 

 文字の羅列を一瞬で脳の髄にまで記憶させる。

 気になる点はいくつもあるがやはり問題はハリアーが去り際にラフエルリーグについて触れたことだった。

 

 警備にあたるであろうPGがてんてこまいなのはいうまでもない。それでも中止という案が出てこないのは先日のシャルムフリーダムマッチでの一件と暴力に屈しないという政府の意向などを汲んだ結果とカネミツは解釈していた。

 

 つけたままのテレビでは公共放送のキャスターが実感のない声で政府の公報を読み上げている。

 

 自分が出る。そして秩序のために。

 それこそが彼の全てだった。果たして秘書官はその考えをトレースしていたかどうか。

 

 

 

 

 

 

 深夜の街の外れをタキシードにシルクハットの大層目立つ男が歩いている。その素顔はマニューラを模した仮面で隠されて異様な雰囲気を漂わせる。

 

 もちろん営業終わりのマジシャンなどではない。もしそうなら物陰から『エレキネット』が飛んでくるはずなどないのだから。

 

「っ! ご苦労なこった」

 人間離れした身体能力でひらりと回避し、握り損なうことなく懐からモンスターボールを取り出した。

 

 指示が飛ぶ。女性の声だった。

「デンチュラ、もう一度『エレキネット』」

「『シャドーボール』」

 現れたシャンデラが軽く技を放っただけで展開された電気の網が弾け飛び、さらにデンチュラをそのままノックアウトしてしまった。

 

 その威力は凄まじく鍛え方のレベルが窺い知れる。

 

 そしてデンチュラだけでは厳しいと察したか新手が繰り出された。

「マタドガス、『ヘドロばくだん』!」

「ベトベトン。本物を見せてやれ」

 同じ『ヘドロばくだん』でもベトベトンの技が優にマタドガスを上回った。

 

 マジシャン風男はトレーナーが隠れている物陰を割り出し声をかけた。

「よく俺に辿り着いた。でも鍛え方が全然足りねぇし、そもそも泥棒を捕まえようとする側がコソコソするのはアベコベだろ」

 

 正直なところあわよくば、と思っていたホヅミだったがここで本来の目的に立ち返ることにした。

 

「そのようです。さすがは稀代の怪盗ワイルドセブン(・・・・・・・)といったところね」

 

 転んでもただでは起きないというのがホヅミのモットー。姿を見せ、デンチュラとマタドガスをボールに戻しつつ両手を挙げてそれ以上戦う意思のないことを伝えた。

 

 指名手配犯として数々の組織から追われるワイルドセブンにとっては肩透かしもいいところだった。

「おいおいどうした。俺を捕まえにきたんじゃねぇのか? 腰抜けが」

「私はPGじゃないしそもそも業務外なので。正直お手上げです」

「珍しい奴だ」

 

 この場に関しては腰抜け上等だった。

 そう、ホヅミはワイルドセブンからある情報を得ようとしていたのだ。

 

「ちなみに今夜は何をギってきたんです」

 

 警戒するのが馬鹿馬鹿しくなったのかワイルドセブンもポケモンをボールに収めた。

「今日の獲物は隕石だ。大昔にネイヴュに落ちたものの一部らしいがそんなことはどうでもいい。重要なのはこいつが誰かにとって値打ちのある『宝』だってことだ」

「お守りにでもするんですか。民芸品として価値が出るかも」

「冗談きついな。盗むために盗む。それが俺のやり方だ」

 

 ホヅミとワイルドセブンとでは天と地ほどの実力差がある。それによって彼はホヅミを脅威と認識しておらず、ギリギリのところで会話が成立していた。

 

「なるほど。では本題を。これまでに盗んだもののリストはありますか?」

「そんなもん必要ねぇよ。全部ここ()に入ってる。泥棒の流儀だ」

「ならば話が早い。実は私の知り合いに骨董品が好きな人たちがいましてね。なんでもラフエルの英雄譚に御執心だそうでして」

「あぁ、ラフエルの剣を有り難がるような連中だろ」

 

 あと一歩のところで邪魔が入った例の件をワイルドセブンは未だに苦々しく思っていた。

 

「剣じゃないんです。英雄に対するもっと直接のアプローチとでも言いましょうか」

 

 今夜の勝負はポケモンでも捕物でもない。情報だ。

 

「あなたのこれまでの戦利品の中に黒の宝玉、『ダークストーン』は――――」

「!」

 

 ここまでパーフェクトコミュニケーションを連発していたホヅミだったが、仮面の奥に覗くワイルドセブンの瞳に怒りの色が宿った。

 一瞬で仮面がマニューラからエンテイに変わる。そしてホヅミがその変化を認識する間もなく辺りが火の海になった。

 

「あっつ! いきなり何すんの!?」

「チッ、話は終わりだ。じゃあな、PGもどきさんよ」

 

 炎の向こうから声がしたのを最後にワイルドセブンは姿を消した。追いかける間もない。仕方なくホヅミは3つめのボールを炎のないほうへ投げた。

 

「ゴチルゼル、『あまごい』。馬車の時間には余裕で間に合いそうね」

 

 こうして僅かな情報とボヤ騒ぎ、そして毛先の焦げという収穫を得てその場を後にすることとなった。しかしそれらは意味のないものではない。

 

 

 1時間後、バンバドロ・キャリッジの客席で微睡みながらもホヅミは思考を巡らせていた。

 

(あの反応、有力候補とみていたワイルドセブンもダークストーンを所持していない。それも屈辱的な何か、ラフエルの剣を横取りされた時よりも堪える何かがあった。つまりダークストーンは別の誰かの手にあってあの怪盗ですら迂闊に手が出せない状況にある)

 

 決めつけるのは早いかもしれないが今のラフエルでそんな相手といえばほぼ答えは出たようなものだった。

 そして更なる疑問が浮上する。

 

 あの時ホヅミがルシエを訪れたのは古くからジムを守るドラゴンと縁深いエイレム家を調査するためだった。

 そして接触を図りたかった相手はコスモスでもその先代でもない。ホヅミにとって必要な情報を持っていたのは執事のブロンソという老人だった。

 

 残念ながら伝承に関する記録は焼失してしまっていた。ホヅミはあえて深掘りしなかったがリーグの内々とバラル団とで何かがあったということらしい。

 それでも有力な情報は得られた。

 

(海の彼方イッシュ地方の英雄伝説とラフエル地方の英雄譚の関連。現にホワイトストーンは確認されている。だとしたら)

 

 意図的に隠されている何かがある。そしてそれはバラル団に対して自分たちが打てる最も有効な一手に関わるものだとホヅミは考えていた。

 捜査員に対しても情報が操作されている。PGよりも柔軟に動くことができるはずの特別対策チームには鈴どころか重い鎖がついていた。

 

 この不信感は無視できるものではなかった。独断でワイルドセブンとの接触したのも自分の持つ情報を伏せておく必要を感じたからだった。

 

(あぁもう、次から次へと!)

 ハリアーの言葉を素直に解釈するならラフエルリーグでバラル団は何かしでかそうと企んでいる。それはなんとしてでも阻止しなければならない。本部もそのための策を講じているのだろう。

 

 ワイルドセブンとの小競り合いをする前からトレーナーとしての力量に欠けることは分かっていた。それでもすべきことは変わらない。 

 ペットボトルのロズレイティーを一口だけ飲み、ホヅミは再びミヅホとなって眠ることにした。

 

 

 

 

 

 

 チャンピオンロードはルシエの西海岸から海を渡った先にある。つまりルシエでジム戦を終えたあとは峡谷へ戻らずにそのまま進めばよい。

 

 テルス山やシエトの峡谷のように手付かずの自然が色濃く残るこの地はまさに修行にうってつけだ。

 ここには気性の荒いポケモンたちが多く生息する。さらに、8つのバッジを手にしたトレーナーたちがリーグ前の調整をも行おうとするため常に誰かが何かと戦っている状態。まさに修羅の道というにふさわしい。

 

 

 そしてそれを満喫している者がここにいた。

「ちゃんぴおんろーど~みのむっち~」

 ヤシオは上機嫌でチャンピオンロードを闊歩する。その音痴にも拍車がかかる。

 それもそのはず、ここでの戦いは彼を高揚させるに足るものだったのだ。

 

「やっぱりチャンピオンロードは楽しいな。みんなはどうよ?」

 

 懐のボールが6つカタカタと揺れる。もちろん同意見のようだ。

 とはいえここまで戦い通しでさすがに休息が必要だった。

 

「腹も減ったしメシにすっか」

 

 ぐぅ、と腹の音が鳴った。腹ごしらえは急務だった。

 ヤシオはリュックから小型コンロを取り出すが肝心の食材がない。

 

「ふっふーん。いいのがありますがね」

 生えていたキノコをひょいともいで焼きはじめた。そしてチリソースをたっぷりかけて一口。

 

「んー! 知らない種類だけどこのキノコも美味いな。チリソースとの相性もいい。みんなも食うかい?」

 懐のボールが6つガクガクと揺れる。同意見ではないようだ。

 

「好き嫌いしちゃでっかくなれねぇど。まあみんなさっき木の実バクバク食ってたしいっか」

 

 食事を片付けて出発、と思いきやヤシオはあたりをきょろきょろと見渡したのち座り込んでしまった。

 そしてルシエを発つ際に貰ったメモを広げる。

 

「『①戦いに夢中になりすぎないこと』、『②ちゃんと方向を意識して歩くこと』、『③迷った時のために来た道を覚えておくこと』、『④よくわからないものを拾い食いしないこと』か。アルナ大先生、そりゃねぇべ。……はぁ」

 

 そう、彼は既に道に迷っていた。そしてその原因は実に簡単だった。

 

「そりゃバンバン戦ってりゃ迷うべ。道なんて気にしてなかったしなぁ」

 

 どうすっかなぁ。頭をかいた。

 トレーナーや野生ポケモンと数え切れないくらいの勝負を繰り広げ、さらなるレベルアップを目指したはいいがその代償は思った以上に大きかったのだ。

 

「うーん。まあなんとかなっか。なぁスターミー? オレも気をつけていくからさ」

 

 ボールから漏れる光はスターミーの特性『はっこう』。おかげで視界は良好なのが救いだった。

 

 客観的にみてあまりあてにならない勘を頼りに歩く。

 ほどなくしてトレーナーの少年を見つけた。

 

「なぁ、オレと勝負すっぺ!」

 まったく自分たちのトレーナー(おや)は、とポケモンたちが呆れるくらいヤシオは迷子対策四原則をあっさりと振り捨てた。

 

 即座に勝負開始という場面だがそうはならなかった。

「勘弁してくれよ。さっき恐ろしく強いトレーナーにボコボコにされてもう帰ろうと思ってたところなんだ。まさかゴリランダーが電気タイプの技でやられるなんて……」

 

 よく見るとゴリランダーにキズぐすりをスプレーしているところだった。ヤシオも直接見るのは初めてでじっくり観察したかったがもっと優先すべきことがあった。

 

「電気技?」

「そうだ。速いうえにあの威力じゃお手上げだよ」

 その信じられないといった口調にヤシオも思わず引き込まれる。

 

「へぇそんなにつえぇんけ?」

「そりゃもう。自慢じゃないが俺だって地元じゃスーパー神童と呼ばれてるんだ」

「いやガッツリ自慢だべ」

 

 彼はズタボロになった相棒を回復させ、そそくさと帰り支度を始めた。

「いけると思ったけどあいつはヤバかった。勝負にすらならなかったよ」

「そんならオレも戦ってみたいな」

「ついさっきあっちに歩いてったから追いつけるんじゃないか? 俺はもう帰る。修行のし直しだ」

「そっか。今度会ったらオレとも勝負してくれな」

 

 トレーナーはあなぬけのヒモを使いチャンピオンロードを抜けていった。

 そしてヤシオは大切なことを忘れていた。

 

「あっ強いトレーナーの特徴を聞くの忘れた。あなもどりのヒモを使ってくんねぇかな。そんなんないけども」

 

 どうしようもないので飛び出してくる野生のポケモンと戦いながらヤシオはさらに奥へと進んでいく。

 

 しばらく進むと少し開けた場所へ出た。どこからか光が差しているようだ。

 そしてまたトレーナーがいた。

 

「ちょっとすいません」

「ハロー! 私に何か用?」

 

 テンションが高い。

 

「このあたりにめちゃくちゃ強いトレーナーがいるらしいんですけど見ませんでした?」

「強いトレーナー? それはもう私で決まりでしょ。何せ私は最強なんだから!」

 

 年の頃はヤシオと同じくらいだろうか。その女性は自らを最強と名乗った。

 ちなみにヤシオの経験上この手の自意識過剰タイプのトレーナーが本当に強かったパターンはあまりない。

 

 早々に切り上げて他をあたったほうがよいと判断した。

「あー。ありがとうございます。それじゃもっと奥も探してみます」

「ちょっと!? 信じてないわけ!?」

「疑ってるわけじゃないんです。これは形式的な質問で皆さんに聞いてるんですよ」

「二時間サスペンスの刑事か!」

 

 ヤシオとしては例のトレーナーがチャンピオンロードを抜けてしまうまえに是非とも勝負を申し込みたい。リーグの試合で当たる可能性のある相手であろうとスーパー神童がシッポ巻いて帰るほどの実力とぶつかってみたかったのだ。

 

 ヤシオはラフエル地方に来てから久しぶりとなる愛想笑いをした。

「ははは。そうですね。じゃあオレはこのへんでいってみます」

「待った!」

 

 その女性はモンスターボールを握り、ヤシオの前に突き出して見せた。

 

「勝負しましょう。赤い帽子のトレーナーに舐められるなんて絶対にあっちゃダメなの」

 情熱を燃やす方向は自由ではあるのだが。

 

「あいつといい、赤い帽子ってそんなダメけ? 今度から黒いのにしよっかな」

 

 ヤシオの経験上赤い帽子に執着するトレーナーは恐ろしい。ここは口八丁で乗り切ることは不可能だった。

 勝負を挑まれたら逃げられないのがトレーナーの性だ(先ほど断られはしたが)。覚悟を決めた。

 

 ボールを手に持った両者の闘志がぶつかり合う。

 

「でも勝負なら大歓迎だ! やりましょう!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 投じたボールからそれぞれアーボックとサンダースが飛び出した。

 

「オレはヤシオ。よろしく!」

「私はミント。ヤシオ、いいことを教えてあげる。このチャンピオンロードの出口って実はすぐそこなの。そしてこのあたりは一本道。だからこのあたりで張ってれば激しい戦いを抜けてきたトレーナーたちと戦い放題ってわけ」

「ん? ってことは」

 

「さあ始めましょう! サンダース、『10まんボルト』!」

「っとと、『ダストシュート』!」

 

 遠距離からの撃ち合いはほぼ互角だった。

 

「なかなかいいじゃない! 草タイプも一撃で倒せるくらいの火力があるんだけどな」

 

 ここまでくればいくら鈍くても気がつく。

「やっぱりゴリ坊をやったのはそいつか。つくつぐオレって人を見る目がねぇんな」

 

 ミントこそが目当ての相手だった。

 ボヤいていても仕方がない。

 

 コスモス戦のように『とぐろをまく』ことも考えたが、特殊攻撃に厚いサンダースには悠長に思えた。

「アーボック、『じしん』!」

「『めざめるパワー』!」

 

 尻尾で地面を叩こうとしたアーボックだが『じしん』は不発に終わった。

 

「氷タイプの『めざめるパワー』にはこういう使い方もあるってわけ!」

 地面が凍結しており、アーボックの尻尾が滑ってしまっている。

 

 『じしん』を使うポケモンは基本的に体重を利用して地面を揺らすか体の一部分で地面を叩くことで揺らすかのどちらかに分類される。体重60キロ少々のアーボックは後者に該当し、フィールドを封じられた形になった。

 

「『めざめるパワー』」

「滑ってかわせ!」

 不安定な地面も這って移動できれば怖くない。すぐに反撃に転じることができた。

 

 

「『ダストシュート』!」

「『シャドーボール』!」

 

 ヤシオにも、そしてアーボックにもサンダースのスピードを目で追うことが不可能だった。

 『ダストシュート』は地面を撫でただけで終わり、逆に『シャドーボール』がアーボックに直撃した。

 

 ベターな手の連続にミントがベストで応えているというそれだけのこと。

 

「っ、なんてスピードだ」

「迅雷って呼ぶ人もいるそうよ」

 

 そこはノータッチで済ませた。

 

「おいアーボック大丈夫か?」

 アーボックは立ち上がったがかなりのダメージを受けてしまったようだった。

 

「『シャボル』であれって相当だべ」

「シャボル……?」

 

 ここは攻め方を変える必要があった。

「『かみくだく』!」

「アーボックの頭にジャンプ!」

 

 近接攻撃に切り換えるトレーナー心理をミントは完全に読んでいた。

 大顎の一撃をかわしたサンダースはそのままアーボックの頭にしがみついた。手のないアーボックには振り落とす術が乏しい。

 

「もらった! 『10まんボルト』!」

 直接食らっては回避のしようがない。

 

 万事休すとヤシオは視線を落とす――――ことはしなかった。

「それを待ってた! アーボック、真上に思っきし『ダストシュート』だ!」

「えっ!?」

 

 ヤシオも読まれることを読んでいた。こうなればシンプルな技と技のぶつかり合いだ。

 

 電圧に苦しみながらもアーボックは真上に技を放った。そして自分ごとサンダースに『ダストシュート』を浴びせた。超スピードを誇るサンダースでもこれは避けられない。

 

 そしてひとつの結果をもたらした。

 

「アーボック、よく頑張った。サンキューな、ゆっくり休んでくれ」

 ヤシオは激しい戦いのすえ戦闘不能となったアーボックをボールに戻した。

 

「お疲れ、サンダース。やっぱり私達は最強ね」

 ミントもダメージを受け毒状態になったサンダースを回復させ、ボールに戻した。

 

 ヤシオはどっかりと腰を下ろした。

「うーん負けた負けた。話通りだ。ミントさんはつえぇなぁ」

「まあ当然ね。世界最強の私にちょっと粘っただけヤシオも筋は悪くないんじゃない?」

「まさか地面を凍らせて地面技を防ぐなんてな。いやホントたまんねぇべ。勉強さしてもらいました」

「やれることは全部やる。トレーナーとしてそうあるべきと思っているわ」

「それな!」

 

 気をよくして自慢気に過去の武勇伝を語り出すミントと目を輝かせながらそれを聞くヤシオ。驚くべきことに数時間はそうしていた。

 

「へぇ。七地方でリーグチャンピオンってすんごいなぁ。もうバケットモンスターてなもんしょ。あっキノコ食います?」

「そうでしょうそうでしょう。もっと褒めなさい。あとキノコはノーサンキュー」

「オレの知り合いにもリーグチャンピオンになった奴がいるんだけどやっぱり上の舞台にいる人達は違うってことだんべ」

「まあね」

 

 ここでヤシオはミントの眼をじっと見つめた。

 

「だからこそオレはそういう相手とどんどん戦いたいし、勝ちたいんだ」

 さっきは負けちまったけども、と小さく添える。

 

「言ってなさい。最強とはすなわち無敗。ラフエルリーグだろうとそれは変わらない」

 

 豪胆か、自信家か、慢心か。

 おそらくそのいずれも間違っていない。

 

 しかしヤシオには分かった。

 ミントには揺るぎない決意と実感がある。

 

「ミントさん、色々ありがとうな。オレもまたイチから頑張ってみるよ」

「二サス風に締めるのやめなさいよ」


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