ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『追い詰められた時こそ、あなたの魂から沸き起こる情熱を信じてほしい』

(トモヒサ=クロキ)


その視線の先に

 ルシエシティジムリーダーを務めるコスモスという少女はまさしく天賦の才の持ち主であった。

 これまでに数々の女傑を輩出した門番の一族のなかでも特に才に恵まれ天に愛された彼女は、20年にも満たない人生で数多の挑戦者たちを退けてきた。

 

 彼女にとって挑戦者との戦いはジムバッジに相応しいか見極める儀式であると同時に相手の『色』を見ることでもあった。

 

 情熱の赤。冷静の青。向上心の黄色。様々な色を持つトレーナーたちが彼女の前に現れたが、やがてその色は輝きを失ってしまっていた。

 

 敗北を、目の前がまっくらになると表現することがあるがコスモスの考えではそれは正確ではない。

 人は敗北に打ちひしがれた時『色を失う』のだ。

 絶望、嘆き、悲しみ、憎悪。敗れ去った挑戦者たちが見せる色はどれも暗く、濁っていた。

 

 それでは、今目の前にいる挑戦者はどうだろう。

 

(紫。都合がいい色ね)

 

 赤と青が混ざり合った中性色は周囲によってそのイメージを変化させる。

 神秘と不安。高貴と低俗。二面性を列挙すればきりがないが見るものによって、また置かれる状況によってもゆらゆらと水や空気のように揺れ動く。

 

 リーグ最後の砦に挑みこじ開けようとする彼は、ある意味コスモス自身を映し出す鏡なのかもしれない。

 

 

 それでも、コスモスがやることは変わらない。色が失われるその瞬間まで。

 

 それが彼女の使命なのだから。

 

 

 

 

 

「アーボック、頼む!」

 トゲキッスをやられたショックも癒えないまま次のボールを放るも、『ステルスロック』のダメージもありアーボックは傍目にもノックアウト寸前だった。

 

「『ダストシュート』!」

「『がんせきふうじ』」

 

 狙いは外していなかったものの、スターミー戦同様ガブリアスは岩石によって攻撃を防いだ。

 

「うわぁ、惜しい! 今のが当たってれば」

「あのダメージだとさすがに『とぐろをまく』余裕はない。焦りはあるだろうがここは攻め続けるしかないだろう」

 

 シンジョウの言葉は遠く届いていないが、ヤシオも方針は同じだった。

「やっぱりとらえきれねぇ、『かみくだく』だ!」

「回り込んで」

 

 ならばと飛びつくも、やはりスピードではガブリアスに及ばない。アーボックの決死の攻撃も空を切った。

 

 いよいよアルナも事の深刻さを重く捉えるようになってきた。

 

「まずいよ。策がないじゃん。そうだ、さっきの『ドラゴンテール』なら」

「それは難しいな。あれは出が極端に遅い技だ。さっき決まったのはジャラランガが『カウンター』を狙っていたところにピンポイントで当てたからにすぎない」

 

 ヤシオが指示を出しアーボックが構えをとる前にガブリアスが動くことは間違いなく、それが決まり手となることもまた確実だった。

 

「『かみくだく』!」

「『ドラゴンダイブ』」

 

 最後の力を振り絞ってガブリアスに迫ったが、そこまでだった。ガブリアスはパワーでもアーボックを圧倒していた。撥ね飛ばされた大蛇はもう起き上がれない。

 

 相性で不利なトゲキッスに続いてまたもガブリアスが敵を蹴散らした。

 

「アーボック、戦闘不能。ガブリアスの勝ち」

 

 アーボックはボールへ消えていった。

「お疲れさん。ゆっくり休んでな」

 

「もっかいいぐぞ! ハッサム!」

 残り2体となったヤシオの手持ちからハッサムが再び登場した。

 

「こっからだ!『つばめがえし』!」

「『がんせきふうじ』」

 

 必中の攻撃を仕掛けたが、岩石によって進行を遮られ技は不発に終わってしまった。

 

「そのまま『バレットパンチ』だ」

「足下を強く踏んで」

 

 先制できる『パレットパンチ』なら『がんせきふうじ』も間に合わないという判断だったが、ガブリアスは足下の岩を踏みしめ――

 

 鋏が砕いたのは捲られた岩だった。

 

「畳返しか。コスモス、ここにきて冴えているな」

「そんなのアリ!?」

 思わぬ策にギャラリーも沸いた。

 

 『バレットパンチ』も失敗に終わったところに、横薙ぎに払ったガブリアスの爪が襲い掛かった。

 

「『つばめがえし』!」

「『ドラゴンダイブ』」

 

 この一撃もガブリアスが上回った。

 

「ハッサムでも力負けしちゃうか……」

「それもあるかもしれないが一番はガブリアスの体幹にある。体の重さはハッサムのほうが上、それでも力学的エネルギーが保存されることで強い衝撃(インパクト)を生むんだ」

 

「ハッサム、だいじか!?」

「『がんせきふうじ』」

 

 休む暇さえ与えない。

 今度は防御ではなく純粋な攻撃として放たれた岩石がハッサムをフィールドに埋めてしまった。小刻みに岩が揺れていることから、ハッサムはなんとか脱出しようとしているのだろう。

 

「これでボールには戻せませんね」

「参ったなぁ、ステック(ステルスロック)岩石(がんせきふうじ)とオレたち岩に泣かされすぎじゃんね」

「ステック?」

 

「あああああああ! しっかりしろ、オレ!」

 視線を下げていたヤシオだが頬を両手で打ってガブリアスを、そしてそのさらに先のコスモスを見据えた。

 

「やっと目ぇ覚めた。切り換えてかなきゃなんね。起きたまんま寝てたらしょうがないべ」

 

 ここでコスモスはヤシオの色が微妙に変化したことに気がついた。

 

「よく分かりませんがそれはよかった。『じしん』」

「『つるぎのまい』!」

 

 埋まったままではかわすことが困難と判断し、補助技を指示した。攻撃を受けつつもハッサムは自らの攻撃力を大幅に上昇させ、岩を砕いてガブリアスに迫った。

 

「『バレットパンチ』!」

「『がんせきふうじ』」

 

「その角度なら岩は右だべ! ガブリアスはながるからおっきくカーブだ!」

 再び岩石によって進行を妨げられたが、ヤシオから軌道の指示を得たハッサムはうまく回り込んでガブリアスの背後をとった。

 

「『ドラゴンダイブ』」

「げっ!?」

 

 しかしそれすらもコスモスの読み通りだった。ガブリアスは背中にも目がついていたかのように真後ろに技を放った。今回もハッサムはかわすことができなかった。

 

 パニックになるかと思われたが、ヤシオの口の端が上がった。

「なーんちゃって。ハッサム、そのままガブリアスにしがみつけ! 『バレットパンチ』だ!」

 

 転んでもただでは起きないのはヤシオも同じだった。

 なんと、ハッサムはガブリアスを羽交い締めにする形をとり、そのまま連続で『バレットパンチ』を見舞った。

 これは効いた。ガブリアスに初めてダメージらしいダメージが通ったのだ。

 

「おわすぞ! ガンガン殴れ!」

 ヤシオは拳をブンブン振り回した。当然ハッサムはそれどころではないので見てはいない。

 

 ガブリアスに連続で技が決まる。これは相当効いているはずだ。

「『つるぎのまい』でパワーが上昇している分、ガブリアスでも簡単には振りほどけないということか」

「バレパン効いてるよ! あのままタコ殴りにしちゃえば勝てるんじゃない!?」

 

 シンジョウが答える前にエルメスが溜め息をついた。

「それは無理でしょうね」

 

 ガブリアスにしがみつき、圧倒的優位に思われたハッサムが自ら拘束を解き、倒れ付した。よく見ると体中が傷だらけになっている。体力も限界に近いようだ。

 

「さめはだ。ハッサムの技が当たるたびにハッサム自身も弱っていく。あんなふうにしがみついていれば尚更だ」

 ジャラランガから受けたダメージもあるしな、とシンジョウ。

 

「くぅーっ! あのままのしちまえると思ったけど甘かったか。ハッサム、まだやれっか?」

 

 ハッサムは右の鋏を挙げてヤシオに応えたが明らかに満身創痍だった。

 

「それでこそ! テクニックあってのテクニシャンだんべ。ハッサム、『つばめがえし』!」

「『じしん』」

 

 フィールド全体が強く揺れるも、今回は用意があった。ハッサムは先ほどの岩石を踏んで飛び上がった。

 

「畳返しに対抗してロイター板か、面白い」

「あたしからすればあんたの頭の中も相当面白いけどね……」

 

「『がんせきふうじ』」

「狙いはガブリアスだけだ! そのままガーり砕いてやれ!」

 

 パワーとスピードに押され気味だったこれまでの展開から、やっと両者が互角になる瞬間が訪れようとしている。

 もうかわす必要はない。飛んでくる岩石を『つばめがえし』で次々に砕き、ハッサムはガブリアスに迫った。

 

「『ドラゴンダイブ』」

 そしてそれはガブリアスに技の準備のための時間を与えることになった。

 

「一発かませ! 『バレットパンチ』!」

 

 ハッサムとガブリアスの最後の激突は真正面からのぶつかり合いとなった。

 

「ハッサム!」

 なんとか着地したハッサムだったがそのまま仰向けに倒れ、力尽きた。

 

「あぁ~。せっかく頑張ったのに……」

「ハッサムの強みである近距離での打ち合いを許さなかったコスモスが上手かった。あとは、さめはだと『ステルスロック』の微差が響いたな」

 

 そう言いつつもシンジョウはガブリアスから目を離さない。

 

「ハッサム戦闘不能。ガブリアスの勝ち」

「ダメだ。今のオレにはガブリアスを正面からのしちまうだけの力がねぇ。ポケモンたちが頑張ってくれてるのにほんっとにでれすけで嫌んなっちまう」

 

「……少々驚きました。ガブリアスに何か嫌な思い出でも?」

「まあそんなとこで。だからこうするしかなかった」

 

 すると、爪を振り上げ勝ち誇っていたガブリアスが崩れ落ちた。

 

「ガブリアス、戦闘不能」

 

 

「なんで!? ヤシオはガブリアス相手にさっきのバレパンくらいしかまともに戦えてなかったのに」

「だからこその苦肉の策だったんだろう。俺もさっきまで気がつかなかったくらいだ」

 

 倒れたガブリアスをボールに戻そうとしたコスモスは何かに気がついた。

 

「猛毒ですか」

 そう、ガブリアスが倒れたのは猛毒のダメージによるものだった。

 

「えっ、てことは『どくどく』!?」

「ハッサムがガブリアスの背後を取った時に仕込んでおいたんだろう。さめはだのダメージを嫌わなかったことが効を奏したな」

 

「それより彼の最後の1匹が気になる。持っているボールはあと2つ。専門だから分かるんだがその片方からは炎タイプ特有の気配を感じる」

「いやそんな雨降る前は匂いで分かるみたいなこと言われても」

 

 ヤシオの最後の1匹の予想でアルナとシンジョウが盛り上がっていることも露知らず、ヤシオはもはや何リットルになるかすら分からない冷や汗を拭った。

 

 手持ち3匹でやっと倒したガブリアスだが、手放しで喜ぶことができる結果とは言い難いようだ。

 

「やっぱりガブリアスはきちぃ。そのあたりはオレの宿題。ハッサムもみんなも、ものすごーく頑張った。今日はそれでよし」

 

 ここで仕切り直しとなった。

 

「エストル」

 コスモスはジャラランガ(エストル)を繰り出した。

 

「絶対勝つ!」

 

 ヤシオが最後に繰り出したのはマッギョだった。

 

「最後の1匹はマッギョでしたか」

 

「うーん、そりゃ違うな」

「どういうことですか」

 

「マッギョだけじゃねぇべ。オレもいるんさ。だから2匹だ! 見せてやれ、『ほうでん』!」

 

 一瞬の雷撃が弾けた。

 

「『おたけび』」

 

 スターミーの『サイコキネシス』の時と同様にジャラランガの正面に音波による壁が展開された。

 

「そこだ! ぐいっとでっかく曲げろ!」

 コスモスがヤシオの指示の意図を汲みかねたその間に『ほうでん』が壁を跨ぐ形でジャラランガにヒットした。

 

「そんな芸当がありましたか」

「ヤシュウ男児なら、らいさまを味方につけなきゃ嘘だんべ。そして何より意表がつけるってな。『ねっとう』!」

「『スケイルノイズ』」

 

 タイプ一致にくわえて地の火力にも差がある『スケイルノイズ』の威力が上回った。

 

「やり返すぞ。『ほうでん』!」

 

 今度も回避しようとしたジャラランガに『ほうでん』をコントロールすることで命中させた。

 

「『ほうでん』!」

 かわすかかき消すかの指示をするかと思われたが、あえてそうせずコスモスはゆっくりと呼吸を整えた。そして腕と脚のストレッチを行った。

 

「使いどころです」

 

 一言呟いてコスモスは突然踊り出した。

 繰り返す、踊り出した。

 

 当然アルナは戸惑った。

「不思議ちゃん? もしくは天然ちゃんなのあの子は!?」

「それは否定しないが。まあ見ていれば分かる」

 

 踊りの両腕を回し、そして龍の口のように大きく開く独特の動きがジャラランガとシンクロした。

 

 ジャラランガの踊りがその鱗を震わせる。擦れ、弾ける音が響く。そしてジャラランガは大きく跳躍した。

 

「いきます、『ブレイジングソウルビート』」

「『ねっとう』!」

 

 『ねっとう』が命中するも、ジャラランガは溜まった振動エネルギーを竜のオーラとともに撃ち出した。

 

「まともにもらうな! 『ほうでん』!」

 

 少しでもダメージを和らげようと『ほうでん』を放ったが効果はどれほどあったか。マッギョへのダメージは相当なものだった。

 

「『きあいだま』」

「『ほうでん』」

 

 激しく技を撃ち合うマッギョとジャラランガ。遠距離の攻防とは思えないほどの迫力だった。

 

 予想外のマッギョの健闘にアルナは拳を握りしめた。

 

「いけいけ! がんばれマッギョ!」

「問題はこのあとだ」

「えっ」

 

 頼まずともシンジョウが解説モードに入った。

 

「『ブレイジングソウルビート』は攻撃と同時に全能力を上昇させる。つまり一つ一つの動作が必殺を生むんだ」

「えぇー! やっとガブリアスを倒したのに。コスモス、ガチすぎるっしょ……」

「それがジムリーダーというものだ」

 

 

「『スケイルノイズ』」

「ジャラランガの足下に『ねっとう』!」

 

 不可解な指示の真意はすぐに判明した。

 

「湯気による目隠し。シンプルですがいい手です」

 

 しかしそんな小細工が通用するコスモスではない。

「エストル、気にしなくていいわ。そのまま正面に『きあいだま』」

 

 最初よりも一回り大きくなったエネルギー弾が撃ち出された。

 

「『ほうでん』!」

 

 マッギョは電力を調整し、自身の前に展開した。その『ほうでん』が網のように『きあいだま』を捕らえる。

 

「クーリングオフだ、返してやれ!」

 

 そしてそのまま押し返した。

 音波で攻撃する『スケイルノイズ』ではこうはいかない。

 

「おお、すごい! でもジャラランガは素早さも上がってるんでしょ? 避けられちゃうんじゃ」

「……いや、よく見ろ」

 

 飛び退こうとしたジャラランガだったが、そのまま膝をついてしまった。

 

「あっ、麻痺だ!」

「あれだけ『ほうでん』を受けていればおかしいことではないな」

 

 シンジョウの長きに渡る戦いの経験は、『ほうでん』による麻痺の追加効果の発生確率は同じ電気タイプの『10まんボルト』のそれの3倍ほどであるという概算を算出していた。

 

「運に頼ったとも、当たりを引くまで粘ったともとれる。ただ、この場では正しい判断だったことは間違いない」

 

 ジャラランガは跳ね返された『きあいだま』をかわすことができずフィールド後方の壁に叩きつけられた。

 

「ジャラランガ戦闘不能。マッギョの勝ち」

 

 

「ここまで追い詰められたのはいつ以来かしら」

 ジャラランガをボールに戻しながら、コスモスは目の前の敵への認識を新にした。

 

 二面性を体現するヤシオ。こちらが押せば同様に押し、逆に引けば同じく引いてくる。脅威ではないが不思議な印象を受ける相手だった。

 

 だからこそ、この1匹を残していた。

 純粋な火力でその色を、その情熱を、その闘志を消し飛ばす。ラフエルリーグ最後の番人が最後に残していたポケモンはそんな役目を担うに相応しかった。

 

「それではまいりましょう」

 コスモスが繰り出したのはサザンドラだった。

 凶暴ポケモンの別名を持つその姿はこの戦いが最終局面に突入したことを暗示しているかのようだ。

 

 残りの手持ちの数で追いついたヤシオがほっと胸を撫で下ろした。

「これでそっちもやっと最後か」

「いえ、違います」

「おっ?」

 

 コスモスがにこりと微笑んだ。

「サザンドラだけではありません。私もいるのであと2匹。今度はこちらからいきます。『あくのはどう』」

 

 サザンドラが奥底からふつふつと沸き起こるオーラを黒い帯のように発した。

 

「やっべ、『ねっとう』」

 

 ヤシオとしてはそのまま押しきりたかったが、軌道をわずかにそらすのがやっとだった。

 

「火力高ぇ。マッギョ、慎重にいこうな」

 

「『だいもんじ』」

「『ねっとう』」

 

 今度は水が炎に勝った。しかしタイプで有利なサザンドラにダメージはあまりなく、体が濡れた程度で済んだ。

 

「もういちど『あくのはどう』」

「岩に隠れるんだ!」

 

 身を潜めるもその岩が砕かれてしまった。

 

「『ほうでん』!」

「『あくのはどう』」

 

 技を放とうとしていたため、互いに回避行動がとれなかった。サザンドラは麻痺を免れたが、マッギョは怯んでしまった。

 

「『ラスターカノン』」

「うわわ動いてくれー!」

 

 祈りは届かず光の束によってマッギョはさらにダメージを受けた。

 

「『あくのはどう』」

「『ねっとう』」

 

 今回も軌道をそらすのみ、しかしヤシオは続けて指示を飛ばした。

 

「『ヘドロばくだん』!」

 

 一瞬の隙を突いて技が決まった。タイプ不一致なうえに十分な溜めをつくらずに放った分威力はあまり伸びない。

 

「サザンドラ!?」

 状態異常はみられないが、なぜかサザンドラが苦しんでいた。

 

 シンジョウがいち早くそのカラクリに気づいた。

「技の順番の妙だ。『ねっとう』で体を濡らして『ほうでん』の通りをよくする。そしてそこでできたわずかな傷に『ヘドロばくだん』を強引に練り込む」

「傷に塩、いやヘドロか。ヤシオもやることえげつないね」

 

 しかしヤシオとしては別の成果が欲しかった。

「うーん、火傷も麻痺も毒も引かねっか。まあ、とにかくこいつは状態異常のデパートだ。決まると痛ぇど」

「ご忠告ありがとうございます。『ラスターカノン』」

 

 また岩陰に隠れてマッギョは難を逃れた。

 

「『あくのはどう』」

「ずっと隠れてらんね、『ほうでん』!」

 

 『ほうでん』でやっと互角になったが、サザンドラには余裕があった。

 

「このままPPが枯れるまで撃ちますか」

 

 短時間に同じ技を連続すれば打ち止めがきてしまう。この戦いに限っていえば『ほうでん』はヤシオたちの生命線だ。

「くっ、マッギョ! 一旦やめだ。『ヘドロばくだん』」

 

 この技なら分かっていれば回避は難しくない。サザンドラはひょいとかわした。

 

「『ラスターカノン』」

「こっちもよけろ!」

 

「『あくのはどう』」

「かわせ、あっ無理だった」

 スピードではやはり遠く及ばない。

 

 サザンドラは次々に技を繰り出す。

 それはまるでコスモスとシンクロしているかのよう。彼女も高揚を隠せない。

 

「こんなに楽しい勝負は久しぶりです。ヤシオさんも楽しんでいますか?」

「も、もちろんだんべな! マッギョ、右! いや違うやっぱ左!」

 

 地上を這い回って逃げ惑うマッギョとあわあわと指示を飛ばすヤシオ。

 対するサザンドラは空中から悠々と攻撃を続ける。

 

 合間に放っている『ねっとう』や『ヘドロばくだん』はサザンドラに当たってはいるものの先ほどのようなコンボでない分効果は薄い。戦況は依然としてコスモス有利だった。

 

「私にはわかります。そのように守勢一方でも、こちらへの一手を練っている。いや、そう私が見せ掛けられているだけなのかもしれませんね」

「照れんなあ。っと、あぶね!」

 

 『ラスターカノン』がフィールドごとマッギョを薙ぎ払った。ここまでのダメージの蓄積もある。

 

「思うに、ポケモンとは実に不思議な生き物です。彼らには草を操る(わざ)も水を踊らせる(わざ)も、炎を纏う(わざ)も思いのまま」

「お、おう! マッギョ逆だ逆!」

 

 マッギョはその場で跳ねることでなんとか攻撃を回避した。汗まみれで指示を飛ばすヤシオも気が気でない。

 

「しかしそんなポケモンの中でも星を墜とす(わざ)は誇り高きドラゴンタイプの最終形態にのみ許された特権。ヤシオさん、リーグに手を伸ばさんとするトレーナー。あなたとあなたが育てたポケモンは本当に強かった。心からの敬意を表し最後まで全力でお相手します」

 

 コスモスが右手を挙げるとサザンドラは真上へと上昇した。そして全身のエネルギーを体内に集中させた。

 

「ドラゴンの奥義をここに。サザンドラ、『りゅうせいぐん』!」

 

 この試合で初めてとなるコスモスの力の入った指示だった。サザンドラは大きく口を開いてフィールド上空に深紅の弾を発射した。

 

「あれは……?」

「『りゅうせいぐん』。ドラゴンタイプ最強にして最も習得が困難とされている大技だ。使い手は数少ない。そう見られるものではないな」

 

 サザンドラが撃ち出した弾が弾けた。するとその一つ一つが流星のごときエネルギーを内包した『竜星』と化し、真っ直ぐにマッギョへと襲いかかった。

 

「『りゅうせいぐん』は俗にいう撃ちっぱなしの攻撃だがコスモスが鍛えに鍛えたものなら特別だ。竜星はその全てが正確無比に敵のポケモンを狙う。回避も防御も不可能だろう」

 

 シンジョウの言葉通りマッギョは降りしきる竜星に呑まれていく。その様子はあまりにも酷で、そして美しかった。

 

 やがて煙が晴れ、ひっくり返りピクリとも動かないマッギョの姿が現れた。

 

「終わりましたか」

 コスモスはふうと息を吐いた。彼女も彼女なりに張り詰めていたようだ。

 

「ありがとうございました。とてもいい勝負でした」

「……」

 

 そしてヤシオを見た。

 彼の色は『りゅうせいぐん』の圧倒的な破壊力の前に暗く濁って――――――――

 

「マッギョ戦闘不能、サザンドラの勝ち。よって勝者、ジムリーダーのコ」

「ごじゃっぺ言ってんじゃん」

 

 いなかった。

 

「はい?」

 執事が聞き返したが答えは予想外の形で返ってきた。

 

「『ヘドロばくだん』!」

 突然息を吹き返したマッギョが一矢報いた。上空のサザンドラもこれには反応できずかわせない。

 

「なぜ!? マッギョは『りゅうせいぐん』のダメージで戦闘の続行が不可能なはず」

 

「言ったべ? オレのマッギョは状態異常のデパートだ。『ねっとう』の火傷、『ほうでん』の麻痺、『ヘドばく』の毒、そして」

 

 よく見るとマッギョの体の傷が塞がっている。ジャラランガとサザンドラとの連戦によるダメージの大部分が癒えているようだ。

 

「最後の1つはこいつ自身が『ねむる』こと! 人もポケモンも寝りゃあだいたいハッピーだ。マッギョ、斜め下に『ねっとう』」

 

 それはスターミーが『ハイドロポンプ』でやったものの応用だった。水流によって押し出されたマッギョが猛スピードで上空のサザンドラに迫る。

 

「っ! サザンドラ、もういちど『りゅうせ」

「『discharge』!」

 

 再び竜星に襲われるその刹那にこの日一番の雷撃が炸裂した。

 そして結果は目で追うまでもなかった。

 その凶暴さを完全に失ったサザンドラがゆっくりと墜落し、倒れた。

 

「サザンドラ戦闘不能、マッギョの勝ち。よって勝者、チャレンジャーのヤシオ」

 

 ヤシオは口をパクパクさせ、固まった。そして。

「おおおお! いやったああああ!」

 

 まるで幼い子どものように喜びを爆発させた。

 

「ありがとうございました」

「こちらこそあんがとます。とても、とっっっってもいい勝負だったべ」

 

 コスモスもヤシオも最後のポケモンをそれぞれボールに戻した。

 

 そしてコスモスはトレーナーズサークルを出てヤシオに歩み寄る。

 

「ヤシオさん、お疲れ様でした。これがこのジムを制した証。ジークバッジです。どうぞ持っていってください」

「おおっ、かっけぇ!」

 

 それは門番に、竜姫に、竜騎士に、竜の魔女に、そして不落の飛竜に打ち勝った天を墜とす英雄(ジークフリート)の印。

 

 主が敗れたにも関わらず執事はどこか嬉しげだった。

「まさかお嬢様に勝ってしまわれるとは。いやはや。それにしてもお嬢様、いい表情でした。撮らせていただいた動画を是非とも奥様にお送りして差し上げたいのですが」

 

 どうやら審判の傍ら懐のビデオカメラを回していたようだ。Z技のポージングまでばっちりとれているとのこと。

 

「カメラごと燃やされたいのですか、ブロンソ」

 

 執事は一歩下がって深々と頭を下げた。

 

「見れば見るほどよくできてんなあ……」

 ヤシオは手渡されたバッジをしげしげと眺めている。そんな彼にコスモスにはどうしても聞きたいことがあった。

 

「ひとつ聞いてもいいですか。どのようにして最後の作戦を?」

 

 はにかんでいたヤシオだったがもはや隠すことでもない。正直に答えた。

 

「サザンドラを見た瞬間ピンときた。そして戦っているうちに確信に変わった。こいつは『りゅうせいぐん』を切り札に隠し持ってる、ってな。最後の1体なら引っ込めはない。もし使うとしたらトドメにぶっ放してくるんじゃないかって思ったんだ」

 

 それまでに見せたタイプ一致の『あくのはどう』、苦手な氷とフェアリー対策の『だいもんじ』と『ラスターカノン』。特防方面にタフなマッギョへの確実なトドメとするにはさらに高い火力が必要だった。

 

「『りゅうせいぐん』は強力な分使えば特攻が大きく下がる。そのタイミングに合わせてR、いや『ねむる』ことでチャンスを作れると思ったってこと」

 

 タイミングを間違えれば即敗北という賭けだったが首の皮一枚繋がったようだ。

 

 そこへ観覧席の3人も降りてきた。

 

「おめでとう、ヤシオ。どえらい勝負だったよ」

「いやー。わざわざありがとうな。えーっと、アルマ」

「アルナだっ! こちとらイッシュからわざわざ来てんの! いい加減覚えろっ!」

「おおそっけ!? オレもイッシュだ。ご飯も旨いしご飯も美味しい、いいとこだっぺ」

 

 ご飯しかないのか、という言葉をこらえるコスモスとシンジョウはやはりジムリーダーの器だ。

 

「えっ、イッシュ!? イッシュのどこよ?」

「ヒウン。ジムは奇抜だけどアイスはすげぇんよ」

「えぇー! あたしライモン! ジョインアベニューですぐじゃん!」

 

 同郷だったことはさすがに驚きだったが、垢抜けないヤシュウ節(本人談)で話すヤシオが大都会の出身だったことはアルナにとって実はそこまで意外でもなかった。

 

(素が出た時普通に喋ってたしね)

 

 シンジョウがヤシオに右手を差し出した。

 

「俺からも祝わせてくれ。ラフエル地方のジム制覇、本当におめでとう」

「あんがとます! あれ、そういえばあーたもジムリーダーなんでしたっけ」

「ああ。いつか勝負したいな」

 

 エルメスは握手する2人を笑顔で見つめていた。

 

「みなさん、ありがとうございました。おかげさまでいい記事が書けそうです」

「記者さん、オレについては嘘でもいいんでカッコよく書いてくださいね」

「私も可能な限りダイナマイトセクシーに描写してもらえるとありがたいです」

 

 無茶なお願いをする挑戦者(チャレンジャー)門番(ジムリーダー)

 

「それでは私はこのへんで失礼します」

「帰りは連絡船だろう? 港までオレが送っていこう」

 

 すぐに戻る、とシンジョウはエルメスとジムを出て港へ向かった。

 

 コスモスとアルナはそんなシンジョウの背中とヤシオを見比べた。

「人生経験の差、ですね。アルナさん」

「そだねー」

 

「……オレ本当に勝ったんだよな!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシエシティ外れの港でエルメスは船を待っている。そしてそれをシンジョウが見守っていた。

 

 沈黙に耐えられなくなるのは当然。

「シンジョウさん。ここまで送ってもらえればもう大丈夫です。それとも私にまだ何かご用でも?」

 

 ナンパ? と冗談めかしてエルメスが笑った。

 しかしシンジョウは笑わない。それどころか表情を険しくした。

 

「それはこっちの台詞だ。ここでの用はもう済んだのか?」

「はい?」

「悪事だけでも十分なのに、まさか劇団もやっているとは知らなかったな」

 

 エルメスは一瞬驚いたものの、微笑んだ。

「我ながらよくできたと思ったのですが」

 

 首から顔の皮(マスク)を剥ぎ、着ていた服を脱ぎ捨てるとそこにいるのはもはや記者のエルメスではなかった。

 

 長い睫毛に整った顔立ち。すらりとしながらも出るところは出た凄味のある女優のようなスタイル。

 そして何よりその口元はエルメスだった頃から常に笑みを湛えている。

 

 バラル団幹部、ハリアーがそこに立っていた。

 

「あらためてご機嫌よう。遠きジムリーダー」

「そんなことはいい。本物のエルメス女史はどうした」

 

「まあ、この一時に他の女の話をするなんて。……彼女なら今頃上司にどやされながら必死で原稿を詰めているでしょうね。嘘だと思うならラジエス中央情報局に問い合わせてみては?」

 

 その睫毛に震えはない。嘘ではなさそうだ。

 

「それにしてもどこで気がつかれたのですか?」

「匂いだ」

 

 ハリアーは袖の匂いを嗅いだが、すぐにからかわれていることに気がついた。

 

「貴方も人が悪い」

「本物の悪党に言われるとは光栄だ。お前が真似たのは見た目だけ。中身はバラル団幹部のままだった」

 

 さらに続けた。

「俺とエルメス女史とは面識こそないが共通の知り合いがいる。初見で本人でないことは分かったし、戦いを見る目が明らかに記者のそれではなかった。それに勘も鋭すぎたな」

 

 だからこそシンジョウはアルナとエルメス(ハリアー)の間に座ったのだ。

 

「正体が分かっていたのならジムで言ってくれれば良かったものを。そうすれば4対1でしたのに。そんなに2人きりがお好みでしたか?」

 

 言いながらハリアーは艶やかに科を作ってみせた。

 状況が状況なら蠱惑的に映っていただろう。

 

「俺もジムリーダーの端くれだ。神聖なジムをお前のような輩に荒らさせるようなことはしない」

 

 言外にジム戦の只中にあり激しく消耗したコスモスとヤシオ、そしてバラル団とのいざこざに巻き込まれるべきではないアルナと執事への配慮があった。

 

「そうでしたか。まっこと、良い勝負でしたね」

「どうせそうは思っていないんだろう」

 

 ハリアーがにまぁ、と笑った。

「えぇ。ヒトがポケモンを使役し、自ら傷つくことなく戦わせる。嗚呼、なんと嘆かわしいことでしょう。パートナーとの絆だの信頼だのと謳う忌々しいトレーナー。だからこそ我々バラル団はその歩みを止めてはならない」

 

 それは地下の暗さが水を研ぎ澄まして大河を作るように。

 

「ヒトがもたらす秩序など所詮は砂上の楼閣。彼らがいうところの生存競争は即ち殺戮を意味する。文明を持ったから? 宇宙に選ばれたから? そんなことに意味がありますか?」

 

「私たちは間違っていない。何ひとつ、ね。貴方もいつか解るはずです。その吐き気を催すような理想はそれ以上に穢れた現実に押し潰されるためのものでしかない」

 

 黙って聞いていたシンジョウが口を挟んだ。

 

「それは違うな。現実の薄汚さに立ち向かうためにヒトはみな美しく生きる、いや、そうあろうとするんだ。バラル団の御大層なお題目は知らないが、結局はお前の変装と同じ。形を繕っても中身が伴っていないんだ。そんな連中に好き勝手やらせるほどラフエル地方も俺たちトレーナーも腐ってはいない」

 

「余所者に何が解るのです」

「だからこそだ」

 

 一瞬ハリアーの目つきが険しくなったが、またすぐに薄ら笑いを浮かべた。

 

「……お話になりませんね。私の興を削ぐとはとことんつれない男」

 

 ハリアーはサザンドラを繰り出した。コスモスが育てた個体とは全てにおいて異なる方向の鍛え方をされているのが見てとれる。

 しかし技を指示することなくその背に跨がった。

 

「ここで俺を潰していかなくていいのか?」

 

 相手は悪の組織の幹部、何も遠慮はない。

 もちろんシンジョウにはハリアーが牙を剥いて襲い掛かってくるのなら迎え撃つ覚悟も用意もあった。

 

「あら、そんなに熱くお誘いいただけるなんて。でも、何もこのような不粋な場所でそうする必要はないでしょう?」

 

 しかし、この場でハリアーにその意思はなかったようだ。次のアクションを起こす前にサザンドラはシンジョウを掠めて飛び去った。

 

 シンジョウは念のためリザードンを繰り出し、ハリアーが空の彼方へ消えるまで警戒し続けた。

 そして数分経ち、リザードンをボールに戻してジムへ戻るべく歩を進めた。

 

「……腹芸なんてするもんじゃないな」

 

 やむを得ない状況ではあったが、この場で戦えば港の施設や場合によっては通りすがった人々にも被害が及ぶ可能性があった。PGにあえて通報しなかったのもハリアーを過度に刺激しないようにするため。

 

 欲をいえば何らかの情報を聞き出すか倒して捕縛するところまでこぎ着けたかったが、極力戦いを避けたいこちらの事情を気取られない程度に敵を煽りつつルシエシティからの撤退を確認できたのはひとまず上出来だった。

 

 

 しかしすれ違うその刹那、確かに聞こえた。

 

 『次は強者が集う祭典(ポケモンリーグ)で』。


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