ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『驚異の脅威に立ち向かう覚悟はいいか?』

(マイコ=ターナー)


竜乙女の純心

 明くる日、ヤシオは再びルシエジムを訪れた。迷わずに到着することができたのは昨晩のシンジョウのアドバイスに従って宿舎からタクシーを利用したからに他ならない。

 

 空は晴れて雲も高い朝。

 ジムの前では執事と見知らぬ女性が待っていた。

 

「おはようさんです!」

「おはようございます。ヤシオ様、お嬢様がジムにてお待ちです」

 

 いよいよか、とヤシオは目を輝かせた。そして執事の隣に目をやる。

 

「それでそちらの方は?」

「申し遅れました。ラジエス中央情報局のエルメスです。本日のジム戦の取材に参りました」

「あー、それってテレビです?」

 

 心臓が早鐘を打った。

 この流れはまずいと彼の第六感が最大音量で告げていた。

 

「いえ。ネット上の記事にはさせていただきますが」

「そりゃあよかった。いえね、最近テレビマンに崖から落とされたんですよ」

「それは大変でしたね」

 

 エルメスは一瞬目を丸くしたものの、所詮は他人事だった。

 ヤシオの脳裏には未だにガブリアスを駈るクロックが強烈に焼き付いている。なんとなくマスコミに感じるものがあるのも無理はなかった。

 

 

「おはようさんです!」

 コスモスは今日もクールに、そしてどこか厭世的に挑戦者を待ち受けていた。

 

「おはようございます。ルシエジムにようこそ。挑戦者(ヤシオ)さん」

「やっと勝負できんね。それにしてもジムリーダーさん、こうしてまともに話すのは初めてだいね。今日はどうぞお手柔らかに」

「ええ、こちらこそ」

 

 私にその色を存分に。

 

 

「ヤシオー! がんばんなよー!」

 観覧席からはアルナがこちらに手を振っていた。その隣で何やら真剣な顔をしているのはシンジョウ。そしてさらにその隣にはエルメスが腰かけている。

 

「もちのロコン! ヤシュウ男児は普段はヘロくても本番につえーよー!」

 

 実のないヤシオの言葉を脇に置いて、ルシエジムの実に見事な広い土のフィールドには万全の整備が施されていた。

 

 コスモスとヤシオはフィールドを挟んで白く描かれた円の中に立った。

 

 コスモスの艶消しブラックの瞳がヤシオを見据えた。彼女はヤシオにどんな色を見出だしたのだろうか。

 

「このジムはラフエルリーグ公式ルールに基づいて設計されており、試合もそれに準じて行います。ここまできた挑戦者にはもはや言うまでもないこととは思いますが、規則ですので確認しておきます」

 

 『トレーナーはフィールドの両端にあるトレーナーズサークル内で指示を出すこと』。『試合中1匹のポケモンに指示できる技は4種類まで』。『ポケモンの交代は両者に認められる』。

 

 なあなあにしてしまっているジムリーダー(ランタナ)もいるがコスモスは遵守して試合に臨むタイプのようだ。

 

 この勝負の主審を務める執事が両手の旗をあげた。

「両者、最初のポケモンを出してください」

 

 2人がボールを手に取った。

 

 そしてその瞬間が再び訪れた。

 頭のてっぺんから足の指先までが冷えきって、次に全身が燃えているのではと錯覚するほど熱くなるあの感覚だ。コスモスの言葉を借りるならば二人の色が混ざり合い、そして溶け合う瞬間。

 

 あの砂漠の再現にアルナは再び体の震えを感じたが、隣のシンジョウとエルメスはただフィールドを注視している。

 

「カイリュー」

 コスモスが投じたボールから光とともに大きな姿が飛び出した。

 

「おお、でっけえ!」

 一番手で繰り出したのはやはりカイリューだった。

 

「こっちも負けてらんねぇ。よっし、いってみんべ!」

 対するヤシオはアーボックを繰り出した。

 

 カイリューとアーボックが睨み合う。どちらも臨戦態勢だ。

 

「試合、はじめ!」

 合図とともに両者同時に動いた。

 

「アーボック、とにかくつっこめ!」

「カイリュー」

 

 間合いを詰めようと突撃をかけたアーボックだったが、カイリューの『しんそく』が決まるほうが先だった。アーボックは凄まじい衝撃とともに吹き飛ばされ、フィールドを越えてヤシオの背後の壁に叩きつけられた。

 

「すんげ! パワーが段チってこういうことだんべな」

 

 アーボックはその細長い体を器用に丸めつつ体勢を戻した。見るに、闘志は失われていないようだ。

 

「もっかい! ガーりいげ!」

 再びカイリューに迫るも同じように『しんそく』の餌食となってしまった。アーボックはヤシオの立つトレーナーズサークルの手前まで弾き飛ばされた。

 

 アーボックは苦しさからか再び体を丸め、そしてもう一度体勢を立て直した。

 

「まだまだ!」

 ヤシオはなおも同じ指示を出し続けた。そのたびにアーボックは『しんそく』の餌食になり、すぐに起き上がるも攻撃を受け続け、カイリューに対して技を放つことさえままならなかった。

 

「ねぇシンジョウさん、これまずいんじゃないの!?」

 

 これはアルナとシンジョウがここ数日で何度も見てきたパターンだった。『しんそく』を食らって最初から後手にまわる展開は挑戦者に焦りを生じさせ、ジム戦そのものの方向性を決定づけてしまう。

 トレーナー心理にダメージを与える凶悪な戦法によってバッジを集めてきた者たちですら精神的に崩れてしまうのだ。

 

「こらーヤシオー! なにやってんだー! やる気がないならあたしが代わりに戦うぞー!」

 

 ヤシオの自棄をおこしたかのような戦いにアルナはギャラリーから叫ばずにはいられなかった。

 なんとなくそれっぽいことを言い、さらにオーラを発して期待させつつのこの体たらくではヤジられるのも無理はない。

 

「……トレーナーの交代はルール上認められませんが私もアルナさんと同意見です」

 コスモスが呟いた。何かしらのスイッチが入ったとみえる。

 

「ドラゴンが聖なる伝説の生き物というのは今さら言うまでもないでしょう。彼らは捕まえるのも育てるのも難しいとされています。しかしうまく育てれば無類の強さを発揮する。ラフエルの強者(ジムリーダー)たちを破りここまでたどり着いたことは称賛に値しますが、そんな小手先の攻撃でリーグへの扉を開こうというのならあまりに無謀。それとも今からシッポまいて帰りますか、ヤシオさん」

 

 クールな彼女に似合わず語気が強くなった。

 どこか雰囲気の違う挑戦者に期待している節があったのか手応えのなさに失望したのか。あるいはその両方なのだろう。

 

「……わりぃけっど」

 頬を擦りながらコスモスの話を聞いていたヤシオだったが聞き手に徹するのをやめ、切り出した。

 

「シッポならもうとっくにまいて(・・・)っぺ?」

「なにを言って――――」

 

「『とぐろをまく』! もう堂々とやってよし!」

 

 アーボックの目の色が変わった。そしてこれまで繰り返していた体を丸める動作を今度は大きくやってみせた。

 

「なるほど、彼の狙いはこれだったか」

 アーボックの動きを見てシンジョウはヤシオの不可解な指示の意図を理解した。

 

「どういうこと?」

 聞くは一時の恥とばかりにすかさずアルナが教えてシンジョウ先生モードを展開した。一方隣のエルメスは理解することを放棄したのかただ微笑んでいる。

 

 本人は気がついていないが実はかなり面倒見のいいシンジョウ。できるかぎり噛み砕いて伝えた。

 

「アーボックがどれだけ素早く動いてもカイリューのスピードを捉えることは難しく『しんそく』を連発されればその対処は厳しいものとなってしまう。だからとくせいの『いかく』に加えて『とぐろをまく』ことで防御力を高め、ダメージを抑える作戦に出たんだ」

 

 もちろん、それまでに攻撃を受け続けることになるアーボックとの信頼関係がなければなし得ない作戦だ。

 

「アーボック、やり返してやれ!」

 

 再びアーボックがカイリューに迫る。コスモスはまたも指示を出さず、ただ一声カイリューを呼んだ。

 

 同じ技の連続の効果が薄いことを悟ったカイリューは次なる一手として翼を大きく羽ばたかせた。

 飛行タイプの強力な技、『ぼうふう』だ。いくら防御力が高まろうと特殊攻撃力によってダメージを与えるこの技であれば関係ない。

 

 なんとか踏ん張っていたアーボックもたまらず風の渦に巻き込まれた。

 

 そこへカイリューが再び突撃をかけた。今度は『しんそく』ではない。

 

「『げきりん』か。決めにきたな」

 シンジョウの読み通り、風が止まないうちに持ち技の最強格で片をつけようという算段なのは明らかだった。防御力が上昇していても地に足がついていない状態では(そもそもアーボックに足はないが)踏ん張りがきかずガードは必然的に甘くなってしまう。

 

 強力なオーラをまとったカイリューがその力を解放させた。高めた防御力ですらその前では意味をなさない。

 誰もが混乱のリスクを背負った大技で捻られるアーボックを夢想した。

 

「『ダストシュート』」

 静かに、それでいてはっきりと響いたその指示にアーボックは風にあおられながらも的確に応えた。

 

「……まかれ(・・・)たことに気がつけなかったのが失敗でしたか」

 

 攻撃の寸前で至近距離からの『ダストシュート』を浴びせられたカイリューはふらふらと不時着し、そのまま前のめりに倒れた。

 

「カイリュー戦闘不能。アーボックの勝ち」

 

 5対5の勝負、最初の一戦をものにしたのはなんとヤシオだった。

 競技において先制は重要視される。ポケモンバトルにおいてもそれは例外ではない。

 

「『とぐろをまく』は攻撃と防御にくわえて命中率も上昇させる。リスクこそあれ極限まで積めばカイリューの動きもとらえられるということですか」

「あらためて言われると照れんな」

 

 観覧席もちょっとした騒ぎになっていた。

「勝った! ヤシオいけるよ!」

「たしかにアーボックは見事だったがコスモスが恐ろしいのはここからだ。コスモスはこうなることも想定していたはずだ」

 

 次にコスモスが繰り出したのは――――

「ガブリアス」

 

 ガブリアスが峡谷の再現とばかりに登場した。

 

「あっガブリアスけ。きちぃのが来ちまったな! アーボック、ちーっと休憩。スターミー!」

 

 さすがに勢いに任せて戦うことはできないと判断したヤシオはアーボックを下げてスターミーを繰り出した。

 

 表情の読めないポケモンだがヤシオの目にはやる気に満ちているように映っているようだ。

 

「今度はこっちから攻めっぞ、『れいとうビーム』!」

 

 この対面ではスターミーのスピードが上回った。中心のコアから放たれた青白い光の帯が真っ直ぐにガブリアスを襲う。

 

「『がんせきふうじ』」

 4倍の弱点で当たれば大ダメージ間違いなしといったところだったが、ガブリアスは目の前に岩石を積み身を守った。

 

 この『がんせきふうじ』、本来は相手にぶつけることで素早さを下げる技だがこの場では氷タイプの技を防ぐ盾として使われた。

 

「しっかりケアしてくんなぁ。スターミー、ハイドロポン」

 

 ヤシオの指示が届く前にガブリアスが強く地面を揺らした。スターミーは相手に撃とうとした『ハイドロポンプ』を地面に発射することで空中に逃れたが、それは大きな隙となった。

 

 当然それを見逃すコスモスとガブリアスではない。

 

「『ドラゴンダイブ』」

 体がひしゃげるほどの一撃をもらったスターミーはなんとか耐えたが、ノックアウト寸前にまで弱っていた。

 

「『ドラゴンダイブ』は痛ぇべ。スターミー、『じこさいせい』」

 

 スターミーが体を発光させて回復している間にガブリアスはフィールド上空に岩を射出した。

 

「えっ、『ステルスロック』? 今のコスモスからしたらチャンスじゃないの? スターミーが回復してる間に攻撃したらいいのに」

 

 アルナからすれば弱っているスターミーを沈めることがコスモスの最善手だと考えていたばかりに、これは不可解だった。

 

 すかさずシンジョウが補足する。

「俺が思うにそれこそがコスモスが相性の悪いスターミー相手にガブリアスを引っ込めなかった理由だ。後続を削るためにリスクをとったということなんだろうな」

 

「ご苦労様」

 シンジョウの言葉通り、『ステルスロック』が終わり次第コスモスはそのままガブリアスを引っ込めた。

 

「スターミー。こっからだ。がんばっぺ」

 

「エストル」

 聞き慣れない名前にヤシオは新種のポケモンの登場を警戒したが現れたのはジャラランガだった。相性で有利ならやることは変わらない。

 

「『れいとうビーム』」

「『きあいだま』」

 

 れいとうビームを寸前で仰け反ってかわしたジャラランガはそのまま返しの一発を見舞った。

 

 格闘タイプの特殊技である『きあいだま』が炸裂した。効果はいまひとつだがジャラランガの実力はタイプ相性をものともしない。

 

「『サイコキネシス』!」

 

 今度はスターミーが有利をとった。フィールドに広く効果が及ぶこの技は回避が難しいのだ。

 

「こりゃ決まった、おっ!?」

 

 否、『サイコキネシス』はジャラランガに届いていない。咆哮による強烈な空気の振動が攻撃から身を守る防壁となっていたのだ。

 

「『おたけび』をそう使うたぁたまげたな。ならこっちも応用いぐぞ! スターミー!」

 

 ジャラランガの足元のフィールドが捲れ上がった。バランスを崩しかけたジャラランガは地面、壁と順に蹴って空中へ逃れた。

 

「やられたらやり返す。『れいとうビーム』だ!」

 

 先ほどガブリアスの攻撃を受けたパターンをそのまま返した形になった。これはかなり効いたようだ。

 

「とどめの『ハイドロポンプ』!」

 

 絶体絶命の状況ながらジャラランガは回避の動作をとらなかった。それどころか激しい水流に逆らい、スターミーとの距離をぐんぐん詰めていった。

 

「まずい! スターミー、よけろ!」

 

 ヤシオがコスモスの狙いに気がついた時にはもう遅かった。ゼロ距離からの『スケイルノイズ』が炸裂した。スターミーはがっくりと崩れ落ち、コアの点滅も消えてしまった。

 

「スターミー戦闘不能。ジャラランガの勝ち」

 

 これまでのコスモスの戦い方からゴリ押しを警戒していなかったことが裏目に出た形となった。

 

「『おたけび』でロポンプのパワーが落ちてたか。サイキネを防ぐためだけじゃなかったんだな。スターミー、ありがとう。後は任せてゆっくり休んでな」

 

「ロポンプ?」

 コスモスは眉をひそめたがヤシオは気がつかない。

 

 これで両者4対4の状況になった。アーボックのダメージまで考慮すると一転してコスモスが押している展開といえるだろう。

 

「もっかい! アーボック!」

 

 ヤシオは再びアーボックを繰り出した。

 ステルスロックによるダメージもあり、見た目にも体力は限界に近づいている。

 

「アーボックはカイリュー戦のダメージが残ってるんじゃないの!? 解説どうぞ!」

「ちょっと待ってくれ」

 

 これにはギャラリーも予想外だったようだ。

 

「『ダストシュート』!」

 

 渾身の一発だったがスピードで勝るジャラランガには当たらなかった。ジャラランガの軽快なフットワークをもってすれば命中率の低い技を回避することなどわけはない。

 

「この技は多少のノーコンに目をつぶんなきゃいかん。やっぱまかなきゃ足のはえぇ相手だと当たんねぇべな」

 

「それなら、『とぐろをまく』!」 

 

 カイリュー戦同様にアーボックはとぐろをまいて能力を高めた。

 

「『きあいだま』」

 反応が遅れたアーボックだったが、ギリギリで技が逸れて難を逃れた。『きあいだま』も命中率の面において厳しい技なのだ。

 

「『かみくだく』!」

「『カウンター』」

 

 ここはコスモスがヤシオの指示を完全に読みきった。とぐろをまいたことによる攻撃力の上昇を物理技に活かしてくる場合の最善策だ。

 

 再びアーボックが壁まで吹っ飛ばされた。持ちこたえたのは相性が悪くダメージが抑えられていたからにすぎない。攻撃力が上昇していただけに危なかった。

 

「いんや『カウンター』か……相性の悪い技にしといてえがった、いやよかねぇな」

 

 『ダストシュート』の命中精度はやや上昇しているがジャラランガに隙はなく当てるのは困難だ。

 『とぐろをまく』間に攻撃されれば無防備になる。

 『かみくだく』と、カウンターをもらう。

 

 悩んでいる時間はない。

「アーボック、もっかいいぐぞ!」

 

 当然ジャラランガはカウンターの構えをとった。これが決まればアーボックは間違いなく戦闘不能になる。

 

「思っきしいけよ、『ドラゴンテール』!」

 

 技を食らった直後に反撃しようとしたジャラランガだったがボールに戻る方が先だった。

 

 ヤシオの意図はギャラリーにも届いたようだ。

「あんな隠し球があったか。強引に交代させてしまうことでスターミーをやられた嫌な流れを変えられる。さらにカウンターの反撃に怯える必要もない」

 

 コスモスを相手にそこそこ戦えているヤシオ。それに対してアルナが思うことはひとつだった。

「なんでそれを砂漠でやってくれなかった……」

 

 この技を受けた場合の交代先を選ぶことができないことを理解しているコスモスはあえてボールに触れなかった。

 

 そして勝手に飛び出す形で再びジャラランガが現れた。

 

「えっ、どういうこと!? 別のポケモンが出てくるんじゃないの!?」

「よく見ろ。出てきているだろ」

 

 アルナと同じくヤシオも目を丸くしていたが、すぐに気がついた。

 

「なーる。もう1匹いたってことけ!」

「その通りです。それにしてもドラゴン使いにドラゴンタイプの技で不意討ちを仕掛けるとは面白い方ですね。ここからはパシバルが相手です」

 

 よく見ると先ほどのエストルとは構えが違う。

 

「ジャラランガの強さは身に染みてってからなぁ。アーボック、交代。ハッサム!」

 

 ヤシオはボロボロのアーボックを戻し、ハッサムを繰り出した。そのハッサムにも尖った岩が容赦なく襲い掛かる。

 

「ハッサムよう、『ステルスロック』がいじやけっちまうね。なんとか解除してくれないもんかね」

 

「『ドラゴンクロー』」

「おっと、『バレットパンチ』」

 

 ジャラランガの爪とハッサムの鋏が交錯した。パワーは互角に見えたが、体術の巧みさでジャラランガが勝っていた。

 

「『バレットパンチ』!」

 続けて打ち込まれた速く、そして重い弾丸のようなパンチをジャラランガは何の苦もなく受け止めた。

 

「うそべ!」

 そしてその勢いを逆に利用して地面に叩きつけた。

 

「バレパンって先制できる技でしょ、なのになんでジャラランガは反応できるの!?」

「ジャラランガの爪先をよく見てくれ。やや外側を向いている。ああなっていると脚のラインが真っ直ぐになって関節の可動域が大きく広がるんだ」

 

 これは人間を含む二足歩行の生物に共通する身体の特徴で内股に立っていると両肩が閉じ、体の動きが正面に集中する。逆に外にひらいていると瞬発力が阻害される代わりに限界からの一伸びを助けることになる。

 

 格闘技の心得はなくとも絵画を趣味とし、物体を細かいパーツで捉えることができているコスモスならではの鍛え方だ。

 

「『スカイアッパー』」

「下からくるぞ! 気をつけろ!」

 

 大振りに振り上げられた拳をハッサムは反り返ることでかわす。しかしそれすらコスモスの狙い通りだった。

 

「今よ、尻尾を使って」

 尻尾での足払いでバランスを崩したハッサムに『ドラゴンクロー』が炸裂した。

 

「『りゅうのまい』」

 すぐに反撃できない隙を見てすかさず能力の上昇を図った。その無情な戦法は敵の組み立てを一つ一つ確実に潰していくコスモスのスタイルがポケモンにも共有されていることを感じさせた。

 

「こっちが()いたらそっちは()うってか。容赦ねぇべ」

 

 起き上がったハッサムが真っ直ぐにジャラランガに迫った。

 

「『つばめがえし』!」

「受けてから投げて」

「そっけ。なら『バレットパンチ』!」

 

 『つばめがえし』を受け止められたハッサムだったがそれは逆に敵との距離を詰められたことになる。間髪いれず次の攻撃で初めてジャラランガに一発をいれた。

 

「やっと当たったか。いやぁ、しんど!」

 

「『ドラゴンクロー』」

 スピードが上昇したジャラランガの攻撃はもはや目で追うことはできず、反射で捌くしかない。

 

「打ち負けるな、『バレットパンチ』!」

 

 拳と鋏の応酬が激しく繰り広げられる。先制技がさほど有効打になっていない理由は素早さの上昇だけでなく、ジャラランガ(パシバル)の卓越した格闘センスにあった。

 

 ハッサムの視線、踏み込み、羽ばたき、関節の動き、重心の移動など全ての情報が次の一手を読みきる標となっていたのだ。

 細かく指示せずともそれを織り込むコスモスも流石だが、彼女の意思を完全にトレースしているジャラランガも脅威的といえる。

 

 一方コスモスからしても『りゅうのまい』によって能力が上昇したジャラランガと打ち合っていることに何かを思わないこともなかった。

 

「斬ってよし、鋏んでよし、そして殴ってよしというわけですか」

「照れるけどもっとほめちくり。おーい、バックな」

 

 飛び退いたハッサム。ヤシオはすかさずボールに戻した。

 

「ちーっと休憩。トゲキッスたのんだ!」

 

 しゅくふくポケモンのトゲキッスがフィールドに降り立った。降り注ぐ『ステルスロック』によるダメージを受けてから、ふわりと舞い上がった。

 

 ここもヤシオが先に動いた。

「トゲキッス、『マジカルシャイン』!」

 

 トゲキッスが強い光を放った。

 4倍弱点の強力な技だがやはりスピードでジャラランガに分があった。

 

「『ドラゴンクロー』」

「えっ!? 効かねえべ?」

 

 ジャンプしてかわしたジャラランガはそのまま垂直落下しつつ『ドラゴンクロー』をなんとフィールドに打ち込んだ。

 無論準備運動などではない。ガブリアスの『じしん』とスターミーの『サイコキネシス』でフィールドが荒らされていたこともあり、砂煙がジム全体に飛散した。

 

「げほっ、フィールド捲るんじゃなかった、スターミーあとで反省文な、げほっ」

 

 この目眩ましの間にジャラランガは砂煙のなか激しく舞った。

 

「巻かれたらとことん舞うってそっちも相当だべ。『エアスラッシュ』!」

 

 こちらも弱点を突いた技だったが視界が悪いなかさらに速くなったジャラランガを捉えることはできなかった。

 

「『どくづき』」

 そして一瞬で距離を詰め、きつい一撃を見舞った。避けることはかなわずトゲキッスは大ダメージとともに叩き落とされた。

 

「『はどうだん』!」

 トゲキッスはなんとか起き上がり反撃に転じたがジャラランガは拳を固めて『はどうだん』を受け流した。

 

「柔よく剛を制すってやつか」

 

 このジャラランガも苦手な遠距離からの攻撃への対策が万全であることをまざまざと見せつけてくる。

 これ以上『どくづき』を受けるのはまずい。ヤシオはなんとかこの状況を打開しようとした。

 

「きっちぃな。トゲキッス、真上に飛べ!」

「『スカイアッパー』」

 

 急上昇するトゲキッスをジャラランガが『スカイアッパー』で追う。空中の敵にも当たる珍しい格闘技で勝負を決めにきたようだ。

 

 観覧席のアルナは追われるトゲキッスをはらはらと見守っていた。

「安全な高さで『はねやすめ』させるつもりだったんだろうけど。飛んでる相手にも当たる技が来たらどうしようもないよね」

「いや。そうでもないかもしれないぞ」

 

 ジャラランガの拳が腹にめり込んだ。苦痛に顔を歪めるトゲキッス。

 

「今だ! ジャラランガを捕まえろ!」

 タイミングを逃さずヤシオが叫んだ。

 

「えっ!? ヤシオ何言ってんの?」

「トゲキッスはいわゆる鳥ポケモンたちとは違い、飛行タイプながら翼をさながら人間の腕のように使うことができるポケモンだ。『なげつける』や『きあいパンチ』なども覚えることができるしな」

 

 トゲキッスは翼でジャラランガをがっちりとホールドした。逃れようとジャラランガは連続で『どくづき』を仕掛ける。

 

「空中に誘えばこっちの戦場ってこったな。『マジカルシャイン』!」

 

 回避不可能な状態から放たれた弱点を突いた一撃。効果は抜群だ。

 技によるダメージとフィールドに突き落とされたダメージは予想以上に大きかった。

 

 倒れたジャラランガはそのまま動けなかった。

「ジャラランガ、戦闘不能。トゲキッスの勝ち」

 

 主審のコールにトゲキッスは翼を広げて応えた。

 

「ヤシオ、押してるよ! これはもしかしたらもしかするかも!」

「さすがに少し驚いたな」

 

「ガブリアス、お願い」

 コスモスは再びガブリアスを繰り出した。

 

「イッキに畳み掛けっぞ! 『マジカルシャイン』!」

 スピードで負けているトゲキッスだったが技の速さで先手を取った。

 

 当たればこれも効果は抜群だったが命中寸前でガブリアスは体をひねってかわした。

 

「『マジカルシャイン』! もっかい『マジカルシャイン』だ!」

 

 続けざまに攻撃するも本来のスピードで勝るガブリアスには余裕があった。

 

「あれ?」

 カイリューの時とは別の意味で投げやりなヤシオの指示にアルナは首をひねった。

 

「どうしたんだろ。さすがにガブリアス相手だとさっきみたいな作戦はないのかな」

 

 砂漠を愛するアルナにとってガブリアスこそ最強の砂ポケモンというイメージがある。そんなガブリアスにヤシオが策を見出だせないというのも頷ける話ではあった。

 

「やはりそうか。この勝負、コスモスが優位に立っている」

 しかしシンジョウの見立ては違った。

 

「どういうこと?」

「理由は分からないが彼にはガブリアスに対して気負いか焦りのようなものがある。スターミーを出した時からそんな気はしていたがコスモスも同じことを感じているはずだ」

 

 続けざまに放たれた『エアスラッシュ』もガブリアスを捉えることはできなかった。

 

「スターミーやトゲキッスはドラゴンタイプに対して強力な有効打を持つポケモンだ。なのに彼は勝負を急ぎすぎた。今も『マジカルシャイン』が決まってない理由、分かるか?」

 

「えーと、えーっと」

「トゲキッスとガブリアスの距離、ですよね?」

 

 意外にもここまで静かに試合を観戦していたエルメスが正解を導いた。

 

「そう、問題は間合いだ。あの遠距離から安直に撃っていればガブリアスなら目を瞑っていても避けられる。つまりPPの消耗にしかならない。さっきのジャラランガの時のように反応できない距離まで迫るか別の技で牽制するくらいの工夫がないと。アーボックの作戦といい彼にはそういった策を閃く力があると思ったが」

 

 カイリューとジャラランガ(パシバル)を破って勢いに乗ったはいいが、動揺からか完全に空回りしてしまっている。

 コスモスがあえてガブリアスでスターミーを深追いせずに交代したのは『ステルスロック』以外にも理由があったということらしい。

 

 観覧席での会話の間に返しの『がんせきふうじ』がきまった。ジャラランガ戦で満身創痍だったトゲキッスにはひとたまりもない。

 

 大きなダメージを受けたトゲキッスはなんとか起き上がろうとしたが、かなわなかった。

「トゲキッス戦闘不能。ガブリアスの勝ち」

 

「うーん。まじぃね、こりゃ……」

 序盤こそ有利に戦いを進めていたヤシオ。しかし彼とポケモンたちの奮戦が龍の鱗のその1枚、逆鱗に触れてしまった。

 

 コスモスのドラゴン軍団はまだ3体残っている。


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