ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『砂に足をとられているように感じたとしても、それはあなたの靴に粗砂と細砂が触れているにすぎない』

(ナイミ=カヴェル)


怒れる拳

 ラフエル地方、テルス山の一帯は有数の険しさを誇る山岳地帯として知られている。

 シロガネ山やテンガン山といった他地方の最高峰と違い標高こそさほどではないものの、山裾の長さと地形の複雑さによって探検するにはかなりの度胸と覚悟が必要なエリアだ。

 

 この過酷な環境はここを訪れるトレーナーたちにとってはむしろよい鍛練の場として機能し、修行目的でここを訪れる者も多くあった。

 

 しかし中には例外も存在する。

「おぉー! やっぱりあった!」

 

 この少女、アルナはまさにその一人。迷路のような洞窟を抜けて山の東側を移動中だ。

 

 サンバイザーにタンクトップ、膝丈のズボンと動きやすさを重視したまさに探検に特化したファッション。

 

 それもそのはず。辺りは見渡す限り砂また砂。アルナにとっては夢のような光景だった。

 

 ラフエル地方の者であればテルス山東側の一部が砂地の乾燥帯となっていることを知っている。しかし他地方から来ているアルナはそれを自分の目で確かめたかったのだ。

 

「ラジエスシティ方面からの風がフェーン現象の引き金となってテルス山のこっち側は高温かつ乾燥した気候になる、と。山の標高はそんなでもないから別の理由もあるかもしんないけど。うんうん、どえらい砂漠だ」

 

 帳面にメモをとり、砂を一掴み手に取った。

 指の隙間からサラサラと砂がこぼれ落ちる。構成する粒子がかなりきめ細かいようだ。

 

 次にアルナはモンスターボールを手に取り、ワルビルを呼び出した。

 

 ワルビルの首に小型のカメラを取り付ける。これは地中でも撮影が可能な特別製。調査のために外国から取り寄せた逸品だ。

 

「ワルビル、おねがいね」

 こくりと頷いてワルビルは砂の中に潜っていった。

 

 アルナは砂漠が好きだ。もっと正確にいうならば砂が好きなのだが、その理由はつまるところ本能的なもので幼少の頃はサンドの生まれ変わりだのメグロコの親戚だのと渾名されていたほど。

 

 ワルビルが戻るまでの間に別の調査をしようとしばらく歩いていたアルナだったが何かに躓いて転んでしまった。

 

「もう! なんだよ!」

 

 苛立ちとともに足元を確認すると砂から手が生えていた。重要なことなので繰り返すが、砂から手が生えていた。

 

 それはパニックになるには十分すぎる材料。

 

「ぎゃあああああああ! ワルビル、掘り起こして!」

 

 地中のワルビルもただならぬ事態を察して再び地上に顔を出し、そして指示に従った。

 

 

「いんやぁ、助かったよぉ。あんがとますあんがとます」

 

 10秒も待たずに手の主である砂まみれの青年が発掘された。赤い帽子にリュックサックとよくある旅人の出で立ちである。

 

「それにしてもよく生きてたね……」

 

 砂漠で生き埋めとなれば最悪のケースもあり得る。アルナが通りかからなければこの青年は砂漠に転がる白骨と化していたかもしれない。

 

「だいじだいじ。体は頑丈にできてっからねぇ」

 

 カタカタと屈託なく笑う青年。見た目からしてアルナよりいくつか歳上だろうか。その襟や裾から砂がサラサラと流れていく。

 

 自身を不思議そうに見つめるアルナを見て、青年は自分の立場を認識し直した。

 

「あっと、助けてもらったのに自己紹介が遅れてら。オレはヤシオ。ここのリーグとバトルキングダムとかいうのに挑戦しに来たんよ」

 

 ヤシオは大きく手を広げるジェスチャーをした。どことなく見覚えがあったがアルナにはそれが何か思い出せなかった。

 

 とはいえとりあえず第一印象としては悪い人間ではなさそうだった。

 

「あたしはアルナ。砂漠と遺跡を巡る旅をしてる。砂漠ってすごいんだ。砂漠って聞くと砂がいっぱいある場所をイメージすると思うけど実は岩肌がゴツゴツしているタイプの砂漠が多いんだよ。他にも土や粘土でできてる砂漠もあって、ここみたいに細かい砂の粒の集まりでできてる砂砂漠ってとっても珍しいんだ。でもその砂たちにもふるさとがあってもっと粒子の大きいところの表面から風で飛ばされて集まってくるパターンがあるっていうのが最新の学会の見解でね。どえらいでしょ?」

 

 息もつかずに自分の名前の何倍もの情報量を捲し立てた。これでも抑えたほうなのだがこの場ではどうでもいいことで、ヤシオは彼女のとくせいがスキルリンクなのではないかと内心疑った。

 

 ここでヤシオは当初の目的を思い出したようだ。揉み手をしつつ御機嫌取りモードに転じる。

 

「そんで相談なんだけども、ルシエシティってどう行ったらいいんだいね? そこのジムに挑戦したいんだけどもどうも迷っちまったみたいでなぁ。まああいだっこくらいまでは来てんべ」

 

 ルシエシティにはポケモンリーグの番人と称されるこの地方で最強のジムリーダーがいる。

 その実力は他地方と比較しても突出していてリーグまであと一歩と迫ったトレーナーですら、彼女に傷ひとつ負わせることができないままに敗れ去ることも多い。

 

 ジム戦にはそこまで興味もなく噂でしかそのジムリーダーのことを知らないアルナだったが、バッジもろくに持っていなさそうなヤシオがやりあえる相手だとはとても思えなかった。

 

 とはいえそれを口にするほど彼女は意地の悪い人間ではない。余計に持っていたラフエル地方の地図をヤシオに渡し、地図上を指でなぞった。

 

「ルシエにはオレントからの一本道でね」

 

 言いかけて気づいた。この男、極度の(どえらい)方向音痴である。何せルシエを目指していたのに砂に埋まっていたぐらいだ。体内の方位磁針がズタズタになっているのだろう。

 

 などと大分失礼な想像を働かせ、アルナは決心した。

 

「よーし分かった。とりあえずここを抜けるルートだけは案内するよ」

 

 テルス山を抜けて6ばんどうろの方面に行くにはディグダやモグリューの掘った洞窟を抜けるのが手っ取り早い。しかし迷路のようなその洞窟をヤシオが無事に抜けられるとは思わなかった。

 

「ほんとけ? ありがてぇす」

 

 オレ道覚えるの苦手だかんなぁとヤシオ。一応自覚はあるようだ。

 

「そうと決まったら行こ行こ!」

 

 ここまで即決できたのはアルナがヤシオに興味を持ったからに他ならない。

 危険なのでもちろんやらないが、アルナも砂に埋まりたい欲を密かに抱えていたのだ。

 

 

「そういえばあんたはなんでジムとかキングダムに挑戦しようとしてるの?」

 

 哲学や禅問答の類いではなく純粋な疑問だった。

 自分にとっての砂漠がヤシオにとってポケモンと身を投じる戦いであるということがアルナには不思議だったのだ。その根源にあるものに興味を持つのも無理はない。

 

 顎に手をあてて考え込むヤシオ。しかし悩むほどのことでもなかったようだ。

 

「別に特別な理由はねっぺよ。オレがやりたいと思うこととポケモンたちがやりたいと思うことがいい塩梅にマッチしてるだけのことだからなぁ。たぶんアルナもそうだべ?」

 

 言われてみればそんな気がした。ヤシオは適当に喋っているようで言葉の節々に妙な説得力がある。

 そう思い込まされているだけかもしれないが。

 

「そう、なのかな?」

 強く否定することもできない。好みのルーツについて考えるのはかなり難しいことなのかもしれない。

 

 いや、ひょっとすると他に何かがあるのかもしれないがそれを吐き出させるほどアルナはヤシオについて知らない。逆もまた然りだ。

 

「よし、じゃあ砂漠の話をしよう」

「あんれま」

 

 そんなことを話しながら(ほぼアルナがこの場所への情熱を語っていただけだが)歩いていると、視界の先に人が集まっているのが見えた。全員特徴的なファッションに身を包んでいる。うまく言葉では言い表せないがおかしな気配が漂っている。

 

「あれはもしかして噂に聞くポケットガーディアンの人たちでは!」

 ありがたやありがたやとなぜか両手を合わせて拝むヤシオ。彼もまた異質だ。

 

「よく見て、PGの制服じゃないよ。もしかしたらあれはここ数年で公に知られるようになったっていう……ちょっと!?」

 

 忠告しようとしたアルナだったがそれより先にヤシオは好奇心のままに彼らにすり寄っていってしまった。

 

「あのう。何をしていらっしゃるんです?」

 

 珍しいもの見たさというのは恐ろしい。時に人間を必要以上に大胆に仕立てあげてしまう。

 

 それが正しい方向に働けばよいが、今回ばかりはそうではなかったようだ。

 

「!」

 怪しい男たちは現れるはずのない通行人の登場に心底驚いたようだ。

 

「おい! 人がいるぞ!」

「クソッ、こんなところにわざわざくる物好きがいるなんて!」

 

 この言葉には知らぬ存ぜぬを検討していたアルナもカチンときてしまった。自然と額に青筋が浮かぶ。

 

「こんなところ!? 砂漠はなぁ、この星を知るうえでの重要な場所なんだぞ! だいたい砂漠というのは」

「そのへんにしとくべ」

 

 飛び出していったばかりかヤシオを脇に退けて仁王立ちした。砂漠をバカにされるのはどうにも耐えられない。 

 ヤシオが止めていなければスキルリンク発動は間違いなかった。

 

 しかし残念ながらハイティーンのアルナが凄んでも敵がビビるようなことはない。

 

「ククク、俺たちはバラル団。俺たちのテルス山作戦を目撃しちまうとはついてない奴らだ。俺たちに関わったらどうなっても知らんぞ?」

 

 俺たち俺たちとくどいが問題はそこではない。

 

 バラル団という単語にアルナは聞き覚えがあった。ラフエル地方にやって来てすぐに聞いた話によると、この地方で悪事を働く連中でその所在、目的、実態全てが謎に包まれているとのこと。

 

 アルナの出身であるイッシュ地方でもプラズマ団という秘密結社が暗躍していたため、その脅威を推し量ることができた。

 

 バラル団員たちはニヤニヤと笑いながらヤシオとアルナを取り囲んだ。

 

 最初に喋った団員の頭を別の団員が小突いた。

 

「バカ! 喋ってどうする! とにかくお前らを無事に帰すわけにはいかねぇなぁ」

 

 大の大人でもビビるようなところだが、アルナは威勢よく言い返した。

 

「あたしだってただで帰るつもりはないよ。あんたたちバラル団って言ってるけどどうせしたっぱでしょ? 5人いればあたしたちに勝てると思ったのなら甘いんじゃないの?」

 

「うっ……」

 

 だいたいにおいてペラペラと威勢がよく、しかも集団でいるのはしたっぱと相場が決まっている。

 

 どうやらしたっぱというのは図星だったようでバラル団したっぱたちとアルナは睨み合いを始めた。

 

 遺跡の調査で気性の荒い墓荒らし(トレジャーハンター)に遭遇することも多いアルナは退いたほうが負けという意識が強い。安全策に走るつもりはなさそうだ。

 

 しかしそんなことには特に興味のない者もいる。

 

「いやあみなさんお揃いで楽しそうですね。そんじゃ頑張ってください」

 

 一触即発ムードのなか、ヤシオは穏やかにこの場を去ろうとしたがそうは問屋が卸さなかった。

 

「おいおいおい!? 逃げられるとでも思ったか?」

「そうだぜ! 二度と舐めた口きけねぇようにしてやる!」

 

 したっぱたちはモンスターボールからそれぞれラッタを繰り出した。したっぱとはいえ5人。さすがに分が悪い。

 

 ところが喜んだのがヤシオだ。膝を屈伸し、腕を交互に伸ばして準備運動をした。手首をしならせることも忘れない。

 

「おお! 勝負ですか。やりましょうやりましょう! オレもポケモンたちもウズウズしててなぁ」

 

 ヤシオがベルトからモンスターボールを手に取った。

 

 その瞬間、その場に緊張が走った。

 

 頭のてっぺんから足の指先までが冷えきって、次に全身が燃えているのではと錯覚するほど熱くなる感覚。

 ヤシオとヤシオのポケモンが放つ威圧感がその場を完全に支配した。

 

「よっし! いくべ!」

 

 ここで我にかえったアルナはヤシオがバラル団員たちを蹴散らしてくれることを期待したのだが、その希望的観測はあっさりと裏切られた。

 

 二度あることはサンドパン。一度しかなかったとしてもサンドパンはサンドパンだ。意味不明だがそう結論付けるしかないようなことが起きたのだ。

 

「あり?」

 ボールを投げようと一歩踏み出したヤシオ。不運にもそこに砂地のポケモンが掘った穴が空いており、彼は再び地中に姿を消してしまった。

 

「なにやってんのーーーーー!?」

 アルナの悲痛な叫びは届かない。

 

 面食らったバラル団員たちだが状況を把握し、笑いだした。厄介そうな相手が自分から退場してくれたのだから笑うほかない。

 

「これでそっちは1人、こっちは5人。勝負あったな」

 

 アルナを取り囲んだラッタたちが5匹同時に飛びかかった。1匹ずつ対応していてはもう間に合わない。

 

 しかし数で押せば勝てるという油断が彼女に血路を開いた。

 

「ノクタス、『すなあらし』」

 

 アルナは最小限の動きでノクタスを繰り出してフィールド全体に作用する技を指示した。

 途端に強烈な砂嵐が辺りを包み込み、バラル団員たちを吹き飛ばした。非常にスマートな一手だ。

 

 高速回転ののち落下した5匹のラッタと砂嵐にあおられたしたっぱたちは仲良く目を回してしまった。しばらくは目を覚ますこともなさそうだ。

 

「さっすがノクタス!」

 

 アルナはノクタスの頭を撫でて、ヤシオが落ちた穴を覗きこんだ。

 

「おーい大丈夫?」

「だいじだいじー! 深淵を覗くってやつだべー!」

 

 穴の奥底からヤシオの声が響いてきた。意味は分からないがとりあえず無事そうだ。

 

 このまま埋まっている道理はない。アルナはワルビルに再び発掘をお願いしようとした。 

 

「待ってて、今助けるから」

「いんや。俺のことより勝負はまだ終わってねっぺよ」

 

「何を言って――――」

 

 聞き返そうとする前に、アルナの目の前に轟音とともに何かが降ってきた。

 

 岩か鉄の塊かと見紛うフォルム。ゴーレムポケモンのゴルーグだ。

 

「キミのこと、見てたよ。まさかすなあらしだけであれだけの団員を片付けちゃうなんてね」

 

 ゴルーグの肩から誰かが降りてきた。砂嵐で顔はよく見えないが、ヤシオよりもさらに歳上と思われる男だった。

 

 この男、これまでのしたっぱたちとは纏っている迫力が明らかに違う。

 

 特別体が大きいわけでもなく見た目に奇抜なところがあるわけでもない。しかしアルナは彼の静のなかに激しい動を感じ、冷や汗を流した。

 

 彼はそのままアルナの前まで進み出た。

 

「……ボクと勝負、してくれるよね? ゴルーグ、『アームハンマー』」

 

 謎の男は答える暇さえ与えなかった。

 

 砂嵐が吹き荒れるなか、ゴルーグはその巨大な拳を固めてアルナ目掛けて振り下ろした。

 しかし、顔をしかめながら拳をほどいてしまった。

 

「防いだか。まあノクタスなら覚えていても不思議じゃない」

 

 一瞬のことながらノクタスはニードルガードでアルナを守った。しかもこの技は相手に幾ばくかのダメージを与える。

 

「ニードルガードは連発が効かない。ゴルーグ、『ばくれつパンチ』」

「よけて!」

 

 砂嵐下のノクタスは天候の力を借りて回避能力に磨きがかかる。難なくかわしてみせた。

 

「ミサイルばり!」

 

 敵の懐に回り込んだノクタスのミサイルばりが炸裂した。威力は低いものの、確実に命中させた。

 

 どうやらアルナの中で作戦が構築されていたようだ。

 

「たたみかけるよ! ノクタス、『ニードルアーム』!」

「……『シャドーパンチ』」

 

 ミサイルばりに怯むことなく今度は必中のシャドーパンチがノクタスを襲った。効果はいまひとつとはいえ、力自慢のゴルーグの攻撃であれば威力は凄まじい。

 

「もう一度『シャドーパンチ』」

「『ニードルガード』!」

 

 しかしゴルーグはシャドーパンチを意図的に外した。パンチが地面にヒットし、ノクタスは舞い上がった砂を被ってしまった。

 

「ノクタス、『ニードルアーム』!」

 今度こそと勇んだ一撃だったが。

 

「『ばくれつパンチ』」

 

 地面にめり込むほどの衝撃を受けたノクタスはまだわずかに戦う力を残してはいたが、アルナは交代を選択した。

 

「ノクタス戻って! ワルビルおねがい!」

 

 ヤシオ発掘で活躍したワルビル。起用に応えようとやる気満々だ。

 

「『あなをほる』!」

 

 このフィールドを最も活かせる技を迷わず選んだ。

 

 ワルビルは砂をかき分け地中に潜った。とりあえずゴルーグのパンチ技の射程から逃れることと、死角から一撃を狙うという重要なポイントがあった。

 

 男はニヤリと笑った。不吉さを感じたがもう遅い。

 

「……甘い、甘いなぁキミたちは。ゴルーグ、『じしん』」

 

 慌ててアルナがワルビルに地上に出るように指示するよりもゴルーグがその巨体で大地を揺らすほうが先だった。

 

 ワルビルは自ら掘った穴から弾き出され、地面に叩きつけられた。

 じしんはもともと威力の高い技だが地中の相手にはさらに倍のダメージを与える。アルナはもちろんそれを知っていたが、焦りから選択を誤ってしまった。

 

「『シャドーパンチ』」

 

 影を纏ったゴルーグの拳が迫る。かわすことはできない。

 

「『かみくだく』!」

 

 必中を逆に利用して有効打を浴びせようというのだ。

 

 この作戦はうまく機能した。ワルビルはシャドーパンチを食らったものの、そのままその拳に牙を突き立てた。あくタイプの技。これは効いた。

 

 ゴルーグは苦し紛れにワルビルを振り払い、返しのシャドーパンチを放った。

 

「ワルビル!」

 

 しっぺ返しの代償は大きかった。ワルビルは度重なるダメージにより戦闘不能。

 

「くっ……」

 

 アルナが得意とする砂地のフィールドを利用した奇襲作戦だが、このゴルーグのように圧倒的なパワーをもって攻めてくるタイプの相手には滅法相性が悪い。

 

 さらにゴルーグは地面タイプを持つために砂嵐によるダメージ蓄積がないのも向かい風となっている。

 

「このまま手持ち全部を戦闘不能にするつもりかい? バラル団に立ち向かうのは立派なことかもしれないけどトレーナーのエゴでポケモンを傷つけるのは感心しないな」

 

 男はワルビルに駆け寄り助け起こそうとするアルナを嘲笑った。

 

 彼の中でポケモンとは何なのか。違和感を抱いたが、それを追いかける余裕はなく、アルナは忙しなく思考を巡らせた。

 

「降参するなら今だと思うけど。手持ちが全滅しちゃうよ?」

 

 嘲笑される悔しさよりも何よりも、ポケモンに対する考え方が根本から違う相手なだけに負けるわけにはいかなかった。

 

 歯を食い縛り、ワルビルをボールに戻した。

「そんなことはしないしさせないよ! マラカッチ!」

 

 次にアルナが繰り出したのはマラカッチ。ノクタスと同じく乾燥地帯に適応したくさタイプだ。

 

「早く終わらせようか。ゴルーグ、『シャドーパンチ』」

 

 ノクタス、ワルビルと立て続けに破ったゴルーグの拳が唸りをあげて迫った。

 

「『コットンガード』!」

 

 マラカッチは綿毛で体を覆うことで打撃によるダメージを抑え込んだ。それでも体が地面にめり込むほどの衝撃を受けている。

 

 すぐにゴルーグは次の動作に移った。

 

「『アームハンマー』」

「『せいちょう』!」

 

 植物に近い体を持つくさタイプならではの技、せいちょう。いわゆる成長とは若干違い、体内の組織を活性化させて力をためる積み技だ。

 

 アームハンマーを受けながらもマラカッチは自身の火力を増強した。

 

「もっかい『せいちょう』!」

 

「『ばくれつパンチ』!」

 

 パンチのため大きく踏み込んだゴルーグだが、砂に足をとられてよろけた。

 

「……ワルビルの穴か! ゴルーグ、もういちど『ばくれつパンチ』!」

 

 大振りのばくれつパンチが空を切る間にマラカッチはもういちどせいちょうを使い、瞬間的ではあるが火力を大幅に増強した。

 

「マラカッチ、反撃いくよ!」

 

 ここまで防戦一方だったアルナが攻めに転じようとしていることに男は焦りを感じた。

 

 すぐさまゴルーグに指示を飛ばす。

 

「何か調子に乗っているようだけど勘違いもいいところだよ。ゴルーグ、そろそろ現実を見せ――ゴルーグ!?」

 

 突然ゴルーグは膝をついた。体の色と砂嵐のせいで分かりにくいがその体に薄くやどりぎが巻きつき、体力を奪われている。

 

「『やどりぎのたね』!? そうか、ノクタスがまだ戦えたのに入れ替えたのはこれが狙いか!」

 

「ミサイルばりはカモフラージュ! パワーじゃ勝てないなら頭を使わないとね!」

 

 ここで長く続いた砂嵐がぴたりと止んだ。

 視界が明瞭になり、これまでのように隠れながらの戦いは不可能になった。

 

「今だよ!」

 タイミングを見計らってマラカッチが大きく飛び上がった。

 

「できるもんなら避けてみな! マラカッチ、『ニードルアーム』!」

「ゴルーグ!」

 

 せいちょうを重ねたことによる特別版のニードルアームが炸裂した。

 アームハンマーを2回放ったことで素早さが下がっていたゴルーグにはかわす余裕はなく、そのまま打ち倒された。

 

「やったやった!」

 

 マラカッチとハイタッチして喜びを分かち合うアルナ。ノクタス、ワルビルも含めて大金星だ。

 

 しかし男は意に介する様子もなく次のボールに手をかけた。

 

「たしかにゴルーグはやられた。でもボクにはあと2匹手持ちがいる。1匹倒すのに3匹も費やしたキミにはもう余裕はないんじゃないかな」

 

 その通りだった。この男の残りの手持ちは分からないが、ゴルーグと同じくらいの力量を持つポケモンがあと2匹控えているとなるとアルナには荷が重かった。

 

 それでも逃げることはできない。戦いがさらに過酷になっていくことを恐れることは許されなかった。

 

 その時だった。

「そのへんにしといたほうがいいんじゃないかねぇ」

 

 のんびりとした動作で穴からヤシオが顔を出した。今回は自力で穴から這い上がったようだ。

 

 身構える男。しかしヤシオは挟み撃ちを狙っているわけではなかった。

 

「この子に加勢するつもりかな?」

「まさかまさか」

 ヤシオはゴルーグが飛んで来た方向を指差した。

 

「直にPGも来るだろうし、バラル団さん的にももう潮時でしょう。お互いもう帰りましょうよ」

 

 のほほんとしているヤシオだったがこの場では有無を言わせぬ勢いがあった。

 

 ヤシオを無視して次の手持ちを繰り出すかと思いきや男は素直に勧告を聞き入れた。

 

「……どうやらそのようだね。うん、ここは一旦退こう。しかし覚えておくといい。ボクたちバラル団はラフエルの全てに目を光らせている。キミたちも命が惜しいならあまり粋がらないことだよ」

 

 男は現れたときと同じようにゴルーグの肩に乗った。戦う元気がなくとも移動には堪えるようだ。

 

「……じゃあね。わざわざ来たかいがあったよ」

 

 ゴルーグはその巨体に見合わぬスピードで飛び去っていった。

 目を覚ましたしたっぱたちも猛スピードで逃げていき、バラル団はその場から一人もいなくなった。

 

「ふぅ」

 

 力が抜けたのかぺたりと尻餅をつくアルナ。

 

「ナイスファイト。最後のニードルアーム、すごかったなあ! しかもあのゴルーグのパンチ、鉄筋でもおっかいちまうほどの威力があるのによく耐えたんね」

 

 迫力が違ったもんなぁとヤシオは興奮しきり。マラカッチの腕をマッサージしながら二人を褒め称えた。

 

「でもあのままあいつが引き下がらなかったらあたしはやられてたよ。ありがとう」

 

 ゴルーグが倒れた時の男の目が脳裏から離れない。

 敵は本気でアルナを倒そうとしていた。彼が次のポケモンを繰り出し、あのまま戦いが続いていたらと考えると背筋が寒くなった。

 

 そんな不安をよそにヤシオはニヤリと笑った。

 

「いやぁそいつはどうだかなぁ。たしかにあの男はアルナより実力では上をいっていたけども、ゴルーグだけでアルナに勝てるかもという慢心があった。そこを崩したわけだしもしかしたらもしかしたかもしれねぇべ? まあ根拠はないけど」

 

 あの戦いがヤシオの目にどう映っていたのかは分からないが、彼の見立てではアルナにも僅かながら勝機があったという。

 

「根拠はないの……」

 

 とはいえ移動に使っていたゴルーグをいきなり戦闘に繰り出したことから敵はアルナを侮っていた節がある。ヤシオの発言もその全てが適当というわけでもなさそうだ。

 

 早鐘を打っていたアルナの心臓もどこか抜けたヤシオを眺めているうちに穏やかになってきた。

 余裕が生まれたことでいつもの好奇心が帰ってくる。

 

「ルシエに着いたらすぐにジムに挑戦するの?」

「そうすっかな。まあ混んでなさそうだしいけっぺ」

 

 たしかにルシエのジムまで辿り着くトレーナーは少ない。挑戦者でジムが混み合うことはないだろう。

 

「……聞こう聞こうと思ってたんだけど、あんたラフエルのバッジっていくつ持ってるの? 4個くらい?」

 

 戦おうとした時の迫力からいくつかのバッジを所持しているものと思われた。敵だけでなくアルナも感じたほどだ。

 

 しかし怪訝そうな表情のヤシオ。

 

「嘘べぇ言ってら。この通り、バッジは7個。ルシエのジムリーダーはリーグへの最後の番人だんべ? えごってぇらしいしこんだけあってやっと戦えるってことよ」

 

 少し砂がついたバッジケースを見せた。たしかに7個のバッジが輝いている。

 無意識のうちに彼を過小評価していたことに気がつくもこれはどうしようもなかった。

 

 そしてアルナにはどうしても気になることがもうひとつあった。彼女からすると一番聞きたかったのはむしろこっち。

 

「ねぇ。もしかして穴に落ちたのってわざと?」

 

 目を二等辺三角形に尖らせてヤシオを見つめた。

 あの場で観戦するために穴に落ちたのだとしたら言いたいことがたくさんある。とくせいスキルリンクの使いどころというわけだ。

 

「どうなの?」

 突き刺すような眼差しが一直線にヤシオを捉えた。

 

「さあどうだかなぁ。でも、『どえらい』バトルだったことにはちがいねぇべ。なぁ、未来のチャンピオン?」

 

 追求をかわしてヤシオはいたずらっぽく笑った。




白草水紀様(@Shira_mizu)よりアルナを、
白犬のトト様(@shiroinunototo)より謎の男(今回は名前を伏せさせていただきました)
をお借りしました。

ありがとうございました。

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